ショッピングモールの一階、中央広場。
現場で諸々の手続きが終わり、警察署で行う処理のために姉貴たちは帰って行った。さよならも言えなかったが、仕事なので仕方が無い。
現場を片付けようとしている鑑識官たちを手伝うため、周囲に張り巡らせていたバリケードテープを回収しようと野次馬の群衆に近づいた時。
「――あっ!犬井巡査!」
その人混みの中から、聞き覚えのある声がした。人混みをかき分けて、子供たちがこちらへやってくる。
「犬のねえちゃん!すっげー!かっけー!」
「ハルさん、大丈夫だった?」
「おい、お前ら待て!」
恰幅の良い玄徳くん、満面の笑みの歩夢ちゃん、そんな彼らを制止しようとするドイル君。そして、その後ろには見慣れない男の子もいた。だが、会ったことはある子。
「あれ?」
私は目を細める。しょっちゅう外で見かける三人と、彼らの話からは、頻繁に名前を聞く存在。仲良しの友達で、その五人で私人逮捕系Youtuber、『ドミネイ探偵団』の編集を担当しているという、聡明そうな男の子。
「玄徳くん、歩夢ちゃん、ドイルくん。それに……」
「
新しく来た男の子が、元気よく手を上げた。
「ああ、光宙くんだったね。久しぶり、元気にしてた?」
私も面識がある、さくら町の子供たちだ。
ただ、気になることがある。
「……どうしてここに?」
私が尋ねると四人が揃って、ぴたりと止まった。なんとなく、彼らの表情から、「やっちまった」という感情が読み取れる。
「えへへ……」
「いやぁ……」
「だから言っただろ!た、たまたま見てて……」
「は、はい!なんにもないですよ……」
「?」
私は首を傾げる。
「何かありました?」
「いや……」
玄徳くんが目を逸らす。歩夢ちゃんも気まずそうにしている。ドイルくんは眼鏡を直している。そして光宙くんは、なぜかスマートフォンを胸元に抱えていた。
「そのスマホは…なんでこちらを向いているんですか?」
「……えっと」
歩夢ちゃんが、おそるおそる口を開いた。
「実はね、わたしたち……」
聞けば。
彼らは、数時間前から、町中をうろつく怪しい男を見つけて後をつけていたらしい。おそらく確保した犯人の男性だが、建物の前で泣き叫んでいたそうだ。そんな人を、事件の予感がして尾行していた。多分、私人逮捕系Youtuberとしての活動だろう。不審者を追跡するな。あぶない。
以前、彼らは傷害事件の現場にやってきて動画を撮っていたことがあった。本当に、小学生がそんなところに来るな。危なすぎる。
その当時はドイル君が事件の解決に繋がるヒントを出し、軽井沢巡査は仕事が早く終わると大喜びだった。だが、感謝する軽井沢を余所に、私は彼らに対してキツく叱り、学校と親御さんに連絡までしたのだ。もちろん、動画は削除させた。
そのときに反省して、もうYoutuberはやっていないと思っていたのだが。……嫌な予感しかしない。
その場の空気の不穏さを感じ取ったのか、はたまた、以前叱ったのを思い出したのか。玄徳くんが慌てて言う。
「でも、今回は近づいてないんだぜ!」
「はい!刃物持ってるの見えましたから!」
歩夢ちゃんも頷く。
「危ないと思って、すぐ離れたの」
「そして警察に通報した」
ドイルくんが胸を張る。そうか、佐藤巡査長たちが来るのが早すぎるような気がしたが、彼らが呼んでいてくれたのか。
私は少しだけ考えた。以前なら、ただ、「なんで追いかけたんですか!?」とすぐに怒っていたところだ。
でも今回は違う。
危険を感じたところで距離を取り、警察へ通報した。動画を撮っていたとは言え、少なくとも前よりはちゃんと学習している。
「……ちゃんと逃げたんですね、偉いですよ」
四人の顔が、ぱっと明るくなる。
「危ない人を見つけても、自分たちで捕まえようとしない」
私はしゃがんで、子供たちと目線を合わせた。
「警察に連絡する。それが一番です」
「……うん」
「今日は、それができたので偉いです」
玄徳くんが嬉しそうに笑う。
