土曜日、午後七時ちょっと前。私は今、テレビ局のスタジオにいた。
目の前には、テレビで何度も見たことのある大御所芸能人のタムラさん。長年にわたって数々の番組で司会を務めてきた、誰もが知る有名人である。
もちろん、収録が始まる前に楽屋へ挨拶に伺っている。名刺代わりに警察手帳を見せるわけにもいかないので、普通に自己紹介して、よろしくお願いしますと頭を下げてきた。それでも、こうして実際に目の前に立たれると、どうにも現実感がなかった。
あ、この人、本当にいるんだ。などと、失礼なことを考えてしまう。
私だって、テレビに出るのは初めてではない。以前は地域のニュース番組にも出演したし、警察の広報活動で撮影に参加したこともある。今では街を歩いていると声をかけられることもあるくらいだ。
しかし、全国放送のゴールデンタイムとなると、さすがに話が違う。そもそも、どうして私がこんな番組に呼ばれているのだろう。
「ほな、本日のゲストをご紹介や!さくら町、さくら交番勤務、話題のいぬのおまわりさん。犬井ハル巡査やで!」
タムラさんの声に合わせて、スタジオの大型モニターに私の写真が映し出された。制服姿で交通安全指導をしている写真。子供たちに囲まれている写真。そして、先日のテレビ番組で撮影された、ちょっとばかり恥ずかしい笑顔の写真。
簡単な経歴紹介も挟まれる。さくら交番に勤務する二十八歳の巡査。警察功績賞受賞、ゴールデンレトリバーの獣人であり、地域住民からの人気が高く、広報活動にも積極的に参加している。過去には人質事件などの対応にも従事した、現役の警察官――。
うん。間違ってはいない。間違ってはいないのだが、こうして紹介されると、なんだかものすごく立派な人間に思えてくる。
「いやぁ、かわいらしいなぁ!」
「本当にお人形さんみたい!」
「え、これで二十八歳なの?」
共演する芸能人の方々から、口々にそんな声が上がる。観客席からも、かわいい、という声が聞こえてきた。
……うん。いつものことだ。最近はもう、こういう反応にも慣れてきた。慣れてきたつもりなのだが、全国放送のスタジオで大勢の人に見られながら言われると、さすがにちょっと照れる。
「今回は出演ありがとうなぁ~」
タムラさんが、気さくな笑顔で話しかけてくる。
「いえいえ、こちらこそお招きいただきありがとうございます。私も楽しみにしておりました」
「いやぁ、警察官がこういう番組に出てくれるんは嬉しいですわ。最近は広報活動もいろいろやってはるんでしょう?」
「はい。交通安全教室や、防犯の啓発動画などに参加させていただいています」
「えらいなぁ。立派やなぁ」
「いえ、そんな……」
褒められると、どうにも反応に困る。それに、孫を褒めるような声色だ。
私は別に、テレビに出るのが好きなわけではない。警察の仕事として必要だから参加しているだけだ。……いや、かわいいと言われるのは、まあ、嫌いではないけれど。そんなことを考えていると、司会者がこちらをじっと見て、何やら思いついたような顔をした。
「ところで犬井巡査、ひとつ聞いてもええですか?」
「はい、なんでしょう?」
「今回、わんちゃん枠で呼ばれたわけやないですよね?」
「……すみません、私もそこが気になっていたんですけど」
「あほ!今のはツッコミ待ちや!そんなことしたら、この番組炎上してなくなりますわ!」
即座にツッコミが飛んできた。
スタジオが笑いに包まれる。よかった。どうやら、ちゃんと冗談として受け取ってもらえたらしい。
この世界には獣人がいる。犬や猫、鳥など、さまざまな動物の特徴を持つ人々が暮らしていて、私のように犬の特徴を持った獣人も珍しくはない。
とはいえ、だからといって普通の動物がいなくなったわけではない。犬や猫をペットとして飼う文化だって当然あるし、動物園や水族館だって存在している。
犬の獣人である私が、犬を扱う番組に呼ばれる。……うん。冷静に考えると、やっぱりちょっと不思議な話だ。
「犬井巡査はゴールデンレトリバーの獣人やと聞いてまっせ。ほんま、えらくかわいらしーなぁ」
「そうですか? ありがとうございます」
