ファイアーエムブレム 聖戦の系譜〜氷雪の融解者〜   作:Edward

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026 戦術

「シレジアのカルトです。グランベルとの同盟に基づき、救援に参りました」

 

 差し出した手を、目の前の男は力強く握り返した。

 

「君がシレジアのカルト公か」

 

 シアルフィ公子――シグルド。

 

 初めて会う男だった。

 

 だが、名前だけなら何度も耳にしている。

 

 父はグランベル屈指の名将バイロン卿。本人も士官学校を優秀な成績で卒業し、武勇においては既に若手の中でも頭一つ抜けた存在だという。

 

 実際、こうして向かい合ってみても、その評判に違わぬ人物だと分かる。

 

 大柄な体格。

 

 腰に佩いた剣。

 

 そして何より、真っ直ぐこちらを見る青い瞳。

 

 腹芸など、おそらく得意ではない。

 

 だがその分、信用できる男だ。

 

 そんな印象を受けた。

 

「その若さでシレジアの内乱を収めたと聞いている。驚いたよ」

 

「買い被りですよ」

 

 俺は苦笑する。

 

「あれはレヴィン王の働きによるものです。俺は少し手を貸しただけにすぎません」

 

「いや」

 

 シグルドが笑った。

 

「レヴィン王の即位演説は、こちらの新聞にも載っていたよ。『カルト公の力添えがなければ、自分は王位を避けて逃げ出していただろう』と、本人がはっきり言っていたじゃないか」

 

「あいつ……余計なことまで喋りやがって」

 

「ははは!」

 

 シグルドが豪快に笑う。

 

 俺もつられて笑いそうになった。

 

 だが――。

 

 周囲を見渡せば、笑ってばかりもいられない。

 

「まあ、その話はまたゆっくりしよう」

 

 俺は表情を戻した。

 

「ユングウィは奪還できた。だが、この有様じゃ城を取り戻して一件落着とはいかないだろう」

 

「ああ」

 

 シグルドの表情も引き締まった。

 

「ヴェルダン軍の主力は、まだエバンス城周辺に残っているという報告がある」

 

「それに――ユングウィの公女様も見つかっていないんだろ?」

 

 シグルドの顔色が変わった。

 

「エーディンか」

 

「そうだ」

 

「城内を捜索させているが、まだ見つかっていない。一刻も早く状況を把握しなければならないと思っている」

 

「なら、急いだ方がいい」

 

 俺は周囲の城下を見た。

 

「エーディン公女は、既にエバンス方面へ連れ去られた可能性が高い」

 

「なっ――」

 

 シグルドだけではない。

 

 その傍らに控えていた少年も息を呑んだ。

 

 まだ若い。

 

 だが身なりから従者ではなく、軍師見習いといったところか。

 

「どういうことでしょう?」

 

 少年が尋ねる。

 

「君は?」

 

「失礼しました。オイフェと申します。シグルド様にお仕えしております」

 

「オイフェか」

 

 覚えておこう。

 

 年齢の割に、目がいい。

 

「ここへ来る途中、市民の声を聞かなかったか?」

 

「市民の……?」

 

「娘が連れていかれた。妻がさらわれた。妹が戻ってこない――そんな声が、いくつもあった」

 

 シグルドとオイフェが黙った。

 

 聞いていなかったわけではないのだろう。

 

 だが、それらを一つの情報として繋げていなかった。

 

「ヴェルダン兵は金品だけを奪ったんじゃない。若い女性まで連れ去っている。なら、エーディン公女だけ城に残したと考える方が不自然だ」

 

「…………!」

 

「情報部から上がってくる報告だけが情報じゃない」

 

 俺は二人を見る。

 

「むしろ、戦場では名もない市民の声にこそ真実が混じっていることがある。兵士が何を奪った。どちらへ逃げた。誰が連れていかれた――そこから敵の動きが見えることもある」

 

「……確かに」

 

