そこはパーティから誰かを“円満に追い出す”ための場所だ。
規定に従い、感情を挟まず、問題を処理する。
それでもすべての追放が気持ちよく終わるわけじゃない。
これは追放を請け負う側が向き合った、
ある一日の記録である。
「では、こちらが“追放通知書”になります」
そう言って差し出した瞬間、
俺の顔面に火球が飛んできた。
この世界には“追放”を仕事にするギルドがある。
俺はその受付で――
なぜか今日も戦っている。
◇
「ふざけるな! こんな汚れた紙にサインできるか!!」
まぁいきなり追放の通知を渡してはいそうですかとサインする奴はそうそういない。
男が逆上し魔力を練り始めた。
火球が膨れ上がり熱波が受付カウンターを撫でる。
怒りは理解できるがカウンターで受付相手に火球はいただけない。
とっさに手元の書類を「耐火加工済み」のクリアファイルにスライドさせた。
耐火とは言えこのファイル、一枚金貨三枚もしたんだ。
俺の給料の結晶が焦がされるのをじっと待つ必要はどこにもない。
「あー……。火球はやめてください。換気扇の吸い込みが追いつかないと、火災報知器が鳴ってギルド全体が避難騒ぎになります。報告書を書くのは俺なんです」
「知ったことか! そんな紙きれごと焼き尽くしてやる!」
男の手から火球が放たれる。
同時に俺はカウンターを乗り越え、火球と壁に飾られた歴代ギルド長の肖像画の間に割り込んだ。あの絵は一点物だ。
煤けたらもっと面倒なことになる。給料が引かれるのはごめんだ。
俺は受付業務用に登録されている簡易結界を、指先で起動した。
火球は着弾する前に弾かれ、
パチン――という乾いた音だけを残して霧散する。
「なっ、なんだ今の――」
「受付業務の妨害と備品破壊は、その場で無力化していいって規定に書いてあるんですよ」
絶句する男の懐に、俺は踏み込む。
重心移動に無駄はない。
これは戦いというより、棚から落ちてくる書類をキャッチするような、慣れきった動きだ。
つまりはただの“日常業務”
男が剣を抜こうとするが、俺の指先がそれより早く男の肘の神経を突く。
「ぐっこいつ」
「そしてやむを得ない場合に限り担当者の裁量で、その場で取り押さえていいんです」
「な、何を――」
「書類は白紙が一番綺麗ですが。……まぁ血で汚れるよりは、マシでしょう」
俺は机を蹴って距離を詰め、そのまま男の額に追放通知書を叩きつけた。
インクが乾く前に、男は白目を剥いて床に沈む。
「ふぅ。よし、十五時まであと十分か」
俺はため息をつき、予備の書類を取り出した。
散らばったペンを拾い、インクが溢れていないか確認する。
「……はい、では先に続きをやりましょうか。リーダーさん」
唖然としている依頼主(リーダー)に向けて、俺は営業用の義務的に口角を上げた笑みを浮かべた。
◇
追放対象を別室で休ませ、俺は依頼人のパーティリーダーと小さな会議室に居た。
依頼主から喋ってくれることを期待したが目の前の彼はだんまりだ。
「はぁ……正直、ここまで拗れる前に何とかしたかったんですけどね」
今回の案件は、いわゆる“ざまぁ案件”とは少し空気が違うのを感じていた。
だから俺は、依頼主であるリーダーにもう一歩だけ踏み込んで聞いてみる。
「一応軽くは紙面で確認しましたがなんでまた追放を?
確かあなたのパーティとは役割的にもよくかみ合っていたはずでは?」
リーダーの男は、頭を抱えるように言った。
「あいつはよ、腕は本物なんです」
「そのようですね」
俺は頷いて先ほどのことを思い返す。
受付カウンターでの火球は確かに腕がある冒険者の練度だった。
ただのチンピラや不良冒険者では難しいほどの実力だろう。
「でもあいつは、戦闘中に消毒始めやがるんだ」
「戦闘中に、消毒ですか…」
「さすがに腕があっても面倒見切れねぇんです」
目の前の男は苦笑した。
「実は既に三回、本気で死にかけました」
リーダーの男が絞り出すように言った言葉に、俺は羽ペンを止める。
「……その死にかけた、というのは物理的なダメージですか? それとも精神的な類の?」
「両方ですよ! 特にひどかったのは、先週の『黒鉄の迷宮』での野営のときです」
男は思い出すのも忌々しいといった様子で、机を叩いた。
「迷宮の奥でようやく一息ついて、さあ飯にしようってなった時です。あいつ、ユークが何を言い出したと思います?」
「……毒見、ですか?」
「毒味だったらどれだけよかったか。『その鍋、さっきゴブリンを斬った時の返り血が、気化して付着している可能性がある。直火で三時間の煮沸、および聖水による三段階洗浄を行わない限り、俺は一切の経口摂取を拒否する』……ですよ」
リーダーはそこで一瞬だけ言葉に詰まった。
まるで、何かを思い出したみたいに。
「……あの事故のあとからです」
「ユークが、ああなったのは」
俺は手元の書類に『調理器具への異常なこだわり』とメモして続きを促した。
「それで、結局どうなったんです?」
「どうもこうもありませんよ。魔物が出るかもしれない暗闇の中、俺たちはあいつが納得するまで、三時間交代で聖水を注ぎながら鍋を火にかけ続けました。
飯が食えたのは日付が変わってから。翌朝は全員、極度の寝不足と空腹でステータスに大幅なデバフがかかってました」
リーダーは頭を抱えてうめく。
「その隙をオークに狙われて、半壊です。
命からがら逃げ帰ってきて、あいつが放った第一言が『オークに触られた。念のため装備を全部買い直すから経費を出せ』ですよ。……もう、限界でした」
「なるほど。……話を事務的に判断すれば、それは『パーティの継戦能力を著しく損なう行為』に該当しますね」
誰かが悪いわけではない。
ただこの男、ユークにとっての「正解」は、このパーティには「毒」だった。それだけのことだ。
少しの沈黙のあと、依頼主はぽつりとこぼす。
「……こんな形で終わるなら……追放っていうのはもっとスカッとするものと思ってました」
「制度上は言葉通り“追放”ですからね」
追放する方もされる方も互いが笑顔で円満なんてことめったにありはしない。
俺は感情を排した声で答え、受理印を書類に押し当てた。
「だいたい、こんなもんですよ。誰も悪くない時ほど、一番後味が悪い」
部屋を後にした俺は、聴取したことをまとめながら依頼用紙に目を落とす。
【ケース19】
件名:潔癖症すぎる剣士
……まあ、
だいたいタイトル通りだった。
自己都合引退を勧めたが拒否されたため、
追放代行を依頼したい――
そんな一文だけが、赤線で強調されている。
「……そりゃ、揉めるよな」
俺はそう呟いて、次の面談予定の欄を確認した。
追放対象:俊足の剣士ユーク
面談予定時刻:本日15:00←時間厳守!遅刻厳禁!
