夏雪草が帰る場所   作:Bestmeever

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第2話 隣で戦う

午前中の話し合いが終わってから、そう時間は経っていなかった。

 

俺はランドシップの出入口近くに立ち、次々と運び出されていく荷物を眺めていた。

 

食料に薬品、それから毛布。

 

近隣の集落へ届ける物資らしく、バベルの人間たちが慣れた手つきで車両へ積み込んでいる。

 

「……思ったより多いな」

 

「冬が近いもの。食料だけでは足りないわ」

 

隣から聞こえた声に振り向く。

 

テレジアは積み上げられた荷物へ目を向けながら、いつもの穏やかな表情を浮かべていた。

 

薬の入った箱がいくつも運ばれていくのを見て、俺は周囲を見回す。

 

「護衛、この人数で足りるのか?」

 

「物資を届けに行くのよ。戦いに行くわけではないわ」

 

「最近、この辺りで武装した連中が出るって聞いたぞ」

 

「ええ。だから警戒は必要ね」

 

さらりと言って、テレジアはこちらを見る。

 

「それに、あなたも来てくれるのでしょう?」

 

「……まあな」

 

「なら、心強いわ」

 

楽しそうに微笑まれて、小さく息を吐く。

 

昨日の時点で俺がついていくと言ったことを、しっかり覚えているらしい。

 

「最初からそれを当てにしてなかったか?」

 

「あら。あなたが来ると言ったのは自分からだったと思うけれど?」

 

「そうだけどさ」

 

言い返せない。

 

テレジアは満足そうに笑うと、最後の荷物が積み込まれる様子へ視線を戻した。

 

やがて準備が終わり、俺たちはランドシップを出発した。

 

◇

 

目的地までは、それほど遠くない。

 

それでも今のカズデルで、安全と言い切れる道はほとんど存在しなかった。

 

護衛たちは周囲へ警戒を向け、荷物を運ぶ者たちも必要以上に隊列から離れないよう進んでいる。

 

そんな中でも、テレジアは普段と変わらなかった。

 

荷物を運ぶ者へ声をかけ、同行する兵士を労い、時折遠くへ視線を向ける。

 

その横顔が妙に楽しそうに見えて、俺はしばらく隣から眺めていた。

 

「こういう仕事、好きなんだな」

 

「あら。分かる?」

 

「顔を見ればな」

 

テレジアは少しだけ考えてから、素直に頷いた。

 

「ええ。好きなのだと思うわ。こうして誰かに会いに行けることが」

 

「会いに?」

 

「戦うためではなく、その人たちが明日も暮らしていけるように何かを持っていく。そういう理由で誰かのところへ向かえるのは、嬉しいことだと思わない?」

 

食料を運ぶ。

 

薬を渡す。

 

俺からすれば、やっていることはそれだけだ。

 

けれど、テレジアは昔から、その先を見る。

 

今日を生き延びることだけではなく、明日をどう生きるのかまで。

 

「相変わらずだな」

 

「何が?」

 

「いや。何でもない」

 

俺が首を振ると、テレジアは不思議そうにしながらも、それ以上は聞かなかった。

 

代わりに、少しだけ俺との距離を詰めて歩く。

 

そのまま並んで進んでいるうちに、目的の集落が見えてきた。

 

◇

 

外から見ただけでも、決して豊かな場所ではないことは分かった。

 

簡素な建物が並び、その多くには何度も補修した跡が残っている。

 

俺たちの姿を見つけた住民たちは、最初こそ警戒していた。

 

当然だ。

 

この土地では、見知らぬ武装集団が物資を積んで現れたからといって、それが善意によるものだとは限らない。

 

だが、テレジアが前へ出て一人一人へ言葉をかけ始めると、張り詰めていた空気は少しずつ変わっていった。

 

食料が足りない。

 

薬が不足している。

 

近くの道で、見慣れない武装集団を見かけた。

 

子供が数日前から熱を出している。

 

テレジアはどんな話も途中で遮らなかった。

 

老人でも子供でも変わらない。

 

相手と目線を合わせ、その人が話し終えるまで待つ。

 

「……相変わらずだな」

 

少し離れたところから、その姿を眺める。

 

王だとか、魔王だとか。

 

そんな肩書きを考えるより先に、テレジアは一人の相手として話を聞く。

 

昔から、あいつはそうだった。

 

だから人が集まるのだろう。

 

「お兄ちゃん」

 

不意に、下から声がした。

 

見ると、小さなサルカズの子供がこちらを見上げている。

 

「どうした?」

 

「あのお姉ちゃんの仲間?」

 

「あのお姉ちゃん?」

 