 シグルドが唇を噛んだ。

 

「私は、エーディンの行方ばかりを考えていた」

 

「無理もない。妹同然の人なんだろ?」

 

「ああ」

 

「だったら尚更だ。焦れば見えるものまで見えなくなる」

 

 責めるつもりはなかった。

 

 俺だって同じ立場なら、冷静でいられる自信などない。

 

 その横で、マリアンが黙って俺を見ていた。

 

 彼女の瞳が、少し揺れている。

 

 ――そうか。

 

 何となく、その理由が分かった。

 

 あの子も同じだったのだ。

 

 誰も気に留めないような、小さな声。

 

 助けてほしいとすら言えなくなった人間。

 

 俺が特別優れていたわけじゃない。

 

 ただ、その声を聞いた。

 

 それだけだった。

 

 マリアンがそっと自分の胸元へ手を置いた。

 

 何も言わない。

 

 俺も何も言わなかった。

 

「問題は、その先だ」

 

 俺は話を戻す。

 

「エーディン公女がエバンスを越えて、本格的にヴェルダン領内へ連れ去られた場合、状況が面倒になる」

 

「なぜだ?」

 

「今は向こうがグランベル領へ侵攻している。だから俺たちは防衛と奪還を大義に戦える」

 

 地面へ落ちていた小枝を拾い、簡単な地図を描く。

 

「だが国境を越えて深く入り込めば話が変わる」

 

 一本の線を引いた。

 

「ここから先へ軍を進めれば、今度は俺たちがヴェルダンへ侵攻したと見られかねない」

 

「しかし、エーディンが連れ去られているなら!」

 

「もちろん救出する。それを諦めろと言っているんじゃない」

 

 俺はシグルドを見る。

 

「だからこそ、エバンスで止めるんだ」

 

「……!」

 

「エーディン公女を救出し、敵を国境外へ押し戻す。そこで軍を止める。それならグランベル側にも十分な大義が残る」

 

 シグルドはしばらく考え込んだ。

 

 先に動いたのはオイフェだった。

 

「シグルド様」

 

「ああ」

 

「カルト公のおっしゃる通りです。時間を置くほど状況は悪化します。ユングウィ城内の捜索と戦後処理は、最低限の人員を残して継続させます。主力はすぐにエバンス方面へ向けるべきです」

 

 早い。

 

 先ほどまで驚いていた少年が、もう次の行動を組み立てている。

 

「オイフェと言ったな」

 

「はい」

 

「いい判断だ」

 

「ありがとうございます」

 

 僅かに頬を赤らめる。

 

 まだ少年だ。

 

 だが、育てば相当な人物になるかもしれない。

 

「こちらの部隊も、既にユン川周辺へ展開させている」

 

 俺はフュリーを見る。

 

「跳ね橋を上げられているが――俺たちにはあまり関係ない」

 

「え?」

 

 俺が視線を向けると、フュリーが小さく笑った。

 

 指笛。

 

 甲高い音が響いた直後、上空から一騎の天馬が降下してくる。

 

 フュリーは駆け出すと、その背へ軽々と飛び乗った。

 

「先に行くわ!」

 

「ああ。頼んだ!」

 

 白い翼が広がる。

 

 一度の羽ばたきで身体が浮き、二度目には既に俺たちの頭上を越えていた。

 

 シグルドが思わず空を見上げる。

 

「天馬騎士を間近で見るのは初めてだ……」

 

「グランベルにはいないからな」

 

「まるで人馬一体だ。いや……天馬だから、人天一体とでも言うべきなのかな」

 

「なんだそれ」

 

「自分でも言ってから変だと思った」

 

 思わず二人で笑った。

 

「あいつはフュリー。シレジアでも指折りの天馬騎士だ。こと天馬の扱いだけなら、あいつの右に出る者はそういない」

 

「頼もしいな」

 

「ああ」

 

 青空を駆けていく白い影を見る。

 

