夏雪草が帰る場所   作:Bestmeever

13 / 17
帰る場所
第12話 三分だけ


カズデルを離れてから、四年ほどが過ぎた。

 

あの日を境に、バベルと軍事委員会の距離が元に戻ることはなかった。

 

初めの頃こそ小さな衝突が中心だったが、それも少しずつ増えている。

 

俺が任務へ出る回数も増えた。

 

護衛や偵察、行方不明者の捜索。

 

危険な場所から住民を逃がすこともある。

 

それでも、船へ戻れば知っている顔がいた。

 

テレジア。

 

ケルシー。

 

アスカロン。

 

昔からいる奴も、新しく加わった奴もいる。

 

だから、カズデルを離れたという感覚はあっても、居場所を失ったと思ったことはなかった。

 

そんなある日。

 

「セラスティア、少しいいかしら?」

 

テレジアに呼び止められた。

 

「いいけど」

 

「会ってほしい人がいるの」

 

「俺に?」

 

「ええ」

 

珍しい。

 

誰かを紹介されること自体はあるが、わざわざテレジア本人に呼ばれたのは久しぶりだった。

 

「誰?」

 

「来れば分かるわ」

 

「言ってくれてもいいだろ」

 

「その方が面白いでしょう?」

 

「そういうことするようになった?」

 

テレジアが楽しそうに笑う。

 

結局、俺はそのまま彼女の後についていった。

 

◇

 

部屋にはケルシーがいた。

 

もう一人。

 

見覚えのない人物が椅子に座っている。

 

服装からして戦闘員ではない。

 

少なくとも、強そうには見えなかった。

 

「連れてきたわ」

 

テレジアが言うと、見知らぬ人物がこちらを見る。

 

その視線だけが妙に印象に残った。

 

眠そうにも見える。

 

疲れているようにも見える。

 

それなのに俺を見た瞬間だけ、観察されているような感覚がした。

 

「セラスティアだ」

 

ケルシーが紹介する。

 

「戦闘と護衛を担当している。現場での判断も任せられる」

 

「随分ちゃんと紹介するな」

 

「事実を述べただけだ」

 

「悪いところも言う?」

 

「必要なら言う」

 

「やめて」

 

初対面の相手の前で聞きたくない。

 

見知らぬ人物の口元が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。

 

「それで」

 

俺はそいつを見る。

 

「誰?」

 

「ドクター」

 

ケルシーが答えた。

 

「……名前は?」

 

「今はそれでいい」

 

本人が言う。

 

やっと声を聞いた。

 

落ち着いている。

 

ただ、どこか長い間誰とも話していなかった人間みたいな、不思議な間があった。

 

「変わった呼び方だな」

 

「セラスティアに言われたくないと思うわ」

 

「俺?」

 

テレジアを見る。

 

「どうして?」

 

「何でもないわ」

 

絶対何かある顔だった。

 

問い詰めようとしたところで、ケルシーが机の上へ資料を広げる。

 

「話を進めるぞ」

 

「はいはい」

 

「返事は一度でいい」

 

「それ、前も聞いた」

 

ケルシーを横目で見る。

 

その隣で、ドクターはすでに資料へ視線を落としていた。

 

「この人も行くの?」

 

「その予定だ」

 

「戦える?」

 

「ほぼ期待するな」

 

「本人の前で言う?」

 

「事実だ」

 

ドクターは特に気にしていないらしい。

 

資料を見たまま口を開く。

 

「だから君がいる」

 

「俺?」

 

「護衛だ」

 

なるほど。

 

俺はもう一度ドクターを見る。

 

細い。

 

少なくとも、前に立って戦わせる相手じゃない。

 

「何かあったら、俺のそばから離れないで」

 

「それは困る」

 

即座に返された。

 

「何で?」

 

「必要なら離れてもらう」

 

「護衛なんだけど」

 

「私を守るために、私の隣に居続ける必要があるとは限らない」

 

