『ウルトラライダーDASH!』が放映されて大体1週間。私はいつも通り、さくら交番へ出勤していた。
――ただし、いつも通りではないことが一つだけある。
「……やっぱり、なんかめっちゃ見られてる」
交番へ向かう道すがら、やたらと遠くからの視線を感じるのだ。それは別に、今に始まったことではない。テレビに出る前から、私は町ではそこそこ有名だった。子供たちからは「犬のお姉ちゃん」と呼ばれ、お年寄りからは「ハルちゃん」と呼ばれ、近所の商店のおばちゃんには新作のお菓子を勧められる。警備のために巡回する病院や診療所で、アニマルセラピー扱いされて撫でられることもあった。
それくらいなら、私としても別に嫌ではない。むしろ、こういう小さな町で警察官をやるなら、住民に顔を覚えてもらうのは悪いことではないと思っている。
警察官なんて、できればお世話にならない方がいい職業だ。それでも、困ったときに「あ、犬のお姉ちゃんがいる」と思ってもらえるなら、それはそれで大切なことだと思う。
問題は……。
「……なんで県外ナンバーの車まで停まってるんですか」
交番の少し手前に、一台の乗用車が路肩に停まっていた。見覚えのない車だ。しかも、ナンバーを見る限り、この辺りの人ではない。
中から出てきた若い男女が、交番の方を見ている。何か用事でもあるのだろうか。そう思っていると、女性の方と目が合った。
「あっ、あの、犬井さんですよね?」
「……はい、そうですよ」
「やっぱり!」
女性が嬉しそうに手を振る。
「テレビ見ました!」
「あ、ありがとうございます……」
「本物だ!」
「本物って何なんですかね……」
私は苦笑しながら軽く会釈をして、その場を通り過ぎる。悪意はないのだろう。わざわざ遠くから来てくれたこと自体は、ありがたいと思う。
ただ、待ち伏せなんて、当然褒められたものではない。
一瞬、注意しようとも思った。けれど頭の中に、『広報担当』『獣人』『市民に暴言』『炎上』そんな言葉がおぼろげに浮かんできた。
……思い上がるつもりはない。私はあくまで、地方の交番で働いているだけの巡査だ。だけど、テレビに出てからというもの、以前とは比べ物にならないほど私を知っている人が増えた。今の私には、多少なりとも影響力があるのだろう。
だったら、なおさら自分の言動には気を付けなければならない。結局、私は何も言わずにその場を通り過ぎた。
そんな私の背中から、
「お耳かわいい!モフりたい!」
という声が飛んできた。私の耳が、ぴくっと動く。
「キャー!動いた!」
「はぁ……」
思わずため息が漏れた。そして、私は思った。帰りたい。まだ勤務開始前なのに、もう帰りたい。そんなことを考えながら、私はさくら交番の扉を開けた。
「おはようございます……」
「おはようございます、犬井巡査」
いつものように、佐藤巡査長がデスクに座っていた。そして、その隣。
「おっ、ハル先輩。おはよォーございまーす」
「……おはようございます」
猫獣人の軽井沢巡査。相変わらず、朝から妙に軽い。
「……犬井巡査。なんか今日、やたら疲れてませんか?」
「朝から知らない人に『本物だ』って言われました」
「おォー。先輩有名人じゃないっすか」
「私はただの警察官です」
「まあまあ。全国放送出たんだから、そりゃそうなるっしょ」
軽井沢はニヤニヤしながらスマートフォンを操作している。
「ほらこれ」
「何ですか?」
差し出された画面を見る。そこには、この前のテレビ放送に関するSNSの投稿と、最近妙に増えた観光客たちの投稿が大量に表示されていた。
『犬井ハル巡査、昨日も可愛かった』
『耳が正直すぎる』
『敬礼のところ何回見ても好き』
『28歳ってマジ?』
『警察官歴10年なのも意味わからん』
『夢見和菓子店のまんじゅう食べてるところ見れた!もう完全に犬だった』
「あの、私にプライバシーは……?」
私は無言で彼のスマホの画面をスリープさせた。
