いぬのTS貧乳合法ロリアラサーおまわりさん   作:被告人5

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逆だったのかもしれない…

「……アキ警部、どうされますか」

「私がまず話す。もし相手がプロなら、私は確実に顔が割れている」

 

姉貴を見る。姉貴も私を見る。ほんの一瞬見つめ合って、それだけ言葉を交わした。

 

姉貴の右手がわずかに動く。回り込め、のハンドサイン。

 

私は小さく頷いた。そして、何食わぬ顔でその場を離れる。

 

人の流れに紛れ込む。買い物袋を持ったまま歩く人。子供の手を引く母親。スマートフォンを見ながら歩く学生。そして、広場近くの悲鳴を上げて動けず、遠巻きに見ている集団。その中へ私は自然に入り込んだ。

 

私たちは今、制服を着ていない。休日なのだから当然だ。

 

つまりあの男から見れば、私はただの買い物客の一人。一応広報のような活動をしていたが、それも全て制服を着ての活動。今は警察官だと、ぱっと見では分からない。この状況ならそれを利用しない手はない。

 

私は人混みの中をゆっくりと進む。男から見えない位置へ。若い男は、ものすごい剣幕で怒っているようだ。

 

人質の女性、男の立ち位置、周囲の障害物。そして――男の右腕。全部が見える場所を探した。

 

…見つけた。ここならすぐに動ける。

 

私は足を止めた。そして、姉貴をちらりと見る。姉貴もこちらを見ていた。

 

言葉なんて聞こえない距離で、互いに目が合う。それだけで十分だ。

 

次の瞬間、

 

「警察です!」

 

姉貴の堂々とした声が、広場に響き渡った。男が大きく反応する。

 

「……警察!?もう来やがったのか!」

「そうです!要望を言いなさい!」

 

姉貴は一歩前へ出る。両手を見える位置に上げ、ゆっくりと話しかける。

 

「近づくな!金を持ってこい!」

「分かりました。ですがまず、その方を離してください。代わりに私を人質にしてはいかがですか、私は武器なんて持っていませんよ」

 

姉貴は、それ以上不用意に近づかない。その代わり、男の意識を自分へ向け続ける。

 

「貴方がその人を傷つける必要はありません」

「うるさい!とにかく金だ!」

 

男がヒステリックに叫ぶ。見た感じ、凶器は農耕用の鎌か?その鋭い鎌が、人質の女性の首元へ近づく。周囲から、また悲鳴が上がった。

 

「動くな!こいつがどうなっても良いのか?」

「分かっています」

 

姉貴は冷静だった。刺激をせず、一旦は要求を聞き出す。

 

「落ち着いてください。話をしましょう」

「近づいたら、この女を――」

 

男が言葉を続ける。鎌を振りかざし、姉貴に見せつけるように。その手は震えているようにみえた。目には、異常なまでの興奮が見て取れる。…なんとなく、嫌な匂いがする。

 

その間に私は動いた。

 

一歩。二歩。人混みの中をすり抜ける。

 

音を立てない。視線を合わせない。犬獣人としての身体能力は、こういうときにも役に立つ。

 

人間なら数秒かかる距離。私ならほんの一瞬。

 

あと少しで、男の死角。鎌を握った手とその右腕が見える。

 

そして、ほんのわずかに、男の意識が姉貴から逸れた。

 

いけ

 

男と話す姉貴の口が、一瞬、それを伝えてきた。それだけで十分だった。

 

私は地面を全力で蹴った。戦闘態勢、爪が大きく伸びる。

 

「――っ!?」

 

近づく気配に男が気づく。でも、もう遅い。

 

振り返って、鎌が動く。

 

「なっ――!」

 

男がこちらへ振り向くよりも早く、私はその腕へ手を伸ばしていた。

 

ガシッ!

 

手首を確かに掴む。

 

「しまっ――!」

 

男が反射的に鎌を振り抜こうとする。

 

けれど。

 

「無駄です!」

 

私は腕を引いた。男の身体が大きく傾く。鎌を持った腕を、そのまま自分の身体の外側へ流す。刃先はむなしく空を切った。

 

「くそっ!」

 

男がさらに力を込める。結構若くて、体格も良い男性だ。普段の生活でなら、誰にも負けないぐらいの膂力があるのだろう。

 

けれど、力比べなら。こちらの方が圧倒的に上だ。

 

「――ふっ!」

 

私は手首を捻り、鎌を握った手を開かせる。

 

カランッ!

