もしも鬼塚英吉が神崎麗美を選んでいたら…
というIFストーリーです。
鬼塚✖️冬月派の方はバックお願いします。
天然の雪が、静かに、しかし容赦なく降り積もっていく…
山深いその場所は、観光客などほとんど来ない。
吹雪が視界を奪い、体温を奪い、生きる意志すら奪っていく。
あたし…神崎麗美は、その雪の中に横たわっていた。
母親との決裂、同級生に出生の秘密を晒された屈辱と絶望、誰にも理解されない孤独。
全部が重なって、もうどうでもよくなっていた。
IQ200の頭脳も、金髪の美貌も、何もかもここでは何の意味も持たない。
ただ、冷たい。死ぬほど冷たい。
ああ、あたし…死ぬんだな…
走馬灯を見て、意識が遠のく中、誰かが叫ぶ声がしたような気がした。
気のせい…だよね…こんな雪が降り積もる山奥で誰かが来る訳が…
「おい! 神崎!! 神崎麗美!!」
馬鹿みたいに大きな声。
馬鹿みたいに必死な声。
そして、馬鹿みたいに熱い体温が、凍えたあたしの身体を包み込んだ。
こんなとこまで来るなんて…本当、馬鹿…
そう、馬鹿の正体は鬼塚英吉だった。
自分の服を脱ぎ、雪にまみれたあたしを必死に抱きしめる。
天然の雪は、人工のものとは違う。
骨まで凍るような冷気。
それでも彼は、あたしを離さなかった。
「死ぬなよ、神崎!…絶対に死ぬな!……」
その声と体温が、あたしを死の淵から引き戻した。
結果としてあたしはこの馬鹿にまた救われたのだった。
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あれから、何週間も経った。
あたしはもう、鬼塚をおもちゃ扱いすることをやめていた。
以前はリアクションが愉快な鬼塚へのからかいが楽しかった。
予測不能で単純な彼を振り回すのが、良い退屈しのぎだった。
でも、天然の雪に埋もれ、死にかけたあの夜を境に、すべてが変わった。
彼は、あたしを見捨てなかった。
教師として当然、なんて言葉じゃ片付けられないほど、必死だった。
あの腕の熱さが、今でも肌に残り、それを感じる度にドキドキするようになった。
教室の後ろの席で、あたしは金髪を指でいじりながら、彼を見ていた。
鬼塚はいつものように机に足を乗せ、「今日の授業は俺の武勇伝だ! てめえら、俺の武勇伝に腰抜かすんじゃねえぞ!」と相変わらず馬鹿みたいにわめいている。
クラスのみんなは笑っている。
でもあたしは、笑わなかった。
カッコいいと素直に感じたのだ。
胸の奥が、熱く疼いていた。
ある放課後、誰もいなくなった教室で、あたしはわざと残った。
机の上に肘をつき、金髪を片方の肩に流しながら、彼をじっと見つめる。
鬼塚は黒板消しを片付けながら、気づいて振り返った。
「お、神崎か。何か用か?」
「用があるから残ったの…聞いてくれる?」
「ん? どうした?」
あたしは立ち上がり、ゆっくりと近づいた。靴の音が静かに響く。
距離を詰めるたびに、彼の体臭がわずかに混じったタバコの匂いがした。
普段ならあまり好きじゃない匂いだが、不思議と今は嫌じゃなかった。
「英吉……じゃなくて、鬼塚先生」
わざと訂正して、唇の端を上げる。
でも目は、本気だった。
「雪山の件以来、ずっと考えてた。雪に埋もれて、死にかけてたあたしを、あんたが抱きしめて温めてくれたこと。あの時のあんたの声と体温、忘れられない」
鬼塚は、苦手そうに頭を掻いた。
「……あ、あれは、教師として当然だろ。生徒が死にかけてんのに放っとけ無かったつーか…」
「教師として? ふうん…」
あたしはもう一歩、近づいた。胸が、彼のシャツに触れそうになる。金髪が、彼の腕に少しかかる。
