装甲車両の後部ハッチが開いたとき、最初に目に入ったのは、コンクリートの天井だった。
地下だった。
駐屯地の敷地に入ったあと、車両は長いスロープを下り続けた。何度か停車し、そのたびに重い扉が開閉する音が響いた。三回目の停車のあと、エンジンが止まった。
ハッチの外は、巨大な地下駐車場のような空間だった。天井までの高さは十メートル近い。等間隔に並んだ太い柱。白い蛍光灯。空気は乾いていて、機械油と消毒液の匂いがした。
防護服の医療スタッフが四人、駆け寄ってきた。詩織の担架を車両から引き出し、キャスター付きのストレッチャーに移す。
「どこへ連れていく」
「医療棟です」スタッフの一人が答えた。マスク越しの、若い女の声だった。「抑制剤の投与を継続して、四十八時間の集中管理に入ります」
「俺も行く」
「申し訳ありませんが――」
「行く」
スタッフが、たじろいだように一歩下がった。俺の声に、何か滲んでいたのかもしれない。あるいは、目に。
「湊」
背後から、鷹宮の声がした。
「医療棟は隔離区画だ。家族でも入れない。規則なんだ。代わりに、モニター越しに様子は見られるようにする。約束する」
振り返ると、鷹宮は疲れた顔で俺を見ていた。学校からここまでの三時間、ほとんど口をきかなかった。
「……約束、って言葉の重さ、分かってて言ってんだろうな」
「分かってるよ」
ストレッチャーが遠ざかっていく。詩織が、担架の上から首をかしげるようにして、俺を見ていた。俺は、小さく手を上げた。詩織も、点滴の管がつながった腕で、指を少しだけ動かした。
*
「ようこそ、『銀環』へ」
その女は、白衣の胸ポケットに万年筆を三本挿していた。
四十代半ばだろうか。黒髪をきっちりとひっつめにして、フレームの細い眼鏡をかけている。表情はほとんど動かない。声だけが、妙に柔らかかった。
「氷室です。この施設の研究主任をしています。久遠湊さん、ですね」
「……ああ」
「最初に謝っておきます。これからあなたには、いくつかの検査を受けていただきます。不愉快なものもあるでしょう。けれど、あなたの力を正確に把握しない限り、私たちはあなたを守ることも、あなたから他人を守ることもできない」
「他人を守る?」
「学校の件は、報告を受けています」氷室は、手元のタブレットに目を落とした。「半径八キロの再起動個体を誘引。推定四千二百体。フェンス全周八百メートルに渡る力場の展開。それから――焼灼個体の完全制圧」
「焼灼個体?」
「鷹宮くんは『成れの果て』と呼んでいたでしょう。力の過剰使用で脳組織が焼き切れ、理性を失った銀環者のことです」
氷室は、タブレットから顔を上げた。
「焼灼個体を単独で制圧した銀環者は、これまで一人もいません。この施設の記録上、あなたが最初です」
*
検査は、六時間続いた。
採血。脳波。MRI。それから、白い部屋での「出力測定」。
その部屋は、体育館ほどの広さがあった。壁も床も天井も、分厚い鋼板で覆われている。中央に、鉄の塊が置かれていた。一辺二メートルほどの立方体。表面に、無数のセンサーが貼りつけられている。
「重量は五トンです」スピーカーから、氷室の声がした。「持ち上げてください。可能な範囲で」
浮け。
鉄の塊が、床から離れた。
ためらいも、手応えもなかった。天井近くまで上げて、止める。
スピーカーの向こうで、誰かが息を呑む音がした。
「……次。十トンに変更します」
床の一部が開き、クレーンでさらに鉄塊が運び込まれた。二つ目。三つ目。
十トン。二十トン。
俺は、全部まとめて浮かせた。
三十トンになったとき、ようやく、トレーラーのときと同じような「重さ」を感じ始めた。それでも、苦しくはなかった。学校で、あの巨人とぶつかった経験のせいだろうか。頭の奥のどこかが、以前より広くなっているような感覚があった。