 

鎌が床へ落ちた。そのまま私は蹴り飛ばして、回収されないようにする。

 

「凶器、確保!」

「ハル巡査!」

 

姉貴が一気に距離を詰めた。二人がかりで取り押さえられることを恐れた男は、私を振りほどこうと身体を捻る。私はその動きを利用して、男の腕を引いた。男の身体がこちらへ流れる。

 

そこへ、姉貴の腕が入った。

 

「――動くな!」

「ぐっ……!」

 

姉貴が男の腕を制する。私も反対側から腕を取った。左右から同時に身体を押さえ込む。

 

男は必死に抵抗する。まるで獣人を思わせるほどの力を見せ、一瞬驚いたが、こちらは数も有利だ。

 

「このっ……!離せ!」

「無理ですよ。獣人二人です」

「暴れないで!怪我します!」

 

男は藻掻くように身体を捻る。まるでワニのデスロールを想起させる動きと力。獣を相手しているようだ。

 

しかし私はその動きを読んで、さらに低く姿勢を落とした。姉貴も同時に動く。

 

私たちは、言葉を交わさない。でも互いの動きが分かる。まるで、長年組んできた相棒のように。実際には、姉妹なのだけれど。

 

男が最後の力を振り絞って立ち上がろうとする。

 

「アキ警部!」

「分かってる!」

 

姉貴が男の腕を引く。それに合わせて私は逆側から身体を押さえる。

 

男の重心が完全に崩れた。

 

「う、うわっ――!」

 

ドサッ!

 

男の身体が床へ倒れる。油断せず、私はそのまま腕を固定する。姉貴も反対側から押さえ込む。関節技、というやつだ。これは痛いぞ。

 

「……動かないでください」

 

姉貴の声が低く響く。

 

「これ以上抵抗すると怪我します。腕も簡単に折れますよ」

 

そんな言葉に、男は顔を青くし動きが止まった。私は息を整えながら、姉貴を見る。

 

「……確保?」

「ええ」

 

姉貴が頷く。

 

 

「刃物を使った脅迫および強要の疑いで、現行犯逮捕します」

「了解」

 

姉貴がポケットから取り出した手錠を、男の手首にはめる。その間に私は無線を入れて、追加の人員を要請した。周囲から遅れて、ざわめきが広がっていく。

 

「す、すげえ……」

「今の見た?」

「犬井警部だ」

「女の人二人で……」

「ハルちゃんだ!」

「というか、あの小さい子、めちゃくちゃ速くなかった?」

「何が起きたの……?」

 

私はその横で、床に落ちた鎌から距離を取った。

 

「刃物、確保しました。触らないほうがいいですよね」

「ええ。現場に来る捜査員に確認してもらいましょう」

 

姉貴はそう言うと、周囲を見渡した。

 

「まず、人質の方を安全な場所へ。あと、誰か怪我をしている人はいませんか?」

「私は大丈夫です!」

 

人質だった女性が答える。けれど、声は震えていた。

 

「分かりました。ただ、念のため医務斑も呼びますね。強い恐怖を感じた場合、本人が気づかないうちに体調を崩すこともありますから」

「はい、ありがとうございます……」

 

姉貴は落ち着いた声で女性を出口へ誘導する。その間に私は、周囲の人たちへ声をかけた。

 

「皆さん、危険ですので、こちらから離れてください。現場には近づかないでください」

「は、はい!」

 

さっきまで悲鳴を上げていた人たちが、少しずつ動き始める。私は人の流れを見ながら、もう一度周囲を確認した。

 

落ちている凶器、男が立っていた場所、鎌が落ちた位置。そして、人質の女性がいた場所。

 

後から来る警察官が現場を確認するためには、できるだけ余計なものを動かさないほうがいい。

 

……そう考えると、さっき鎌を蹴り飛ばしたのは、ちょっとまずかったかもしれない。

 

