前世の記憶、というものはこの世界で生きるに当たって特段利にはならなかった。
かつての名前、親族関係、修めた学問。それらは湖面の木片とほぼ同義。現実という波の前では呆気なく攫われていく。
現世は発展途上。飛行機が空を飛ぶこともなければ、魔法が発達しているわけでもない。
しかし、ただ一つだけ覚えていて良かったことがある。
ここは前世の自分が玩味した創作世界だということだ。漫画か、アニメか、はたまたゲームか。記憶は定かではないが生まれ変わり知識を一つひとつ吸収していくうちに『ここは″それ″だ』という確信を得た。
そして自分が生まれたのは原作が始まる約2000年前ということを、つい最近理解した。
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「もぐもぐ……それにしても何なんだろうな、あの王国が一夜にして『消滅』するなんて」
「戦争にしては予兆がなさ過ぎるし……私たちも消滅したらどうしましょう……」
『レティ』という少女がいる。彼女は生まれながらに超能力を保有しており、件の王国で実験動物として扱われるようになる。ストレスを与える度強くなっていく力に目が眩んだ国は限界量を超えた負荷を彼女に与え、ついに能力の暴走に至り、彼女の両親ごとまとめて消失する。それが、この事変の答えだ。
理解はしている。この世界はいずれハッピーエンドになるということは。だがそれでも、彼女の癒しに、光になりたいと思うのは思い上がりだろうか。
増上慢だろうか。ただ転生前の記憶があるだけの人間が、誰かを救おうと願うのは過ぎた真似だろうか。
だとしても、どれだけ美辞麗句や言い訳を並び立てたところで彼女が国を更地にした事実は変わらない。
本来優しい彼女はその罪を背負い込み孤独に苛まれ精神を歪め、2000年後に現れる勇者たちと友誼を結び心を救われるまで『魔王』として君臨することになる。
「……よし」
「ん? どうしたのサレク」
自分、『サレク』は決意した。まずは魔法の開祖となろう。
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2000年後には魔法は普遍の技術となる。しかし自分が有する知識はそれだけ。手本の無いゼロから魔力を学び扱い方を心得ることは相当の難関だった。
が、その程度で諦観を下すつもりはなかった。原作を改変するのだから、これぐらいの壁で絶望してどうすると自分を奮い立たせる。
酔狂なことをしている自覚はある。ただ一方的に知っているだけの登場人物を救いたいなどと。
それでも、人間は意味を持って生まれる。この記憶に彼女がいるのであれば、きっとそれが自分の役割なのだろう。
「サレク~、遊ぼうぜ~……って、またなんか変なことしてんのか」
「すまない。今日も魔導研究をする」
平民は須く凡庸に生きるべき、という風潮はこの世界にもあった。
人は未知を恐れる。だが、時代を切り開くのはいつの世も未踏の開拓者だ。
自分の住む村では『サレクはおかしなことをしている』と侮蔑する風評が強まっている。両親からも咎められた。
その反応は人として正しいものだと理解している。次第に友人も減り、勘当寸前にまで自分は排他されるようになった。
「じゃあサレクを見てるのはいいか?」
「君がそうしたいなら構わない」
そんな中でも目を離さないでくれる友人は存在した。いずれ疎遠になると知りながらも、自分との交流を深めてくれている。
彼の存在に少しだけ、後ろ髪を引かれる。しかし自分には役割がある。決意はとうに固まった。
重要なのは正しい指針と発想力。
「■■」
「おお……! なんかすっげー光!」
苦節数ヵ月。光を灯す魔法は無事成功した。そして今回でコツを掴んだ。新たな魔法開発もこの調子を保てばいける。
ただ問題は、どうやってレティの所在地を暴くかという点だった。その能力が魔法由来のものであるならば残滓を辿ることもできただろうが、レティの能力は魔法とはまた別物。彼女だけの異能だ。
彼女の力にルサンチマンじみた感情を抱くことや利用する気など
焦ってはいけない。そう思いながらも、今も孤独に置かれている彼女を思うと痛ましさで胸が潰れそうだった。
