ニュースワイド・ジャパン!
平日の13時50分から15時45分まで放送されている、主婦層に人気のワイドショーだ。基本的にはニュースを中心とした番組なのだが、水曜日の14時から15時までの一時間だけは少し趣が違う。
その名も――『いま話題の人物をスタジオに招き、その裏側を徹底解明!』
……みたいな感じのコーナー。
ちなみに私は、この番組を何度も見たことがある。交番で遅めの昼食を食べながら、休みの日にぼんやりしながら。なんなら前世でも似たような番組を見ていた記憶がある。
そんな番組にまさか自分が出演することになるとは。
「……人生、何が起こるか分からんなぁ」
時刻はまだ12時。私は番組が収録される、隣接都市の大きなテレビ局を訪れていた。テレビ局なんて、前世を含めても当然ながら初めてである。
入口からしてデカい。建物もデカい。人も多い。そして、そこら中に見たことのない機械が置いてある。なんかこう、まさにテレビ業界って感じがする。
私は完全に場違いだった。
警察官として仕事をしているときは、外でもそれなりに堂々としていられる。何しろ制服を着ているからだ。制服というのはそれほど偉大である。私がどんなにちんちくりんでも着ているだけで、それっぽく見えるのだ。
だが今日は違う。いつもの制服を着ているとはいえ、私はテレビ局という完全アウェーな場所にいる。何をすればいいのか、さっぱり分からない。
とりあえず案内されたスタジオに入ると、忙しそうに動き回っているスタッフさんたちに、邪魔にならない程度に一人ずつ挨拶していった。何人かは耳を触りたそうにしていたけど、流石に「触りますか?」なんて言えなかった。
そして私は、持ってきた紙袋をスタジオの隅に置いた。中身は、町で人気のおまんじゅう。昨日の帰りに、さくら町の和菓子屋で買ってきたものだ。こういうとき、何を差し入れすればいいのか分からなかったので、とりあえず自分が好きなものを持ってきた。
紙袋には、
『本日はよろしくお願いします。よかったら皆さんでどうぞ。犬井ハル』
と書いたメモも添えておく。これで社会人としての最低限の仕事はしただろう。
その後、ディレクターらしき人と簡単な打ち合わせをした。どんな話をするのか、どういう流れなのか、何を聞かれるのか。恥をかかないよう、私は一応、色々と質問した。
ところが。
「犬井巡査さんは、リハとかはしない方が光ると思いますんで」
「……はい?」
「時間まで、ゆっくりされていてください」
「……はい、わかりました」
なにこの打ち合わせは。こっちは一般人だぞ。こんな雑な説明で良いと思っているのか。そう思っていると、彼は他の仕事に行ってしまい、本当に放り出された。
「え、本当に打ち合わせなし…………?」
やることが無く、私はスタジオの隅にある椅子に座った。
周囲ではスタッフさんたちが忙しそうに動いている。カメラを調整する人、台本を確認している人、音声機器を操作している人、モニターを見ながら何やら打ち合わせをしている人。
アリの様にせわしなく働く皆さんを余所に、私は一人でちょこんと座っている。
「……私に何を見出してるんだろう」
不安しかない。だってリハーサルをしないということは、つまりぶっつけ本番である。
私は警察官であって、タレントではない。生放送のトーク番組なんて、経験したことがない。絶対どこかで噛むし、変なことを言う。最悪の場合、放送事故になる。
……いいのか?本当にこれでいいのか?どんな地獄になっても私は知らないぞ。内心そんな文句を言いながら、私はスタジオの隅で縮こまっていた。
そして、ぼんやりとスタッフさんたちを眺める。めちゃくちゃ暇だ、しかし勝手に動き回るわけにもいかない。何しろテレビ局。そこら中に高そうな機械がある。下手に触って壊したら、私の給料では絶対に弁償できない。
なので私は待てを言われた犬のように大人しくしていた。そんなこんなで、ゆっくりと時間は過ぎていった。
やがて
「本番入りまーす!」
と、スタッフの声が響いた。スタジオの空気が一気に変わる。それまで忙しく動いていた人たちが、それぞれの持ち場についた。