「見なかったことにしましょう」
「なんでっすかァ?」
「佐藤巡査長にも言われましたから。SNSは見ない方がいいって」
「いやー、でも結構評判いいっすよ。流石に表立って獣人差別をつぶやくヤツなんて少数ですし」
「そういう問題じゃないんですよ」
「ちなみに『犬井巡査に会うためにさくら町行きたい』って人も結構いました」
また、嫌な予感がした。
「それ、交番の場所とか特定されてません?最近よく見かけるんですけど」
「されてますねェ」
「なんでそんな嬉しそうなんですか」
「いやぁ、面白いじゃないっすかァ」
「他人事だと思ってこの猫……」
軽井沢は猫の耳をぴくぴく動かしながら笑っている。その横で、佐藤巡査長が小さくため息をついた。
「軽井沢巡査。仕事をしてください」
「してますよォ」
「スマートフォンを触るのが仕事ですか?」
「情報収集ですよォ」
「昨日も勤務中にパチンコ店の情報収集をしていたでしょう」
は?ありえないわこの猫。
私はジト目で軽井沢のほうを見た。彼は下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうとしている。普通にカスである。
「あとで反省文を書いてください」
「うっす」
「軽っ」
相変わらずである。この人、本当に大丈夫なのだろうか。そんなことを考えていると、佐藤巡査長が私の方を向いた。
「犬井巡査」
「はい?」
「今日の勤務についてですが……少し予定を変更しましょう」
「何かあるんですか?」
「ええ」
佐藤巡査長は少し言いづらそうに続けた。
「ここ数日、さくら町を訪れる方が増えているのはご存じですよね」
「……はい」
「その方々の一部が、少し問題を起こしているようです」
「問題、ですか?」
「ゴミのポイ捨て、私有地への立ち入り、それから……無断撮影ですね」
「あぁ…………」
やっぱりか。さっきから感じていた嫌な予感が、見事に的中してしまった。
「町の方からも、何件か相談が来ています」
「……そうですか」
私は少し俯いた。突然、有名になる。なんか表彰されて、テレビに出る。たくさんの人に警察の活動を知ってもらう。
そこまでは、まだ良かった。
けれど、私を見に来た人たちが町の人に迷惑をかけ始めている。それは、さすがに笑って済ませられる話ではない。
「なので、今日は私と犬井巡査で周辺を巡回しましょう」
「分かりました」
「軽井沢巡査は交番をお願いします」
「えーお留守番っすかァ」
「何か?」
「いや、俺も巡回したかったなァーって」
「反省文を書き終えてから言ってください」
「うっす」
軽井沢は素直に引き下がった。
……こういうところだけは妙に素直なんだよな、この人。
私と佐藤巡査長は、交番を出て町を巡回することになった。まず目についたのは、公園だった。
ベンチの横のペットボトル用のゴミ箱、入り口に紙コップ型の容器が詰まっている。有名ドリンクチェーンと、ファーストフード店のものだ。
「……こんなこと、以前まではありませんでしたよね」
「ええ、悲しいですね」
「拾っておきます」
私が屈もうとすると、
「犬井巡査、私がやります」
「いえ、これくらい」
「手袋を」
「あ」
佐藤巡査長が差し出した手袋を受け取る。
「ありがとうございます」
その後も歩いていると、道路脇に空き缶。植え込みの中に菓子袋。ベンチの下にコンビニの袋。
「……元々無くはなかったですけど、明らかに増えてますね」
「そうですね」
私の胸の中に、じわじわと嫌なものが溜まっていく。別に、観光客が来ること自体は悪いことじゃない。
町が知られるのも、私を見に来てくれるのも、写真を撮りたいと思うのも。全部、悪いことではない。
でも、それはここで暮らしている人たちに迷惑をかけていい理由にはならない。
少し先で、若い男性が道路脇に空き缶を置いた。私が声をかける。
