イライアスの娘のカリナが、ゼルダの家に通うようになってから二週間ほどが過ぎていた。
馬のブルナを贈られて以来、ルカはイライアスの家に出入りすることが多くなっていた。
息子のマグナスは、町の商人の家に見習いに行っているため、ここ数年不在だった。
男手が必要な仕事は、手伝いの者や、支持者たちが請け負い、イライアスを助けていた。
そこにルカも加わることになり、畑仕事や、市場への用事なども頼まれるようになっていた。
そんな中、ルカを通じて、イライアスからゼルダへ依頼があった。
カリナが帝国貴族の屋敷へ奉公しに行くことになったので、帝国の風習や礼儀作法を教えてやってもらえないか、とのことだった。
あくまで、『もし、よかったら』と、強調されて。
帝国のものに触れれば、ゼルダは思い出したくないところへ引き戻されるかもしれない。
ルカが遠慮がちに、というより、嫌々ながら切り出した。
ゼルダは一瞬だけ考えたあと、引き受けることにした。
心配そうに自分を見るルカに、
「大丈夫よ。私が役に立てるなら、ぜひ、そうしたいわ」
と静かに答えた。
カリナは確か15、6才で、まだ小さい頃に母を亡くしていた。
やはり少女だった頃、母を亡くした自分と重なったし、帝国の風習以外にも、女から女へ教えられることも、彼女に教えてあげることができたら、と思ったのだ。
ゼルダが貴族の屋敷から持ち帰った、帝国の料理と食材についての本を二人で読み進めていた。
北部も帝国も同じ言葉を話し、文字を使う。だが、北部独自の言い回しや綴りは多く、それなりの知識がなければ、北部人にとって帝国の書物はすんなりとは読めない。
侍女として勤めるにあたり、帝国式の読み書きが流暢にできれば、カリナもよい待遇で迎えられる可能性がある。
そう思い、ゼルダは熱心に指導し、カリナもそれによくついてきていた。
「その調子よ。だいぶ、覚えがいいわね」
「ゼルダさん、ありがとう。お屋敷にある本、読ませてもらえるといいな……帝国の恋物語を読んでみたい」
「若いお嬢さんがいるところなら、絶対、持っているはずよ。読ませてもらえるといいわね」
帝国のものに触れていても、不思議とあの地獄のような辛い日々の記憶は甦ってこなかった。
ゼルダはカリナを教えることに、喜びと充実感を見出していた。
素直なカリナが一生懸命に学ぶ姿を見るのは、ゼルダが失ってしまった何かを、ほんの少し補ってくれるようにも思えた。
「ただいま」
玄関の戸が開く音と、ルカの声に、カリナの体が小さく跳ねる。
「おかえりなさい」
迎えるゼルダに微笑むルカを、カリナの夢見るような緑色の瞳がとらえ、瞬時にそらすのがゼルダには見えた。
そして、あどけなさが残る頬が赤く染まるのも。
彼女の心の中が、ゼルダには手に取るように理解できた。
自分も、あの笑顔にとらわれてきた。物心ついたときから、ずっと。
最初はカイに。そしてルカに。
同じ黒い瞳に。
ルカは荷物を置き、いったん奥の方へ行ったあと、再び出かける支度を始めた。
「あら……また、でかけるの?」
「ああ、シヴァと一緒に先生の家の屋根の修理をしに行く」
「気をつけて、いってらっしゃい」
ルカは微笑むと、カリナの方を向く。
「カリナ、それじゃあ、また」
「……ルカ、さようなら」
すでに赤くなっていたカリナの顔が、ますます紅潮したので、ゼルダもルカも思わず微笑んでしまった。
玄関に向かうルカの姿を見ないようにしているのも、いじらしかった。
ルカが去ってから、本の読み合わせに戻り、いつもカリナが帰る時間になった。
「今日はだいぶ進めたわね。この本が終わったら、何か別のことを勉強しようかしら」
ゼルダが満足気にカリナの成果をほめると、彼女がどことなく沈んで、ためらうような表情をしているのに気づいた。
「……どうしたの?」
「ゼルダさん、あの……」
カリナがこんな態度をとるのは、珍しい。何か気がかりなことがあるのだろうか。
「大丈夫よ……誰にも言わないから、いってごらんなさい」
カリナは、しばらく言葉に詰まり、それでも意を決したように話し始めた。
だが、ゼルダには目をあわせないままだった。
