夏雪草が帰る場所   作:Bestmeever

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第30話 そっちを頼む

アーミヤがテレジアのことを知ってから、数日が経った。何かが大きく変わったわけではない。テレジアが見えるのは今も俺だけで、アーミヤが彼女と話したければ俺が間に入る必要がある。ただ、以前にはなかった光景が増えた。

 

「テレジアさんもいますか?」

 

朝の廊下で会ったアーミヤが、挨拶の次にそう聞いた。

 

「いるよ。隣」

 

言われて、アーミヤが俺ではなく少し横を見る。実際には視線が少しずれていたが、わざわざ直すほどでもない。

 

「おはようございます、テレジアさん」

 

「おはよう、アーミヤ」

 

当然、返事は届かない。俺が伝えようとすると、テレジアがその前に続けた。

 

「それと、今日はちゃんと朝食を食べたのか聞いてくれる?」

 

「朝からそれ?」

 

「大事なことでしょう?」

 

仕方なくアーミヤへ向き直る。

 

「朝飯食べたかって」

 

「食べました」

 

即答だった。テレジアが疑うように目を細める。

 

「ちゃんと?」

 

「ちゃんとかって」

 

「食べました!」

 

今度は少し強かった。

 

「だってさ」

 

「ならいいわ」

 

伝える前に、アーミヤが息を吐く。

 

「たぶん今、納得しましたよね?」

 

「正解」

 

少しずつ、この妙な会話にも慣れてきているらしい。テレジアも嬉しそうだった。昔と同じではない。それでも三人で普通の話ができる時間は、思っていたより悪くなかった。

 

「アーミヤ」

 

廊下の先から呼ばれる。振り返ると、ケルシーがこちらへ歩いてきていた。その表情を見れば、ただの朝の挨拶ではないことくらい分かる。

 

「ドクターを呼んで作戦室へ来い。セラスティア、お前もだ」

 

アーミヤの表情がすぐに切り替わった。

 

「分かりました、ケルシー先生」

 

俺も頷く。横でテレジアが小さく息を吐いた。

 

「穏やかな朝はここまでみたいね」

 

どうやら、その通りだった。

 

◇

 

龍門から離れた場所に、チェルノボーグから切り離された都市区画が残っている。先行して調査へ入ったロドスの偵察隊から、レユニオンの存在が報告された。

 

メテオリーテ、フロストリーフ、ジェシカ。知っている連中だった。

 

「偵察班との通信状況が悪化している」

 

作戦室でケルシーが地図を示す。

 

「レユニオンの部隊が展開していることも確認された。偵察任務から救出任務へ切り替える」

 

ドクターが地図を確認している。その隣にはアーミヤ。今回はロドスだけではなく、龍門近衛局も共同で動き、チェンとホシグマが率いる部隊も現地へ向かうことになった。

 

「セラスティア」

 

ドクターに呼ばれた。

 

「うん」

 

「君は龍門側に残ってほしい」

 

少しだけ地図から顔を上げる。アーミヤたちが偵察班を助けに行く。自分もそちらへ行くものだと思っていた。ただ、ドクターは続けた。

 

「ここ数日、龍門周辺でもレユニオンの動きが増えている。偵察班が見つけた部隊だけが相手とは限らない」

 

ケルシーも頷く。

 

「龍門と協力関係を結んだ以上、こちらを空にするわけにはいかない。特に避難・防衛へ即座に回せる戦力を残しておきたい」

 

「それで俺か」

 

「そうだ」

 

筋は通っている。現地にはアーミヤだけでなく、ドクターもいる。チェンとホシグマも向かうし、ロドスの戦力も複数いる。

 

「分かった」

 

俺は地図を閉じた。アーミヤがこちらを見る。

 

「セラスティアさん」

 

「ちゃんと帰ってこいよ」

 

先に言う。アーミヤは一瞬だけ目を丸くして、それから頷いた。

 

「はい」

 

その視線が自然に俺の横へ移る。

 

「テレジアさんは?」

 

テレジアが柔らかく笑った。

 

「私も同じよ。気をつけて」

 

そのまま伝える。

 

「気をつけて、だって」

 

