トントン拍子に話は進み、あっという間にセレモニー当日を迎えてしまった。
いや、本当に早かった。前日に佐藤巡査長から「明日は絶対に遅刻しないでくださいね」と念を押され、家に帰ってからも「歩き方はこう」「賞状を受け取るときはこう」と何度も確認した。おかげで昨晩は妙に緊張してしまい、なかなか眠れなかった。気分は受験前の学生である。
そして現在、私はいつもの制服を着て、ガチガチに緊張しながら、なんかスゴい賞を授与される警察官たちの列に並んで立っていた。
本当に胃が痛い。別に悪いことをしたわけでもないのに、こういう格式張った場所にいると、なぜか「私はここにいていい人間なんでしょうか」という気持ちになってくる。
周囲を見渡してみると、私の隣には、年間の検挙件数が全国でもトップクラスだったという男性警察官。反対側には、女神と称されるほどの美貌を持つ白バイ小隊長。他にも、重大事件の解決に貢献した警察官や、長年にわたって地域の安全に尽力した人など、そうそうたる顔ぶれが並んでいる。我らのさくら交番には数週間遅れてくる社内報で見たことのある顔ばっかり。
当然、みんなパリッとした礼服を着ている。立ち姿も綺麗だ。背筋は伸びているし、視線の置き方までなんとなく洗練されている。
対する私はというと――いつもの特注制服。獣人用に仕立ててもらった、私の身体に合わせた特別仕様である。
普通の警察官の制服と比べれば、肩幅も袖の長さも全然違う。もちろん尻尾を出すための穴もある。
しかも私の制服は黒を基調としているものの、獣人用の装具や細かな部分には青と白が使われている。周囲が黒一色の礼服で統一されているだけに、どうにも目立つ。いや、本当は獣人用の礼服も準備するつもりだったが、いかんせん時間がなさすぎたのだ。
というか、服装を抜きにしても私だけ明らかに等身が低い。彼らは青年向け漫画の等身だが、私は少年向け漫画や一部の成人向け漫画に出てきそうな感じだ。
あまりにも場違いすぎて恥ずかしい。めちゃくちゃ恥ずかしい。低すぎる私の身長が悪いのだ。
正確には、成長期にまともな栄養を取れなかった私の身体が悪い。そして何より、私はそのことを誰よりも理解している。だからそんな目で見ないでほしい。私はこういう体型なんです。仕様です、不具合じゃありません。
そんなことを考えていると、壇上に立つ警視庁の幹部が、こちらへ視線を向けた。
そして、名前が呼ばれる。
「犬井ハル巡査」
「――はい!」
反射的に大きな声で返事をする。しまった、声が大きかったかもしれない。いやでも、返事は大きくしろって佐藤巡査長に言われたし、別に大丈夫かな。
私は意を決して一歩を踏み出した。行進開始だ。
……ただし、私の歩き方は他の受賞者たちよりも明らかに角張っていた。
昨日の夜、佐藤巡査長から教え込まれた通りに歩いているだけなのだが、身体が小さいせいか妙にちょこちょこしている。しかも緊張しているので、普段よりも動きが固い。
カメラのシャッター音がひっきりなしに聞こえる。シャッター音が鳴り止まない。報道陣から向けられる視線も感じる。なんだろう、なんかこう、生暖かいような気がする。かわいいものを見る目というか、微笑ましいものを見る目というか。
いや、分かってる。急に等身の低い警察官が出てきたら、そりゃ二度見するよ。私だってすると思う。
でもな、ちんちくりんなのは自分が一番分かってるんじゃ!
