冷え込んできた秋の夜、焚き火の熱が、心地よく体を温める。
集められた小枝が、乾いた音をたてて燃えるのを見ながら、ルカは皆から少し離れたところに座って、暖をとっていた。
秋恒例の山狩りに、成人となったルカが初めて加わった。
三日三晩、一族の男たちが山に入り、秋の収穫祭に備えて獲物を捕らえる。
ここ数年、一族の者と極力距離を置いてきたルカにとって、山狩りは気の進まないものだった。
だが、直前に、今年は父が参加しないとわかって、だいぶ気が楽になった。
久々にルカを目にする年配の者たちは、一様に、立ち止まって凝視してきた。ルカは、気にしないようにした。
なぜそんなふうに見られるのか、なんとなくわかってはいたが、深く考えないようにしていた。
実際に入ってみれば、獣を追うのは楽しかった。
鳥、ウサギ、猪と、だいぶ仕留めることができた。
ルカも一人で雉を数羽射て、一羽は持ち帰っていいことになり、満足だった。
今晩が最終日で、明日の朝には山を下りる。
男たちは、今年の成果を語り、親戚同士が集まるときの常で、噂話に花を咲かせていた。
一族の噂といえば、ルカとゼルダのことは格好の的で、自分のいないところで盛んに話されているのは、承知していた。
だから、なるべく離れて、一人でいることにしていた。
それでも、端々が、耳に入ってくる。
——二人でいるところを見かけたが。まるで、先代とシグリッドが睦みあっていたみたいで。
予想のついた言葉だった。聞こえないふりをして、無視する。
だが、その一言は、無視しきれずに、胸の奥に嫌な感触を残した。
カイとシグリッド。叔父と、その姉。
自分とゼルダが、あの二人に重ねられる。
ルカは、それがなぜ嫌なのか、まだはっきりと、言葉にはできなかった。
ただ、焚き火の熱とは別の、冷たいものが、背筋を通り抜けた。
そんな中、自分たちのことではない話が、聞こえてきた。
「あの話……どうやら、本当だったらしいぞ」
「……あれか。先代の、忘れ形見ってやつか」
「女だった、ってことらしい。それでだ——」
少し離れた一団が、声をひそめ、身を乗り出すのが伝わってきて、ルカも、思わず耳をそばだてた。
「なんと、あの女と婚約していた男が、育ててるって話だ」
男たちから、どよめきが起こる。
「……それって、そういうことだよな」
「先代の娘を、いいように……ってことか。それにしても、気の長いことだ」
「俺なら待てんな。——といっても、もう16になる頃か。それなら——」
その先は、邪推に満ちた、意地の悪い笑いに溶けた。
「まったく、先代も罪なことをしてくれたもんだ。帝国のお偉いさんの娘と縁談が決まってたのに」
「他所の女に手を出して、それで死んで。おかげでこっちは、従軍を止められちまった」
ルカは、男たちの笑い声を、黙って聞いていた。
「……それでもな。あの人には、世話になった」
誰かが言い、しばらく、誰も何も言わなかった。
——こいつらだ。
ゼルダが、帝都の屋敷で切り刻まれているあいだ、奴隷にならずにすんで、のうのうと村にいられたあいだ、何もしなかった、この男たち。
その同じ口が今、見たこともない娘を、酒の肴にして、笑っている。まだ16の娘を、いいように。
腹の底に、いつもの、冷たく重いものが、また溜まっていく。
メイヤの伝言を聞いたときと、同じものだった。
そして、その娘。男たちが嗤うその娘も——自分の、また別の従妹に、ほかならないのだった。
——どんな娘なのだろう。
会ったこともない娘の顔は、当然、浮かんでこない。
かわりに、脳裏に滲んだのは、ゼルダの、燃えるような赤い髪だった。
ルカは、男たちから離れ、明日の下山に備えることにした。
山を下りた、翌日の昼過ぎ。ルカは、家に戻ってきた。