「お父さまが……どうしたら帝国の男の人に気に入ってもらえるか、教えてもらえって……」
ゼルダの目が見ひらかれる。
聞いた言葉を理解したくないと頭が必死に拒んでいるが、ゼルダは何を意味しているかが、わかりすぎてしまっていた。
だが、怯えているような目の前のこの少女。
恥ずかしさと、こんなことを聞くことに対して、申し訳なさでいっぱいになっている、彼女をこのままにしておけなかった。
ゼルダは息を吸い、カリナが向いている方へ動いて、優しく目をあわせた。
「帝国の男も北部の男も、変わりはないのよ……どちらも、よい人も悪い人もいる。でも、よい男たちは、心優しい、賢い女の子を好きになるわ」
嘘ではないが、これが完全に正しい答えでないということは、言っているゼルダも、聞いているカリナもともにわかっていた。だが、何かを言わなければならないときはあるのだ。
「さあ、暗くなる前に帰らないと……明日も必ず、来るのよ」
カリナは黙って頷き、帰っていった。
翌日、カリナが来ないかもしれないと、ゼルダは心配していた。
だが、いつも通りの時間、玄関に現れたので、胸をなで下ろした。
態度もいつも通りと変わりはなく、本の読み合わせをすましたあとは、二人で刺繍を始めた。
ゼルダにとって、カリナとの時間はかけがえのないものになっていた。
失わなかったのは、ありがたかったが、それ故に、昨日の言葉が胸の奥につかえ、その重苦しさが消えることはなかった。
そして、ここにきて、屋敷での思い出したくない記憶が、ふいに差し込んでくるようにもなっていた。
カリナがもし、自分と同じような目にあうのだったら——そう思うことは、耐えがたかった。
なので、ゼルダはカリナに気づかれないように、イライアスへ会いにいくことを決めた。
事前に何も言わず、ゼルダは彼の家を訪ねた。
不在であったり、面会を断られる可能性もあったわけだが、幸い快く応じてくれることになった。
「イライアスさま、突然だったにもかかわらず、会ってくださってありがとうございます」
ゼルダが頭を下げるのを制し、イライアスは和やかに微笑んで、執務室の机からゼルダを迎えた。
ゼルダは席をすすめられ、向かい合せに座った。
「こちらこそ、カリナが大変世話になって、感謝している。それに、ルカにもだいぶ助けてもらっている」
ゼルダも微笑み返したあと、どう話を切り出したものかと迷い、しばらく下を向いた。再び顔をあげると、
「カリナが奉公に行く先ですが……いったい、どんな方にお仕えするかは、おわかりなのでしょうか」
イライアスは、ゼルダの質問の意味を汲み取るように、考えを巡らしているようだった。しばらくたってから、
「確かわたしと同じ年代の夫婦と、その両親。それに年頃の令嬢がいらっしゃるはずだが……」
それがどうしたのか、という目線を向けられたので、ゼルダは答える。
「どなたにお仕えするかによって……例えば、おばあ様なのか、若いお嬢様かでは、知っておいた方がよいことも違ってきます。なので、もしわかっているのなら、と思いまして」
「……ああ、確かにそうだな。さすが、聡明なあなただ」
今のところ、彼の内面をゼルダははかりかねている。
態度は和やかなままだったし、ゼルダの質問にも特段、不審には思っていないようだった。
「ただ、侍女を探しているという話をもちこまれてな……どの方に、ということまでは聞いてない」
「なにか条件はついていたのでしょうか?……それと、約束されたお給金の額は普通より高額であったり……」
遠慮がちではあったが、ゼルダは静かにたずねた。
イライアスの表情がかすかに揺れた。ゼルダの質問の意図を理解したようだった。
「あの子のことを考えてくださったのですな……確かに、あなたが心配されるのも当然かもしれない。条件はとくに言われず、給金も相場と変わりのない額だった」
ゼルダは、発せられない問いを飲み込み、唇を閉じる。
そんなゼルダの心を見透かすかのように、イライアスはゆったりとゼルダを眺めている。
「あなたがカリナと同じ年頃のときも、きれいだったが……あれから、さらに美しくなられている。ますます、母君に似られて」
「……」