「えぇ、えぇ。おじさん、首輪つけたくなりますわ~」
「つけますか? 良いですよ?」
「……そんなんやったら、ワシが個人的にぶっ叩かれるのでやめますわ」
またしてもスタジオが爆笑に包まれた。……首輪くらい、別にいいと思うんだけどなぁ。
犬の獣人だからといって、首輪をつけることに特別な抵抗があるわけでもない。実際、獣人の中にはファッションとして首輪をつける人だっている。ただ、私の場合は警察官なので、勤務中にそういう格好をするわけにはいかないけれど。
「さぁ、それではそろそろ、本日のコーナーに参りましょう!」
タムラさんが大きく手を広げた。
「コーナーのタイトルコール、いきまっせ!せーの!」
「『本性を暴け! 動物のきもち!』」
スタジオに、明るいテーマ曲が流れ始めた。
来た。私が呼ばれたのは、このコーナーである。
番組の中でも特に人気のある企画で、出演者が動物と実際にふれあい、その様子を観察する。そして、番組名物の「動物と話せる女性・アリス」が、動物たちの気持ちを翻訳してくれるのだ。アリスさんは北欧系の美人女性で、テレビに出るたびに話題になる人だ。動物の気持ちがわかるという触れ込みで、これまで数多くの動物とふれあってきたらしい。
今もスタジオの隅で、にこやかにスタンバイしている。
正直なところ、私は少々疑っている。本当に動物と話せるのだろうか。もちろん、動物の仕草や鳴き声、表情などから感情を推測することはできる。獣人である私なら、嗅覚や聴覚を使って、普通の人間よりも多くの情報を得られるだろう。
けれど、それと動物の言葉を翻訳することは別の話だ。
とはいえ、なんだかんだでこのコーナーは面白い。動物の予想外の行動によるハプニングも多いし、以前はカピバラに好かれすぎた女性俳優が、なぜか求婚されるという珍事まで起きたらしい。
……あれは、いったいどういう理屈だったのだろう。考えても仕方がないので、意識を目の前のセットへ戻した。
スタジオの中央には、大きめの柵が設置されていた。その中には、さらに小さな箱が置かれている。
箱の中から、三匹ほどの犬の気配がした。なるほど。今回は犬か。鼻をひくつかせ、耳を澄ませる。匂いや物音、気配から伝わってくるのは、ほとんど興奮一色だった。知らない場所。大勢の人間。聞き慣れない音。普段とは違う匂い。
それでも、箱の中にいる子たちは怖がっているというより、これから何が起きるのかと期待しているようだった。子犬なのだろう。まあ、そうなるよね。
人間だって、これだけ大勢の人に囲まれたら落ち着かない。ましてや、犬にとっては見慣れない環境なのだから。
……さて。問題は、私だ。
私は動物が人並みに好きである。犬も好きだし、猫も好きだ。小さな動物が一生懸命に動いている姿を見ると、つい頬が緩んでしまう。
ただ、警察官になってからは忙しく、動物とじっくりふれあう機会があまりなかった。自分の耳や尻尾の手入れだって、仕事が立て込むと後回しになりがちなのだ。
だから、こういう機会は正直ありがたい。ありがたいのだが……。
もし、めちゃくちゃ吠えられたらどうしよう。犬の獣人だからといって、すべての犬に好かれるとは限らない。人間同士でも相性があるのだから、犬だって同じだろう。もし三匹そろって私に吠えかかったら、全国放送で犬に嫌われた犬の獣人という、よくわからない実績を残すことになってしまう。
……それはそれで、ちょっと面白いかもしれない。
そんなことを考えていると、スタッフから合図が出た。
「それでは犬井巡査、柵の中へどうぞ!」
「はい、よろしくお願いします」
私は一礼して、柵の中へ入った。観客席から拍手が起こる。そして、スタッフが箱の扉をゆっくりと開けた。
次の瞬間だった。
「わんっ!」
「きゃんっ!」
「わふっ!」
三匹の子犬が、勢いよく飛び出してきた。柴犬。トイプードル。そして、ゴールデンレトリバー。見事に犬種がばらばらだ。
そして、三匹ともものすごく元気だった。私の姿を認めた瞬間、彼らは一直線に駆け寄ってきた。
「えっ、ちょっ――」
どんっ!