▫▫▫▫▫
「じゃあなー、元気でやれよー」
「ああ。今までありがとう」
見送りは友人ただ一人。しかしそれでも十分すぎる程に恵まれている。
魔法開発に勤しんで早一年。自分は半ば追い出される形で村を出奔した。
目下の目標であるレティの所在地把握は無事に済んだ。どうやって突き止めたのかというと、自分の魂から彼女の情報を抽出し″世界″に問いかけることで現在位置を探知、という手筈になった。
言葉にすれば簡単だが魂に干渉する魔法であることから研究には二ヶ月もかかってしまった。取り扱いを誤れば自我を失う危険性もある。
「……待っていてくれ。今、君に会いに行く」
▫▫▫▫▫
夕闇の森は静まり返っていた。
「はぁ……はぁ……っ」
歩き疲れて、倒れ込む。ザラついた土の感触が頬に伝わる。もう何もかもが嫌だった。
眼球に注射針を刺されるのは、もう嫌だった。
息すらできない箱に閉じ込められるのは、もう嫌だった。
虫が充満した浴槽に漬けられるのは、もう嫌だった。
頭をほじくられるのは、もう嫌だった。
だから壊した。全部、全部、消えてなくなってしまえばいいと思った。
そして私は、大好きなお母さんとお父さんごと、全てを殺した。野原を駆ける子供たちも、陽気に目を細める老人も、何もかも。
何度も死のうとした。首を斬る。絞める。刎ねる。どうしても私は生き延びてしまった。
「誰か、助けて──」
呟きは風に溶ける──筈だった。
「分かった」
「……え?」
意識が落ちる刹那、見上げた先にいたのは、優しい目をした、男の人──
▫▫▫▫▫
意識を浮上させたのは薪が焼ける音だった。
「……ッ!?」
「起きたか」
弾かれたように体を起こし、距離を取った。私に近づけば、きっと死んでしまう。
「だ、ダメ! 私といると、貴方は死んじゃう……!」
「落ち着いてくれ。まずは深呼吸だ。できるか?」
言われるがまま息を大きく吸う。森の新鮮な空気を取り込むといくらか冷静さを取り戻せた。
「……貴方は、誰なの」
「サレク。それ以上でも以下でもない」
疑問点は尽きない。けれど、その目はやけに私を安心させてくれた。私を実験動物としてではなく、ただ一人の人間として扱ってくれる温度があった。
「……私は、人殺しよ」
「知っている。その上で頼みたいことが一つある。差し出がましいかもしれないが、君の傍にいさせてくれ」
「…………」
確かに助けてほしいと言った。でも、初対面の見ず知らずの人に全幅の信頼を置けるほど、私は寛容じゃない。
「貴方は……何者なの?」
「自分は魔法使いだ」
こうして、不死の化け物と成った私と、魔法使いを名乗る彼……サレクは出会った。
▫▫▫▫▫
魔法の開祖になることに当たって、まず第一に魔素と魔力の知覚から始めた。
魔素はあらゆる空間に遍在している。それを如何にして取り込み、形を変質させるか。それが最初の課題となった。
「■■■」
「これが、魔法……」
木を削り、変質させた魔素で接着する。表面もピカピカに磨き上げ、人二人が住むには十分の家が建った。
「これで住まいの問題は解決したな」
「この力……私の能力とは違う……」
「君の力は破壊に特化していると聞いたが」
「……ええ。私は、壊すことしかできない」
自分の魔法は自分用にチューンアップしてある故、他人に教えることはできない。だが、後世に現れる天才なら或いは……。
「……? 私の能力を、どうして知っているの?」
「魔法で検知した」
「……なんでもありね、貴方」
前世の記憶が発覚しかけて冷汗三斗だったが、実際自分が開発した魔法は相手の力を測ることもできる。
「ここが寝室だ。ベッドは柔らかい草を敷き詰めたものになるが……抵抗感はあるか」
「特に無いわ。……本当に、いいの? 私、化け物なのよ?」
「君は人間だ。他者より少し強いだけの、普通の人だ」
「…………」
確かに、いきなり現れた男にいきなり尽くされれば不安や戸惑いもあるだろう。何か裏があるのでは、と勘繰るのは自然なことだ。
時間は腐るほどある。その中で如何に信用を勝ち取り、如何に魔法を開発していくか。それが肝要だ。
▫▫▫▫▫
「それじゃ、おやすみ」
「……ええ。おやすみなさい」