「計測器の上限は、五十トンです」氷室の声が、わずかに上ずっていた。「それ以上は、この部屋の設計強度を超えます」
「じゃあ、五十トンで」
五十トンの鉄塊が、部屋の中央に浮かんでいた。
センサーの一つが、火花を散らして弾け飛んだ。
「そこまでで結構です」
氷室の声は、もう柔らかくなかった。
「下ろしてください。――ゆっくりと」
*
「音響測定」の結果が出たのは、その日の夜だった。
氷室の研究室は、壁一面がモニターで埋まっていた。そのうちの一枚に、波形のグラフが映し出されている。
「銀環者が力を使うとき、脳から特殊な信号が出ます」氷室は、グラフを指さした。「私たちは便宜上『共鳴波』と呼んでいます。あなたたちが『音』と感じているものです」
「それが、ゾンビを呼ぶ」
「正確には、再起動個体の脳に残ったウイルスが、共鳴波に反応するんです」氷室は、別のモニターを示した。脳の断面図だった。「白眼熱ウイルスは、脳の特定の領域――運動野と、それから、まだよく分かっていない『受信野』とでも呼ぶべき部分を作り変えます。再起動個体は、その受信野だけが生き残った状態です。だから、共鳴波の発信源に引き寄せられる」
「俺たちは?」
「送信野と受信野の両方が、完全な形で形成された。それが銀環者です。あなたたちは、ウイルスが作ろうとしていた『完成形』なんです」
完成形。
その言葉が、ひどく冷たく聞こえた。
「そして、あなたの測定結果ですが」
氷室は、最初の波形グラフに戻った。
「通常の出力時、あなたの共鳴波は、他の銀環者の平均の二十倍以上あります。垂れ流しの状態です。けれど――」
画面が切り替わった。
学校での戦闘の記録らしかった。波形が、途中で激しく跳ね上がり、画面の上端を突き抜けている。
そして、ある瞬間に。
波形が、完全な直線になっていた。
「巨人――焼灼個体を投げた瞬間です」氷室は言った。「共鳴波が、ゼロになっています。けれど、出力のほうは」
別のグラフが重ねられた。そちらは、画面の上端どころか、表示範囲の外まで、突き抜けたままだった。
「測定不能です」
氷室は、眼鏡の奥から、俺をじっと見た。
「最大出力時に共鳴波が消える現象。私たちの仮説では、起きうるとされていました。理論上の到達点として。『無音域』と名前もつけていました。けれど、実際に観測されたのは、これが初めてです」
「……それは、いいことなのか」
「分かりません」
氷室は、あっさりと言った。
「ただ、一つだけ確かなことがあります。あなたは、この国にとって――いえ、今の人類にとって、最も価値のある存在の一人です」
その言い方が、気に入らなかった。
価値。まるで、倉庫の荷物みたいに。
*
「銀環者の居住区」は、地下三階にあった。
長い廊下の両側に、鉄の扉が並んでいる。刑務所みたいだ、と思った。実際、扉の外側には電子錠がついていた。
「夜間は施錠される」鷹宮が言った。「規則なんだ。悪く思うな」
「規則、規則って。そればっかりだな」
「規則がなきゃ、ここは一晩で吹き飛ぶよ」
鷹宮は、俺の首に目をやった。
検査の最後に、首輪をつけられた。黒いカーボン製の、幅三センチほどのリング。うなじのところに、小さな緑色のランプが光っている。
「出力監視装置だ」検査のとき、氷室はそう説明した。「一定以上の共鳴波を検知すると、自動的に鎮静剤が注入されます。施設内での暴走を防ぐための措置です。全員がつけています」
鷹宮の首にも、同じものがあった。
「こんなもん、簡単に壊せるぞ」
俺がそう言うと、鷹宮は苦笑した。
「知ってるよ。俺にだって壊せる。でも壊したら、氷室さんたちは、俺たちを『管理できない危険物』と判断する。そうなったら、次に来るのは首輪じゃなくて、小銃だ」
