夏雪草が帰る場所   作:Bestmeever

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第29話 なんて言ってますか?

翌日の昼を少し過ぎた頃、俺は部屋にいた。昨日の任務で使った装備はすでに整備へ回してあるし、今日の予定も午後にいくつか確認がある程度だった。珍しく時間が空いた。

 

「暇そうね」

 

窓際にいたテレジアが言う。

 

「暇じゃないよ。休んでる」

 

「それを暇と言うのではなくて?」

 

「違う」

 

「そう?」

 

絶対分かって言っている。ベッドへ横になろうかと思ったところで、扉が叩かれた。

 

「どうぞ」

 

扉が開き、顔を覗かせたのはアーミヤだった。

 

「失礼します」

 

「どうした?」

 

昨日より顔色はいい。それでも、完全に疲れが抜けたようには見えなかった。

 

「ケルシー先生のところに行ってきたんです」

 

「怒られた?」

 

「怒られてません」

 

間がある。

 

「……休むようには言われました」

 

「ほぼ怒られてるじゃん」

 

「違います」

 

テレジアが笑う。

 

「ケルシーらしいわね」

 

当然、アーミヤには聞こえない。昨日と同じように椅子へ行こうとしたので、ベッドの隣を軽く叩くと、アーミヤがこちらを見た。

 

「今日もですか?」

 

「嫌なら椅子でもいいけど」

 

「嫌とは言ってません」

 

昨日と同じ場所へ座る。

 

ただ、昨日とは少し違った。アーミヤは座ってもすぐには話さず、机、窓、棚と部屋の中を見ていき、それから俺の少し横、テレジアがいる場所で視線を止めた。気のせいではない。明らかに見ている。テレジアも気づいたらしく、アーミヤと同じように首を傾げた。もちろん視線は合わない。

 

「アーミヤ?」

 

「はい」

 

返事はした。でも、また俺の横を見る。

 

「何かある?」

 

聞くと、アーミヤは迷った。

 

「……昨日から、聞こうか迷ってたことがあるんです」

 

嫌な予感がして、テレジアを見る。

 

「昨日もそうでした」

 

アーミヤが続ける。

 

「私と話している時、何度か同じところを見ていましたよね」

 

「気のせいじゃない?」

 

「今も見ました」

 

逃げ道がなかった。テレジアが口元へ手を当てて笑っている。お前のせいでもあるんだからな。

 

「それに、前からときどきありましたよね」

 

「何が?」

 

「誰もいないところを見て、少し間を置いてから返事をしたり。何もないはずの場所を気にしていたり」

 

思い当たる。完全に隠してきたつもりだったが、二年以上も一緒にいれば、全部を隠し通せるわけではない。俺にとってテレジアと話すことはもう日常になっていて、周りに誰もいないと思って返事をしたり、視線だけ向けたりすることは確かにあった。

 

「昨日、ここに来て、やっぱり気のせいじゃないのかなって思ったんです」

 

「……よく見てるな」

 

「長い付き合いですから」

 

昨日も聞いた言葉だったが、今度は少し意味が違った。

 

「セラスティアさん」

 

アーミヤの声が変わる。怖がっているわけではなく、聞いていいのか迷っているような顔だった。

 

「誰か、いるんですか?」

 

すぐには答えられず、テレジアを見る。今度は笑っていなかった。静かに俺を見ている。答えは自分で決めろということだと思う。

 

「……いるよ」

 

アーミヤの耳が僅かに動く。

 

「誰ですか?」

 

ここまで来たら、誤魔化す方がおかしい。それでも、名前を口にするまで少し時間がかかった。

 

「テレジア」

 

アーミヤが固まった。しばらく何も言わない。

 

「……テレジアさん?」

 

「ああ」

 

「ここに?」

 

「いる」

 

アーミヤの視線がすぐ俺の隣へ向く。でも少しずれていて、テレジアはもう少し右だ。そのことが妙に苦しかった。

 

「今も……ですか?」

 

