魔法は嘘をつく ―賢者が残した遺産―   作:虚空小白

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第七話 まっすぐな目が、刃を止めた

 ふたりが噴水付近を歩いていると、露天商の中年男性に声をかけられた。

 

「キミたち、見ない顔だけど、旅人かな?」

 

 ソルの表情が強張った。

 露天商は作り笑いを浮かべた。

 簡易テーブルの上には、いくつもの水入れが並べられている。

 

 マーニが柔らかく微笑んだ。

 

「私たち、隣村から観光に来たんです」

 

「ワタシはここで商いをしている。キミたち、聖水に興味はあるかな?」

 

 マーニは小首を傾げた。

 

「聖水……?」

 

 露天商は頷き、慣れた口調で続けた。

 

「大昔、この街は日照りが続いた。雨も降らず、飲み水に困っていた。そんなある日、浄光教の聖女様が祈りを捧げると、大地が割れ、水が湧き出て湖ができた——という伝説が残っている。街の皆は忘れているが、ワタシの先祖は覚えていてね。その湖から汲んできた、ありがたい水を売っているんだよ」

 

 マーニは水入れに目を向けた。

 

「聖水と仰いましたが、飲み水と違うんですか?」

 

 露天商は手を擦り合わせた。

 

「この聖水を飲めば、どんな病でもたちまち良くなるよ」

 

 マーニは顔を上げ、再び笑みを浮かべる。

 

「すごいですね。おいくらですか?」

 

 露天商は腰を低くし、マーニの目線の高さに合わせた。

 

「銀貨三ルミナ……と言いたいところだけど、キミは可愛いから銀貨一ルミナでいいよ」

 

「お兄さん、ありがとう。二つください」

 

「まいどあり」

 

 マーニは代金を支払い、二つの水入れを受け取った。

 

 その瞬間——ふたりの背後でハルバードが振り上げられた。

 

 ソルは咄嗟に身を翻し、盾を構える。

 露天商は青ざめ、尻もちをついた。

 

 ツェーンが目を細め、ソルに言い放つ。

 

「退けっ」

 

「話を聞くんじゃなかったのかよ!」

 

「聞く必要がなくなった」

 

「それでも、殺していい理由にはならない。俺からすれば、ツェーン——あんたのほうが悪人だよ!」

 

 沈黙。

 ツェーンの眼光が鋭さを増した。

 

 緊張が高まる中——銃声が一発、辺りに響き渡った。

 

 黒い頭巾と外套を纏い、眼鏡をかけた二十代前半の優男が、銃口を空へ向けていた。

 彼は銃を下ろし、こちらへ近づく。

 

「ツェーン、姿が見当たらないので探しましたよ」

 

 ツェーンはハルバードの柄尻を地面に叩きつけた。

 その衝撃で、煉瓦に亀裂が走る。

 

「バカを見つけた。それでいいだろう」

 

「よくありません」

 

 優男はソルに声をかけた。

 

「少年、怪我はありませんか?」

 

 ソルは首を縦に振った。

 優男はソルの後ろで腰を抜かし、ガタガタと震える露天商を一瞥した。

 

「少年が取った行動は勇敢です。ですが、勇気と蛮勇を履き違えてはなりません」

 

 優男は銃をホルスターに入れ、露天商に近寄った。

 

「ワタシは十二聖徒のノインと申します。あなたは水を聖水と偽り、人々を欺いた。違いますか?」

 

 露天商は唇を震わせ、声を振り絞った。

 

「ほんの出来心だったんです」

 

 ツェーンが足元の木箱を蹴ると、かつらや眼鏡、さまざまな衣服が転がり出た。

 

「こいつは売り物か? にしては汚れているな。道理で目撃証言がバラバラなわけだ」

 

 露天商は口ごもった。

 ツェーンが苛立ちを露わにし、足で木箱を踏み潰す。

 

「聞こえねぇんだよ!」

 

 ノインは姿勢を正し、ポケットから金貨四枚を取り出した。

 ソルの手を取り、金貨を手渡す。

 

「今回の報酬に色をつけておきました」

 

 ノインは騒ぎを聞きつけて集まった野次馬に告げた。

 

「この男は、浄光教の名に泥を塗り、水を聖水と偽り、高値で売りつけていました。我々、十二聖徒は、この者の悪事を暴きました」

 

 露天商の手足を縛り、舌を噛み切れないよう、口に布切れを噛ませて固定する。

 そして、軽々と肩に担いだ。

 

「ツェーン、身柄を確保したので行きましょう」

 

 ノインが歩き出した。

 ツェーンはソルを一瞥し、何も言わずに立ち去った。

 

 *

 

 ——水都アクアレインの外。

 二人の十二聖徒は、近くの森へ向かって歩いていた。

 

 ツェーンが横目でノインを見た。

 

「来るのが遅いんだよ。ガキの前で危うくこのバカを殺すところだったじゃねぇか」

 

 ノインは眼鏡をかけ直した。

 

「珍しく苛立っていましたが、あの少年と何かあったのですか」

 

 ツェーンはため息をついた。

 

「脅しのつもりだったが、あいつはアタシの目をまっすぐ見つめて言いやがった」

 

「何を言われたのですか」

 

 ツェーンは小石を蹴り飛ばした。

 

「アタシのほうが、『悪人』だってよ」

 

 ふっ、とノインは笑う。

 

「正義や悪なんてものは、立場が違えば変わります。今さらではありませんか」

 

「今さら、か」

 

 それ以降、会話が途切れた。

 

 *

 

 ——人気のない森に入り、奥まで進んだところで二人は足を止めた。

 ノインは露天商を下ろし、口に噛ませた布切れを外した。

 

 露天商はガタガタと身震いした。

 

「これより、尋問を始めます」

 

 一拍置いて、続けた。

 

「聖女様を唆したのは貴様か」

 

「知りません——ッ!」

 

 ノインは露天商の太ももにナイフを突き刺す。

 

 露天商の絶叫が響き渡った。

 

「ノイン、アタシは引き続き聖女様の行方を探す。何かわかったら教えろ」

 

「わかりました」

 

 ツェーンはその場を立ち去った。

 ノインは露天商を見下ろし、冷笑を浮かべる。

 

「尋問を再開します」

 

 露天商は股間を濡らした。

 

 やがて、森の奥から声にならない声が漏れ聞こえてきた。

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