ファイアーエムブレム 聖戦の系譜〜氷雪の融解者〜   作:Edward

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027 光陰

 エバンスから南へ延びる街道を、一台の馬車が走っていた。

 

 幌付きの馬車である。

 

 中の様子までは窺えない。

 

 だが御者台には二人の男。

 

 そして――その周囲に護衛らしい兵の姿はない。

 

 遥か上空。

 

 雲の陰に紛れるように旋回していたフュリーは、眼下の馬車を見つめながら小さく息を吐いた。

 

「……カルトの言った通りね」

 

 十五騎の天馬。

 

 先頭を離れたフュリー率いる一隊は、ユン川を越えて南下していた。

 

 目的はただ一つ。

 

 エバンスからマーファへ移送されるであろう、ユングヴィの捕虜を奪還すること。

 

 その中には――。

 

「エーディン公女……」

 

 いる。

 

 フュリーには、そう思えた。

 

 いや。

 

 正確には――カルトがそう読んだ。

 

 あの男の頭の回転には、昔から何度も驚かされてきた。

 

 だが今回ばかりは、いつにも増して冴えていたように思う。

 

 フュリーは手綱を握り直す。

 

 そして数刻前、ユングヴィで交わした会話を思い返していた。

 

          ◇

 

「フュリー。君の天馬部隊が、今回の騒乱を一気に終わらせる鍵になる」

 

 シグルドとの会談を控えた直前。

 

 カルトは唐突にそう切り出した。

 

「危険を伴う。だが、やってほしいことがある」

 

「私はあなたの部下として同行してるのよ。何でも言って」

 

 フュリーは即答した。

 

 カルトは頷くと、周囲に人がいないことを確認して声を落とした。

 

「さっき、ユングヴィで負傷した青年を治療しただろう?」

 

「ええ」

 

「あの傷は新しかった。受けてから、それほど時間が経っていない。それに住民から聞いた話では、街の内部まで制圧されたのは二時間ほど前らしい」

 

 そこでカルトは地図を広げた。

 

「なら、連れ去られた住民はまだ遠くへ行っていない」

 

「……エーディン公女も?」

 

「おそらくな」

 

 カルトの指が地図上を滑る。

 

 ユングヴィ。

 

 エバンス。

 

 そして、そのさらに南――マーファ。

 

「ユングヴィを襲った首謀者は、証言された人相から考えてガンドロフ王子だろう。奴の本拠地はマーファ城だ。エバンスに一時的に捕虜を集めたとしても、いずれ自分の城へ運ぶはずだ」

 

「だったら急いでエバンスへ行かないと!」

 

 思わずフュリーの声が強くなった。

 

「だから君に頼むんだ」

 

「え?」

 

「エバンスを攻めるのはシグルドに任せる。君はそこを迂回して、エバンスからマーファへ向かう街道を押さえてくれ」

 

 フュリーは眉を寄せた。

 

「どうしてそんな回りくどいことをするの? エバンスを落として、そのままマーファまで攻め込めば――」

 

「それをやらせたくない」

 

 カルトの声が低くなった。

 

「ガンドロフがエーディン公女をマーファまで連れ帰ったとする。シグルドは間違いなく追うだろう。だがマーファまで進軍すれば、グランベル軍はヴェルダン領の半分近くまで侵攻することになる」

 

「でも、先に攻めてきたのはヴェルダンよ」

 

「事実はそうだ。だが国家間の争いは、事実だけでは動かない」

 

 カルトは地図の東側を指差した。

 

「アグストリアだ」

 

「……!」

 

「グランベル軍がヴェルダン奥深くまで侵攻すれば、アグストリアは警戒する。国内でも『シアルフィは救出を口実に領土を広げようとしている』と吹聴する連中が出るかもしれない」

 

「そんな……」

 

「そんな馬鹿な話が、本当に国を動かすんだよ」

 

 カルトは苦笑した。

 

「だからエーディン公女を、エバンスより先で救出する」

 

 地図上の一点を指で叩く。

 

「そうすればシグルドが進軍を続ける最大の理由が消える。エバンスまで奪還したところで軍を止め、あとは国家間の交渉に移せる」

 

「…………」

 