「小銃で、俺たちが止まるか?」
「止まらないさ。でも、そういう話じゃないんだ」
鷹宮は、俺の部屋の扉を開けた。
四畳ほどの部屋だった。ベッドと、机と、小さな洗面台。壁に、モニターが一枚埋め込まれている。
「妹さんの病室のカメラと、つないである」鷹宮は言った。「約束は、守ったぞ」
モニターの中で、詩織が眠っていた。
白いベッドの上。点滴の管。心電図の波形が、画面の端に表示されている。体温、三十八度一分。
学校にいたときより、下がっていた。
「……ありがとう」
言うつもりはなかったのに、口から出た。
鷹宮は、何も言わなかった。軽く手を上げて、扉を閉めた。電子錠の、かちりという音が響いた。
*
翌朝、居住区の食堂で、他の銀環者たちに会った。
食堂といっても、長机が四列並んでいるだけの殺風景な部屋だった。配膳カウンターで、自衛隊の給養員が無言でトレーを渡してくる。白米、味噌汁、焼き鮭、きんぴら。久しぶりの、まともな食事だった。
長机には、十五人ほどが座っていた。
年齢も、服装もばらばらだった。作業着の中年男。部屋着のままの女子大生風。スーツのネクタイを緩めたサラリーマン。全員の首に、黒い首輪が光っていた。全員の目に、銀の輪があった。
誰も、話をしていなかった。
俺がトレーを持って空いた席に向かうと、何人かが顔を上げ、それからすぐにうつむいた。
「あんたが、例の新入り?」
声をかけてきたのは、向かいの席の少女だった。
十五、六歳だろうか。ショートボブの髪を、片側だけピンで留めている。ぶかぶかのパーカーの袖から、細い指先だけが出ていた。
「七瀬ひかり」少女は言った。「ここの最年少。よろしく」
「……久遠湊」
「知ってる。みんな知ってる」七瀬は、箸で俺を指した。「昨日の夜から、施設中あんたの噂で持ちきりだよ。五十トン持ち上げて、計測器壊したって」
「壊したのは、センサー一個だけだ」
「十分だよ。ここにいる全員合わせても、五十トンは無理だもん」
隣の席の、大柄な作業着の男が、低く笑った。
「嬢ちゃんの言うとおりだ。俺は大河原。元は鳶職でな。ここじゃ力持ちで通ってたんだが、せいぜい八トンだ。あんたの六分の一だな」
「私は霧島」斜め向かいの、三十前後の女が言った。長い黒髪を無造作に垂らし、コーヒーの紙コップを両手で包んでいる。「出力は二トン。その代わり、針の穴に糸を通せる。念動力でね」
「俺は――」
別の声がした。
食堂の隅の席から、一人の少年が立ち上がった。十七、八歳。背が高く、痩せている。学生服のズボンに、白いワイシャツ。
「柏木蓮。相模原東の三年」
俺は、箸を止めた。
「……詩織のメッセージに出てきた、先輩か」
「詩織ちゃん、無事なのか」
「医療棟にいる。抑制剤が効いてるらしい」
柏木は、ほっとしたように肩の力を抜いた。
「よかった。体育館で、熱が出てるの隠してたから、心配してたんだ。俺が連れていかれるとき、泣いてたし」
「……知り合いなのか」
「図書委員で、一緒だった」
柏木は、少し照れたように目をそらした。
俺は、何も言わなかった。今は、それどころではなかった。
*
一週間が過ぎた。
毎日、検査と訓練があった。
訓練は、主に鷹宮が担当した。「音を絞る」技術。出力を細かく調整する技術。複数の対象を同時に扱う技術。
「力は、筋肉と同じだ」訓練室で、鷹宮は言った。「使えば使うほど、強くなる。でも、制御できなければ、ただの暴力だ」
霧島は、繊細な制御の手本を見せてくれた。紙コップを空中で回転させながら、中のコーヒーを一滴もこぼさない。念動力で、紙風船を膨らませ、それを割らずに、手のひらの上で静止させる。
大河原は、出力の「溜め」を教えてくれた。力を一気に出すのではなく、少しずつ圧をかけていく。そのほうが、音が小さくて済む。