「母君には、とてもお世話になった。先代のあと、わたしが急遽、取りまとめをまかせられても、誰も言うことをきこうとしなかった。——一番の剣の腕の者でなければ従わないと。だが、母君が彼らを説得してくださり、その後も何かと力になってくれた」
母がイライアスを助けていたとは、初めてきくことだった。
カイの死の前後の記憶は混沌としていて、気が付けば、母は病に倒れて、あっという間に亡くなってしまったという印象だったからだ。
「あなたが、あの貴族に嫁がれたことは、すまなく思っている。母君に申し訳がつかない……。我々は、皆、あなたに救われたようなものだ」
「……そう思ってらっしゃるのなら」
ようやく、ゼルダは口を開くことができた。
「どうして、カリナを……他ならない、あなたの娘を同じような目にあわせるのですか?」
イライアスはゼルダの言葉を受け止め、答えを探すようにしばらく黙っていた。
その問いを予期していたようにも、そうでないようにもみえた。
「あなたの心配もごもっともだ……だが、あの子はあなたほど美しくもなければ、才気があるわけでもない。ただの、侍女としての話しか来なかった。奉公の期間が終わって、そのまま帰ってこれるかもしれない……良くも、悪くも。それが、あの子自身にも、我々一族にとってもよいことなのかどうかは……」
「それは、どういうことですか?」
「すべての帝国の男が残忍なわけではない……アイヴァーの娘のジル——商人に見初められて、大事にされている。父親に仕送りも毎年できて……この村に残ったよりよかったはずだ」
「……そうではない場合の方が多いと思います。そんな賭けを、自分の娘にされるんですか?……それに、いずれの場合にしても、彼女が売られることには変わりがない」
イライアスは、視線をそらした。そして、そのまま、
「あなたが、あの結婚の話を引き受けてくれて……それまで、帝国に負っていた負債が帳消しになっただけではなく……。あなたはとても、気に入られていた。あなたが戻ってくるまでの、数年分の税も補ってくれた。これだけ愛されたのは、美しさだけでなく、母君譲りのあなたの才気にも負うのだろう、と。外見を変えることはできないが、せめてあの子も、あなたから見習うことがあればと……」
あの老人が愛していたのは、自分でも、自分の体でもなく、自分の体を切り刻む行為だった。才気でもなんでもない——。
それが、一族の負債への代償だった。
気丈で、心身ともに強い娘を——そういう条件だったと、あとになって聞いた。壊れにくいものを、長く壊すために。
この人は、それを娘に学ばせようとしている。よかれと思って。
ゼルダは、口を開きかけた。
わたしが何をされたか、話しましょうか。
言えなかった。言えば、この人は目をそらす。
そして、何も変わらない。
だが、なぜそれを償うのは、いつもゼルダやカリナのような、娘たちなのだ?
それを言っても、決して、彼は理解できないだろう——いや、理解したくないのかもしれない。
「カリナは、素直で賢い、いい子です……わたしにとっては、充分きれいで、可愛らしい。帝国まで奉公に行かなくても、近場の商人のところに、通って働くことなどはできないのですか?」
「……今年、納める税のあてがない……誰かが、まとまった給金を得なければならない。あなたの言うように、これは勝率の悪い賭けだ……だが、誰かの娘がいかねばならない」
「……」
「誰だって行かせたくない……あいつには、すまないと思っている。だが、他に方法がないのだ」
ゼルダは何も言わず、会釈をして、部屋をあとにした。
イライアスは、ゼルダを一瞬、まぶしいものを見るかのような表情をして、見送った。
その日以降も、特に日常は変わらず過ぎていった。
カリナは変わらず、ゼルダの家に来て、引き続き帝国の作法を習った。
ルカもイライアスの仕事を手伝っていた。
あれから、イライアスと再び話すこともなければ、あの日、二人で話したことも本人たち以外は、誰にも知られることはなかった。
しばらく前から、ゼルダは村の婦人会にも、時々顔を出すようになっていた。
その際に、ゼルダは隠れて手紙を渡されることがあった。参加している婦人の夫からだった。