「今も」

 

「どこに?」

 

俺は手で示す。

 

「そこ」

 

テレジアはアーミヤの前へ少し移動した。

 

「もうちょっと左」

 

アーミヤが顔を動かす。

 

「そこ」

 

今度はちゃんとテレジアの方を向いた。見えてはいない。何もない場所を見ているだけだ。それでも、テレジアの表情が変わった。

 

「アーミヤ」

 

名前を呼ぶ。届かない。分かっているのに、もう一度呼ぶ。

 

「アーミヤ」

 

声が震えていた。俺は黙っていた。アーミヤも、何も見えない場所をずっと見ている。やがて、俺へ顔を戻した。

 

「いつからですか?」

 

「あの日のあとから」

 

テレジアが死んで、俺が目を覚ました時、そこにいた。それ以上は、今ここで説明しなくていい気がした。

 

「ケルシー先生には話したんですか?」

 

「話した。でも、ケルシーには見えないし、声も聞こえない。今のところ、見えてるのは俺だけだ」

 

アーミヤが黙る。

 

「どうして……?」

 

俺は首を振った。

 

「分からない。俺にも、詳しいことは分かってないんだ」

 

アーミヤはしばらく俺を見ていた。もう少し聞かれると思ったが、それ以上は聞かなかった。

 

「触れたりは?」

 

「できない」

 

アーミヤの表情が曇る。昨日、テレジアの指がアーミヤの髪をすり抜けたのを思い出す。

 

「……どうして」

 

アーミヤが小さく言った。

 

「どうして、教えてくれなかったんですか?」

 

責めるような声ではなかった。だから余計に答えづらかった。

 

「最初は、俺自身も信じられなかったから」

 

「信じられなかった?」

 

「俺にしか見えないんだぞ。だから、しばらくは誰かに言えるようなことじゃなかった」

 

それは本当だった。ケルシーにすら見えなかったし、自分に何が起きているのかも分からなかった。

 

一度言葉を切ってから続ける。

 

「それに、アーミヤに言うのが怖かった」

 

「私に?」

 

「ああ」

 

アーミヤは幼い頃からずっとテレジアのことが大好きだった。そんなアーミヤに、俺には見えるけどお前には見えないと言うのが怖かった。

 

「お前がどう思うか分からなかったから。傷つくかもしれないと思った」

 

アーミヤは黙って聞いていたが、少しして口を開いた。

 

「セラスティアさん」

 

「うん」

 

「それは、私が決めたかったです」

 

顔を上げる。

 

「何を?」

 

「傷つくかどうかも。信じるかどうかも」

 

強い言い方ではなかった。でも、はっきりしていた。

 

「セラスティアさんが私のことを考えてくれたのは分かります。でも、私がどう思うかまで先に決めないでほしかったです」

 

何も返せなかった。テレジアを見ると、彼女も少し困ったように、でも嬉しそうに笑っている。

 

「大きくなったでしょう?」

 

小さく言ったその声が聞こえていたら、たぶんアーミヤは少し怒ったと思う。

 

「……ごめん」

 

俺が言うと、アーミヤの耳が僅かに下がった。

 

「謝ってほしいわけじゃないんです」

 

「うん」

 

アーミヤがもう一度、テレジアのいる場所を見る。

 

「でも、これからは教えてください」

 

「分かった」

 

「隠さないでください」

 

「努力する」

 

「努力じゃなくて」

 

「分かったって」

 

いつものアーミヤが少し戻ってきた。テレジアが笑う。

 

「私からもお願いするわ」

 

「お前は俺にしか聞こえないだろ」

 

反射的に返した。

 

「あ」

 

アーミヤが俺を見る。やった。

 

「……今」

 

「忘れて」

 

「テレジアさん、何か言ったんですか?」

 

もう遅かった。テレジアは完全に楽しんでいる。

 

「何て?」

 

その問いに、一瞬だけ部屋が静かになった気がした。

 

「……私からもお願いするわ、って」

 

