こいつ泣かせたら世界終わる 作:黒狸
レンリは杖を構えて前へと駆けていた。
「......こりゃ、面倒なことになったやぁ」
魔力酔いの状態で頭痛やら視界は回るやら状態は最悪だが、あの数の迷宮果に殺到されれば張っている保険そのものも危うくなる。
魔法は使えて後一つか二つ。
カゲロウを守ることに注力するならばどれか、と考えながら、一つを絞り出す。
「"プロテクション"」
杖の先端が眩く輝くと、カゲロウをドーム状に覆う光の障壁が展開されて。
今にも突き刺さらんとした幾重もの枝先を、嫌に響く高音をたてて防ぐ。しかし群生地であるためか、迷宮果の数と質量それ事態も馬鹿にならない。
"プロテクション"もそう長くは持たないと考え、続けて援護をしようと試みるが、脳をそのままかき回されるかのような朦朧感に苛まれて練り上げた魔力が霧散してしまう。
「竜さん、大丈夫!?」
「うっ、だいじょう、ぶ、だけど。はぁ。一旦は張ってた保険の出番だねぇ」
満身創痍で見据える先。
各所がひび割れ今にも破られそうなプロテクションと、その中で縮こまるカゲロウの姿が見えた。ただしそれだけでなく、背筋をつうと引くような、冷たくて濃厚な殺気が。
カゲロウの足元の影が、伸びる迷宮果の枝先全ての木陰と繋がっていくのが。
背中から数十とも数百とも知れぬ影の枝を伸ばして飛び出す、ノーチェの姿が見えた。
バリバリッと、窓ガラスが割れるような音と共に光の障壁が破られる。
同時に襲い来る枝をの数々を影の枝で打ち払いながら、ノーチェはカゲロウをレンリたちにひょいと投げた。
「時間を稼ぐ。こいつだけ渡しておくから、先逃げといてくれ」
彼は焦った素振りこそ見せはしないが、余裕がないのはその姿を見れば十二分にわかる。
人の形を保ててはいるが、顔部分までが影に覆われて表情が伺えない。ただ意識しても精々左右の指十本が精々であるところから、無数の影を巧みに操り適格に迎撃せしめている技量には素直に感服するばかりで。
そしてそこまでの処理がどれだけ保てるかを考えればこそ、レンリは気が気でない。
「レンリ!」
しかし魔法もできうる限りを使い切っていた。これ以上は足手まといになるのもわかる。
だからこそ、自分の現状を噛みしめながら、アンミーと逃げようと、した。正しい判断だった。しかしそうする覚悟もないままに思わず踵を返し、周囲を見渡して。
「レンリ、行こ!」
木であるくせにガンガンと金剛石のような音でもって打ち合っていた。
地面が隆起し、グズグズと死体が這い上がってくるのが見えた。ずいぶんと禍々しい姿になった彼だけが、囲まれ戦っていた。
本人もその自覚はないのだろうけど、結局はまたノーチェが進んで貧乏くじを引きにいっている構図だった。
――レンリには、それが許せなかった。
なにを、なんで許せないのか。
レンリを守る側に置いているからとか。
彼が、損な役回りばかりを押し付けられているからとか。
戦う場面になっても自分のことは頼ってはくれないのか、とか
いろいろと思考を巡らせたけれど、そのどれも違った。
そんな彼に甘えている自分自身が、かっこ悪くて、許せないのだ。
「『プロテクション』」
「ッ!? おい!」
駆け出しながら、唱える。
後一回分の魔力は、ノーチェの周囲をドーム状に囲む防御魔法として出力される。さらにもう一回分、なんとか、脳でも心臓でも絞って魔力を捻り出さねばなるまい。
鼻血が垂れてきたのも気にならない。眩暈どころか天地がひっくり返ったような心地だけれど、それでも、地面の感触が。前に走れている実感だけがあればいい。
「竜さん! これ食べて!」