一日共にいただけで分かった。彼は、あの研究者たちとは違う、善良な人だと。
私の力を知っていながら拒もうとも利用しようともしない。ただ黙って傍にいてくれる。
サレクなら──いつか、私の心を溶かしてくれるかもしれない。たった一日で、私は揺らぎ始めていた。
……でも。
「……ごめんなさい」
私といれば、いつか壊してしまう。だから私は何も告げず、彼が寝静まった頃に家を飛び出した。
▫▫▫▫▫
「君、起きているか」
今日は軽く自己紹介をしあうつもりでいた。自分は彼女の名を知っているが、彼女本人から名乗られたことは無いから。しかし……
「……開けるぞ」
ドアを開け寝室に入ったが、もぬけの殻だった。想定はしていた。いきなり他人と共同生活を送るともなれば嫌悪感や不安もあるだろう。
「■■■■」
だが、彼女の孤独はいずれ濃い闇になる。自分はその悲劇を止めるため、再び世界に問いかけた。
▫▫▫▫▫
「……見つけた」
「……サレク」
追跡を始めて10日。ようやく彼女の元へ辿り着いた。
「いなくなるならせめて理由を言ってくれ。助けてくれって言ったのは君だろ。そんなに自分と過ごすのは嫌なのか」
「そうじゃ……ない。そうじゃない、けど……私といれば、貴方は死んでしまう……壊れてしまう……! それが、怖いの……!」
なるほど、確かに彼女の持つ力は強大だ。彼女が受けた惨状もトラウマとなって心に深く食い込んでいるのだろう。
だが、そんな曇りを晴らすために自分は生まれてきた。
「孤独は、痛い。いずれ君を君でなくしてしまう」
「ダメ……来ないで……」
歩み寄る。彼女は何度も首を振り、自分を拒絶する。
「まだ自己紹介もしていないじゃないか。君の名前を聞いていない」
「ダメ……近づいたら、力が……! ──え?」
動物たちで試した『安心させる魔法』を手のひらに施し、彼女の手を握る。無事に感情とそれに伴う力を抑制することができた。
「君の名前を知りたい。言えるか?」
そうして初めて、彼女は視線を合わせてくれた。
「私は──レティ。ただの、化け物よ」
「俺はサレク。ただの魔法使いだ。ただ何があっても、君の傍にいる」
▫▫▫▫▫
「一年間、あの国を消したのは私なの」
「そうか」
転生者である自分は彼女がどのような仕打ちを受けてきたのか十分に理解している。
「……独りになるのも嫌だった。けれど、貴方のような優しい人を、これ以上殺したくなかったの」
──ああ。なんて、痛ましい。だからこそ、自分はきっと、
「自分は恐らく、君を幸せにするために生まれてきた」
随分と気色悪い発言となったが、それが答えだった。
「信じて、いいの?」
「まだ決めなくていい。それでもどうか、傍にいさせてくれ」
「……うん」
自分は今度こそ、レティと生活を送るようになった。
▫▫▫▫▫
「大体こんなものか」
料理は魔法を使いながら行う。前世のように水道や電気が通っているわけではないので、魔法が生活の基盤になっていた。
「獣肉を煮込んだスープだ。下処理を丁寧にしたから雑味は少ないと思う」
虚ろな目で思索する様子のレティ。彼女に根付いたトラウマはまだ晴れない。
「はい、君の分だ」
「……いらない。食べなくても、私は死なないもの」
「心の健康のための食事だ。あまり美味くはないがマシなものはできたと思──」
「やめてっ!!」
差し出した椀を弾かれる。床にスープが染み渡っていった。
「あ、ああ……! ご、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「大丈夫。おかわりはまだまだたくさんあるから」
弾かれた椀を拾い魔法で消毒する。再びスープを差し出すと、レティはおずおずと受け取った。
「……」
「すまない。調味料が無いからあまり美味ではない」
「いえ……美味しいわ。とても」
スープを飲みながら彼女は泣いていた。ここまで追い詰めた国の研究者たちに怒りがこみ上げるが、ぶつける先は消滅している。
その憤怒を飲み込み、自分も食事を摂ることにした。前世と比べると原始的な味だが、なかなかどうして悪い気はしない。
「……悪くないな」
「でしょう?」
▫▫▫▫▫
「力を制御できるようになりたいの」
