ファイアーエムブレム 聖戦の系譜〜氷雪の融解者〜 作:Edward
エバンスから南へ延びる街道を、一台の馬車が走っていた。
幌付きの馬車である。
中の様子までは窺えない。
だが御者台には二人の男。
そして――その周囲に護衛らしい兵の姿はない。
遥か上空。
雲の陰に紛れるように旋回していたフュリーは、眼下の馬車を見つめながら小さく息を吐いた。
「……カルトの言った通りね」
十五騎の天馬。
先頭を離れたフュリー率いる一隊は、ユン川を越えて南下していた。
目的はただ一つ。
エバンスからマーファへ移送されるであろう、ユングヴィの捕虜を奪還すること。
その中には――。
「エーディン公女……」
いる。
フュリーには、そう思えた。
いや。
正確には――カルトがそう読んだ。
あの男の頭の回転には、昔から何度も驚かされてきた。
だが今回ばかりは、いつにも増して冴えていたように思う。
フュリーは手綱を握り直す。
そして数刻前、ユングヴィで交わした会話を思い返していた。
◇
「フュリー。君の天馬部隊が、今回の騒乱を一気に終わらせる鍵になる」
シグルドとの会談を控えた直前。
カルトは唐突にそう切り出した。
「危険を伴う。だが、やってほしいことがある」
「私はあなたの部下として同行してるのよ。何でも言って」
フュリーは即答した。
カルトは頷くと、周囲に人がいないことを確認して声を落とした。
「さっき、ユングヴィで負傷した青年を治療しただろう?」
「ええ」
「あの傷は新しかった。受けてから、それほど時間が経っていない。それに住民から聞いた話では、街の内部まで制圧されたのは二時間ほど前らしい」
そこでカルトは地図を広げた。
「なら、連れ去られた住民はまだ遠くへ行っていない」
「……エーディン公女も?」
「おそらくな」
カルトの指が地図上を滑る。
ユングヴィ。
エバンス。
そして、そのさらに南――マーファ。
「ユングヴィを襲った首謀者は、証言された人相から考えてガンドロフ王子だろう。奴の本拠地はマーファ城だ。エバンスに一時的に捕虜を集めたとしても、いずれ自分の城へ運ぶはずだ」
「だったら急いでエバンスへ行かないと!」
思わずフュリーの声が強くなった。
「だから君に頼むんだ」
「え?」
「エバンスを攻めるのはシグルドに任せる。君はそこを迂回して、エバンスからマーファへ向かう街道を押さえてくれ」
フュリーは眉を寄せた。
「どうしてそんな回りくどいことをするの? エバンスを落として、そのままマーファまで攻め込めば――」
「それをやらせたくない」
カルトの声が低くなった。
「ガンドロフがエーディン公女をマーファまで連れ帰ったとする。シグルドは間違いなく追うだろう。だがマーファまで進軍すれば、グランベル軍はヴェルダン領の半分近くまで侵攻することになる」
「でも、先に攻めてきたのはヴェルダンよ」
「事実はそうだ。だが国家間の争いは、事実だけでは動かない」
カルトは地図の東側を指差した。
「アグストリアだ」
「……!」
「グランベル軍がヴェルダン奥深くまで侵攻すれば、アグストリアは警戒する。国内でも『シアルフィは救出を口実に領土を広げようとしている』と吹聴する連中が出るかもしれない」
「そんな……」
「そんな馬鹿な話が、本当に国を動かすんだよ」
カルトは苦笑した。
「だからエーディン公女を、エバンスより先で救出する」
地図上の一点を指で叩く。
「そうすればシグルドが進軍を続ける最大の理由が消える。エバンスまで奪還したところで軍を止め、あとは国家間の交渉に移せる」
「…………」
「ここから先は、剣じゃなくて外交の仕事だ」
理屈は分かる。
それでも。
フュリーは周囲を見た。
焼かれた家。
傷ついた人々。
家族を奪われ、泣き続けている者。
幼い子供を抱き締めながら呆然としている母親。
胸の奥から熱いものが込み上げてきた。
「……でも」
フュリーは唇を噛んだ。
「悪いことをしたのはヴェルダンじゃない」
「フュリー」
