夏雪草の話をしてから、しばらく経った。
ここ最近、ドクターを食堂で見かけることが減った。
いなくなったわけではない。
廊下を歩いていれば時々すれ違うし、作戦室を覗けば大抵いる。研究区画にいることもあるらしい。
ただ、いつ見ても書類や地図、誰かの報告書を抱えていた。
すれ違った時に声を掛けても、軽く手を上げるだけでそのまま通り過ぎていくことも増えた。
前はもう少し、どうでもいい話をしていた気がする。
「セラスティアさん」
名前を呼ばれて振り返る。
アーミヤがいた。
「どうした?」
「ドクターを見ませんでしたか?」
「ドクター?」
「はい。お昼からずっと探しているんですけど……」
少し考える。
「朝、作戦室にいたよ」
「朝ですか……」
「今はいない?」
「はい。ケルシー先生にも聞いたんですけど、研究室にもいないみたいで」
またどこかで仕事をしているんだろう。
最近はそんなことばかりだ。
「急ぎ?」
「急ぎではないんですけど」
アーミヤが持っていた紙を胸元へ寄せる。
「少しだけ、一緒に見てもらいたいものがあって」
「じゃあ探す?」
「いいんですか?」
「俺も暇だし」
本当は暇ではない。
あとで確認する予定の装備がある。
でも、急ぎでもない。
「ありがとうございます!」
アーミヤが笑う。
一緒に歩き出した。
◇
結局、ドクターは作戦室にも研究区画にもいなかった。
医療区画や食堂、格納庫まで覗いたが、どこにもいない。
「どこ行ったんだ?」
「ドクター、時々こういうことがあるんです」
「こういうこと?」
「誰にも言わずに、ふらっといなくなるんです。でも見つけると、大体何か調べていて」
「仕事?」
「はい」
アーミヤが少し困ったように笑う。
「前は、もっと色々なところに行っていたんですけど」
「色々?」
「お散歩したり、面白い石を見つけたり。動物を見に行ったり」
想像する。
あまり似合わない。
「ドクターが?」
「はい!」
随分楽しそうに言う。
「レム・ビリトンにいた時は、私よりドクターの方が寄り道していたくらいです」
「へえ」
「でも最近は……」
アーミヤの歩く速度が少し落ちる。
「仕事ばかりです」
その声は少し寂しそうだった。
「忙しいんじゃない?」
「そうだと思います」
すぐに返ってくる。
「バベルも大変ですから」
それ以上は言わなかった。
俺も何となく聞かなかった。
曲がり角を抜けると、甲板へ続く通路の向こうに人影が見えた。
「あ」
アーミヤが指差す。
「ドクター!」
いた。
壁際の簡易机に資料を広げている。
横には端末があり、椅子もあるのに座っていない。立ったまま、紙へ何かを書き込んでいた。
「何でこんなところで仕事してるの?」
声を掛ける。
ドクターが顔を上げた。
「見つかったか」
「探してたの知ってた?」
「知らない」
「じゃあ何でそういう言い方なんだよ」
「最近よく探されるからだ」
悪びれない。
アーミヤがドクターのところまで走る。
「ずっと探してたんですよ」
「すまない」
「ケルシー先生にも言わずにいなくなったら、心配します」
「次は伝える」
素直だ。
本当に次からやるかは怪しい。
「何してたの?」
机を見る。
地図に数字、いくつかの部隊名が書き込まれている。
「作戦の確認だ」
「次の?」
「次だけじゃない」
ドクターが紙を一枚持ち上げる。
「この前の作戦で使った退路を、別の地域でも応用できないか確認していた。補給線の取り方も少し変えられる」
「今やる必要ある?」
「思いついた時に残しておかないと忘れる」
「それは分かるけど」
近づいた時、ふとドクターの左腕が目に入った。
袖の下から包帯が覗いている。
「腕」