「空のことは、フュリーに任せておけばいい」

 

 シグルドが頷いた。

 

「では我々も行こう」

 

「ああ」

 

 こうして、シアルフィを中心とする混成軍はエバンス方面へ進軍を開始した。

 

          ◇

 

「カルト!」

 

 呼び声に振り返る。

 

 各国の部隊が思い思いの隊列で進む中、一騎の馬がこちらへ近付いてきた。

 

「アゼルか!」

 

「やっぱりカルトだ!」

 

 数か月ぶりに見る赤髪。

 

 相変わらず人懐っこい笑顔だ。

 

 その後ろには、見覚えのない大柄な男が続いている。

 

「久しぶりだな」

 

「久しぶりじゃないよ!」

 

「ん?」

 

「突然グランベルに来たと思ったら、ろくに説明もしないままシレジアへ帰って――」

 

「ああ」

 

「次に新聞を開いたら『シレジア内乱終結! レヴィン新王即位! カルト公、セイレーン公爵に!』だよ!?」

 

 アゼルが馬上で身振りまで交えて訴える。

 

「僕、ひっくり返りそうになったんだからね!」

 

「……すまん」

 

 これは素直に謝ろう。

 

 グランベルに滞在していた間、随分とアゼルには世話になった。

 

 事情もほとんど説明せず帰国したのだから、怒られて当然だ。

 

「急を要することが立て続けに起こったんだ」

 

「それは新聞を読めば分かるよ」

 

「便利だな、新聞」

 

「そういう問題じゃない!」

 

 後ろの大柄な男が吹き出した。

 

「アゼル、お前そいつには苦労させられてるんだな」

 

「レックスは黙ってて!」

 

 なるほど。

 

 この男がドズル公爵家のレックスか。

 

 名前は聞いている。

 

「それで?」

 

 アゼルが俺を見る。

 

「今度こそ聞かせてもらえるんだよね? あの時、君が突然グランベルへ来た本当の理由」

 

「…………」

 

 少し考える。

 

 全てを話すわけにはいかない。

 

「前王の容体が悪化していたことは知っていた」

 

「うん」

 

「崩御すれば、マイオスとダッカーが動くことも予想していた。だから、その前にグランベルとの関係を固めておきたかったんだ」

 

「それでアズムール陛下に?」

 

「ああ」

 

「……やっぱり無茶苦茶だよ、君」

 

「そうか?」

 

「一公子が突然グランベル王に会って、国家同士の同盟を取り付けようなんて普通は考えないよ!」

 

「会えたんだから結果良好だろ」

 

「そういうところだよ!」

 

 レックスがまた笑った。

 

 だが、俺は内心では笑えなかった。

 

 今話したのは嘘ではない。

 

 ただし――全てでもない。

 

 アズムール王へ接触した当初の理由は別にあった。

 

 その過程で自分の出生に関わる事実を知り、王との繋がりを確認できたからこそ、後の同盟交渉へ繋げることができた。

 

 その秘密を知る者は少ない。

 

 レヴィン。

 

 ラーナ様。

 

 そして親父。

 

 今は、それでいい。

 

「その後は新聞に載っていた通りだ」

 

 俺は話を続けた。

 

「前王が崩御。レヴィンが即位し、マイオスとダッカーが反旗を翻した」

 

「……君のお父上と、叔父上だね」

 

「ああ」

 

「それで?」

 

「親父は降伏させた。大幅な軍縮と監視を条件に、トーヴェ公としての地位は残してある」

 

「ダッカー公は?」

 

「死んだ」

 

 アゼルの表情が変わった。

 

「説得はした。だが最後まで武器を置かなかった」

 

「…………」

 

「後味のいい話じゃない」

 

「それだけ?」

 

 静かな声だった。

 

「ん?」

 

「君は、それだけで終わらせるの?」

 

 アゼルの目が俺を射抜いた。

 

 先ほどまでの柔らかな少年ではない。

 