「じゃあ、教師として以外の理由は、なかったの? あたしの身体が冷たくて、震えてて、あんたが『神崎! しっかりしろ!』って叫んでた時。あの手の震えは、教師としてのものだったの?」
沈黙する鬼塚。
「あたしね、あの夜から、あんたをおもちゃ扱いするのをやめたんだ。あんたをからかうのは楽しいけど、もうそれだけじゃ満足できなくなった。あんたを、男として見ちゃうようになった」
「神崎……お前、まだ中学生だぞ」
「そんなの知ってる。でも、あと少しで卒業するでしょ? それに、IQ200のあたしが言うんだから間違いない。あたしは…あたしのあんたに向けてる好意は本物だよ」
彼の喉が、ごくりと鳴った。あたしは、その反応が嬉しくて、わざとらしい仕草で髪を耳にかけた。
「鬼塚先生。あたしを選んで。冬月先生でも、他の誰でもなく、あたしを」
長い沈黙の後、鬼塚は深く息を吐いた。そして、真剣な目であたしを見た。
「……神崎。お前の気持ちは、わかった。でも、今は返事できねえ」
「……どうして」
「お前はまだ生徒で俺は教師だ。卒業するまで待て。卒業式が終わったら、改めて返事する。それまで、俺は教師としてお前を見る。分かったか」
あたしの目に、一気に涙が溜まった。
オッドアイが潤み、声が少し震える。
「……それって、冬月先生か、また別の女性が、あたしより気になるってこと? だから返事を保留にしてるの……?」
不安と考えうる絶望に涙が、まぶたの縁にじっと浮かんでくる。
泣きそうな顔で、あたしは彼を見上げた。
鬼塚は、その表情を見て、明らかに動揺した。声が自然と大きくなり、しどろもどろになる。
「そ、そうじゃねえって!! た、確かに前は……冬月先生を少し意識してた……だ、だけど今は同僚として信頼してるだけだ!! だからよ……そ、その……他の女に気があるって訳じゃねえ!! わ、分かったか!?」
彼は、泣きそうなあたしを前にして、顔を真っ赤にし、詰まりながら早口でまくし立てた。
普段の余裕など微塵もなく、ただただ動揺している姿だった。
その様子を見て、あたしの中で何かがふっと何かがほどけた。
涙はまだ残っていたけれど、安心が先に来た。唇の端が、自然と緩む。
いつもの、少し小悪魔じみたあたしらしい表情が戻ってくるのを感じる。
「……ふふ。そうなんだ。安心した」
「お、お前な……」
「待つよ」
「っ!?」
「卒業まで待つよ。でも、ちゃんと返事してよね。逃げたら、絶対に許さないから」
鬼塚は、まだ顔を赤くしたまま、大きく息を吐いた。
「逃げねえよ……約束する」
「うん。約束だよ」
その日から、あたしは彼を追いかけ続けた。
でも、以前のように過激にはしなかった。
卒業まで待つ、という彼の言葉を信じて。
放課後に彼の部屋へ顔を出しても、「卒業までだ」と釘を刺される。
夜中にメールを送っても、「今は教師と生徒だ」と返ってくる。
それでも、あたしは諦めなかった。
金髪を揺らしながら、彼を見つめ、「約束忘れないでね。卒業式が終わったら、絶対に逃がさないからね」と囁くようになった。
そして、遂に卒業式の日が来た。
三月中旬の暦の上では春とはいえ、まだまだ肌寒い朝。
校庭の木々は芽吹き始めたばかりで、花など一つも咲いていない。
体育館は生徒と保護者で溢れていた。
あたしは順番を待ち、呼ばれると卒業証書を受け取り、再度席に戻り、座ると式が終わるのを待つ。
そして教室に戻り、最後のクラスミーティングをする。
鬼塚は、教壇の近くに立っている。
視線が一瞬交差すると彼は小さく頷いた。
あたしは、胸の奥で何かが弾けるのを感じた。
