夏雪草が帰る場所   作:Bestmeever

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第24話 おかえりなさい

「おかえりなさい」

 

身体が動かなかった。

 

聞き間違えるはずがない。

 

何度も聞いてきた声だった。

 

任務から戻った時。

 

部屋へ帰った時。

 

何でもない一日の終わりに。

 

ずっと俺を迎えてくれた声。

 

もう二度と聞けないと思っていた。

 

ゆっくり振り返る。

 

机のそばに、誰かが立っていた。

 

淡い髪。長い角。見慣れた服。

 

そして、俺を見つめるあの穏やかな目。

 

「……テレジア?」

 

名前を呼んだ瞬間、胸の奥が痛くなった。

 

彼女が小さく笑う。

 

「ええ」

 

その声を聞いた途端、息の仕方が分からなくなった。

 

一歩、近づこうとする。

 

足に力が入らない。

 

もういないと思っていた。二度と会えないと思っていた。

 

声も、顔も、俺を見る目も、全部あの日で終わったはずだった。

 

なのに、目の前にいる。

 

「……本当に?」

 

自分でも情けないくらい、声が震えた。

 

テレジアは答えなかった。

 

答えられなかったのかもしれない。

 

頭の中では、あの夢が何度も蘇っている。

 

どうして守ってくれなかったの。

 

どうして置いていったの。

 

どうして連れて帰ってくれなかったの。

 

同じ顔。

 

同じ声。

 

だからこそ、信じることができなかった。

 

「……違う」

 

テレジアの表情が僅かに変わる。

 

「セラスティア?」

 

「また俺が見てるんだろ」

 

声にすると、少しだけ現実に戻った。

 

「今度は起きたまま見えてるだけだ。だって、お前は……」

 

続きが喉につかえる。

 

それでも言わなければならなかった。

 

「死んだ」

 

口にした瞬間、目の前にいるテレジアの姿がひどく遠く感じた。

 

彼女は否定しなかった。

 

目を伏せる。

 

「ええ」

 

短い返事だった。

 

「私は死んだわ」

 

分かっていた。

 

分かっていたはずなのに、本人の口から聞くのは耐えられなかった。

 

視界が滲む。

 

「じゃあ……何で」

 

テレジアも困ったように自分の手を見る。

 

「私にも分からないの」

 

「分からない?」

 

「ええ。気がついた時には、自分がどこにいるのかも分からなかったわ。ただ、あなたの声だけがとても遠くから聞こえていて……今こうして話せている理由も、まだ分からないの」

 

そんなの。

 

俺が作った幻なら、何とでも言える。

 

知らないと言わせることだってできる。

 

俺に都合のいいテレジアを、頭の中で作っているだけかもしれない。

 

その考えが顔に出ていたのだろう。

 

テレジアが静かに言った。

 

「信じられない?」

 

「……分からない」

 

嘘はつけなかった。

 

「夢にもお前が出てきた」

 

テレジアは黙って聞いている。

 

「俺を責めてた。どうして守らなかったのかって。置いていったって。連れて帰ってくれなかったって」

 

「そう」

 

「でも、あれはお前じゃないって分かってる」

 

そこまでは自分で言えた。

 

「ケルシーにも言われた。本物のお前なら、そんなこと言わないって」

 

テレジアは僅かに目を細めた。

 

「だから今のお前も、俺が見たいように見てるだけかもしれない」

 

言い切ると、部屋が静かになった。

 

テレジアはしばらく俺を見ていた。

 

やがて、寂しそうに笑う。

 

「そうね。今の私には、それを否定する方法がないわ」

 

「それに」と、テレジアは続ける。

 

「私たちしか知らない昔の話をしたところで、あなた自身が覚えているのでしょう?」

 

その通りだった。

 

押し花のこと。

 

子供の頃のこと。

 

テレシスと三人で過ごした時間。

 

何を聞いても、俺の中に答えがある。

 

「だから、今すぐ信じなくてもいいわ」

 

「信じたいよ」

 

考えるより先に言葉が出た。

 