家に近づくと、玄関先に立って待つゼルダが見えた。
腕をあげて、手を振る。
背には荷物と、仕留めた雉を負って、ルカは近づいていく。
駆け寄ってくると思いきや、ゼルダは立ったまま、目を見張っていた。
それは、山狩りで久々に会った男たちの態度と、どこか、重なるものがあった。
「ただいま……どうした」
「……背、こんなに高かった?」
しげしげと、まるで何年ぶりに会ったかのように、ゼルダはルカを見あげている。
「そうだよ。三日三晩で、急に伸びるわけないだろ」
ルカは笑って、戸を開けて中に入る。
荷物を下ろし、台所に雉を置いてから、まだ固い表情のゼルダを抱きしめた。
「……大丈夫だった?」
ゼルダは、黙ってうなずく。
一緒に暮らすようになって以来、こんなに長く離れたのは、初めてだった。
片時も離れられなかったあの頃を思えば、考えられないことだった。
最近のゼルダは、笑い、冗談まで言う。料理も掃除もこなし、短い時間なら買い物にも行ける。
村の会合に出ていた頃の彼女には較べるべくもないが――屋敷から帰ってきた直後の状態からすれば、驚くべき回復だった。
腕の中のゼルダを覗き込むと、一瞬、まぶしそうな表情をして、視線をそらす。
「……どうした」
ルカが家に戻れば、ゼルダは抱きついてくる。
出かけるときは、ずっと手をつなぐ。気持ちが高まれば、人目があっても、口づけてくる。
――だから、言われるのだ。まるで、先代とシグリッドが睦みあっていたみたいだ、と。
そんな、いつものゼルダと比べると、様子がおかしかった。
だが、きっと、三日も離れていたせいだろう。
「寂しかった?」
ゼルダは、首を縦に振った。
「……気がおかしくなってしまうくらい」
ルカは、ゼルダの頭に手を伸ばし、結い上げた髪をほどく。
波打つ豊かな赤毛が腰まで落ち、その中に手を通して、口づけた。
そして、ゼルダを抱き上げ、ベッドへ運んでいく。
「……ルカ、まだ、こんなに日が高いのに」
腕から逃れようとするのをきかずに、そのままベッドに倒れこむ。
「ゼルダ」
ルカが見つめると、ゼルダはもう抵抗せず、いつものように、背中に手をまわした。
三日分の空白を埋めるように、優しく、お互いを確かめ合う。
ゼルダが浮かべる恍惚の表情に、ルカは、一瞬、別の姿を重ねてしまう。
かつて目にした、小刀で自分を傷つけていた、あのときの顔。――だが、それはすぐに消えた。
かわりに、彼女をこうして守っていきたい、という愛おしさが、込み上げてくる。
午後の光の中、ゼルダの体に刻まれた古い傷痕が、白く浮かび上がっている。
この傷が消えることは、ない。だが、新しい傷痕は、もうない。
これからも、刻ませない。――腕の中のゼルダを見ながら、ルカは、そう誓った。
しばらく、二人は、静かに横たわっていた。
日が、ゆっくりと傾いていく。
ルカは、指で赤い髪をすくいながら、きいた。
「……子供、何色の髪になると思う?」
ゼルダの体が、びくっと、はねた。
すぐには、答えなかった。長い沈黙のあとで、ようやく、
「……わからない。でも、わたしは、黒い髪の子がほしい」
そう言って、ゼルダは、ルカの胸に顔を埋めた。声が、くぐもる。
「……でもね。わたしは、ルカがいればいい。ルカと、だけいたい」
「俺も、ゼルダと、二人だけでいい」
ルカは、そう答えて、腕の中の赤い髪を、撫でた。
ゼルダは、それきり、何も言わなかった。
胸に顔を埋めたまま、ルカの体に、強く、しがみついていた。
「結局、三日間、お互い会わなかったな」
山狩りから帰ってきて数日たった夜に——ルカとシヴァは、いつもの酒場で酒を酌み交わしていた。
一族の男たちは、いくつかのまとまりに分かれて、山の違う場所で狩りをしていた。