そして卒業式が全て終わり、みんなが散っていく中、あたしは一人、校舎の裏手にいた。
しばらく待つとそこに、彼が現れる。
三月の冷たい風が、あたしの金髪を少しだけ揺らす。
「神崎」
「……鬼塚先生」
「卒業、おめでとう」
「ありがと」
あたし達はしばらく黙って立っていた。
まだ冬の名残が残る空気が、肌を刺す。
「……神崎。俺は、決めた」
しばらくして不意に鬼塚が切り出す。
「……はい」
「お前が卒業するまで待ってくれって言った。今日で、お前はもう生徒じゃねえ。だから、改めて言う」
彼は、一歩近づいた。そして、まっすぐあたしの目を見た。
「俺は……お前を選ぶ。お前を…神崎麗美を、俺の女として選ぶ…だから…俺と付き合ってくれねえか?」
その言葉が落ちた瞬間、あたしの目から熱いものが溢れた。
涙が…嬉しさで止まらなかった。
でも、口元は、満面の笑みだった。
IQ200の天才のあたしが…ただの普通の中学生の女の子みたいに泣き笑いしている。
「……ばか。そんな簡単に言わないでよ……」
「簡単じゃねえよ。俺も、相当に覚悟決めたんだからよ」
「ふふっ…そっか…ならあたしも簡単に言ってあげる。 これからよろしくね先生…じゃなくて英吉!」
「っ!? お、おう…」
あたしの返事に鬼塚…英吉は目を泳がせてそう漏らす。
今この瞬間あたし達は恋人となったのだ。
「……ねえ英吉、あたし……高校、行かないことにしたの。進学せずに起業する。あんたのそばにいたいから」
鬼塚の顔が、はっきりと曇った。彼は眉をひそめ、本気で心配そうにあたしを見た。
「……は? 高校、行かねえのか? 本当に進学しねえのか? 後悔しねえのか? 学校生活は楽しいだろ? お前、最近はクラスでも普通に笑ってたじゃねえか。友達もいるし、部活じゃなくても、学校にいる時間自体が楽しくなってたはずだ」
あたしは、涙を拭いながら、いつものように少し首を傾げて答えた。
「確かに、学校生活は楽しいよ。でもね、それが『楽しい』って思えるようになったのは、あんたのおかげなんだ。あたしが復学して、あんたがあたしの担任になってから、初めて『ここにいていいんだ』って思えた。だから楽しいんだよ」
「……」
「もし、あんたが次の学校でもあたしの担任をしてくれるなら、進学してもいい。高校に行っても、あんたが隣にいるなら、今と同じくらい、いや、もっと楽しくなるかもしれない。でも、そうじゃないでしょ? あんたが担任じゃなくなるなら、どれだけ学校が楽しくても、今以上に楽しくはならない。むしろ、あんたに気兼ねなく会えない分、窮屈になるだけだよ」
あたしは、金髪を軽く揺らしながら、オッドアイで彼を真正面から見つめた。
「それなら、起業して学生という立場を捨てた方がいい。立場がなくなれば、あんたとも気兼ねなく会える。教師と生徒じゃなくて、ただの男と女として。そっちの方が、よっぽど楽しいでしょ? あたしにとってはね」
鬼塚は、しばらく黙ってあたしの顔を見つめていた。それから、深く息を吐き、苦笑混じりに頭を掻いた。
「……ったく。お前らしい答えだな。IQ200のくせに、結局は俺基準かよ…本当はお前馬鹿だろ?」
「当然でしょ。あたしの基準は、もうあんたしかないんだから。 それに…馬鹿が馬鹿の恋人ならお似合いじゃない?」
「ああ言えばこう言いやがって……ったく仕方ねえな……わかった。なら、俺も応援する。高校行かねえなら行かねえで、お前の好きにしろ。ただし、後悔したらいつでも言え。俺が責任取ってやる」
「後悔しないよ。だって、あんたがあたしを選んでくれたんだから」
あたしは、もう一度彼の胸に顔を埋めた。涙はまだ少し残っていたが、満面の笑みは消えていなかった。