時間の横に書かれた同僚のメモ書きが邪魔だがもうその時間が迫っていた。
「一応、本人の話も聞いておかないと後が怖いんだよな……」
俺は椅子から立ち上がり、予備の追放通知書を鞄に放り込んだ。
どうせまた、ろくでもない挨拶から始まるんだろうか。
◇
面談室で改めて向かい合ったユークは、先ほどとは打って変わって想像していたよりもずっと普通の青年だった。
改めて姿を観察すると、鎧も剣も不自然なくらいきちんと手入れされている。
潔癖症、依頼書に書かれてあった文字がよぎった。
ユーク自身はとても落ち着いていて、ただそれ以上に――やけに疲れた目をしている。
「ああ、先ほどはすみません。急で理不尽に思えてカッとなってしまって」
「いいんです。私のことは気にしないでください」
正直あれくらいならもう慣れたし、あの程度対処できないならこの仕事は向いていない。
「……汚いのが嫌なんじゃないんです」
少し間を置いて、ユークは言った。
「死ぬ確率が上がるのが、耐えられないだけで……」
俺は何も言わず先を促す。
「前のパーティで……罠の見落としがありました。
正確には、見落としたんじゃない。……気づいてはいたんです」
ユークはそこで一度だけ言葉を切った。
「床と壁に、魔物の血と粘液が飛び散ってて……いつもの“兆候”が分かりづらかった。
後衛が一歩踏み出した瞬間でした」
ユークの呼吸が荒くなる。トラウマに対する反応みたいだ。
「……嫌な感じがして声を出そうとした。でも…半拍遅れた」
淡々とした口調だった。
でも、指先だけがわずかに震えていた。
「罠が起動して……」
「二人、死にました」
面談室の空気が、少しだけ重くなる。
ユークは興奮した様子でまくし立てて言葉を紡いていく。
「それからです。血とか汚れとか、匂いとか……全部、“事故の前触れ”に見えるようになったのは」
「拭えば消えるはずの情報で人が死ぬくらいなら……」
「俺が、全部洗えばいいって思ったんです」
ユークは小さく自嘲気味に笑った。
「迷惑なのも、異常なのも……分かってます」
「でも、見過ごして誰かが死ぬくらいなら、嫌われる方がマシだと思ったんです」
「リーダーとは話したんですか?」
記録する手を止めてユークに目を合わせる。
「話せるわけがない。俺のただの不注意で2人も死にましたなんて……そんなこと言えるわけがないだろう!?」
「……でも、あなたの正解は……あのパーティじゃ機能していない」
ユークは何も言い返さなかった。
握られた拳が震えている。
「このまま続けたら……また、同じ場所で止まりますよ」
一回り小さくなった彼は、視線を落として小さく頷く。
「……じゃあ、俺はこれからどうすればいいんですか…?」
潔癖症の剣士ユークが、震える声で聞いてくる。
「パーティは既に追放された。今更戻れる状態じゃない。だけど、このままじゃパーティを組むなんて誰とも」
俺は肩をすくめる。
「ソロでの遺跡調査、向いてますよ」
「…………調査?」
「罠探知も索敵も、あなたは正確すぎるし慎重すぎる。パーティだと事故るけど、一人なら最強クラスです」
ユークは眉をひそめた。
「……それ、“追放の言い訳”じゃないんですか」
「半分は」
ユークは意外と鋭いようで図星をつかれてしまった。疑いのまなざしでこちらを見ている。
俺は追放代行として、職務として正直に言う。
「でも残りの半分は、本気の職業相談です」
しばらくの沈黙のあと、ユークは小さく息を吐いた。
「それなら」
指先を握ったり、開いたりしてから、
ようやく顔を上げる。
「血を浴びない仕事……探してください」
俺は少しだけ笑った。
「ありますよ。そういう“誰も死なせないこと”を最優先にする遺跡調査の現場が」
ユークは、目を伏せて、小さく息を吐いた。
「……それで、十分です」
俺は少しだけ笑って、頷いた。
「生き残るのが得意な人間ほど、パーティには向いてないこともありますから」
ユークは、ほんの少しだけ驚いた顔をした。
俺は“追放代行ギルド・ヨーズミ”の受付として、
そして元・追放者として、
そう答えた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。