ルカとシヴァは別の組に分けられてしまったので、山狩りのときに会うことはなかったのだった。
「行きたがってなかった割には、まんざらでもなかったようだな」
シヴァがからかうように言う。
ルカは、何も言わずに笑顔をみせた。
確かに狩りは、楽しかった。その後も、ひとりで山に入り、鳥やウサギを捕りにいったほどだ。
「狩りをして、暮らしていけないかな……」
「冬があるのを、忘れるな」
「……」
獲物を捕って、それを市場にもっていき、売って生計をたてられたら……。
そう思ったが、自分が住む北方地域には、長く厳しい冬があるのだと、頭から抜け落ちていた。
去年から、成人したら何をして生活を支えられるかを考え続けてはいた。
しかし、今に至るまで、これといった答えがみつかっていない。
「警備の仕事って……やっぱり、従軍の経験がないと雇ってもらえないのか?」
シヴァは、沈んだ表情で、うなずいた。
そのことは、以前シヴァから聞いて、ルカは知っていたはずだった。
だが今一度、確認したかった。
シヴァや、他の一族の男たちが、警護が必要だと聞いた大商人や貴族の元へ問い合わせた。
しかし、従軍の経験がなければ雇わない、と断られてしまったのだった。
従軍できなくなってしまったこと——結局、それがこの一族の現在の、災いの元となっているのは明らかだった。
「年寄りたちが言っていたぞ。お前が、ますます先代に似通ってきたと」
シヴァが話題を変える。
ルカのいた組がそうだったように、シヴァの組でも男たちは、ルカについて、ルカとゼルダ、そしてルカと父についての噂をさかんにしていた。
カイを実際見たことのある年配の男たちが、口々に言っていた。
——まるであの年頃の先代のまんまだ……ニルが、疑ったのも無理なかったかもしれないと。
「どうだ、一族の英雄にそっくりな気分は?」
そう言われて、ルカがきつく眉を寄せた。
「……あの人は、英雄なんかじゃない。女なんかのために、一族をめちゃくちゃにした」
シヴァは静かに、ルカをみつめている。そして、声を低くして。
「……そうだな」
ルカは目を見開いた。そして、一瞬だけ周囲を見渡してから、うなずいたのだった。
秋が終わりに近づき、冬の足音が聞こえて来たころ——冷え込んできた夜更けに、ルカとゼルダは体を重ねて、お互いの体温を分け合っていた。
一日が終わって、眠りにつくまでのこの時間。
ただ二人でいるひとときが、この四年間では当たり前にはなっていたが、何よりも心地よかった。
「いよいよ来週ね。見に行くのが楽しみだわ」
ルカの胸に身を預け、安心しているように目を閉じながら、ゼルダが言った。
「……まだ、出るか決めてない」
ルカの一族の村には、いくつかの剣の道場がある。
三年に一度、全ての道場が参加して、一番の剣士を決める大会がある。
剣士個人だけではなく、属する道場にとっても名誉をもたらす重要な機会だった。
その日は村中の一族の者が一堂に会する。
そして、かつては次代の当主を決める場でもあった。
一族皆の前で、剣の試合をする——ルカとしては、なるべく避けたいことだった。
山狩りには来なかった父が来るかもしれない。
ゼルダと一緒にいるところを見られて、あることないこといろいろ言われるだろう。
何より——シヴァによれば、他の道場の剣士はさして強くないらしい。
なので、決勝は自分とシヴァになる確率がかなり高くなる。
できるなら、大会には参加したくない。
しかし、道場の師匠は、ルカとシヴァの活躍を期待しているのだ。
ゼルダがまだ不安定だったときに、師匠は陰に日向に、ルカたちを支えてくれた。
そんな師匠をがっかりさせたくない——なので、ルカは大方出るつもりではいた。しかし……。
