一護たちだけでなく、朔夜にとっても尸魂界へ向かうことは大きな決断です。
修行を終えた翌日。
浦原商店の地下には、いつもとは違う空気が流れていた。
騒がしさはある。
けれど、その奥に誰もが同じものを抱えていた。
緊張。
不安。
そして、覚悟。
「……全員、揃いましたね」
浦原喜助がいつものように扇子を開きながら、一護たちを見渡す。
黒崎一護。
茶渡泰虎。
井上織姫。
石田雨竜。
そして少し離れた場所に御門朔夜。
その足元には黒猫姿の四楓院夜一。
「明日」
浦原が静かに言う。
「尸魂界へ向かいます」
誰も声を上げない。
一護は真っ直ぐ前を見ている。
チャドも。
織姫も。
石田も。
そして朔夜も。
「その前に」
浦原の表情から少しだけいつもの軽さが消えた。
「もう一度だけ」
全員を見る。
「確認しておきましょう」
扇子を閉じる。
「これは」
間を置いて。
「遊びではありません」
地下空間が静まり返る。
「尸魂界」
浦原が続ける。
「その中心である瀞霊廷には」
一護の目が鋭くなる。
「護廷十三隊がいます」
石田が眼鏡を押し上げる。
「死神の組織……か」
「ええ」
浦原が頷く。
「その中でも」
少し声が低くなる。
「隊長格」
一護が。
あの時の夜を思い出す。
朽木白哉。何も見えなかった。
気づいた時には斬られていた。
あまりにも圧倒的だった。
一護の拳が自然に握られる。
朔夜はそれに気づく。
「怖いか?」
突然、朔夜が言う。
一護が横を見る
「誰が」
「白哉」
「……」
「怖い?」
一護はすぐには答えない。
そして
「……ああ」
素直に答えた。
朔夜が少しだけ目を細める。
一護は、続ける。
「怖くねぇって言ったら嘘になる」
「うん」
「でも」
拳を握る。
「それで行かねぇ理由にはならねぇ」
朔夜は小さく笑った。
「いい答え」
「上から目線やめろ」
「でも」
朔夜は少し真剣な顔になる。
「怖いって思えるなら」
一護を見る。
「まだ大丈夫だ」
「……何が?」
「本当に危ないのは」
少しだけ視線を落とす。
「自分が負けるかもしれないってことすら考えなくなった時だから」
その言葉を聞き夜一が僅かに朔夜を見る。
何か思い当たるものがあるように、けれど何も言わなかった。
浦原が話を戻す。
「とにかく、明日から先」
「下手をすれば」
言葉を選ぶ。
「死にます」
織姫が僅かに肩を強張らせる。
チャドの表情も少し変わる。
それでも誰も退かない。
浦原は一護を見る。
「黒崎サン」
「何だ」
「それでも行きますか?」
一護は一秒も迷わなかった。
「行く」
「理由は?」
「ルキアを助ける」
短い。
でもそれだけで、十分だった。
次に。
浦原がチャドを見る。
「茶渡サンは?」
チャドはゆっくり一護を見る。
「一護が行くなら」
低い声。
「俺も行く」
一護が少しだけ顔を緩める。
織姫に浦原が視線を向ける。
「井上サン」
織姫は胸元で両手を握る。不安はある。
怖い。
それでも。
「私も」
一度息を吸って。
「行きます」
一護を見る。
「黒崎くんも」
少し笑う。
「朽木さんも」
そして。
「みんな」
「大切だから」
その言葉を朔夜は静かに聞いていた。
そして、石田を観る。
「石田サン」
「僕は」
眼鏡を押し上げる。
一護を見る。
「黒崎一人では心配だからね」
「何だと!?」
一護がすぐに反応する。
「俺一人でも!」
「あの時何もできずに倒された人間が何を言っている」
「てめぇ!」
「事実を言ったまでだ」
「やるか!?」
「望むところだ」
「明日出発なんだから今怪我増やすなよ」
朔夜が呆れたように言う。
織姫が少し笑う。
チャドも僅かに口元を緩めた。
張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ
そんな中浦原が。
最後に朔夜を見る。
「そして」
全員の視線が朔夜へ向く。
「朔夜サン」
「ん?」
「あなたは」
一瞬浦原が言葉を止める。
「本当に行くんですね」
一護が眉を寄せる。
「何だよ」
朔夜を見る。
「何で朔夜だけ聞き方違うんだ?」
浦原は一護には答えず朔夜を見る。
「まだ」
静かに
「引き返せますよ」
地下の空気が少し変わる。
朔夜は笑わなかった。
「……」
浦原が続ける。
「尸魂界へ入れば」
「あなたの霊圧は」
「いずれ」
少し目を細める。
「向こうに気づかれます」
一護が朔夜を見る。
織姫も。
チャドも。
石田も。
「そうなれば」
浦原の声にいつものふざけた調子は完全に消えている。
「あなたは」
「もう今までのようには」
「いられないかもしれません」
沈黙。
朔夜は視線を落とす。
尸魂界。
瀞霊廷。
あの場所にもう。戻らないと思っていた。
浦原商店で適当に過ごして一護たちとくだらない話をして。
夜一に蹴られて浦原に文句を言って、それでよかった。
そう思っていた。
でも
「……それでも」
朔夜が顔を上げる。
「行く」
浦原が静かに朔夜を見る。
「理由は?」
「一護たちだけで行かせるのは」
少し笑う。
「不安だから」
「余計なお世話だ!」
一護が即座に叫ぶ。
「死にかけた奴が言うな」
「それは!」
「しかも相手一人」
「うるせぇ!」