心の中で盛大に叫びながら、私は壇上まで歩いていった。そして、壇上の警視庁幹部が賞状を手にする。
「犬井ハル巡査。貴官は日頃の職務において市民に寄り添い、地域の安全と安心の確保に尽力した。その姿勢と功績は、他の警察官の模範となるものであり、広く国民に警察官の使命と責務を示したものである。よってここにその功績を称え、警察功績賞を授与する」
「は、はい。恐縮です」
はえー、なんかスゴそう(適当)
いや、実際にすごい人が言っているから当然なのだが。賞状を読み上げられている間、私はずっと、これ、私のことだよね?と内心で確認していた。
だって私が普段やっていることなんて、子供たちの通学路で旗を振ったり、道端で困っているおばあちゃんを助けたり、落とし物を拾ったりするくらいだ。もちろん警察官として必要な仕事ではある。でも、こんな大きな式典で表彰されるほどのことなのだろうか。SNSの影響力ってすごいんやなぁ…
そんなわけで、今回私が授与された賞は、かなり上位の賞らしい。聞いた話では警察関係の功績表彰の中でも上から三番目、オリンピックで例えるなら銅メダル。
……いや、十分すごいな?なんかすごすぎて実感が湧かない。私は教えられた通りに一歩前へ出て、賞状を受け取るために手を差し出した。
そして、無事に受け取った。よし、問題なく成功。心の中でガッツポーズをキメる。表情には出さない、出したらたぶん怒られる。
そのまま礼をして、列へ戻る。時間としては短いとは思う、が、ようやく終わった。くっそ苦行だった。内心では小躍りしていた。
実は本当なら、こういう作法は姉貴に教えてもらおうと思っていた。姉貴は私なんかよりずっとこういう場に慣れているし、警察官としても私よりはるかに上の立場にいる。でも、あの人もあの人で忙しい。結局、事前に教えてもらう時間は取れなかった。
そこで私を助けてくれたのが佐藤巡査長だった。文字通り、手取り足取り教えてくれた。
佐藤巡査長は、代々警察官を輩出している家の出身らしい。こういう式典での所作は、幼い頃から叩き込まれていたそうだ。それなのに、夜中の小さな交番で、私のためだけに何度も練習に付き合ってくれた。別に彼にとって得になることなんて何もない。
……本当に、なんて出来た人間なのだろう。私だったら夜中まで他人の練習に付き合うなんて絶対に嫌だ。仕事ならやるけど。
とはいえ、彼は警官向きの良い人すぎる。こんな人には、ぜひとも良い縁に恵まれて、幸せな結婚生活を送ってほしい。まあ、本人には余計なお世話だろう。
そんなことを考えているうちに、セレモニーは滞りなく進み、無事に終了した。会場から拍手が起こる。私も他の受賞者たちに習って一緒に礼をする。
そして顔を上げた瞬間、なんとなく嫌な予感がした。受賞者たちの周囲に、報道陣が集まり始めている。
マイクを構えて、カメラを持って、テレビ局の腕章をつけた人が、ものすごい勢いで集まっているようだ。
……あ。これ、私も囲まれるやつだ。私はできるだけ自然に、そっと後ずさる。最初からそこに向かう予定だったかのように、会場の隅へ移動した。そこには会場警備を担当している、交番の同僚たちがいる。
ここなら安心、私は陰キャ寄りの人間なんだ。大勢の人間から一斉に注目されるとか、そういうのは本当に苦手なんだ。どうか許してほしい。
すると、聞き慣れた軽い声が飛んできた。
「ハル先輩じゃーん。表彰式、お疲れ様でーす」
「……げっ」
振り返ると、そこにいたのは軽井沢巡査だった。
本名、軽井沢潤。年齢は二十四歳。私より四歳も年下の巡査である。
そして、私と同じ獣人。彼は猫の獣人で、頭の上にはピンと立ったネコミミが生えている。細長い尻尾も背後から伸びていて、本人の機嫌に合わせるようにゆらゆらと揺れていた。なんか艶めかしい。あれ、絶対わざとやってるだろ。
見た目だけはかなり良い。猫獣人らしいすっきりとした顔立ちに、整った容姿。普通にしていれば、女性からかなりモテそうな男である。…普通にしていれば。
問題は、本人が普通にする気があまりないことだ。勤務態度は軽い。勤務時間でも普通にパチンコに行くし、ナンパもする。タバコも好き。私としての彼の総評はカスである。
仕事はちゃんとやるのだが、それ以外の部分がどうにもチャラい。しかも本人はそんな自分の性格をまったく悪びれていない。猫耳をぴくぴく動かしながら、今日も軽薄そうな笑顔を浮かべている。典型的な「警察官としてはもう少し真面目になってほしい人」である。もはや邪悪な両津勘吉だ。
ちなみに女性人気は高い。どうしてこんなのがモテるのか。世の中は理不尽である。絶対佐藤巡査長の方にしておいた方が良いと思う。
「結構様になってましたよォ」
「本当ですか?軽井沢巡査がナンパ以外で褒めるのは珍しいです」
「ええ。馬子にも衣装ってやつっすね」
「本当に失礼すぎる」
軽井沢巡査はケラケラ笑っている。この男、年齢的には私が先輩だからといって遠慮するという概念がない。まあ、こっちも別に気にしていないのだが。
「ところで先輩、報道陣のインタビュー受けなくていいんすか?」
「嫌です」
「即答じゃん」
「こんなに大勢の人に囲まれるの、慣れてないんです。助けてください」
「先輩犬なのに、今は怯えた猫みたいっすね。かーわい」
軽井沢巡査は笑いながら私の頭を見る。正確には、私の耳を見る。私の大きな犬耳は緊張のせいで、さっきから微妙に垂れ下がっているらしい。
「先輩が猫だったら口説いてましたよ」
「貴方女性だったらなんでもいいんですか?」
そんなくだらない会話をしていた、そのときだった。
「犬井巡査!探しましたよ!」
「え?」
振り返るとそこには、たくさんのマイクとカメラ、そして私でも知っているテレビ局のマークをつけた記者たち。
……なんで?さっきまで向こうにいたよね?いつの間にこっち来た?
