ファイアーエムブレム 聖戦の系譜〜氷雪の融解者〜 作:Edward
「アゼル、久しぶりだな」
久方ぶりに交わした言葉は、公子同士の堅苦しい挨拶ではなかった。
幼い頃と何も変わらない声でカルトが呼びかけると、アゼルもまた柔らかな笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
二人は互いに手を差し出し、固く握手を交わす。
「相変わらずだね、カルト。変わってなくて安心した――と言いたいところだけど」
アゼルがまじまじとカルトの頭を見る。
「その髪、どうしたの?」
「ああ。苦労して白髪になった」
「またまた」
アゼルは苦笑した。
「それ、白髪っていうより銀髪だよね。途中から髪の色が変わるなんて、普通じゃないよ」
「細かいことは気にするな。それよりアゼルはどうなんだ? 俺はこの通り、シレジアを飛び出してふらふらしている」
「自慢することじゃないと思うけど……」
そう言って笑うアゼルは、昔とほとんど変わっていなかった。
柔らかな物腰。
人を威圧することのない穏やかな声。
そして年齢に似合わぬ聡明さ。
「僕もそんなに変わってないよ。今は兄に代わって、ヴェルトマーを管理している」
その瞬間だった。
アゼルの表情に、ほんのわずかな翳りが差した。
カルトはそれを見逃さなかった。
以前からアゼルとアルヴィスの間には、埋めようとしても埋まらない距離があった。
どうやらそれは今も変わっていないらしい。
アゼルと再会できたのは、エスニャに手紙を託してから二日後のことだった。
翌日には姉のティルテュを通してアゼルへ手紙が届けられ、そのさらに翌日、アゼル本人がティルテュを伴ってカルトのもとまで出向いてきたのである。
この二日間、カルトは連絡を待ちながらエスニャに雷魔法の指導を続けていた。
返事が来るまで数日はかかるだろう。
そう考えていたため、本人がわざわざ訪ねてきたことにはさすがのカルトも驚いた。
そして――素直に嬉しかった。
「アルヴィスも健勝のようで何よりだ」
ひとしきり旧交を温めたところで、カルトは本題へ入った。
「お前が兄貴に代わってヴェルトマーを預かっているってことは、アルヴィスはずっとバーハラにいるのか?」
「うん。今はアズムール王の身辺警護を任されている」
「そうか……」
カルトは小さく息を吐いた。
「とうとうそこまで上り詰めたか」
かつて共に魔法を学び、時には激しく意見をぶつけ合った男が、今やグランベル国王の傍らに立っている。
その事実は、カルトにとってどこか誇らしくもあった。
だが今は、それとは別に確かめなければならないことがある。
「アゼル。率直に聞く」
声色が変わった。
「イザークがダーナへ侵攻した時、俺はメルゲンにいた。そこでメティオを見た」
アゼルの顔から笑みが消える。
「あれは――ロートリッターだな?」
短い沈黙。
やがてアゼルは、小さく頷いた。
「……うん。そうだよ」
「やっぱりか」
カルトは腕を組む。
「いくらヴェルトマーがダーナに近いとはいえ、騒乱が起きてから精鋭を集めて出撃したにしては早すぎる。まるで最初から何かが起こると分かっていたような動きだった」
アゼルは俯いた。
「何か知っていたのか?」
「……争乱が起こる三日ほど前、兄が突然ヴェルトマーへ戻ってきたんだ」
「アルヴィスが?」
「普段なら休暇でもなければ戻ってこない。それなのにあの日は、真っ先に軍の状態を確認した。そして――」
アゼルの声が沈む。
「部隊の仕上がりが悪いと激怒した」
カルトが眉を上げた。
「それで?」
「ヴェルトマー近郊で大規模な軍事訓練を行うと言い出した。ロートリッターも含めて」
「……なるほどな」
偶然にしては出来すぎている。
だが、今ここで結論を出すには材料が足りない。
「随分と唐突な話だな。ロートリッターを預かっていたお前としては、面白くなかっただろ」
「いや……僕の力不足だよ」