読んでみると、現当主に対する不満が書かれてある。
彼はかつてカイの忠実な崇拝者だった。
一族は伝統に戻って、再び実力で当主を選ぶべきだと。
今回の大会でそれはあきらかになった——ルカに他ならないと。
ひいては、カイの姪、シグリッドの娘、ルカの従姉であるゼルダに動いてほしい、との依頼だった。
初めてその手紙を読んで、ゼルダは何も返事はしなかった。
彼の気持ちには共感できた。
だが、イライアスから馬を贈られ、ルカも近くで働いている。
そして、ゼルダもカリナとの関わりがあったので、イライアスに反する、ということは考えられなかった。
ゼルダは返事を書かなかった。だが、手紙は捨てなかった。
引き出しの奥に、一通ずつ増えていった。
イライアスと話して以来、ゼルダの胸は常に何かがつかえている状態だった。
その日は、何もする気が起きなかった。
食卓に座り、壁を見ていた。
立ち上がって、引き出しを開けた。
いちばん新しい一通に、月初めに集まりがあると書かれていた。
今日が、その日だった。自然とゼルダの足が、そこへ向かった。
集まりには、彼女の夫を含めて五、六人の男たちがいた。
彼らはこぞって、ゼルダを歓迎した。
彼らの考え方は狂信的とは程遠く——真剣に、一族の現状と将来について考えていた。
ゼルダの意見と近いところも多々あった。
以降、ゼルダは彼らと交流することになったが、二つの思いに引き裂かれた。
一方で、彼らに賛同して、現状を変えていきたい。
だが、彼らは現当主を廃して、ルカを次の当主に置きたいと言っている。
それは、ルカが何よりも望んでいないということを、ゼルダは熟知している。
ルカが望まないことはさせたくない——だが、ここでもゼルダは相反する考えに悩まされる。
ルカは叔父のカイと違い、抑制的で、まず人のことを第一に考える人間だ。そして、慈悲深いと言っていいほど優しい。
今、一族に必要な指導者の資質が、ことごとく備わっているのではないだろうか……。
さらに、カイ同様、飛びぬけた剣の才がある。
そして、カイの面影を受け継いだ姿——一族の伝統を重んじる者たちが、容易に支持することができる……。
ゼルダは自分でもどうしていいかわからないまま、ルカに隠れて彼らと連絡を取り合った。
そして、カリナが奉公へ出される日も刻々と近づいてくることもあり、精神的な消耗を感じていた。
そんな心労が重なったせいだろうか。
その朝、ゼルダはベッドから起き上がることができなかった。
心配して付き添おうとするルカを、稽古に無理矢理送り出したあと、数時間、再び眠りに落ちた。
目覚めたら起き上がれると思っていたが、まだ体が鉛のように重い。
観念して、しばらく横になることにした。
最近は、すっかり元気になって、朝から晩まで動くことができていた。
家事をし、買い物にも行き、その合間に婦人会に出たり、カリナを教えたりもしている。
しばらく前からは考えられなかった——ベッドから動けず、家から一歩も出ることが出来ず、怯えて過ごしてきた。
この生活は、このまま続くのだろうか。
もう少ししたら、カリナは行ってしまう。
そして、ルカも。
祝言をあげよう、とルカは言った。
イライアスが祝言に立ち会ってくれる、と。嬉しそうだった。
あのとき、うまく笑えただろうか。
喜びと、それを受け取ることのできない悲しみとの間で引き裂かれそうだった。
傷ものにされ、壊れた自分を、ルカはこんなに大事にして、愛してくれている——。
自分が、そんな彼にふさわしいとは思えなかった。
老貴族に散々慰みものにされ、自分を抑えられなくなったみだらな自分が、まだ少年だったルカをもてあそんだ——。
一部で、そんなふうに言われていると、耳にした。
ルカはひどく怒っていたけれど、果たしてそれがどれほど真実から離れているのか……。
だいぶ、近いところにあったのではないか。
自分の体が汚れていただけでなく、あの頃の自分の心も阿片を求めて狂っていた。
優しくて、純粋だったルカは、わたしの渇望を満たそうと、応えてしまった——わたしを助けるために……。
ああ、なんて罪深いのだろう。
