夕食を取った後、ロゼンはカイレンに、シャワーやトイレ、ハーブスティックの使い方を教えた。
カイレンは熱心に聞いていたが、ハーブスティックを誤って食べてしまう。
ロゼンはやむを得ず、自身でハーブスティックの枝先を噛み、ブラシ状にした。
カイレンの口を開けさせ、それで歯を磨く。
カイレンはベッドで眠りにつき、ロゼンはランプの灯かりを頼りに手紙を書いていた。
*
父さんへ
今、俺は守護の鏡ルミナルディアにいます。
マーニが命を落としました。
俺は、マーニに夢を託された。
だから、旅を続けます。
この手紙が最期になるかもしれません。
父さん、約束を守れなくて、ごめん。
ソル・アルヘイナ
*
手紙には、インクが滲み出た箇所があった。
ロゼンはペンを置き、拳を握り締める。
手紙の前で静かに謝罪した。
「父さん、ごめん……」
手紙を宛先を書いた封筒に入れ、ロゼンは肩を落とす。
靴を脱ぎ、ベッドで横になった。
目を閉じると、意識が遠のいていく。
*
——翌日の午前七時頃。
ロゼンが目を開けると、物静かだった。
上半身を起こし、部屋の中を見渡すと、床の上でカイレンが身を低くし、ロゼンの風袋を見つめている。
片目を閉じ、風袋にそっと触れ、恐る恐る目を開ける。
ロゼンは息を吐いた。
「カイレン、何をしてるんだ?」
カイレンは肩をビクッと震わせ、上半身を起こす。
「ケガワ、ブジカ?」
ロゼンはベッドから降り、風袋からカイレンの毛皮を取り出した。
カイレンはロゼンの手から毛皮を奪い取る。
ロゼンの風袋に目をやった。
「ソレ、ください」
「銀貨七十ルミナで売ってやる」
「ギンカ?」
「金のことだ。外の世界では金が必要になる」
カイレンは肩を落とした。
「あんたの服も買ってやる。だから、その毛皮を渡せ」
カイレンは渋々頷き、ロゼンに毛皮を渡す。
ロゼンは風袋に毛皮を入れ、腰に身に着けた。
朝の支度を済ませ、朝食が運ばれるまで、カイレンにお金とその価値を覚えさせる。
ドアがノックされ、ロゼンが対応する。
「おはようございます。朝食をお持ちしました」
係員が朝食を運び、テーブルに並べる。
ロゼンは係員に尋ねた。
「俺たちは、ハウンド管理局の試験が再開されるまでの間、滞在する予定だ。それまで、この部屋を使わせてもらいたい」
係員は微笑んだ。
「はい。受付にお声がけください」
会釈し、その場を後にする。
カイレンのお腹の虫が鳴いた。
朝食を見つめ、涎を垂らしている。
ロゼンは肩を竦め、イスに腰かけた。
カイレンはロゼンに倣う。
ロゼンはカイレンに料理のことを教えながら食事を取った。
*
——食事を済ませ、ロゼンはカイレンに雨具を着用させた。
身支度をし、部屋を出る。
受付に十日分の宿泊代を前金で支払い、鍵を返却する。
馬車に乗り、二人は服飾店へ向かった。
服飾店に到着し、ロゼンは男物の旅装束を五着、皮のブーツを一足手に取る。
高齢の男性店員は目を細めて、二人を見た。
「試着しなくていいのか?」
ロゼンは肩を竦める。
「靴は連れが履くが、足が汚れている。服は土産用だ。それとも、試着しないと買えないのか?」
「銀貨十七ルミナ」
ロゼンは笑顔を作り、値下げ交渉を始めた。
「銀貨十三ルミナ」
「銀貨十六ルミナ」
「銀貨十四ルミナ。嫌なら他の店で買う」
店員は息を吐いた。
「ちょっと待ってくれ。銀貨十五ルミナだ。うちとしてもこれが限界だ」
