魔法は嘘をつく ―賢者が残した遺産―   作:虚空小白

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第二十五話 掟に抗えず

 ——翌日の昼頃。

 ロゼンと族長は湖畔で釣りをしていた。

 

 ロゼンは族長に尋ねた。

 

「俺は早くルミナルディアに行きたい。そのためには、案内がいる」

 

 族長は魚を釣り上げた。

 

「僕と五人のヴェラの戦士の合意が必要です」

 

 ロゼンは息を吐いた。

 

「反対している奴がいるのか」

 

 族長は魚を使い古されたバケツに入れる。

 

「はい。ロゼンの口から集落の場所が漏れることを恐れているようです」

 

「あんたらの事情は理解している。信じろと言っても、信じられない気持ちが勝ってしまうのか」

 

 族長は湖に釣り糸を垂らした。

 

「ロゼンをヴェラの戦士にすれば、信じてもらえると考えました。これは、僕の落ち度です」

 

「だから、あの時、条件を出したのか」

 

 族長は淡々とした口調で言った。

 

「合意したのは、僕とカイレンだけでした」

 

 ロゼンは眉をひそめた。

 

「驚いたな。カイレンは反対しているのかと思っていた」

 

 族長は首を横に振った。

 

「カイレンは説得しようとしました。ですので、四人は迷っているのです」

 

 族長は穏やかな口調で続けた。

 

「カイレンは特別です。ヴェラの民がヴェラの戦士になった翌日、ヴェラの森の外へ出る権利を与えています」

 

 ロゼンは族長の言葉に耳を傾けた。

 

「カイレンだけが、ヴェラの森から外へ出ました」

 

「あー、だから、少しだけ話せるのか」

 

「はい。僕は、カイレンにヴェラの民がどのようにして生まれたのか、すべて話しました」

 

 ロゼンは魚の当たりを感じ、釣竿を上げる。餌が取られていた。

 

「ですので、カイレンは掟の重要性を理解しているのです」

 

 ロゼンは目を細めた。

 

「そういうことか」

 

 足音が聞こえ、二人は振り向いた。

 

 カイレンが血相を変えて走ってくる。

 

 二人の前で足を止め、族長に言った。

 

「Kozuchal,Milen nalteal ze tiralen estal.ze tiralen estal ze nalteal!

(族長、ミレンが集落にいない。どこを探しても見当たらない!)」

 

 族長は立ち上がり、浅い呼吸を繰り返すカイレンに言った。

 

「Kailen,nalteal ze tiralen estal.ze tiralen estal ze nalteal.

(カイレン、落ち着け。手分けして、集落を探そう)」

 

 情けない表情をしたカイレンは狼狽えた。

 

「ze tiralen estal! ze tiralen estal ze nalteal!

(もうやった! もしかしたら、集落の外に出てしまったのかもしれない!)」

 

 族長はカイレンの肩に手を置き、目を見つめた。

 

「nalteal ze tiralen estal.Milen nalteal ze tiralen.

(落ち着け。ミレンはきっと無事だ)」

 

 カイレンは俯いた。

 

 族長はロゼンに言った。

 

「子どもが集落の外に出たかもしれません。カイレンとともに探してきてくれますか」

 

 ロゼンは立ち上がり、聞き返した。

 

「子どもの名前や特徴は?」

 

「ミレンという名の女の子です」

 

 ロゼンは首を縦に振った。

 

 族長は彼に言った。

 

「集落の外は獣が徘徊しているので危険です。剣を身に着けてください」

 

 続けてカイレンに言った。

 

「Losen nalteal ze tiralen estal.ze Raven Romien nalteal ze tiralen.ze tiralen estal ze nalteal.

(ロゼンとともに集落の外を探せ。夜のヴェラの森は危険だ。日が落ちる前に帰ってこい)」

 

 カイレンは頷き、ロゼンに言った。

 

「モン、マツ。ハヤク!」

 

 三人は集落へ向かって走った。

 

 *

 

 ——族長の家。

 ロゼンは腰の左右に剣を下げた。右の剣はマーニの形見だった。

 

「マーニ、俺に力を貸してくれ」

 

 族長の家を出て、集落の出入口へ向かう。

 

 出入口でカイレンと合流し、二人は集落の外に出た。

 

 ヴェラの森は静まり返っていた。

 

 時折、カイレンは足を止めて地面に顔を近づける。

 

 立ち上がり、ロゼンに言う。

 

「コッチ」

 

 *

 

 ——そのやり取りを何度か繰り返し、二人は身を潜めた。

 

 後ろ足で立てば優に五メートルはあろう、巨躯の熊が、巨木の根本に空いた、抱えきれないほど大きな穴に片腕を突っ込んでいた。その中から少女の泣き声が聞こえてくる。

 

 カイレンは拳を握り締めた。

 

「ヌシ、コロス。ヨクナイ」

 

 ロゼンは歯を噛み締めた。

 

「お前、何考えてんだよ! あの声が聞こえないのか!」

 

 カイレンは視線を落とした。

 

 ロゼンは息を吐いた。

 

「もういい。俺ひとりでやってやる!」

 

 ロゼンは剣を二本抜き、ヌシに突撃した。

 

 ヌシの後躯を二本の剣で斬りつける。

 だが、ヌシの筋肉は、丸太のように硬かった。

 

 ミレンが近くにいる以上、魔法は使えなかった。

 

「くそっ、こっちを見ろよ!」

 

 ヌシが煩わしそうに振り向き、ロゼンは後ろへ飛び退いた。

 

 ヌシの咆哮が響き渡る。

 

 ロゼンはヌシから視線を逸らさず、後ろへ下がった。

 

 ヌシは四肢で大地を踏みしめ、地面を鳴らし、ロゼンに突進する。

 

