「……アキ警部、どうされますか」
「私がまず話す。もし相手がプロなら、私は確実に顔が割れている」
姉貴を見る。姉貴も私を見る。ほんの一瞬見つめ合って、それだけ言葉を交わした。
姉貴の右手がわずかに動く。回り込め、のハンドサイン。
私は小さく頷いた。そして、何食わぬ顔でその場を離れる。
人の流れに紛れ込む。買い物袋を持ったまま歩く人。子供の手を引く母親。スマートフォンを見ながら歩く学生。そして、広場近くの悲鳴を上げて動けず、遠巻きに見ている集団。その中へ私は自然に入り込んだ。
私たちは今、制服を着ていない。休日なのだから当然だ。
つまりあの男から見れば、私はただの買い物客の一人。一応広報のような活動をしていたが、それも全て制服を着ての活動。今は警察官だと、ぱっと見では分からない。この状況ならそれを利用しない手はない。
私は人混みの中をゆっくりと進む。男から見えない位置へ。若い男は、ものすごい剣幕で怒っているようだ。
人質の女性、男の立ち位置、周囲の障害物。そして――男の右腕。全部が見える場所を探した。
…見つけた。ここならすぐに動ける。
私は足を止めた。そして、姉貴をちらりと見る。姉貴もこちらを見ていた。
言葉なんて聞こえない距離で、互いに目が合う。それだけで十分だ。
次の瞬間、
「警察です!」
姉貴の堂々とした声が、広場に響き渡った。男が大きく反応する。
「……警察!?もう来やがったのか!」
「そうです!要望を言いなさい!」
姉貴は一歩前へ出る。両手を見える位置に上げ、ゆっくりと話しかける。
「近づくな!金を持ってこい!」
「分かりました。ですがまず、その方を離してください。代わりに私を人質にしてはいかがですか、私は武器なんて持っていませんよ」
姉貴は、それ以上不用意に近づかない。その代わり、男の意識を自分へ向け続ける。
「貴方がその人を傷つける必要はありません」
「うるさい!とにかく金だ!」
男がヒステリックに叫ぶ。鋭い鎌が、人質の女性の首元へ近づく。周囲から、また悲鳴が上がった。
「動くな!こいつがどうなっても良いのか?」
「分かっています」
姉貴は冷静だった。刺激をせず、一旦は要求を聞き出す。
「落ち着いてください。話をしましょう」
「近づいたら、この女を――」
男が言葉を続ける。鎌を振りかざし、姉貴に見せつけるように。その手は震えているようにみえた。目には、異常なまでの興奮が見て取れる。…なんとなく、嫌な匂いがする。
その間に私は動いた。
一歩。二歩。人混みの中をすり抜ける。
音を立てない。視線を合わせない。犬獣人としての身体能力は、こういうときにも役に立つ。
人間なら数秒かかる距離。私ならほんの一瞬。
あと少しで、男の死角。鎌を握った手とその右腕が見える。
そして、ほんのわずかに、男の意識が姉貴から逸れた。
いけ
男と話す姉貴の口が、一瞬、それを伝えてきた。それだけで十分だった。
私は地面を全力で蹴った。戦闘態勢、爪が大きく伸びる。
「――っ!?」
近づく気配に男が気づく。でも、もう遅い。
振り返って、鎌が動く。
「なっ――!」
男がこちらへ振り向くよりも早く、私はその腕へ手を伸ばしていた。
ガシッ!
手首を確かに掴む。
「しまっ――!」
男が反射的に鎌を振り抜こうとする。
けれど。
「無駄です!」
私は腕を引いた。男の身体が大きく傾く。鎌を持った腕を、そのまま自分の身体の外側へ流す。刃先はむなしく空を切った。
「くそっ!」
男がさらに力を込める。結構若くて、体格も良い男性だ。普段の生活でなら、誰にも負けないぐらいの膂力があるのだろう。
けれど、力比べなら。こちらの方が圧倒的に上だ。
「――ふっ!」
私は手首を捻り、鎌を握った手を開かせる。
カランッ!