「へへ……」
「まあ、今回は褒めてあげます」
私は四人の頭を順番に撫でた。
「……でも、不審な人を追跡するのも、止めて下さいね。悪いですけど、この件も学校に連絡しますよ」
「え~そんなぁ~!」
「あんまりだぜ!」
「はいはい。この他には、もう何もやっていませんか?当然、動画はあっぷろーど?をしてはいけませんよ。この場で消してもらいます」
四人の身体が、びくっと固まった。
「えーっと…」
「え、どうしました?」
なぜか、全員気まずそうだ。
「……あの」
歩夢ちゃんが小さな声で言う。
「ハルさん、あの、今回は…」
「はい?」
「……動画じゃなくて、LIVE配信、してました」
「…………らいぶ?」
周りの空気が固まった気がする。なんだ、それは。
「…………え、らいぶとは?動画とは違うんですか?」
玄徳くんが、恐る恐るスマートフォンを差し出す。
「こ、これ……」
私は画面を覗き込んだ。
よく分からないが、配信画面らしい。そして、画面に表示されている同時接続者数は、33万人。
コメント欄が、猛烈な勢いで流れている。私の動体視力でかろうじて読めたコメントは。
『お疲れ様です!』
『犬井巡査きたああああああ!!』
『姉妹揃って強すぎるだろ』
『バブみが凄かったでちゅ、ばぶばぶ』
『神回』
『連携見た!?』
『何あの速度すご』
『狩りごっこだね!負けないんだから!』
『アキ警部もいた!!』
『これガチの事件じゃん』
『探偵団今回はちゃんと逃げてて偉い』
『ハル巡査は確保が得意なフレンズなんだね!』
『配信はしてて草』
『犬井巡査の顔怖くなってない?』
『あっ……』
『これ怒ってるやつだ』
『耳が……』
『尻尾が……』
『ぶたないで…ぶたないでほしいのだ…』
『やばい』
『逃げろ』
『探偵団逃げてえええええ』
私は無言で画面を見つめた。
私の耳がぴくぴくと、震えている。尻尾も小さくぷるぷると、震えている。
「……ハルさん?」
歩夢ちゃんが恐る恐る声をかける。
「……皆さん」
「は、はい」
私はスマートフォンを指差した。
「これを終わらせるには、どうしたらいいんでしょうか?」
「え?」
「らいぶ配信です」
私は画面を指差す。せっかくこの悪童達を褒めようと思ったのに、どうやら本気の説教をしなければならないらしい。
「どうやって終わらせるんですか?」
「…………」
四人が青ざめた顔を見合わせる。
私は電子機器に弱いく、スマートフォンは電話と連絡手段。SNSはほとんど見ないし、動画配信なんて、なおさら分からない。
だが、これ以上撮影なんてさせてやれない。ここから私は、珍しくカミナリを落とさないといけないのだ。
「へ、へへっ」
光宙くんが引きつった笑顔を浮かべる。
「こ、こうするんです……」
「そうなんですか」
「うん。ここをこうして……」
必死に画面を操作する。
「これで……」
「はい」
私は画面を見つめた。
「――終了しました」
ぶつり、配信が切れた。そのまま、彼らに配信も削除させる。
「…………」
四人が固まった。
「……ありがとうございました」
私はスマートフォンを返した。
そして。
「さて」
四人を見る。
「皆さん」
「はい……」
「まずは、通報ありがとう。そして、場所を変えましょうか。今は大体15時です。夕方には、帰してあげますよ」
夕方のチャイムが鳴ったころ。ようやく、彼らを家に帰した。歩夢ちゃんは半分涙目になっていたし、学校と家に連絡したので、彼らはここからも怒られる事だろう。
…本当は、説教なんて柄じゃ無い。当然したくもない。だが、こんな嫌われ役をするのも、警察の役目だ。
私は交番へ戻り、事後処理を手伝う。既に佐藤巡査長は死にそうな顔をしながら、各所に電話したり、書類の山と格闘したりしていた。
私もデスクに座り、対応出来る書類をまとめ、事件の経緯を報告する。そして、私情に左右されないように気をつけつつ、証言を整理する。