少しだけ笑いが戻る。
だが朔夜は。それだけではない。
「それに」
表情が変わる。
「ルキアには」
「借りがある」
最後尸魂界へ連れて行かれる時。
ルキアは朔夜へ一護を頼んだ。
それだけではない。
朔夜は一護たちを見る。
「見捨てる理由がない」
短い。
それだけ。
でも浦原には十分だった。
「……そうですか」
帽子を少しだけ深く被る。
「なら」
「止めません」
夜一が横から朔夜を見る。
「本当に覚悟はできておるのか?」
朔夜は夜一を見る。
「できてるよ」
「嘘じゃな」
「即答するな」
「顔に書いてある」
「猫のくせに」
「誰が猫じゃ!」
一護がそこに割って入る。
「なあ」
朔夜を見る。
「結局」
「お前」
「尸魂界で何してたんだ?」
全員が静かになる。
石田も興味を持ったように朔夜を見る。
織姫も。
チャドも。
浦原と夜一だけは
何も言わない。
朔夜は少し困ったように笑う。
「……それは」
一護が睨む。
「また後でとか言うなよ」
「鋭いな」
「何回目だと思ってんだ!」
「向こうに着いたら」
「話せるところまで話す」
一護が半眼になる。
「絶対だな?」
「多分」
「多分じゃねぇ!」
◇
その夜。
出発準備を終えた後。
浦原商店の屋根。
朔夜は一人で座っていた。
月。
風。
空座町。
見慣れた景色。
「……」
明日ここを離れる。
いつ戻れるか分からない。そして次に戻った時何かが変わっているかもしれない。
「珍しく」
声が聞こえた
「黄昏れておるのう」
朔夜は横を見ると夜一がいた。
「また来たの?」
「わしの店でもある」
「喜助の店だろ」
「細かいことを気にするな」
夜一が隣へ座る。
しばらく二人とも何も言わない。
やがて夜一が口を開く。
「怖いか?」
朔夜が少し笑う。
「それ」
「今日一護にも聞いた」
「なら」
「おぬしはどうなんじゃ?」
朔夜は月を見る。
「……怖いよ」
夜一が少し驚く。
「正直じゃな」
「俺だって」
「怖い時くらいある」
「何が怖い?」
「色々」
「便利な言葉じゃのう」
「便利なんだよ」
少し笑った後静かになる。
「尸魂界に戻ること」
夜一は
何も言わない。
「昔のことを思い出すこと」
「会いたくない奴に会うこと」
「……」
「それと」
朔夜の声が少しだけ低くなる。
「また」
「何かを守れないこと」
夜一が朔夜を見る。
「一護」
「織姫」
「チャド」
「石田」
「ルキア」
朔夜は自分の手を見る。
「今は」
小さく。
「失いたくない奴が増えた」
一護へ言った言葉。
でも。
それは自分自身へも言い聞かせていた。
「だから」
夜一が聞く。
「強くなった?」
「うん」
「なら」
夜一は静かに言う。
「信じろ」
朔夜が夜一を見る。
「何を?」
「自分を」
「……」
「そして」
「おぬしが」
「守りたいと思った奴らを」
夜一の金色の瞳が朔夜を見る
「全部」
「一人で背負おうとするな」
朔夜は少しだけ目を見開く。
「おぬしは」
夜一が続ける。
「強い」
「それは」
「わしが一番よく知っておる」
朔夜が苦笑する。
「夜一さんに言われると」
「説得力あるな」
「じゃろう?」
「でも」
夜一の声が少し厳しくなる。
「強いからといって」
「一人で何でもできるわけではない」
「……」
「そこを」
「忘れるな」
朔夜はしばらく黙る。
そして「分かった」
夜一が少し笑う。
「本当に?」
「今回は本当」
「信用ならんな」
「酷いな!」
朔夜も笑った。少ししてまた、静かになる。
「夜一さん」
「何じゃ?」
朔夜は尸魂界の方角を。
見るように夜空へ目を向ける。
「向こうで、俺がもし」
少し言葉に詰まる。
「昔みたいになりそうだったら」
夜一が目を細める。
「止めてくれる?」
それは普段の朔夜なら絶対に言わない言葉だった。
夜一は少しだけ驚いたあと笑う。
「当然じゃ」
「全力で?」
「必要ならな」
「やっぱ嫌だ」
「遅い」
二人で小さく笑う。
だがその言葉の意味を二人だけは理解していた。
朔夜が本気で怒った時何が起きるのか、今の一護たちはまだ知らない。
◇
翌朝。
浦原商店地下。
大きな門。
穿界門。
その前に一護、織姫、チャド、石田、朔夜の全員が立っている。
浦原が杖を構える。
「準備は」
「いいですか?」
一護が前を見る。
「いつでも」
チャドが頷く。
織姫が胸の前で拳を握る。
石田が眼鏡を押し上げる。
そして朔夜が少し門を見上げる。久しぶりにあの場所へ戻る。
「……」
夜一が一護の肩へ飛び乗る。朔夜へ一瞬、視線を向ける。朔夜は小さく頷いた。
大丈夫。もう迷わない。
浦原が静かに言う。
「では」
杖を掲げる。
「行きましょうか」
門がゆっくりと開き始める。
光のその向こう尸魂界へと続く道。
一護が一前へ出る。朔夜もその隣へ並ぶ。
「行くぞ」
朔夜は笑う。
「ああ」
それぞれの覚悟。
それぞれの理由。
それぞれの守りたいもの。
全てを胸に抱えて。
彼らは尸魂界へ向けて。
最初の一歩を踏み出そうとしていた。
――第10話「門の向こうへ」へ続く。
尸魂界へ向かう覚悟が整いました。
一護たちはルキア救出へ。
朔夜にとっては、それと同時に「かつていた場所へ戻る」旅でもあります。
次回、死神代行篇最終話。