初対面から、妙なことを言う。

 

「その時になれば分かる」

 

「分からなかったら?」

 

「その時は説明する」

 

「できれば先にしてほしいんだけど」

 

ドクターは答えず、資料へ視線を戻した。

 

◇

 

任務自体は難しくない。

 

そのはずだった。

 

バベルが使っている小さな観測拠点から、記録と人員を回収する。

 

軍事委員会側の巡回経路が変わった可能性があり、このまま置いておくには危険になったらしい。

 

俺とドクター。

 

それに数人の護衛。

 

合わせても十人に届かない。

 

「こっちでいいの?」

 

歩きながら聞く。

 

予定していた道から外れている。

 

「問題ない」

 

先頭近くを歩くドクターが答える。

 

「でも遠回りだろ」

 

「予定していた経路には、少なくとも十二人が通った跡がある」

 

「見たの?」

 

「ああ」

 

気づかなかった。

 

正確には、人が通った跡があることには気づいていた。

 

人数までは数えていない。

 

「敵とは限らないだろ」

 

「そうだ。だから逃げているわけではない」

 

ドクターが少し先を指す。

 

「こちらから観測拠点へ向かえば、北側の高所を確認できる。誰かがいるなら先に把握できる」

 

「いなかったら?」

 

「遠回りしただけだ」

 

「結構歩くんだけど」

 

「運動になる」

 

思わず振り返った。

 

冗談なのか。

 

顔を見ても分からない。

 

「今の、冗談?」

 

「どちらだと思う?」

 

「……面倒くさいな」

 

後ろで護衛の一人が笑った。

 

◇

 

結局、遠回りは無駄ではなかった。

 

「いたな」

 

岩陰から北側を見る。

 

人影。

 

十人。

 

いや。

 

もっといる。

 

装備を見る限り、軍事委員会側だ。

 

観測拠点との距離も近い。

 

「十二より多くない?」

 

「増えたらしい」

 

「外した?」

 

「情報が更新された」

 

物は言いようだ。

 

「観測班は?」

 

「まだ中にいるはずだ」

 

ドクターが地形を見る。

 

正面には敵。

 

こちらは人数で負けている。

 

俺一人で突っ込めば、倒せなくはない。

 

でも、ドクターと他の連中を守りながらになる。

 

「俺が前に出る」

 

「待て」

 

「何?」

 

「まだ行くな」

 

止められた。

 

「このまま待ってたら向こうが先に観測拠点へ着くよ」

 

「だから、先に入る」

 

「どうやって?」

 

ドクターが指したのは、敵がいる方ではなかった。

 

反対側の崖。

 

その下に細い道がある。

 

「そこから二人だけで行く」

 

「二人?」

 

「君と私だ」

 

思わず見る。

 

「戦えないんだよな?」

 

「ああ」

 

「何で来るの?」

 

「中の記録を確認する必要がある」

 

「俺が持って帰るよ」

 

「何を持ち帰るべきか、君に判断できるなら任せる」

 

言葉に詰まる。

 

できない。

 

「……分かった」

 

結局、二人で行くことになった。

 

◇

 

観測拠点へ着いた時、中にいたのは三人だった。

 

そのうち一人が怪我をしている。

 

足をやられていた。

 

「予定より早いな」

 

俺が言うと、観測班の一人が首を振る。

 

「昨日から巡回が増えている。ここも見つかった可能性が高い」

 

嫌な予感がした。

 

外を見る。

 

まだ姿はない。

 

でも、時間はない。

 

ドクターはすぐに記録へ目を通し始めた。

 

「持ち出す資料を絞る。すべて運ぶ必要はない」

 

「どれくらいかかる?」

 

「二分」

 

短い。

 

本当に二分ほどで、持ち出すものが決まった。

 

「行くぞ」

 

怪我人を背負おうとする。

 

その時。

 

外から音がした。

 

足音。

 

