ファイアーエムブレム 聖戦の系譜〜氷雪の融解者〜   作:Edward

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013 友愛

マリアンに「話はつけた」と言った。

 

――あれは、嘘だった。

 

正確には、これから話をつけるつもりだった。

 

これ以上、彼女に余計な心労を与えたくなかったカルトは、まずマリアンを宿へ連れて行った。

 

湯を使わせ、長く身体にこびりついていた汚れを落とす。

 

着ていた服も新しいものに替えた。

 

そして、温かい食事を用意した。

 

それだけのことだった。

 

だがマリアンにとっては、そのどれもが当たり前ではなかった。

 

食卓についてしばらくすると、マリアンの手が止まった。

 

「……カルト様」

 

「ん?」

 

少女はしばらく言葉を探し、やがて不安そうにカルトを見つめた。

 

先ほど「一緒に来い」と言われた時は、ただ嬉しかった。

 

だから、何も考えずに頷いた。

 

しかし時間が経ち、落ち着きを取り戻すにつれて、別の不安が頭をもたげてきたのだ。

 

「私……カルト様のおそばにいても、何もできません」

 

マリアンは膝の上で小さく手を握った。

 

「こんな私を、本当に連れて行ってくださるのですか?」

 

カルトはすぐには答えなかった。

 

やがて、少女と同じ高さになるよう少し身を屈める。

 

「マリアン。まずそこから違う」

 

「……え?」

 

「役に立つか、立たないかで、自分の価値を決めるな」

 

マリアンが目を見開く。

 

「子供は、大人にとって都合のいい存在である必要なんかないんだ」

 

それは、この少女が今まで教えられてこなかったことだった。

 

役に立て。

 

言うことを聞け。

 

逆らうな。

 

それが彼女に与えられてきた世界だった。

 

だからカルトは、その反対を教える。

 

「これからは、自分がどうしたいのかを考えろ。誰かに何をしてあげたいのかも、自分で決めろ」

 

「自分で……」

 

「ああ。それで俺と意見が違ったら、俺に言えばいい。俺も賛成するかもしれないし、反対するかもしれない。その時は話し合えばいいんだ」

 

カルトは笑った。

 

「そうやって自分で考えて、自分で選んで、時には間違えて……少しずつ大人になればいい」

 

マリアンはしばらく考え込んだ。

 

そして。

 

「……難しいです」

 

ぽつりと呟いた。

 

カルトは思わず吹き出し、少女の頭を撫でる。

 

「そうか、そうか。難しいよなあ」

 

「はい……」

 

「安心しろ。俺にもまだできてない」

 

「……意地悪ですね」

 

ようやくマリアンが笑った。

 

ほんの小さな笑みだった。

 

けれど、それでいい。

 

自由とは、好き勝手に生きることではない。

 

自分で考え、自分で選び、その結果を自分のものとして受け止めること。

 

今はまだ、そこまで分からなくてもいい。

 

自分にも選んでいい人生がある。

 

そのことだけ知ってくれれば十分だった。

 

     ◇

 

「父上!!」

 

刃が走った。

 

ホリンは避けなかった。

 

いや――避けることができなかった。

 

父の剣が袈裟に振り下ろされ、鎧を深く裂く。

 

鮮血が滴った。

 

衝撃に耐えきれず、ホリンは片膝を地についた。

 

「ぐっ……!」

 

顔を上げる。

 

そこにいたのは、いつもの穏やかな父ではなかった。

 

ソファラを預かる長としての、ガーラットだった。

 

「クラナドの指令ひとつにどれだけ時間をかけた!」

 

怒声が広間に響く。

 

「その間にクラウスは焦り、兵を率いてダーナへ侵攻した! その責の一端がお前にないとでも思っているのか!」

 

「…………」

 

「それを理解せず、ソファラの長である私に会いに来ただと? 挙げ句、私の心配か!」

 

ガーラットは息子を睨みつけた。

 

「身のほどを知れ!」

 

ホリンは深く頭を垂れた。

 

「……申し訳ありませんでした」

 

声は震えていなかった。

 

「私の及び知らぬことであったとはいえ……無礼でありました」

 

ガーラットは息子を見下ろしたまま告げる。

 

「ホリン。貴様は任務失敗の責を取り、ソファラより離反とする」

 

ホリンの身体が硬直した。

 

