夏雪草が帰る場所   作:Bestmeever

18 / 31
第17話 大丈夫

夏雪草の話をしてから、しばらく経った。

 

ここ最近、ドクターを食堂で見かけることが減った。

 

いなくなったわけではない。

 

廊下を歩いていれば時々すれ違うし、作戦室を覗けば大抵いる。研究区画にいることもあるらしい。

 

ただ、いつ見ても書類や地図、誰かの報告書を抱えていた。

 

すれ違った時に声を掛けても、軽く手を上げるだけでそのまま通り過ぎていくことも増えた。

 

前はもう少し、どうでもいい話をしていた気がする。

 

「セラスティアさん」

 

名前を呼ばれて振り返る。

 

アーミヤがいた。

 

「どうした?」

 

「ドクターを見ませんでしたか?」

 

「ドクター?」

 

「はい。お昼からずっと探しているんですけど……」

 

少し考える。

 

「朝、作戦室にいたよ」

 

「朝ですか……」

 

「今はいない?」

 

「はい。ケルシー先生にも聞いたんですけど、研究室にもいないみたいで」

 

またどこかで仕事をしているんだろう。

 

最近はそんなことばかりだ。

 

「急ぎ?」

 

「急ぎではないんですけど」

 

アーミヤが持っていた紙を胸元へ寄せる。

 

「少しだけ、一緒に見てもらいたいものがあって」

 

「じゃあ探す?」

 

「いいんですか?」

 

「俺も暇だし」

 

本当は暇ではない。

 

あとで確認する予定の装備がある。

 

でも、急ぎでもない。

 

「ありがとうございます!」

 

アーミヤが笑う。

 

一緒に歩き出した。

 

◇

 

結局、ドクターは作戦室にも研究区画にもいなかった。

 

医療区画や食堂、格納庫まで覗いたが、どこにもいない。

 

「どこ行ったんだ?」

 

「ドクター、時々こういうことがあるんです」

 

「こういうこと?」

 

「誰にも言わずに、ふらっといなくなるんです。でも見つけると、大体何か調べていて」

 

「仕事?」

 

「はい」

 

アーミヤが少し困ったように笑う。

 

「前は、もっと色々なところに行っていたんですけど」

 

「色々?」

 

「お散歩したり、面白い石を見つけたり。動物を見に行ったり」

 

想像する。

 

あまり似合わない。

 

「ドクターが?」

 

「はい!」

 

随分楽しそうに言う。

 

「レム・ビリトンにいた時は、私よりドクターの方が寄り道していたくらいです」

 

「へえ」

 

「でも最近は……」

 

アーミヤの歩く速度が少し落ちる。

 

「仕事ばかりです」

 

その声は少し寂しそうだった。

 

「忙しいんじゃない?」

 

「そうだと思います」

 

すぐに返ってくる。

 

「バベルも大変ですから」

 

それ以上は言わなかった。

 

俺も何となく聞かなかった。

 

曲がり角を抜けると、甲板へ続く通路の向こうに人影が見えた。

 

「あ」

 

アーミヤが指差す。

 

「ドクター!」

 

いた。

 

壁際の簡易机に資料を広げている。

 

横には端末があり、椅子もあるのに座っていない。立ったまま、紙へ何かを書き込んでいた。

 

「何でこんなところで仕事してるの?」

 

声を掛ける。

 

ドクターが顔を上げた。

 

「見つかったか」

 

「探してたの知ってた?」

 

「知らない」

 

「じゃあ何でそういう言い方なんだよ」

 

「最近よく探されるからだ」

 

悪びれない。

 

アーミヤがドクターのところまで走る。

 

「ずっと探してたんですよ」

 

「すまない」

 

「ケルシー先生にも言わずにいなくなったら、心配します」

 

「次は伝える」

 

素直だ。

 

本当に次からやるかは怪しい。

 

「何してたの?」

 

机を見る。

 

地図に数字、いくつかの部隊名が書き込まれている。

 

「作戦の確認だ」

 

「次の?」

 

「次だけじゃない」

 

ドクターが紙を一枚持ち上げる。

 

「この前の作戦で使った退路を、別の地域でも応用できないか確認していた。補給線の取り方も少し変えられる」

 

「今やる必要ある?」

 

「思いついた時に残しておかないと忘れる」

 

「それは分かるけど」

 

近づいた時、ふとドクターの左腕が目に入った。

 

袖の下から包帯が覗いている。

 

「腕」

 

ドクターの手が止まった。

 

「何?」

 