複数。

 

「早いな」

 

俺は剣を抜く。

 

入口から覗く。

 

敵。

 

さっき見た連中の一部が、こちらへ向かっている。

 

「セラスティア」

 

「分かってる。ここで止める」

 

「違う」

 

背後から声が飛んだ。

 

「西へ行け」

 

振り返る。

 

「何?」

 

「建物の裏を抜けて、西側の高所へ回れ」

 

「俺が?」

 

「そうだ」

 

「その間ここは?」

 

「私たちだけになる」

 

「それ駄目だろ」

 

さっき俺に護衛を任せたばかりじゃないか。

 

「正面で君が戦えば、敵はここへ集まる」

 

ドクターは地図を指でなぞる。

 

「西側の高所からなら敵の後方へ出られる。そこに通信役がいるなら、増援を呼ばれる前に止められる」

 

「いるか分からないだろ」

 

「分からない。だが、巡回人数が急に増えたなら連絡手段は持っている可能性が高い」

 

外へ目を向ける。

 

敵はすぐそこまで来ている。

 

「でも、俺が離れたら――」

 

「奴らはこの拠点を壊しに来ているわけじゃない」

 

「何で分かる?」

 

「見つけてすぐ攻撃してこなかった。周囲を固めながら入口へ寄っている」

 

ドクターの指が地図上の建物を軽く叩く。

 

「おそらく目的は、中の人間か記録の確認だ。いきなり建物ごと潰すつもりなら、とっくに遠距離から攻撃している」

 

確かに。

 

敵は慎重に近づいている。

 

「だから三分は持つ?」

 

「必ずとは言わない」

 

ドクターが俺を見る。

 

「それでも、正面で戦い続けて包囲されるより可能性は高い」

 

怪我人。

 

戦えないドクター。

 

観測班。

 

俺がいれば、ここで守れる。

 

その方がずっと分かりやすい。

 

「セラスティア」

 

もう一度呼ばれる。

 

「君がここに残れば、全員で囲まれる」

 

その声に迷いはなかった。

 

「三分だけ、ここから離れてくれ」

 

今日会ったばかりだ。

 

信用する理由なんて、ほとんどない。

 

でも。

 

ここへ来るまで、こいつは俺が見落としたものを何度も拾っていた。

 

「……三分だからな」

 

「ああ」

 

「危なくなったら逃げろよ」

 

「善処する」

 

「それ、ケルシーが嫌いな返事だよ」

 

初めて、ドクターがはっきり笑った気がした。

 

俺は走り出した。

 

◇

 

西側の高所までは、二分とかからなかった。

 

下を見る。

 

予想通り。

 

敵の後ろへ出た。

 

その中に、一人だけ戦わず通信機器を触っている奴がいる。

 

「本当にいた」

 

少し腹が立つ。

 

当てられたことに。

 

飛び降りる。

 

着地と同時に距離を詰め、通信機器を蹴り飛ばす。

 

「な――」

 

驚いた相手の武器を弾く。

 

そのまま地面へ倒す。

 

周囲が俺に気づく。

 

三人。

 

四人。

 

一斉にこちらを向いた。

 

正面。

 

観測拠点からも音がする。

 

なるほど。

 

挟める。

 

こっちに意識を向ければ、拠点から離れる。

 

俺を無視すれば、後ろから崩せる。

 

敵にとっては嫌な位置だ。

 

あいつ、最初からこれを狙っていたのか。

 

一人が向かってくる。

 

受ける。

 

流す。

 

倒す。

 

次。

 

その途中。

 

視界の端に弓が見えた。

 

狙っている先は観測拠点。

 

「……!」

 

身体が先に動いた。

 

近くの敵を蹴り飛ばし、弓兵へ向かう。

 

予定していた位置から外れる。

 

矢が放たれた。

 

間に入る。

 

剣で弾く。

 

「セラスティア!」

 

遠くから声がした。

 