「今後、二度とソファラの地へ足を踏み入れることを許さん」

 

「…………!」

 

故郷を失った。

 

その意味を理解した瞬間、ホリンは何も言えなくなった。

 

「ガーラット殿」

 

別の声が響いた。

 

「それはいささか、罰が過ぎるのではないかな?」

 

ガーラットの表情が変わった。

 

「こ、これは……マナナン王!」

 

即座に跪く。

 

広間にいたすべての者もそれに続いた。

 

イザーク王マナナンは、静かに手を上げた。

 

「よい。ここは正式な謁見の場ではない」

 

そしてホリンを見る。

 

「ホリンよ。此度のこと、そなた一人の責ではない」

 

「陛下……」

 

「イザークを一つにまとめきれなかった、王である私にも責がある」

 

マナナンは穏やかに続けた。

 

「クラナドも、クラウスも……やり方こそ違えど、イザークを憂いた末の行動だったのであろう」

 

広間が静まり返る。

 

「今はリボーの者たちにも自粛を求めている。だが、いつの日か再び、イザークのため共に立ち上がってくれることを願っている」

 

誰かが声を上げた。

 

それを皮切りに、広間に歓声が広がった。

 

イザーク王を讃える声。

 

これから向かう苦難を、この王ならば必ず乗り越えてくれる。

 

兵たちは、そう信じていた。

 

その歓声に紛れ、ガーラットがホリンへ顔を寄せた。

 

「……ホリン」

 

先ほどとはまるで違う、小さな声だった。

 

「ソファラには戻るな」

 

「父上……?」

 

「いずれソファラもリボーと同じ道を辿る」

 

ホリンが息を呑む。

 

「そうなれば、イザークは大きく揺れる」

 

ガーラットは周囲に悟られぬよう、言葉を続けた。

 

「お前は国外へ行け。そして安全な場所を探すのだ」

 

「安全な場所……?」

 

「マリクル王子、アイラ王女……そしてシャナン様を国外へ逃がさねばならなくなった時、その受け皿となる場所を確保しておけ」

 

ホリンは父の言葉の意味を理解した。

 

ガーラットは考えている。

 

もしもマナナン王を守れなかったら。

 

もしもグランベルとの戦争になったら。

 

もしもイザークそのものが敗れたら――。

 

「しかし父上。私が国外にいれば、お三方と合流することさえ難しいのでは?」

 

するとガーラットは、初めて父親の顔で笑った。

 

「構わん」

 

「……?」

 

「お前の中に流れるオードの血が、必ずお前たちを巡り合わせる」

 

「父上……」

 

「私も、マナナン王も、そう信じている」

 

そしてガーラットは小さく息を吐いた。

 

「先ほどは斬りつけて悪かった」

 

その一言で、すべてを悟った。

 

追放ではない。

 

逃がされたのだ。

 

故郷から。

 

これから始まるかもしれない戦乱から。

 

「父上……!」

 

声が詰まる。

 

「何卒……何卒、ご無事で!」

 

ガーラットは腰の剣を抜いた。

 

そして鞘ごと、息子へ差し出す。

 

「この剣は、これからお前が使え」

 

ホリンは両手で受け取った。

 

「イザークを頼んだぞ」

 

「……はい!」

 

深く一礼する。

 

そしてホリンは振り返ることなく、歓声に包まれた広間から走り去った。

 

もう自分には帰る場所がない。

 

ならば。

 

帰る場所を失った自分だからこそ、作れる場所があるのかもしれない。

 

いつの日か父に胸を張って会えるように。

 

ホリンは走った。

 

     ◇

 

「そいつだ!」

 

ダーナの地下牢にクラウスの絶叫が響いた。

 

「そいつが黒幕だ! 俺はそいつに唆されたのだ!」

 

クラウスはダーナへ子供たちを救出しに向かった。

 

街へ入る直前、暗黒魔道士たちの一斉攻撃を受けた。

 

そこで彼を助けたのが、漆黒のローブを纏った女だった。

 

女の助言と魔法による援護によって暗黒魔道士たちは駆逐された。

 

だが戦闘はダーナの街にまで被害を及ぼした。

 

暗黒魔法による襲撃。

 

そして外国軍であるリボー軍の侵入。

 

恐怖に陥ったダーナは、グランベルへ救援を求めた。

 