「きゃあっ!」
あまりの勢いに、私はあっさり押し倒された。背中がマットに沈む。
そして、顔いっぱいに広がる犬、犬、犬。ぺろぺろぺろぺろ。
「ひゃっ、ちょ、ちょっと……!」
顔を舐められる。頬を舐められる。鼻先まで舐められる。さらに、首元に鼻を押しつけられ、くんくんと匂いを嗅がれた。
うわぁすごい。ものすごく犬だ。いや、当たり前なのだけれど。
子犬たちは私を怖がるどころか、すっかり遊び相手と認識したらしい。尻尾を振り、前足をばたばたさせ、私の顔を覗き込んでは、また舐めてくる。ゴールデンレトリバーの子など、私の耳が気になるのか、鼻先でつんつんと突いていた。
くすぐったい。でも、かわいい。これは、すごくかわいい。
「おおお!さすがハル巡査ですわ!わんちゃんにも大人気や!」
タムラさんの声が響く。
「アリスはん、これは何と言うてはります?」
「そうですね。子犬たちは犬井巡査に『遊んで、遊んで』って言っています」
アリスさんが、笑顔で答えた。
……あれ?今の、私が感じ取ったものと、ほとんど同じではないだろうか。子犬たちが伝えてくる感情は、とても単純だ。遊びたい。構ってほしい。もっと近くにいてほしい。
そんな、まっすぐな気持ちばかりだった。アリスさんの言葉も、まさにそれを表現している。偶然なのか、それとも本当にわかっているのか。
……うーん。やっぱり、ちょっと気になる。
すると、3匹の内1匹が、私の首筋に顔をうずめてペロペロとなめだした、
「もう、ちょっとやめてくださいよ~!」
そう言いながらも、私は笑っていた。
だって、仕方がない。こんなに全力で好意をぶつけられたら、嬉しくなってしまうではないか。私の尻尾も、ぱたぱたと揺れる。
あっ、しまった。テレビに映っているのだから、尻尾を振っているところまで全国に放送されてしまう。
でも、もう止まらない。嬉しいものは嬉しいのだ。
柴犬の子は私の袖にじゃれつき、トイプードルの子は私の手に甘噛みをしてくる。ゴールデンレトリバーの子は、何を思ったのか、私の胸元に前足を乗せて顔を覗き込んできた。
うんうん。みんな元気だねぇ。こうしていると、仕事の疲れも忘れそうになる。
……このときまでは。
最初に異変を感じたのは、ゴールデンレトリバーの子だった。私が仰向けに倒れたままでいると、その子は何やら興味深そうに私の周りをうろうろし始めた。
そして、くんくんと匂いを嗅ぐ。顔、首元、肩へと移動し、私のお尻のあたり。
……ん?
犬が匂いを嗅ぐのは、別に珍しいことではない。むしろ、犬にとってはごく自然な行動だ。私だって、普段から相手の匂いを無意識に感じ取っている。犬同士ならなおさらだろう。
だから、最初は特に気にしなかった。
しかしその子は、倒れたままの私の足に前足をかけた。
そして、腰を。へこへこと。
……。
…………。
………………え?
いや、待って。それ、もしかして。
私は一瞬、思考が停止した。犬の行動について、知らないわけではない。
発情やマウンティングには、必ずしも性的な意味だけがあるわけではない。興奮したときや、遊びの延長、相手との関係を確かめるような場面でも見られる行動だ。
だから、これだけで何かを断定することはできない。できないのだが。
今、私の足にしがみついている子犬は、明らかに興奮していた。そして、そんな様子を見ていたほかの二匹まで、なぜかそわそわし始めた。
柴犬がゴールデンレトリバーに飛びかかる。トイプードルがその隙間に割って入る。
お互いにじゃれ合い、押し合い、場所を取り合い――。そして、隙を見つけては、私に腰を振ろうとしてくる。
…………。
……こ、これって。もしかして。
私は、ゆっくりと顔を上げた。周囲を見渡す。
先ほどまで、笑顔と歓声に満ちていたスタジオ。そこにいる出演者たちの顔が、見事なまでに固まっていた。観客席も静かだ。スタッフも、動かない。カメラだけが、淡々と私たちを映し続けている。
あ。やっぱり、これ。あかんやつだ。
いや、犬たちが悪いわけではない。犬は犬だ。人間のテレビ番組の都合など、知ったことではないだろう。しかも、子犬たちはただ興奮しているだけかもしれない。
しかし、全国放送のゴールデンタイムである。このままでは、とんでもない映像が流れ続けることになる。
私は必死に頭を回した。
どうする。どうすればいい。
スタッフは動けない。タムラさんも固まっている。アリスさんは、どういうわけか真剣な顔で犬たちを見ている。
いや、そこで真剣にならなくていいから!せめて何か言って!誰か止めて!