子供が指を差した先には、ちょうど住民と話しているテレジアがいた。

 

仲間。

 

言われて、少しだけ考える。

 

俺はまだ正式にバベルへ入っているわけではない。

 

テレジアについてきて、ここにいるだけだ。

 

もっとも、子供相手にそんな説明をしても仕方ない。

 

「まあ、そんなところだ」

 

「じゃあ、お兄ちゃんも強い?」

 

「どうだろうな」

 

曖昧に返すと、子供が首を傾げた。

 

「弱いの?」

 

「それはちょっと傷つくな」

 

思わず笑うと、子供もつられて笑った。

 

頭を軽く撫でてやる。

 

その時、何となく視線を感じて顔を上げると、少し離れた場所にいるテレジアと目が合った。

 

何故か嬉しそうに微笑んでいる。

 

何なんだ。

 

そう思った、その時だった。

 

風に混じって、小さな金属音がした。

 

続いて、複数の足が土を踏む音。

 

さっきまでとは空気が違う。

 

俺は子供の肩へ手を置く。

 

「中に入ってろ」

 

「え?」

 

「早く」

 

声の調子が変わったことに気づいたのか、子供は素直に建物へ走っていった。

 

「全員、建物の中へ!」

 

俺の声に、周囲にいたバベルの兵士たちが振り返る。

 

「何か――」

 

「来る!」

 

言い終えるより早く、集落の外から矢が飛んできた。

 

剣を抜く。

 

乾いた音とともに、刃で矢を弾き落とした。

 

一瞬遅れて、周囲から悲鳴が上がる。

 

「敵襲!」

 

「住民を中へ!物資は後でいい、人を優先しろ!」

 

護衛たちがすぐに動き始める。

 

俺は周囲を確認し、そのままテレジアの前へ出た。

 

視線だけが交わる。

 

昔から何度も繰り返してきたことだ。

 

俺が前に立つ。

 

テレジアは、その後ろにいる。

 

それだけで互いに何をすればいいかは分かる。

 

「無理はしないで」

 

「それ、俺に言ってる?」

 

「他に誰がいるの?」

 

「なら大丈夫だよ」

 

剣を構える。

 

集落の外から、武装した男たちが姿を現した。

 

十数人。

 

略奪が目的なのか、それとも別の理由があるのか。

 

今はどうでもいい。

 

俺の後ろにはテレジアがいる。

 

そのさらに後ろには、逃げ遅れた住民たちがいる。

 

なら、やることは決まっていた。

 

敵が走ってくる。

 

俺も地面を蹴った。

 

最初の刃を受け流し、その勢いのまま懐へ入る。

 

柄で腹を打てば、一人目が身体を折るようにして崩れた。

 

右から突き出された槍を半歩ずれて避ける。その柄を掴んで強く引けば、相手の体勢が崩れた。

 

足を払って倒す。

 

振り返るより早く、今度は背後から短剣が伸びてきた。

 

刃を受け、相手の手首を弾く。

 

考えるより先に身体が動く。

 

長く戦っていれば、嫌でも身につく。

 

どこに立てばいいのか。

 

誰を先に止めれば、後ろにいる人間へ刃が届かないのか。

 

一対一で敵を倒すことより、そういう戦い方の方が俺には馴染んでいた。

 

大柄な男が斧を振り下ろしてくる。

 

剣で受けた瞬間、腕へ重さが伝わった。

 

だが、それだけだ。

 

力の向きを横へ逸らし、空いた足元へ刃を走らせる。

 

男が呻きながら膝をついた。

 

その向こう。

 

弓を構える男が見えた。

 

向けられた矢の先を追う。

 

「――チッ」

 

テレジア。

 

弦が放たれる。

 

考える前に足が動いていた。

 

テレジアとの間へ滑り込み、飛んできた矢を剣で叩き落とす。

 

「セラスティア」

 

「怪我は?」

 

「私は大丈夫よ。それより、あなた――」

 

「ならいい」

 

弓へ二本目の矢を番えようとしている男との距離を一気に詰める。

 

剣の腹で腕を打ちつけると、弓が地面へ落ちた。

 

それで、ほとんど終わりだった。

 

残った敵もバベルの兵士たちによって次々に制圧されていく。

 

何人かは逃げ出したが、追う必要はない。

 

住民も物資もここにある。

 

俺たちが守るべきものは、最初からこっちだ。

 

「……終わったな」

 

息を吐き、剣についた血を払う。

 

鞘へ戻そうとしたところで、後ろから名前を呼ばれた。

 

「セラスティア」

 

振り返る。

 

テレジアが、俺をじっと見ていた。

 