「分かりました」

 

アーミヤが笑う。ドクターが地図を畳みながら俺を見た。

 

「龍門側を頼む」

 

数日前なら、その言葉をもう少し重く受け取ったかもしれない。今は、

 

「了解」

 

それだけで済んだ。少し考えてから付け足す。

 

「そっちは任せる」

 

ドクターの動きが一瞬だけ止まった。けれど何かを聞き返すこともなく、短く頷く。

 

「ああ」

 

昔のような関係ではない。それでも、互いの持ち場を預けるくらいなら、もうできる。

 

◇

 

アーミヤたちが龍門を離れてから、しばらくは断片的に報告が届いていた。

 

偵察隊の痕跡を確認。レユニオンと交戦。負傷者あり。救出隊は前進中。

 

その後の報告では、廃都市内部でチェンが何者かを見つけて先行し、追おうとしたアーミヤたちはレユニオンに阻まれたらしい。戦闘後もチェンとは別れたままになり、さらに奥は天災の影響で源石濃度が高い区域だった。そこでアーミヤたちはホシグマたち龍門近衛局に外縁を任せ、通信の途絶えた偵察隊とチェンを探すため、ロドスだけで奥へ進んだ。

 

その後、一度はチェンと合流したものの、チェンは近衛局側へ戻ったらしい。やがてチェンたちは龍門へ退き、アーミヤとドクターたちは偵察隊の救出を続けるため廃都市に残った。

 

俺は龍門東部の外周を、数人のロドスオペレーターと巡回していた。

 

「向こうが気になる?」

 

テレジアが聞く。

 

「ああ」

 

端末を見る。連絡は来ない。

 

「でも、行かない」

 

龍門へ視線を戻す。ここを離れて廃都市へ向かったとしても、今から間に合う保証はない。それに、自分がここへ残された理由も分かっている。

 

「向こうにはアーミヤもドクターもいる。俺はこっちを任された」

 

「ええ」

 

テレジアは静かに頷いた。そう口にしても、端末を気にしてしまうことまでは止められなかった。

 

◇

 

状況が一気に変わったのは、朝だった。緊急通信が飛び込んでくる。

 

『龍門内部でレユニオンを確認!複数区画で同時に戦闘が発生!』

 

足を止める。

 

「場所は?」

 

『東部居住区、南側輸送路、それと――』

 

報告が続く。一か所ではない。離れた場所で同時に戦闘が始まっている。さらに別の通信が割り込んだ。

 

『L.G.D.本部が制圧された!』

 

一瞬、聞き間違えたかと思った。

 

「本部?」

 

『レユニオンが侵入している!近衛局は反撃態勢を整えてる!』

 

地図を開く。チェンたちが龍門へ戻った時には、すでに本部はレユニオンの手に落ちていたらしい。廃都市だけが戦場だったわけじゃない。龍門そのものも、同時に狙われていた。しかも本部だけではなく、居住区、輸送路、外周と、いくつもの場所で戦闘が起きている。

 

「戦力を散らすつもりか」

 

「そうみたいね」

 

テレジアも地図を見る。龍門近衛局も、ロドスも、一か所へ集まれない。

 

『セラスティア!東部居住区の避難が遅れてる!近衛局が敵部隊と交戦中で手が足りない!』

 

「分かった。そっちへ行く」

 

走り出す。アーミヤたちのことは気になるが、今はこっちだ。

 

◇

 

龍門の中で戦うのは、荒野や廃墟とは違う。道の左右には店があり、住居があり、ついさっきまで普通に生活していた人間がいる。

 

角を曲がった先で悲鳴が聞こえた。避難中の住民と、その前を塞ぐレユニオン。

 

「下がって!」

 

抜刀する。一人目の武器を刀の峰で弾き、手首を打つ。二人目の懐へ入り、腹へ柄を叩き込む。倒れたところを越えて三人目。殺す必要はない。ここで必要なのは、敵を倒すことより道を空けることだ。

 

「今のうちに!」

 

後ろのロドスオペレーターが住民を誘導する。

 

「怪我人を先に!走れる人は止まらないで!」

 

