世界の三分の二程を征服した頃、漆黒の異形の存在を知った。求めていた御方の情報とは違ったけれど、それでもそれは貴重な情報だった。あの白い鎧も、今の所はなりを潜めていたので、自ら現地に向かう事とした。
(……漆黒の異形、ですか。御方ならばその装備は漆黒ではあるけれども、その白磁の相貌の方が目に付く筈。なら、その異形とは……)
「……敵でなければ良いのですがね……」
もう、すっかりと疲弊しきっていた精神が、自然と口を開かせた。仲間には聞かせられない、弱り切った言葉を。続く戦いと、情報の無さが私に最悪の状況を予測させて。その事が、徐々に心を蝕んでいたから。
(御方は、既にこの世界にいらっしゃらないのではないか……?)
そんな思いが頭を過る度、必死に何度も打ち消して戦い続けていた日々。あの白い鎧という脅威もあって、常に警戒を続けていた事も疲弊の原因だ。二度目の襲来はまだ無いが、それも時間の問題のような気がしていた。
(まだ、嘗てのレベルには達していない今、またあの力に頼るのはあまりにも考え無しであるとしか言えませんしね……不確定要素が強過ぎる)
御方の存在を確認出来る迄は、生き延びねばならないのに。けれど、あの白い鎧を放置する訳にもいかない。だから、万が一、また襲われたなら。その際に、私自身のレベルが戻っていなかったら。私は躊躇わずにあの力を使うでしょう。悲願を達成する為に。
そんな事を考えていたら、目の前には未踏破の地。そして、混沌獣と戦っている漆黒の異形を目にした。
あぁ、この私が見間違える筈がない。何よりも美しい漆黒の毛並み。荘厳としか言い様のない、闇夜の色をした巨大な角。そして、翻る全ての光を吸収してでもいるかのような純粋な黒色をしたマント。
「……ウルベルト・アレイン・オードル様……!」
私の声に、混沌獣を蹂躙していたその御方は、驚いたような顔で振り返った。
「デミウルゴス……?お前、何でここに……?」
そう言いつつも、最後の一匹を倒して、周囲を見回して残敵のない事を確認してから私の方に全身で向き直る。
「モモンガさんは!?ナザリックはどうなっている!?」
駆け寄りながらそう仰るウルベルト様に、私は僅かに視線を逸らした。
「……この罅の影響で、大損害を受けております。モモンガ様は……」
「……。ナザリックには、居ないのか……。俺と同じ魔法詠唱者のモモンガさんが単独行動をしているのなら、何処かに潜んでいる可能性が高いな。異形である俺たちは、人間には敵視されているからな。大っぴらには動けないだろうさ」
ウルベルト様のその御言葉に、ハッとする。偉大なる御方であるからこそ、潜むなどの考えが思い至らなかった。てっきり、我々のように周辺国を支配しておられるかと思っていたのだ。
「ウルベルト様。でしたら、愚かな私にお教え下さい。モモンガ様は一体何処に……?」
ウルベルト様の御前に跪いてそう問えば、小首を傾げながら一瞬何かを考えるような素振りをされる。
「……俺と同じ、ならば。何処かの寒村か廃村辺りに潜んでるんじゃないか?俺もモモンガさんもこの獣たちくらいなら楽勝で倒せるが……魔法詠唱者のMPには限りがあるし、回復速度の問題もある。永遠に戦い続ける事が出来る訳じゃない。だから……味方が近くに来るまではMPを温存する為に必要最低限の戦いしかしない筈だ」
「ウルベルト様、ではウルベルト様も潜伏なさっていたのですか?」
そう訊ねると、ウルベルト様は私に手を差し伸べ、立つように促す。畏れ多かったが、その手を拒むなどあり得ない。私は素直にウルベルト様の御手を取り立ち上がる。