鎌が床へ落ちた。そのまま私は包丁を蹴り飛ばして、回収されないようにする。
「刃物、確保!」
「ハル巡査!」
姉貴が一気に距離を詰めた。二人がかりで取り押さえられることを恐れた男は、私を振りほどこうと身体を捻る。私はその動きを利用して、男の腕を引いた。男の身体がこちらへ流れる。
そこへ、姉貴の腕が入った。
「――動くな!」
「ぐっ……!」
姉貴が男の腕を制する。私も反対側から腕を取った。左右から同時に身体を押さえ込む。
男は必死に抵抗する。まるで獣人を思わせるほどの力を見せ、一瞬驚いたが、こちらは数も有利だ。
「このっ……!離せ!」
「無理ですよ。獣人二人です」
「暴れないで!怪我します!」
男は藻掻くように身体を捻る。まるでワニのデスロールを想起させる動きと力。獣を相手しているようだ。
しかし私はその動きを読んで、さらに低く姿勢を落とした。姉貴も同時に動く。
私たちは、言葉を交わさない。でも互いの動きが分かる。まるで、長年組んできた相棒のように。実際には、姉妹なのだけれど。
男が最後の力を振り絞って立ち上がろうとする。
「アキ警部!」
「分かってる!」
姉貴が男の腕を引く。それに合わせて私は逆側から身体を押さえる。
男の重心が完全に崩れた。
「う、うわっ――!」
ドサッ!
男の身体が床へ倒れる。油断せず、私はそのまま腕を固定する。姉貴も反対側から押さえ込む。関節技、というやつだ。これは痛いぞ。
「……動かないでください」
姉貴の声が低く響く。
「これ以上抵抗すると怪我します。腕も簡単に折れますよ」
そんな言葉に、男は顔を青くし動きが止まった。私は息を整えながら、姉貴を見る。
「……確保?」
「ええ」
姉貴が頷く。
「刃物を使った脅迫および強要の疑いで、現行犯逮捕します」
「了解」
姉貴がポケットから取り出した手錠を、男の手首にはめる。その間に私は無線を入れて、追加の人員を要請した。周囲から遅れて、ざわめきが広がっていく。
「す、すげえ……」
「今の見た?」
「犬井警部だ」
「女の人二人で……」
「ハルちゃんだ!」
「というか、あの小さい子、めちゃくちゃ速くなかった?」
「何が起きたの……?」
私はその横で、床に落ちた農耕用鎌から距離を取った。
「刃物、確保しました。触らないほうがいいですよね」
「ええ。現場に来る捜査員に確認してもらいましょう」
姉貴はそう言うと、周囲を見渡した。
「まず、人質の方を安全な場所へ。あと、誰か怪我をしている人はいませんか?」
「私は大丈夫です!」
人質だった女性が答える。けれど、声は震えていた。
「分かりました。ただ、念のため医務斑も呼びますね。強い恐怖を感じた場合、本人が気づかないうちに体調を崩すこともありますから」
「はい、ありがとうございます……」
姉貴は落ち着いた声で女性を出口へ誘導する。その間に私は、周囲の人たちへ声をかけた。
「皆さん、危険ですので、こちらから離れてください。現場には近づかないでください」
「は、はい!」
さっきまで悲鳴を上げていた人たちが、少しずつ動き始める。私は人の流れを見ながら、もう一度周囲を確認した。
落ちている刃物、男が立っていた場所、鎌が落ちた位置。そして、人質の女性がいた場所。
後から来る警察官が現場を確認するためには、できるだけ余計なものを動かさないほうがいい。
……そう考えると、さっき鎌を蹴り飛ばしたのは、ちょっとまずかったかもしれない。
「……警部」
「なに?」
「私、あれ蹴っちゃいました」
「うん。見てた」
「……怒ります?」
「怒らないよ。あの状況なら仕方ない。ただ、あとでちゃんと報告してね」
「はい、すみません……」
警察官として、反省だなぁ。そんなことを考えていると、人混みの向こうから声が聞こえた。
「犬井巡査!」
「……佐藤巡査長?」
