ある少女の、さくら小学校からの帰り道にて。
「えーっと、歩夢ちゃん。今日は犬井ハル巡査について、いろいろ聞かせてほしいんだけど」
「えっ、えっと、おじさん、こんにちは。……はい。ハルちゃんのことなら、なんでも聞いてください」
「おお、ありがたい。じゃあ、まずはハル巡査、…いや、ハルちゃんと知り合ったきっかけから教えてくれる?」
「それはですね、前に暴行事件があったとき、ハルちゃんがその身で庇ってくれたんです!あのときのハルちゃん、本当にかっこよくて……!」
「ハハッ、なるほど。命の恩人ってわけだね」
「はい!優しいし、かわいいし、かっこいいし、もう最高です!」
「かわいい、ねえ。具体的にはどんなところが?」
「全部です!」
「全部かあ……。ちなみに、歩夢ちゃんはハルちゃんのこと、どう思ってるのかな?」
「好きです!」
「おお、即答だ」
「だって、ハルちゃんは歩夢の王子様だから!」
「王子様か。ハルちゃん、女の子だけどねえ」
「そんなの関係ありません!ハルちゃんはハルちゃんです!」
「ははは、これは大変な熱烈ファンだ。ところで最近、ハルちゃんの様子に何か変化はあった?」
「……あります」
「おっ、急に真剣になったね。何があったの?」
「最近、ハルちゃんが動画を撮ってないか、すっごく警戒してるんです」
「動画?ああ、広報活動の撮影かな」
「いえ、私たち『ドミネイ探偵団』ってチャンネルで。前はもっと油断してたのに、最近はスマホを向けるだけで警戒するんです。こっちが何か言おうとすると、すぐに『それ、動画に使うんですか?』って聞いてくるんですよ!」
「それはまあ、今までいろいろ撮られてきたからねえ……」
「だから、歩夢は考えました。ハルちゃんの自然な姿を知るには、どうすればいいのか!」
「……僕、なんだか嫌な予感がしてきたよ」
「協力者にお願いして、盗聴器型のデバイスを作ってもらいました!」
「待って、それ、堂々と言っていい話じゃないよ。普通に盗撮じゃないか」
「えっ、だめなんですか?」
「ハハッ、さすがさくら町の子供だ。プライバシーって知ってるかな?」
「……でも、ハルちゃんのことをもっと知りたいんです」
「その気持ちはわかったから、まずはそのデバイスを使わないこと。勝手に人の会話を盗み聞きするのはよくないねぇ」
「……はい」
「ハルちゃんだって、知らないところで勝手に聞かれていたら嫌だと思うからね」
「……わかりました。歩夢、ハルちゃんに嫌われたくないですから」
「うん。その気持ちは大事にしようね。好きな人のことを知りたいなら、ちゃんと本人とお話しするのが一番だよ」
「……はい! 今度、ハルちゃんに好きって言ってみます!」
「ハハッ、そっちに行ったか! ……まあ、頑張ってね。犯罪をしちゃうような悪い子供ほど、悪い大人の格好の餌食になるんだから」
なゆた医院に隣接したサナトリウムにて。
「こんにちは。今日は犬井ハル巡査について、キミのお兄さんのことも含めて少しお話を聞いてもいいかな?」
「え、あなたは、誰ですか?……はい。大丈夫です」
「おや、効きが良いね。ありがとう、ここでの生活には慣れた?」
「はい。なゆた医院の先生も看護師さんも、みんな優しいです。狐の院長先生なんて、僕が困っていると、いつも助けてくれますし」
「そうか。治療は大変だと思うけど、よく頑張っているね」
「……ありがとうございます」
「お兄さんのことは、もう知っているんだよね?」
「……はい。ショッピングモールで、事件を起こしたことも。良くないところから、お金を借りたことも」
「ハハッ、そうかい。彼はキミにだけは隠そうとしていたのにねぇ」
「兄が、ハルさんに迷惑をかけたことも知っています」
「ハルさんとは、ここで会ったことがあるのかな?」
「はい。たまに、お見舞いに来てくれるんです。僕の具合はどうかとか、困ったことはないかとか、そういうことを聞いてくれて」
「優しい人だね」
「……はい。すごく」
「お兄さんが事件を起こしたことで、周りから何か言われたりはしなかった?」
「いいえ。ここでは、そういうことはありません。町の人も、僕のことを普通に接してくれます。……それに、院長先生も、僕のことを守ってくれていますから」
「院長先生は、君のことを大事にしているんだね」
「……はい。よくわかります」
「ところで、院長先生って、ハルさんと話しているとき、ちょっと雰囲気が違わない?」
「……ふふっ」
「おっ、何か知ってるね?」
「院長先生、ハルさんを見るとき、すごく熱心な目をするんです。僕、何度も見ました」
「熱心な目?」
「はい。普段は落ち着いているのに、ハルさんのことになると、ちょっとだけ……」
「ちょっとだけ?」
「……いえ、なんでもありません」