これは生放送だ。編集でごまかすこともできない。このまま何もせずにいれば、放送事故として永遠にインターネット上に残ることになる。……いや、もう残るかもしれないけど!
私は、最近参加した啓発動画の撮影を思い出した。あのとき、撮影を繰り返すうちに、私はそれなりに演技力を身につけていたのである。
よし。今こそ、その経験を生かすときだ。
「あ、あはは……!」
私は、わざとらしいくらいに明るい声を出した。
「ぷ、プロレスごっこでしょうか!い、いや~、襲われちゃいます~!こわいです~!」
両手をばたばたさせ、困っているような表情を作る。どうだ。どうにか、遊びの一環に見えないだろうか。
…いや、無理があるか。自分でもわかるわ。しかし、何もしないよりはマシだ。
頼む。
誰か、私の足掻きにツッコんでくれ。この空気を変えてくれ。
そんな願いが通じたのか、ようやくアリスさんが口を開いた。
「子犬たちは犬井巡査に――」
おっ、よし。この人なら、何かうまいこと言ってくれるかもしれない。
「「これ僕のぉおおお!」って言っています」
……。
…………。
………………。
「アリスはん、言わんでええ!」
タムラさんが、とうとう叫んだ。
「そんなん言わんでええから!い、いったんちょっとストップ!CM入れ!早よ!」
その声を合図に、スタジオの空気が一気に動き出した。スタッフが駆け寄ってくる。カメラの向きが変わり、画面が切り替わる直前、私は必死に笑顔を保った。
そして――。
画面は、きれいにCMへと切り替わった。……助かった。いや、助かったのだろうか。
少なくとも、犬たちと私が映り続ける事態は避けられたらしい。CMのあいだに、スタッフたちは迅速に動いた。犬たちは抱き上げられ、セットの外へと連れていかれる。柵や箱も、手際よく片づけられていった。私もスタッフに促され、ゲスト席へと戻った。椅子に座り、膝の上で手を握る。
……うん。落ち着こう。私は警察、これくらいのことで動揺していてはいけない。
犬が元気すぎた。ただ、それだけだ。そう。何も問題はない。問題はないのだが……。
そう自分に言い聞かせていると、二分ほどのCMが終わった。
「さぁ、続いてのコーナーは――!」
タムラさんが、何事もなかったかのように明るい声でタイトルコールを始めた。
あっ、触れない方針なんだ。
なるほど。それが一番賢明かもしれない。私も笑顔で拍手を送り、ほかの出演者たちと一緒に次のコーナーを見守った。
その後の番組は、滞りなく進行した。もちろん、私が再び動物とふれあうことはなかった。
……それでいいと思う。いや、本当に。
番組終了後。なんとも言えない空気の中、私は挨拶を済ませ、スタッフに案内され楽屋へ戻ろうとしていた。
すると、廊下の向こうからタムラさんと番組プロデューサーがやってきた。その手には、番組の出演記念グッズと、立派な紙袋がいくつも提げられている。
「犬井巡査、ちょっとええ?」
「はい、なんでしょうか?」
タムラさんは、さっきまでの軽妙な調子とは少し違う、申し訳なさそうな顔をしていた。
「ほんま、ごめんなぁ。まさか、あんなことになるとは思わんかったわ。気分、悪うしてへんか?」
「いえ、そんな。ちょっと元気すぎただけですよ。あの子たちは悪くありませんから」
「いやぁ……」
困ったように頭をかいた。
「ハル巡査、ホンマ堪忍な……」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟やないて。こっちは、ほんまに申し訳ないと思っとるんや」
番組プロデューサーの方も、深々と頭を下げてきた。
「本当に申し訳ありませんでした。すぐにCMへ切り替えたのですが……」
そこで、スタッフは少し言いにくそうに言葉を切った。
「SNSでは、やはり見逃してもらえなかったようでして」