「……警部」

「なに?」

「私、あれ蹴っちゃいました」

「うん。見てた」

「……怒ります?」

「怒らないよ。あの状況なら仕方ない。ただ、あとでちゃんと報告してね」

「はい、すみません……」

 

警察官として、反省だなぁ。そんなことを考えていると、人混みの向こうから声が聞こえた。

 

「犬井巡査!」

「……佐藤巡査長?」

 

人混みをかき分けて、二人の警察官がこちらへ向かってくる。さっきの無線で来たのなら、おかしい早さだ。多分、誰かがすでに通報してくれていたのだろう。

 

一人は見慣れた顔。そして、もう一人は――。

 

「あ」

 

姉貴の旦那さんだった。

 

「アキ警部、現場の状況は?」

「刃物を所持した男性が、人質を一名拘束して金銭を要求。私とハル巡査で制圧しました。人質に目立った外傷はありません」

「刃物は?」

「そこです」

 

姉貴が指差す。

 

「制圧時にハル巡査が男の手から落とし、蹴って移動させています」

「分かりました。現場保存をお願いします」

「了解」

 

姉貴の旦那さんが周囲を見渡す。

 

「目撃者は?」

「何人かいると思います。こちらの方々です」

 

姉貴が、先ほどまで近くにいた人たちを指す。

 

「では、目撃者にはその場で待機してもらいましょう。後で順番に話を聞きます」

 

警察官が来ると、現場の空気が一気に変わった。さっきまで私たち二人で対応していたことを、今度は複数人で分担していく。

 

人質の保護、犯人の監視、周囲の安全確保、目撃者からの事情聴取。そして、現場に残された刃物などの証拠の保全。私はその一つ一つを手伝っていった。

 

しばらくして。

 

犯人を連れていくための警察官が到着した。男はすっかり大人しくなっていた。さっきまでの異常な興奮具合が嘘のよう。

 

「…すみません」

 

突然、男が呟いた。私は思わずそちらを見る。

 

「何があったんですか?」

 

姉貴が問いかけた。男はしばらく黙っていたが、やがて小さな声で答えた。

 

「金が……必要だったんです」

「何に?」

「……弟の治療費です」

 

私は少しだけ目を見開いた。

 

「弟、ですか?」

「病院に入院してるんです。金がなくて……借りてしまって。もう、どうにもならなくて」

 

男は俯いた。そして自分を嘲るような表情をする。

 

「最初は返せると思ったのに。……収入もなくなって、金貸しにはぶん殴られましたよ」

 

姉貴は表情を変えなかった。

 

「だからといって、人を人質にしていい理由にはなりません」

「……分かってますよ。幸せそうな人をみて、もう、どうにかなりそうだった。それにさっきは、自分はなんだってできるような錯覚に陥ってました。人質でお金を要求するなんて、馬鹿げてるはずなのに」

 

なんとなく、違和感を覚える。追い詰められて、精神を病んでしまったのだろうか。

 

魂が抜けたように、手のひらを眺めている。手のひらには、指の付け根に硬そうなマメがあった。

 

「農業をしていたんですか?」

「え?」

 

男がこちらを見る。

 

「手にマメがありますから」

「……はい。農家でした」

 

男は小さく答えた。

 

「去年、台風で畑が駄目になって……借金が残って。こっちに出てきて仕事を探してたんです」

 

そこで男は唇を噛んだ。

 

「でも、何をやっても上手くいかなくて……」

 

私は何も言えなかった。同情していいのか。それとも、怒るべきなのか。きっと、どちらも違う。この人がどんな事情を抱えていたとしても、今日ここでやったことは許されない。

 

でも。

 

「貴方の弟さんも、同じく農業をやられていますか?そして主に、らっきょうを作っていたりしませんか」

「え。は、はいそうです」

「そうですか。では最近、さくら町のなゆた診療所に入院された方でしょうか」

「はい。どうして、それを知っているんですか」

 

私の問いかけに、男は驚いたように顔を上げる。

 

「思い出しただけですよ。いつも、「兄の負担になっていないか」と心配していた人がいたと」

 

なゆた診療所は、病床があるが非常に規模の小さな医療移設。当然、常在の警備担当なんておらず、我々さくら交番の面々が交代で巡回していた。

 