「気になるなあ」
「……院長先生には、内緒ですよ」
「もちろん。で、君自身はハルさんのことをどう思っているのかな?」
「……えっ?」
「優しくしてもらっているんでしょう?」
「……そう、ですね」
「好き?」
「……」
「……ああ、ごめん。答えにくかったかな」
「……嫌いじゃ、ないです」
「そっか」
「でも、僕は……」
「うん?」
「……いえ。なんでもないです」
「無理に話さなくてもいいよ」
「……ありがとうございます」
「君は、君のことを大切にしてくれる人たちに、ちゃんと甘えていいんだからね」
「……はい」
「ハルさんにも、また会いに来てもらえるといいね」
「……はい。そうですね」
ある少年の、やなぎ公園からの帰り道にて。
「五右衛門くん、君は珍しい体毛の獣人だね。じゃあ、犬井ハル巡査について、話を聞かせてもらえるかな?」
「おじさん、ネズミの獣人?……はい、いいですよ。僕、ハル巡査のこと、すごく尊敬しています」
「おお、熱いねえ。何かきっかけがあったの?」
「社会科見学で、さくら交番に行ったときです。僕、クラスで友達とうまく話せなくて……。でも、ハル巡査が背中を押してくれたんです」
「どんなことを言われたの?」
「……正確には、難しいことを言われたわけじゃないんです。僕が友達になりたいと思っていることを、ちゃんと伝えてみたらどうかって」
「なるほど」
「それで、勇気を出して話しかけてみたら、友達になれたんです。今では、一緒に遊んだり、話したりしています!」
「ハハッ、それはよかったねえ」
「はい!ハル巡査のおかげです!」
「ハルさんは、どんな警察官だと思う?」
「優しくて、強くて、困っている人を放っておけない人です。僕、あんな警察官になりたいです!」
「将来の夢になったんだ」
「もちろん、警察官になるのは大変だと思います。でも、僕もハル巡査みたいに、誰かを助けられる人になりたいんです」
「いい目標だね。ハルさんにそのことは伝えた?」
「……まだです」
「どうして?」
「面と向かって言うと、恥ずかしくて……」
「ははは。憧れの人だものね」
「はい。でも、いつか絶対に伝えます。ハル巡査に、僕が警察官になった姿を見てもらいたいです!」
「どうだろうねぇ、そんな日が来るといいねぇ…」
けやき警察署周辺、裏路地にて。
「荒巻さん、今日は犬井ハル巡査についてお話を伺いたいのですが」
「貴方、誰?取材ならせめてアポをとって、待って、あなた、マ………はい、ハルちゃんね。いいですよ。あの子のことなら、私もいろいろ思うところがありますから」
「おや、ずいぶん前からご存じなんですか?」
「ええ。警察学校に入ってきた頃から、ずっと気にかけていました。……いえ、もっと前からですね」
「もっと前、というと?」
「研究施設から保護された頃です。あの子がどんな目に遭ってきたのか、詳しいことを軽々しく話すつもりはありません。でも、あの子が新しい生活を始めて、警察官を目指すようになってからも、私はずっと見守ってきました」
「そうだったんですね、見守って下さってありがとうございます」
「最初から、明るくて誰とでもすぐ仲良くなれるような子だったわけではありません。むしろ、遠慮がちで、自分に自信がなくてね。人に迷惑をかけないようにと、ずいぶん気を遣っているように見えました」
「少し意外な印象ですね」
「そうでしょう?でも、根っこの部分は今も変わっていませんよ。目の前の仕事を一つずつ、地道に頑張る。誰かが困っていたら放っておけない。そういうところは、昔からです」
「警察学校に入ってからも、見守っていたんですか?」
「もちろん。警察学校を卒業して交番に配属されてからも、時々様子を聞いていました。派手な活躍をするタイプではなかったけれど、真面目に頑張っている子でしたからね」
「今の人気ぶりは、予想していましたか?」
「そこまでは。でも、愛嬌のある子だなとは思っていました。真面目だし、ちょっと抜けているところもあるし、何より人に対する接し方が自然なんです。あの子がバズったのも、私は不思議じゃないと思いますよ」
「県民広報課としても、ハルさんの活躍は大きいですか?」
「もちろん。警察の活動を知ってもらうきっかけになりますからね。堅苦しく見られがちな警察に、親しみを持ってもらえるのはありがたいです」
「今後も広報活動を増やしていく予定ですか?」
「本人の負担にならない範囲で、ですね」
「負担、ですか?」
「ええ。あの子、頼まれると断りにくいところがあるでしょう? 仕事も一生懸命ですし、広報の撮影も真面目にやってくれる。だからこそ、周囲が気をつけないといけません」
「人気が出たことで、仕事が増えすぎている?」