「こんな酷いことをしておいて……何もなかったみたいに終わらせるの?」
目頭が熱くなる。
「断固とした制裁をしないと、また同じことをするかもしれない。カルトは……この人たちが可哀想だと思わないの?」
カルトは答えなかった。
ただ、泣き声の聞こえる街を見つめていた。
やがて、静かに口を開く。
「思うよ」
その一言に、迷いはなかった。
「だからこそ、ここで止めたい」
「……え?」
「ユングヴィを襲ったのはガンドロフたちだ。ヴェルダンの民じゃない」
フュリーは黙った。
「王子が罪を犯したからといって、その国に住んでいる人間まで罪人になるわけじゃない」
カルトはフュリーの肩へ、そっと手を置いた。
「報復のためにヴェルダンへ攻め込み、街を焼けば、今度は向こうで同じように泣く人間が出る」
視線の先。
泣き崩れるユングヴィの民。
「憎しみと悲しみを増やさずに戦争を終わらせることができたなら――俺は、それが一番の勝利だと思っている」
「…………」
以前のカルトなら。
同じことを言われても、フュリーはここまで素直に受け止められなかったかもしれない。
だが今は違う。
フュリーは知っている。
シレジアで――この男が何をしたのかを。
実の父、マイオス。
かつてカルトは平然と言っていた。
父であろうと、レヴィンとシレジアの民を害するなら自分が斬る、と。
強がりだと思っていた。
だが、その時が本当に訪れた。
カルトは剣を抜いた。
父の喉元へ、その刃を突き付けたと聞いた。
だが、殺さなかった。
蒼白になった顔。
震える腕。
声にならない言葉を紡ごうとしていた唇。
幼い頃にどれほど傷付けられても。
憎んでいても。
父に生きていてほしいと願う子供心がどこかに残っていたと思う。
虚勢を張って父の権力をすべて奪って幽閉した。醜く生き延びて朽ちていくがいい、彼はそう言って体裁を整えた。
カルトは、民の安寧を最優先している。
だからこそ。
今、この男が語る言葉には重みがあった。
「……分かった」
フュリーは涙を拭った。
「私が止める」
「ああ」
「エーディン公女も、捕まっている人たちも助ける。そうすればシグルド公子は、それ以上進まなくていいのね?」
「そういうことだ」
「任せて」
フュリーは笑った。
「必ず連れて帰るわ」
託された任務。
必ず果たしてみせる。
◇
そして今。
その標的は眼下にいた。
フュリーの瞳が鋭く細められる。
「全騎、間隔を維持」
小声で命じる。
天馬騎士たちが散開した。
「まだよ」
太陽の位置。
雲の流れ。
地上へ落ちる影。
すべてを読む。
眼下の男たちは、まだ気付いていない。
◇
「ガンドロフの兄貴ぃ、俺もう我慢できねえよ」
御者台の男が下卑た笑いを浮かべた。
「キンボイスの兄貴んとこ寄って、ちょっと遊んでいきましょうぜ」
「馬鹿野郎」
隣に座る大男――ガンドロフが鼻を鳴らす。
「もうちっと我慢しろ。マーファにはキンボイスんとこにゃねえ設備が揃ってんだ。どうせなら百倍いい思いした方がいいだろうが」
「でもよぉ。味見くらいなら……」
男が幌の隙間を覗き込む。
そこには数人の女性たちが身を寄せ合っていた。
視線が合っただけで怯え、顔を伏せる。
それを見て男はさらに口元を歪めた。
「へへ……」
「もう少しだ」
ガンドロフが笑う。
「マーファへ戻りゃ、好きなだけ遊ばせてやる」
「本当ですかい!」
「それにな。あのエーディンって女をサンディマに渡せば、次はアグストリアのゴタゴタにも噛ませてもらえるそうだ」
「アグストリア!」
男の目が輝く。
「俺、一度でいいからあっちの金髪女を――」
「だったらさっさと仕事を終わらせろ。ほら、飛ばせ!」
鞭が振り上げられた。
――その瞬間。
ガンドロフの背筋に悪寒が走った。
「――ッ!」
理由などない。
ただ、生き残るための勘だった。
「飛べッ!」
「へ?」
部下を御者台から蹴り落とす。
同時にガンドロフ自身も横へ跳躍した。
次の瞬間。
ヒュン――!