「怪我してる?」

 

視線を向ける。

 

「ああ」

 

自分の腕を見て、まるで今思い出したみたいに答えた。

 

「少し」

 

「任務で?」

 

「研究中だ」

 

研究。

 

何の研究だ。

 

そう聞こうとしたところで、アーミヤが紙を差し出した。

 

「ドクター、これを見てもらいたかったんです」

 

「ああ」

 

ドクターが受け取る。

 

「どれ?」

 

すぐに表情が変わる。

 

仕事を見る顔。

 

アーミヤが隣へ立ち、二人で紙を覗き込んだ。

 

俺はもう一度だけ、袖の下の包帯を見る。

 

研究中。

 

それ以上の説明はなかった。

 

◇

 

その日の夕方。

 

俺は格納庫で装備の確認を終えていた。

 

予定より少し遅くなり、廊下へ出て食堂へ行くか部屋へ戻るか考えていた時だった。

 

「ドクター!」

 

遠くから声がした。

 

アーミヤだ。

 

ただ、いつもの呼び方ではない。

 

考えるより先に走る。

 

声がした方へ向かうと、甲板へ続く扉が開いていた。

 

外へ出る。

 

最初にアーミヤが見え、その前には人が倒れていた。

 

「ドクター!」

 

駆け寄る。

 

「セラスティアさん!」

 

アーミヤがこちらを見る。

 

顔が青い。

 

「急に……急に倒れて……!」

 

「どいて」

 

しゃがむ。

 

呼吸はある。

 

脈もある。

 

意識はない。

 

「ドクター」

 

肩を軽く叩く。

 

反応なし。

 

「医療室へ――」

 

言いかけた時、

 

「アーミヤ!」

 

別の声が飛んできた。

 

Aceだった。

 

こちらへ走ってくる。

 

倒れているドクターを見るなり、その場に膝をついた。

 

「意識は?」

 

「ない。呼吸と脈はある」

 

「分かった」

 

Aceがドクターの身体へ腕を回す。

 

「俺が運ぶ」

 

「手伝う」

 

「アーミヤと一緒に先に医療室へ行ってくれ。ケルシー先生に知らせるんだ」

 

アーミヤを見る。

 

迷っている。

 

「行こう」

 

「……はい!」

 

俺たちは医療室へ向かって走り出した。

 

後ろから、Aceがドクターを抱き上げる気配がした。

 

◇

 

医療室へ駆け込み、ケルシーに事情を伝える。

 

「ドクターが倒れた。意識がない」

 

「呼吸と脈はあります!」

 

俺たちの言葉を聞くなり、ケルシーはすぐに準備を始めた。

 

ほどなくしてAceがドクターを抱えて入ってくる。

 

「そこへ寝かせろ」

 

「ああ」

 

ベッドへ下ろす。

 

すぐに検査が始まった。

 

アーミヤは俺の隣に立ったまま、ドクターから目を離さない。

 

Aceも少し離れたところに立っていた。

 

「ケルシー先生」

 

「待て」

 

短く言われる。

 

それ以上、誰も喋らなかった。

 

少しして扉が開く。

 

「ドクターは?」

 

テレジアだった。

 

いつもより速い足取りで入ってくる。

 

「倒れた」

 

俺が答える。

 

テレジアの顔が曇る。

 

「容体は?」

 

ケルシーが端末を見る。

 

「命に関わるものではない」

 

その一言で、アーミヤが大きく息を吐いた。

 

俺も少し力が抜ける。

 

Aceも静かに息を吐いた。

 

「過労だ」

 

ケルシーが続ける。

 

「過労?」

 

「極度の疲労と睡眠不足。栄養状態も良好とは言い難い」

 

ドクターを見る。

 

朝は普通に立っていた。

 

いつも通り話していた。

 

少なくとも、そう見えた。

 

「どれくらい寝てなかったの?」

 

「正確には分からない。本人がまともな記録を残していないからな」

 

ケルシーの声が少し低くなる。

 

「だが、ここしばらく十分な睡眠を取っていなかったことは確かだ」

 

昼間の顔を思い出す。

 

言われてみれば疲れていた。

 

目の下にも薄く影があった。

 

気づかなかったわけじゃない。

 

でも、忙しいだけだと思った。

 

「ケルシー」

 

テレジアがベッドへ近づく。

 

「腕の傷は?」

 

俺も見る。

 

昼間、包帯が巻かれていたところ。

 

ケルシーが黙る。

 

その沈黙が嫌だった。

 

「何?」

 

聞く。

 