「分かった。協力する」
彼女の異能はストレスが高まるほど莫大な規模になる。だからといって平常時は弱いのかと問われれば、否である。
この世界は未発達ながら既に戦争が発生している。レティはその切り札として実験されていた。
つまり、今の彼女はいつ暴走するかも分からない危険因子。それを摘み取りたい気持ちは痛いほど伝わってきた。
「ここなら誰もいないわね」
「ああ。魔法で虫や動物たちも遠ざけている」
「早速始めましょうか」
自分と彼女以外誰もいない草原にて目を閉じ、思念を込めながら異能を行使するレティ。自分はいつ放たれてもいいように沈静魔法を準備していた。
「────ッ!」
「! 一旦停止だ」
「……っ、はぁ、はぁ……ありがとう、サレク」
彼女から放出した光の束は、雲間を割って空を切り裂いた。平常時でこれなら、ストレスが最大になった時に国が滅んでも納得できる。
「……こんな力、どうして私にあるのかしら」
「生まれ持ったものは仕方ない。君はこれからも生きるんだ。付き合い方を考えていこう」
一朝一夕でどうにかなる問題でないからこそ、腰を据えて取りかかるべきだ。いつか彼女が自由になれるなら、自分は全てを捨ててもいい。
▫▫▫▫▫
「う、うぅ……!」
肌を這い寄る不快な感触。傷を
「──ッ! はぁ……はぁ……夢……」
夜が来ても、朝が降りても、悪夢は消えない。そもそも実際にあったことだから。
「ハァ……」
寝室を出て、月明かりに照らされたベランダに出る。彼が教えてくれた呼吸法はいくらかの慰めにはなった。
「レティ? どうした、眠れないのか」
「……サレク」
起こしてしまったことへの罪悪感が過る。しかし彼は何事もないように水の入ったコップを私へ差し出した。
「ごめんなさい。なかなか……眠れなくて」
「謝るようなことじゃない。誰だってそんな時はある」
本当に……優しい瞳。見ているだけで吸い込まれてしまいそう。
「……ごめんなさい。一つ、わがままを言っていいかしら」
「自分にできることなら、なんでも」
「あの時の落ち着かせる魔法を使って、寝るまで手を握っていてほしいの」
「分かった」
柔らかい草から動物の毛皮へと昇格したベッドに横たわり、目を閉じる。彼の温もりを手先に感じながら、私は今度こそ眠りに落ちた。
▫▫▫▫▫
「自分のことを知りたい? どうして急に」
「私は貴方によくしてもらってばかりだから。せめて知りたくて」
「自分は……ただの変わり者だ」
「ええ、そうね」
実際、変な人だとは思う。たまたま遭遇しただけの私に、ここまで尽くしてくれるなんて。
「何か、貴方を印象づける話はないかしら」
「話……か。魔法を研究する前は友人がそれなりにいたが、魔法に手を出し始めたら一人だけになったな。親も俺を遠ざけるようになった」
「……ごめんなさい。辛い話をさせてしまって」
「構わない。特に気にしたことはないから」
両親も、友人も、普通なら大切にしたい筈。なぜそれらを捨てきって私に献身してくれるのか。それを知りたかった。……けど、これ以上は踏み込めない。
▫▫▫▫▫
「おはよう」
「……ええ。おはよう」
彼女が言葉を発する際に発生する『間』は、人を消し去ったことへの罪の意識が根本となっている。
「
「ええ、ありがとう」
原作では、彼女は2000年先まで独りになる。そんな彼女がどうやって救われるのか経緯を簡素に話すと、魔王と化したレティの力は強大で存在するだけで世界に軋みを与えることになる。
そんな彼女を討伐するために派遣された勇者たちが、彼女の苦しみを切り払うのではなく受け止めることで事態は収束する。こと戦闘に於いてレティに勝てる者はいない。
彼女の肉体は少女の姿のまま成長しておらず、また死ぬこともできないため延々と鮮明なトラウマに苦しめられ続ける。
分かっている。2000年後には救われる。だがその間長々と煩悶するなんてあまりにも非情ではないか。
だから光になりたいと願った。自分の矮小な命で彼女の灯になれるのなら、何を捧げても構わない。
「……美味しいわ。サレク」
「そうか。ならよかった」
疑問が一つ脳内を過る。
──レティの理解者ができたとして、彼女はいつか死ねるのか?