アーミヤの目が大きくなる。

 

「テレジアさんが?」

 

「ああ」

 

「今、私のことを見ていますか?」

 

テレジアを見る。

 

「見てる」

 

「どんな顔ですか?」

 

「笑ってる」

 

「セラスティア」

 

テレジアが少し不満そうに言う。

 

「それだけ?もっとあるでしょう?」

 

「面倒くさいな」

 

「誰が?」

 

アーミヤが聞く。

 

「テレジア」

 

また普通に答えてしまった。もう隠す必要もないか。テレジアが呆れたように笑う。

 

「本当に、変なところは変わらないのね」

 

「変なところって言われた」

 

「私、何も言ってませんよ?」

 

「テレジアが」

 

アーミヤが、泣きそうな顔のままほんの少し笑った。

 

「……本当に、いるんですね」

 

その声で、胸の奥が少し痛くなった。

 

「うん」

 

アーミヤはまたテレジアの方を見る。何も見えていない。それでも、今度は迷わなかった。

 

「お久しぶりです、テレジアさん」

 

テレジアの表情が止まる。

 

「アーミヤ……」

 

「私には、テレジアさんが見えません。声も聞こえません。でも」

 

息を吸う。

 

「セラスティアさんが、そんな嘘をつくとは思わないので」

 

「お前それ褒めてる?」

 

「褒めています」

 

即答だった。

 

「だから、信じます」

 

テレジアが口元を押さえた。泣いている。幽霊でも涙は出るらしい。落ちる前に消えていくけれど。

 

「……ありがとう、アーミヤ」

 

俺を見る。

 

「伝えて」

 

分かった。

 

「ありがとう、って」

 

アーミヤの目も潤む。

 

「はい」

 

それから少し迷って、アーミヤが続ける。

 

「私も……会いたかったです」

 

テレジアが目を閉じ、アーミヤの頬へ手を伸ばす。触れない。指先がそのまま通り抜ける。でも今度は昨日と少し違った。アーミヤは何も感じていないはずなのに、ほんの僅かに、テレジアが手を伸ばしている方へ顔を傾けた。たぶん偶然だ。それでも、誰も何も言わなかった。

 

◇

 

しばらくしてアーミヤが落ち着いた頃、俺たちは机を囲んでいた。俺とアーミヤの向かいには、椅子に座るような格好でテレジアもいる。当然、椅子そのものには何も起きない。

 

「そこですか?」

 

アーミヤが聞く。

 

「そこ。向かい側」

 

アーミヤが何もない椅子へ身体を向ける。テレジアは嬉しそうだった。

 

「何だか不思議ですね」

 

「俺はもう慣れた」

 

「セラスティアは慣れすぎなのよ」

 

「何て言ってますか?」

 

早い。もう使いこなしている。

 

「俺が慣れすぎだって」

 

「それは私も思います」

 

「何で?」

 

二人に同じことを言われた。一人は聞こえていないはずなのに、納得いかない。アーミヤが笑った。昨日とは違う笑い方だった。完全に元気になったわけではないし、ミーシャのことが消えたわけでもない。それでも、昔のアーミヤに近い顔だった。

 

「テレジアさん」

 

アーミヤが呼ぶと、テレジアがすぐ顔を上げる。

 

「なあに?」

 

聞こえない。

 

「……ミーシャさんのこと」

 

アーミヤの表情が戻る。

 

「昨日、セラスティアさんには聞きました」

 

ロドスは正しいのか。自分は間違っていなかったのか。答えは出なかった。

 

「テレジアさんは」

 

そこで一度止まり、俺を見る。

 

「なんて言ってますか?」

 

テレジアを見る。すぐには答えず、窓の外へ目を向けて考えている。アーミヤは急かさない。俺も急かさなかった。やがて、テレジアが口を開いた。

 

「私にも、何が正しかったのかは分からないわ」

 

テレジアはアーミヤを見る。

 