「……始まるのか」
私はその様子を見ながら、少しだけ緊張した。
そしてオープニングの映像が流れて、番組が始まった。まずは見出しの大きなニュース、今日の天気、最近話題になっている出来事が簡単に紹介される。
私はスタジオの隅で、出番を待つ。そして気が付けば時刻は14時。私の出演するコーナーが始まる時間だった。
「犬井さん、お願いします」
「は、はい」
スタッフさんに促され、私は席へ移動する。たくさんのカメラ、照明、モニター。目の前に広がる、見慣れない景色。
そして視界の端に、カウントダウンが表示された。
5、4、3、2、1。
番組用のモニターにタイトルが表示された。画面右上のテロップでは、「今週のゲストは犬井ハル巡査『SNSで話題のかわいすぎるおまわりさん』」と書かれている。
え。私、そんな呼ばれ方してたの?いやまあ、かわいいのは認めるけど。
自分で言うのもどうかと思うけど、私はかわいい。犬耳、尻尾、舐められることも多いが、庇護欲かりたてる小柄な身体。それに顔だって悪くない。……いや、かなり良いと思う。
でも、
「かわいすぎる、おまわりさん……」
改めて文字にされると、流石にちょっと恥ずかしい。
そんなことを考えていると、司会者の男性キャスターがこちらを向いた。テレビで何度も見たことのある人だ。そんな有名人が、今、自分に話しかけようとしている。変な感じ。
「それでは、ここからは今話題の人物にお越しいただいています」
カメラが私を映す。
「まずは改めて、犬井ハルさん。警察官として勤務されているんですよね?」
「はい。巡査として、さくら町の交番で勤務しています」
「すごくお若く見えますけど、先日の警察功績賞。獣人として初めての受賞ということで、本当にすごいですよね」
「ありがとうございます。ですが本当にたまたまで、いつも通り勤務していただけと言いますか」
本当に、どうしてこんなに大事になったのだろう。話題になったあの動画だって、特段凄いことをしたわけでもないだろうに。SNSってよく分からない盛り上がり方をするもんだ。
「謙遜なんてされなくて結構ですよ。…女性にこれを聞くのは失礼ですが、我々気になっておりまして。おいくつなんですか?」
「28歳です」
「え…………」
スタジオが、一瞬だけ静かになった。顔面に驚きの表情を貼り付けたまま、司会者が固まる。
「28歳、ですか?18歳でもなく?」
「はい、そうですよ」
「…………28?」
「だからそうですよ、合っています」
なぜ三回確認する。私はちょっとだけ苦笑した。
「よく小学生に間違われます。ちょっと背が低いだけで、子供じゃないんですけどね。……あはは」
乾いた笑いが漏れる。自分で言っていて、なんだか悲しくなってきた。耳も、しゅん、尻尾も、しゅん。明らかに元気がなくなる。すると司会者の視線が、私の耳に向いた。何か言いたげだが、何も言ってはくれない。
そして、ニュースワイド・ジャパン!は特定のハッシュタグがついたSNSの投稿を、リアルタイムで画面の下に表示する方式である。検閲も簡単にしかされていないようなSNSの投稿がリアルタイムで流れていく。
『犬井巡査28歳なの???』
『28歳でこの見た目は反則』
『アラサー…ってコト!?』
『唆るぜ、これは!』
『警察官っていう情報まで脳が処理できない』
「あの…………」
私は見なかったことにした。私は佐藤巡査長が言っていた言葉を思い出す。きっとSNSとは、見ない方がいいものなのだ。
司会者が続ける。
「ちなみに、警察官としては何年目ですか?」
「……まあ、それなりに長いです」
「具体的には?」
「もう10年近くですね」
「10年近く!?」
今度は司会者だけでなく、周囲のスタッフからも小さなどよめきが起こった。
そりゃそうだ。見た目は小学生だが、年齢は28歳。警察官歴は約10年のアラサー、情報量が多すぎる。自分でもそう思う。司会者は完全に面白いものを見つけた顔をしている。
「つまり、見た目はとてもお若いですが、警察官としてはかなりベテランの域なんですね」
