ふしぎの海のジャンとナディア(※異論は認めん) 作:まだら模様
稚拙な分野内容が含まれています
ご注意ください
場合により続くかも…?
人生には、どうしても譲れない美学というものがある。
俺にとってのそれは、ただ一つ。『ジャンとナディアのカップリング以外、絶対に認めない』ということだ。
前世の俺は、とあるアニメ作品に魂を奪われた筋金入りのオタクだった。
『ふしぎの海のナディア』。19世紀末の空気を纏ったあの世界観、万能潜水艦ノーチラス号の雄姿、ネモ船長やエレクトラさんの愛憎入り混じる大人のドラマ、グランディス一味の人間味あふれる愛すべき悪党っぷり、そして何より──不器用で、幼くて、けれどどこまでも一途なジャンとナディアの物語。そのすべてが、俺の人生のバイブルだった。
だからこそ、病で命を落とし、目を覚まして自分が『ジャンの実の兄』としてル・アーヴルの街に生まれていると気づいた時、俺は天を仰いで咽び泣いた。
神様、感謝します。まさか特等席で彼らの青春を拝めるなんて。
だが、同時に俺は固く心に誓った。
「原作の歴史は、絶対に壊さない」
安易な知識のひけらかしで展開を変えるつもりもなければ、歴史を改変してドヤ顔をするつもりもない。二人が悩み、すれ違い、傷つき合いながらも絆を深めていくあの奇跡の軌跡こそが至高なのだ。俺の役割はただ一つ。二人を陰から見守る『最強のウイングマン(影のアシスト役)』に徹すること。
──……そう、誓っていた時期が俺にもありました。
「兄さん! 見てよ、この飛行機の設計図! 今回のエンジンは爆発力を三割増しにしてあるんだ!」
「ジャン……お前、それは飛ぶ前に人間が弾け飛ぶ構造になってないか……?」
成長した弟・ジャンは、原作通りの超絶発明バカであり、同時に超絶レベルの恋愛鈍感男だった。
対するヒロインのナディアもまた、人間不信で情緒不安定な多感な少女。放っておけば、この二人は出会い頭に盛大事故を起こす未来が見え見えだった。
「だめだ……このままじゃ二人が出会っても、ジャンの無神経な一言で雰囲気が冷え切ってしまう……! 原作の展開は守るが、ジャンの恋愛偏差値だけは裏で叩き上げておかねえと胃が持たん!」
そうして俺は、弟の発明を手伝い、事故から庇い、時に「女の子への配慮」を遠回しに説き伏せながら、運命の日を待った。
1889年、パリ万国博覧会。
自作の飛行機でコンテストに出場するため、俺とジャンは蒸気機関車に揺られてパリの地を踏んだ。
エッフェル塔がそびえ立つ会場の熱気の中、俺の心臓は早鐘のように鳴っていた。
今日、ついに運命の出会いが訪れる。
俺の推しカプの歴史が、ここから始まるのだ──!
パリ万国博覧会の会場は、人々の熱気と蒸気機関の煤煙、そして最新技術への興奮で満ちあふれていた。
「すごいよ兄さん! 見てごらん、あの最新式の蒸気機関! あのピストンのストローク、素晴らしい構造だよ!」
「はいはい、わかったから前見て歩けジャン。人とぶつかるぞ」
大はしゃぎで興奮するジャンの首根っこを引っ張りながら、俺は苦笑いを浮かべる。
正直に言えば、前世の俺は機械の仕組みなんてさっぱりわからない文系人間だった。だが、この世界でジャンの兄として生きるうち、状況は一変した。
なんと言っても、俺は大好きなジャンの一番近くにいたいのだ。彼が無我夢中で工具を握り、目を輝かせて発明に没頭する姿を特等席で眺めるのは至高の癒やしである。そのためなら、重いスパナを持ち、油にまみれ、複雑な計算式や機械構造を勉強する努力なんて安いものだった。今や俺も、ジャンの助手兼メカニックとして彼の飛行機づくりを第一線で支えられるレベルには達している。
俺たちはコンテストの出展エリアに荷物を下ろすと、さっそく自作飛行機『アルシノセラス号』の最終調整に取りかかった。
「ネジの締め込み良し、翼のテンションも問題なし。よしジャン、機関の点検が終わったら少し休憩にしよう。エッフェル塔の展望台でも登ってみるか?」
「うん! 兄さん、あんな高い建造物の構造を上から見られるなんて最高だよ!」
そうして二人でエッフェル塔の麓へと向かった、その時だった。
──……いた。
人混みの中で、俺の足がピタリと止まった。
褐色の肌、夜空のように深い髪、そして胸元で怪しい青い光を放つペンダント。
その肩には、小さな子ライオンがちょこんと乗っている。
(……ナディアだ……!! 本物の、生ナディアだ……ッ!!)
