——ふたりは近場にあった飲食店で、少し早めの昼食を取っていた。
客の姿はまばらだった。
ソルはナイフとフォークで魚介フライを大きめに切り分け、口に運んで歯で噛み切る。
マーニは口の中のものを飲み込んでから声をかけた。
「さっきから何を怒っているの?」
「別に怒っていない」
その声には怒気が含まれていた。
マーニは静かに息を吐いた。
「ソルって昔から嘘が下手だよね。ツェーンが約束を守らなかったから怒っているの?」
ソルは魚介フライを頬張り、咀嚼しながら首を横に振った。
「それもあるが、自分でわかっていることをノインに指摘された」
口の中のものを飲み込み、続けた。
「あの時、身体が動いてしまったんだ。仕方ないだろう……」
ふたりの元に人影が音も立てずに近寄った。
ツェーンだった。
彼女は鼻で笑った。
「取り繕うなよ、ソル」
ふたりが目を丸くしてツェーンを見た。
ツェーンはハルバードを壁に立て掛け、同じ席に腰を下ろした。
マーニが冷たい口調で言った。
「他にも空いている席があります」
ツェーンはマーニを睨みつけた。
マーニは怯まず、視線を逸らさない。
「アタシも嫌われたもんだね」
ツェーンはイスの背にもたれ、ソルに視線を向けた。
「アタシと勝負しないか、ソル」
「勝負?」
「口入屋で森のヌシ討伐依頼を受けた。先にヌシを狩ったほうが勝ち。単純だろう?」
マーニが割って入った。
「ソル、相手にする必要ないよ」
だが、ソルの答えはマーニの期待に反するものだった。
「やる」
マーニは眉を八の字にした。
「ヌシ討伐なんて危ないよ」
ツェーンが身を乗り出し、笑った。
「確かにな。だが、森のヌシ程度で日和るようじゃ、エレメンティアに辿り着いても死ぬだけだ。そうだろう、ソル?」
マーニは腰を浮かせた。
ツェーンは不敵に笑った。
「なぜ知っているのか。不思議そうなツラをしているな。浄光教の情報網を甘く見るな」
マーニは力なくイスに座り直した。
「決まりだな」
ツェーンは店員に酒と料理を注文した。
マーニが恐る恐る尋ねた。
「あの人は、どうなったんですか?」
ツェーンは表情を変えずに嘘をついた。
「尋問はノインの担当だ。あのバカがどうなったのか、アタシは知らない」
マーニはツェーンの目をまっすぐ見つめた。
「先ほど、口入屋で依頼を受けたと仰いましたが、十二聖徒ですよね。いいんですか?」
ツェーンはうんざりした表情で答えた。
「さっきから質問が多いな。ヌシ討伐は許されてんだよ」
店員が酒と料理を並べ、足早に立ち去った。
ソルは魚介フライを咀嚼しながら、ツェーンに宣戦布告した。
「俺は強くなる。ツェーン、あんたには負けない」
ふっ、とツェーンは笑った。
「口先だけじゃないことを願っているよ」
その後、三人は無言で食事を済ませ、代金を支払って店を出た。
*
「——案内してやる。黙ってついてこい」
ツェーンの背にふたりは続いた。
*
——水都アクアレインから西へ、歩いて小一時間の場所に、目的地の森があった。
森は不気味なほど静かだった。
ツェーンが一歩前に出る。
「ヌシは巨大な獣だが、魔獣になっているかもな」
「魔獣?」
「いろんな肉を喰らった結果、堕ちた獣が魔獣と呼ばれている。魔物になる前に殺す必要がある」
ツェーンがふたりを一瞥した。
「お前らはふたりで旅をしているんだったな。ふたりで狩ることを許してやる」
ソルは拳を握り締めた。
マーニは優しく微笑んだ。
「ソルは、ひとりでやりたいんだよね」