テレジアが目を見開く。

 

「信じたいに決まってるだろ」

 

喉が痛かった。

 

「だって、会いたかった」

 

声が崩れる。

 

「ずっと」

 

死んでから、まだ何日も経っていない。

 

それなのに、何年も会っていなかったような気がした。

 

もう二度と会えないと思った時間が、それだけ長く感じられた。

 

「帰ってきても返事がなくて」

 

あの日の光景が浮かぶ。

 

冷たくなり始めた指。

 

血。

 

返ってこなかった声。

 

「俺、ただいまって言ったんだ」

 

テレジアの表情が揺れる。

 

「聞こえないって分かってたのに。それでも言った」

 

涙が頬を伝った。

 

拭う気にはなれなかった。

 

テレジアの手が上がる。

 

何度もそうしてくれた昔のように、俺の頬へ向かって指先が伸びた。

 

けれど、触れるはずだった場所で、その指は何の抵抗もなく頬をすり抜ける。

 

テレジアの手が止まった。

 

「……」

 

彼女は自分の指先を見る。

 

それから俺の頬へ視線を戻した。

 

さっきまで浮かんでいた微笑みが消えていた。

 

どうしようもなく悲しそうな顔だった。

 

俺も何も言えなかった。

 

今まで目の前に立っているだけなら、まだどこかで昔と同じテレジアだと思えていた。

 

でも、今の一瞬だけは違った。

 

彼女自身も、もう触れられないことを知ってしまった。

 

「もう、おかえりって言ってもらえないと思ってた」

 

ようやく声を出す。

 

テレジアはゆっくり手を下ろした。

 

「だから」

 

息を整えようとして、失敗する。

 

「今、お前が本物かどうかも分からないのに」

 

笑おうとして、できなかった。

 

「それでも、嬉しいんだ」

 

死んだ人間を前に、こんなことを言っていいのか分からない。

 

「幽霊でも何でもいいって、今は思ってる」

 

テレジアの目が僅かに潤んだように見えた。

 

「セラスティア」

 

名前を呼ばれる。

 

その声だけで、また胸が痛んだ。

 

「……会いたかった」

 

もう一度言う。

 

今度は、ちゃんと言えた。

 

テレジアが俯く。

 

「私もよ」

 

小さな声だった。

 

「私も、あなたに会いたかった」

 

張り詰めていたものが切れた。

 

一歩近づく。

 

今度は足が動いた。

 

さっき彼女の指が俺の頬をすり抜けたのを見た。

 

それでも、自分の手なら何か違うかもしれないと、そんな馬鹿なことを思った。

 

指先をテレジアの手へ伸ばす。

 

触れるはずだった。

 

何もなかった。

 

そのまま通り抜ける。

 

反射的に手を引いた。

 

感触がない。

 

温度もない。

 

柔らかさも、何も。

 

「……触れないんだな」

 

声が震える。

 

テレジアが自分の手を見る。

 

「そうみたいね」

 

「抱きしめることも?」

 

テレジアは答えなかった。

 

答えなくても分かった。

 

俺は手を握る。

 

「そっか」

 

会えた。でも、生き返ったわけじゃない。

 

目の前にいても、もう触れられない。

 

あの日の前には戻れない。

 

その現実が、遅れて押し寄せてきた。

 

「……本当に死んだんだな」

 

「ええ」

 

テレジアは誤魔化さなかった。

 

「俺、帰ってきたんだよ」

 

「ええ」

 

「ちゃんと全員助けた。誰も置いてこなかった」

 

「ええ」

 

「……でも、お前はいなかった」

 

その先が出なかった。

 

テレジアの顔が滲む。

 

「俺がもっと早く戻ってたら」

 

「セラスティア」

 

「あと少しだけ早かったらって、ずっと考えてる」

 

「それは分からないわ」

 

優しい声だった。

 

だからこそ止まった。

 

「あなたが戻っていれば何が変わったのか、私にも分からない。あなたがいたら助かったとも、何も変わらなかったとも言えないわ」

 