アンミーがなにかを投げてきた。
フラフラで、駆けながら、それでもこれは受け取らなければいけないような気がして。思いきり手を伸ばし、なんとかつかみ取った。いまさら見紛うはずもない、先に取得した迷宮果だった。
「ありがとねぇ!」
齧る、芳醇な香り、甘味、酸味、そしてそれらに混じる魔力が確かな熱となり体を巡る。
もう一回分、ありったけの魔力を。
「『竜化』」
呟く。
体の奥のおくが、ドクンとひと際強大な波紋を生み出し揺れた。イメージはサナギを破る蝶々のような。小さな人の身に収まりきらぬ大いなる存在を、その姿を、少しずつ引き出していく。
膨れ上がる体は固い鱗を纏い、爪は何人をも貫かんとする光沢を宿したそれであり。
牙の隙間から零れる空気には弾ける火の粉が混じる。
「伏せてなよノーチェ」
そうして顕現した『竜』は、大きく、大きく息を吸い込んで。
「『焔』」
視界の全てを、深紅が、熱が覆いつくした。
〇
ざあざあと吹く風ばかりが迷宮2層の平原地帯に音を残していた。
まるで先の喧騒が嘘であるかのように感じられるが、火炎の残した爪痕は確かに存在する。
周囲には雑草が消え剝き出しになった地面と、焼け焦げ煤となった迷宮果たちの残骸。幸い周囲に延焼することはなかったが、それは単にレンリの調整がきいていたのかもしれない。
ノーチェたちはといえば、地面がくぼんだ焼け跡に座り、迷宮果の分配を行ったところだった。
カゲロウとレンリが齧った果実である。おおよそ元の半分から、配分は平等に3分の1。
割には合わないが、その事実を噛みしめるよりも果実に舌鼓を打つ方が幾分か気が楽になるというものだ。
「最初に取れた迷宮果の半分かぁ」
「取得難易度も高いしな。まあそんなもんだよ」
おもむろに呟くアンミー。
ノーチェは彼女の頭を撫でながら、もう片方の手でひと口大にした迷宮果の一片を口に運ぶ。最初に感じるのは瑞々しさであり、同時に広がる甘酸っぱい果汁と芳醇な香りが口内を満たした。これだけでも十二分に満足がいく美味さなわけだが、その上腹の中からじわりと魔力が巡っていく感覚。
保存食なんかにできたら大儲けできるのではないか、なんて考えが脳裏をよぎるのを、頭を振るい振り払った。
「ノーチェ、私も」
「やだよ自分の食え――ってのは冗談でな。ほらこれ。これやるからへそ曲げるなって」
「ん、」
実質恐喝だった。
とはいえ食べ損ねた迷宮果を夢に見て、果物の化け物が現れても困るので仕方がない。
「......」
そんな様子を巨大なドラゴン――レンリが見下ろしていた。
巨大といっても山や塔のようなそれではなく、精々迷宮の通路が通れない程度。とはいえ進行においてとかく邪魔になることは想像に難くない。
そんな図体。様子。湿度のこもった目線でじっとりと見つめられて。
「わかったって。やるから待ってろ......ほら」
「わぁい」
残る迷宮果の一片をレンリの口にぽんと放れば、ガチリと音を立ててキャッチした。
これでノーチェの分は終わり。自分のものを早々に平らげてノーチェにたかっていた二人だが、それぞれ労う理由がないでもないので一旦は良しと飲み込んでおく。
「ちょっともったいない。あんなたくさんあったのに」
迷宮果の焼け跡に触れるアンミー。その白い指先から、果実だった部分の灰が落ちる。
「いや、そうでもないさ。これまた面倒な生態でな」
「迷宮果は、敵を見つけると果実に回してた栄養とか魔力を自分に移しちゃうからねぇ。戦い始めてからは煮ようが焼こうが美味しくなくなっちゃうんだぁ」
「となると、最初の取り方が一番良かったんだね」
「そういうわけ」