「麗美」
英吉はあたしを「神崎」と苗字で呼ばず、初めて名前で呼んでくれた。
それにより胸が、一気に熱くなった。
「……英吉」
「ああ」
「大好き」
「俺も愛してる」
あたし達二人は、校舎の裏で、そのまま時間を忘れ、長く抱き合っていた。
三月の冷たい風が、あたし達の間をすり抜けていく。
天然の雪に埋もれたあの夜から始まった糸が、ようやく、しっかりと結ばれた。
その後、あたしは本当に起業した。
小さな事務所を借り、IQ200の頭脳をフル活用して、コンサルティングや投資の仕事を始めた。
英吉は別の学校で相変わらず破天荒の馬鹿丸出しで…だけど生徒を想い、熱く自分の意思を曲げず、真っ直ぐに突き進みながら教師を続けている。
そして夜になると、英吉はあたしの事務所に顔を出す。
それが合図だった。
彼がドアを開けて「おい、麗美。もういいだろ」と声をかけた瞬間、あたしはパソコンを閉じ、コートを羽織る。
二人で事務所の電気を消し、施錠をすると、手を繋ぎ、並んでマンションへ帰る。
狭いけれど、二人で選んだ部屋。
玄関を開けると、互いの生活の匂いが混ざり合っている。それが、何より安心した。
ある夜。
マンションのソファで、あたし達は並んで座っていた。あたしは彼の腕の中で、自身の金髪をほどいている。
「英吉」
「ん? どうした?」
「雪山の時のこと、まだ覚えてる?」
「忘れるわけねえだろ。天然の雪に埋もれて、死にかけてたお前を、俺が抱きしめた夜だ。 てか、去年の話だろ? 俺はまだボケてねえから!」
突っ込む英吉にあたしは笑い返す。
「あの時、あたしが死ななかったのは、あんたがいたから。あんたが『神崎! 死ぬな!』って叫んでくれて、自分も寒い筈なのに上半身裸になって、あたしを抱きしめて温めてくれて……だから、あの時からあたしはずっとあんたを選ぶって決めてた」
彼は、あたしの額に唇を寄せた。
「俺もだ。あの時お前が死なずに済んで本当に安心した。 そん時からお前が他の誰よりも大切に思えるようになった…他の誰でもなく、お前…麗美をだ」
あたしは、彼の胸で小さく笑った。涙はもう、出ていなかった。ただ、幸せな笑みだけがあった。
「ふふ……英吉、あんたってば、本当に馬鹿だね」
「お前に言われたくねえよ」
「でも、その馬鹿が好き。あたしも、馬鹿だもん。IQ200あっても、あんたの前じゃただの女の子になっちゃうんだから」
彼は、あたしをもう一度抱きしめた。強く、離さないように。
あたし達は、その後もずっと一緒にいた。結婚という形は、すぐには取らなかった。
でも、心の中ではもう、完全に選んでいた。
鬼塚英吉は神崎麗美を選び、神崎麗美は鬼塚英吉を選んだ。
金髪の天才少女と、馬鹿な元ヤン教師。
釣り合わないはずの二人が、奇妙に、でも確かに、幸せになっていく物語が、そこから本格的に始まった。
卒業式の日に交わされた告白と了承が、すべてを変えた。
あたしは、今でも時々思う。
もしあの天然の雪の夜、鬼塚があたしを見捨てていたら…
もし彼が「卒業まで待て」と言わなかったら…
もし卒業式の後、彼が返事をしなかったら…
考えれば考える程無限の可能性が浮かんでは消えていく…
でも、彼はあたしを選んだ。
そして、あたしも彼を選んだ。
例えこれがIF(つくりもの)の世界だとしても構わない。
物語の分岐点なんて無限にあるんだから。
これは鬼塚英吉があたし…神崎麗美…いえ、少し気が早いけどこういうべきかしら? あたし…鬼塚麗美を選んでくれたもしもの世界。
夢や幻でも良い。
だってあたしは今…本当に幸せなんだから