空気を裂く音。
直後。
ドドドドドッ!!
「うおおっ!?」
天空から降り注いだ槍が馬を貫き、御者台を粉砕した。
数本は、ほんの一瞬前までガンドロフが座っていた場所を貫通し、地面深くへ突き刺さっている。
「……チッ」
転がりながらガンドロフは空を睨んだ。
十五の影。
天馬騎士。
奇襲は完璧だった。
太陽の位置まで計算されていた。
雲が太陽を覆った瞬間を狙い、影が消えた刹那に頭上へ回り込んだのだ。
普通なら気付けるはずがない。
だがガンドロフは違った。
ヴェルダンの深い森。
昼なお夜のように暗い木々の中。
いつ殺されるか分からない王族として育った男には、わずかな空気の変化すら危険を知らせる。
ヴェルダン王には、かつて二桁に及ぶ子がいた。
だが今、生き残った王子は三人。
弱い者から死んだ。
毒。
罠。
暗殺。
奇襲。
王族であることそのものが、命を狙われる理由になる国。
その環境が――ガンドロフという男を作った。
「外した……!」
フュリーは舌打ちすると、天馬を急降下させた。
十五騎が街道へ降り立つ。
逃げ道を完全に塞いだ。
馬車の中から声が上がった。
「助けて!」
「お願いします!」
「エーディン様もここに!」
いた。
フュリーは胸の奥で安堵する。
カルトの読みは正しかった。
槍を収め、剣を抜く。
「ヴェルダン王国ガンドロフ王子」
剣先を向けた。
「ここで投降して人質を解放するなら、命まで取るつもりはないわ」
ガンドロフは怒りに顔を歪めていた。
だが周囲を見渡すうち、その表情が変わっていく。
敵は十五。
こちらは二人。
勝てない。
理屈より先に、野生の勘がそう告げている。
「……こりゃ参った」
ガンドロフは肩をすくめた。
「エバンスで戦ってる最中に、この道へ先回りする奴がいるとはな」
フュリーを見て、ニヤリと笑う。
「グランベルにも、お坊ちゃんやお嬢ちゃんだけじゃねえ泥臭い奴がいるらしい」
「私はあなたと話をしたくもない」
フュリーは冷たく言い放った。
「抵抗する気がないなら、縛につきなさい」
「へいへい。よーござんすよっと」
ガンドロフは斧を投げ捨てた。
両手を上げる。
部下も慌ててそれに倣った。
天馬騎士たちが近付く。
一人。
二人。
拘束するため、騎士たちが天馬から降りる。
その瞬間。
ガンドロフの口角が上がった。
「――今だ」
「え?」
強靭な脚が地面を蹴った。
「なっ!?」
人間離れした跳躍。
ガンドロフの身体が街道脇の木へ飛ぶ。
「待ちなさい!」
「兄貴ぃ!?」
部下の悲鳴など振り返りもしない。
「あばよぉ!」
枝から枝へ。
ガンドロフは深い森へ消えていく。
「逃がさない!」
フュリーが天馬へ飛び乗る。
「追うわよ!」
手綱を引いた。
だが。
「……え?」
天馬が動かない。
「どうしたの?」
耳を伏せている。
翼をわずかに広げ、森とは違う方向を睨んでいた。
他の天馬も同じだった。
一頭。
また一頭。
まるで何かの気配が伝播したかのように、十五頭すべてが警戒態勢へ入る。
「…………」
フュリーは剣を握り直した。
ガンドロフより。
今はもっと警戒すべき何かが――近くにいる。
天馬たちは、そう告げていた。
◇
ユン川の攻防は終わった。
シアルフィを中心とする混成軍は、エバンス攻略へ向けて進軍を続けている。
一方、ユングヴィで前面に出過ぎたシレジア軍は城攻めには参加せず、後方支援と周辺警戒へ回っていた。
即席の野戦病院。
負傷兵が次々と運び込まれ、シレジアの魔道士たちが聖杖を振るう。
「……フュリーたちは上手くやってるかな」
カルトがぽつりと呟いた。
任せた。
任せたのだが。
やはり心配なものは心配である。
昔の、どこかマイペースだった少女はもういない。
カルトとの旅。
そしてシレジア内戦。
その経験を経て、フュリーは驚くほど逞しくなった。
戦況を見る目も、引き際を判断する力も身に付いた。
だから任せた。
それでも――。
「大丈夫ですよ」
隣から柔らかな声がした。
「フュリーさんなら、きっと帰ってきます」