「今からなら、いくらでも別の道を考えることはできる。でも、それは結果を知っている今だから言えることよ」

 

少し間を置いて、穏やかに続ける。

 

「救えなかったことを忘れなくていい。悲しかったことも、苦しかったことも。でも、救いたいと思った自分まで嫌いにならないで。そうしてしまったら、次に誰かを助けたいと思った時、手を伸ばすことまで怖くなってしまうから」

 

テレジアは少しだけ声を強めた。

 

「それから、私の言葉を答えにしないでね。私は、あなたに私と同じ道を歩いてほしいわけではないの」

 

テレジアは笑った。

 

「あなたが見て、あなたが考えて、あなた自身の答えを選んでほしい」

 

「……長い」

 

思わず言う。

 

「セラスティア?」

 

「省略していい?」

 

「駄目よ」

 

「だよな」

 

アーミヤが不思議そうに俺を見る。

 

「長かったんですか?」

 

「長かった」

 

「全部お願いします」

 

こっちも容赦がない。仕方なく、覚えている限りそのまま伝えた。途中で何度かテレジアに訂正が入る。

 

「そこは少し違うわ」

 

「細かいよ」

 

「大事なところよ」

 

「セラスティアさん?」

 

「今訂正入った」

 

アーミヤが小さく笑う。それでも最後まで聞いて、俺が伝え終える頃には俯いていた。

 

「……そうですか」

 

しばらく誰も話さなかった。テレジアが心配そうにアーミヤを見ている。

 

「重かったかしら」

 

「お前が言ったんだろ」

 

「そうだけれど」

 

「何て言ってますか?」

 

聞こえてないのに、よく分かるな。

 

「重かったかな、って心配してる」

 

アーミヤが顔を上げ、考える。

 

「重いです」

 

テレジアが固まった。

 

「でも、テレジアさんらしいなって思いました」

 

「……そう?」

 

テレジアが俺に聞く。

 

「そうだって」

 

伝えると、テレジアが安心したように笑った。

 

「ありがとうございます」

 

アーミヤが何もない席へ向かって頭を下げる。

 

「まだ分かりません。ロドスが正しいのかも、自分がこれから何をすればいいのかも。でも、考えます」

 

テレジアが頷く。

 

「ええ」

 

俺が伝えようとしたところで、アーミヤが先に言った。

 

「たぶん今、頷いてますよね?」

 

伝えようとしていた言葉が止まる。

 

「何で分かった?」

 

「何となくです」

 

テレジアが嬉しそうに笑った。

 

「やっぱり、私のアーミヤね」

 

「それ伝える?」

 

「もちろん」

 

「今のはやめた方が」

 

「セラスティアさん?」

 

仕方ない。

 

「私のアーミヤね、だって」

 

アーミヤの顔が一気に赤くなった。

 

「テ、テレジアさん!」

 

当然、声は届かない。

 

「ふふ」

 

テレジアだけが楽しそうだった。何だこれ。

 

◇

 

そこからは、任務やミーシャ、ロドスの正しさとは関係のない、もっと普通の話になった。

 

「最近ちゃんと眠っているの?」

 

「テレジアがちゃんと寝てるかって」

 

「寝ています」

 

「昨日俺の部屋来たの何時だっけ?」

 

「寝ています」

 

「二回言った」

 

「セラスティアさんは?」

 

「俺?」

 

「最近また寝坊してるじゃないですか」

 

「毎日じゃない」

 

テレジアが笑う。

 

「昨日も朝食を抜いていたでしょう?」

 

「何で知ってるんだよ」

 

「一緒にいるもの」

 

「テレジアさん、何て?」

 

「……何でもない」

 

「教えてください」

 

「俺が朝飯抜いたって」

 

アーミヤの目が細くなる。

 

「セラスティアさん。ちゃんと食べてください」

 

「お前も昨日ろくに食ってないだろ」

 

「私は食べました」

 

「少しだけだろ」

 

「見てたんですか?」

 

「見てた」

 

「二人ともよ」

 