七瀬は、俺とは正反対の銀環者だった。
「私、ほとんど物を動かせないの」訓練の合間に、七瀬は言った。「消しゴム一個がやっと。その代わり、聞こえるんだ」
「聞こえる?」
「共鳴波。他の人の音。すごく遠くまで」七瀬は、自分の耳を指でつついた。「施設の中にいる全員の音、今も聞こえてる。鷹宮さんのはガラスみたい。大河原さんは太鼓。霧島さんは、針金が風で鳴るみたいな音」
「俺は?」
七瀬は、少し考えてから言った。
「最初は、トラックのエンジン。すっごくうるさいやつ」
「……今は?」
「今は、静か」七瀬は、俺の顔を見上げた。「というか、ときどき、聞こえなくなる。そこにいるのに、音がない。変な感じ」
詩織の容態は、少しずつ安定していった。
三日目に熱が三十七度台に下がった。五日目に、モニター越しに会話ができるようになった。
「おにい、ご飯食べてる?」
画面の中の詩織は、まだ顔色が悪かった。でも、声はしっかりしていた。
「食ってる。焼き鮭が旨い」
「いいなあ。こっち、おかゆばっかり」
「治ったら、焼き鮭食わせてやる」
「約束ね」
詩織の目の、黒目の縁。
そこには、はっきりと、細い銀の輪が光っていた。
*
八日目の夜。
居住区の廊下で、七瀬に呼び止められた。
消灯の十分前だった。七瀬は、パーカーのフードを深くかぶって、廊下の角に隠れるように立っていた。
「久遠さん、ちょっといい」
「どうした」
七瀬は、周りを見回してから、声をひそめた。
「下から、音がする」
「下?」
「地下四階。ううん、もっと下かも」七瀬は、床を指さした。「ずっと前から聞こえてたの。でも、最近、急に増えた」
「どんな音だ」
七瀬は、唇を噛んだ。
「錆びた音」
背筋が冷えた。
学校で聞いた、あの音。焼灼個体の、錆びた金属を擦り合わせるような音。
「一つじゃないの」七瀬は言った。「たくさん。十か、二十か。もっとかも。それが、みんな、すごく苦しそうな音を出してる」
「……鷹宮には言ったか」
「言えない。言ったら、たぶん、私がここにいられなくなる」
七瀬の声が、震えていた。
「鷹宮さんは、優しいよ。でも、鷹宮さんは、施設の人だから」
*
その夜、俺は扉の電子錠を壊した。
音を絞って。霧島に教わった繊細な制御で。錠の内部の、たった一本のピンだけを、念動力で押し下げた。首輪のランプは、緑のまま変わらなかった。
廊下に出ると、向かいの扉の前に、柏木が立っていた。
「……お前、なんで」
「七瀬から聞いた」柏木は、小声で言った。「俺も行く。一人で行かせるわけにいかないだろ」
「帰れ。見つかったら、ただじゃ済まない」
「詩織ちゃんが、ここにいる」
柏木は、俺の目を真っ直ぐに見た。
「もし、ここで何かやばいことが起きてるなら、俺は知りたい」
俺は、しばらく柏木を見ていた。
それから、黙って頷いた。
*
地下四階へ続く階段は、居住区の端の、非常口の奥にあった。
扉には、三重の電子錠がかかっていた。その全部を、音を絞って開けた。
階段を下りる。一段ごとに、空気が冷たくなっていく。
頭の中で、音が聞こえ始めた。
錆びた音。
七瀬の言ったとおりだった。一つではない。いくつもの錆びた音が、重なり合い、軋み合い、ひどい不協和音を奏でている。
地下四階を過ぎ、地下五階へ。
最後の扉を開けた先に、長い廊下があった。
廊下の両側に、ガラス張りの部屋が並んでいた。
一つの部屋に、一人ずつ。
いや――一体ずつ。
白い目。銀の輪。
焼灼個体だった。
全員、拘束具で壁に固定されていた。手首、足首、胴、首。分厚い金属のベルトで。頭には、無数の電極がつながれたヘルメットがかぶせられている。電極から伸びたケーブルが、天井の配管の中へ消えていく。
