黄昏に貴方を翳して
「■■■■■」
今日練習する魔法は家をピカピカに磨き上げる魔法。魔力の制御が難しかったけれど、無事成功はした。……まだまだ最適化できていないけれど。
あれから五十年の月日が経った。それでもなお、彼との思い出は鮮明に焼きついている。
五万年。あまりにも長すぎる旅路。もしかしたらいつか、耐えられなくなる日が来るかもしれない。どうやっても死ぬことはできなくとも。
それでも、あの花畑がある限りは前を向いて生きようと思う。それが私の誓いだから。
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「塩を一袋ください」
「あいよぉ!」
彼が亡くなって百年が経った。あれからしていたことはといえば、能力の制御と魔法の学習。
能力はほぼ掌握できていたためこうして市街で買い物をできるようになった。最初は恐る恐るだったけれど慣れればなんてことはなかった。
私に食事は必要ない。けど、彼が与えてくれた『食べることの喜び』は大切にしたかったから。
「ただいま、サレク」
おかえりと返ってくるわけではない。それでもなんとなく、彼が傍にいてくれるような気がして。
「あら、来ていたの?」
食事をしていると窓辺に一匹の鳥がやってきた。その子が咥えているのは一枚の新聞。
「ありがとう、いただくわね」
毎日新聞を届けてもらうようにとある街の文屋と契約していた。貯蓄はそれなりにあるため痛手にはならない。
「……そろそろ私の出番かしら」
食事を終え、新聞を読み耽ると国と国の不和問題が取り沙汰されている記事が目に入った。土地を巡って戦争が行われるかもしれないとのこと。
「…………」
私の力にも、できることはあるはず。そう思っていないと五万年なんて到底生きていけない。
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「……進軍先は、ここか」
空を飛びながら魔法を使用。視力を一時的に向上させ、遥か上空から状況を読み取る。
注目を集めるためにも衝撃は大きい方がいい。私は衝突寸前の両軍の間へ『落ちた』。
「!?」
「な、なんだ!? 何が起こった?」
「……一人の、少女……?」
私に向かう視線。魔法を行使し、両軍の脳内に直接語りかけた。
『どうか争いを止めて。無駄な血は流させたくないの』
「……悪いが俺たちにも役割があるんだ。邪魔をするなら叩き切──、!?」
『勘違いしているようだから教えておくけど、私はお願いをしているわけじゃないの。──双方、武器を置いて』
一部の剣や弓矢などをまとめて腐らせる。これでもう、戦う手段は限られていた。
「両軍、聞きなさい!! これから戦争を起こそうなんてしたら、私が許さない!! 貴方たちが美しく咲き誇る花々を蹴散らすなら、私も相応の対応をとる!!」
もう血が流れるのは、誰かの命が奪われるのは嫌。そして、彼の眠る花畑が燃やされるのも、嫌だった。
「……あなた、は、何者なんだ……?」
「私はレティ。貴方たち以上の、化け物よ」
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それからというもの、戦争の火種を見つけては私が鎮火させるようになった。一部の上役は私を捕らえようと試みたけれど、今更捕まるような私ではなかった。
そうこうしているうちにサレクが亡くなって二百年が経った。
「たまには散歩もいいわね」
穏やかな日差し。心地よい風。今私は、戯れに外をそぞろ歩いていた。
健康的で安らかな時間。わがままを言えば、隣に彼がいてくれればよかったのだけれど。
「こんにちは」
「はいこんにちは……って、あんた、あのレティ様……!?」
通りがかったご老人に挨拶をすると妙に驚かれた。私の名が知れ渡っているのはなんとなく予想がついていたけれど、″様″呼びされるようなことをしたかしら……?