「それって、どういうこと?」
ゼルダが顔を上げ、強い目でルカを見た。
だが、ルカは困った顔をして答えない。
「出るに決まってるでしょ。あなたの、晴れ舞台になるんだから」
三年前、ルカに稽古を再開しろと言い張ったときと同じ、断固として揺るがない声だった。
ため息をつくルカの顔を、ゼルダは両手で包み、自分の方へと向けさせる。
愛おしそうにルカを見る目。榛色の瞳がすっと透明感を増す。
そんなゼルダを美しいと思うのだが、その視線のどこかがルカの心をざわつかせた。
「みんなに見せたくない。わたしだけのものにしておきたい」
ゼルダはルカの首に腕を絡ませ、ぴったりと体を寄せる。
「でも……絶対、出場するのよ」
ゼルダの、この強さは、シヴァにも似ていた。
二人とも、決して、譲らない。
ルカは、ふと、そう思う。二人が、なぜ、こんなにも、自分が大会に出ることにこだわるのか——理由までは、考えが及ばなかった。
ただ、二人に、押される形で、ルカは来週の大会に、出ることになるのだった。
「彼女の名前がわかったぞ」
道場間での試合を来週に控えて、いつにもまして、皆が熱気をもって練習に取り組んでいる中——。
組手の合間に、シヴァがルカにそう耳打ちした。
「……本当か?」
「ルチア、だそうだ」
ルカは、その名を、口の中で繰り返した。
何も、浮かんでこなかった。知らない女の名前だった。
嬉しい知らせだったが、それより驚きの方が先立った。
「ありがとう……でも、本当にみつかるとは思わなかった」
「これで、手紙が出せるな」
ある時、シヴァから母親と連絡をとっているかどうかと聞かれた。
なぜそんなことを聞くのかと思いながらも、連絡をとるどころか、生死ですらも定かでない、とルカは答えた。
すると、シヴァは目を伏せた。
普段、あまり表情を変えないシヴァからすると、あきらかに失望しているようにみえた。
『母親が沿海の出身と言っていただろ……なら、そこに移り住んで、そこから従軍すればいいと思ってな』
シヴァのその考えを聞いて、目から鱗が落ちるように思った。
しかし、残念ながら、ルカは母が沿海のどこの村の出身か——さらには、母の名前すらも覚えていないという事実にぶち当たったのだった。
普通だったら、父にきけばいいことだろう。
だが、同じ村に住んでいながら、何年も父と話すこともなければ、顔すらみたことがない有様だった。
仮に、ルカがいまだに父と口がきける状態であったとしても——長きに渡る不仲の末に離縁した母のことを、到底尋ねられるとは思えなかった。
せっかくのシヴァの名案を生かせないことに、肩を落としたルカに、
『誰かが知っているかもしれない。調べてみよう』
シヴァは顔を上げて、静かな、だが力強い表情で、ルカに向かって言った。
シヴァの言葉は頼もしく、何かわかればいいだろうなとは思ったが、今日に至るまで、まさか実現されようとは思ってみなかったのだった。
組手に戻る。シヴァが鋭く踏み込んでくる。
「俺とお前で、一位と二位だ」
かわすルカの耳元に、シヴァは再び囁く。
「……当主、と副当主だな」
目で笑うシヴァに、ルカは黙って苦笑いだけして答えた。
ルカの気が重いまま、大会の当日となった。
村の広場には老若男女問わず一族の者、ほぼ全員が集まっていた。
普段はどこか生気がなく、停滞したような雰囲気の村が、かつての活気を一時的に取り戻したかのようだった。
ルカは会場と観客たちを、ざっと見まわす。
父の姿は見当たらなかったが……しかし、少なくとも、もう四年ほど会っていなかったし、それ以前でもまともに顔を合わすこともあまりなかったのだ。