アゼルは力なく笑った。
「兄に言われても仕方がない。僕がもっとしっかりしていれば――」
「アゼル」
思っていた以上に深刻だった。
兄と比べ、自分を責め続けている。
だが無理もない。
アルヴィスという男は、あまりにも優秀なのだ。
魔道士としても。
指揮官としても。
政治家としても。
そしてアゼルは、まだ若い。
そんな兄を間近で見続けていれば、自分自身を見失うこともあるだろう。
――アルヴィスも相変わらず不器用らしい。
カルトは苦笑した。
「気にするな。俺がお前の歳だったとしても、同じ結果になっていたさ」
「でも――」
「血っていうのは残酷なもんでな。傍系と直系じゃ、生まれ持った力にどうしても差が出る」
カルトは肩をすくめる。
「俺だってレヴィンとの差を散々見せつけられてきた」
「じゃあ……」
アゼルの目が伏せられる。
「僕はこれからも、兄の期待には応えられないのかな」
「誰がそんなこと言った」
アゼルが顔を上げた。
「生まれ持った力だけで全部決まるなら、俺はとっくに諦めてる」
カルトは腰の白銀の剣へ手を置いた。
「俺は魔力でレヴィンに勝てなかった。その代わり体格には恵まれていた。だったら魔法だけで勝負する必要なんてない」
鞘からわずかに白銀の刀身を覗かせる。
「だから俺は剣を取った。魔道士としてじゃない。魔法戦士として自分の道を作ろうとした」
今となっては、事情が少々変わってしまった。
眠っていた力が目覚め、かつてとは比較にならないほどの魔力を手に入れてしまったからだ。
それでも剣を捨てるつもりはない。
これは、自分自身で選んだ道なのだから。
「アゼルにもあるはずだ。アルヴィスにはなくて、お前にはあるものが」
「そんな……僕には兄ほどの魔力もない。統率力だってない。僕だけのものなんて……」
「あるよ!」
不意に声が飛んだ。
ティルテュだった。
「アゼルはすごく優しいもの。周りの人のことをちゃんと見てるし、誰かが困っていたらすぐ気づくし!」
「ティ、ティルテュ?」
「確かにそういうのって目立たないかもしれないけど……私は、そんなアゼルが好きよ!」
沈黙。
「…………」
アゼルの顔が見る見る赤くなった。
ティルテュも数秒遅れて、自分が何を口走ったのか理解したらしい。
「ち、違っ――いや違わないけど、そういう意味じゃなくて、いや、そういう意味も……あれ!?」
「…………」
カルトは何も言わなかった。
エスニャも何も言わなかった。
ここは触れてはいけない。
人間には、生きるために必要な判断力というものがある。
「――まあ、それは置いといてだ」
「置いとかないでよ!」
ティルテュの抗議を華麗に無視し、カルトは続けた。
「アゼル。お前、馬に乗るのは得意だったよな?」
「え?」
「昔から乗馬は上手かった。俺よりずっとな」
「まあ……うん」
「なら、それを使えばいい」
「どういうこと?」
カルトは白銀の剣から手を離した。
「俺は魔法戦士を選んだ。なら、お前は――魔法騎士を目指してみたらどうだ?」
「魔法……騎士?」
聞いたことのない言葉だった。
アゼルは自分自身を見つめ直す。
確かに乗馬は得意だった。
体格に恵まれていれば、騎士を目指す道もあったかもしれない。
だがヴェルトマーの血を引く者として、炎の魔道士であることに固執しすぎていた。
自分で自分の可能性を狭めていたのではないか。
「そうよ!」
ティルテュが勢いよく身を乗り出す。
「馬に乗って移動しながら魔法を使えれば、すごく強いんじゃない? 魔道士の弱点だった機動力だって補えるし!」
「問題は馬だな」
カルトは顎に手を当てた。
「普通の馬なら魔法の発動音や炎に怯える。だが、そこは訓練次第だろう。魔法に慣れた軍馬を育てればいい」
そしてアゼルを見る。
「どうだ?」
その目に、もう迷いはなかった。
「誰もやってないなら、最初にやればいい」
アゼルの瞳に光が戻る。
「……やってみる」
「おう」