人混みをかき分けて、二人の警察官がこちらへ向かってくる。さっきの無線で来たのなら、おかしい早さだ。多分、誰かがすでに通報してくれていたのだろう。
一人は見慣れた顔。そして、もう一人は――。
「あ」
姉貴の旦那さんだった。
「アキ警部、現場の状況は?」
「刃物を所持した男性が、人質を一名拘束して金銭を要求。私とハル巡査で制圧しました。人質に目立った外傷はありません」
「刃物は?」
「そこです」
姉貴が指差す。
「制圧時にハル巡査が男の手から落とし、蹴って移動させています」
「分かりました。現場保存をお願いします」
「了解」
姉貴の旦那さんが周囲を見渡す。
「目撃者は?」
「何人かいると思います。こちらの方々です」
姉貴が、先ほどまで近くにいた人たちを指す。
「では、目撃者にはその場で待機してもらいましょう。後で順番に話を聞きます」
警察官が来ると、現場の空気が一気に変わった。さっきまで私たち二人で対応していたことを、今度は複数人で分担していく。
人質の保護、犯人の監視、周囲の安全確保、目撃者からの事情聴取。そして、現場に残された刃物などの証拠の保全。私はその一つ一つを手伝っていった。
しばらくして。
犯人を連れていくための警察官が到着した。男はすっかり大人しくなっていた。さっきまでの異常な興奮具合が嘘のよう。
「…すみません」
突然、男が呟いた。私は思わずそちらを見る。
「何があったんですか?」
姉貴が問いかけた。男はしばらく黙っていたが、やがて小さな声で答えた。
「金が……必要だったんです」
「何に?」
「……弟の治療費です」
私は少しだけ目を見開いた。
「弟、ですか?」
「病院に入院してるんです。金がなくて……借りてしまって。もう、どうにもならなくて」
男は俯いた。そして自分を嘲るような表情をする。
「最初は返せると思ったのに。……収入もなくなって、金貸しにはぶん殴られましたよ」
姉貴は表情を変えなかった。
「だからといって、人を人質にしていい理由にはなりません」
「……分かってますよ。幸せそうな人をみて、もう、どうにかなりそうだった。それにさっきは、自分はなんだってできるような錯覚に陥ってました。人質でお金を要求するなんて、馬鹿げてるはずなのに」
なんとなく、違和感を覚える。追い詰められて、精神を病んでしまったのだろうか。
魂が抜けたように、手のひらを眺めている。手のひらには、指の付け根に硬そうなマメがあった。
「農業をしていたんですか?」
「え?」
男がこちらを見る。
「手にマメがありますから」
「……はい。農家でした」
男は小さく答えた。
「去年、台風で畑が駄目になって……借金が残って。こっちに出てきて仕事を探してたんです」
そこで男は唇を噛んだ。
「でも、何をやっても上手くいかなくて……」
私は何も言えなかった。同情していいのか。それとも、怒るべきなのか。きっと、どちらも違う。この人がどんな事情を抱えていたとしても、今日ここでやったことは許されない。
でも。
「貴方の弟さんも、同じく農業をやられていますか?そして主に、らっきょうを作っていたりしませんか」
「え。は、はいそうです」
「そうですか。では最近、さくら町のなゆた診療所に入院された方でしょうか」
「はい。どうして、それを知っているんですか」
私の問いかけに、男は驚いたように顔を上げる。
「思い出しただけですよ。いつも、「兄の負担になっていないか」と心配していた人がいたと」
なゆた診療所は、病床があるが非常に規模の小さな医療移設。当然、常在の警備担当なんておらず、我々さくら交番の面々が交代で巡回していた。
私はそんな診療所でアニマルセラピー的な扱いをされている。行けばそこそこ人が寄ってくるし、小さくて撫でやすいのか、お年寄りには大人気だった。