なので、そこに父がいたとしても、果たして、ルカが彼だとわかるかどうかも、怪しいところだった。
正面の一番、試合がよく見渡せる位置には椅子が置かれ、現当主のイライアスが座る。
大部分の者たちは、足腰の弱った年寄りたちを除けば、広場を取り囲むように立って、試合が始まるのを待っていた。
ゼルダも、試合が間近で見えるかなり良い場所に、道場の師匠とともに立っていた。背筋をすっと伸ばし、しっかりした表情で師匠と会話している。
それを見て、ルカは感慨深くなった。
あれだけ、家から出たがらず、人とも会うのも避けていたゼルダが、村中のほぼ全員の人が集まっている広場で、全く動じていない。
むしろ、ルカが遠目から見て、かつてのゼルダを彷彿させるように、堂々として見えた。
——ルカの試合をそれだけ、見たいからだ。
試合に出ること自体は、どうしても気が進まなかったが、その点だけはよかったと思った。
わざと負ければ、ゼルダは見抜くだろう。そして、きっと怒る。
とにかく、決勝までは普通に試合する。
そして最後、シヴァに花を持たせよう。シヴァが一位、自分が二位、だ。
試合が始まった。
自分と同じ年頃の、別の道場の剣士と対戦する。
大会は伝統にのっとり、真剣を使用して行われる。
それなので、手加減をするにしてもなかなか神経を使う。
あまりに手を抜けば、自分が怪我する。
そして、実力差がありすぎる場合、うっかりすると、相手に深手を負わせてしまうことになる。
シヴァとの決勝までは普通に戦うつもりでいたが、力量があまりにも違い過ぎて、ルカは加減に苦労する。
自分でもどうか、と思うのだが、あまりにも早く勝負をつけてしまうのは、気の毒に思ってしまうのだった。
それにしても——この剣士個人というよりも、他の道場との実力の差がかなりあるように感じられた。
自分と同年齢だというのに、ルカの通う道場の十歳の子の方が筋がいいような気がしてしまう。
だが、無理もない……。以前とは違う。
剣を鍛えて、いったい何になるというのだろう。
帝国軍に従軍できない。用心棒にすら雇われない。
それなら、剣ではなく、鍬や鋤をもつべきなのかもしれない……。
二回目の対戦相手は、山狩りで一緒の組にいた中年の男性だった。
数日、同じ組で山を歩いた相手だ。
だが、その目は、ルカを知らない者のように見ていた。
剣を交える。相手の踏み込みが、来ない。
初戦の男より、はるかに強いはずだった。
それなのに、向かってこようとしない。
恥をかかせたくないので、ルカはある程度、試合を引っ張った。
頃合いを見計らって、勝敗を決めると、抑えられた拍手とともに、喰いいるような観客からの視線が感じられた。
年配の者たちの息をのんでいる表情。
そして若い娘たちからの、熱をもった眼差しだった。
ルカはゼルダの方へ向く。
ゼルダも他の者と同様に、張り詰めたような表情をしていたが、ルカと目が合うと、柔らかく微笑んだ。
ルカも安心して、微笑み返す。皆の視線にさらされながら。
予想通り、決勝はルカとシヴァの対戦となった。
なんのための大会なのか、と思わずにはいられない。
ルカが日々、ほとんどの時間、組手をしているのがシヴァにほかならず、ときには真剣で練習することもあった。
三年に一度の、一族皆の前での大会であるにも関わらず——ルカは、ここがいつもの道場なのか、そうでないのかもわからなくなってきた。
自分に降り注ぐ視線や歓声も、気にならなくなる。
ただシヴァの剣を無心に受け、流す。
そして、時々、ぎりぎりに踏み込む。
全てが、慣れ親しんだ日常の稽古の延長のようだった。
——どうやって、終わらせよう。
頭の片隅で、考える。
シヴァは、特に動きを変えてこない。
なら、自分の方で勝負の決着をつけるようにしなければ。