「ここから先は、剣じゃなくて外交の仕事だ」

 

 理屈は分かる。

 

 それでも。

 

 フュリーは周囲を見た。

 

 焼かれた家。

 

 傷ついた人々。

 

 家族を奪われ、泣き続けている者。

 

 幼い子供を抱き締めながら呆然としている母親。

 

 胸の奥から熱いものが込み上げてきた。

 

「……でも」

 

 フュリーは唇を噛んだ。

 

「悪いことをしたのはヴェルダンじゃない」

 

「フュリー」

 

「こんな酷いことをしておいて……何もなかったみたいに終わらせるの?」

 

 目頭が熱くなる。

 

「断固とした制裁をしないと、また同じことをするかもしれない。カルトは……この人たちが可哀想だと思わないの?」

 

 カルトは答えなかった。

 

 ただ、泣き声の聞こえる街を見つめていた。

 

 やがて、静かに口を開く。

 

「思うよ」

 

 その一言に、迷いはなかった。

 

「だからこそ、ここで止めたい」

 

「……え?」

 

「ユングヴィを襲ったのはガンドロフたちだ。ヴェルダンの民じゃない」

 

 フュリーは黙った。

 

「王子が罪を犯したからといって、その国に住んでいる人間まで罪人になるわけじゃない」

 

 カルトはフュリーの肩へ、そっと手を置いた。

 

「報復のためにヴェルダンへ攻め込み、街を焼けば、今度は向こうで同じように泣く人間が出る」

 

 視線の先。

 

 泣き崩れるユングヴィの民。

 

「憎しみと悲しみを増やさずに戦争を終わらせることができたなら――俺は、それが一番の勝利だと思っている」

 

「…………」

 

 以前のカルトなら。

 

 同じことを言われても、フュリーはここまで素直に受け止められなかったかもしれない。

 

 だが今は違う。

 

 フュリーは知っている。

 

 シレジアで――この男が何をしたのかを。

 

 実の父、マイオス。

 

 かつてカルトは平然と言っていた。

 

 父であろうと、レヴィンとシレジアの民を害するなら自分が斬る、と。

 

 強がりだと思っていた。

 

 だが、その時が本当に訪れた。

 

 カルトは剣を抜いた。

 

 父の喉元へ、その刃を突き付けたと聞いた。

 

 だが、殺さなかった。

 

 蒼白になった顔。

 

 震える腕。

 

 声にならない言葉を紡ごうとしていた唇。

 

 幼い頃にどれほど傷付けられても。

 

 憎んでいても。

 

 父に生きていてほしいと願う子供心がどこかに残っていたと思う。

 

 虚勢を張って父の権力をすべて奪って幽閉した。醜く生き延びて朽ちていくがいい、彼はそう言って体裁を整えた。

 

 カルトは、民の安寧を最優先している。

 

 だからこそ。

 

 今、この男が語る言葉には重みがあった。

 

「……分かった」

 

 フュリーは涙を拭った。

 

「私が止める」

 

「ああ」

 

「エーディン公女も、捕まっている人たちも助ける。そうすればシグルド公子は、それ以上進まなくていいのね?」

 

「そういうことだ」

 

「任せて」

 

 フュリーは笑った。

 

「必ず連れて帰るわ」

 

 託された任務。

 

 必ず果たしてみせる。

 

          ◇

 

 そして今。

 

 その標的は眼下にいた。

 

 フュリーの瞳が鋭く細められる。

 

「全騎、間隔を維持」

 

 小声で命じる。

 

 天馬騎士たちが散開した。

 

「まだよ」

 

 太陽の位置。

 

 雲の流れ。

 

 地上へ落ちる影。

 

 すべてを読む。

 

 眼下の男たちは、まだ気付いていない。

 

          ◇

 

「ガンドロフの兄貴ぃ、俺もう我慢できねえよ」

 

 御者台の男が下卑た笑いを浮かべた。

 

「キンボイスの兄貴んとこ寄って、ちょっと遊んでいきましょうぜ」

 

「馬鹿野郎」

 

 隣に座る大男――ガンドロフが鼻を鳴らす。

 

「もうちっと我慢しろ。マーファにはキンボイスんとこにゃねえ設備が揃ってんだ。どうせなら百倍いい思いした方がいいだろうが」

 