ロゼンは代金を支払い、カイレンの足元にブーツを置く。
カイレンはロゼンの顔色を伺い、それからブーツに足を入れた。
「ロゼン、ありがとう」
「気にするな」
ロゼンは旅装束を風袋に入れ、店を出る。
カイレンは飛び跳ねながら、ロゼンの後に続いた。
「カイレン、一度宿に戻る。服の着方を教えてやる」
カイレンは頷いた。
馬車に乗って、二人は宿に戻る。
宿に入り、受付で鍵を受け取り、部屋に入る。
施錠し、風袋から購入した旅装束を床に置いた。
「カイレン、そいつを脱いでくれるか」
カイレンは剣と雨具を脱ぎ捨てる。
ロゼンは顎にそっと手を当てた。
「胴巻きが邪魔だな」
ため息をつく。
「失念していた。肌着も必要か。あいつのものを借りるか」
ロゼンはマーニの肌着を取り出す。
しばしの沈黙。
カイレンは胴巻きを脱ぎ捨て、全裸になった。
ロゼンはなるべく視線を逸らしながら、カイレンに肌着を着せ、大きく息を吐く。
ロゼンは剣と風袋を外して床に置いた。
旅装束とブーツを脱ぎ、カイレンに言う。
「今から服を着る。同じようにしろ」
カイレンは頷き、ブーツを脱ぎ捨て、旅装束を持ち上げた。
旅装束は、上衣とズボンがひと続きになった服で、腰のあたりがわずかに絞られている。袖は長く、裾は足首まで覆っていた。前身頃には胸元から腰までボタンが並び、それを外せば一枚の服を上下まとめて脱げる作りになっている。
ロゼンは説明しながら旅装束を着て、ブーツを履く。
カイレンは苦戦しながらも旅装束に袖を通し、同様にブーツを履いた。
さらに、雨具にも袖を通す。
ロゼンはカイレンに尋ねた。
「それはもう必要ないだろう?」
「コレ、ください」
「何かを羽織ってないと落ち着かないのか」
カイレンはロゼンからもらった物なので、肌身離さず身につけておきたかった。
たとえ雨具でも、カイレンにとっては掛け替えのない思い出の一つだった。
カイレンは笑みを浮かべて頷く。
「まあ、いいか」
ロゼンは剣と風袋を身に着ける。
カイレンも腰に剣を下げた。
「よし、ハウンド管理局に行くか」
カイレンは右手を振り上げる。
「おう」
*
——だが、昨日と同様に門前払いを受けた。
カイレンのお腹の虫が鳴く。
「昼飯にするか」
カイレンは笑みを浮かべた。
馬車に乗り、二人は御者オススメの喫茶店へ向かう。
そこは、白豚のフライサンドが名物だった。
二人は店に入り、ロゼンがマスターに料理と飲み物を注文する。
*
——待つこと数分。
マスターが白豚のフライサンドとハーブティを並べる。
二人は白豚のフライサンドに大口でかぶりついた。
「ヴァルトクローネでしか味わえないと思っていたが、美味いな」
カイレンが頷いた。
「美味い」
ロゼンはハーブティに蜂蜜を入れ、スプーンでかき混ぜる。
ハーブティを口に運ぶと、マーニとの思い出が脳裏を過った。
ロゼンは息を吐く。
あいつのことを忘れたりなんかしない——ロゼンは内心でつぶやいた。
カイレンはロゼンの横顔を見つめている。
「ロゼン、具合、ワルイカ」
ロゼンは首を横に振った。
「少し感傷に浸ってしまっただけだ」
カイレンはハーブティを口に含み、すぐに蜂蜜を入れる。
ロゼンは横目でカイレンを見た。
「カイレン、この後、口入屋で依頼を受けて滞在費を稼ぐ。いいな?」
「ワカッタ」
*
——二人は食事を済ませ、代金を支払い、店を出た。
馬車に乗り、二人は口入屋へ向かう。