「マリアン……」
黒髪の少女が微笑んでいる。
「ああ。そうだな」
カルトはその髪をそっと撫でた。
マリアンは少しくすぐったそうに目を細める。
「カルト様」
背後から声を掛けられた。
「ん?」
振り返る。
「クブリか。どうした?」
深いフードを被った魔道士が立っていた。
クブリ。
フュリーと並び、現在のカルトの部隊を支える指揮官の一人である。
元は父マイオス配下の魔道士隊を率いていたが、マイオスの軍縮に伴いカルトの指揮下へ編入された。
風魔法と聖杖。
双方を高い水準で扱う、シレジア屈指の魔道士。
その実力と落ち着いた物腰から老練な人物を想像されがちだが、フードの下にあるのは驚くほどあどけない少年の顔だった。
彼の正体はムーサー、異母兄弟でセティの聖痕を持つ・・・。訳あって偽名のクブリを使ってもらっている。
「紛争中でしたので、ご報告が遅れました」
「何かあったのか?」
「はい。フリージ領を縦断していた際、カルト様との面会を求める方がおられまして」
「俺に?」
「丁重に同行をお断りしたのですが……身分のある方でしたので、我々の判断だけで追い返すわけにもいかず」
クブリが僅かに頭を下げる。
「ここまでお連れしております」
「分かった。会おう」
「では」
クブリが合図する。
部下に付き添われ、一人の女性が姿を現した。
杖と魔道書は念のため預けられているらしい。
栗色の髪。
そして部下が抱えている、雷の紋様が刻まれた魔道書。
カルトの思考が止まった。
「……エスニャ?」
女性が顔を上げる。
「カルト様」
「どうしてここに!?」
「どうしても……お会いしたくて参りました」
カルトは慌てて部下から杖と魔道書を受け取った。
「すまない。こんな無作法をするつもりはなかったんだ。君に敵意がないことくらい――」
「カルト様!」
「――え?」
渡そうとした瞬間。
エスニャが胸へ飛び込んできた。
「…………」
抱き締められる。
思考停止。
「…………」
完全停止。
「ほお!」
クブリの感心した声だけが妙に大きく響いた。
「クブリ」
「はい」
「今の『ほお!』は何だ」
「いえ。別に」
「絶対なんかあるだろ」
「ございません」
フードの奥が、ものすごく楽しそうに見える。
やがてエスニャが我に返り、慌てて身体を離した。
「す、すみません! 感極まってしまいまして……」
「あ、ああ。いや……いいんですよ。あはは……」
乾いた笑いしか出てこない。
カルトは咳払いした。
「しかし驚いたよ。まさか君がフリージを飛び出してくるとは」
以前会ったエスニャには、どこか周囲の顔色を窺うようなところがあった。
その彼女が。
シレジア軍を追いかけ、自ら武装解除までして同行を求めたというのだ。
「カルト様」
エスニャが真っ直ぐこちらを見る。
「お願いがあります」
「何だ?」
「私を、このまま魔道士部隊へ加えてください」
「……なんだって?」
「戦わせてください」
「いや、しかし君はフリージ家の――」
「お父様には言っていません」
「……は?」
「お兄様にも、お姉様にも」
「待て待て待て」
頭が痛くなってきた。
「つまり家出じゃないか」
「……はい」
「はい、じゃない」
だがエスニャの表情が曇ったのを見て、カルトは言葉を止めた。
しゃがみ、彼女と目線を合わせる。
「何があった?」
「……ヴェルダン軍がグランベルへ侵入したのに」
ぽつり。
エスニャが語り始める。
「お父様も、お兄様も関心を示されませんでした」
「…………」
「シレジアやレンスターの方々までグランベルへ……シグルド様を助けるために来てくださったのに」
拳が震えている。
「政治的な牽制が必要なのは分かっています。でも……同じグランベルの民が襲われているのに、何もしないことが正しいとは、私には思えなかった」
「それで……」
「はい」
エスニャは頷いた。
「お姉様も思うところはあったようなのですが……」
「あったようなのですが?」
「現在はエッダのクロード様のことで頭がいっぱいのようで」