「でもよぉ。味見くらいなら……」

 

 男が幌の隙間を覗き込む。

 

 そこには数人の女性たちが身を寄せ合っていた。

 

 視線が合っただけで怯え、顔を伏せる。

 

 それを見て男はさらに口元を歪めた。

 

「へへ……」

 

「もう少しだ」

 

 ガンドロフが笑う。

 

「マーファへ戻りゃ、好きなだけ遊ばせてやる」

 

「本当ですかい!」

 

「それにな。あのエーディンって女をサンディマに渡せば、次はアグストリアのゴタゴタにも噛ませてもらえるそうだ」

 

「アグストリア!」

 

 男の目が輝く。

 

「俺、一度でいいからあっちの金髪女を――」

 

「だったらさっさと仕事を終わらせろ。ほら、飛ばせ!」

 

 鞭が振り上げられた。

 

 ――その瞬間。

 

 ガンドロフの背筋に悪寒が走った。

 

「――ッ!」

 

 理由などない。

 

 ただ、生き残るための勘だった。

 

「飛べッ!」

 

「へ?」

 

 部下を御者台から蹴り落とす。

 

 同時にガンドロフ自身も横へ跳躍した。

 

 次の瞬間。

 

 ヒュン――!

 

 空気を裂く音。

 

 直後。

 

 ドドドドドッ!!

 

「うおおっ!?」

 

 天空から降り注いだ槍が馬を貫き、御者台を粉砕した。

 

 数本は、ほんの一瞬前までガンドロフが座っていた場所を貫通し、地面深くへ突き刺さっている。

 

「……チッ」

 

 転がりながらガンドロフは空を睨んだ。

 

 十五の影。

 

 天馬騎士。

 

 奇襲は完璧だった。

 

 太陽の位置まで計算されていた。

 

 雲が太陽を覆った瞬間を狙い、影が消えた刹那に頭上へ回り込んだのだ。

 

 普通なら気付けるはずがない。

 

 だがガンドロフは違った。

 

 ヴェルダンの深い森。

 

 昼なお夜のように暗い木々の中。

 

 いつ殺されるか分からない王族として育った男には、わずかな空気の変化すら危険を知らせる。

 

 ヴェルダン王には、かつて二桁に及ぶ子がいた。

 

 だが今、生き残った王子は三人。

 

 弱い者から死んだ。

 

 毒。

 

 罠。

 

 暗殺。

 

 奇襲。

 

 王族であることそのものが、命を狙われる理由になる国。

 

 その環境が――ガンドロフという男を作った。

 

「外した……!」

 

 フュリーは舌打ちすると、天馬を急降下させた。

 

 十五騎が街道へ降り立つ。

 

 逃げ道を完全に塞いだ。

 

 馬車の中から声が上がった。

 

「助けて!」

 

「お願いします!」

 

「エーディン様もここに!」

 

 いた。

 

 フュリーは胸の奥で安堵する。

 

 カルトの読みは正しかった。

 

 槍を収め、剣を抜く。

 

「ヴェルダン王国ガンドロフ王子」

 

 剣先を向けた。

 

「ここで投降して人質を解放するなら、命まで取るつもりはないわ」

 

 ガンドロフは怒りに顔を歪めていた。

 

 だが周囲を見渡すうち、その表情が変わっていく。

 

 敵は十五。

 

 こちらは二人。

 

 勝てない。

 

 理屈より先に、野生の勘がそう告げている。

 

「……こりゃ参った」

 

 ガンドロフは肩をすくめた。

 

「エバンスで戦ってる最中に、この道へ先回りする奴がいるとはな」

 

 フュリーを見て、ニヤリと笑う。

 

「グランベルにも、お坊ちゃんやお嬢ちゃんだけじゃねえ泥臭い奴がいるらしい」

 

「私はあなたと話をしたくもない」

 

 フュリーは冷たく言い放った。

 

「抵抗する気がないなら、縛につきなさい」

 

「へいへい。よーござんすよっと」

 

 ガンドロフは斧を投げ捨てた。

 

 両手を上げる。

 

 部下も慌ててそれに倣った。

 

 天馬騎士たちが近付く。

 

 一人。

 