ドクターの手が止まった。
「何?」
「怪我してる?」
視線を向ける。
「ああ」
自分の腕を見て、まるで今思い出したみたいに答えた。
「少し」
「任務で?」
「研究中だ」
研究。
何の研究だ。
そう聞こうとしたところで、アーミヤが紙を差し出した。
「ドクター、これを見てもらいたかったんです」
「ああ」
ドクターが受け取る。
「どれ?」
すぐに表情が変わる。
仕事を見る顔。
アーミヤが隣へ立ち、二人で紙を覗き込んだ。
俺はもう一度だけ、袖の下の包帯を見る。
研究中。
それ以上の説明はなかった。
◇
その日の夕方。
俺は格納庫で装備の確認を終えていた。
予定より少し遅くなり、廊下へ出て食堂へ行くか部屋へ戻るか考えていた時だった。
「ドクター!」
遠くから声がした。
アーミヤだ。
ただ、いつもの呼び方ではない。
考えるより先に走る。
声がした方へ向かうと、甲板へ続く扉が開いていた。
外へ出る。
最初にアーミヤが見え、その前には人が倒れていた。
「ドクター!」
駆け寄る。
「セラスティアさん!」
アーミヤがこちらを見る。
顔が青い。
「急に……急に倒れて……!」
「どいて」
しゃがむ。
呼吸はある。
脈もある。
意識はない。
「ドクター」
肩を軽く叩く。
反応なし。
「医療室へ――」
言いかけた時、
「アーミヤ!」
別の声が飛んできた。
Aceだった。
こちらへ走ってくる。
倒れているドクターを見るなり、その場に膝をついた。
「意識は?」
「ない。呼吸と脈はある」
「分かった」
Aceがドクターの身体へ腕を回す。
「俺が運ぶ」
「手伝う」
「アーミヤと一緒に先に医療室へ行ってくれ。ケルシー先生に知らせるんだ」
アーミヤを見る。
迷っている。
「行こう」
「……はい!」
俺たちは医療室へ向かって走り出した。
後ろから、Aceがドクターを抱き上げる気配がした。
◇
医療室へ駆け込み、ケルシーに事情を伝える。
「ドクターが倒れた。意識がない」
「呼吸と脈はあります!」
俺たちの言葉を聞くなり、ケルシーはすぐに準備を始めた。
ほどなくしてAceがドクターを抱えて入ってくる。
「そこへ寝かせろ」
「ああ」
ベッドへ下ろす。
すぐに検査が始まった。
アーミヤは俺の隣に立ったまま、ドクターから目を離さない。
Aceも少し離れたところに立っていた。
「ケルシー先生」
「待て」
短く言われる。
それ以上、誰も喋らなかった。
少しして扉が開く。
「ドクターは?」
テレジアだった。
いつもより速い足取りで入ってくる。
「倒れた」
俺が答える。
テレジアの顔が曇る。
「容体は?」
ケルシーが端末を見る。
「命に関わるものではない」
その一言で、アーミヤが大きく息を吐いた。
俺も少し力が抜ける。
Aceも静かに息を吐いた。
「過労だ」
ケルシーが続ける。
「過労?」
「極度の疲労と睡眠不足。栄養状態も良好とは言い難い」
ドクターを見る。
朝は普通に立っていた。
いつも通り話していた。
少なくとも、そう見えた。
「どれくらい寝てなかったの?」
「正確には分からない。本人がまともな記録を残していないからな」
ケルシーの声が少し低くなる。
「だが、ここしばらく十分な睡眠を取っていなかったことは確かだ」
昼間の顔を思い出す。
言われてみれば疲れていた。
目の下にも薄く影があった。
気づかなかったわけじゃない。
でも、忙しいだけだと思った。
「ケルシー」
テレジアがベッドへ近づく。
「腕の傷は?」
俺も見る。
昼間、包帯が巻かれていたところ。
ケルシーが黙る。
その沈黙が嫌だった。
「何?」
聞く。
ケルシーが俺を見る。
「実験だ」
「それは聞いた」
