ゾンビものの世界で、モブがこの先生きのこれるわけwww 作:KNa\
所々穴の開いた屋根から薄暗い倉庫の床に日の光が差し込んでいる。木漏れ日と似た現象ながらも植物特有の暖かさのない冷たい光の下に、二つの人影があった。影の片方は床に倒れており、もう片方はその傍らにしゃがみ込んでいる。
しゃがんでいた影は大人の、フジオのものであった。両手にグローブをはめこんで、右の手に大ぶりなナイフを握っている。空いている左手を
すっ、と鼻先をフジオの指がかすめると、倒れている影は身じろぎをして口を動かした。
「っうぅ、ママ……」
「……はっ、マジか」
倒れている影は少女であった。吐き出された母を呼ぶ声は弱弱しく、白い肌にも長い茶髪にも身に着けている服にさえも塩が浮いてボロボロであったが、間違いなく生きていた。薄暗い中で確定できないが、年齢はおそらく十代前半だろうか。
フジオは少女の頭を横倒しに、立てた片膝にもたれさせるようにしてから、左手でリュックから水を取り出して彼女の唇を濯ぐように濡らす。衰弱した意識のない人の口に直接水を入れれば誤嚥のリスクが出るからだ。ここで激しく咳き込んだりすれば、最悪そのままという事もある。フジオは助かる余地のある人間まで殺すタイプではない。
「ぁ、う……」
少女の小さな舌が水分を求めて彼女自身の唇を舐めた。それを認めたフジオが意識を確かめるように声をかけると、少しして瞼が僅かに動いた。
「ぁ……だれ?」
「ただの通りすがりだ。それより水は飲めるか?」
「みず、飲む……」
少女の答えを受け、フジオは少女の口元に飲み口を当てて慎重に中身を傾けた。とくとく、と少しずつだが水を呑み込んだ。次第に少女の腕にも力が戻ったのか、両手で水を抱えようと動いたので、片膝を貸したままそれを手渡した。
その間にも周囲への警戒は怠っていない。ディッパー特有の床を擦り跳ねるような音はフジオの耳には届かなかった。どうやら用意したディッパー除けはうまく機能しているようである。
フジオが二日をかけた検証と対策の成果にほくそ笑んでいると、抱えていた少女が声を上げた。
「けぷ、ふぅ…………あっ」
「あン、どうした?」
「ご、ごめん……これ……」
謝罪を受けたいわれを確認しようと、返された水を受け取ってみれば中身が見事にカラになっていた。ちら、と目線を下げると、乾ききっていた少女の口元で差し込む日差しが反射している。どうやらすべて飲み干せたらしい。フジオの想像よりも少女は生きる力が残っていたようだった。
はン。と鼻を鳴らしたフジオは、右手のナイフを床に置き、リュックのサイドから中身を一つ取り出して少女に手渡した。少女がそれをおずおずと受け取ったので、板チョコレートであることを伝えて余力があるなら食べるように指示を出す。
「チョ、コ!」
「おう、水もまだある。要るなら言え」
「ぁ、うん、いただきます!」
フジオの言葉に少女は生返事で頷いてから、勢いよく板チョコに噛り付き……五秒ほどフリーズ。そしてまた噛り付いて、五秒フリーズを繰り返し始めた。起きがけの、貧栄養状態でのチョコは
少女が思ったよりも元気であることを確認して、これなら現在別行動をとっている男性にいい報告が出来るなと、フジオはひとつ息を吐く。重い肩の荷が一気に下りた気分だった。
「……食いきってから信号出すか。ま、結果から言えば大成功だ。これなら十分返せたろ」
現在、フジオの足は背もたれとして封じられ、板チョコレートに執心になった少女が落ち着くまで動けない。流石にゾンビやディッパーがやって来れば弾き飛ばしてでも無理やり動くだろうが、今のところその気配はない。なら男性を呼ぶのは落ち着いてからで良いだろうと判断し、フジオは取り出したディッパー除け……改め、男性手製の発信機を仕舞い直す。
「まぁ、上手く行き過ぎな気もするが」
ポツリとそう零してから、フジオは少女が飲食を終えるまでしばらく待つことにしたのだった。
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補給を終えた少女と少し話した後に、フジオは発信機を取り出してスイッチをカチカチと押した。男性作のこの発信機は子供の握り拳程度の大きさをしている。新しく作ったものではなく、この世界になってから迷子対策として簡易に作成したものらしく、機能は二つきり……いや、今回期待する働きを含めれば三つある。
そのうち一つは位置確認機能。この発信機は機能を絞る代わりにその稼働期間を長く伸ばしており、最長七か月ほど、常にその位置を電波によって受信機に信号として送り続ける。最大直径は4kmの射程を持つらしい。
次に、ボタンを押下した際に受信機側への信号を強くする機能。これは単純に事前の取り決めで合図を送ったりするときに利用する。今回は《保護》を意味する二回分押下した。
最後に期待されてた機能が、強力な電波によるディッパー除けである。二日間の調査によってディッパーは電波を発し続ける機械の付近を強く避ける事が判明しており、手元にある発信機なら半径10mほどのディッパー除けの効果が発揮される。