人の流れが動き始める。その中、壁際に一人だけ座り込んでいる男がいた。腕に黒い結晶。

 

感染者。

 

周囲の人間が距離を取っている。

 

「おい」

 

近づくと、男がこちらを見た。

 

「立てる?」

 

「……俺はいい」

 

「よくない」

 

「感染者だ」

 

「見れば分かる」

 

肩を貸す。男が困惑したように俺を見る。

 

「他の奴を先に」

 

「他も助ける。だから立って」

 

しばらくして、男の手が俺の肩を掴んだ。驚くほど軽かった。

 

「ロドスは感染者を治す会社なんだろ」

 

歩きながら聞かれる。

 

「製薬会社」

 

「同じじゃないのか」

 

「結構違う」

 

横でテレジアが笑った。

 

「そこは訂正するのね」

 

返事はしなかった。今は人が多い。その代わり、少しだけ口元が緩んだ。

 

◇

 

昼前、短い報告が入った。廃都市に残っているロドス隊は生存。そして、エリートオペレーターのブレイズが救援へ入った。それ以上の詳しい状況は分からない。

 

「ブレイズが行ったなら、少しは安心できる?」

 

テレジアが聞く。端末を閉じる。

 

「少しだけな」

 

アーミヤたちがまだ危険な場所にいることは変わらない。それでも、俺以外にも助けに行ける人間はいる。その事実は、ちゃんと受け入れられた。

 

◇

 

一つの避難経路を確保しても、終わりではなかった。次の区画で火災。別の場所ではレユニオンが退路へ回り込む。負傷者が出れば医療班へ運び、崩れた建物があれば中を確認する。午後になっても戦闘は続いた。

 

『セラスティア!北側避難路へ回ってくれ!』

 

通信が入る。

 

「今、建物に取り残されてる人がいる」

 

二階の窓で、誰かが手を振っている。

 

『そこには別班を向かわせた!もうすぐ着く!北側は避難民が数十人いる!』

 

窓を見る。今なら、自分で行けばすぐに助けられる。でも、別班が来る。それを信じない理由はない。

 

「了解。北へ回る」

 

方向を変える。

 

「セラスティア」

 

走り出した俺へテレジアが声を掛ける。

 

「うん」

 

「ちゃんと任せられるようになったのね」

 

少しだけ息を吐く。

 

「まだ気になるけどな」

 

窓を一度だけ振り返る。ちょうどロドスの別班が建物の前へ到着したところだった。

 

「俺が行かなくても助けられるなら、それでいい」

 

「ええ」

 

テレジアはそれ以上何も言わなかった。ただ、少し嬉しそうに俺の横をついてきた。

 

◇

 

日が傾いても、龍門の戦闘は終わらなかった。本部を取られたままでも、近衛局は各地で反撃を続けている。やがて、チェン率いる部隊がL.G.D.本部の奪還へ本格的に動き始めたという報告が入った。

 

俺はまだ東側にいた。朝から何度戦ったか、もう数えていない。

 

「本部へ行かなくていいの?」

 

テレジアが聞く。

 

「向こうにはチェンたちがいる。それに、こっちの避難もまだ終わってない」

 

それだけ答えて、次の区画へ向かう。もう、自分がどこにいるべきかで迷うことはなかった。

 

◇

 

深夜。チェン隊がL.G.D.本部内部へ突入したという情報が届く。メフィスト、ファウスト。敵の幹部が本部にいるらしい。一方、廃都市側については断片的な報告しか入ってこない。ブレイズが現地へ入った。アーミヤたちは生きている。それ以上は、よく分からない。

 

「長いな」

 

壁へ背を預ける。朝から戦い続けている。

 

「少し座ったら?」

 

「座ってる暇あるかな」

 

「今、座っているでしょう?」

 

言われて気づく。壁際の箱に腰を下ろしていた。

 

「……疲れてるな」

 

「ええ」

 

テレジアは笑わなかった。

 

「少しだけ休んで。呼ばれたら立てばいいわ」

 

「分かった」

 

数分だけ、目を閉じた。

 

◇

 