 二人。

 

 拘束するため、騎士たちが天馬から降りる。

 

 その瞬間。

 

 ガンドロフの口角が上がった。

 

「――今だ」

 

「え?」

 

 強靭な脚が地面を蹴った。

 

「なっ!?」

 

 人間離れした跳躍。

 

 ガンドロフの身体が街道脇の木へ飛ぶ。

 

「待ちなさい!」

 

「兄貴ぃ!?」

 

 部下の悲鳴など振り返りもしない。

 

「あばよぉ!」

 

 枝から枝へ。

 

 ガンドロフは深い森へ消えていく。

 

「逃がさない!」

 

 フュリーが天馬へ飛び乗る。

 

「追うわよ!」

 

 手綱を引いた。

 

 だが。

 

「……え?」

 

 天馬が動かない。

 

「どうしたの?」

 

 耳を伏せている。

 

 翼をわずかに広げ、森とは違う方向を睨んでいた。

 

 他の天馬も同じだった。

 

 一頭。

 

 また一頭。

 

 まるで何かの気配が伝播したかのように、十五頭すべてが警戒態勢へ入る。

 

「…………」

 

 フュリーは剣を握り直した。

 

 ガンドロフより。

 

 今はもっと警戒すべき何かが――近くにいる。

 

 天馬たちは、そう告げていた。

 

          ◇

 

 ユン川の攻防は終わった。

 

 シアルフィを中心とする混成軍は、エバンス攻略へ向けて進軍を続けている。

 

 一方、ユングヴィで前面に出過ぎたシレジア軍は城攻めには参加せず、後方支援と周辺警戒へ回っていた。

 

 即席の野戦病院。

 

 負傷兵が次々と運び込まれ、シレジアの魔道士たちが聖杖を振るう。

 

「……フュリーたちは上手くやってるかな」

 

 カルトがぽつりと呟いた。

 

 任せた。

 

 任せたのだが。

 

 やはり心配なものは心配である。

 

 昔の、どこかマイペースだった少女はもういない。

 

 カルトとの旅。

 

 そしてシレジア内戦。

 

 その経験を経て、フュリーは驚くほど逞しくなった。

 

 戦況を見る目も、引き際を判断する力も身に付いた。

 

 だから任せた。

 

 それでも――。

 

「大丈夫ですよ」

 

 隣から柔らかな声がした。

 

「フュリーさんなら、きっと帰ってきます」

 

「マリアン……」

 

 黒髪の少女が微笑んでいる。

 

「ああ。そうだな」

 

 カルトはその髪をそっと撫でた。

 

 マリアンは少しくすぐったそうに目を細める。

 

「カルト様」

 

 背後から声を掛けられた。

 

「ん?」

 

 振り返る。

 

「クブリか。どうした?」

 

 深いフードを被った魔道士が立っていた。

 

 クブリ。

 

 フュリーと並び、現在のカルトの部隊を支える指揮官の一人である。

 

 元は父マイオス配下の魔道士隊を率いていたが、マイオスの軍縮に伴いカルトの指揮下へ編入された。

 

 風魔法と聖杖。

 

 双方を高い水準で扱う、シレジア屈指の魔道士。

 

 その実力と落ち着いた物腰から老練な人物を想像されがちだが、フードの下にあるのは驚くほどあどけない少年の顔だった。

 

彼の正体はムーサー、異母兄弟でセティの聖痕を持つ・・・。訳あって偽名のクブリを使ってもらっている。

 

「紛争中でしたので、ご報告が遅れました」

 

「何かあったのか?」

 

「はい。フリージ領を縦断していた際、カルト様との面会を求める方がおられまして」

 

「俺に?」

 

「丁重に同行をお断りしたのですが……身分のある方でしたので、我々の判断だけで追い返すわけにもいかず」

 

 クブリが僅かに頭を下げる。

 

「ここまでお連れしております」

 

「分かった。会おう」

 

「では」

 

 クブリが合図する。

 

 部下に付き添われ、一人の女性が姿を現した。

 

 杖と魔道書は念のため預けられているらしい。

 

 栗色の髪。

 

 そして部下が抱えている、雷の紋様が刻まれた魔道書。

 

 カルトの思考が止まった。

 