「まあ……そうなりますね。階級は高くないですけど」
「なるほど……」
司会者が少し笑う。どうやら私の外見と経歴のギャップが、思った以上に刺さったらしい。
SNSの投稿欄も案の定、
『28歳+警察官歴10年近く!?』
『情報が渋滞してる』
『見た目とのギャップすごすぎる』
『アラサー犬耳警官……?アニメキャラみたい』
などと流れている。……アラサー犬耳警官、属性が盛りすぎで字面が酷いなぁ。そんなことを考えていると、司会者が話題を変えた。
「ところで犬井さん。獣人ということですが、やっぱり耳も普通の人間より良いんですか?」
「まあ、人間よりは」
「やっぱり!」
司会者が食いついた。どうやらさっきから私の耳に興味津々だったみたいだ。
「では、後ろから小声で何か言っても聞こえたりするんですか?」
「距離によりますけど……聞こえると思います」
「それでは、ちょっと検証してみましょうか」
「検証ですか?」
なんか嫌な予感がした。スタッフが一人、スタジオの隅へ移動する。見た目だけならかなり遠い。目測で15メートルくらいだろうか。
でも私はその様子を見て、内心、いや、この距離なら余裕でしょと思った。
私の聴覚を舐めてもらっては困る。これでも犬獣人である。その程度の距離なら、小声でも普通に聞こえる。
スタッフがこちらを向いた。そして小さな声で。
「犬井さん、かわいいですね」
「……ありがとうございます」
ぴくっと、私の耳が動いた。すると、なぜかスタジオに多数の笑い声が響く。その空気感を掴みきれず、私は真顔だった。
「いや、聞こえたので……」
司会者が笑いをこらえながら聞く。
「今、耳が動きましたよ!」
「……そりゃ動きますけど」
「もう一回できます?」
「自分でやってるわけじゃないんですけど……」
スタッフがもう一度、声をかける。
「犬井さん」
また、ぴくっ。耳がそちらを向く。
「おお!」
スタジオが再び沸いた。皆は獣人と接点がそれほど無いのだろうか。耳が動くのなんて、そんなに珍しい話でも無いだろうに。猫獣人の軽井沢巡査だって同じように動くぞ。
「すごい! 完全に声の方向を向きましたよ!」
「……勝手に動くんです」
「面白いですねぇ!」
なんでだ。面白がらないでほしい。さらに司会者が私の顔を見る。
「じゃあ、例えば緊張すると?」
「……まぁ下がります」
言った瞬間。自分でも分かるくらい、耳がしゅんと下がった。
「おおお!」
「本当に分かりやすい!」
「かわいい!犬みたい!」
「あのぉ…………」
沸き立つスタッフさんや他のキャスターとは違い、私は無言になる。
もう嫌だ。これ、警察官の紹介番組じゃなかったのか。犬の観察番組になってない?画面下のSNS欄も、とんでもないことになっている。
『耳が感情表現してるの可愛すぎる』
『犬井巡査、本人より耳の方が正直』
『声かけられた方向に耳向くの反則』
『緊張すると耳下がるの!?』
『これ警察官特集ですよね?』
最後のやつは私もそう思います。もはや動物系の番組になっている。
「では、褒められたときはどうでしょう?」
「え?」
司会者が私を見て笑う。
「さっき『かわいい』と言われたとき、耳が立ちましたよね?」
「……偶然ですよ。私は大人です。そんなに簡単に感情は表れませんよ」
「もう一度、褒めてみましょう」
「なんでですか。なにも起きませんよ」
スタジオに笑いが起こる。そして遠くのスタッフが、
「犬井さん、かわいいですね」
と言った。それに合わせて、ぴんと耳が立つ。尻尾も勝手にゆらゆら揺れ初めてしまった。
「立った!」
「うぅ…………」
私は黙って前を見る。もう何も言うまい。こんな感じで私は、警察功績賞を受賞した立派な警察官ではなく、耳で感情がバレる犬として全国に紹介されていった。ひどい。
続いて司会者が私の尻尾を見る。
「では、尻尾も感情で動くんですか?」
「多少は……」
「実はですね」
司会者が意味ありげにカメラを見る。
「犬井さんの同僚の方から、犬井巡査の好物を聞いているんですよ」
「……え?」