「やってみるよ、カルト!」
アゼルは力強く立ち上がった。
「今まで誰もやっていないなら、僕が形にしてみせる。先人の常識を越えてみせるよ!」
「その意気だ」
「ありがとう、カルト!」
カルト、ティルテュ、エスニャは顔を見合わせ、笑った。
この時、彼らはまだ知らない。
何気ない会話から生まれた一つの発想が、やがて戦場を駆ける新たな戦士の姿を生み出すことを。
炎を纏い、大地を駆ける――魔法騎士。
それはアゼルが、兄の背中を追うのではなく。
初めて自分自身の道を歩き始めた瞬間だった。
◇
グランベル王国首都――バーハラ。
その王城の中庭に、突如として光が生まれた。
「な、何だ!?」
「全員、構えろ!」
異変を察知した衛兵たちが一斉に駆け寄る。
光は急速に膨れ上がり――やがて四つの人影を吐き出した。
「到着っと」
「本当に城の中に出た……」
「す、すごい……」
カルト。
アゼル。
ティルテュ。
エスニャ。
ヴェルトマーから転移してきた四人である。
言うまでもなく、不法侵入同然だった。
槍を構えた衛兵たちが取り囲む。
しかし、その穂先はすぐに下げられた。
ヴェルトマー公子アゼル。
フリージ公女ティルテュ。
そして妹のエスニャ。
グランベル王城の衛兵が、彼らの顔を知らないはずがない。
やがて一人の男が前へ出た。
衛兵隊長らしい。
その顔は当然ながら険しい。
「アゼル公子」
低い声だった。
「兄君が近衛を務めておられるとはいえ、些か不躾な登城ではありませんかな」
「ご、ごもっともです……」
アゼルが早くも胃を痛めそうな顔になる。
隊長の視線がカルトへ向いた。
「そちらの者はグランベルの者ではないと見受ける。名を名乗られよ」
「おいおい」
カルトが眉を上げた。
「人に名前を聞くなら、まず自分から名乗るもんじゃないのか?」
「カ、カルト……!」
アゼルの顔が引きつった。
王城へ不法同然に転移してきた人間の態度ではない。
隊長もしばし絶句した。
「……失礼した。私は王城衛兵隊長、リカルドだ」
「シレジア王国、マイオス王弟の長子カルトだ。よろしくな」
カルトは勝手にリカルドの手を取ると、ぶんぶんと握った。
「…………」
リカルドの顔が固まる。
完全に相手の調子を崩していた。
「リカルド隊長、申し訳ありません!」
アゼルが慌てて割って入った。
「カルト公子は以前、魔法修練のためバーハラに滞在していたことがありまして。それで移動に転移魔法を使ったのですが、本当は正門前へ出るつもりだったんです。記憶違いで中庭へ転移してしまったようで……」
「そういうことか」
リカルドは長く息を吐いた。
「以後、気をつけられよ」
「はい。本当に申し訳ありません」
アゼルは深々と頭を下げた。
――もちろん嘘である。
カルトは最初から中庭を狙っていた。
正確には、
『たぶんこの辺だったよな』
という程度の記憶で転移した結果、本当に中庭へ出てしまったのである。
成功した場合のことは、あまり考えていなかった。
もっとも、四人もの人間を一度に転移させること自体が尋常ではない。
通常なら膨大な魔力を消費し、成功したとしても立っていられないほど消耗するだろう。
それを行った本人は息一つ乱さず、衛兵隊長と口喧嘩までしている。
アゼルは改めてカルトを見る。
――本当に、変わった。
聖杖まで扱い。
複数人を転移させ。
それでも魔力が尽きる様子すらない。
昔とは比較にならない。
いや。
それだけではなかった。
今のカルトから感じるものは――
兄アルヴィスや、他の聖戦士の血を継ぐ者たちに似ている。
アゼルは、先ほどの言葉を思い出す。
『俺も魔力ではレヴィンに劣っていた』
――今でも、本当にそうなのだろうか。
◇
「待たせたな」
執政室へ現れたアルヴィスは、昔と変わらぬ姿だった。
冷静で。
威厳があり。
近寄り難いほど整然としている。
「アゼルがバーハラへ登城するとは珍しい。何の用だ?」