日付が変わってからも、龍門のあちこちで続いていた戦闘は少しずつ減っていった。ただ、L.G.D.本部だけはまだ終わらない。アーミヤたちも戻ってこない。夜明け前、ようやく新しい報告が入った。

 

『廃都市組を回収!』

 

すぐに端末を取る。

 

「アーミヤは?」

 

『生存確認!ドクターも無事!負傷者あり!』

 

長く息を吐くと、肩から力が抜けた。

 

「生きてた」

 

「ええ」

 

テレジアも同じように安心した顔をしている。しかし、続いて入った報告にもう一度端末を見る。

 

『スワイヤーの手配で回収に成功!ブレイズ、アーミヤ、ドクターはそのままL.G.D.本部方面へ向かう!』

 

「そのまま?」

 

朝から廃都市で戦って、救援を受けて、それでも今度は本部へ行く。

 

「アーミヤ……」

 

名前が漏れる。テレジアも心配そうに本部の方角を見る。

 

「本人が決めたのなら」

 

「分かってる」

 

止めたい気持ちはある。無理をするなとも思う。それでも、アーミヤが自分で行くと決めたのなら、そこから先まで俺が決めることではない。

 

「帰ってきたら怒る」

 

「ふふ。そうね」

 

それくらいはしていいだろう。

 

◇

 

しばらくして、ドクターから通信が入った。雑音が強く、風の音も聞こえる。

 

『セラスティア』

 

「どこにいる?」

 

『L.G.D.本部の上空だ』

 

本当にそのまま行ったらしい。

 

「アーミヤは?」

 

『隣にいる』

 

雑音の合間に、風の音がまた入る。

 

「無茶してる?」

 

『かなり疲れている』

 

正直な返事だった。

 

「そっちは?」

 

ドクターが聞く。

 

「東側はほぼ片付いた。避難も大部分は終わってる」

 

『なら』

 

一拍置いて、続いた。

 

『そっちを頼む』

 

朝、俺へ言ったのと同じ言葉。

 

「了解」

 

迷わない。

 

「本部は任せた」

 

『ああ』

 

短い通信だったが、それで十分だった。

 

◇

 

本部で何が起きているのか、俺には断片的にしか分からなかった。チェン、メフィスト、ファウスト。そこへブレイズ、アーミヤ、ドクター。遠くから大きな爆発音が響き、夜空が一瞬だけ明るくなった。

 

「派手だな」

 

「ブレイズかしら」

 

「多分」

 

あいつならやる。

 

俺はまだ残っている負傷者を運び、避難路を確認する。逃げ遅れた住民がいないか、もう一度建物を回った。

 

◇

 

空が白み始める頃、L.G.D.本部奪還の報告が入った。周囲にいたオペレーターたちから、小さな歓声が上がる。大声を出す元気すら残っていない者もいた。俺もようやく肩の力を抜く。

 

「終わったか」

 

「ひとまずは、ね」

 

テレジアが言う。

 

本当に、ひとまずだ。レユニオンが消えたわけではない。逃げた敵もいるし、壊れた街も残っている。それでも今は、勝ったと言っていい。

 

端末が鳴った。ドクターからだった。

 

「お疲れ」

 

『そちらは?』

 

「東側は落ち着いた。避難も終わったよ」

 

『死傷者は』

 

「いる。でも、守れた人の方が多い」

 

通信の向こうで短い沈黙があった。

 

『助かった』

 

その言葉に、昔のドクターを思い出しかける。やめた。今、この言葉を言ったのは今のドクターだ。

 

「そっちもな」

 

返す。

 

「本部、任せてよかった」

 

今度は向こうが少し黙った。

 

『……ああ』

 

それだけだった。でも、悪くなかった。

 

「アーミヤをちゃんと休ませて」

 

『ケルシーにも同じことを言われるだろうな』

 

「じゃあ二人分聞け」

 

通信の向こうで僅かに息が漏れる。笑ったのかもしれない。

 

「帰ってこいよ」

 

『ああ』

 

通信が切れた。テレジアがこちらを見る。

 

「少しずつね」

 

何を指しているのか、聞かなくても分かった。

 

「まあな」

 

昔と同じところまで戻る必要はないし、戻れるとも思っていない。それでも、新しく積み直すことはできる。

 

