夏雪草が帰る場所   作:Bestmeever

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第13話 帰ってきた2人

ドクターが船を離れてから、しばらく経った。

 

最初に聞いた時は、任務かと思った。

 

でも違った。

 

テラを自分の目で見て回りたい。

 

そんな理由だったらしい。

 

「一人で?」

 

そう聞いた俺に、ケルシーはいつもの顔で答えた。

 

「本人がそう決めた」

 

「危なくない?」

 

「危険がないとは言わない」

 

「止めなかったの?」

 

「私が止めれば、あれが必ず従うと思っているのか?」

 

「……思ってない」

 

それで話は終わった。

 

ドクターとは、それまで何度か任務で一緒になっていた。

 

最初に組んだ時ほど、いちいち指示の理由を聞くこともなくなった。

 

こいつが行けと言うなら、たぶん何か見えている。

 

それくらいには信用するようになっていた。

 

だから。

 

出ていくなら、そのうち帰ってくるだろうと思っていた。

 

◇

 

「帰ってきた?」

 

廊下で呼び止められた俺は、思わず聞き返した。

 

目の前にいるアスカロンが頷く。

 

「ドクター」

 

「今日?」

 

「さっき」

 

思っていたより急だった。

 

「テレジアは?」

 

「迎えに行ってる」

 

「ケルシーは?」

 

「そわそわしてる」

 

「ケルシーが?」

 

想像できない。

 

アスカロンが少し考える。

 

「いつもより歩くのが速い」

 

「それをそわそわしてるって言う?」

 

「ケルシーなら」

 

「……まあ、分からなくもないけど」

 

俺たちは並んで歩き出す。

 

久しぶりに顔を見るくらいなら、急ぐ必要もない。

 

そう思っていた。

 

「もう一人いる」

 

アスカロンが言うまでは。

 

「もう一人?」

 

「女の子」

 

「ドクターが連れてきた?」

 

「うん」

 

足が少しだけ速くなる。

 

「何それ。アスカロンも見たの?」

 

「遠くからだけ」

 

「どんな子?」

 

アスカロンは少し考える。

 

「小さい。耳が長かった」

 

「コータス?」

 

「たぶん」

 

情報が少ない。

 

結局、直接見た方が早そうだった。

 

◇

 

外へ出ると、すぐに見つかった。

 

テレジア。

 

ドクター。

 

そして、知らない小さな女の子。

 

女の子はテレジアの腕の中で眠っていた。

 

長い耳が、歩くたびに小さく揺れている。

 

「本当にいた」

 

「言った」

 

「疑ってたわけじゃないよ」

 

近づく。

 

先にこちらへ気づいたのはドクターだった。

 

「セラスティア」

 

「久しぶり」

 

「ああ」

 

少しだけ、顔つきが変わった気がした。

 

痩せたというより、疲れている。

 

それなのに、以前よりも目が外を向いているようにも見えた。

 

何となく。

 

それが気になった。

 

「随分、意外な子を連れて帰ってきたな」

 

女の子を見る。

 

ドクターもそちらを見た。

 

「アーミヤだ」

 

「アーミヤ」

 

名前を口にする。

 

まだ眠っている。

 

「どうしたの?」

 

聞くと、ドクターは少しだけ間を置いた。

 

「旅の途中で出会った」

 

それだけでは説明になっていない。

 

たぶん、簡単に話せることでもないのだろう。

 

近くで見ると、少女の身体には治療の痕跡があった。

 

鉱石病。

 

それくらいは俺にも分かる。

 

「……そう」

 

それ以上は聞かなかった。

 

テレジアがアーミヤを抱き直す。

 

「長い旅だったみたい。まずは休んでもらいましょう」

 

「テレジアもずっと抱いてたら疲れるだろ」

 

「このくらい大丈夫よ」

 

「俺が代わる?」

 

「起こしてしまわない?」

 

「そんな雑に持たないよ」

 

手を伸ばそうとする。

 

その瞬間。

 

アーミヤの目が開いた。

 

「……ん……」

 

全員が止まる。

 

小さな目がゆっくり開いて、最初にテレジアを見る。

 

次に、一番近くにいた俺。

 

「……」

 

見つめ合う。

 

「……こんにちは」

 

とりあえず挨拶した。

 

アーミヤは何も言わない。

 

俺の顔をじっと見ている。

 

「セラスティア」

 

テレジアが小さく笑う。

 

「もう少し優しい顔をしたら?」

 

「普通の顔だけど」

 

「怖がらせてる」

 

「そんなに?」

 

アーミヤを見る。

 

少しだけ、テレジアの服を握る手に力が入った気がした。

 

地味に傷つく。

 

「俺、何もしてないのに」

 

「顔の問題じゃない?」

 

アスカロンが横から言う。

 

「お前まで言う?」

 

そのやり取りを見ていたアーミヤの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。

 