「確かに、それで王家に対抗できる大きな勢力は消えたと思う。でも――次は?」

 

「次?」

 

「次にレヴィン王へ反対する人間が現れたら?」

 

 アゼルの声が強くなる。

 

「また殺すの?」

 

 周囲の音が遠くなった気がした。

 

「ダッカー公の子供たちが父親の仇を討とうとしたら? その次の世代がレヴィン王を恨んだら?」

 

「アゼル……」

 

「その度に粛清を続けるの?」

 

 俺は答えなかった。

 

「それじゃ、いつまで経っても終わらないじゃないか」

 

 真っ直ぐだった。

 

 以前のアゼルなら、ここまで言えなかったかもしれない。

 

 相手は他国の公爵。

 

 しかも武力で内乱を終わらせた張本人だ。

 

 それでも彼は、自分が間違っていると思ったことを口にした。

 

 だから――。

 

 俺は笑ってしまった。

 

「……何がおかしいの?」

 

「いや。すまない」

 

「僕は真面目に――」

 

「分かってる」

 

 俺は首を振った。

 

「今の言葉に笑うのは失礼だった」

 

 それでも、少し嬉しかった。

 

「強くなったな、アゼル」

 

「え?」

 

「前に会った時より、ずっと」

 

「…………」

 

「自分の考えを持って、それを相手にぶつけられるようになった」

 

 アゼルが戸惑ったように俺を見る。

 

「兄貴にでもなったつもり?」

 

「年齢的にはそんなに変わらんだろ」

 

「だったら、その顔やめてよ」

 

「悪い悪い」

 

 それから俺は、表情を改めた。

 

「でも、お前の言う通りだ」

 

「……え?」

 

「俺たちがやったことは、正義じゃない」

 

 アゼルが黙る。

 

「シグルド公子は内乱を収めたと言ってくれた。だが別の見方をすれば、レヴィンは反対派を武力で排除し、俺は自分の叔父を死に追いやった」

 

「カルト……」

 

「正義なんて、立場によって簡単に変わる」

 

 俺は前を見る。

 

 シレジアの旗が風に揺れていた。

 

「だから俺は、自分たちが正義だったなんて言うつもりはない」

 

「じゃあ、どうして?」

 

「守るためだ」

 

「何を?」

 

「国と――そこに住む人間を」

 

 アゼルの眉が僅かに動いた。

 

「俺もレヴィンも、王家を守るために戦ったんじゃない」

 

「…………」

 

「シレジアという国を壊さないために戦った。内戦が長引けば、最初に飢えるのは民だ。兵士じゃない。王でもない。畑を耕している奴や、子供を育てている奴だ」

 

 マリアンの姿が脳裏を過ぎる。

 

「だから、国と民に刃を向ける者がいるなら――そいつがどんな大義を掲げていようと、俺は止める」

 

「それを決めるのは誰?」

 

 すぐにアゼルが返した。

 

「君か? レヴィン王か?」

 

「……そうだ」

 

「だったら結局、君たちが正しいと思ったものを押しつけているだけじゃないか」

 

「今はな」

 

「今は?」

 

「ああ」

 

 俺は笑った。

 

「だから――それを終わらせたいんだ」

 

 アゼルが怪訝そうな顔をする。

 

「どういう意味?」

 

「レヴィンと俺が目指しているものは、王家の安泰じゃない」

 

 一呼吸置く。

 

「王政そのものを終わらせることだ」

 

「…………」

 

 アゼルが固まった。

 

 レックスまでこちらを見た。

 

「な……」

 

「王に権力が集中する仕組みをやめる。貴族だからという理由だけで領地と民を支配できる仕組みも、少しずつ変える」

 

「待って」

 

「最終的には、民自身が自分たちを治める者を選べる国にしたい」

 

「待って待って待って!」

 

 アゼルが馬を寄せてきた。

 

「君、自分が何を言っているか分かってる!?」

 