「兄上。シレジアのカルト公子がお見えです。兄上にお会いしたいとのことでしたので、お連れしました」
アルヴィスの視線がカルトへ移る。
「シレジアのカルト公子か。久しいな」
「ああ」
「……随分と雰囲気が変わったようだ」
「アルヴィス公は変わらないな。安心したよ」
一瞬だけ。
二人の間に、かつての空気が戻った。
だがアルヴィスはすぐに公人の顔へ戻る。
「積もる話もあるが、今は有事だ。悪いが用件は簡潔に頼む」
「なら、駆け引きなしで言う」
カルトも表情を変えた。
「アズムール王に謁見したい」
「断る」
即答だった。
「現在グランベルは有事にある。たとえ信用のおける者であろうと、他国の者を陛下へ無条件に近づけることはできない」
予想していた答えだった。
だが、カルトの眉がわずかに動く。
「クルト王子なら?」
「同じだ」
「取り次ぎだけでも?」
「できない」
「譲歩案は?」
「伝言、あるいは書状なら預かる。ただし内容は検閲させてもらう」
「直接話さなければ意味がない」
「ならば諦めろ」
二人の視線がぶつかった。
アゼルが息を呑む。
ティルテュもさすがに黙った。
一歩も引かない。
昔からそうだった。
カルトとアルヴィス。
二人とも頭が切れる。
二人とも自分の信念を曲げない。
だからこそ――衝突すると、誰にも止められない。
「……アルヴィス」
カルトが低く言った。
「昔、俺たちが意見を違えた時の方法で決めよう」
アルヴィスの目が細くなる。
その意味を理解したらしい。
「我々は、もうあの頃とは違う」
アルヴィスが静かに告げる。
「私は今、グランベルの――」
轟音が響いた。
カルトの拳が机へ叩きつけられていた。
天板が割れ、書類が宙を舞う。
「寝ぼけたこと言うな、アルヴィス!!」
「カルト!」
アゼルが叫ぶ。
だが止まらない。
「俺たちは昔、何を話した!」
カルトはアルヴィスへ詰め寄った。
「国だの家だの、くだらない利権だの! そんなものを越えて話せる場所を作ろうって言っただろうが!」
アルヴィスは黙っている。
「貴族だけじゃない! 王族だけでもない! この大陸で暮らしている人間みんなが、少しでもまともに生きられる世界にするにはどうすればいいか――俺たちは何度も話しただろ!」
怒りの理由は、拒絶されたからではなかった。
カルトはアルヴィスという男を高く評価していた。
誰よりも。
生まれに苦しみながら。
己の力だけで立ち上がり。
今やグランベル王の傍らにまで上り詰めた男。
アゼルからその話を聞いた時、自分のことのように嬉しかった。
――アルヴィスなら。
かつて語り合った理想へ、一歩ずつ近づいていける。
そう信じていた。
だからこそ。
目の前にいる男が国という壁の向こうへ退こうとしたことが、許せなかった。
「俺はな、アルヴィス」
声が少しだけ低くなった。
「お前なら、本当にやれると思ってたんだよ」
その言葉に。
初めてアルヴィスの表情が揺れた。
ほんの一瞬だけ。
「…………」
やがてアルヴィスは目を閉じた。
そして静かに告げる。
「……いいだろう」
アゼルが顔を上げる。
「君の言う、昔の方法で決着をつけよう」
カルトの口元がわずかに上がった。
「ただし、今日は駄目だ。明朝とする」
「ああ」
「君が勝てば、条件を聞こう」
「俺が負けたら?」
「即刻バーハラを去れ」
「いいだろう」
カルトは拳を差し出した。
「後腐れなしだ」
アルヴィスはその拳を見つめ――
自分の拳を、静かに重ねた。
◇
「一体何を考えてるのさ!」
部屋へ戻るなり、アゼルの雷が落ちた。
「兄上と一対一で勝負するなんて!」
「……すみません」
カルトは椅子に座り、素直に俯いていた。
「反省しています」
「絶対してないよね!?」
実際、それほどしていなかった。
カルト自身、こんな展開になるとは思っていなかった。
アルヴィスの言葉に腹が立ち、つい昔のやり方を持ち出してしまっただけである。
自分でも、なぜあれほど感情的になったのか分からない。