また嫌な予感がする。すると奥から、スタッフが何かを持ってくる。それは見覚えのある梱包がされた小さな箱だった。
「こちらです、さくら町の老舗『夢見和菓子店』の一日20個限定の、林檎餡まんじゅうです!」
「そ、それは……!」
林檎餡まんじゅう。紹介された通り、個数制限がある激レアのおまんじゅうだ。9時から開店の和菓子店で、ものの5分で売り切れるめっちゃ貴重なもの。私もよく残っていないか店に顔を出しに行くが、めったに食べられるものではない。
「犬井さんは警官なので、出演料はお渡しできないみたいで。ささやかながら、代わりにこちらを。どうです?今、嬉しいですか?」
「べ、べ、別に普通ですよ。お気遣いありがとうございます」
「それは本当です?」
「そうかもです」
思考がおまんじゅうで支配されて、もはや何を言っているのか自分でも分かっていないが、私は真顔で答えたと思う。
でもその瞬間、
ぶん。ぶんぶん。ぶんぶんぶん。尻尾が盛大に動いた。
司会者が笑う。
「尻尾、めちゃくちゃ振ってますけど?」
「…………これは」
「嬉しいんじゃないですか?」
「もちろん嬉しいですが、その」
私はちらりと言うことを聞かない尻尾を見た。私の意思とは無関係に、尻尾は元気だった。
「…………あの、カメラマンさん、画面にでかでかと映すの、やめてください」
スタジオが爆笑する。そして案の定、SNS投稿欄も大変なことになった。
『身体は正直』
『尻尾「嬉しいです」』
『犬井巡査の理性VS尻尾』
『おまんじゅう出された瞬間だけ露骨に元気になるの草』
『食いしん坊疑惑』
……やめて、私は別に食いしん坊ではない。別に普通だ。人並みに甘いものが好きなだけだ。
その後も、番組は私の獣人としての特徴についていくつか質問を続けた。心なしか、会場の雰囲気が和やかになっていった気がする。他のキャストさんも、私をイジるような質問が増えていった。
そして、少し雰囲気が変わる。
「ここからは、犬井さんが警察官として普段どんな活動をされているのか、お話を伺っていきたいと思います」
私は少しだけ背筋を伸ばした。こういう話なら、私にもできる。とはいえ、通常勤務のお話をするだけだろうけど。
「犬井さんは、地域の子供たちとの交流も多いそうですね?」
「はい。私が勤務しているさくら町は小さな町なので、地域の方との距離が近いんです」
「子供たちからも人気だそうで」
「……まあ、よく声を掛けてもらいます」
すると突然、画面が切り替わった。
『さくら町の住民に聞きました! 犬井ハル巡査はどんな人?』
「え?なんですかこれ?」
聞いてない。そんなVTRがあるなんて聞いてないぞ。画面に、見慣れたさくら町の人たちが映し出される。
『犬みたいでかわいいですね』
『町の子供たちのお姉ちゃんみたいな存在ですよ』
『いつも学校の前に立ってくれてます』
『この前も公園で子供たちと遊んでましたよ』
「本当になんですかこれ…………」
私はだんだん恥ずかしくなってきた。スタジオのモニターに映る自分の顔がみるみる赤くなっていく。しかし無慈悲にも、さらにVTRは続く。
『あと、おまんじゅう食べてるところもよく見ますね』
『ハル先輩は夢見和菓子店が凄い好きすよォ。店の前を通るときいっつも吸い寄せられてますねェ』
「あの…………」
私は固まった。というか、なんか同僚が映っていた気がする。私の情報を売ったのはあいつか。許せん。
怒れる私を余所に、VTRが終わった。司会者が笑顔でこちらを見る。
「町の皆さんから、とても親しまれているんですね」
「……あの」
「はい?」
「おまんじゅうのところは、放送しなくてもよかったんじゃないですか?」
スタジオが笑いに包まれる。
「犬井さん、おまんじゅう好きなんですか?」
「……好きですけど」
「では、改めて好きな食べ物を聞いてみましょう」
「嫌な予感しかしないんですが!」
「犬井さん、好きな食べ物は?」
「普通に人間の食べ物が好きですよ」
「例えば?」
「……まあ、おまんじゅうは好きです」
「肉とかは?」
「お肉も普通に好きです」
「犬っぽいですね」