テレジアが言う。

 

「何て?」

 

「二人ともだって」

 

アーミヤと顔を見合わせる。

 

「……はい」

 

「……分かった」

 

二人同時に答えた。テレジアが満足そうだった。

 

昔、こんなことがあった。アーミヤがまだ小さかった頃、三人で同じ机を囲んで、飯を食って、仕事の話をして、くだらないことでテレジアに注意された。今の状況は似ているけれど、違う。あの頃のアーミヤは、俺たちの言うことを聞いていればいい子供だった。今は自分で考えるし、俺にもテレジアにも反論する。

 

それでいい。むしろ、その方がいい。

 

「セラスティアさん」

 

「何?」

 

「これからも、テレジアさんが何か言ったら、教えてくれますか?」

 

「全部?」

 

「できれば」

 

「結構喋るよ、こいつ」

 

「セラスティア?」

 

「ほら」

 

アーミヤが笑う。でも俺は少し考えた。

 

「聞きたい時は、ちゃんと教える。全部俺が勝手に伝えるんじゃなくて、アーミヤが聞きたい時に」

 

テレジアを見ると、彼女も頷いた。

 

「私も、それがいいと思うわ」

 

「テレジアもそれでいいって」

 

アーミヤは考えて、頷いた。

 

「分かりました」

 

それでいい。テレジアの言葉だから正しい、テレジアがそう言うから従う。昔の俺には、そういうところがあった。アーミヤには同じようになってほしくない。

 

「でも、普通の話は教えてくださいね」

 

「普通の?」

 

「今日何食べたいとか。最近のセラスティアさんの寝坊とか」

 

「後半いらなくない?」

 

「必要です」

 

「必要よ」

 

「お前まで言うなよ」

 

また二人に笑われた。一人にはもう一人の声は聞こえていないのに、何となく同じところで笑っている。

 

◇

 

しばらくして、アーミヤが立ち上がった。

 

「そろそろ戻ります」

 

「休めって言われたんじゃないの?」

 

「部屋へ戻るんです」

 

「ならいい」

 

「セラスティアさんも休んでください」

 

「はいはい」

 

「返事が軽いです」

 

「分かったって」

 

扉へ向かう途中で、アーミヤが止まった。振り返る。俺ではなく、テレジアがいる方へ。

 

「テレジアさん」

 

テレジアも顔を上げる。

 

「今日は、ありがとうございました」

 

いつものように軽く頭を下げる。

 

「また来てもいいですか?」

 

テレジアの顔が一気に柔らかくなる。

 

「もちろん」

 

俺を見る。言わなくても分かった。

 

「もちろん、だって」

 

アーミヤが笑う。

 

「よかった。じゃあ、また来ます」

 

「うん」

 

「ええ。待っているわ」

 

今度は頼まれる前に伝える。

 

「待ってるって」

 

アーミヤが一度だけ頷いた。

 

「はい」

 

扉が閉まって、静かになった。少しして、テレジアが息を吐く。

 

「……嬉しいものね」

 

「何が?」

 

「また来る、と言ってもらえること」

 

窓際へ戻る。その横顔は少し寂しそうで、それ以上に嬉しそうだった。

 

「直接話せたらよかったのにな」

 

「そうね」

 

否定しない。

 

「抱きしめることもできないし」

 

「うん」

 

昨日、アーミヤへ伸ばした手は触れられなかった。

 

「でも、聞こうとしてくれたわ」

 

「何を?」

 

「私の言葉を」

 

少し考える。確かに、見えない、聞こえない、触れられない。それでもアーミヤは、テレジアがいると信じて、「なんて言っていますか」と聞いた。

 

「それだけで、今は十分よ」

 

テレジアが笑った。俺もたぶん同じだった。

 

昔と同じ三人には戻れない。俺も、アーミヤも、テレジアも、あの頃とは違う。

 

それでも、もう一度三人で話すことくらいはできる。

 

少し変なやり方だけど、今はそれで十分だった。

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