「マーニ……?」
「私は手を貸さないよ。でも、本当に危なくなったら手を出すからね」
ソルは笑った。
「ありがとな、マーニ」
ツェーンはハルバードを持ち直し、腰を落とした。
「アタシを失望させるなよ、ソル」
土埃を立てて走り出した。
「行こう、マーニ!」
「うん!」
ツェーンが通った跡には、肉食獣の死骸が転がっていた。
ソルはそれらを一瞥した。
「ご丁寧に道案内かよ」
「それだけ、力に余裕があるってことだよ」
ふたりは走り続けた。
森の奥でツェーンは全長四メートルはあろう紅虎と戦っていた。
紅虎は大きくても全長三メートル。赤と黒の縞模様だが、ツェーンと交戦している紅虎は体毛が黒く染まり、尾を三本揺らしていた。
すでに魔獣と化していた。
魔獣の琥珀色の瞳が、ソルとマーニの姿を捉える。
森中に響き渡る勢いで咆哮した。
すると、茂みから五頭の紅虎が現れ、静かな足取りでふたりを取り囲んだ。
ソルは剣を抜き、盾を構えた。
「前言撤回だ! マーニ、俺が盾になる!」
マーニが頷き、詠唱を始めた。
「大地よ、敵を穿つ槍となれ」
紅虎たちの足元が揺れ、鋭利な岩が伸び、四頭の手足や腹を貫く。
マーニが剣を抜いた。
「ソル、一頭逃した」
ソルは後ろに飛び退いた一頭を追い詰める。
「任せろ!」
剣を振り下ろした。
だが、空を斬った。
その隙を見逃さなかった紅虎が爪を立てて飛び掛かる。
「させるかよっ!」
ソルは盾を振り払い、紅虎の頭を横に殴打した。
紅虎は大きくのけ反り、四肢をついて頭を振る。
「はあああぁぁぁあっ!」
気迫の籠った一撃が、紅虎の顔を深く斬り付けた。
次の瞬間、紅虎が大口を開け、ソルの右腕に噛み付いた。
ソルは激痛で顔を歪ませ、紅虎の顔を盾で何度もぶん殴る。
やがて、紅虎は力を失って倒れた。
ソルは馬乗りになり、盾を捨て、両手で剣を握ると、紅虎の喉元に刃を突き立てる。
マーニが慌てて駆け寄った。
「ソル、腕を見せて」
カバンから自家製の回復薬の小瓶を取り出す。
「飲んで」
栓を抜き、ソルに飲ませた。
傷口が跡形もなく塞がる。
「気分はどう? 立てる?」
ソルは立ち上がり、右手を動かして確認した。
「問題ない。マーニ、助かったよ」
「うん!」
その時、ふたりの足元に魔獣の首が転がってきた。
生気のない眼が、ふたりを見つめている。
顔を上げると、ツェーンが不敵な笑みを浮かべていた。
返り血を浴びても、その眼は揺れていなかった。
ソルは紅虎の喉元から剣を引き抜き、盾を拾い上げた瞬間——
ツェーンがハルバードを振り上げ、駆け出した。
「マーニ、離れろ!」
ツェーンがハルバードを振り下ろす。
ふたりが後ろへ飛び退くと、地面が割れた。
衝撃で空気が振動した。
「どういうつもりだ、ツェーン!」
「ソル、今のお前は弱い。だから、アタシが確かめてやってるんだよ」
ツェーンはハルバードを軽々と持ち上げ、値踏みするようにソルを見る。
「アタシに一撃でも当てることができれば見逃してやる。来い、ソル。アタシを愉しませろ!」
ソルは地を蹴り、ツェーンに立ち向かった。
「距離を詰めればアタシに勝てると思ったか。甘いっ」
ツェーンは全身を大きく揺らし、ハルバードを横に振った。
ソルは咄嗟に足を止めたが、鉤爪が胸当てに深く食い込んでいた。
「歯ぁ食いしばれ!」
ツェーンは横に一回転し、ソルを巨木目掛けて投げつけた。
「がはっ!」
ソルは背中をぶつけた。
その衝撃で木が大きく揺れる。
ソルはそのまま意識を失った——