「自身の身体を使った実験だ」
「……何の?」
「鉱石病」
一瞬、意味が分からなかった。
「は?」
隣でアーミヤも目を見開く。
ケルシーは続けた。
「ドクターの身体は、活性源石によって傷を負っても鉱石病を発症しない」
「感染しない?」
「ああ。自身の身体へ活性源石を直接刺し、それでも鉱石病を発症しないことを確認していた」
もう一度、包帯を見る。
あの下の傷は、事故でも任務でもない。
自分でつけたものだった。
アーミヤは声も出さずにドクターを見つめている。
「自分で?」
「ああ」
「何でそんなこと」
「その性質を治療へ利用できないか調べるためだ」
ケルシーが答える。
「ドクターは自身の血液や源石への反応を調べ、その結果を鉱石病の治療へ応用しようとしている」
アーミヤの手が、自分の服を強く握った。
「私の……ため?」
「君だけではない」
ケルシーがすぐに言う。
「だが、君の症状を軽減することが大きな動機の一つなのは間違いない」
「薬は?」
テレジアが聞く。
「すでに試作品はある」
「効果は?」
「既存の抑制剤より高い」
一瞬、空気が変わった。
「ただし」
ケルシーが続ける。
「現状では、まだ安定して再現できるものではない」
アーミヤが俯く。
「私……」
テレジアがそっと肩へ手を置いた。
「アーミヤ」
「私のせいで……」
「あなたのせいではないわ」
穏やかな声。
「ドクターが自分で選んだことよ」
「でも」
「だからこそ、起きたら一緒に怒りましょうか」
「……怒るんですか?」
「ええ」
テレジアが小さく笑う。
「ちゃんと休まなかったことを」
アーミヤが少しだけ顔を上げる。
「私も怒っていいですか?」
「もちろん」
「……はい」
少しだけ空気が緩んだ。
でも、俺は笑えなかった。
自分の腕を傷つけ、源石まで使った。
それを「少し怪我した」みたいな顔で、普通に仕事をしていた。
ベッドの上のドクターを見る。
眠っているように見えるのに、眉間には少し力が入っている。
「……寝てる時くらい休めばいいのに」
誰に言うでもなく呟く。
テレジアもしばらくドクターを見ていた。
「テレジア?」
声を掛ける。
返事はない。
彼女は一度、自分の手へ視線を落としてから、静かにベッドのそばへ腰を下ろした。
「少しだけ」
ケルシーが眉を寄せる。
「何をするつもりだ」
「この人が、何に苦しんでいるのか知りたいの」
「テレジア」
「分かっているわ」
短く答える。
そして、眠るドクターの額へ指先を触れた。
目を閉じる。
一瞬、何も起きないように見えた。
だが次の瞬間、テレジアの身体が強張った。
「……っ」
「テレジア?」
呼ぶ。
返事がない。
呼吸が浅くなる。
指先が震える。
「テレジア!」
ケルシーが一歩踏み出す。
その直前、テレジアが大きく息を吸った。
手を離す。
身体が揺れた。
反射的に支える。
「おい」
「……大丈夫」
大丈夫には見えない。
顔から色が消えている。
「何を見た?」
ケルシーが聞く。
テレジアはすぐには答えなかった。
自分の手を見る。
その目が、ほんの少し震えている。
「……源石」
小さな声。
「何?」
「大地を」
息を整える。
「すべてを覆うほどの、源石を」
誰も喋らない。
テレジアは悲しそうな目で、眠っているドクターを見る。
「この人は……ずっと、あの未来に苦しんでいるのね」
それ以上、何も言わなかった。
◇
しばらくして、Aceは別の仕事へ戻った。
アーミヤはテレジアと一緒に部屋を出た。
ケルシーは必要な処置を終えると、端末を閉じる。
「しばらく眠らせておけば問題ない。何かあれば呼べ」
そう言い残して、別の患者の処置へ向かった。