彼らの口が、動いていた。何かを叫んでいるように。けれど、ガラスは防音らしく、何も聞こえなかった。
聞こえるのは、頭の中の、錆びた音だけだった。
柏木が、隣で口を押さえていた。
「……なんだよ、これ」
俺は、ガラスの部屋の一つ一つを見て回った。
それぞれの部屋の扉に、プレートがついていた。番号と、名前と、日付。
『焼灼個体 第十二号 元・銀環者 佐藤健太(二十二) 誘導焼灼実施日:九月八日』
誘導焼灼。
その文字を、何度も読み返した。
『焼灼個体 第十五号 元・銀環者 中村美咲(十九) 誘導焼灼実施日:九月十一日』
『焼灼個体 第十七号 元・銀環者 高橋翔(二十六) 誘導焼灼実施日:九月十三日』
誘導焼灼。
実施日。
「自然に、なったんじゃない」俺は、呟いた。「……わざと、焼いたのか」
廊下の突き当たりに、制御室らしき部屋があった。扉は、開いていた。
中に入ると、机の上に、一冊のファイルが置かれていた。
表紙に、赤いスタンプ。「極秘」。
その下に、タイトル。
『銀環計画 第二段階 ――誘導焼灼個体による再起動個体群の遠隔制御について――』
ページをめくった。
手が、震えていた。
報告書は、淡々とした文体で書かれていた。
焼灼個体は、再起動個体の群れを統率する能力を持つ。学校で見た巨人が、群れを操っていたように。その能力を、人為的に制御できれば、数千、数万の再起動個体を、一つの「兵器」として運用できる。
そのためには、焼灼個体が必要になる。
焼灼個体を作るには、銀環者の脳を、意図的に過負荷状態に置けばいい。薬物で出力を強制的に引き上げ、限界を超えさせる。
報告書の最後のページに、「候補者リスト」があった。
十数人の名前が並んでいた。
大河原の名前があった。霧島の名前も。
七瀬の名前も。
柏木の名前も。
そして、リストの一番下に、手書きで追加された名前が、二つ。
『久遠湊(二十四)――最優先。無音域到達者。焼灼時の群体制御範囲、推定:関東全域』
『久遠詩織(十六)――予備。上記対象の近親者。脳波の類似性高し』
*
「……ふざけんな」
声が、出ていた。
ファイルを握る手に、力がこもった。ページが、くしゃりと潰れる。
首輪のランプが、緑から黄色に変わった。
制御室の壁のモニターが、一斉に明滅し始めた。俺の音が、漏れ始めていた。絞りきれなくなっていた。
「久遠さん!」柏木が叫んだ。「首輪! 落ち着いて!」
落ち着けるわけがなかった。
ガラスの部屋の中で、焼灼個体たちが、一斉にこちらを向いていた。白い目が、俺を見ていた。俺の音に、反応していた。
その中の一体。
廊下の入り口に一番近い部屋。まだ、プレートを確認していなかった部屋。
その焼灼個体は、他の連中より若く見えた。二十代前半の男。ひょろりとした体つき。短く刈った髪。
その顔に、見覚えがあった。
いや、見覚えがあったのではない。似ていたのだ。誰かに。
プレートを見た。
『焼灼個体 第九号 元・銀環者 真壁悠(二十三) 誘導焼灼実施日:九月六日』
真壁。
――私の弟も、連れていかれたの。
――目に、銀色の輪があった。
真壁さんの声が、頭の中で響いた。
首輪のランプが、黄色から赤に変わった。
うなじに、ちくりと痛みが走った。鎮静剤の注入が始まったのだ。冷たい液体が、首筋から血管の中へ流れ込んでくる。
視界が、揺れた。
「――見ちゃったか」
背後から、声がした。
振り返ると、制御室の入り口に、鷹宮が立っていた。
その後ろに、防護服の隊員が六人。全員、小銃を構えていた。銃口は、俺と柏木に向けられていた。
鷹宮の顔には、何の表情もなかった。
ただ、その目の縁の銀の輪だけが、蛍光灯の光を受けて、冷たく光っていた。
「悪いな、湊」
鷹宮は言った。
「これも、規則なんだ」
(第四章 了)