胸が激しく高鳴り、涙が出そうになるのを必死でこらえる。
まさに原作の一幕。サーカス団の衣装を纏った彼女は、周囲の好奇の視線や異国特有の空気に警戒心を露わにしながら、ポツンと佇んでいた。孤独で、繊細で、触れれば折れてしまいそうな儚さ。
(神様、ありがとうございます……! ついに、ついにこの時が来たんだ……!)
俺は物陰から息を殺し、穴が開くほど二人を観察する体制に入った。
よしジャン、行け! お前の運命のヒロインだ! 運命のファーストコンタクトを果たしてこい!
心の中でペンライトを全力で振る俺の視線に気づくはずもなく、ジャンは人混みの向こうの彼女を見つけ、まっすぐに歩み寄っていくのだった。
「やあ! 僕の名前はジャン! 君、その肩に乗ってるの、本物のライオンかい!?」
──出た。ジャンの第一声だ。
物陰で息を潜める俺の額から、だらりと冷や汗が吹き出す。
声をかけられたナディアは、ぴくっと肩を揺らし、ハッと弾かれたように振り返った。
その瞳にはあからさまな警戒の色。「また軽薄な男が声をかけてきた」と言わんばかりに、ツンと余計に胸を張って距離を取る。
(そう! それだよナディアちゃん! そのガードの固さが初期ナディアなんだよ……! だがジャン、そこは『可愛いライオンですね』とか『怪しい者じゃありません』から入るのが鉄則だろ!?)
「すごいなぁ、本物のライオンなんて初めて見たよ! あ、僕の飛行機も見に来ないかい? 僕の発明した機関はね……」
「……興味ないわ」
冷たい。あまりにも冷冷(ひやひや)とした一言。
ナディアはフンッと鼻を鳴らし、ぷいっと背を向けようとする。
完全に撃沈。出会ってわずか十秒で破局の危機である。だがジャンの奴は「ええっ、どうしてかなぁ?」と頭を抱えるだけで、何が原因かも分かっていない。
(ダメだ! このままじゃ原作通りとはいえ、俺の胃が持たん!!)
耐えかねた俺は、物陰から爽やかな笑顔を張り付けて滑り出た。
「すまないね、お嬢さん! 弟が不躾な声をかけてしまって」
「……誰よ、あなた」
「俺はこいつの兄だ。こっちは弟のジャン、昔から珍しいものや素晴らしいものを見ると、夢中になって周りが見えなくなる質(たち)でね。君があまりにも綺麗だったから、余計に興奮しちゃったんだよ」
俺はジャンの後頭部を軽く小突いて頭を下げさせつつ、ナディアの「警戒心」を「女の子としての自尊心」にすり替える必死の通訳を試みる。
ナディアは一瞬目を見開き、少し頬を赤らめると、フンとそっぽを向いた。
「……別に、綺麗なんて言われても嬉しくないわ」
(ツンデレ! ありがとうございます!! 刺さる、刺さりすぎる……!!)
「兄さん、僕が言いたかったのは飛行機の構造で──」
「黙れジャン、今はお前が喋るとろくなことにならん!」
俺がジャンの口を音速で塞いだその時。
遠くの人混みから、派手な衣装に身を包んだ赤い髪の美女と、巨漢、そして細身の男──グランディス一味がナディアを目がけて迫ってくるのが見えた。
胸のブルーウォーターが、怪しく青い光を放ち始める。
名作『ふしぎの海のナディア』の第一章、その怒涛の激動が、いよいよ幕を開けようとしていた。
(よし……! 出会いの軌跡は守り切ったぞ! これから気球での脱出、そして逃亡劇だ。ジャン、ナディアちゃん……俺が意地でも二人を絶対に死なせないし、最高のハッピーエンドへ導いてやるからな!!)
こうして、二人の運命の恋を守るための、俺の過酷で尊い戦いが始まったのだった。