「……ああ」
そうだろうなぁ。生放送で、あれだけのことが起きたのだ。
今ごろ、インターネット上では大騒ぎになっているに違いない。
スタッフはスマートフォンを取り出し、画面を見せてくれた。そこには、さまざまな投稿が並んでいた。
「#放送事故」
「#番組名」
「#ハル巡査」
「#これ僕の」
……うん。
しかも、すでに切り抜き動画まで投稿されている。これ違法だろ。
CMに切り替わる直前の映像が、短い動画として拡散されているらしい。仕事が早いな、インターネットの人たち。いや、褒めていない。
「実はな、前にも動物に好かれすぎた女性俳優さんがおってなぁ……」
タムラさんが、遠い目をした。
「放送中はにこにこ笑ってはったんやけど、番組が終わった途端、えらい機嫌が悪うなってな。スタッフ全員で謝りに行ったんや」
「……そうなんですか」
「せやから、今回はハル巡査が怒っとらんで、ほんまに助かったわ」
うわ。聞きたくなかった。
いや、出演者として気分を害するのは当然だと思う。どんなに動物が相手でも、予想外の事態が起きれば困るし、嫌な気持ちになることだってあるだろう。でもそこは、動物がやったことだって踏ん切りをつけなければ。
「本当に、気にしないでください。動物ですし、何が起こるかわからないものですから。それに、出演をお受けしたのは私ですから」
私がそう言うと、タムラさんは目を丸くした。
「あかん……。ハル巡査、やさしすぎて涙ちょちょぎれるわ……」
「そんな、大袈裟ですよ」
「いや、ほんまに。ワシ、今日あんたのファンになったわ」
「ありがとうございます……?」
なんだか、よくわからないうちにタムラさんがファンになってしまった。これでいいのだろうか。
まあ、いいか。私はいただいた記念グッズをバッグにしまい、最後にもう一度、スタッフの方々に頭を下げた。
「本日はお招きいただき、ありがとうございました。また機会がありましたら、よろしくお願いいたします」
「いや、こちらこそや!ほんまに、今日はありがとうな!」
背中に感謝の言葉を浴びながら、私はスタジオを後にした。
テレビ局を出て、しばらく歩いたところで、私は立ち止まった。
……いや。やっぱり、気になる。
私はバッグからスマートフォンを取り出した。閲覧しかしない予定のアカウントで、恐る恐る検索してみる。
すると。
「【切り抜き】ハル巡査、子犬に性的に襲われる」
「実質的ショタおね回」
「【朗報】ハル巡査、誘い受けか【放送事故】」
ほかにも、似たような投稿が山ほど並んでいた。
「放送事故すぎてお茶の間凍ったわw」
「子供に説明求められて詰んだ」
「これ僕のぉおおお!は草」
「アリスさん、そこは空気を読めw」
……好き放題言いやがって。
いや、面白いのはわかる。私だって、もし自分が視聴者だったら、たぶん笑ってしまうと思う。
犬たちの行動は予想外だったし、アリスさんの発言も、タムラさんのツッコミも、番組としてはものすごく印象に残る出来事だっただろう。
だけど。だけどさぁ。
私、明日も普通に交番勤務なんですけど。近所のおじいちゃんやおばあちゃんに、どんな顔で挨拶すればいいんだろう。子供たちだって、土曜のこの時間帯のテレビは見ているだろう。
あの子たちは、こういう話題を見逃さない。動画まで見つけてきて、私が困るような質問をしてくるに決まっている。
ああ、嫌だ。
想像しただけで、頭が痛くなってきた。私はスマートフォンを閉じ、深く息を吐いた。
夜の街を歩く人々は、いつもどおりだった。誰も彼もが、私の出演した番組を見ているわけではない。そもそも、私は警察官であって、芸能人ではないのだ。
きっと、明日になれば忘れてくれる人もいるだろう。
そうであってほしい。切に願いながら、私はバッグを持ち直した。
……わりぃ。やっぱり、つらいです。