報告を受けたクルト王子は各公国へ出兵を要請。

 

最も近い位置にいたヴェルトマー軍が即座に応じた。

 

偶然にも主力であるロートリッターは軍事訓練の最中であり、ほとんど準備を必要とせず出撃できたのである。

 

一方のクラウスは、消えた子供たちの捜索に躍起になっていた。

 

見つからない。

 

焦燥はやがて兵たちにも伝播した。

 

市民への恫喝。

 

家屋への強引な捜索。

 

そして、ついには火の手まで上がった。

 

もはや収拾はつかなかった。

 

そこへロートリッターが到着した。

 

結果は一方的だった。

 

リボー軍は半日も持たず壊滅。

 

郊外へ逃れた兵に対しては大魔法メティオすら投入され、完全に戦闘能力を奪われた。

 

クラウス自身も馬車で逃走したものの、既に街道はグランベル軍によって封鎖されていた。

 

そして今、ダーナで拘束されている。

 

「俺ではない! あの女だ!」

 

アルヴィスは喚き散らすクラウスを横目に、隣に立つ黒衣の女へ視線を向けた。

 

「このように申しているが……フレイヤ。どうだ?」

 

女は妖艶に唇を歪める。

 

「まあ。アルヴィス様は、このような戯れ言を真に受けられるのですか?」

 

「…………」

 

「仮に私が何かを囁いたとしても――名前すら知らぬ女に唆され、軍を率いて他国へ侵入しました、と?」

 

フレイヤはくすりと笑った。

 

「誰が信じましょう?」

 

クラウスの顔が青ざめる。

 

「それに私は、このひと月ほどアルヴィス様の部下としてグランベルにおりましたでしょう?」

 

「確かにな」

 

アルヴィスは淡々と答えた。

 

「フレイヤがリボーへ赴く時間はなかったはずだ」

 

「違う! そいつは――!」

 

「クラウス殿」

 

アルヴィスの声が地下牢に響く。

 

その瞬間、クラウスは黙った。

 

「クルト王子が到着され次第、正式な罪状が言い渡される。それまでは心穏やかに待つことだ」

 

アルヴィスは踵を返した。

 

もはや、この男に用はない。

 

地下牢を離れ、人目がなくなったところで。

 

「うふふ……」

 

フレイヤが前へ回り込んだ。

 

「アルヴィス様も、お芝居がお上手ですこと」

 

「冗談はよせ」

 

アルヴィスの表情から感情が消える。

 

「これでイザークは、グランベルへ戦争を仕掛けるのだな?」

 

「はい」

 

フレイヤは微笑んだ。

 

「アルヴィス様が真っ先にダーナの騒乱を鎮圧されたことで、ランゴバルド卿もレプトール卿も焦ってこちらへ向かっております」

 

「功を焦る、か」

 

「ええ。そのお二方ならば……少し背中を押して差し上げれば、きっと」

 

アルヴィスの口元にも薄い笑みが浮かんだ。

 

だがフレイヤは、そこで表情を変えた。

 

「ただし、一つだけ不確定な事態が発生しております」

 

「何だ?」

 

「我々が拠点としていた砦の一つが壊滅しました」

 

アルヴィスが足を止めた。

 

「……何だと?」

 

「我々がこちらで動いている間に何者かが侵入し、同志を殺害したようです」

 

「証拠は?」

 

「ご安心を。アルヴィス様へ繋がるものは何もありません。世間から見れば、暗黒教団の拠点が一つ潰された。それだけです」

 

だが。

 

「そこを守っていた者は、我が教団でも上位の術者でした」

 

フレイヤの目から笑みが消える。

 

「それを倒した者となれば……放置はできません」

 

アルヴィスはしばらく考えた。

 

「気にはなる。だが今はどうにもならんな」

 

「はい」

 

「正体が分かれば知らせろ。こちらでも対処を考える」

 

「ありがとうございます」

 

フレイヤは深く頭を下げた。

 

「いずれ、我らが司教様もアルヴィス様にお会いしたいと――」

 

「要らん」

 

空気が変わった。

 

フレイヤの言葉が止まる。

 

「俺は利用できるものを利用しているだけだ」

 

アルヴィスの瞳に冷たい光が宿る。

 

「暗黒教団を庇護するつもりなどない」

 

「…………」

 