「まあ、でもチャンスはできたじゃないか」
「そのチャンスを掴むために兄上に勝たなきゃいけないんだよ!」
アゼルは頭を抱えた。
「兄上に一対一で勝った人なんて、ここ数年見たことないよ。大抵三分もかからない」
「本当か?」
カルトの顔が輝いた。
「そんなに強くなったのか、あいつ」
「なんで嬉しそうなの!?」
「いや、昔の友達が強くなってたら嬉しいだろ」
「明日その友達と戦うんだよ!」
もっともである。
「兄上は元々魔力が強い。そのうえファラフレイムを継承してからは負けなしだ。神器の力が威力だけじゃないことくらい、カルトだって知ってるだろ?」
「もちろん」
聖戦士直系の者だけが扱える神器。
それらは単に絶大な威力を誇る武器ではない。
使い手自身の力をも大きく引き上げる。
シレジアに伝わるフォルセティもそうだ。
その加護を受けた者の動きは疾風そのもの。
もはや人間の限界を越えた領域へ達する。
そしてアルヴィスの持つファラフレイムもまた――神器。
「兄上の魔力と魔法防御を正面から破れる人なんて、少なくともグランベルにはいないと思う」
「なるほどな」
カルトは腕を組んだ。
「まあ、勝負は時の運だ」
「軽いなあ……」
「真正面から力比べをする必要はない。短時間で相手の力量を見極めて、こっちの力を一番活かせる状況に持ち込めば勝機はある」
アゼルは言葉を失った。
口調は軽い。
だが――考えていないわけではない。
「でもカルト」
ティルテュが髪を指で弄びながら口を挟む。
「どうしてもアズムール王に会いたいんでしょう? 負けたら会えないわよ」
「ああ」
「いいの?」
「会いたいさ。どうしてもな」
カルトは窓の外を見た。
「でも、それで会えなかったなら――それもまた運命なんだろう」
「運命って……」
「今はそれより、またアルヴィスと手合わせできることの方が楽しみだ」
ティルテュは呆れた顔をした。
「男の人って、よく分からないわ」
そう言うと、難しい話はもういいとばかりにエスニャの隣へ座った。
当のエスニャは、先ほどからほとんど喋っていない。
王城へ転移し。
衛兵に囲まれ。
アルヴィスとカルトが睨み合い。
最後には机まで粉砕された。
完全に処理能力を超えていた。
「そういえばカルト」
アゼルが思い出したように尋ねた。
「君と一緒にヴェルトマーへ来た女の子だけど……あの子は?」
「ああ、マリアンか」
カルトの表情が少し曇る。
「戦災孤児だ。色々あって、今は俺が預かっている」
「やっぱり……」
アゼルは声を落とした。
「あの子、髪を隠していたけど、イザークの子だよね」
「ああ」
だからこそ、バーハラには連れてこなかった。
今のグランベルとイザークの関係を考えれば、危険すぎる。
「悪いが、もう少しヴェルトマーで預かってやってくれ。落ち着いたら、あの子が安心して暮らせる場所を探す」
「それは構わないよ」
アゼルは頷いた。
そして少し迷った後、静かに続ける。
「でもカルト」
「ん?」
「この争い……たぶん、これだけでは終わらない」
カルトはアゼルを見る。
「もっと大きくなる気がする」
珍しく。
アゼルの声には、不安が滲んでいた。
「だから、明日のことが終わったら早くグランベルを出た方がいい」
自分の身を案じているのではない。
カルトとマリアンを心配しているのだ。
昔から変わらない。
それがアゼルという男だった。
「……ああ」
カルトは小さく笑った。
「気を遣わせたな」
「いいよ」
アゼルも笑う。
その顔を見ながら、カルトは改めて思った。
――やっぱり、お前にはアルヴィスにないものがあるよ。
そして同時に。
明日戦うもう一人の友を思う。
兄を追い続け、自分を見失いかけているアゼル。
理想を追い続けるうち、何かを背負い込み始めたアルヴィス。
二人は似ていない。
けれど、間違いなく兄弟だった。
そして明日。
カルトはその兄と――
炎の聖戦士と、再び拳を交える。