テレジアが俺を見る。

 

「起きなかったことの答えを、私たちは知ることができないもの」

 

「……」

 

「だから私は、その答えをあなたに渡せない」

 

また、答えをくれない。

 

ケルシーも。

 

テレジアも。

 

今の俺が一番欲しいものを、誰もくれなかった。

 

「……みんな、そればっかりだ」

 

「そうね」

 

「俺はまだ分からないんだよ」

 

声が大きくなる。

 

「助けたことは間違ってなかったと思ってる。でも、お前は死んだ」

 

テレジアは黙っている。

 

「どっちも本当なのに、どうしたらいいのか分からない」

 

昨日、返事のない押し花に聞いた言葉だった。

 

今度はテレジア本人の姿を見ながら聞いている。

 

長い沈黙があった。

 

「分からないわ」

 

返ってきたのは、それだった。

 

「……テレジアまで?」

 

「ええ」

 

テレジアは目を逸らさない。

 

「私は、あなたがあの人たちを助けたことを間違いだとは思わない。でも、それであなたの苦しみがなくなるとも思っていないわ」

 

胸が強く痛む。

 

「私が『あなたは正しかった』と言えば、それで全部終わる?」

 

答えられなかった。

 

終わらない。

 

たぶん、何度言われても俺はあの時戻っていればと考える。

 

「でしょう?」

 

テレジアの声は穏やかだった。

 

「なら、私があなたのために答えを作ってはいけないわ」

 

ケルシーの言葉が蘇る。

 

その選択まで私に渡すな。

 

目の前のテレジアも、同じ場所から俺を見ている。

 

「前なら、お前にそう言われたら、それで終わってた気がする」

 

テレジアがいるから。

 

テレジアが言うから。

 

それだけでよかった。

 

「今は、違うの?」

 

「分からない」

 

少し考える。

 

「でも、お前が間違ってないって言ってくれても、自分で考えないと駄目なんだと思う」

 

口にすると怖かった。

 

自分で選ぶことも、その結果を背負うことも、まだ怖い。

 

「……そう」

 

テレジアが微笑んだ。

 

嬉しそうに見えた。

 

「何で笑うんだよ」

 

「嬉しかったから」

 

「俺、今かなり困ってるんだけど」

 

「ええ。分かっているわ」

 

その笑顔は、いつものように穏やかだった。

 

でも、どこか泣きそうにも見えた。

 

「ずっと、そうなってほしいと思っていたの」

 

胸が詰まった。

 

「私がいるからではなくて。私がそう言うからでもなくて」

 

テレジアが言葉を選ぶ。

 

「あなた自身が、ここにいたいと思ってほしかった」

 

昔、聞いたことがある。

 

似たような言葉を。

 

その時は、全部は分からなかった。

 

今も分かったとは言えない。

 

「でも」

 

テレジアが続ける。

 

「だからといって、私のことを全部置いていってほしいわけではないのよ」

 

顔を上げる。

 

「……どういう意味?」

 

「そのままの意味よ」

 

テレジアの視線が机へ向く。

 

押し花。

 

子供の頃、彼女が作ってくれた夏雪草。

 

「まだ持っていてくれたのね」

 

「当たり前だろ」

 

反射的に答える。

 

「ずっと持ってた。お前にもらったものだから」

 

彼女の顔から、一瞬だけ笑みが消えた。

 

代わりに、どうしようもなく優しい表情になる。

 

「……ありがとう」

 

「何でお前が礼を言うんだよ」

 

「嬉しいからよ」

 

その言葉を聞いて、また泣きそうになった。

 

生きていた時なら、照れて誤魔化していたかもしれない。

 

今はそんな余裕がなかった。

 

「捨てられるわけないだろ。お前がいなくなったからって」

 

言葉が止まる。

 

テレジアがいなくなっても、残っているものがある。

 

押し花も、思い出も、俺が選んできたものも残っている。

 

今は、それくらいしか分からない。

 

その時、テレジアの輪郭がほんの僅かに揺れた。

 