その疑念が、寿命を知る魔法の研究を始めるきっかけとなった。
▫▫▫▫▫
「おはよう、サレク。お陰で今日はよく眠れたわ」
「そうか、それなら良かった」
共に暮らし始めて、三年が経過していた。
普段こそ別々の寝室で夜を明かしているが、時折トラウマがフラッシュバックして眠れない彼女の手を握って安心させる魔法を施すことがある。昨日もその通りに。
食事は当番制で、自分が狩ってきた動物と野草、畑の収穫物などを調理している。料理に関しては自分の方が上手いが、味が美味いのは彼女の方だ。
「今日は少し市場で買い物をしてくる。帰ってくるのは夜になるかもしれない」
「ええ、分かったわ」
自分たちの住む家から比較的近い場所にその王国は鎮座している。そこで狩った獲物を売ったり調味料を購入したりするため、生活には欠かせない場所となっていた。
レティは能力の暴走を恐れ自分以外の他者と関わろうとしない。賢明な判断だと思うが、少し寂しさがある。
そんな勘考を弄しながら歩いていると、到着。門番に軽く会釈してから市場を物色し始めた。
「塩を一袋欲しい」
「おっ、来たなサレクの兄ちゃん。ちょいとおまけしてやろう」
「助かる」
いつか、レティも自分のように誰かと関われるだろうか。そんなことを考えながら買い物を終えた。もうすぐ冬が来る。
▫▫▫▫▫
「……ねえ、貴方はどうして私によくしてくれるの?」
「何故、と来たか……」
彼の、優しい瞳が好き。低く染みわたるような声が好き。飾らない性格が好き。
出会って三年。知らないところはまだたくさんある。だから聞きたかった。
どうして私に尽くしてくれるのか。理由なんてどうでもいい。たとえ同情でも温かかった。
それでももっと、貴方が欲しい。
「自分は……きっと、君を幸せにするために生まれてきた。何故君を知っていたか、打ち明けることはできないが……それが真実だ」
「……そう」
煙に巻かれた。それでも嬉しかった。
▫▫▫▫▫
同棲して十年が経過した。
いつしか彼女は自分の中で、守る対象から想いを募らせる相手となっていた。だからこそ自分は″それ″に辟易していた。
「……あと、二年か」
寿命を観測する魔法は少しずつ完成させた。差し迫った問題ではないだろうと、高をくくっていたから。
だからこそ、自分はその事実に悩んでいた。
彼女の寿命は五万年。対する自分は、あと二年。
▫▫▫▫▫
魔法で誤魔化していたが自分の体は急速に老化が始まっていた。白髪が増え、視界が霞み、筋肉量が落ちる。
「……よし。サレク、力の制御ができてきたわ」
「そうか……それは、よかった」
レティはその力をある程度コントロールできるようになった。加え新たにそれを応用して様々な現象を起こせるようになった。
喜ばしいことだ。故に寿命問題を口にすることは憚られていた。
……それでも。それでも、その現実はいずれやってくる。先延ばしにはできない。
「レティ。夕食後に話がある」
「? ええ。分かったわ」
▫▫▫▫▫
「……え、え? 今、なんて」
「言葉通りだ。あと二年で、自分は死ぬ」
意識が遠ざかりながらも強く主張する感覚。そんなの、受け入れられるわけがなかった。
だって、サレクはまだ二十五歳。これからもっと人生を謳歌する年齢なのに。そんなことって。
「……すまない。また君を、独りにしてしまう」
「……う、嘘、よね。そんな、だって」
「すまない。……事実だ」
私の寿命が残り五万年であることは前もって伝えられていた。その落差に、眩暈すら起こる程だった。
▫▫▫▫▫
彼の告白から一ヶ月が経った。私は未だにその事実を認められずにいた。
だけど、彼は嘘をつく性格ではない。あんなに真剣な目で言った言葉を疑うことはできなかった。
「どうした。今日のシチューはよくできたと思ったのたが。口に合わなかったか?」
優しい、どこまでも優しい瞳。
「……本当に、貴方は死ぬの?」
「……これでも魔法の扱いには自信があるんだ。すまない」
気づけば視界が潤んでいた。
「なんッで、どうして、人殺しの私が生きて、私に生き甲斐をくれた貴方が、死ななきゃいけないの……!」
「……こんなことを言ったら怒られそうだが、君にそう言ってもらえたなら自分は満足だ」
「勝手に満足しないで! 私は、貴方がいないと生きていけない……!」