「あ」

 

俺が声を出すと、すぐに口元を隠される。

 

「今笑った?」

 

「……笑ってません」

 

初めて聞いた声だった。

 

思っていたよりしっかりしている。

 

「笑ったよな?」

 

アーミヤは答えず、テレジアの服へ少しだけ顔を隠した。

 

横を見る。

 

アスカロンが頷く。

 

見間違いではないらしい。

 

テレジアが楽しそうに笑っている。

 

その少し後ろで、ドクターの口元も僅かに緩んでいた。

 

俺は何も言わないことにした。

 

◇

 

アーミヤの検査が始まった。

 

俺にできることはない。

 

廊下の壁に寄りかかって待っていると、少ししてドクターが出てきた。

 

「終わった?」

 

「まだだ」

 

「じゃあ何で出てきたの?」

 

「ケルシーに追い出された」

 

「何したんだよ」

 

「何もしていない」

 

「本当に?」

 

「アーミヤの横に立っていただけだ」

 

それで邪魔だと言われたらしい。

 

何となく想像できた。

 

俺の隣へドクターが立つ。

 

しばらく、二人で黙る。

 

「元気なの?」

 

俺から聞いた。

 

「誰が?」

 

「アーミヤ」

 

ドクターの顔から、僅かに力が抜けた。

 

「今すぐどうこうという状態ではない」

 

「そっか」

 

「だが、感染はしている」

 

「ああ」

 

「旅を続けながら私にできることには限界があった。だから戻ってきた」

 

いつものドクターなら、もう少し簡単に話した気がする。

 

今は一つ一つ、言葉を選んでいた。

 

「大事なんだ」

 

何となく言った。

 

ドクターはこちらを見る。

 

「アーミヤ」

 

少し間があった。

 

「ああ」

 

短い返事。

 

でも、それで十分だった。

 

「じゃあ大丈夫」

 

「何がだ?」

 

「ここなら、ケルシーもいる。テレジアもいる」

 

少し考える。

 

「俺もいるし」

 

「最後のは必要か?」

 

「ひどくない?」

 

「治療はできないだろう」

 

「それ以外ならできる」

 

「例えば?」

 

聞かれる。

 

困った。

 

「……荷物持つとか」

 

ドクターが黙る。

 

「何?」

 

「変わらないなと思っただけだ」

 

「久しぶりに会って最初にそれ?」

 

「安心した」

 

「褒めてる?」

 

「一応」

 

分かりにくい。

 

でも、以前と同じやり取りができたことに少しだけ安心した。

 

◇

 

検査が終わったアーミヤは、思っていたより元気だった。

 

「ここが食堂よ」

 

テレジアがそう言って、入口の脇へ寄る。

 

アーミヤが興味深そうに中を覗き込んだ。

 

ドクターはケルシーに捕まったまま。

 

どうやら久しぶりに戻ってきた分、話すことが山ほどあるらしい。

 

俺は偶然通りかかっただけだった。

 

「セラスティア」

 

テレジアに呼び止められるまでは。

 

「何?」

 

「ちょうどよかったわ」

 

嫌な予感。

 

最近、この言葉を聞くと仕事を頼まれることが多い。

 

「何すればいい?」

 

「何もしなくていいわよ」

 

「本当?」

 

「そんなに疑わなくても」

 

テレジアが苦笑する。

 

その隣で、アーミヤが俺を見ていた。

 

さっきほど警戒してはいない。

 

「アーミヤ。この人がセラスティア」

 

「さっき聞きました」

 

「そうだったわね」

 

テレジアが俺を見る。

 

「よかったら、少し一緒に回ってくれる?」

 

「俺も?」

 

「ええ。嫌?」

 

「別に」

 

アーミヤを見る。

 

「俺でいいなら」

 

「……お願いします」

 

随分丁寧だ。

 

「そんな固くならなくていいよ」

 

「ですが……」

 

「普通でいいって」

 

「普通……」

 

難しそうな顔をされた。

 

どうやら、そっちの方が難しいらしい。

 

◇

 

船の中を歩く。

 

医療区画。

 

倉庫。

 

訓練場。

 

アーミヤはどこへ行っても、周りをよく見ていた。

 

「ここで皆さんが暮らしているんですか?」

 

「そうだよ」

 

「セラスティアさんも?」

 

「ああ」

 

「ずっと?」

 

「ずっとではないかな」

 

昔。

 

まだこの船が俺たちのものですらなかった頃。

 

カズデルにいた頃。

 

もっと昔。

 

いろんな場所を歩いた。

 

でも、それを今全部話す必要はない。

 

「今はここにいるよ」

 

「そうなんですね」

 

アーミヤが頷く。

 

その少し先から、声が飛んできた。

 

「セラスティア!」

 

見る。

 

構成員の一人が箱を抱えていた。

 