私はそんな診療所でアニマルセラピー的な扱いをされている。行けばそこそこ人が寄ってくるし、小さくて撫でやすいのか、お年寄りには大人気だった。

 

そんなときにお会いした、髪の抜けた、若めの男性。突発性かつ転移性の進行癌だと聞いた。私は良く分からないが、抗がん剤に多額の金額がかかっていると。

 

「そう、ですか。弟には、すまないとお伝え下さい」

「はい、分かりました。……それでも、誰も怪我しなくてよかったです」

 

私が呟く。男が顔を上げた。

 

「え?」

「あなたも、人質の人も。誰も怪我しなかった。それだけは本当によかったです」

 

そうだ。警察学校で、刑法は軽く勉強した。もう忘れてしまっている部分も多いが、この人は、決定的なラインを1つだけ守ったところがある。

 

「人間は置かれた環境によって変わってしまう存在です。確かに、貴方は罪を犯しました」

「…はい、本当に申し訳ないです。あの女性にも、酷いことをしてしまいましたね」

「それが聞きたかった。貴方は初犯で、金銭の取得も無く、死傷者はありません。そして何より、抵抗せず投降し、反省の意があります」

 

私には、この人が極悪人とは思えない。もちろん、やったことは悪いことだ。被害者の女性だって、もしかしたら死んでいたかも知れない。

 

でも、この男性は。きっと数年前までは弟さんと平和に暮らしていたんだろう。そしてたまたま噛み合いが悪く、こんな凶行に走ってしまった。走ってしまったが、それに至るまでの行動には、この人の根底には、弟さんを守りたいという意思があったんだと思う。

 

小さく、嗚咽が聞こえる。

 

この人達の境遇は、あの研究所で一切の救いがなかった場合の、私とアキ姉貴のように思えた。

 

私は耳元で囁く。

 

「正直に話せば、懲役はそれほど長くはなりません。全うし、被害者に悔いて、そして弟さんに会いにいきなさい。それまで、私がなんとか面倒をみますよ」

 

男は何も言わなかった。ただ、弱々しく泣きながら、小さく頷いた。

 

そして、そのまま警察官に連れられていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて」

 

アキ姉貴が手を叩く。現場検証のためのバリゲートテープを貼って客を立ち入らせないようにし、鑑識のための場を整えた。警備のために数人は残る必要があるが、もうほとんど我々にできることはない。

 

「一段落したね」

「……疲れました。休日なのに」

「本当にね~」

 

私は肩を落とす。せっかくのお休みだってのに、どうしてこうなったんだろう。

 

すると。

 

「犬井巡査、こちらを向いて下さい」

「はい?どうされましたか?」

 

振り返ると、そこには佐藤巡査長が立っていた。

 

「怪我はありませんか?」

「えぇ、大丈夫ですよ」

「刃物がかなり近くまで来ていたと聞きました」

「でも避けましたし、私は獣人ですよ。強いんです」

「……強いことと、心配しなくていいことは別です」

 

まったく、この人は心配性だ。万が一怪我したって、獣人ならすぐに治るというのに。

 

「お手を見せてください」

「……お手?」

 

佐藤巡査長が掌を優しく差し出す。私は首を傾げながら、その手に自分の手をぽんと乗せた。

 

「……違います。手を見せてください」

「あ、あぁ、すみません」

 

いけない。ちょっとだけ感傷に浸っていたせいで、頭が働いていなかった。恥ずかしい。こんなの、完全に犬だ。

 

私は手を引っ込める。すると佐藤巡査長が、少し笑った。

 

「いえ、謝らないでください。可愛かったので」

「またそんなことを……」

 

この人は平気でこんなことを言うのだ。こんな美丈夫に言われてしまったら、世の中の女性は勘違いして一瞬でコロッとやられてしまうだろう。私は元男だから耐えられたけど、完全に女性だったら耐えられなかった。

 

「手のひらを見せてもらえますか」

「……はい」

 

彼は私の手を取って、まるで割れ物に触れるように掌を確認する。それから手の甲、手首、腕。私としては、ちょっぴりむずがゆい沈黙の時間が流れた。

 

「問題なさそうですね」

「だから言ったじゃないですか。私強いですよ」

「それでも、怪我をしていたら困ります」

「……困る、ですか?」

 

