嫌われ者の媚び売り系女配信者、過酷すぎる実生活を暴露された結果 作:悲しみから生まれた戦士
次の日の朝のアラームはスマホの目覚ましの音ではなかった。パトカーのサイレンだった。何台ものパトカーが家の周囲に停まっているらしく、多重のサイレンが家を囲うように鳴り響く。寝ぼけ眼を擦り、ぼやける視界を回復させていく。何か暑いと思っていたが、ユキが怯えたように私に抱きついていた。
……また母が違法薬物所持でもしていたのだろうか。ストレスと緊張で目を回したようにクラクラして、どちらが上でどちらが下なのかも分からなくなってくる。これからどうなるんだろうか。母は逮捕されるのだろうか。私たちは? また少年院? それともそのまま二人きりでほっぽり出されることになるのかな。私たちに親戚はいない。頼れる大人なんていない。それに私は地元では不良少女として通っている。助けてくれる人もいないだろう。
詰んだ。
完全に人生が詰んだのを自覚した。
インターフォンが鳴り響く。母は酔って眠っているのだろう。誰も出ないでいると、階下からドンドンと扉を叩く音が聞こえ始めた。それもしばらくすると鳴り響き、メガホンを通した大音量の女性の声が響き渡った。
「新城ノゾミさん! いることは分かっています! 出てきなさい!」
新城ノゾミ。母の名前だ。やっぱり母の悪事がバレたのだ。絶望で泣きたくなってくる。でも、胸の中で怯えている妹を思うと、泣いている場合でもない。私は意を決してベッドから降りると、怯える妹に言った。
「下に行こう」
「でも……」
「大丈夫。ちゃんと話をすれば分かってくれるはず」
そんなことを言いながら、私の心中は不安でいっぱいだ。中学時代の記憶が蘇る。注射器が見つかった時の大人たちの冷たい視線。つき放つような、誰も信じようとはしない呆れた目。そんなものが脳裏にフラッシュバックしてきた。話をすれば分かってくれると言ったものの、そんなことは一切自分自身でも信じていなかった。話をしても分かってくれなかった前例があるからだ。でも、ここでベッドに潜って怯えていても何も解決なんてしない。母が、家族が犯罪をしていたなら、ちゃんとそれに向き合わなきゃいけないのだ。
私はユキの手を引き、リビングの扉の横を通り過ぎ、玄関に向かう。母が今、リビングで何を考えているのか、よく分からない。まだ寝ているのか、それとも起きて居留守しているのか。リビングを覗く気にはなれなかった。もしかしたらこれ以上母の情けない姿を見たくなかったのかもしれなかった。
私は恐る恐る玄関の鍵を開ける。そしてゆっくり扉を開くと、その先には多数の武装した警察官が玄関を囲うように待ち構えていた。その仰々しい対応に一瞬虚を突かれる。その直後、警察官の張ったバリケードを割るように女性の警官が前に出てきて、私はいきなり抱きしめられた。
「……えっ、え、えっと」
突然のことに思考が停止してしまう。何が起こったのかよく分からない。叱られるかと思っていた。怒鳴られるかと思っていた。最悪、そのまま手錠をかけられて連行されるかと思っていた。でも、そうはならなかった。私を抱きしめた女性の警官は、とっても優しい仕草で私の頭を撫でて、柔らかい声で言った。
「もう大丈夫よ。安心して。貴女たちのことは私たちが全力で守るわ」
言われた意味が、一瞬理解できなかった。しかし徐々に脳内に浸透してくる。大丈夫……安心して……もしかしてもう、母に怯えなくていいのだろうか? これ以上、気を張って生きなくてもいいのだろうか。そう思った瞬間、私の全身の力が抜け、女性の警官にもたれ掛かってしまった。彼女はしばらく私を抱きしめた後、背後に控える部下であろう警官たちに伝えた。
「ミナちゃんとユキちゃんを保護して。第一班は私と共に家に突入」
「「「ラジャ」」」
私たちは屈強な男の警察官に引き渡され、女性の警察官は数人の部下を引き連れて家の中に入っていった。家の中からは母の金切り声と、女性警官の怒号が響いてきた。私がようやく助けられたことを実感するまで、それなりの時間を要することとなった。