誰のものかは分からない。

 

弓兵を倒す。

 

その瞬間、敵の動きが変わった。

 

後退を始める。

 

「……何?」

 

追おうとして。

 

やめた。

 

深追いするな。

 

それは何度も言われている。

 

観測拠点を見る。

 

ドクターたちが建物から出てくる。

 

俺たちが入ったのとは別の道へ向かっていた。

 

退路。

 

本当に作っていた。

 

「三分」

 

小さく呟く。

 

少しだけ笑ってしまった。

 

◇

 

合流したのは、さらに少し先だった。

 

「怪我は?」

 

俺が聞く。

 

「ない」

 

ドクターが答える。

 

観測班も全員いる。

 

足を怪我した奴は、別の護衛に肩を貸してもらっていた。

 

「こっちも大丈夫」

 

「見れば分かる」

 

「じゃあ聞くなよ」

 

言ってから、一つ思い出す。

 

「俺、途中で指示された位置から外れたけど」

 

「ああ」

 

「気づいてた?」

 

「弓兵だろう」

 

「見えてたの?」

 

「完全には。ただ、君が予定より東へ動いた。理由があると思った」

 

少し黙る。

 

「怒らないんだ」

 

「なぜ?」

 

「指示通りじゃなかったから」

 

ドクターは前を向いたまま答える。

 

「私が欲しいのは、命令だけを守る人間ではない」

 

「……」

 

「全員を生きて戻すことが目的だ。状況が変わったなら、判断も変えればいい」

 

その言葉は、思っていたよりすんなりと入ってきた。

 

「ただし」

 

こちらを見る。

 

「次からは可能なら報告してくれ」

 

「戦ってる最中に?」

 

「可能なら、と言った」

 

「それなら」

 

少し考える。

 

「努力する」

 

「十分だ」

 

しばらく並んで歩く。

 

「ドクター」

 

「何だ?」

 

「次に俺を三分どこかへ行かせる時は、先に理由を教えて」

 

「時間があれば」

 

「なかったら?」

 

「今日と同じだ」

 

「また信じろって?」

 

ドクターはしばらくこちらを見た。

 

それから、前へ視線を戻す。

 

「一度成功した」

 

「一回だけだろ」

 

「なら、二回目の方が簡単だ」

 

「そういうもの?」

 

「少なくとも私はそう考える」

 

返す言葉が思いつかなかった。

 

◇

 

船へ戻った頃には、空が暗くなっていた。

 

報告を終えて廊下へ出る。

 

そこにテレジアがいた。

 

「おかえりなさい」

 

「ああ。ただいま」

 

自然に返す。

 

テレジアは俺の後ろを見る。

 

少し離れたところで、ドクターがケルシーに捕まっていた。

 

報告の続きをさせられているらしい。

 

「どうだった?」

 

「何が?」

 

「ドクターよ」

 

「ああ」

 

少し考える。

 

戦えない。

 

妙なことを言う。

 

人を勝手に危ないところへ走らせる。

 

説明も足りない。

 

でも。

 

俺が指示と違う動きをしても、結果だけを見て責めなかった。

 

それに。

 

三分で、本当に全員を連れ出した。

 

「変な奴」

 

「それだけ?」

 

テレジアが笑う。

 

「面倒くさいし」

 

「セラスティアと気が合いそうね」

 

「どこが?」

 

「何となく」

 

納得できない。

 

もう一度、ドクターの方を見る。

 

ケルシーに何か言われている。

 

こちらに気づいた。

 

一瞬だけ目が合う。

 

ドクターが軽く手を上げた。

 

俺も何となく返す。

 

今日初めて会ったばかりだ。

 

まだ、どんな奴なのかも分からない。

 

ただ。

 

もし次に、あいつが何かを見て。

 

俺に行けと言ったなら。

 

その時は一度くらい。

 

理由を聞く前に動いてみてもいい。

 

そんなことを思った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。