「分かってるさ」

 

「王政をなくすってことは、レヴィン王だって――」

 

「王じゃなくなる」

 

「君だって!」

 

「公爵じゃなくなるな」

 

「…………」

 

「だからいいんだよ」

 

 アゼルは絶句した。

 

「俺は別に、公爵になりたくて戦ったわけじゃない」

 

「でも……」

 

「レヴィンもそうだ。あいつが王位に就いたのは、王になりたかったからじゃない」

 

 むしろ逆だ。

 

 逃げたかった男を、俺たちは王座へ引き戻した。

 

「一番上に立たなければ変えられないものがある。だから今は王になった」

 

「王になることで……王をなくす?」

 

「ああ」

 

「滅茶苦茶だよ」

 

「よく言われる」

 

「誰に?」

 

「主にラーナ様に怒られる未来が見える」

 

「まだ話してないの!?」

 

「そこは時期を見てだな」

 

「一番最初に話すべき人じゃないの!?」

 

 さすがにレックスが声を上げて笑った。

 

 だが、アゼルは笑えないようだった。

 

 当然だろう。

 

 彼にとって王侯貴族とは、民を導くために存在する者だ。

 

 生まれた時からそう教えられてきた。

 

 その仕組み自体をなくすなど、簡単に受け入れられるはずがない。

 

「……兄上も」

 

 アゼルが呟いた。

 

「ん?」

 

「兄上も、差別のない国を作りたいと言っている」

 

 アルヴィス。

 

「身分や生まれによって虐げられる人のいない国を作りたいって」

 

「そうか」

 

「でも……兄上は、君とは違う」

 

 アゼルは考え込む。

 

「兄上は、自分が正しく国を導けば変えられると思ってる」

 

「…………」

 

「君たちは、導く人間を民に選ばせようとしている」

 

「ああ」

 

「どっちが正しいんだろう」

 

「知らん」

 

「え?」

 

「俺にも分からない」

 

 アゼルが目を丸くした。

 

「分からないからやるんだ」

 

「…………」

 

「失敗するかもしれない。俺たちの方が間違っているかもしれない。だったら、その時は次の世代が直せばいい」

 

「そんな無責任な」

 

「一人の王が死んだだけで国全部が傾く仕組みよりはマシだろ?」

 

「…………」

 

 アゼルは答えなかった。

 

 俺も、それ以上は言わなかった。

 

 今ここで結論を出すような話ではない。

 

 ただ。

 

 いつの日か、アゼルが今日の会話を思い出すことがあるかもしれない。

 

 その時、何を思うのか。

 

 それは俺にも分からなかった。

 

          ◇

 

「さて」

 

 前方へ視線を戻す。

 

 平野の向こうに、大きな川が見えてきた。

 

「おしゃべりはここまでだ」

 

 ユン川。

 

 グランベルとヴェルダンを隔てる、天然の国境線。

 

 そしてその向こう側には、既に無数の兵影が見えていた。

 

「フュリーたちが時間を稼いでいる間に、一気に跳ね橋を確保するぞ」

 

          ◇

 

 ユン川上空では、既に戦いが始まっていた。

 

「放て!」

 

 フュリーの号令。

 

 天馬騎士たちが一斉に手槍を投じる。

 

 だが――ただ投げているのではない。

 

「ウインド!」

 

 川岸に展開したシレジア魔道士隊が魔法を放つ。

 

 狙うのは敵兵ではない。

 

 風。

 

 天馬騎士たちの背後から強烈な追い風を作り出す。

 

 放たれた槍が加速した。

 

「ぐあっ!」

 

「弓兵! 撃ち落とせ!」

 

 ヴェルダン兵が弓を構える。

 

 だが矢は伸びない。

 

 こちらから吹かせている追い風は、敵側から見れば逆風となる。

 

 天馬騎士へ届く前に勢いを失い、川へ落ちていく。

 

 空と地。

 