「犬だからって何でも犬扱いしないでください!別に普通でしょう!」
即答すると、また笑いが起こる。司会者が少し間を置いてから聞いた。
「他には?」
「……リンゴも好きです」
私の言葉に、沈黙が訪れる。そして、スタジオ爆笑。不服だ、私は思わず声を上げた。
「だから!リンゴだって普通に人間も食べるでしょう!」
SNSも当然のように盛り上がる。
『完全に犬扱いされてて草』
『肉とまんじゅうとリンゴ』
『犬井さん「普通に人間の食べ物が好き」→おまんじゅう、肉、リンゴ』
『説得力がない』
『かわいいからセーフ』
……私はもう諦めた。何を言っても犬いじりされる。完全にそういった流れができてしまっていた。
そんな私に、司会者が次の質問を投げかける。
「では、犬井さんが警察官を目指したきっかけについても伺っていいですか?」
「あ、はい」
よし、挽回のチャンスだ。これは真面目に答えて、立派な警官だということをアピールしよう。
「姉が警察官で、昔から憧れていたので」
「お姉さんも警察官なんですね?」
「はい。学生だった私のために、必死で働いてくれた、良い姉なんですよ」
ここだけは、少し胸を張って言える。自分のことではなく、姉のことだけど。
「あの、犬井アキ警部ですよね?」
「はい。私の大好きな姉です」
その瞬間、スタジオの空気が少しざわついた。どうやら姉の名前は、そこそこ知られているらしい。
アキ姉貴は背が高く、すらっとしていて、美人だ。対して私は、小柄でちんちくりん。並べたら姉妹とは思われないだろう。
「お姉さんとハルさん、かなり雰囲気が違いますよね」
「よく言われます」
「でも、同じ獣人なんですよね」
「はい、そうですよ」
そこまではよかったと思う。しかし。
「他に、警察官を目指した理由はありますか?」
「……そうですね、あと強いて言うなら」
私は少し考える。思い返せば、話題に尽きて無言にならないよう、必死になっていたのかもしれない。これは、言うべきではなかったかも。
「獣人なので身体能力には自信があったので、普通の人間に負けたくないなって」
「え?…負けたくないから、ですか」
司会者が一瞬止まった。スタッフも止まった。私は自分が何を言ったのか、数秒遅れて理解した。これは失言だったかも。
「あ、いえ、これは違います!」
SNSのコメントが一気に流れる。
『犬井巡査、警察官志望理由が人間にマウント取りたかったからなのかよ』
『急にしょうもない理由出てきて草』
『お姉さんへの尊敬からの落差』
『めちゃくちゃ安心した』
「いや、あの、当時は若かったので!」
私は必死に弁解するが、さらに笑いが起きた。……なんで私は全国放送で前世でもない黒歴史を晒しているんだ。
そんなこんなで話は進み、やがて司会者が別の話題を出した。
「そういえば、先日のセレモニーの映像も少しSNSで話題になっていましたね」
「はい……」
再び嫌な予感がする。
「せっかくなので、犬井さん。敬礼を見せていただけますか?」
「敬礼ですか?ここで?」
「はい、ここで」
私は少し不審に思いながらも、椅子から素早く立ち上がる。警察官として、そこはきっちりやらせてもらおう。姿勢を正し、腕を上げ、きっちりと敬礼した。
すると司会者が感嘆の声を漏らした。
「……おお、綺麗ですね」
「ありがとうございます。これでも警察学校で叩き込まれた敬礼ですから」
私はふんと胸を張る。すると。
「……かわいい」
「いやなんでですか」
即座に返した。またスタジオが笑う。
「いや、敬礼そのものはとても綺麗なんですけど……」
「けど?なにかありますか?」
「なんというか……」
司会者が言葉を濁す。
「小柄なので、どうしても可愛らしく見えてしまいますね」
私は無言で敬礼を解いた。
「もう一回お願いします!」
「何回やるんですか!もうええでしょう!」
再び笑いが起こる。結局、私は三回ほど敬礼をすることになった。そのたびにカメラが私を抜く。
そして、後から知ったが、その映像は後にSNSで大量に切り抜かれることになる。
『敬礼だけでこんなに可愛い警察官いる?』