「……エスニャ?」

 

 女性が顔を上げる。

 

「カルト様」

 

「どうしてここに!?」

 

「どうしても……お会いしたくて参りました」

 

 カルトは慌てて部下から杖と魔道書を受け取った。

 

「すまない。こんな無作法をするつもりはなかったんだ。君に敵意がないことくらい――」

 

「カルト様!」

 

「――え?」

 

 渡そうとした瞬間。

 

 エスニャが胸へ飛び込んできた。

 

「…………」

 

 抱き締められる。

 

 思考停止。

 

「…………」

 

 完全停止。

 

「ほお!」

 

 クブリの感心した声だけが妙に大きく響いた。

 

「クブリ」

 

「はい」

 

「今の『ほお!』は何だ」

 

「いえ。別に」

 

「絶対なんかあるだろ」

 

「ございません」

 

 フードの奥が、ものすごく楽しそうに見える。

 

 やがてエスニャが我に返り、慌てて身体を離した。

 

「す、すみません! 感極まってしまいまして……」

 

「あ、ああ。いや……いいんですよ。あはは……」

 

 乾いた笑いしか出てこない。

 

 カルトは咳払いした。

 

「しかし驚いたよ。まさか君がフリージを飛び出してくるとは」

 

 以前会ったエスニャには、どこか周囲の顔色を窺うようなところがあった。

 

 その彼女が。

 

 シレジア軍を追いかけ、自ら武装解除までして同行を求めたというのだ。

 

「カルト様」

 

 エスニャが真っ直ぐこちらを見る。

 

「お願いがあります」

 

「何だ?」

 

「私を、このまま魔道士部隊へ加えてください」

 

「……なんだって?」

 

「戦わせてください」

 

「いや、しかし君はフリージ家の――」

 

「お父様には言っていません」

 

「……は?」

 

「お兄様にも、お姉様にも」

 

「待て待て待て」

 

 頭が痛くなってきた。

 

「つまり家出じゃないか」

 

「……はい」

 

「はい、じゃない」

 

 だがエスニャの表情が曇ったのを見て、カルトは言葉を止めた。

 

 しゃがみ、彼女と目線を合わせる。

 

「何があった?」

 

「……ヴェルダン軍がグランベルへ侵入したのに」

 

 ぽつり。

 

 エスニャが語り始める。

 

「お父様も、お兄様も関心を示されませんでした」

 

「…………」

 

「シレジアやレンスターの方々までグランベルへ……シグルド様を助けるために来てくださったのに」

 

 拳が震えている。

 

「政治的な牽制が必要なのは分かっています。でも……同じグランベルの民が襲われているのに、何もしないことが正しいとは、私には思えなかった」

 

「それで……」

 

「はい」

 

 エスニャは頷いた。

 

「お姉様も思うところはあったようなのですが……」

 

「あったようなのですが?」

 

「現在はエッダのクロード様のことで頭がいっぱいのようで」

 

「…………」

 

「フリージに残ると」

 

「……お前の姉さん、なんというか」

 

 カルトは遠い目をした。

 

「天然だな」

 

「…………お姉様は、一つのことに夢中になると周りが見えなくなる人なので」

 

「そうか……」

 

「でも、いつかお姉様もフリージを出ることになると思います」

 

「……そうか」

 

 何となく、それ以上聞いてはいけない気がした。

 

「事情は分かった」

 

 カルトは立ち上がる。

 

「だが、いきなりシレジア軍へ入れるわけにはいかない。君はグランベルの人間だ」

 

 エスニャが俯く。

 

「だから」

 

 カルトは笑った。

 

「シグルドのところへ行こう」

 

「え?」

 

「エスニャもこの戦いに助力したいと、俺から話してみる」

 

「……!」

 

「俺だって、君がいてくれれば心強い」

 

 カルトは自分を指差した。

 

「俺の風」

 

 続いて遠くにいるアゼルを示す。

 

「アゼルの炎」

 

 そしてエスニャ。

 

「君の雷」

 

 ニッと笑った。

 

「三大魔法、勢揃いだな」

 

「はいっ!」

 

 戦場のただ中。

 

 エスニャの笑顔が花開いた。

 

          ◇

 