「その心配はありますね。交番勤務が本業ですから。広報活動のために本来の仕事が圧迫されるようでは本末転倒です。上の人たちにも、そこはよく考えてほしいと思っています」
「ところで、けやき警察署の中でもハルさんのファンがいると聞きましたが……」
「……どこで聞いたんですか、それ」
「ハハッ、秘密ですよ。本当なんですね?」
「まあ、いますよ。若い職員だけじゃなくて、年配の職員にも」
「彼女をもっと昇進させる案も出てるとか?」
「……ありますね」
「あるんですねぇ。やはり、警察内での影響力は絶大だ」
「私は広報担当として、あの子の活躍を応援していますよ。健やかに、彼女が望まないことはさせたくありませんし」
ある少女の、塾からの帰り道にて。
「おや、はじめまして。君は最近ハル巡査と仲が良い子だね。犬井ハル巡査について聞きたいな」
「えっ、不審者です!ハルちゃんたすけ……はい、いいですよ」
「おお、いい返事だね。まず、君自身はどんな子なの?」
「アタシ、いろはって言います。実は、公園で悩みを聞いてもらって。そのおかげか、ちょっとだけ成績が上がったんです」
「本当?すごいじゃない」
「えへへ……。ハルちゃんに、勉強は将来の選択肢を増やすためにもなるって言われたので。大学に行ってから、いろいろ考えてみようと思って」
「ちゃんと頑張っているんだね」
「はい。……まあ、最近は別の楽しみもできちゃったんですけど」
「別の楽しみ?」
「……あの、これ、秘密にしてくださいね」
「うん?」
「DLsiteって、知ってますか?」
「ああ、音声作品とかを販売しているところだね」
「そうです。それで……最近、年上合法ケモミミロリが、よしよししてくれるASMRに、すっかりハマっちゃって……」
「……うん?え?」
「最初は、ちょっと聞いてみるだけのつもりだったんです。でも、ハルちゃんモチーフの作品がいっぱいで、気づいたらいろんな作品を買っちゃってて……」
「へえ……」
「だって、頑張ったねって褒めてくれるんですよ!よしよしって、優しく頭を撫でてくれるみたいに!もう、本当に癒やされるんです!」
「…いろはちゃん?」
「はっ!す、すみません!つい熱くなっちゃって……!」
「いや、いいんだけど。ところで、その作品に出てくる子って、どんな感じなの?」
「えっ? えっと……小さくて、かわいくて、耳と尻尾があって……。優しくて、頑張っていることをちゃんと認めてくれるんです」
「……なるほど」
「……あの、変ですかね?」
「ううん。疲れたときに、癒やされるものがあるのはいいことだと思うよ。ただ、勉強もちゃんと続けようね」
「はい。そこは大丈夫です。大学進学のために、勉強はサボってませんから!」
「それならよかった」
「でも、ハルちゃんにも、またよしよししてほしいなあ。あっ、思い出したら高ぶってきた!…ん?なんか違和感があるような」
「ん?何か?」
「あ、あれ?…あなた、誰ですか?」
「おや、珍しいですね。ではもう一度」
「警察に通報しないと!ハルちゃん助けて…はい、何でしょうか」
「……それにしても、ハルちゃんって、ずいぶん人を元気にする力があるんだねえ」
「……はい。本当に、そう思いますよ。この町のシンボルです」
「もし、そのシンボルが折れちゃったり壊れちゃったりしたら、どうなるだろうねぇ」
「何の話ですか?ハルちゃんはずっとこの町を守ってるんです。そんなことにはなりませんよ」
怪しげに二つの耳が揺れ、細長い尻尾が闇の中で揺らめく。町の人々から聞き出した情報を反芻しながら、男は満足げに口元を吊り上げた。
「やはり、僕の目に狂いはなかった。ただの実験体に過ぎなかった存在が、今やこの町の。いや、SNSやテレビでも人気になって、市民と警察を繋ぐ象徴にすらなったのだから」
嬉しそうに、慣れた足取りで路地裏を進む。
「取るに足らなかった警察が、どんどん支持を得て。ハハッ、やりにくいったらありゃしないよ」
ふと、突然立ち止まる。そして、子供が悪戯を思いついたときのような表情で。
「うん、子供を傷つけるようなことがあれば、天下のハルちゃんも、警察も信用ガタ落ち。…生中継でもさせようかなぁ」
すると、道端にうずくまる物乞いが、思案中の彼の高価な靴に触れた。
次の瞬間、男はその身体を蹴り飛ばした。
「……純人間風情が、僕の靴に触れるな」
吐き捨てるような声に、普段の人当たりの良さは微塵も感じられない。人懐っこい笑顔を振りまく、あの教授と同一人物だとは、誰も思わないだろう。
「まあ、僕自身が手を汚す必要はない。…
男は、くつくつと喉を鳴らした。
「ハハッ!楽しみだなあ」
ひときわ大きな笑い声が、人気のない路地裏に響く。
やがて、二つの耳と細長い尻尾が闇に溶けていった。
一匹のネズミは、誰にも気づかれることなく、暗がりの奥へと姿を消した。