俺だけが残った。
別に残る必要はなかった。
ドクターは寝ているし、ケルシーも命に問題はないと言った。
でも、何となく帰る気になれなかった。
椅子に座る。
しばらく何も起きない。
「……」
暇だ。
机の上に置かれた資料を見る。
触らない。
怒られる。
ドクターを見る。
「ちゃんと食ってる?」
返事はない。
「寝てもないんだって?」
当然、返事はない。
「腕まで自分で傷つけて。何やってんだよ」
まだ返事はない。
馬鹿みたいになってきた。
立ち上がろうとした時、
「……うるさい」
声がした。
止まる。
「起きてた?」
「今起きた」
ドクターが目を開けている。
「いつから?」
「食事の話くらいから」
「ほとんど起きてるじゃん」
「そうとも言う」
身体を起こそうとする。
「寝てろ」
肩を押す。
「起きられる」
「倒れた奴が言うな」
少し抵抗して、諦めた。
枕へ戻る。
「アーミヤは?」
「テレジアといる」
「そうか」
少し安心したように息を吐く。
「心配してたよ」
「……そうだろうな」
「あと怒るって」
「誰が?」
「二人とも」
「それは困った」
「自業自得」
ドクターが目を閉じる。
また寝るのかと思った。
でも、
「セラスティア」
と呼ばれた。
「何?」
「君も怒っているのか?」
「……」
考える。
怒っている。
たぶん。
でも、それより気になることがある。
「聞きたいことがある」
ドクターが目を開ける。
「何だ?」
椅子へ座り直す。
昼間見た包帯や、廊下ですれ違うたびに抱えていた資料。食堂で見なくなったことや、アーミヤの言葉まで、全部頭の中にある。
「大丈夫って顔じゃない」
ドクターが黙る。
「寝てない。飯もまともに食ってない。腕まで自分で傷つけて、それでも作戦室と研究室を行ったり来たりしてる」
一度、息を吐く。
「何をそんなに急いでる?」
これ以上、遠回しにする意味はない。
ドクターはすぐには答えなかった。
天井を見る。
「今日、少し前の作戦記録を見直していた」
「うん」
「助けられなかった人間の記録があった」
静かな声。
「鉱石病が進行していた。薬が足りなかった。避難が間に合っていても、長くは生きられなかった」
「……」
「そういう人間を、最近何人も見た」
ドクターの手が、布団の上で少し動く。
「薬があれば苦痛を減らせたかもしれない。もっと早く部隊を動かせば、一人多く避難できたかもしれない。補給路を変えれば、薬を届けられたかもしれない」
「全部自分のせいだと思ってる?」
「そういう話ではない」
すぐに返ってきた。
「私一人で全員を救えるとは思っていない」
少し間がある。
「ただ」
ドクターが自分の包帯を見る。
「私にできることがあるなら、やらない理由がない」
「倒れるまで?」
「そこは失敗だった」
「軽いな」
「反省はしている」
本当か。
顔を見る。
冗談を言っている感じではない。
「アーミヤの薬も?」
「ああ」
「自分で源石刺してまで?」
ドクターが黙った。
「それは」
少し言いにくそうにする。
「方法としては効率が悪かった」
「そこ?」
思わず言う。
「反省するとこそこなの?」
「他にもある」
「本当に?」
「ある」
珍しく、少しだけ困った顔をした。
それを見て、ほんの少し力が抜けた。
でも、まだ聞きたいことは残っている。
「ドクター」
「何だ?」
「最近、戦うことばっか考えてない?」
目が合う。
「前はもっと、色んなものを見てたってアーミヤが言ってた」
「……」
「今はずっと作戦の話してる。誰をどこに置くとか、何人助けられるとか、どこを取れば勝てるとか」
自分でも何が言いたいのか、少し分からなくなる。