「え、ええ。私はレティです。それがどうかしましたか?」
「どうもこうもない! レティ様といったら、世界中で神様として崇められているんだよ! はぁー、ありがたやー、ありがたやー……」
「……神様と来たか」
……新聞でもそれらしき情報はあった。けどここまで広く知れ渡る羽目になるとは思っていなかった。
……うん。しばらく姿を消そう。戦争も起こりそうにないし。……それにしても、神格化されるとは思ってなかったわ……。
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「おはよう、サレク」
彼の名を呼べる。もうそれだけで幸せなのだと、五百年生きた私は理解していた。
誰かを強く想える。それこそが、愛の終着点。それができる私は幸せ者だ。
「いただきます」
食べるということは、他の誰かの命を喰らうということ。その咎を、責任を、感謝を背負いながら生きていく。それが人間だ。
「行ってきます」
毎年訪れてもその美しさは色褪せなかった。サレクが眠る花畑。私の一番大好きな場所。
「……綺麗」
ここにいる間だけは、罪の意識も生きる苦しさも紛れてくれる。
……それでも、それでも……
「……サレク」
貴方に会いたい。話がしたい。たくさん、褒めてもらいたい。
それでもこの世界に彼はいない。死人はいつまでも死人。それは世の摂理。
「…………」
死のうとしても無駄だとは知っている。それでも貴方の元へ行きたいと願うのは、果たして罪だろうか。
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千年も経つと姿を見せない私を信仰する声も収まってきた……かと思えば、新たに戦争を起こそうとする国を止めたりしたことで結局崇め奉られることに。レティ教は世界宗教の一角に名を連ねてしまった。
そして、世界はようやく魔法に着手し始めた。彼の遺産を公開するかどうかは私に委ねられている。
発展はそれだけに留まらず、銃や錬金術なども流行りに乗っていた。長く生きると人間の進化を肌で知れて少し面白い。
「塩と胡椒を一袋ずつください」
「はーい」
気休めでしかないけれど、買い物に出かける際はお面を被るようにした。声はあまり聞かせていないため気取られることはあまりない。
「ただいま、サレク」
……あと、990年。私の孤独を癒してくれる何かと出会うまで、あと990年もかかる。
「ッ……!」
ずっと自分を誤魔化してきた。あの花畑がある限りは歩いて行けると思っていた。でも、もう辛くて辛くて耐えられなかった。
「────!」
家を出て、叫びながら走った。息は切れない。私の能力は底無しに育っていたから。
誰もいない、サレクのいない平野をただ走る。そうしていたら──
「ッ、あ……」
転んだ衝撃が痛みを走らせる。今更この程度で揺らぐ筈はないのに、妙に痛かった。
……妙に、なんて。知っているでしょう、私。
貴方が遺した魔法は一通り修めてしまった。たった数年の研究を読み解くのに千年もかかった辺り、彼は天才だったということを理解できる。
「誰か、助けて──」
口を衝いたのは奇しくも彼と出会った時の言葉。しかしここにもう彼はいない。
「わわっ、そこの人、大丈夫ですか?」
「え……?」
顔を上げると一人の少女が私を不安げな目で見つめていた。対する私は無様に地面に伏している。
「……ごめんなさい。私は大丈夫だから」
「……良かったら、うちでご飯食べていきませんか?」
「……どうして? 私は見ず知らずの不審者よ?」
「だってあなた、すごく寂しそうな目をしているじゃないですか。そんな時こそご飯を食べないと!」
「……なら、お邪魔させてもらうわ」
そこまでやりとりして初めて、自分が想像以上の距離を走っていたことを知った。
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「お邪魔します」
「はい! 好きなところに座ってください」
小さな家だった。しかし、しっかりとした温もりがあった。
「おばあさん……」
「あ、その写真ですか? わたしのおばあちゃんの写真なんです! この前亡くなって。最近お墓ができたんです」
「……明け透けに話すわね、貴方」
夕食はシチューだった。彼がよく作ってくれた──
「いただきます」
「はい、どうぞ」
一匙口に運ぶと、その温かさに涙が滑り落ちた。
「……本当に大丈夫ですか? わたしでよかったらお話聞きますよ?」
赤の他人にそこまで腹を割るのはどうかと思う。だけど、もう耐えられなかった。
「大好きな人がいるの。でも、彼はもう死んでしまって……」
「生まれ変わったら、また会えますよ。なんとなくですけど、あなたとその人は深い絆で繋がっているように思えますから。きっと会えます。……って、すみません。分かったような口を利いて」
「生まれ、変わり……?」
それは正に天啓だった。生まれ変わり。確かにそうすれば、また彼に会える。
「……ありがとう、少し楽になったわ」
「いえいえ! 心が晴れたなら良かったです!」
結局、それ以降その少女と再会することはなかった。それでも、彼の生まれ変わりを待つという、生き甲斐を教わった。
だから……サレク。私は貴方を待つ。この体が、朽ちるまで。