ケルシーが俺を見る。

 

「実験だ」

 

「それは聞いた」

 

「自身の身体を使った実験だ」

 

「……何の?」

 

「鉱石病」

 

一瞬、意味が分からなかった。

 

「は?」

 

隣でアーミヤも目を見開く。

 

ケルシーは続けた。

 

「ドクターの身体は、活性源石によって傷を負っても鉱石病を発症しない」

 

「感染しない?」

 

「ああ。自身の身体へ活性源石を直接刺し、それでも鉱石病を発症しないことを確認していた」

 

もう一度、包帯を見る。

 

あの下の傷は、事故でも任務でもない。

 

自分でつけたものだった。

 

アーミヤは声も出さずにドクターを見つめている。

 

「自分で?」

 

「ああ」

 

「何でそんなこと」

 

「その性質を治療へ利用できないか調べるためだ」

 

ケルシーが答える。

 

「ドクターは自身の血液や源石への反応を調べ、その結果を鉱石病の治療へ応用しようとしている」

 

アーミヤの手が、自分の服を強く握った。

 

「私の……ため?」

 

「君だけではない」

 

ケルシーがすぐに言う。

 

「だが、君の症状を軽減することが大きな動機の一つなのは間違いない」

 

「薬は?」

 

テレジアが聞く。

 

「すでに試作品はある」

 

「効果は?」

 

「既存の抑制剤より高い」

 

一瞬、空気が変わった。

 

「ただし」

 

ケルシーが続ける。

 

「現状では、まだ安定して再現できるものではない」

 

アーミヤが俯く。

 

「私……」

 

テレジアがそっと肩へ手を置いた。

 

「アーミヤ」

 

「私のせいで……」

 

「あなたのせいではないわ」

 

穏やかな声。

 

「ドクターが自分で選んだことよ」

 

「でも」

 

「だからこそ、起きたら一緒に怒りましょうか」

 

「……怒るんですか?」

 

「ええ」

 

テレジアが小さく笑う。

 

「ちゃんと休まなかったことを」

 

アーミヤが少しだけ顔を上げる。

 

「私も怒っていいですか?」

 

「もちろん」

 

「……はい」

 

少しだけ空気が緩んだ。

 

でも、俺は笑えなかった。

 

自分の腕を傷つけ、源石まで使った。

 

それを「少し怪我した」みたいな顔で、普通に仕事をしていた。

 

ベッドの上のドクターを見る。

 

眠っているように見えるのに、眉間には少し力が入っている。

 

「……寝てる時くらい休めばいいのに」

 

誰に言うでもなく呟く。

 

テレジアもしばらくドクターを見ていた。

 

「テレジア?」

 

声を掛ける。

 

返事はない。

 

彼女は一度、自分の手へ視線を落としてから、静かにベッドのそばへ腰を下ろした。

 

「少しだけ」

 

ケルシーが眉を寄せる。

 

「何をするつもりだ」

 

「この人が、何に苦しんでいるのか知りたいの」

 

「テレジア」

 

「分かっているわ」

 

短く答える。

 

そして、眠るドクターの額へ指先を触れた。

 

目を閉じる。

 

一瞬、何も起きないように見えた。

 

だが次の瞬間、テレジアの身体が強張った。

 

「……っ」

 

「テレジア?」

 

呼ぶ。

 

返事がない。

 

呼吸が浅くなる。

 

指先が震える。

 

「テレジア!」

 

ケルシーが一歩踏み出す。

 

その直前、テレジアが大きく息を吸った。

 

手を離す。

 

身体が揺れた。

 

反射的に支える。

 

「おい」

 

「……大丈夫」

 

大丈夫には見えない。

 

顔から色が消えている。

 

「何を見た?」

 

ケルシーが聞く。

 

テレジアはすぐには答えなかった。

 

自分の手を見る。

 

その目が、ほんの少し震えている。

 

「……源石」

 

小さな声。

 

「何?」

 

「大地を」

 

息を整える。

 

「すべてを覆うほどの、源石を」

 

誰も喋らない。

 

テレジアは悲しそうな目で、眠っているドクターを見る。

 

「この人は……ずっと、あの未来に苦しんでいるのね」

 

それ以上、何も言わなかった。

 

◇

 

しばらくして、Aceは別の仕事へ戻った。

 

アーミヤはテレジアと一緒に部屋を出た。

 

ケルシーは必要な処置を終えると、端末を閉じる。

 

「しばらく眠らせておけば問題ない。何かあれば呼べ」

 