ディッパーの電波忌避の習性は、こうなった世界で費用対効果の薄れたスマホを皆が手放していた為に知られていなかったものであろう。男性の拠点周囲が安全だったのは、家を機械類で強く固めたことによる電波が理由でディッパーは家屋側に近づけず、港付近を活動範囲としていたと考えられる。推測程度だが、その忌避効果は直径で約1.5kmは効果がありそうだ。
そうしたことを考えながら、フジオが手の中の発信機を弄んでいると、バタバタバタと近づいてくる足音が耳に届いた。何も知らない少女がその音に身を震わせるのをフジオは宥めて落ち着かせた。しかし当のフジオは何とも微妙そうな顔をしていて、空いた左手で胸元の布を搔いていた。
荒い足音と呼吸音が倉庫の扉に滑り込むように入ってきた。膝に右手をついて肩で息をしている為顔は伺い知れないが、勿論のことかの男性である。左手を腰にあてがって支えるようにしているのは、完全装備のままで疾走して来たからだろう。まぁ動きにくいまま走ったのも仕方のないことだ。見つかるはずがないと思っていた者が見つかったのだから。
「フッ……フジオさん、さっきの信号は……あっ」
勢いよく顔を上げた男性がフジオの隣に立つ少女の姿を認めると、みるみるうちに顔を歪めた。大きく目を見開いてから震えて引きつる口角を抑えるように下唇を噛みしめ、ゆるゆると頭を左右に振って眉と瞼をくしゃりと窄めた。男性はそんな迷いと後悔の混ざった表情を浮かべたまま、ゆっくりと右手を伸ばして少女のほうへ歩み寄っていく。
「まさか、本当に……見つかるなんて」
揺れる男性の声が少女に近づいていく。これがもしも映画ならば感動的なシーンだったのだろう。しかし現実は非情である。ともすれば、フィクションよりも都合が良いくらいに。
「……おじさん、誰……?」
フジオの隣に座り込む少女は、男性を見ながら首をかしげてそう言った。その様子は噓を吐いているようにはとても見えない。フジオはバツが悪そうな顔をして男性へと告げる。
「……言うのが遅れたが……どうやらコイツ、記憶がないらしい」
それを聞いた男性は、壊れた機械のようにギギギと首だけを動かしてフジオの方を見た。先程までの多彩な感情は顔の上から消え去って、目を見開いて茫然と、信じられないという表情だけで固まっていた。
「……本当に、記憶が……?」
「ああ、会話は出来るが、それ以外は殆どだ。
「あ、あぁ……そんな、事って……」
男性は地面に蹲るようにへたり込み、両手で顔を覆い隠してしまう。体を小刻みに震わせて「まさか、そんな」「嘘だろう、あっていいのか」とぶつぶつと小さく呟いている。
蹲って動かない男性を見て、少女はおろおろと視線をさ迷わせながらフジオのズボンを引っ張ってきた。なんだとでも言わん風に視線を落とせば、少女はおずおずと口を開く。
「……おじさん達は、アタシを知ってるの?」
不安そうな顔だった。仕方あるまい。目覚めたときには見知らぬ大人が見知らぬ場所で自身を保護し、落ち着いた後と思えば記憶の欠如に気付いたばかり。そのうえでまた一人知らぬ大人が来たかと思えば、その男性が突然動かなくなったのだから。こんな状況では不安になるなというほうが難しい。何も分からないというのは、とても恐ろしいものなのだ。
「あー……」
しかし、フジオは答えに詰まった。というのも、フジオすらも今気づいたが……少女については何も知らないのだ。
なぜ港倉庫にいるのかという問いならばフジオは答えられた。男性への恩返しとしての不明者の捜索と、海へ出るために船を見繕うという二つの目的があったからだ。
船のほうは早々に見つける事が出来ており、男性が修理と点検を買って出てくれた。そして別に機械に強いわけでないフジオが単独で幾つかの倉庫を捜索して少女を見つけた。というのがここに至るまでの経緯である。
ただ、フジオは殆ど遺体の発見を出来れば上等であるという気分で動いていたので、不明者の情報を男性から聞いていなかったのだ。
なので少女のことを知っているか?と聞かれても。全く知らんし興味もない、という答えしか頭に浮かばなかった。流石に弱った子供相手に言い渋る程度の良識はあったが。
しかしそれ故に少女からすると、気づけば見知らぬ場所で記憶をなくし、そこで通りすがりを名乗る怪しい男性と突然地面に伏してぶつぶつ言っている怪しい男性に保護された。という状況になっていた。端的に言って事案である。モラルと秩序と一緒に法も消えてるため逮捕される事は無いのだが。
「……知らないの?」
そっと、引かれていたフジオのズボンから指が離れた。少女の声色に不安と困惑の他に恐怖が足されていた。
どうにも不味い状況に陥っていることに、フジオはようやく気付き始めた。
Tips
男性は機械にとても強く、そのうえで手先が器用で素早い。フジオと別れた後に行ったハイブリッド船の修理と点検は、合流しに走ってくる前にちゃんと終わらせている。フジオの持っている電気自転車で充電ができるように改造まで行った模様。肉体が強いわけではなく、近接戦闘は不得意だが、平均より劣っているという程でもない。
男性は護身用として拳銃を所持しているが、奥の手なのでフジオにも秘密にしている。ズボンの左腰辺りにしまっている
不味い状況は男性が再起動すれば何とかなります
つまり次回の冒頭