ファイアーエムブレム 聖戦の系譜〜氷雪の融解者〜   作:Edward

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004 ダーナの町

ダーナの町にて

 

――金がない。

 

シレジアを飛び出した以上、当然と言えば当然だった。

 

宿代、食費、旅の道具。これから先へ進むにも、何をするにも金がいる。

 

ならば、手っ取り早く稼ぐ方法は一つしかない。

 

ダーナの闘技場。

 

そして今――。

 

俺の目の前には、鉄の大剣を構えた剣士がいる。

 

「始め!」

 

合図と同時に、剣士が地面を蹴った。

 

速い。

 

大剣を持っているとは思えないほどの加速で、一気に間合いを詰めてくる。

 

魔道士にとって、接近戦は圧倒的に不利だ。

 

ならば――近づけなければいい。

 

「ウインド!」

 

正面から突風を叩きつける。

 

剣士の勢いが鈍った。

 

足が止まる。

 

そこへ続けざまに、二撃目。

 

「ウインド!」

 

今度は風を刃へ変える。

 

幾筋もの風刃が剣士へ襲いかかった。

 

だが、相手もさるものだった。

 

両腕を胸の前で交差させ、身体を小さく丸める。風の刃が鎧を削り、細かな傷を刻んでいくが、致命傷には程遠い。

 

風が止む。

 

剣士はゆっくり身体を起こし、肩、腕、足と順番に動かした。

 

そして何事もなかったかのように大剣を握り直す。

 

(……強いな)

 

俺も距離を取り直した。

 

今ので分かったはずだ。

 

ただ一直線に飛び込んでも、俺には届かない。

 

そして俺も理解した。

 

――ウインドだけでは、こいつを倒しきれない。

 

俺には上位魔法《エルウインド》がある。

 

まともに入れば、決定打になり得る。

 

だが、魔力の消費が大きい。

 

何より発動までにわずかな間が生まれる。

 

普通の相手なら問題にならない。

 

だが――。

 

(こいつなら、その一瞬で飛び込んでくる)

 

だから使えない。

 

いや。

 

正確には――普通には使えない。

 

ここはダーナの闘技場。

 

基本的に殺生は禁止されており、どちらかが降参すればそこで終了となる。

 

もっとも、武器も魔法も本物だ。

 

力量が拮抗すれば事故も起こるし、命の保証までしてくれるわけではない。

 

その代わり勝者には賞金が出る。

 

勝ち続ければ賞金額も上がり、五勝もすれば古参の猛者たちと戦うことになる。

 

そこまで行くつもりはない。

 

俺は昨日から参加し、すでに二勝していた。

 

初戦は斧使い。

 

力はあったが鈍重で、間合いへ入られる前にウインドで片付けた。

 

二戦目は弓使い。

 

狙いを定めるのが遅く、弦を引き絞る前に風を浴びせ続けた。

 

何度か矢を放たれたものの、その程度なら風で軌道を逸らせる。

 

負傷することなく勝利した。

 

本当なら、その二勝でやめてもよかった。

 

だが旅はまだ始まったばかりだ。

 

軍資金は多いに越したことはない。

 

それに――。

 

自分の力がどこまで通用するのか、知っておきたかった。

 

目の前の剣士が構えを変える。

 

今度は一直線には来ない。

 

細かく左右へ身体を振りながら、こちらとの距離を詰め始めた。

 

(やっぱりな)

 

一度見た技を、そのまま食らう男ではない。

 

一発目のウインドを避ける。

 

そして俺が次を放つまでの隙に飛び込む。

 

おそらく、そう考えている。

 

なら――。

 

そのさらに上を行く。

 

十数メートル。

 

八メートル。

 

五メートル。

 

剣士が一気に踏み込んだ。

 

「ウインド!」

 

剣士は即座に大剣を地面へ突き立て、姿勢を低くした。

 

突風に耐えるつもりだ。

 

――だが。

 

風は彼を襲わなかった。

 

「なにっ!?」

 

俺はウインドを自分の足元へ叩きつけた。

 

猛烈な風圧が身体を押し上げる。

 

一瞬にして、俺の身体が宙へ舞った。

 

当然、飛行魔法なんかじゃない。

 

ただ風で無理やり自分を吹き飛ばしただけだ。

 

(今だ!)

 

空中で意識を集中する。

 

時間はない。

 

このままなら、数秒後には地面へ叩き落とされる。

 

魔力を一気に練り上げる。

 

多少乱暴でも構わない。

 

発動さえ間に合えば――!

 

「エルウインド!!」

 

轟音。

 

ウインドとは比較にならない暴風が、剣士へ降り注いだ。

 

荒れ狂う風。

 

その中を無数の風刃が走る。

 

身体の自由を奪い、そのまま切り裂く上位風魔法。

 

「ぐああああっ!!」

 

剣士の身体が暴風に呑み込まれた。

 

(入った!)