そう言い残して、別の患者の処置へ向かった。

 

俺だけが残った。

 

別に残る必要はなかった。

 

ドクターは寝ているし、ケルシーも命に問題はないと言った。

 

でも、何となく帰る気になれなかった。

 

椅子に座る。

 

しばらく何も起きない。

 

「……」

 

暇だ。

 

机の上に置かれた資料を見る。

 

触らない。

 

怒られる。

 

ドクターを見る。

 

「ちゃんと食ってる?」

 

返事はない。

 

「寝てもないんだって?」

 

当然、返事はない。

 

「腕まで自分で傷つけて。何やってんだよ」

 

まだ返事はない。

 

馬鹿みたいになってきた。

 

立ち上がろうとした時、

 

「……うるさい」

 

声がした。

 

止まる。

 

「起きてた?」

 

「今起きた」

 

ドクターが目を開けている。

 

「いつから?」

 

「食事の話くらいから」

 

「ほとんど起きてるじゃん」

 

「そうとも言う」

 

身体を起こそうとする。

 

「寝てろ」

 

肩を押す。

 

「起きられる」

 

「倒れた奴が言うな」

 

少し抵抗して、諦めた。

 

枕へ戻る。

 

「アーミヤは?」

 

「テレジアといる」

 

「そうか」

 

少し安心したように息を吐く。

 

「心配してたよ」

 

「……そうだろうな」

 

「あと怒るって」

 

「誰が?」

 

「二人とも」

 

「それは困った」

 

「自業自得」

 

ドクターが目を閉じる。

 

また寝るのかと思った。

 

でも、

 

「セラスティア」

 

と呼ばれた。

 

「何?」

 

「君も怒っているのか?」

 

「……」

 

考える。

 

怒っている。

 

たぶん。

 

でも、それより気になることがある。

 

「聞きたいことがある」

 

ドクターが目を開ける。

 

「何だ?」

 

椅子へ座り直す。

 

昼間見た包帯や、廊下ですれ違うたびに抱えていた資料。食堂で見なくなったことや、アーミヤの言葉まで、全部頭の中にある。

 

「大丈夫って顔じゃない」

 

ドクターが黙る。

 

「寝てない。飯もまともに食ってない。腕まで自分で傷つけて、それでも作戦室と研究室を行ったり来たりしてる」

 

一度、息を吐く。

 

「何をそんなに急いでる?」

 

これ以上、遠回しにする意味はない。

 

ドクターはすぐには答えなかった。

 

天井を見る。

 

「今日、少し前の作戦記録を見直していた」

 

「うん」

 

「助けられなかった人間の記録があった」

 

静かな声。

 

「鉱石病が進行していた。薬が足りなかった。避難が間に合っていても、長くは生きられなかった」

 

「……」

 

「そういう人間を、最近何人も見た」

 

ドクターの手が、布団の上で少し動く。

 

「薬があれば苦痛を減らせたかもしれない。もっと早く部隊を動かせば、一人多く避難できたかもしれない。補給路を変えれば、薬を届けられたかもしれない」

 

「全部自分のせいだと思ってる?」

 

「そういう話ではない」

 

すぐに返ってきた。

 

「私一人で全員を救えるとは思っていない」

 

少し間がある。

 

「ただ」

 

ドクターが自分の包帯を見る。

 

「私にできることがあるなら、やらない理由がない」

 

「倒れるまで?」

 

「そこは失敗だった」

 

「軽いな」

 

「反省はしている」

 

本当か。

 

顔を見る。

 

冗談を言っている感じではない。

 

「アーミヤの薬も?」

 

「ああ」

 

「自分で源石刺してまで?」

 

ドクターが黙った。

 

「それは」

 

少し言いにくそうにする。

 

「方法としては効率が悪かった」

 

「そこ?」

 

思わず言う。

 

「反省するとこそこなの?」

 

「他にもある」

 

「本当に?」

 

「ある」

 

珍しく、少しだけ困った顔をした。

 

それを見て、ほんの少し力が抜けた。

 

でも、まだ聞きたいことは残っている。

 

「ドクター」

 

「何だ?」

 

「最近、戦うことばっか考えてない?」

 

目が合う。

 

「前はもっと、色んなものを見てたってアーミヤが言ってた」

 

「……」

 

「今はずっと作戦の話してる。誰をどこに置くとか、何人助けられるとか、どこを取れば勝てるとか」

 

自分でも何が言いたいのか、少し分からなくなる。

 

「別に、それが悪いって言ってるんじゃない。お前のおかげで助かった奴は多いし、俺も助けられた」

 