これが、突発で事件があったときの仕事だ。普通にキツいので事件が一個も起きなければ良いのだが、この世界にも無慈悲にも治安は良くないため、こんな小さなさくら町でも一週間に一回ぐらいで起こるのだ。最悪である。
だが。
私は、すっかり忘れていた。Youtubeの配信で、全国数十万人に自分の姿を見られていたことを。
後から知ったが、彼らのYoutubeチャンネル、『ドミネイ探偵団』は私人逮捕系という珍しさ、そして光宙くんの編集技術のおかげで登録者が多く、人気チャンネルだったようで。そんなチャンネルで起きた配信上の放送事故なんて、世間は見逃してくれなかった。
「ハル先輩ィ」
「……なんですか」
交番に戻ってからしばらくして。佐藤巡査長と同じく死んだ顔になってきた私を余所に、軽井沢巡査がニヤニヤしながらスマートフォンを見せてきた。
「また有名になっちゃったっすねェ」
「……何がですか」
「これ」
画面を見る。Twitterの検索ランキング。とれんど?というものらしい。
1.『犬井ハル』
2.『#ドミネイ探偵団』
3.『放送事故』
4.『人質事件』
5.『さくら町』
6.『犬井アキ』
「いやぁ、すごいっすねェ」
「…………うそ、削除させたのに、どうして」
「SNSって簡単に広まっちゃうんです。ほら、こういうことっすよ」
軽井沢が画面をスクロールする。
ニュースサイト。動画サイト。SNS。
心当たりのある記事が、次々と表示されていった。
『休日の犬井ハル巡査、刃物男を制圧』
『獣人姉妹の連携が凄すぎる』
『犬井ハル巡査、人質救出の瞬間』
『休日中の警察官、偶然遭遇した事件に対応』
『犬井警部&犬井巡査、息の合った連携』
「な………」
さらにスクロール。
『【切り抜き】犬井巡査、わずか数秒で刃物を制圧』
「な、な………」
さらに。
『【検証】犬井ハル巡査の動き、速すぎる』
「な、な、な………」
『犬井巡査、男性警官にお手』
「なんですか…」
さらに別の動画。
『犬井巡査、電子機器に弱い』
「…………」
私は頭を抱えた。
「…………こんなのも広まっているんですか」
「はい!最初から最後まで全部っすよォ」
「どうすれば消えますか?」
「ムリっすね。確実に」
軽井沢巡査が楽しそうに笑う。
「いやーハル先輩、またお仕事とか増えちゃいそうっすねェ」
「軽井沢巡査」
「はい?」
「黙ってください」
「はい」
私はゆっくりと机に突っ伏した。
「……もう」
耳がぺたんと倒れる。
尻尾も、力なく垂れ下がる。
「犬井巡査、大丈夫っすかァ?」
「なんで私は……」
私は顔を伏せたまま呟く。
「休みの日まで仕事して、そのうえ全国に晒されてるんですかぁぁぁぁぁぁ!!」
私は再び机に突っ伏した。
「……帰りたいです」
「まだ仕事終わってないっすよォ」
「知ってます……というか貴方は携帯イジってないで手伝ってくださいよ」
その横で、さっきまで電話をかけていた佐藤巡査長が苦笑する。
「……犬井巡査。まぁ、その」
「なんですか、佐藤巡査長……」
少しだけ間を置いて。
「お疲れ様でした」
「……はい、巡査長もお疲れ様です」
私は顔を上げた。
そして、机の上に置かれた書類を見る。
今日の事後処理。まだ、そこそこの書類が残っている。
「…………はぁ」
「どうしました?」
佐藤巡査長が尋ねる。
「休日労働って割に合わないですね」
「………そうですね。それと、この反響をみて、またテレビ局からの出演依頼が来たみたいです」
「あぁ、さっきかかってたのは、その電話ですか」
私は遠い目をした。もう何なんだろう。どうして休日出勤をしたあげく、さらに仕事が増えることになっているんだろう。私はもう、ゆっくり休むこともできないのか。乾いた笑いが漏れてゆく。
その横で、軽井沢巡査はスマートフォンを弄りつつ、軽々しく口を挟む。
「見て下さい、もう4時間ぐらいトレンド一位っす」
「軽井沢巡査ぁぁぁぁぁ!!」
「ひえっ!怒んないで下さいよォ!」
交番の中に、軽井沢の悲鳴が響いた。