 

――と思った直後。

 

「うおっ!?」

 

今度は俺自身が落下した。

 

空中で無理やり上位魔法を使った反動で、受け身を取る余裕などない。

 

背中から地面へ叩きつけられる。

 

「ぐっ……!」

 

肺から空気が押し出された。

 

痛い。

 

ものすごく痛い。

 

だが――動ける。

 

俺はすぐに起き上がり、腰のショートソードを抜いた。

 

視界いっぱいに砂埃が舞っている。

 

「ウインド!」

 

弱い風で粉塵を吹き払う。

 

その向こう――。

 

「……嘘だろ」

 

剣士は立っていた。

 

左肩。

 

腹部。

 

確かに傷を負っている。

 

それでも両足は健在。

 

大剣を握る右腕も死んでいない。

 

何より――その眼光が、まったく衰えていなかった。

 

(参ったな……)

 

ここで降参する手もある。

 

俺はほぼ手の内を晒した。

 

対して向こうには、まだ剣技の引き出しがいくつあるか分からない。

 

奇策が通用するのも一度きりだ。

 

この先は、圧倒的に俺が不利になる。

 

――だが。

 

(ここで諦めるような奴が……)

 

俺は歯を食いしばった。

 

(これから先、何ができる)

 

父マイオス。

 

叔父ダッカー。

 

そしてシレジア。

 

俺がこれから相手にしようとしているものは、目の前の剣士など比較にならないほど巨大だ。

 

(考えろ)

 

勝てない理由を探すな。

 

(考えることをやめるな!)

 

剣士が動いた。

 

負傷しているにもかかわらず、先ほど以上の速度で踏み込んでくる。

 

「……っ!」

 

俺も走った。

 

ショートソードを構え、真正面から。

 

剣士の目がわずかに見開かれる。

 

魔道士が自分から接近戦を挑むとは思わなかったのだろう。

 

大剣が下段へ沈む。

 

来る。

 

「ウインド!」

 

風を自分自身へ叩きつけた。

 

今度は飛ぶためじゃない。

 

前進していた身体へ逆方向から風を当て――急停止するために。

 

剣士の剣筋がわずかに狂った。

 

だが。

 

さすがだった。

 

こちらの意図に気づいた瞬間、さらに一歩踏み込み、大剣を斬り上げる。

 

「ぐっ!!」

 

衝撃。

 

胸から肩にかけて熱が走った。

 

ローブが裂け、鮮血が散る。

 

――だが。

 

「ここは――俺の勝ちだ!」

 

致命傷じゃない。

 

身体も動く。

 

何より。

 

俺はもう、奴の懐にいる。

 

「うおおっ!」

 

ショートソードを振り下ろした。

 

剣術など習ったことはない。

 

だから首や胸は狙わない。

 

狙ったのは――肩当て。

 

ガキンッ!

 

刃が鎧へ叩きつけられる。

 

剣士の動きが止まった。

 

俺の剣は彼を殺せる位置にあった。

 

そして彼の大剣もまた、あと一歩踏み込めば俺を殺せる位置にあった。

 

しばしの沈黙。

 

やがて剣士が息を吐いた。

 

「……参った」

 

次の瞬間。

 

闘技場が爆発した。

 

歓声。

 

怒号。

 

悲鳴。

 

どうやら相当な番狂わせだったらしい。

 

後で聞いた話では、俺の勝利に賭けていた者はほとんどいなかったそうだ。

 

そんなことはどうでもいい。

 

俺は傷口を押さえながら、逃げるように闘技場を後にした。

 

◇

 

「一時はどうなることかと思いましたよ!」

 

宿へ戻るなり、フュリーの説教が始まった。

 

「この程度の怪我で済んだからよかったものの、一つ間違えれば死んでいたんですよ!」

 

「まあまあ。これで軍資金もできたんだ。もう無茶はしないって」

 

「昨日も似たようなことを言ってませんでしたか?」

 

「……言ったかな?」

 

「言いました!」

 

傷の手当てを受けながら、俺はベッドの上で小さくなった。

 

闘技場より怖い。

 

「悪かったって」

 

「本当に分かっているんですか?」

 

「分かってる、分かってる」

 

返事をしながら、俺は傍らに置いていた魔道書を手に取った。

 

血が付着している。

 

最後の攻防。

 

あの大剣は、俺の身体だけを斬ったわけではなかった。

 

ローブの内側に入れていた魔道書。

 

それが刃をわずかに受け止めていたのだ。

 

血糊が乾き始め、何枚ものページが張り付いている。

 

おそらく、もうまともには使えない。

 

もっとも。

 

魔道書は魔法を学び、契約を結ぶために必要なものだ。

 

一度その魔法を修めてしまえば、常に本を開かなければ使えないわけではない。

 

だから実用上は困らない。

 

――それでも。

 

「…………」

 

指先で、傷ついた表紙をなぞる。

 

これは――母さんのものだった。

 

俺に初めて魔法を教えてくれた時、譲ってくれた魔道書。

 

そして今では。

 

母さんの形見になってしまったもの。

 

母セーラは強い人だったという。

 

魔法の腕は一級品。

 

それだけでなく剣術まで修め、敵の攻撃を剣で受け、魔法で反撃する。

 

マージファイターとして前線に立ち、時には兵を率い、時には参謀として策を立てた。

 