「別に、それが悪いって言ってるんじゃない。お前のおかげで助かった奴は多いし、俺も助けられた」
三分。
あの日を思い出す。
「だから信用してる」
言った。
ドクターの目が少し動く。
「でも、その信用してる奴がいつ見ても寝てなくて、気づいたら倒れてて、自分の腕まで切ってたら」
一度止める。
「さすがに気になる」
今度はすぐに答えが返ってこなかった。
長い沈黙。
「……すまない」
最初に出てきたのは謝罪だった。
「謝ってほしいわけじゃない」
「ああ」
「俺が聞きたいのは一つだけ」
ドクターを見る。
「大丈夫なのか?」
聞きたいのは、それだけだった。
ドクターはしばらく俺を見ていた。
それから、小さく息を吐く。
「大丈夫だ」
少なくとも、そう答えることに迷いはなかった。
「少し焦っていたのは認める」
「少し?」
「……かなり」
「だろ」
「だが」
ドクターが続ける。
「自分が何をしているか分からなくなったわけじゃない」
その声はいつもの声だった。
落ち着いている。
任務中、俺に三分だけ離れろと言った時とよく似ている。
「アーミヤを助けたい。鉱石病の患者を助けたい。戦争で死ぬ人間を減らしたい」
一つずつ言う。
「そのために私ができることをしている」
「……」
「ただ、やり方を間違えた」
包帯を見る。
「次からはもう少し、自分も計算に入れる」
「何それ」
「作戦と同じだ」
「自分の体まで駒にするなよ」
「それはケルシーにも言われた」
「じゃあ聞け」
「努力する」
「そこは分かったって言えよ」
少し笑った。
ドクターも、ほんの少しだけ笑う。
「分かった」
その顔を見て、たぶん俺は安心した。
「じゃあ寝ろ」
「今も寝ていた」
「足りないんだろ」
「……」
「何?」
「もう少し話してからでも」
「駄目」
「即答か」
「倒れた奴に選択権ないよ」
布団を少し上げる。
「おやすみ」
「子供扱いしてないか?」
「アーミヤより手が掛かる」
「それは言い過ぎだ」
「自分に源石刺す子供は見たことない」
「……」
黙った。
勝った。
たぶん。
「セラスティア」
「何?」
「ありがとう」
少しだけ意外だった。
「別に」
立ち上がる。
扉へ向かう。
「明日にはちゃんと起きる」
後ろから言われた。
振り返る。
「今日ちゃんと寝たらな」
「ああ」
頷く。
今度こそ部屋を出た。
◇
扉が閉まる。
廊下を歩いていると、少ししてテレジアとアーミヤが向こうから来た。
アーミヤの手には何か入った袋がある。
「何それ?」
「ドクターが起きた時に食べてもらうものです」
「起きてるよ」
「えっ?」
「さっき起きた」
アーミヤが急に歩く速度を上げる。
「ドクター!」
走っていく。
「走ると危ないよ」
言った時には遅かった。
テレジアが隣まで来る。
「話したの?」
「少し」
「そう」
それだけ聞いてくる。
「大丈夫だって」
俺が言う。
テレジアの足が、ほんの少しだけ止まった。
「……そう」
「無茶したのは認めてた。もう少し自分も計算に入れるって」
「ドクターらしい言い方ね」
「だよな」
少し笑う。
テレジアも小さく笑った。
「セラスティアは?」
「何?」
「信じるの?」
聞かれた。
迷わなかった。
「うん」
あいつは、少なくとも俺が知っている限り、理由もなく人を危険に晒したことはない。
三分離れろと言われた時も、ちゃんと全員を帰した。
今日だって、やっていたことは誰かを助けるためだった。
やり方を間違えただけ。
そう思った。
「だから」
医療室の扉を見る。
「大丈夫だろ」
テレジアは何も言わず、同じ扉を見ていた。
その横顔が少しだけ曇っていた理由を、その時の俺はまだ知らなかった。