「すみません。こちら、ゴミ箱がありますので、そちらに捨てていただけますか?」
「あ……すみません」
男性は少し気まずそうに空き缶を拾った。
「すみません、つい」
「いえ。こちらも強く言うつもりはありませんので。ただ、この町は普通に住民の方が生活している場所ですから」
「はい。気をつけます」
「ご協力ありがとうございます」
男性は素直に頭を下げて、その場を離れていった。
「……ほら」
佐藤巡査長が言った。
「大半の人は、説明すれば分かってくれます」
「そうみたいですね」
私は少し安心した。きちんと伝えれば分かってくれる人が大多数なのだ。それなら、今日の巡回もそこまで大変ではないかもしれない。
――そう思っていた。
少し歩いたところで、また別の観光客らしき人がいた。交番の方へカメラを向けている。
「すみません」
私が声をかける。
「こちら、撮影はご遠慮いただけますか?」
「え?」
「ここは交番ですので、勤務中の警察官や来訪されている方が映り込む可能性があります。写真を撮る場合も、周囲の方の許可を取っていただけると助かります」
「あ、そういう……」
男性はカメラを下ろした。
「すみません。テレビで見たので、つい」
「気持ちは分かります。ただ、テレビに出ていたからといって、私たちが何をしてもいいわけではないので」
「分かりました」
男性は素直に頭を下げた。
「すみませんでした」
「いえ、ご理解いただければ大丈夫です。本当は私の写真ぐらいなら良いと思いますが、キリがなくなってしまうので」
申し訳なさそうに謝ると、男性が立ち去った。私はほっと息を吐いた。
「……意外と皆さん、ちゃんと聞いてくれますね」
「ええ、だからこそ、こちらも感情的にならずに説明することが大切です」
佐藤巡査長が頷く。やっぱり、この人は真面目だ。警察官として当然なのかもしれない。でも、私にはそれができた人間のように見えた。
……まあ、隣に軽井沢という比較対象がいるからかもしれないけど。
そんなことを考えていた、そのときだった。
「おい」
少し離れたところから、声が飛んできた。振り返ると、三人組の厳つい男性がいた。そのうちの一人が、私たちを見ている。
「俺たちが何したってんだよ」
「え?」
私は足を止めた。声からも、敵意がむき出しだ。偶にこんなヤンキーみたいなのがいるから、この世界の治安は意外と悪い。…いや、警察になったからよく接するだけで、前世だってこうだったのかな。
「さっきからゴミだの写真だの、いちいちうるせえな」
「申し訳ありません。ただ、こちらは住民の方から相談も受けておりまして……」
攻めるように言葉を重ねてくる男に、私は説明する。
「だから?」
「この町には、ここで生活している方がいます。観光目的で来られるのは構いませんが、周囲の方に迷惑になる行為は控えていただきたいんです」
「ああ、そう」
しかし、男性は鼻で笑った。
「つーか、お前」
悪意の籠もった視線が私に向く。…目の奥の感情は、侮蔑、嘲笑、それから、見下し。あたたかいこの町でも、こんなことはしょっちゅうある。
「テレビ出てた犬だろ?」
「……はい」
「ちょっと話題になったからって、いい気になってんじゃねえぞ。獣人のくせに人間にお説教か?」
そんなトゲのある言葉に、胸の奥が、きゅっと縮んだ。
「…………いえ、そんなつもりは」
「お前ら獣人なんて、身体能力が高いだけだろ。人間様の真似して警察やってるからって、偉くなったつもりか?」
私は何も言えなかった。怒りは、なかった。少なくとも、自分でも驚くほど、怒鳴り返したいとは思わなかった。
ただ悲しかった。
私は、元々は普通の人間だった。少なくとも前世では。人間として生きて、人間として笑って、人間としてくだらないことで悩んで。
そんな私が、今は獣人として生きている。色々身体の構造が違うのも分かっているし、人によっては理不尽に映るのも分かる。
でも。