三分。

 

あの日を思い出す。

 

「だから信用してる」

 

言った。

 

ドクターの目が少し動く。

 

「でも、その信用してる奴がいつ見ても寝てなくて、気づいたら倒れてて、自分の腕まで切ってたら」

 

一度止める。

 

「さすがに気になる」

 

今度はすぐに答えが返ってこなかった。

 

長い沈黙。

 

「……すまない」

 

最初に出てきたのは謝罪だった。

 

「謝ってほしいわけじゃない」

 

「ああ」

 

「俺が聞きたいのは一つだけ」

 

ドクターを見る。

 

「大丈夫なのか?」

 

聞きたいのは、それだけだった。

 

ドクターはしばらく俺を見ていた。

 

それから、小さく息を吐く。

 

「大丈夫だ」

 

少なくとも、そう答えることに迷いはなかった。

 

「少し焦っていたのは認める」

 

「少し?」

 

「……かなり」

 

「だろ」

 

「だが」

 

ドクターが続ける。

 

「自分が何をしているか分からなくなったわけじゃない」

 

その声はいつもの声だった。

 

落ち着いている。

 

任務中、俺に三分だけ離れろと言った時とよく似ている。

 

「アーミヤを助けたい。鉱石病の患者を助けたい。戦争で死ぬ人間を減らしたい」

 

一つずつ言う。

 

「そのために私ができることをしている」

 

「……」

 

「ただ、やり方を間違えた」

 

包帯を見る。

 

「次からはもう少し、自分も計算に入れる」

 

「何それ」

 

「作戦と同じだ」

 

「自分の体まで駒にするなよ」

 

「それはケルシーにも言われた」

 

「じゃあ聞け」

 

「努力する」

 

「そこは分かったって言えよ」

 

少し笑った。

 

ドクターも、ほんの少しだけ笑う。

 

「分かった」

 

その顔を見て、たぶん俺は安心した。

 

「じゃあ寝ろ」

 

「今も寝ていた」

 

「足りないんだろ」

 

「……」

 

「何?」

 

「もう少し話してからでも」

 

「駄目」

 

「即答か」

 

「倒れた奴に選択権ないよ」

 

布団を少し上げる。

 

「おやすみ」

 

「子供扱いしてないか?」

 

「アーミヤより手が掛かる」

 

「それは言い過ぎだ」

 

「自分に源石刺す子供は見たことない」

 

「……」

 

黙った。

 

勝った。

 

たぶん。

 

「セラスティア」

 

「何?」

 

「ありがとう」

 

少しだけ意外だった。

 

「別に」

 

立ち上がる。

 

扉へ向かう。

 

「明日にはちゃんと起きる」

 

後ろから言われた。

 

振り返る。

 

「今日ちゃんと寝たらな」

 

「ああ」

 

頷く。

 

今度こそ部屋を出た。

 

◇

 

扉が閉まる。

 

廊下を歩いていると、少ししてテレジアとアーミヤが向こうから来た。

 

アーミヤの手には何か入った袋がある。

 

「何それ?」

 

「ドクターが起きた時に食べてもらうものです」

 

「起きてるよ」

 

「えっ?」

 

「さっき起きた」

 

アーミヤが急に歩く速度を上げる。

 

「ドクター!」

 

走っていく。

 

「走ると危ないよ」

 

言った時には遅かった。

 

テレジアが隣まで来る。

 

「話したの?」

 

「少し」

 

「そう」

 

それだけ聞いてくる。

 

「大丈夫だって」

 

俺が言う。

 

テレジアの足が、ほんの少しだけ止まった。

 

「……そう」

 

「無茶したのは認めてた。もう少し自分も計算に入れるって」

 

「ドクターらしい言い方ね」

 

「だよな」

 

少し笑う。

 

テレジアも小さく笑った。

 

「セラスティアは?」

 

「何?」

 

「信じるの?」

 

聞かれた。

 

迷わなかった。

 

「うん」

 

あいつは、少なくとも俺が知っている限り、理由もなく人を危険に晒したことはない。

 

三分離れろと言われた時も、ちゃんと全員を帰した。

 

今日だって、やっていたことは誰かを助けるためだった。

 

やり方を間違えただけ。

 

そう思った。

 

「だから」

 

医療室の扉を見る。

 

「大丈夫だろ」

 

テレジアは何も言わず、同じ扉を見ていた。

 

その横顔が少しだけ曇っていた理由を、その時の俺はまだ知らなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。