アンミーに抱き上げられ、前足を挙げられたカゲロウが自慢げにふんすっと息をつく。
「つまみ食いしてなきゃなお良かったけどな」
「確かに。だめ、だよ」
カゲロウは力なくふんす......と返した。少しばかり反省しているようだった。
そんなこんなで騒がしい一幕が終わり。
この場所は野営するには目立ちすぎるため、一旦はまた上層へ向け移動を行うことにした。ノーチェが先導し、その後ろではアンミーが膨大な魔力による周辺探知を行い、後衛には支援が可能なレンリがつく配置だ。
規則的に続く二人分の足音には、規則的でない音が混じっていて。
ちらと後ろを見ればカゲロウも追従していた。ここまではある種知っている光景なのだけど、規則的でない、というかあまりに耳なじみのない地響きがした。
それもそのはず。後衛にはドラゴン姿のままのレンリがいるのだ。正直邪魔である。
「ぐぐぎぎ......!!」
「小さくなれないのか?」
「んん、無理だねぇ、」
実感は平原地帯を抜ける通路にて、狭くて通れないというレンリが主張したことに起因する。
知ったことか。通路が狭いのでなくお前が無駄にデカいのだとツッコみたくなる衝動を深呼吸で抑えながら、ノーチェはさてどうしたものかと考える。、
「人化の魔法は使えないか。あれも魔力消費激しいもんな」
「そうなんだよねぇ。ごめんよぉ......」
迷宮探索はトラブルばかりで、面倒で、上手くいかないことの方がやっぱり多いものだ。
寝具不足、甘味不足、魔力不足ときて、今度は通路の幅不足ときた。面倒ごとばかりが続くが、この不都合をいかにして対応するか思案するのも迷宮探索の醍醐味と言えるだろう。
とは、いえ。面倒くさいものは面倒くさい。その事実に変わりはないのである。
「さて、どうしたもんかな」
いつも以上に、長い、長い溜息が出た気がした。
▽
役割を終え、朽ちるはずの魂だった。
守るべき主君も守れず、仇討ちすらも敵わず、そこいらの石ころ同然に一蹴された。
死する刹那にありながら胸中に燃ゆるあの後悔は、きっと無念というやつなのだろう。もしあの瞬間に戻れたのなら、何かしらの形でやり直すことができたなら、という思考が収まったことはない。あの日から、あの瞬間から、意識だけになってもずっとそうだった。
この目で探して、この鼻で嗅ぎ分けて、この牙で敵を穿つ。
この耳で聞いて、この舌で感じて、この身で守り抜く。
この足で――と。
踏みしめる地面が、足の感覚があった。
否。足だけに留まらず、目が、鼻が、身体が。失ったはずの肉体が構築されているのだ。影が集まり、大きな一つとなり、やがて煙のように浮き上がって何かを模した形を成していた。
何かしらの力により身体が構築され、魂が力ずくで引き戻されているようだった。何故かはわからないが、正直どうでも良いと思った。
やり直す機会を得た今、すべてのことは二の次なのだ。
この目で探して、この鼻で嗅ぎ分けて、この牙で敵を穿つ。
この耳で聞いて、この舌で感じて、この身で守り抜く。
そして、この足で見つけ出す。
誰を――という思考が意識を掠めたが、どうでも良いと思った。
やり直す機会を得た今、すべてのことは二の次なのだ。
この目で探して、この鼻で嗅ぎ分けて、この牙で敵を穿つ。
この耳で聞いて、この舌で感じて、この身で守り抜く。
■■■■に迫る危険を排除すべく。
――。
■■■■とは誰だろうか。わからないが、どうでも良いと思った。
とにかく守る必要がある。邪魔なものがいれば、容赦せず排除する。
迷宮『一層』。
かくして悲劇は成る。
役割の鎖に繋がれた影なる餓狼は、記憶にない主以外を排除するべく、徘徊を続ける。