 二つの兵科を組み合わせたシレジア独自の戦法だった。

 

 だが――。

 

「フュリー様!」

 

 副官が天馬を寄せる。

 

「敵が前進を始めました! このままでは跳ね橋まで到達されます!」

 

 眼下を見る。

 

 確かにヴェルダン兵が盾を並べ、強引に前進している。

 

 数が違いすぎる。

 

 技量で勝っていても、いつまでも押さえ込めるものではない。

 

「そうね」

 

 フュリーは冷静だった。

 

「ここまで時間を稼げれば十分――と言いたいところだけど」

 

 僅かに笑う。

 

「私の仕事は、ここからよ」

 

「え?」

 

「指揮をお願いしていい?」

 

「フュリー様!?」

 

「十五騎ほど借りるわ」

 

「何をなさるおつもりですか!?」

 

「回り込む」

 

 フュリーは上空を指した。

 

「あなたたちはこのまま陽動を続けて。シアルフィ軍が到着したら前衛を任せる」

 

「しかし――」

 

「大丈夫」

 

 フュリーが微笑む。

 

「無茶はしないわ」

 

 副官が何とも言えない顔をした。

 

「……その言葉、あまり信用できません」

 

「あら」

 

「フュリー様の『無茶はしない』は、普通の人の無茶を含んでいます」

 

「酷いわね」

 

「事実です」

 

 思わずフュリーが笑った。

 

「分かった。危なくなったらすぐ戻る」

 

「絶対ですよ」

 

「ええ」

 

 そして少しだけ表情を柔らかくする。

 

「いつも無茶を聞いてくれてありがとう」

 

「フュリー様……?」

 

「あなたがいるから、私は安心して前へ出られる」

 

 それだけ言って、フュリーは十五騎へ合図を送った。

 

「行くわよ!」

 

 十六騎の天馬が一気に上昇する。

 

 ヴェルダン兵の弓が届かない高度まで上がり、そのまま大きく旋回。

 

 敵軍の視界から消えていった。

 

          ◇

 

 やがてヴェルダン軍は、物量に任せて跳ね橋へ到達した。

 

「橋を下ろせ!」

 

 鎖が軋む。

 

 巨大な橋がゆっくりと倒れていく。

 

 轟音と共に対岸へ接続した瞬間――。

 

「進めぇぇぇっ!!」

 

 三千近いヴェルダン兵が一斉に押し寄せた。

 

 だが、そこにシレジア魔道士隊の姿はない。

 

 フュリーの命令を受け、既に後方へ退いている。

 

 代わりに橋の先で待っていたのは――。

 

「シアルフィ騎士団! 前へ!」

 

 シグルドの号令。

 

 四百の騎士が槍を構える。

 

「ドズル隊、続け!」

 

 レックス率いる五十騎。

 

「僕たちは後ろから援護する! 炎を前衛より先へ出さないで!」

 

 アゼルの炎魔道士隊。

 

 さらにキュアン率いるレンスター騎士団二百。

 

 シレジア天馬騎士団と魔道士隊。

 

 総数ではヴェルダン軍の三分の一にも満たない。

 

 だが――戦いは数だけでは決まらない。

 

 正面からシアルフィとレンスターの重騎兵。

 

 側面からドズルの騎兵。

 

 上空から天馬騎士。

 

 後方から炎と風の魔法。

 

 負傷者には即座に杖による治療が入る。

 

 一つの国ではない。

 

 それぞれ戦い方も違う。

 

 だからこそヴェルダン兵には、次に何が来るのか読めなかった。

 

「炎が来るぞ!」

 

「上だ!」

 

「違う! 騎兵が――!」

 

「隊列を崩すな!」

 

 命令が交錯する。

 

 押し寄せた三千の兵が、狭い橋の出口で詰まり始める。

 

 数の優位が、逆に足枷となった。

 

 先頭が止まれば後続も止まる。

 

 そこへ魔法が降る。

 