獣人だから人間とは違う。獣人だから人間より下だ。そんなふうに言われると、まるで、自分の今までの人生そのものを否定されたような気がした。
「…………」
言い返そうと思えば、いくらでも言い返せた。私は警察官だ。少なくとも、こいつよりはこの町が大好きだし、町のため、人のために働いているつもりだ。身体能力だって、負ける気はしない。
そもそも私は28歳だ。お前らよりずっと年上だぞ。……いや、それは関係ないか。
でも、ここで私が何を言っても、たぶん意味がない。私は口を開こうとして――閉じた。
そのときだった。
「……そこまでにしてください」
隣から、佐藤巡査長の声がした。
普段の柔らかい声ではなかった。静かだけど、はっきりしている。
「犬井巡査が獣人であることと、今お願いしていることに何の関係がありますか?」
「は?なんだお前?ケンカか?俺たちのバックには、ヤマザキ組がいんだぞ?」
「ゴミを捨てないこと。無断で人を撮影しないこと。住民の方に迷惑をかけないこと」
一つずつ、確かめるように言葉を重ねる。
「これは犬井巡査が獣人だからお願いしているのではありません。警察官として、住民の方から相談を受けているからお願いしているんです」
「は……、なんだ?ヤクザがいんだぞ、すぐに
「ヤクザがなんです?獣人がなんです?犬井巡査がテレビに出て話題になったことも、まったく関係ありません」
佐藤巡査長は、男性を真っ直ぐ見た。
「ここは、人が生活している町です」
「……」
「あなた方にも、家に帰れば生活がありますよね」
男性は黙った。
「それと同じです。この町で暮らしている人たちの生活を邪魔する権利は、誰にもありません」
淡々としている。怒鳴っているわけでもない。けれど、言葉には妙な重みがあった。
「……チッ、分かったよ」
男性は舌打ちした。
「どうせすぐに、獣人なんて駆逐されんだ。せいぜい警官ごっこでもしとけ」
そう言って、仲間を連れてその場を離れていった。私は、その背中を見送った。
「犬井巡査、大丈夫ですか?」
「……はい」
私は笑って返事しようとした。でも、たぶん上手く笑えていなかった。
「……ありがとうございます。すみません、私、何も言えませんでした」
「いえ、それでいいと思います」
「え?」
「無理に言い返す必要はありませんよ」
佐藤巡査長はゆっくりとそう言った。
「犬井巡査が言い返せなかったことを、私は悪いことだとは思いません。甘いとも思いません。それは貴方の優しさです」
「…………はい」
「怒って当然のことを言われたら、悲しくなることもあります。同じ
「……そう、ですかね」
私は少しだけ目を伏せた。ちらりと見ると、佐藤巡査長はいつもの真面目な顔に戻っていた。
「少なくとも、私は犬井巡査が今日も真面目に仕事をしていることを知っています。それで十分じゃないでしょうか」
その言葉に、胸の奥が、少しだけ温かくなった。
「……ありがとうございます」
今度は、ちゃんと笑えたと思う。私は佐藤巡査長のことを、改めて凄い人だと思った。
この人は、私にはないものを持っている。人のために怒ることができる。誰かを守るために、必要なことをきちんと言える。それは、警察官としても、人間としても。とても立派なことだと思った。
今日の勤務は、いつもより疲れた。
交番に戻ってからも、細かな仕事がいくつか残っていた。書類の整理、巡回記録の確認、相談内容の記録。そして、翌日の勤務に必要な資料の確認。テレビに出る前なら、こんなことは当たり前の日常だった。
でも今は、仕事をしているだけで、人に見られる。町を歩くだけで、写真を撮られる。それが少しずつ、でも確実に、身体に堪えている気がする。
夜、日がすっかり暮れた頃。私は夜勤の交代のため、再びさくら交番へ戻ってきた。
「……疲れた」
そう言って、交番の扉を開ける。中は思ったより静かだった。昼間の喧騒が嘘のようだ。
「……あれ?」