 ロゼンにヌシを討伐する技量はない。

 カイレンの助力も期待できない。

 ミレンが危険に晒されている。

 最早、一刻の猶予もなかった。

 

 だから——ロゼンが取れる戦術は一つしかなかった。

 

 ロゼンは足腰に力を入れ、身構える。

 

 接触する直前、ロゼンは剣先をヌシへ向けた。

 

 衝突。

 

 ロゼンは体を大きく弾かれ、背中を地面に打ち付けた。

 

「うっ」

 

 断末魔の叫びを上げたヌシは地面を滑り、土煙が立ち込める。

 

 視界が晴れると、ヌシの右目と喉元には、二本の剣が深々と突き刺さり、絶命していた。

 

 カイレンは仰向けで倒れたロゼンに近寄り、ヌシを一瞥した。

 

 ロゼンはカイレンに目を向けた。

 

「ミレンは、無事か?」

 

 カイレンはロゼンを睨みつけた。

 

「Losen,ze tiralen estal! Raven Maiten nalteal ze tiralen estal! Milen nalteal ze Nushial tiralen estal! Losen nalteal ze tiralen estal!

(ロゼン、何をしたか理解しているのか! ヴェラの民は、自然に生かされている! ミレンは、森のヌシに食われ、自然に還るはずだった! ロゼンは、掟を破った!)」

 

 ロゼンは上半身を起こし、息を吐いた。

 

「あんたが何に対して怒っているのか、俺にはわからない」

 

 立ち上がり、ミレンの元へ近寄った。

 

 少女は身を丸め、震えていた。

 

 ロゼンが手を伸ばすと、泣きながらその手を掴んだ。

 

「ミレン、大丈夫か? って、言葉が通じないか」

 

 ミレンは手の甲で涙を拭い、笑った。

 

 カイレンの姿を見つけると、慌てて駆け寄った。

 

 左足に抱き着き、再び泣き叫んだ。

 

「Kailen,ze tiralen estal…….

(カイレン、怖かった……)」

 

 カイレンはミレンの頭を優しく撫でた。

 

「Milen,nilen ze tiralen estal.ze tiralen estal ze nalteal.

(ミレン、なぜ集落の外に出た。ここは危険だと言っただろう)」

 

「……ze tiralen estal.Kailen nalteal ze Raven Nishel estal.

(……ごめんなさい。カイレンのような強いヴェラの戦士になりたかった)」

 

 カイレンの声がわずかに揺れた。

 

「ze tiralen estal,aber Raven Maiten nalteal ze tiralen.

(気持ちは嬉しいが、ヴェラの民を困らせるな)」

 

 ミレンはこくんと頷いた。

 

「Yalen.

(うん)」

 

 カイレンはロゼンに言った。

 

「カエル」

 

「ああ」

 

 ロゼンは剣を引き抜き、血を振り払って鞘に収めた。

 

 三人は集落へ帰った。

 

 *

 

 ——族長の家。

 カイレンから事情を聞いた族長は、穏やかな口調で彼女に言った。

 

「Raven Maiten nalteal ze tiralen estal.aber,Nushial nalteal ze tiralen estal.

(確かに、ヴェラの民は自然に生かされている。そして、森のヌシを殺せば、生態系が乱れる)」

 

 ロゼンを一瞥する。

 

「aber,ze tiralen estal.Nushial nalteal ze Losen tiralen estal.Losen nalteal ze tiralen estal,nilen ze tiralen nalteal.

(だが、こうも考えられる。今日この日、森のヌシは、ロゼンに殺される運命だった。それに、彼は外の世界の人間だ。掟を知らない)」

 

 族長は柔らかく微笑んだ。

 

「ze tiralen estal,Raven Maiten tambien ze tiralen estal.Nushial nalteal ze tiralen estal.Kailen,Raven Nishel nalteal ze tiralen estal.

(話を戻すが、この生態系にはヴェラの民も含まれている。食べて血肉とすることで、森のヌシを自然に還そう。カイレン、ヴェラの戦士を集め、肉を集落に運べ)」

 

 カイレンは頷き、外に出た。

 

 族長はロゼンに頭を下げた。

 

「ロゼン、ありがとうございます。ミレンは、カイレンの妹です」

 

 ロゼンは眉間に皺を寄せた。

 

 族長は息を吐いた。

 

「以前のカイレンなら危険を顧みず、森のヌシを殺していました。しかし、彼女は掟に従い、ロゼンの家族を殺してしまいました。きっと、負い目があったのでしょう」

 

「俺は、ヴェラの民の言葉がわからない」

 

 ロゼンは族長を見据えた。

 

「だが、俺はこの選択が間違っていなかったと信じている」

 

 族長は顔を上げ、頷いた。

 

「はい。僕もそう思います」

 

 *

 

 ——ヴェラの森。

 四人のヴェラの戦士は、森のヌシの死骸を見て、カイレンに尋ねた。

 

「Kailen nalteal ze tiralen estal?

(カイレンが殺したのか?)」

 

 カイレンは首を横に振った。

 

「Losen nalteal ze tiralen estal.Kailen nilen ze tiralen.

(ロゼンがひとりで殺した。カイレンは手を貸していない)」

 

 カイレンは四人に冷たい眼差しを向けた。

 

 四人は、思わず剣に手を伸ばしそうになった。

 

 カイレンは、おどおどする四人に警告した。

 

「nilen ze tiralen estal,Kailen nalteal ze tiralen.

(この中に、まだロゼンを疑う者がいれば、カイレンが相手をする)」

 

 カイレンは死骸に目を向けた。

 

「ze tiralen estal.ze tiralen estal ze nalteal.

(本当に大きいな。血抜きをして持ち帰るとしよう)」

 

 四人は首を縦に振り、作業に取り掛かった。

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