「今回の受賞について、率直な感想をお願いします!」
「獣人警察官として初めての受賞となりましたが、どう思われますか?」
「SNSで大変な人気を集めていますが、ご自身ではどう受け止めていますか?」
「犬井巡査、スリーサイズを教えてください!」
「今後の活動について何か考えていることはありますか?」
はわわわわ。ちょっと待って、情報量が多い。マジで一気に喋らないでほしい。聖徳太子じゃないんだぞ。
犬だから耳は良いけど、犬耳だからって全部聞き取れると思わないで。というか、そもそも私は大勢に囲まれるのが得意じゃない。頭の中が真っ白になっていく。
「あ、あの……」
「今回の受賞について――」
「SNSの反響についてどう――」
「スリーサイズ――」
「獣人として――」
ダメだ、処理できない。頭が真っ白で、誰が何を聞いているのか分からない。視界にカメラがいくつも入る。シャッター音がする。マイクが近づいてくる。
犬耳がぴくぴく動いているのが自分でも分かる。尻尾も警戒してぶわっと太くなっている…気がする。
……もう嫌だ、帰りたい。今すぐ帰りたい。私はただの警察官なんです。普段は子供たちの通学路で旗を振ってるだけなんです。どうしてこうなった。
そんなことを考えていると――
「すみません。犬井巡査が困っているので、皆様、一度静粛にお願いします」
聞き慣れた声がした。その声に、私は思わず顔を上げる。
人混みの向こうから、佐藤巡査長がこちらへ歩いてきていた。
助かった、私は胸をなで下ろした。さすが佐藤巡査長、頼りになるうちのボスだ。私は心の中で盛大に安堵した。
佐藤巡査長が記者たちの間に入り、私を庇うように立つ。
その姿を見て、私は完全に安心してしまった。きっと助け船を出してくれたんだ。この状況から私を逃がしてくれるに違いない、そう思っていた。
しかし、佐藤巡査長は、私の期待をあっさり裏切った。
「犬井巡査、先ほど上層部から正式な指令がありまして」
「……はい?」
「貴官に対し、現在の所属・役職に加えて、新たに広報担当としての任務を付与することが決定しました」
「…………へ?」
何を言っているのか分からなかった。
「広報……ですか?私が?」
「はい」
「なんで?」
佐藤巡査長は淡々と続ける。
「先日の動画を発端としたSNS上での反響が非常に大きく、警察に対する関心も高まっています。そこで、犬井巡査には今後、警察の広報活動にも協力してもらいたいとのことです」
「……広報活動」
「具体的には、報道対応や各種広報活動への参加。それから、警察のイメージアップにつながるイベントやメディアへの出演なども想定されています」
「メディア……?出演?」
私は恐る恐る聞いた。
「……それって、タレントとか芸能人みたいなことですか?」
佐藤巡査長は、一瞬だけ言葉を選ぶように黙った。そして。
「まあ、かなり平たく言えば、そういう方向になると思います」
私は思考が止まり、固まった。
タレント、私が?警察官なのに?いや、警察官がテレビに出ること自体は別に珍しくない。広報活動だって理解できる。
でも、私が?このちんちくりん犬耳警察官の私が?
そんなことを考えている間にも、目の前では大量のカメラがこちらを向いている。シャッター音が鳴る。
犬耳が勝手にぴくぴく動く。そして、私はようやく理解した。
どうやら私は――普通の警察官として生きるには、少々有名になりすぎてしまったらしい。
……SNSって、インターネットって、怖いねぇ。
「まずは、報道陣のインタビューに対応するところから始めましょうか」
「ちょ、ちょっと疲れたので、休みたいなぁって」
「ダメです。質問可能時間は短いので、終わってからにしてください」
そんなぁ。