ルカがシヴァの剣の動きを読みながら、徐々に距離を詰め始めていたときだった。
シヴァの水色の目が、すっと濃さを増した。
次の瞬間——剣先が、喉元に向かってくる。
見えるのと同時に、ルカの腕は動き、シヴァの剣をはらった。
剣が勢いよく、地に落ち乾いた音をたて、転がり、観客の手前で止まった。
それまで、観客たちの声で満ちていた広場が、静まり返った。
ルカは茫然として、転がった剣の方をただ見ている。
ぱらぱらと拍手が起こり、やがて歓声とともに、広場いっぱいに広がっていった。
シヴァがルカに近寄り、ルカの腕をつかんで高々と上げると、歓声はさらに大きくなった。
そんな中、現当主が席を立ち、広場をあとにしていくのが見えた。
会場の誰もが熱狂している中、まるで当主とルカの二人だけが取り残されているようだった。
シヴァに腕をかかげられたまま、横顔を見る。
彼は負けたはずなのに——そこには、まるで自分が勝者であるかのような、喜びと誇らしさに溢れているようにみえた。
そして、ゼルダの姿を探す。
見つけた。目が合った。
こちらを見ている。見ているのに、ルカを見ていない目だった。
大会の終わりは、通常当主からの祝辞が贈られるなどして、締められるものだった。
しかし、今年は当主が途中で去ってしまったので、きちんと大会の終了が宣言されることもなく、ルカは熱狂する一族の者から逃げるように広場をあとにした。
ある程度、広場から離れて、他に誰もいないことを確認して、ルカはようやく立ち止まる。振り返ると、シヴァが追いかけてきていた。
「……」
ルカは、シヴァに何かいいかけようとするが、言葉が出てこず、目をそらす。
シヴァは、まだ笑顔のままだった。
「どうしてだ……」
顔をそむけたまま、ルカは声を絞り出した。
「勝ちたくない、ってずっと言ってたのに……なんで、喉元なんか……」
シヴァはルカが顔を向けている方に近づき、目を合わせる。
「俺だって、ずっと手を抜くな、って言ってきただろ……どうしても、勝ちたくなって、ああしたが、お前にはらわれた」
黙って、ルカはシヴァを見つめ返す。口にはしない。
——嘘だ……わざと、やった。
今はただ、ひとりになりたかったので、ルカはシヴァを置いて、ひとりでまた歩き出した。
ルカはしばらく村の外れに身を潜め、人通りが途切れるのを待った。
日が落ち、灯りがなくてもぎりぎり歩ける時間になんとか、家にたどりついた。
食卓に、ゼルダが座っていた。台所の壁の方をただ、ぼんやりと見ていた。
その姿は四年前、ゼルダが貴族の屋敷からここに戻って来た直後の彼女を、思い起こさせた。
ルカに気づくなり、ゼルダは微笑む。
「おかえりなさい。どこへ行ってたの?」
いつものように、ルカの首に腕をまわしてくる。だが、それは心なしか遠慮がちで、声も小さかった。
ルカは黙って、ゼルダを見つめる。試合のときのゼルダの顔——目を見開き、自分をおそれるように見つめる彼女の姿が、一瞬、重なる。
だが、甘く、自分を恋焦がれるいつもの榛色の瞳があった。
「いつの間にかいなくなっちゃって……あれから、みんなにどこへ行ったのか、って何度も聞かれたわ」
ゼルダを抱きしめ、頭に顔を埋める。
「女の子たちがみんなあなたを見てて……」
ゼルダの言葉が途切れ、ルカの胸が濡れるのを感じた。
「あなたが、いつかとられちゃうんじゃないかって……」
ゼルダにまわした腕を少しだけ、きつくする。
「前も言っただろ……どこにも行かないし、離れないって」
ルカは本気で、ゼルダにそう言った。
だが、今日から何かが変わってしまうのだろう、という重苦しい予感を拭い去ることができなかった。
TALES, Pixivにも投稿しています。