「悪い、これ後で運ぶの手伝ってくれ!」

 

「また?」

 

「頼む!」

 

「分かったよ」

 

手を上げる。

 

隣を見ると、アーミヤが俺を見ていた。

 

「どうした?」

 

「よく頼まれるんですね」

 

「……そう見える?」

 

「はい」

 

後ろから、テレジアの笑い声が聞こえた。

 

「皆、セラスティアを頼りにしているのよ」

 

「便利に使われてるだけじゃない?」

 

「それも信頼の形でしょう?」

 

「絶対違う」

 

アーミヤがまた笑った。

 

今度は隠さなかった。

 

◇

 

訓練場の前を通った時、アーミヤの足が止まった。

 

中では何人かが訓練している。

 

剣。

 

槍。

 

弓。

 

それぞれ違う武器を使っていた。

 

「怖い?」

 

聞いてみる。

 

アーミヤは少し迷ってから頷いた。

 

「……少しだけ。でも」

 

訓練場を見る。

 

「皆さん、誰かを守るために戦っているんですか?」

 

思わずテレジアを見る。

 

彼女は何も言わない。

 

ただ、アーミヤを見ていた。

 

「それだけじゃないと思うよ」

 

俺が答える。

 

「違うんですか?」

 

「金のために戦う奴もいるし、自分が生きるために戦う奴もいる」

 

アーミヤが俺を見る。

 

「セラスティアさんは?」

 

「俺?」

 

少し考える。

 

「その時によるかな」

 

「その時?」

 

「仕事だからって時もあるし、頼まれたからって時もある。守りたいものがある時もある」

 

「たくさんあるんですね」

 

「まあな」

 

アーミヤは少し考えてから、柔らかく笑った。

 

「いいですね」

 

「そう?」

 

「はい」

 

何がそんなにいいのかは分からない。

 

でも、否定する理由もなかった。

 

「そうかもな」

 

それだけ返した。

 

◇

 

案内が終わる頃、ドクターがこちらへ歩いてきた。

 

その後ろにはケルシーもいる。

 

「ドクター!」

 

アーミヤの顔が明るくなる。

 

そのまま走っていく。

 

ドクターが立ち止まった。

 

「検査はどうだった?」

 

「大丈夫でした!」

 

「正確には、継続的な経過観察と治療が必要だ」

 

すぐ後ろからケルシーが補足する。

 

アーミヤの表情が少しだけ曇った。

 

「だが、今すぐ状態が悪化する兆候はない。必要以上に不安になることはない」

 

「……はい!」

 

今度はさっきより明るい返事だった。

 

ドクターがアーミヤの頭へ手を置く。

 

慣れているようで、少しぎこちない。

 

「楽しかったか?」

 

「はい。テレジアさんに、いろんなところを案内してもらいました」

 

ちらりと俺を見る。

 

「セラスティアさんにも」

 

「俺はついて歩いてただけだけど」

 

「それでもです」

 

真面目だ。

 

「セラスティア」

 

ドクターがこちらを見る。

 

「ありがとう」

 

「別に」

 

手を軽く振る。

 

「今度何か奢って」

 

「何がいい?」

 

「本当に奢るの?」

 

「礼が欲しいんだろう?」

 

「冗談だったんだけど」

 

「なら取り消す」

 

「待って。それはそれでもったいない」

 

「セラスティア」

 

ケルシーの声。

 

「何?」

 

「子供の前でたかるな」

 

「たかってないよ」

 

横でアーミヤが笑う。

 

テレジアも笑っている。

 

ドクターは少し呆れている。

 

久しぶりに帰ってきた奴。

 

今日初めて会った子。

 

それを迎えたテレジア。

 

いつも通りのケルシー。

 

気づけば、廊下に人が増えていた。

 

「アーミヤ」

 

テレジアが呼ぶ。

 

「はい?」

 

テレジアはアーミヤの前へしゃがむ。

 

同じ高さで目を合わせた。

 

「改めて」

 

優しく笑う。

 

「ようこそ、バベルへ」

 

アーミヤは少しだけ目を見開いた。

 

それから、ゆっくり笑った。

 

「はい」

 

長い耳が小さく揺れる。

 

「よろしくお願いします」

 

その言葉を聞いて。

 

何となく思った。

 

この子も、これから何度もこの廊下で見かけるようになるのだろう。

 

名前を呼ばれて。

 

誰かを呼んで。

 

そんな当たり前の一人になっていく。

 

「セラスティアさん」

 

「何?」

 

早速、呼ばれた。

 

「今度、訓練場のことも教えてください」

 

「俺が?」

 

「はい」

 

「いいけど」

 

「ありがとうございます!」

 

随分、嬉しそうに笑う。

 

まだ今日会ったばかりなのに。

 

「……まあいいか」

 

「何がですか?」

 

「何でもない」

 

少し先で、テレジアが笑っていた。

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