 混乱して散開しようとすれば、騎兵が突入する。

 

 ヴェルダン軍の勢いが、目に見えて鈍っていった。

 

          ◇

 

「見事だな」

 

 後方から戦況を見ていたシグルドが呟いた。

 

「何が?」

 

「シレジアの戦い方だ」

 

 シグルドは空を見る。

 

「天馬騎士だけでも脅威だと思っていた。だが魔道士と組ませることで、あれほど戦い方が変わるとは思わなかった」

 

「必要に迫られてだよ」

 

「必要?」

 

「シレジアにはグランベルほど騎兵がいない」

 

 俺は肩をすくめる。

 

「正面から大国と殴り合ったら負ける。だから空と魔法を使って、正面から戦わない方法を考えた」

 

「弱い部分を補うための戦術か」

 

「ああ」

 

「それでも見事だ」

 

 シグルドが笑う。

 

「シレジアが同盟国になってくれたことを、心強く思うよ」

 

「そいつはどうも」

 

 悪い男ではない。

 

 やはり最初に感じた印象は間違っていない。

 

 だが――。

 

「だからこそ、分からないんだ」

 

「何が?」

 

「今回の戦争だよ」

 

 俺は対岸を見る。

 

「正面からぶつかれば大国グランベルに勝てない。それくらいヴェルダンだって分かっているはずだ」

 

「今はイザーク遠征で主力が不在だからでは?」

 

 シグルドの答えは早かった。

 

「俺も最初はそう思った」

 

「違うのか?」

 

「短期的には正しい」

 

 ユングウィは実際に落ちた。

 

 金品も奪われた。

 

 人も連れ去られた。

 

「だが、その後は?」

 

「…………」

 

「グランベルが本気で軍を戻したら、ヴェルダンに勝ち目があると思うか?」

 

 シグルドが黙った。

 

「ない」

 

「だろ?」

 

 今度はオイフェが会話へ入った。

 

「では、ヴェルダンは最初から長期的な勝利を考えていない……?」

 

「その可能性もある」

 

「略奪だけが目的では?」

 

「国境の賊ならそれでもいい。だが今回は国家規模で軍が動いている」

 

 俺は首を振った。

 

「国が滅びる危険を冒してまで、ユングウィから財宝を奪う意味があるか?」

 

「…………」

 

 シグルドの表情が変わっていく。

 

「弱い国が、勝ち目の薄い大国へ戦争を仕掛ける」

 

 俺は続けた。

 

「普通なら、それ相応の理由がある」

 

 脳裏にイザークが浮かぶ。

 

「例えば――イザークだ」

 

 シグルドもオイフェも黙って聞いている。

 

「マナナン王が不審な死を遂げ、その背景にグランベルの関与が疑われた。マリクル王子は国が滅びる危険を承知で兵を挙げた」

 

「……大義があった」

 

 オイフェが呟く。

 

「ああ。正しいか間違っているかは別として、戦う理由は理解できる」

 

 では――。

 

「ヴェルダンは?」

 

 答える者はいなかった。

 

「グランベルとヴェルダンは、少なくとも表向きは互いの領土を侵さない関係だった」

 

 俺は対岸を見る。

 

「突然ユングウィを襲った。領土を奪った。財産を奪った。人間まで連れ去った」

 

「……理由がない」

 

 シグルドが呟いた。

 

「今のところはな」

 

「なら……」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

「何かを見落としている」

 

 風が吹いた。

 

 遠くでシレジアの旗が揺れる。

 

 戦況はこちらが優勢だ。

 

 このままなら、ヴェルダン軍を国境の向こうへ押し返せるだろう。

 

 だが――。

 

 胸騒ぎが消えない。

 

「シグルド」

 

「なんだ?」

 

「この騒乱の裏で、何かが動いている」

 

 シグルドの青い瞳が俺を見る。

 

「目の前の敵だけを追いかけていたら、気付いた時には取り返しがつかなくなっているかもしれない」

 