貴方がいないと私は命の道を歩けない。貴方がいないと温かな食事を楽しめない。貴方がいないと、貴方がいないと──
「ありがとう、自分のために泣いてくれて。それで十分だ」
「……っ、う、あぁ……!」
溢れ出す涙。サレクがどんな表情を浮かべているのかすら、私は分からなかった。
▫▫▫▫▫
こう言ってしまえば非常に身勝手だが、自分のために泣いてくれる誰かがいることは嬉しかった。
故に、自分の目標はただ一つ。
それは、これからも彼女が人生を歩いていけるように道を示さなければならないというもの。
人生に道案内は要らない。だが、どんな道のりを選ぶか選択させることぐらいなら許されるだろう。
レティは毎日俯いている。期限はあと一年。体の不調も誤魔化しきれなくなっている。
自分は勝手に幸せになってしまった。その贖罪になりはしないだろうが、これからも彼女が笑ってくれるように、心命を焼べる。
▫▫▫▫▫
未だに受け入れることはできない。それでも、あと一年しかない彼との時間は笑顔で飾るべき。私はそう判断した。
「……おはよう、サレク」
「ああ。おはようレティ」
食事は毎食私が作るようになった。ベッドから起き上がることに難儀する彼を支え、リビングに向かう。
「「いただきます」」
『いただきます』という言葉は彼から教えてもらった。糧となる命への感謝。私に鮮烈な気づきをもたらしてくれた。
「あとでいつもの草原に行きましょう。力のコントロールに慣れてきたから、教えたいの」
「ああ。一緒に行こう」
私は壊すことしかできない──本当に?
▫▫▫▫▫
「フッ!」
「おお、すごいな」
遠方に刺した目標物を光で撃ち抜く。最低限の消費で最大限の効率を上げることができるようになった。
「……貴方のお陰よ。貴方がいてくれたから、私はこの力と向き合えた」
「そうか。それは、嬉しいな」
「……初めて見たわね、貴方の笑顔」
「……? 自分は、笑っていたのか?」
「ええ。眩しいくらいに」
▫▫▫▫▫
今更原因を究明したからどうしたというものだが、自分が短命になった理由としては、研究の実験体として自分を使っていたことが挙げられる。魔素に体が侵されているのかもしれない。
そしてこれも今更だが、魔法の扱い方を紙に書き記すようにした。後世に生まれてくる天才、或いはレティが少しでも生きやすくできるようにと。
そうして、緩やかで愛おしい日々が過ぎ、その時はやってきた。
「レティ。あそこに──花が生えていた小丘に行こう」
「……今日が、その日なの?」
「ああ」
「……分かったわ」
▫▫▫▫▫
彼女に支えられ魔法で補助しながら歩く。魔力保存量も低迷していた。
「……レティ、非常にすまないが膝枕してくれないか」
「ええ。いくらでもするから、だから……」
穏やかな時間だった。吹きすさぶ風は程よく、日差しは柔らかい。
やがて、自分の顔に水滴が垂れるようになった。天気は快晴。その正体は考えるまでもない。
「……レティ」
「……なに?」
「そろそろ、行くよ」
「ッ……! っ、ぅぅ……!」
もう目の前が殆ど見えない。『終わり』の匂いが近づいている。
「これから……1990年もすれば、君が笑える日がやってくる。だからどうか、頼む。
「そんなの、耐えられない……! 貴方がいないと、私は生きていけない!」
「大丈夫。俺はいつでも傍にいるから」
言葉が浮かぶ。せめて最後に、それを伝えられれば……。
「レティ」
生きてと言えば呪いになる。愛していると言えば黄泉に誘う。だから俺は。
「最後に、俺の願いを聞いてくれ」
「いや、嫌! 貴方がいない世界なんて──」
「毎年、ここの花を見に来てくれ。いつかきっと、君の好きな花畑に変えてみせるから」
言葉は届いただろうか。届いていたらいいな。
俺は、目を閉じた。
▫▫▫▫▫
「ごちそうさまでした」
もう私と彼は食事を共にできない。それでも貴方は、傍にいると言ってくれた。
覚えたての魔法で皿を洗い、私は家を出た。
▫▫▫▫▫
「……サレク」
彼の亡骸が埋まっている小丘に、今日も足を運ぶ。
「私は……貴方が好き。この気持ちがある限りは、前を向いて生きていくから」
……それでも、涙はとめどなく溢れる。私の咎を洗い流していくかのように。
「……綺麗ね」
私の涙をさらうように、花々は今日も咲き誇っていた。
無理やりだけど完全なるハッピーエンドを求めますか?
-
書いてほしい
-
ここで終わりにしよう