父マイオスには――。

 

……勿体ないほどの人だった。

 

「……すまん、母さん」

 

小さく呟き、傷ついた魔道書を胸元へ戻した。

 

「ねえ……」

 

「…………」

 

「ねえってば!」

 

「…………」

 

「カルト!!」

 

「うわっ!?」

 

顔を上げると、フュリーが頬を膨らませていた。

 

「あ、ああ……悪い。ちょっと考え事をしてた」

 

「人が心配しているのに……」

 

「しかしフュリー」

 

「なんです?」

 

「最近、俺に敬語を使わなくなってきたな。俺に毒されたか?」

 

「あなたに気を遣うのはやめました!」

 

即答だった。

 

「路銀はない! 闘技場では死にかける! そんな人に敬意なんて払えません!」

 

「ひどくない?」

 

「自業自得です! 水を替えてきます!」

 

「はい……」

 

バタンッ!!

 

乱暴に扉が閉まる。

 

「……怒ってるなあ」

 

思わず苦笑した。

 

その直後だった。

 

コン、コン。

 

扉が鳴った。

 

(フュリー?)

 

いや。

 

あいつなら今さらノックなんてしない。

 

俺は表情を消した。

 

「……開いている。入ってくれ」

 

ゆっくり扉が開く。

 

現れた人物を見て、俺は思わず身体を起こした。

 

「お前……」

 

闘技場で戦った剣士だった。

 

今は兜を外している。

 

金髪。

 

精悍な顔立ち。

 

近くで見ると、改めて分かる。

 

やはりただの賞金稼ぎではない。

 

「今日は悪かったな」

 

俺は先に口を開いた。

 

「あんな勝ち方じゃ、納得できないか?」

 

少し茶化して言ったつもりだった。

 

だが、男は首を横へ振った。

 

「いや。いい勝負だった」

 

意外な言葉だった。

 

「俺の力を出せない状況を作り、自分は限られた時間で最大限の力を引き出した。あんたの勝ちだ」

 

「……そうか」

 

潔い男だ。

 

ますます気に入った。

 

「それじゃ、何の用だ?」

 

「…………」

 

急に黙った。

 

あれほど堂々と大剣を振り回していた男が、妙に言いにくそうにしている。

 

「お、おい。どうした?」

 

「……頼みがある」

 

「頼み?」

 

「俺に――」

 

男は意を決したように顔を上げた。

 

「魔法への対処法を教えてほしい」

 

「……なに?」

 

予想外だった。

 

「俺の国へ来て、魔法戦の訓練をしてほしいんだ」

 

「国?」

 

「祖国イザークには剣豪が多い。剣士の質なら他国にも負けない。だが――魔法への対処があまりにも弱い」

 

男は悔しそうに拳を握った。

 

「今日、あんたと戦って確信した。このままじゃ駄目だ。有事になれば、魔道士を相手に一方的に崩される可能性がある」

 

「…………」

 

俺は男を見つめた。

 

「やはりイザークの剣士だったか」

 

「分かっていたのか?」

 

「剣筋を見れば、なんとなくな」

 

もちろん半分はハッタリだ。

 

だが問題はそこではない。

 

「軍の訓練を任せたいということは、あんたはイザーク軍の人間だな」

 

「ああ」

 

「それなのに、素性も知れない旅人を祖国へ招くのか? 随分と思い切った話じゃないか」

 

男の真意を探る。

 

俺にとってイザークへ入れるのは願ってもない話だ。

 

だが。

 

うますぎる話には警戒するべきだ。

 

すると男は――笑った。

 

「あんたこそ」

 

今度はこちらを見る。

 

「シレジアの貴族じゃないのか?」

 

「…………」

 

「これほど風魔法を使える人間が、ただの旅の魔道士とは思えない。シレジアでも相当な使い手だろう」

 

やられた。

 

今度は俺が黙る番だった。

 

シレジアとイザークの間には、大きな侵略の歴史がない。

 

だからこそ俺は、亡命先としてイザークを考えていた。

 

そして目の前の男もまた――同じところまで考えている。

 

「……なるほどな」

 

思わず笑った。

 

「俺たち、案外似た者同士かもしれないな」

 

「そうかもしれん」

 

気に入った。

 

俺は右手を差し出した。

 

「カルトだ。シレジアの風使い」

 

男がその手を見る。

 

「魔法への対処を教える。その代わり――俺に剣を教えてくれ」

 

「剣を?」

 

「今日ので身に染みた。魔法だけじゃ、いつか限界が来る」

 

「……なるほど」

 

男も右手を伸ばした。

 

互いの手が固く結ばれる。

 

「俺はホリンだ」

 

「ああ」

 

「これからよろしく頼む」

 

「こちらこそ」

 

この時の俺は、まだ知らなかった。

 

金がなくて飛び込んだ、ダーナの闘技場。

 

そこで偶然剣を交えたこの男との出会いが――。

 

俺の戦い方を。

 

そしてこれから歩む道を。

 

大きく変えていくことになるなど。

 

――こうして俺は、イザークの剣士ホリンと出会った。

 

次なる目的地は――イザーク。

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