「そうだ。死亡による弱体化も避けたかったからな、極力目立たないように潜んでいた。殆どの街や村は滅びていたからな、情報も入らないし……迂闊に動けなかったんだ。幸い、俺は飲食も睡眠も不要になる指輪を装備していたからな。食糧を探しに行ったりもしていなかったし……余所者に厳しい今の情勢じゃあ、人化したとしても情報収集も出来やしないしな、正直、打つ手無しだった。……デミウルゴス、お前に会うまでは」
その御言葉に、胸が高鳴った。至高の御方で在らせられる、我が主ウルベルト・アレイン・オードル様のお役に立てる。ただ、それだけが私の悦び。
「左様でございますか。ウルベルト様のお役に立てるのであれば、これに勝る悦びはございません。……何なりとお申し付けください」
御前で一礼し、そう告げればウルベルト様は満足げに頷く。
「お前の拠点は今もナザリックか?」
「はい。……ただ、現在ナザリックは崩壊しており、嘗てのままではございませんが」
私の言葉に、ウルベルト様は顎に手をやり一瞬何かを考えていらっしゃるようだったが、再び口を開かれた。
「……今、俺が帰還しても問題無いか?」
「勿論でございます!至高の御方で在らせられるウルベルト様の帰還を望まない者は、ナザリックにおりません」
私の言葉に、ウルベルト様は微笑む。
「ならば、帰還して共にモモンガさんの探索を行う事としよう。お前達の知る情報を全て共有し、それからどう探すのかを改めて決めるとしようか」
「畏まりました。では<転移門>を開かせますので、一刻も早くナザリックへ帰還致しましょう。……厄介な外敵が居りますので」
あの白い鎧を思い出し、そう告げれば、ウルベルト様は一瞬此方を見たが、何も言わずに出現した<転移門>を潜ってくださった。
その後、ウルベルト様の発案で諜報部隊を編成し、密かに情報を集める事となった。未知の強敵である白い鎧の男の件も有り、私たち階層守護者が表立って行動する事は控えるようにと厳命されたのだ。また、逃走手段を確保した上で、階層守護者がナザリックの外に出る際はウルベルト様が同行する事となっていた。
本音を言えば、ウルベルト様にそのような危険な目に遭って欲しくは無いのだが、非力な私たちを単独行動させられないとまで言われてしまっては、折れるしか無かった。
「白い鎧の男の実力も気に掛かるからな。お前と私の二人がかりでどうなるかを見極めて……それでも倒せないようなら撤退して作戦を練り直せば良い」
と、ウルベルト様はそうも仰っていた。対人戦に優れたウルベルト様だからこそ、撤退戦の技術も巧みなのは容易に想像がつく。相手が白い鎧の男単騎であれば、どのような強大な力を持っていようとも戦線離脱する事は可能なのだろう。問題なのは、奴のような力を持った者が複数存在した場合だが……。
(そう、例えば至高の御方達のような力を持った敵が、複数居たなら……)
それでも、悪魔を召喚し、一瞬でも足止めが出来たなら、ウルベルト様は敵前から離脱出来ると仰っていた。”課金アイテム”を使えば、それも可能だと。それを聞いて、私はウルベルト様が撤退なさる際の時間を必ずや作ってみせると誓った。
(モモンガ様……。ウルベルト様もいらっしゃるのです。必ずや御身を……!)
遠くない日。我々はナザリックの主であるモモンガ様をお迎え出来るだろう。そう思うと、目の前が明るくなったような気がした。ウルベルト様の御帰還までは、微かな希望であったそれが、まるで灯火の如く勢いを増した事によって。
「行こう、デミウルゴス。モモンガさんを迎えに」
ウルベルト様のその御言葉に、胸が弾んだ。
「はい、ウルベルト様」
私はそう応え、ウルベルト様をお守りすべく先頭に立つとナザリックを後にした。未だ見ぬ地にいらっしゃるであろう、モモンガ様を迎えに行く為に。
END