***
それからのことは正直あまりよく覚えていない。ただ優しい口調の大人たちの言うことに従っていただけだった。ただ、その大人たちは今まで私に向けられなかったような労る口調だったことだけは覚えている。どうやら母親は逮捕されるらしい。罪状とか、どれくらいの罪の重さなのかとかはあまりよく分かっていないが、私を抱きしめてくれた女性警官によると、私たちは晴れて自由の身になったらしい。
自由の身と言われても実感は湧かない。というより、不安の方が大きい。私たちはこれからどうやって生きていけばいいのだろうか。配信で稼ぐ? 確かに配信の稼ぎがあれば最低限の生活は出来る。だとしても保護者がいない状況には変わりが無いし、今の状況で配信を上手く続けられる自信が無かった。
どうやら私のこの事件は大々的にニュースになってしまっているらしい。今では全国民が知っているくらいには拡散されているとのこと。女性警官は申し訳なさそうにしていたが、私が心配しているのは、この事件のせいで私の配信の人気が落ちてしまうことだけだった。
そうなったら完全に稼ぎがなくなってしまう。女性警官の話によると、私の少年院送りも冤罪として認められたらしく、ということはバイトもおそらくできるようになっているはずだ。最悪バイトで稼げばいいのだろうが、せっかく今まで培ってきた配信を手放すのはもったいなく感じてしまうのだ。確かに私にはアンチしかいなかったが、それでもあそこには間違いなく居場所があった。
そんなこんなで流され続けること一週間ほど。ようやく私とユキの今後がハッキリしてきた。私たちには二通りの選択肢があるらしく、女性警官が保護者となり、彼女とともに暮らしていく道。それか、私とユキであの家に戻り、今まで通り二人で暮らしていくという二通りだ。後者でも女性警官が保護者になってくれるのは変わらないらしく、成人するまでは金銭面での補助を受けつつちゃんと学校にも通えると言われた。
私は一晩じっくり考え、ユキとも話し合った結果、あの家に戻り、二人で生活することを決めた。確かに女性警官はいい人だし、とても面倒を見てくれるけど、やっぱりいきなり赤の他人と暮らすのはストレスになりそうだと思ったからだった。それに、今までだって二人きりで暮らしているのと変わらないような生活を送ってきたので、大丈夫だろうという目論見もあった。
それからさらに一週間ほど時が経った。ある程度身の回りも落ち着いてきて、生活も母がいないこと以外は元通りになり始めていた。SNSとかはその間、忙しすぎて一切触れていなかったから、自分が世間からどんな風に思われているのかもよく分かっていない。もう必死になって金を稼ぐ必要も無いから、配信自体をする必要も無いんだけど、どうしてか私はVR空間の中にいて、配信をつけようとしていた。
そして、配信をつけた瞬間もの凄い勢いで流れ始めるチャット欄。今までに見たことない勢いだった。流れが速すぎてコメントを追い切れない。その勢いの良さに呆気にとられながらも、私はとりあえず長年の配信人生で芯の底まで染みついた挨拶をした。
「はぁい! ミナだよぉ! みんな、今日も来てくれてありがとぉ!」
いつもの媚び媚びボイスだ。あまりにも自然に自分の口からその声が飛び出てきて、自分でも驚いてしまう。もう既にかなり毒されてしまっていたみたいだった。そんな媚び媚びボイスを発した瞬間、さらにコメントが加速する。もう速すぎて一切読めない。そんな中、一つのコメントが目に入った。
:\50,000 演技乙
演技乙。いつもアンチたちに言われていた言葉だ。演技乙、声つくんな――言われ慣れた言葉だった。その変わらない対応に私はどこか心の底でホッとし――
…………ん?
このコメント、なんか赤くね?
私は目を凝らしてよくよく見てみる。
\50,000
え、何これ。
ごまんえん……?
どゆこと……?
私が困惑している最中、私の配信のチャット欄は赤く埋め尽くされてきていた。
:\45,000 声つくんな気持ち悪い
:\50,000 きっしょ
言われている言葉はいつも通りなのに、コメントの色が違うというか……何か変な枕詞がついているような……。
「あの……これは一体どういう……」
私が困惑して思わずそう言葉を零すと――
:あっ、素が出た!
:これがミナちゃんの素かぁ。
:何か普通だね!
「何が普通じゃい何が!! ……って、あ」
私は思わず素が出てしまっていることにようやく気がつき、意図せず羞恥で顔を真っ赤に染めてしまうのだった。