『姿勢はガチなのに見た目がかわいい』
『28歳なんですけど!警察官歴10年のアラサーなんですけど!』
――こうして。私の一時間は、なんだかんだで終わった。最後に司会者から、
「本日はありがとうございました」
と言われ、深々と頭を下げられた。色々イジられて不服ではあるけれど、こうした対応をみると、やはりこちらも同様に誠意をもって締めなくては。
「こちらこそ、ありがとうございました」
私も頭を下げた。頭の耳がふよりと揺れる。また、カメラの向こうに向かって、もう一度軽く会釈する。これは見てくれた視聴者たちへの分だ。
そして番組終了。スタッフさんたちが一気に動き始める。
「お疲れ様でした!」
「犬井さん、ありがとうございました!」
「はい、ありがとうございました……」
私は椅子に座り直した。なんとか終わったのだ。変なことを言った気はする。耳も動いたし、尻尾も振った。おまんじゅうも好きだと全国にリークされた。
でも、まあ、多分放送事故にはならなかったと思う。
私はスマートフォンを見る。しかし、一応インストールだけしたTwitterは開かなかった。
佐藤巡査長にも、
『放送後はSNSを見ないようにしてください。多分それは色々書き込まれるので、もしかした精神衛生上悪いかもしれません』
と言われている。ここは素直に従おう。
そのとき、スマートフォンが震えた。通知を見ると、佐藤巡査長からのLINEだった。
『お疲れ様でした。色々と伝えることがありますので、番組終了後、落ち着いたら連絡してください』
「あれ、佐藤巡査長?」
色々と?私は首を傾げた。
なんだろう、何かやらかしただろうか。もしかして、炎上?私、クビになっちゃうんだろうか。
スタッフさんたちにもう一度会釈をして、私はテレビ局から出た。外の冷たくなった空気を感じながら、恐る恐る電話をかける。彼はほんの数コールで出てくれた。
『はい、犬井巡査。お疲れ様でした』
「佐藤巡査長、私、何かやらかしました?」
『…………』
「なんですか、その沈黙」
『いえ……今日の放送、かなり反響があったみたいです』
「はぁ」
『特に、耳と尻尾のところと、あと、敬礼も』
私は無言になった。どうやら、嫌な予感しかしない。
『それでですね。上はどうやら、確かな手応えを掴んだようでして。追って連絡があるそうですが、今後もこういった広告塔のような活動をしてほしい、とのことです』
……なんじゃそりゃ。何かの冗談だろ。
翌朝。
「犬のねえちゃーん!」
「ハルさん昨日テレビ見たよ!」
「かわいかったー!耳動いてた!」
私は交通整理をしつつ、住民と子供たちにもみくちゃにされながら、さくら交番へ向かっていた。
昨日までとは明らかに違う。いや、昨日までも十分目立っていたが、今日は、その比ではない。私の耳はあっちこっちから飛んでくる声を拾い続け、尻尾は人目につかないよう必死に抑えている。
……だが、無理だ。視線が多すぎる。テレビ出演の影響力って、どうやら大きかったらしい。というか、高校生や大学生らしき人影がこちらにカメラを向けている。わざわざ私を見に来ているようだ。彼ら曰く、今Twitterとインスタでは、一大ブームらしい。早く過ぎ去ってくれ、そんなブーム。
やっぱり、SNSって怖いなぁ。そして、ようやく交番にたどり着いた。
「おはようございます……」
すると。
「おっ、ハル先輩じゃーん」
聞き慣れた、腹の立つ声。愉快だと言わんばかりの表情だ。
「昨日のテレビ見ましたよォ。いやぁ、良かったっすねェ」
「……何がですか、軽井沢巡査」
軽井沢巡査はニヤニヤしながらこちらを見る。
「尻尾と耳、あと敬礼」
「帰ってください」
「ここ俺の職場っすよォ」
「知りませんよ。帰りなさい」
「いやぁ、でも本当に良かったっすよ。全国の人に先輩の可愛さが伝わって」
私は黙って席に着く。そして机に突っ伏した。
「……もう、テレビなんて二度と出たくない」
そう呟いた私の耳が、ぴくっと、軽井沢の声の方を向いた。
「耳だけは元気っすねェ」
「…………うるさいです」
私はきかん坊な耳を両手で押さえるのだった。