「フレイヤ。貴様も、それを承知して俺に近づいたのではなかったのか?」

 

「……失礼いたしました」

 

フレイヤは頭を垂れた。

 

背中に冷たい汗が流れている。

 

「以後、気をつけます」

 

アルヴィスは何も答えなかった。

 

ただ遠くを見つめていた。

 

その瞳が見据える未来を、フレイヤでさえ読み取ることはできなかった。

 

     ◇

 

「お、お助けを!」

 

肥えた男が床に這いつくばった。

 

その前にカルトが立っている。

 

後ろには縄で縛られた二人の男。

 

いずれも、マリアンを買ったことのある者――あるいは、これから買おうとしていた者だった。

 

カルトはダーナを歩き回り、マリアンに関わった者を探し出した。

 

そして最後に辿り着いた。

 

マリアンの家だった。

 

奥から出てきた女が夫にしがみつく。

 

二人とも、突然現れた銀髪の男と縛られた人間を見て、完全に怯えていた。

 

「貴様らが何をしていたか、全部調べた」

 

カルトは静かに言った。

 

怒鳴らなかった。

 

その方が、かえって恐ろしかった。

 

「このまま全員まとめて衛兵へ突き出してもいい」

 

「ひっ……!」

 

「だが、その前に一つだけ聞く」

 

カルトは男を見据えた。

 

ほんの僅か。

 

本当に僅かだけ。

 

期待していた。

 

「マリアンを取り戻したいか?」

 

男が顔を上げる。

 

「……え?」

 

「俺に抗ってでも、あの子を取り戻したいと思うかと聞いている」

 

カルトは剣を外し、床へ置いた。

 

「その気があるなら機会をやる」

 

拳を握る。

 

「俺に勝てば、すべて不問にしてやる」

 

「そ、そんな!」

 

男は激しく首を振った。

 

「騎士様に私どもが勝てるわけがありません!」

 

「…………」

 

「娘がお気に召したのでしたら、どうぞお連れください!」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

カルトの中で、何かが切れた。

 

「娘は従順です! 騎士様のお好きなように――」

 

拳が飛んだ。

 

鈍い音が響く。

 

男は吹き飛び、床へ転がった。

 

折れた歯が数本、血とともに落ちた。

 

妻の甲高い悲鳴が響く。

 

だがカルトには、もう何も聞こえていなかった。

 

「……違うだろ」

 

震える声が漏れた。

 

「俺が聞きたかったのは、そんな言葉じゃない」

 

床に倒れた男を見下ろす。

 

怒りだけではなかった。

 

悔しかった。

 

最後の最後くらい。

 

この男に、父親であってほしかった。

 

「もう二度と、マリアンをここへ連れてくることはない」

 

カルトは剣を拾った。

 

「自分たちがあの子に何をしたのか……いつか思い知れ」

 

それだけを残し、家を出た。

 

歩く。

 

早足になる。

 

さらに速くなる。

 

気づけば、頬を涙が伝っていた。

 

「……マリアン」

 

袖で乱暴に拭う。

 

「できれば……ここに返してやりたかったよ」

 

帰れる家があるのなら。

 

自分などについて来なくてもよかった。

 

少女が少女のままでいられる場所へ帰してやりたかった。

 

だが。

 

もう、ここはあの子の家ではない。

 

カルトは前を向いた。

 

そして宿へ向かって歩いた。

 

     ◇

 

翌日。

 

四人は再び合流した。

 

デューだけが、いつもと変わらぬ顔をしていた。

 

残る三人は違う。

 

ホリンの表情には覚悟があった。

 

カルトの瞳は、遠い何かを見据えていた。

 

そしてマリアンもまた、小さな身体の中に何かを決めたようだった。

 

ホリンから事情を聞き、四人はイザークを離れることにした。

 

ホリンは国外に、イザーク王族を受け入れられる安全な場所を探すという。

 

だがカルトには分かっていた。

 

ガーラットの意図は、それだけではない。

 

マナナン王も。

 

マリクル王子も。

 

もし国が滅びようとするその時まで、イザークで戦い続けることを選んだなら。

 

それでもオードの血を絶やしてはならない。

 

だからホリンを国外へ出した。

 

父として。

 

そしてイザークを支える者として。

 

その決断に、カルトは何も言わなかった。

 