視線が腕から肩、足元へと順番に動いていく。

 

「怪我はしてないよ」

 

「まだ何も聞いていないわ」

 

「その顔見れば分かる」

 

そう言いながら、両腕を軽く広げて見せる。

 

「ほら。どこも斬られてないし、矢にも当たってない」

 

テレジアはすぐには答えず、本当に傷がないか確かめるように俺を見る。

 

「あなたはそう言って、後になってから怪我が見つかることがあるでしょう?」

 

「昔の話だろ」

 

「長い付き合いだからこそ、あなたの『大丈夫』をそのまま信用しない方がいいと学んだのよ」

 

「信用ないな」

 

「実績の問題よ」

 

困ったように返される。

 

それでも、傷がないと分かったらしい。

 

ようやくテレジアの表情から力が抜けた。

 

「お兄ちゃん!」

 

今度は別の方向から声が飛んできた。

 

先ほどの子供が、建物の入口から顔を覗かせている。

 

「まだ危ないかもしれないから、中にいろ」

 

「でも、お兄ちゃんやっぱり強かった!」

 

目を輝かせている。

 

どう返したものかと頭を掻いていると、隣でテレジアが楽しそうに笑った。

 

「よかったわね」

 

「何が?」

 

「弱くないって分かってもらえて」

 

「……そこ覚えてたのかよ」

 

近くにいた兵士まで吹き出した。

 

忘れてほしかった。

 

◇

 

負傷者の手当てと周辺の確認を終えた頃には、予定よりかなり時間が経っていた。

 

幸い、住民に大きな被害はない。

 

こちらにも軽傷者が数人出ただけで済んだ。

 

帰り道。

 

少し前までの騒ぎが嘘のように、辺りは静かだった。

 

俺が荷物を運ぶ車両の横を歩いていると、隣のテレジアがこちらを見る。

 

「今日はありがとう、セラスティア」

 

「何だよ、急に」

 

「急ではないわ。ちゃんと言っておきたかったの」

 

「お前の前に立つのなんて、いつものことだろ」

 

そう返すと、テレジアは少しだけ目を細めた。

 

「ええ。だからこそよ」

 

また、よく分からないことを言う。

 

けれど、その顔を見れば問い返しても答えてくれない気がした。

 

俺はそれ以上聞かなかった。

 

しばらくして前を歩いていた兵士から声が上がり、テレジアがそちらへ向かう。

 

その背中を眺めながら、ふと集落でのことを思い出した。

 

あの子供。

 

住民たち。

 

一緒に戦ったバベルの兵士たち。

 

普段なら、テレジアさえ無事ならそれで終わりだと思っていたはずだ。

 

今日は全員が無事に帰れそうだ。

 

それを確認すると、少しだけ肩の力が抜けた。

 

◇

 

ランドシップへ戻る頃には、外はかなり暗くなっていた。

 

テレジアたちと別れ、自分の部屋へ戻ろうとしたところで、後ろから声が飛んでくる。

 

「セラスティア」

 

テレジアではない。

 

振り返ると、ケルシーが立っていた。

 

「今日の任務について報告を受けた」

 

「早いな」

 

「報告を受けることも私の役目だ。襲撃を最初に察知したのはお前だったそうだな」

 

「たまたまだよ」

 

「十数名を相手に戦線を維持しながら住民を守り、飛来した矢を二度迎撃した。それも偶然か?」

 

「……大げさだな」

 

思わず苦笑する。

 

俺からすれば、見えたものへ対処しただけだ。

 

ケルシーは返事をせず、しばらくこちらを見ていた。

 

昨日までとは少し違う目だった。

 

「何だよ」

 

「いや」

 

ケルシーが一度だけ目を細める。

 

「お前について、少し認識を改める必要がありそうだと思っただけだ」

 

「何の認識?」

 

「それはまた話す。今日は休め」

 

「おい、待てよ」

 

呼び止める間もなく、ケルシーは歩いていった。

 

何だったんだ。

 

首を傾げていると、すぐ近くから小さな笑い声が聞こえた。

 

「……テレジア」

 

いつの間に戻ってきたのか、テレジアがそこに立っていた。

 

「私は何も言っていないわよ?」

 

「絶対何か知ってるだろ」

 

「さて、どうかしら」

 

「またそれかよ」

 

問い詰めても、たぶん答えない。

 

諦めて歩き出すと、テレジアも自然に隣へ並んだ。

 

ケルシーが何の認識を改めるつもりなのか。

 

俺にはさっぱり分からない。

 

ただ。

 

隣を歩くテレジアだけが、何故か少し嬉しそうに見えた。

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