◇

 

アーミヤと顔を合わせたのは、空が明るくなり始めてからだった。ロドスへ戻ると、医療区画の前にアーミヤがいた。椅子に座っている。明らかに疲れていた。

 

「セラスティアさん」

 

こちらに気づく。

 

「お疲れ」

 

「セラスティアさんも」

 

俺の横へ視線を移す。

 

「テレジアさんは?」

 

テレジアはすでにアーミヤの前まで行っていた。

 

「おかえりなさい、アーミヤ」

 

「おかえりだって」

 

アーミヤの表情が少しだけ緩む。

 

「ただいま戻りました」

 

それから、テレジアのいるあたりへ少しだけ頭を下げた。

 

「無事でよかった」

 

俺が言う。

 

「はい」

 

「でも顔色悪い」

 

「ケルシー先生にも言われました」

 

「なら寝ろ」

 

「このあと休みます」

 

「絶対?」

 

「絶対です」

 

そこまで言うなら、今日は信じる。隣へ座ると、テレジアはアーミヤの反対側へ腰を下ろすような格好をした。少しだけ、三人で並んでいるように見える。

 

「廃都市で何があった?」

 

俺から聞く。アーミヤの表情が変わった。疲れだけではない。何かを思い出している。

 

「レユニオンの部隊に遭遇しました」

 

「途中で連絡が途切れてた」

 

「はい」

 

アーミヤが自分の手を見る。

 

「すごく強い人がいたんです」

 

「誰?」

 

「フロストノヴァ」

 

初めて聞く名前だった。テレジアも黙って聞いている。

 

「周りが一気に凍りました。地面も、建物も……火まで消えて」

 

「そんなに?」

 

「はい」

 

アーミヤの声に、まだ僅かに緊張が残っている。

 

「私たちは、逃げるので精一杯でした」

 

それだけで十分だった。敵がどういう人物なのか、何を考えているのかはまだ何も分からない。ただ、アーミヤたちをそこまで追い詰める相手がいる。

 

「フロストノヴァ」

 

名前を口にする。覚えておく。

 

「また会うかもしれないな」

 

「……そうですね」

 

アーミヤも、それ以上は言わなかった。テレジアが静かにその名前を繰り返す。

 

「フロストノヴァ……」

 

彼女も知らないらしい。

 

「今日はもう、それくらいにしましょう」

 

テレジアがアーミヤを見る。

 

「疲れているもの」

 

「寝ろってさ」

 

「テレジアさんが?」

 

「うん」

 

アーミヤが少しだけ困った顔をする。

 

「二人とも同じこと言うんですね」

 

「見れば分かるから」

 

「私もそう思うわ」

 

「テレジアも同意」

 

逃げ道がなくなったらしい。アーミヤが立ち上がる。

 

「分かりました。今日は休みます」

 

「うん」

 

「テレジアさんも、おやすみなさい」

 

「おやすみ、アーミヤ」

 

「おやすみ、だって」

 

アーミヤが笑う。

 

「はい。おやすみなさい」

 

歩いていく背中を見る。少し前までなら、ちゃんと部屋に戻るかついて行ったかもしれない。今はしない。本人が休むと言った。なら、信じる。

 

「今日は見送るだけなのね」

 

テレジアが言う。

 

「ああ」

 

「それでいいと思うわ」

 

俺も、そう思う。

 

◇

 

俺たちも部屋へ戻る。龍門はまだ完全には静かではない。日が昇れば、今日壊れた場所を直す仕事が始まる。負傷者もいるし、逃げたレユニオンもいる。フロストノヴァという新しい名前も出てきた。何一つ、終わったわけではない。

 

それでも、昨日から今日にかけて、俺は龍門に残った。アーミヤたちは廃都市へ行き、チェンたちは本部を取り返した。最後にはアーミヤとドクター、ブレイズもそこへ加わった。別々の場所で、それぞれが自分にできることをした。

 

全部を自分でやらなくても、守れるものはある。昔の俺には、それがよく分かっていなかった。今だって、完全に分かったとは思わない。

 

それでも、一つずつなら覚えていける気がした。

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