ホリン自身がいつか気づけばいい。

 

デューが集めた情報によれば、国外へ抜ける道はいくつかあった。

 

ダーナからヴェルトマーへ入り、バーハラへ向かう道。

 

フィノーラを経由してシレジアへ向かう道。

 

メルゲンからマンスター地方へ向かう道。

 

そしてメルゲンから自由都市ミレトス、ペルルークへ向かう道。

 

ただしダーナからヴェルトマーへ向かう街道は、今回の騒乱によって封鎖されている。

 

イザークの人間であるホリンたちには危険だった。

 

それでもカルトは、バーハラへ行く必要があると考えていた。

 

イザークで何が起きているのか。

 

グランベルがどう動こうとしているのか。

 

それを確かめなければならない。

 

かつてシレジアとグランベルの魔法戦術交流で、カルトはバーハラへ滞在したことがあった。

 

その際、ヴェルトマーのアルヴィスや弟アゼル、フリージのブルームらとも顔を合わせている。

 

特にアルヴィス、アゼルとはレヴィンを交え、幾度も魔法戦術について議論した。

 

現在アルヴィスはバーハラで近衛を指揮している。

 

会うことができれば、何か分かるかもしれない。

 

「カルト」

 

ホリンが声をかけた。

 

「ここから一度、別行動にしないか?」

 

「……どういう判断だ?」

 

「君の目的と、俺の目的は違う」

 

ホリンは地図を指した。

 

「君はバーハラへ向かいたいのだろう?」

 

「ああ」

 

「私はミレトスへ向かう」

 

カルトは頷いた。

 

当然だった。

 

王族の亡命先を探すホリンが、グランベルを候補にするはずがない。

 

「分かった。俺とマリアンはヴェルトマー経由でバーハラへ向かう」

 

「なら俺はホリンと行く!」

 

デューが笑った。

 

「ミレトスって金持ち多そうだし!」

 

「お前は何をしに行くつもりだ」

 

ホリンが呆れる。

 

久しぶりに、少しだけ空気が軽くなった。

 

「じゃあ決まりだな」

 

カルトは荷物の中から、小さな瑪瑙の石を取り出した。

 

「ホリン。これを持っていてくれ」

 

「これは?」

 

「俺の魔力を込めてある。マリアンを探し出した時と同じように、ある程度なら居場所を追える」

 

ホリンは瑪瑙を受け取った。

 

しばらくそれを見つめる。

 

そして。

 

「カルト」

 

深く頭を下げた。

 

「……どうした?」

 

「君に会わなければ、私は任務を果たせなかった」

 

カルトが黙る。

 

「おそらく私はダーナの騒乱に巻き込まれて死んでいた。デューも遺跡で暗黒魔法に殺されていただろう」

 

デューが珍しく口を閉ざした。

 

「そしてマリアンも……あのままなら暗黒神への生贄にされていた」

 

ホリンは顔を上げた。

 

「ここにいる三人は、君に救われたんだ」

 

「ホリン……」

 

「だから三人を代表して、君にこれを贈りたい」

 

背負っていた袋を下ろす。

 

そこから一本の剣を取り出した。

 

カルトの目が大きく見開かれた。

 

白銀の剣。

 

イザークへ来てから、幾度となく欲しいと口にしていた剣。

 

そして――。

 

初めてマリアンと出会った日。

 

少女が笑いかけてくれた時、ホリンが持っていた剣。

 

「これ……」

 

「受け取ってくれ」

 

カルトは両手で受け取った。

 

ゆっくりと鞘から抜く。

 

陽光を受け、白銀の刀身が眩しく輝いた。

 

間違いない。

 

あの剣だった。

 

「……ホリン」

 

カルトは剣を鞘へ戻した。

 

そして頭を下げる。

 

「ありがとな」

 

「ああ」

 

それ以上の言葉はいらなかった。

 

二人は顔を上げる。

 

そして笑った。

 

ホリンとデューは南へ。

 

カルトとマリアンは西へ。

 

四人はそれぞれの道を歩き始める。

 

別れではない。

 

歩む道が、一時だけ分かれただけだ。

 

いつか必ず、また巡り会う。

 

そう信じていた。

 

たとえその時――

 

互いに剣を向ける立場になっていたとしても。

 

その胸に結ばれた友愛だけは、

 

決して陰ることはない。

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