「…………」
「フリージに残ると」
「……お前の姉さん、なんというか」
カルトは遠い目をした。
「天然だな」
「…………お姉様は、一つのことに夢中になると周りが見えなくなる人なので」
「そうか……」
「でも、いつかお姉様もフリージを出ることになると思います」
「……そうか」
何となく、それ以上聞いてはいけない気がした。
「事情は分かった」
カルトは立ち上がる。
「だが、いきなりシレジア軍へ入れるわけにはいかない。君はグランベルの人間だ」
エスニャが俯く。
「だから」
カルトは笑った。
「シグルドのところへ行こう」
「え?」
「エスニャもこの戦いに助力したいと、俺から話してみる」
「……!」
「俺だって、君がいてくれれば心強い」
カルトは自分を指差した。
「俺の風」
続いて遠くにいるアゼルを示す。
「アゼルの炎」
そしてエスニャ。
「君の雷」
ニッと笑った。
「三大魔法、勢揃いだな」
「はいっ!」
戦場のただ中。
エスニャの笑顔が花開いた。
◇
「シグルド公子。久しぶりだな」
聞き覚えのある声に、シグルドが振り返った。
「アルヴィス卿!」
そこに立っていたのは、ヴェルトマー公爵アルヴィスだった。
「どうして卿がここへ?」
「陛下が心配されていてな。私に戦況を確認してくるよう命じられた」
「アズムール陛下が……」
「戦況は?」
「はい。ユン川の敵軍を退け、なんとかエバンスまで戦線を押し戻しました」
シグルドは僅かに表情を曇らせた。
「本来なら他国へ踏み込むことは望んでおりません。しかし、エーディン公女が連れ去られております。救出するためには、エバンス攻略は避けられないと判断しました」
「そうか」
アルヴィスは静かに頷いた。
「エーディン公女の無事は、陛下も私も願っている」
「ありがとうございます」
「ところで――」
アルヴィスの目が細くなる。
「アゼルが君の軍に加わっていると聞いた」
「あ……」
シグルドは少し困った顔をした。
「どうやら卿に黙って来たようです」
「やはりな」
アルヴィスは小さく溜息を吐いた。
「戦力の乏しい我が軍にとって、アゼルの魔法は大きな助けとなっています。勝手なお願いとは承知しておりますが、この戦いの間だけでも力を貸していただければ……」
「構わない」
意外なほどあっさりした返答だった。
「よろしいのですか?」
「ああ」
アルヴィスは遠くを見る。
「無事なら、それでいい」
その声には、公爵でも魔法騎士でもない――兄の色があった。
「アゼルは私に残された、たった一人の弟だ」
「アルヴィス卿……」
「本音を言えば、ヴェルトマーにいてほしい」
わずかな沈黙。
「だが、あいつ自身が選んだのなら仕方あるまい」
シグルドを見る。
「アゼルを頼む」
「はい。必ず」
「それと」
アルヴィスは一振りの剣を差し出した。
「これは?」
「陛下からだ」
「アズムール陛下から……私に?」
シグルドが鞘から僅かに刀身を覗かせる。
陽光を受け――銀色の輝きが走った。
「銀の剣……!」
「君の働きに報いるため、陛下が下賜されたものだ。受け取れ」
シグルドは両手で恭しく受け取った。
「身に余る光栄です。陛下に、シグルドが心より感謝していたとお伝えください」
「承知した」
アルヴィスは踵を返した。
「私は王都へ戻る。陛下をお守りせねばならん」
「はい」
数歩進んだところで。
アルヴィスが振り返った。
「シグルド」
「はい」
「武運を祈る」
それだけを告げ、アルヴィスは去っていく。
シグルドはしばらく、その背を見送っていた。
手には銀の剣。
アズムール王から託された、栄誉の証。
この時。
誰が知り得ただろう。
互いの弟を気遣い。
同じ国を守ろうとし。
同じ王へ忠誠を誓っていた二人が。
やがて――。
決して交わることのできない運命へ、引き裂かれていくことを。
時は流れる。
人は成長し。
国は動き。
そして運命もまた、一刻たりとも立ち止まってはくれない。
光陰は――。
静かに、しかし確実に。
彼らの未来を削り始めていた。