唯一聞こえるのは、小さな寝息。デスクの一つに、規則正しく動く人影がある。
「佐藤巡査長?」
この鼻が捕らえる匂いも、それは佐藤巡査長だと言っているが、彼がこんなところで寝てしまうのはめずらしい。気になって近づいてみると、やはり佐藤巡査長だった。どうやら書類をまとめている途中で、眠ってしまったらしい。
「…………お疲れ様です」
いつも真面目で、休憩時間ですら何かしら仕事をしている人だ。よほど疲れていたのだろう。私は少しだけ考えた。起こした方がいいだろうか。
でも、
「……寝かせておきましょう」
私は小さく呟いた。交番の奥から毛布を持ってくる。そして、佐藤巡査長の肩にそっと掛けた。
「いつもありがとうございます。今日は特にかっこよかったです」
寝ているんだ。聞こえているはずがない。だから、いつもより自然に口から出た言葉だった。私は少しだけ照れながら、自分のデスクへ向かう。
「……さて」
まだ片付けていない書類がある。いつも頑張っている彼の書類の分も、手早く済ませてしまおう。
「……ん」
佐藤巡査長が、ほんの少しだけ動いた。うっすらと目が開く。最初に見えたのは、肩に掛けられた毛布。そして、その向こう。小さな犬耳を揺らしながら、書類を整理している犬井ハル巡査。
自分は、途中から起きていたらしい。そして、犬井巡査に毛布を掛けてもらった。
起きました、そう言えばいい。
普通に、毛布をかけてくださってありがとうございます、と言えばいい。
しかし。
――今起きたら、まどろみながら、さっきの言葉を聞いていたことがバレてしまう。
『いつもありがとうございます。今日は特にかっこよかったです』
佐藤巡査長は、目を閉じた。寝たふりを続けることにした。
……いや、これは仕方ない。男には、時として引けない戦いがある。少なくとも、今の自分にとってはそうだった。
そのまましばらくして、犬井巡査が席を外したとき。
「……正義先輩ィ?」
交番の奥から別の声が聞こえてきた。こっそりサボって仮眠室にいた、軽井沢巡査だ。
「…………」
佐藤巡査長は寝たふりを続ける。
「寝てるんすかァ?へェー、ふーん」
軽井沢の声が、妙に楽しそうになる。嫌な予感しかしない。
「ハル先輩に毛布かけてもらったんすねェ。しかも何かって言われてましたよねェ?」
「…………」
聞かれていた。全部、この男に。
「いやー、いいっすねェ。青春っすよォ。先輩、顔と耳が真っ赤っすよォ?」
軽井沢がニヤニヤしている気配がする。佐藤巡査長は目を閉じたまま、心の中で思った。
――こいつ。絶対に後で反省文を三枚くらい書かせてやる。
しかし。
「……まあ、起こさないでおきますかァ」
軽井沢は、意外にもそれ以上は何も言わなかった。そして、少し離れたところから、
「……ハル先輩、やっぱりサイコーっすねェ」
そんな声が聞こえた。
佐藤巡査長は、結局そのまま朝まで寝たふりを続けた。
そして翌朝。
「佐藤巡査長、おはようございます」
「はい。おはようございます」
「昨日、よく眠れましたか?」
犬井巡査が、いつも通りの顔で聞いてくる。
「……ええ。おかげさまで」
「それなら良かったです。昨日はお疲れ様でした。今日も頑張っていきましょう」
にこっと笑う。耳が、ぴんと立っている。ついつい目で追ってしまうような、そんな眩しい笑顔。
この人はたぶん何も知らない。それでいい。今は、それでいいのだ。
そんな素敵な笑顔の隣で。
「いやー、よく寝てましたよねェ、正義先輩」
軽井沢がニヤニヤしている。
「……軽井沢巡査」
「はい?」
「あとで反省文、追加です」
「なんでェー!?」
朝のさくら交番に、軽井沢巡査の悲鳴が響いた。段々遠慮が無くなってきた犬井巡査も、彼を指さしながら笑っている。
私はその様子を見ながら、少しだけ笑った。昨日は色々あったけれど。今日も、この交番はいつも通りらしい。
――まあ、悪くない朝だった。