「……?」

 

目を凝らす。

 

一瞬だけ薄くなったように見えた。

 

「テレジア?」

 

思わず声が強くなる。

 

「大丈夫」

 

「消えるの?」

 

「分からないわ」

 

「待って」

 

机の押し花へ手を伸ばす。

 

壊さないように、そっと持ち上げる。

 

その瞬間、テレジアの姿が戻った。

 

さっきより輪郭がはっきりして見える。

 

「……これ?」

 

押し花を見る。

 

テレジアも同じものを見ていた。

 

「たぶん」

 

「これがあるから、お前がここに?」

 

「まだ分からないわ。でも、何か関係はありそうね」

 

手の中の花を見る。

 

昔、テレジアが押し花にして俺にくれたもの。

 

ずっと持ち続けてきた花が、今また俺たちの間にある。

 

「……なくさなくてよかった」

 

思わず呟く。

 

「ずっと大切にしてくれていたのね」

 

「ああ」

 

「そんなに?」

 

「そんなにだよ」

 

今度は迷わなかった。

 

テレジアが柔らかく笑う。

 

その笑顔を見られるだけで、胸が痛いのに嬉しかった。

 

「……いつからいたの?」

 

「分からないの」

 

「死んだ時から?」

 

「いいえ」

 

すぐに返ってきた。

 

「少なくとも、ずっとあなたのそばにいたわけではないわ」

 

「じゃあ」

 

「気づいた時には、とても遠くからあなたを感じていたの」

 

「俺を?」

 

「ええ。でも、私が呼んでも、あなたには届かなかった」

 

テレジアが押し花を見る。

 

「さっき、やっと届いたの」

 

「さっきって」

 

「あなたが、この部屋へ帰ってきた時」

 

胸が鳴る。

 

だから、最初の言葉が。

 

「おかえりなさい、だったの?」

 

「ええ」

 

当然のように頷く。

 

「約束したでしょう?」

 

春の日、肩を並べて座って、俺が帰るたびに何度でも「おかえりなさい」と言えるようにしようと話した。

 

「……覚えてるんだ」

 

「忘れると思った?」

 

「だって」

 

死んだのに。

 

その言葉は飲み込んだ。

 

テレジアは、俺が何を言いかけたのか分かったらしい。

 

「少なくとも、私は全部を忘れてしまったわけではないみたい」

 

その声には、彼女自身の戸惑いも混じっていた。

 

何が残っていて、どうしてここにいて、いつまでいられるのか。何一つ分からない。

 

それでも、今はいる。

 

「セラスティア」

 

名前を呼ばれる。

 

「何?」

 

「帰ってきてくれて、ありがとう」

 

胸が痛んだ。

 

あの日、返事のない身体へ言った。

 

ただいま。

 

今度は、ちゃんとこちらを見てくれている。

 

声が返ってくる。

 

それでも、この人は生きていない。

 

全部元に戻ったわけじゃない。

 

触れることもできない。

 

それでも、もう一度会えた。

 

「……ただいま」

 

声が震えた。

 

テレジアが笑う。

 

「ええ。おかえりなさい」

 

その瞬間、我慢できなくなった。

 

顔を俯ける。

 

涙が落ちる。

 

「……ずっと、それが聞きたかった」

 

「ええ」

 

「帰ってきた時に」

 

「ええ」

 

「お前に言ってほしかった」

 

テレジアは黙って聞いている。

 

さっき頬へ伸ばされた手を思い出した。

 

今はもう、慰めるように触れることもできない。

 

そのことが余計に悲しかった。

 

「聞けた」

 

自分で涙を拭う。

 

「もう二度と聞けないと思ってたのに」

 

目の前を見る。

 

いる。

 

本当にテレジアなのか、まだ分からない。どうしてここにいるのかも、いつまでいられるのかも分からない。

 

「……会えてよかった」

 

言葉にすると、胸の奥が少しだけほどけた。

 

テレジアの目も僅かに潤んでいた。

 

「私も」

 

小さく答える。

 

「会えてよかったわ」

 