そんなときにお会いした、髪の抜けた、若めの男性。突発性かつ転移性の進行癌だと聞いた。私は良く分からないが、抗がん剤に多額の金額がかかっていると。
「そう、ですか。弟には、すまないとお伝え下さい」
「はい、分かりました。……それでも、誰も怪我しなくてよかったです」
私が呟く。男が顔を上げた。
「え?」
「あなたも、人質の人も。誰も怪我しなかった。それだけは本当によかったです」
そうだ。警察学校で、刑法は軽く勉強した。もう忘れてしまっている部分も多いが、この人は、決定的なラインを1つだけ守ったところがある。
「人間は置かれた環境によって変わってしまう存在です。確かに、貴方は罪を犯しました」
「…はい、本当に申し訳ないです。あの女性にも、酷いことをしてしまいましたね」
「それが聞きたかった。貴方は初犯で、金銭の取得も無く、死傷者はありません。そして何より、抵抗せず投降し、反省の意があります」
私には、この人が極悪人とは思えない。もちろん、やったことは悪いことだ。被害者の女性だって、もしかしたら死んでいたかも知れない。
でも、この男性は。きっと数年前までは弟さんと平和に暮らしていたんだろう。そしてたまたま噛み合いが悪く、こんな凶行に走ってしまった。走ってしまったが、それに至るまでの行動には、この人の根底には、弟さんを守りたいという意思があったんだと思う。
小さく、嗚咽が聞こえる。
この人達の境遇は、あの研究所で一切の救いがなかった場合の、私とアキ姉貴のように思えた。
私は耳元で囁く。
「正直に話せば、懲役はそれほど長くはなりません。全うし、被害者に悔いて、そして弟さんに会いにいきなさい。それまで、私がなんとか面倒をみますよ」
男は何も言わなかった。ただ、弱々しく泣きながら、小さく頷いた。
そして、そのまま警察官に連れられていった。
「さて」
アキ姉貴が手を叩く。現場検証のためのバリゲートテープを貼って客を立ち入らせないようにし、鑑識のための場を整えた。警備のために数人は残る必要があるが、もうほとんど我々にできることはない。
「一段落したね」
「……疲れました。休日なのに」
「本当にね~」
私は肩を落とす。せっかくのお休みだってのに、どうしてこうなったんだろう。
すると。
「犬井巡査、こちらを向いて下さい」
「はい?どうされましたか?」
振り返ると、そこには佐藤巡査長が立っていた。
「怪我はありませんか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
「刃物がかなり近くまで来ていたと聞きました」
「でも避けましたし、私は獣人ですよ。強いんです」
「……強いことと、心配しなくていいことは別です」
まったく、この人は心配性だ。万が一怪我したって、獣人ならすぐに治るというのに。
「お手を見せてください」
「……お手?」
佐藤巡査長が掌を優しく差し出す。私は首を傾げながら、その手に自分の手をぽんと乗せた。
「……違います。手を見せてください」
「あ、あぁ、すみません」
いけない。ちょっとだけ感傷に浸っていたせいで、頭が働いていなかった。恥ずかしい。こんなの、完全に犬だ。
私は手を引っ込める。すると佐藤巡査長が、少し笑った。
「いえ、謝らないでください。可愛かったので」
「またそんなことを……」
この人は平気でこんなことを言うのだ。こんな美丈夫に言われてしまったら、世の中の女性は勘違いして一瞬でコロッとやられてしまうだろう。私は元男だから耐えられたけど、完全に女性だったら耐えられなかった。
「手のひらを見せてもらえますか」
「……はい」
彼は私の手を取って、まるで割れ物に触れるように掌を確認する。それから手の甲、手首、腕。私としては、ちょっぴりむずがゆい沈黙の時間が流れた。
「問題なさそうですね」
「だから言ったじゃないですか。私強いですよ」