佐藤巡査長は、真面目な顔で私を見る。

 

「はい。怪我をしていたら、悲しいですから」

「……私が?」

「はい、悲しいです」

 

……。

 

なんだろう、妙に胸の奥がむずむずする。心配してもらえて嬉しいような、ちょっとだけ恥ずかしいような。

 

「ひゅー」

「ひゅーひゅー」

 

ふざけた口笛が聞こえて、後ろを見る。アキ姉貴と、その旦那さんが立っていた。

 

二人とも、ニヤニヤしている。

 

「……アキ姉貴」

「私、何も言ってないよ?」

「言ってないですけど、顔はおしゃべりですよ」

「そう?」

「いやあ、青春だねぇ」

 

姉貴の旦那さんまで楽しそうに笑っている。

 

「鉄の男、佐藤にもついに春が――」

「うるさいです。佐藤巡査長、貴方も言い返してください」

 

佐藤巡査長は真っ赤になって固まっている。くそ、なんで黙ってるんだ。今になって恥ずかしくなったのだろうか。こんな台詞良く言ってるし、言い慣れているのだと思っていた。

 

「うんうん。かわいい妹をよろしくね!」

「よろしくしないでください!」

「でも、お似合いだと思うな~?」

「…は?何を言っているんですか?私など、佐藤巡査長が可哀想でしょう」

 

本当にそうだ。佐藤巡査長は、警察の中でも将来を期待されているエースであり、由緒ある警察一家の息子。私みたいな行き遅れを、こんな場の流れであてがわれるなんて可哀想だ。

 

私がそう言った、瞬間。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

三人が、同時に黙った。姉貴なんて、信じられないものを見るような目でこちらを見る。本日二度目の視線だ。私、変なことを言っただろうか。やはり、失礼な人だ。

 

そして。

 

「はぁ……」

「はぁ……」

「はぁ……」

 

今度は、三人揃って大きなため息。

 

「……なんなんですか、そのため息は」

 

私が尋ねると、アキ姉貴がやれやれと額に手を当てた。

 

「……いや、なんでもない。うん、気にしないで」

「はい、そうですか?」

 

そう言いながら、姉貴はどこか遠い目をしている。その隣では、旦那さんも同じような顔をしていた。

 

そして、佐藤巡査長まで。

 

「……犬井巡査」

「はい?」

「いえ……」

 

何か言いたそうなのに、結局口を閉じる。……なんだろう。三人とも、妙に私を見る目がおかしい。

 

まるで――。

 

「……可哀想な子を見る目で私を見るの、やめてもらえません?」

 

「「「…………」」」

 

また沈黙。

 

「本当に何なんですか!?」

「……ハルちゃん」

 

姉貴が私の肩に手を置いた。

 

「あなた、もうちょっと自分のことを大事にしたほうがいいよ」

「え?」

「あと、自分が他人からどう見られてるかも、もう少し考えたほうがいい」

「……?」

 

何を言っているのか分からない。私なんて、ただのちびっ子アラサー犬獣人だろう。それ以上でも、それ以下でも無い。

 

私は首を傾げる。すると、姉貴の旦那さんが佐藤巡査長を見る。

 

「……佐藤」

「はい」

「前途多難だな。頑張れ」

「……はい」

 

何を頑張るのだろう。

 

「えっと……?」

 

私だけが取り残されている。すると佐藤巡査長が、少しだけ困ったように笑った。

 

「犬井巡査」

「はい」

「……いつか分かってもらえれば、それでいいです」

「へ?」

 

何の話だろう。

 

「まあ、いいじゃないですか。今日のところは」

 

そう言って、佐藤巡査長は小さく笑った。

 

……なんだか納得いかない。私は三人の顔を順番に見る。全員が、なぜか私に対して微妙に優しい目をしていた。

 

「……本当に何なんですか?」

 

「「「……なんでもない」」」

 

三人の声が綺麗に重なった。絶対になんでもなくないんだろうが、分からない。匂いを嗅いでも、表情を見ても、ひたすらに困惑と慈愛の気持ちだけ。

 

どういうことか分からないが、彼らがそう言うのならもう気にするのをやめておこう。私はこれ以上深掘りしないことにした。

 

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