◇

 

どれくらいそうしていたのか分からない。

 

俺はベッドへ腰を下ろしていた。

 

テレジアは机のそばにいる。

 

座ろうとしたけれど、椅子には触れられなかった。

 

その事実を見るたびに胸は痛む。

 

それでも、声が聞こえる。

 

姿も見える。

 

今は、それだけで十分だと思いたかった。

 

机の上には食事が残っている。

 

「ケルシーが持ってきたの?」

 

「ああ」

 

「食べた?」

 

「少し」

 

テレジアが食事を見る。

 

「残っているわね」

 

「食べるよ」

 

言われる前に答えた。

 

テレジアがこちらを見る。

 

「今、私が言おうとしたから?」

 

「違う」

 

少し考える。

 

「戻ったら、もう少し食べるって決めてた」

 

「そう」

 

それだけだった。

 

褒めるでもない。

 

食べなさいと命じるでもない。

 

その方がよかった。

 

パンを少しちぎり、口に入れる。

 

まだ味は薄い。

 

それでも、さっきより飲み込めた。

 

水も飲む。

 

テレジアは何も言わず見ていた。

 

「……ずっといる?」

 

口にしてから、後悔した。

 

テレジアはすぐには答えなかった。

 

「分からないわ」

 

やっぱり。

 

「消えるかもしれない?」

 

「そうかもしれない」

 

押し花を握る手に力が入りそうになって、止める。

 

壊したくない。

 

これが何かに繋がっているのなら、なおさら。

 

「怖い?」

 

テレジアに聞かれた。

 

「……ああ」

 

嘘をつく意味はなかった。

 

「またいなくなるのが怖い。さっきまで、もう二度と会えないと思ってたんだ」

 

テレジアを見る。

 

「一回諦めたものが戻ってきたら、今度は失うのが前より怖くなった」

 

「そうね」

 

「でも、だからってずっと起きて見張ってるのも違うんだろ」

 

テレジアが僅かに目を細める。

 

「ええ」

 

「ケルシーにも身体を休めろって言われた」

 

「なら、なおさらね」

 

「……分かってる」

 

ベッドを見る。

 

身体は限界だった。

 

眠るのはまだ怖い。

 

またあの夢を見るかもしれない。

 

目を閉じて、次に開けた時にはテレジアがいないかもしれない。

 

「ここにいるとは約束できないわ」

 

胸が痛む。

 

「今の私には、自分がどうなっているのかさえ分からないもの」

 

「……うん」

 

「それでも眠らない?」

 

少し考える。

 

消えるまで見ていたい気持ちはあった。

 

それでも、俺はベッドを見た。身体はもう限界だった。

 

「寝るよ」

 

答える。

 

テレジアが少し驚いた顔をした。

 

「怖いけど」

 

机へ近づき、押し花を開いた本の上へそっと戻す。

 

壊れていないことを確かめてから、本ごとベッドのすぐそばへ置いた。

 

手放すのは少し怖かった。

 

それでも、握ったまま眠る方がずっと怖い。

 

久しぶりにベッドへ身体を預ける。

 

「会えたから」

 

テレジアを見る。

 

「だから、今度はちゃんと寝る」

 

彼女はしばらく俺を見ていた。

 

「そう」

 

その声が優しかった。

 

目を閉じようとして、もう一度だけ見る。

 

まだ、いる。

 

「テレジア」

 

「何?」

 

「もし起きた時、いなくても」

 

言葉が止まる。

 

怖い。

 

それでも続けた。

 

「……探すから」

 

テレジアが僅かに目を見開いた。

 

「私を?」

 

「ああ」

 

ベッドのそばに置いた押し花を見る。

 

「どうしてここにいるのかも。これが何なのかも、自分で探す」

 

テレジアはしばらく何も言わなかった。

 

それから、とても静かに笑った。

 

「ええ」

 

怖さは消えていない。

 

起きた時には、テレジアがいなくなっているかもしれない。

 

それでも俺は今度こそ、自分から目を閉じた。

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