「それでも、怪我をしていたら困ります」
「……困る、ですか?」
佐藤巡査長は、真面目な顔で私を見る。
「はい。怪我をしていたら、悲しいですから」
「……私が?」
「はい、悲しいです」
……。
なんだろう、妙に胸の奥がむずむずする。心配してもらえて嬉しいような、ちょっとだけ恥ずかしいような。
「ひゅー」
「ひゅーひゅー」
ふざけた口笛が聞こえて、後ろを見る。アキ姉貴と、その旦那さんが立っていた。
二人とも、ニヤニヤしている。
「……アキ姉貴」
「私、何も言ってないよ?」
「言ってないですけど、顔はおしゃべりですよ」
「そう?」
「いやあ、青春だねぇ」
姉貴の旦那さんまで楽しそうに笑っている。
「鉄の男、佐藤にもついに春が――」
「うるさいです。佐藤巡査長、貴方も言い返してください」
佐藤巡査長は真っ赤になって固まっている。くそ、なんで黙ってるんだ。今になって恥ずかしくなったのだろうか。こんな台詞良く言ってるし、言い慣れているのだと思っていた。
「うんうん。かわいい妹をよろしくね!」
「よろしくしないでください!」
「でも、お似合いだと思うな~?」
「…は?何を言っているんですか?私など、佐藤巡査長が可哀想でしょう」
本当にそうだ。佐藤巡査長は、警察の中でも将来を期待されているエースであり、由緒ある警察一家の息子。私みたいな行き遅れを、こんな場の流れであてがわれるなんて可哀想だ。
私がそう言った、瞬間。
「…………」
「…………」
「…………」
三人が、同時に黙った。姉貴なんて、信じられないものを見るような目でこちらを見る。本日二度目の視線だ。私、変なことを言っただろうか。やはり、失礼な人だ。
そして。
「はぁ……」
「はぁ……」
「はぁ……」
今度は、三人揃って大きなため息。
「……なんなんですか、そのため息は」
私が尋ねると、アキ姉貴がやれやれと額に手を当てた。
「……いや、なんでもない。うん、気にしないで」
「はい、そうですか?」
そう言いながら、姉貴はどこか遠い目をしている。その隣では、旦那さんも同じような顔をしていた。
そして、佐藤巡査長まで。
「……犬井巡査」
「はい?」
「いえ……」
何か言いたそうなのに、結局口を閉じる。……なんだろう。三人とも、妙に私を見る目がおかしい。
まるで――。
「……可哀想な子を見る目で私を見るの、やめてもらえません?」
「「「…………」」」
また沈黙。
「本当に何なんですか!?」
「……ハルちゃん」
姉貴が私の肩に手を置いた。
「あなた、もうちょっと自分のことを大事にしたほうがいいよ」
「え?」
「あと、自分が他人からどう見られてるかも、もう少し考えたほうがいい」
「……?」
何を言っているのか分からない。私なんて、ただのちびっ子アラサー犬獣人だろう。それ以上でも、それ以下でも無い。
私は首を傾げる。すると、姉貴の旦那さんが佐藤巡査長を見る。
「……佐藤」
「はい」
「前途多難だな。頑張れ」
「……はい」
何を頑張るのだろう。
「えっと……?」
私だけが取り残されている。すると佐藤巡査長が、少しだけ困ったように笑った。
「犬井巡査」
「はい」
「……いつか分かってもらえれば、それでいいです」
「へ?」
何の話だろう。
「まあ、いいじゃないですか。今日のところは」
そう言って、佐藤巡査長は小さく笑った。
……なんだか納得いかない。私は三人の顔を順番に見る。全員が、なぜか私に対して微妙に優しい目をしていた。
「……本当に何なんですか?」
「「「……なんでもない」」」
三人の声が綺麗に重なった。絶対になんでもなくないんだろうが、分からない。匂いを嗅いでも、表情を見ても、ひたすらに困惑と慈愛の気持ちだけ。
どういうことか分からないが、彼らがそう言うのならもう気にするのをやめておこう。私はこれ以上深掘りしないことにした。