そうやって、わたしはあの子の少年時代を奪ってしまったのだ。
老貴族と、自分……どれほど、差があるというのだろう——。
思いに沈んでいたとき、玄関の開く音がし、ゼルダの体がはねる。
まだ、ルカが帰ってくる時間ではないのに——。
足音が、台所を抜けて、こちらへ来る。
ルカは気がかりそうに、寝室に入ってきた。
「ルカ……稽古のあと、今日は首領さまのところに行くはずだったでしょう?」
「今日は、休みにした」
起き上がろうとしたゼルダをルカはそっと制して、ベッドに腰掛ける。
「最近、ずいぶんと無理してただろ……今日ぐらいは、ゆっくり横になっておいた方がいい」
ゼルダが言い返そうとすると、遮るようにルカに口づけられる。
もう、何も言い返せない。
ルカは立ち上がり、台所の方へ向かい、持ち帰って来たりんごを切って、再びベッドへと運ぶ。
そしてゼルダの口元に、切ったりんごをもっていく。
ゼルダの目から、涙がにじんでくる——ああ、帰って来たばかりのひどかったときも、ルカはずっと、こうして世話をしてくれていた……。
「ルカ……どうして、こんなに優しいの?」
ルカは、黙ってゼルダを見つめている。穏やかな、気遣うような目で。
「ゼルダが大切だから……守りたいから」
涙がとまらなくなる。
「わたしは、汚れているし、あなたに、ふさわしくない……」
「なに、言ってるんだ……こんなに、きれいなのに……誰よりも」
ルカに抱きしめられると、決意していたことがみな、吹き飛んでしまう。
ずっと、ルカと一緒にいたい。
これから先、ルカが自分に飽きてしまっても、それでも縋りつきたい。
カリナのことも、一族のことも、どうなってもいい……。
ただ、ルカといたい——。
だが、自分がそれを許せないことが、ゼルダにはわかっていた。
ルカを失ったら、自分は再び壊れてしまうだろう。
ただ、消え去ってしまいたくなるだろう——。
それも、許されないことだった。
あの子が少年時代と引き換えに助けた命を、無駄にすることになる。
では、どうやって生きるのか。
そこから先は、考えなかった。
初めてゼルダが一族再興を志す者たちの会合に出て以来——会合のたびに、参加する人数は徐々に増えていった。
そして、ある夜、ついに、ゼルダはそこにシヴァの顔をみつけた。
自分も、そしてシヴァもお互い、驚きはなかった。
それよりも、納得の気持ちが多く、会話はかわさなかったが、ゼルダとシヴァは目を合わせ、会釈をした。
だが、それで十分だった。
イライアスはどうやら、この一連の動きを把握しているようだったが、今に至るまで、特に干渉されるようなことはなかった。
おそらく、ゼルダが絡んでいることもわかっているようだが、相変わらず、カリナをゼルダのところによこしていたから、問題にはなっていなかった。
幸いなことに、ルカは全く気付いていないようだったので、安心だった。
カリナが奉公に出る日は、いよいよ来週に迫っていた。
「ゼルダさん、本当にいろいろ教えてくれて、ありがとう」
カリナがそう言って、頭を下げると、ゼルダの胸がつまった。
これまで、カリナと過ごしてきた時間、妹のように思う愛おしい気持ちなどが、一気に湧き上がってきた。
この子とまた会うことができるのだろうか。それとも、もう二度と……。
カリナが頭を下げたまま、顔をあげない。
覗き込むと、涙を必死にこらえている。
ゼルダは、そっとカリナを抱き寄せた。
「ゼルダさん……本当は、行くの怖いの……行きたくない」
カリナが小さく震えているのが伝わってきて、ゼルダの胸がさらに痛む。
「怖い目にあった子もいる、って聞いて……ゼルダさんは……」
そう言って、涙をためた目でカリナはゼルダを見上げた。
「ゼルダさんは、いったい何が……」
そう言いかけるカリナの顔を、ゼルダはぐっと自分の胸に寄せた。
答えられない。何があったかなんて、とてもこの子に言えるはずがない。
この子が知る必要はない。
しかし——。
この子を送り出そうとしている者たち。
彼らは知る必要がある。
自分に何が起こったのか。
それが、カリナにも起こりうるということを……。
TALES, Pixivにも投稿しています。