「シグルド公子。久しぶりだな」

 

 聞き覚えのある声に、シグルドが振り返った。

 

「アルヴィス卿!」

 

 そこに立っていたのは、ヴェルトマー公爵アルヴィスだった。

 

「どうして卿がここへ?」

 

「陛下が心配されていてな。私に戦況を確認してくるよう命じられた」

 

「アズムール陛下が……」

 

「戦況は?」

 

「はい。ユン川の敵軍を退け、なんとかエバンスまで戦線を押し戻しました」

 

 シグルドは僅かに表情を曇らせた。

 

「本来なら他国へ踏み込むことは望んでおりません。しかし、エーディン公女が連れ去られております。救出するためには、エバンス攻略は避けられないと判断しました」

 

「そうか」

 

 アルヴィスは静かに頷いた。

 

「エーディン公女の無事は、陛下も私も願っている」

 

「ありがとうございます」

 

「ところで――」

 

 アルヴィスの目が細くなる。

 

「アゼルが君の軍に加わっていると聞いた」

 

「あ……」

 

 シグルドは少し困った顔をした。

 

「どうやら卿に黙って来たようです」

 

「やはりな」

 

 アルヴィスは小さく溜息を吐いた。

 

「戦力の乏しい我が軍にとって、アゼルの魔法は大きな助けとなっています。勝手なお願いとは承知しておりますが、この戦いの間だけでも力を貸していただければ……」

 

「構わない」

 

 意外なほどあっさりした返答だった。

 

「よろしいのですか?」

 

「ああ」

 

 アルヴィスは遠くを見る。

 

「無事なら、それでいい」

 

 その声には、公爵でも魔法騎士でもない――兄の色があった。

 

「アゼルは私に残された、たった一人の弟だ」

 

「アルヴィス卿……」

 

「本音を言えば、ヴェルトマーにいてほしい」

 

 わずかな沈黙。

 

「だが、あいつ自身が選んだのなら仕方あるまい」

 

 シグルドを見る。

 

「アゼルを頼む」

 

「はい。必ず」

 

「それと」

 

 アルヴィスは一振りの剣を差し出した。

 

「これは?」

 

「陛下からだ」

 

「アズムール陛下から……私に?」

 

 シグルドが鞘から僅かに刀身を覗かせる。

 

 陽光を受け――銀色の輝きが走った。

 

「銀の剣……!」

 

「君の働きに報いるため、陛下が下賜されたものだ。受け取れ」

 

 シグルドは両手で恭しく受け取った。

 

「身に余る光栄です。陛下に、シグルドが心より感謝していたとお伝えください」

 

「承知した」

 

 アルヴィスは踵を返した。

 

「私は王都へ戻る。陛下をお守りせねばならん」

 

「はい」

 

 数歩進んだところで。

 

 アルヴィスが振り返った。

 

「シグルド」

 

「はい」

 

「武運を祈る」

 

 それだけを告げ、アルヴィスは去っていく。

 

 シグルドはしばらく、その背を見送っていた。

 

 手には銀の剣。

 

 アズムール王から託された、栄誉の証。

 

 この時。

 

 誰が知り得ただろう。

 

 互いの弟を気遣い。

 

 同じ国を守ろうとし。

 

 同じ王へ忠誠を誓っていた二人が。

 

 やがて――。

 

 決して交わることのできない運命へ、引き裂かれていくことを。

 

 時は流れる。

 

 人は成長し。

 

 国は動き。

 

 そして運命もまた、一刻たりとも立ち止まってはくれない。

 

 光陰は――。

 

 静かに、しかし確実に。

 

 彼らの未来を削り始めていた。

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忍の世界とか割と詰みである(作者:こうすけ増田劇場版)(原作:NARUTO)

面白いからを理由に転生させられる極々普通の転生者の話。▼それはそうとこの世界線、アニナルっぽいので割と手厳しいと言うかNARUTOの世界ってチートを貰ってようが普通に厳しくね?な話▼ヒロイン?最終回発情期とかあるし息子世代の話もあるし、まぁ、500話以上あるアニナルを見てどうすんか考えるっぺ。


総合評価:7575/評価:7/連載:76話/更新日時:2026年10月13日(火) 19:23 小説情報


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