「…………」

 

「お互い、気をつけよう」

 

 しばらく沈黙した後、シグルドは強く頷いた。

 

「ああ」

 

 俺たちは再び前線へ視線を戻した。

 

 ユン川では、未だ激しい戦闘が続いている。

 

 空では天馬が舞い。

 

 大地では騎士たちが剣を交える。

 

 そして、その誰も気付かぬ遥か先で――。

 

 俺たちがまだ名前すら知らない何者かの手によって、戦乱の糸は静かに手繰り寄せられ始めていた。

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ONE PIECE 〜船大工レイン〜(作者:ペンギンって可愛いですよね)(原作:ONE PIECE)

表紙イラスト↓▼【挿絵表示】▼幼少期のレイン(プロフィール)↓▼【挿絵表示】▼ONE PIECEを愛し、世界中の誰よりも考察してきた男は、不運な事故によって命を落とした。▼だが死後、神に気に入られた彼は、望んでいたONE PIECE世界への転生を果たす。▼選んだ時代は、原作開始の40年前。▼「本編までに全部揃えておきたい」▼そう語る男は、悪魔の実すら拒否し、…


総合評価:1068/評価:6.6/連載:242話/更新日時:2026年10月23日(金) 09:00 小説情報

続・黒いガンダムの宇宙世紀(作者:いずりょう)(原作:ガンダム)

 一年戦争は終わった。▼ 黒いガンダムを駆り、多くの者たちの運命を変えたレン・イズミ。しかし終戦後、ニュータイプとして高い軍事的価値を持つレン、アムロ、ララァを、地球連邦軍がそのまま自由にするはずもなかった。▼ 研究対象として囲い込まれるくらいなら、その立場そのものを利用する。レンはゴップ大将のもと、新たな特殊部隊――**BLACK RAVEN〈黒鴉隊〉**…


総合評価:1667/評価:8.38/連載:78話/更新日時:2026年10月25日(日) 12:00 小説情報

【完結】黒いガンダムの宇宙世紀(作者:いずりょう)(原作:ガンダム)

U.C.0070、地球。▼三歳のレン・イズミは、前世で三十五年間を生きた記憶を取り戻す。自分が生まれたのは、人類が宇宙へ進出した未来――宇宙世紀。▼そして九年後には、ジオン公国と地球連邦による一年戦争が始まる。▼レンは原作はある程度知っている。▼ジオン軍のモビルスーツ コロニー落とし サイド7への襲撃▼アムロ・レイがガンダムへ乗り、ホワイトベースの戦いが始ま…


総合評価:1817/評価:7.03/完結:103話/更新日時:2026年08月17日(月) 18:00 小説情報

転生したらエースだった件(作者:みけまる(AI執筆))(原作:ONE PIECE)

 気がついたら海賊王の息子であるポートガス・D・エースに転生していた男の話。そんな彼が自由と冒険を目指して海に出る。▼ なお、前世でいいもん食っていい生活してたからか、自己肯定感は爆上がりである。▼※転スラ要素は欠片もありません▼ この作品は、私がChatGPTに設定とか構成とかその他諸々を放り込んで書いてもらっているものです。読んでいて面白かったのでお裾分…


総合評価:6711/評価:8.03/連載:52話/更新日時:2026年10月24日(土) 20:00 小説情報

忍の世界とか割と詰みである(作者:こうすけ増田劇場版)(原作:NARUTO)

面白いからを理由に転生させられる極々普通の転生者の話。▼それはそうとこの世界線、アニナルっぽいので割と手厳しいと言うかNARUTOの世界ってチートを貰ってようが普通に厳しくね?な話▼ヒロイン?最終回発情期とかあるし息子世代の話もあるし、まぁ、500話以上あるアニナルを見てどうすんか考えるっぺ。


総合評価:7513/評価:6.95/連載:76話/更新日時:2026年10月13日(火) 19:23 小説情報


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