111対11。これが何の数字かといえば、
ある年の全国中学校バスケットボール大会の決勝、
帝光中学校対明恍中学校の試合結果である。
誰が見ても明らかなスコア差。
彼らの間にはそれだけの実力差があった。
しかし、彼を絶望させたのは、
チームメイトである彼らが意図して
1のゾロ目を揃えたことにある。
実力差は百も承知で、彼らが本気を出せば
もっと大きなスコア差がついていただろう。
それでも彼は彼らに全力でプレーを
して欲しいと願っていた。
どれだけ差がつこうと全力を出して欲しいと、
キャプテンにも頼んでいたのに。
試合会場に駆けつけた彼の目に映った
親友が絶望に堕ちるあの瞳が、
今も彼の脳裏に焼きついて離れない。
だから……だから彼はバスケを嫌いになった。
「俺はお前みたいな奴を待ってたんだよ。
どうだ?俺と一緒にあいつらを潰さないか?」
控え室でたった一人涙を流していると、
不意に現れた男が声をかけてきた。
あまり性格の良さそうな人相ではないが、
鏡を見ているようで彼は嫌になる。
「……あなたは、誰ですか?」
「花宮真。まぁ、別に覚えなくてもいいが。
俺のことなんかより、どうなんだ?
あいつらを潰したいのか、
それともこのままただ腐っていくのか。
もし少しでも晴らしたい恨みがあるなら、
うちへ来いよ。あいつらを潰す方法を教えてやる」
彼は差し出された男の手を見た。
一目で分かる。バスケをしている者の手だと。
それと同時に、男の言うバスケと彼の知るバスケが
大きく乖離していることも理解した。
しかし、全てを分かった上で彼は男の手を取った。
今の彼のバスケでは何も変えられない。
天才と呼ばれる彼らに勝つこともできない。
それでもこの男と一緒なら
何かできることがあるかもしれないと思った。
「……よろしくお願いします」
「あぁ、よろしくな。黒子テツヤ君」
霧崎第一高校。ここから再び始まるのだ。
キセキへの復讐を決意した、黒子のバスケが。
————————————————————————
「ふはっ!いいじゃねぇか黒子!
今のお前ならキセキの世代なんか敵じゃねぇぞ!」
「ありがとうございます。花宮先輩」
「それにメンバーも中々粒揃いじゃねぇか。
よくもまぁこんなクセのある連中を集めたもんだ」
来月に控えた高校生だけのバスケ交流会。
それぞれのキャプテンに選出されたのは
現役最優秀選手と名高い洛山高校の赤司征十郎と、
その赤司が指名した花宮真であった。
詳しいことは明かされていないが、
無冠の五将と評される選手の中で唯一、
今年のウィンターカップで
ダークホースである誠凛高校に
負けてしまったことで予選落ちした霧崎第一の
花宮を指名した理由について、
赤司は事前のインタビューで
「精算しなければならない因縁がある」
という旨の発言をしたことから、
高校バスケファンの間では大きな話題を呼んだ。
そして赤司と花宮主導の元で
様々な高校から選手が集められたのだが、
選手の勧誘について花宮は一切手を貸さず、
黒子一人に全てを任せていた。
黒子がどれだけクセのある選手を集めて
バランスの悪いチームになったとしても、
自分がまとめるから心配するなと、
名簿を見ながら悪どい笑顔で語っている。
「よし、早速明日から全員を集めて練習だ。
これまで以上にシゴいてやるから覚悟しとけよ」
「はい、よろしくお願いします」
花宮が監督を務める打倒キセキの世代チーム。
彼らが果たしてどのような作戦で
天才たちを追い詰めるのか、
試合の前から期待が集まっていた。
————————————————————————
そして迎えた試合当日。
国立体育館の客席は埋めつくされ、
すでに多くの歓声が聞こえていた。
控え室で最後のミーティングを終えて、
それぞれのチームがコートに姿を現す。
「皆さま!大変長らくお待たせ致しました!
これより全国高校バスケ、
特別エキシビションマッチを行います!
それでは選手の紹介から参りましょう!
まずは今年のインターハイとウィンターカップの
二連覇を達成した洛山高校のキャプテンであり、
キセキの世代の絶対的司令塔、赤司征十郎!」
会場が割れんばかりの歓声の中でも
落ち着いた表情で現れた赤司。
彼が持つ目によって膝を折られた選手が
どれだけいるのか、彼本人にも分からない。
「ウィンターカップではダークホースである
誠凛高校に敗れたもののその強さは本物!
桐皇学園のエースにして、
キセキの世代の最強スコアラー!青峰大輝!」
すでに温まった彼の肉体。
この試合にどれだけの熱意を込めているのか、
彼が視線をやるのはただ一人。
「初戦で海常高校との大接戦を制し、
三位入賞を果たした秀徳高校の主砲!
キセキの世代が誇るシューター!緑間真太郎!」
ベンチに置かれた特大バナナの意味を
理解しているのは、果たして幾人か。
「海常高校のムードメーカーにしてエース!
千の技をコピーするキセキの世代のSF!黄瀬涼太!」
笑顔で手を振る彼だが、
隣りに並んだ青峰から蹴られている。
「そして!惜しくも洛山高校に敗れ優勝を逃した
陽泉高校の不動のセンターであり
キセキの世代の盾!紫原敦!
あのキセキの世代が再び集結しました!」
すでにお腹が空いているのか、
彼の顔はおおよその覇気を感じない。
しかし、キセキの世代をスタメンにするとは
赤司も最初から思い切ったことをする。
ただそれが最良の選択であると
ここにいる多くの人間が理解している。
「そのキセキの世代チームに対するのは!
ウィンターカップでは予選で敗れ散ったものの
無冠の五将の一角を担う神童!花宮真!」
あの薄汚い笑みではない爽やかな笑顔。
彼の本当の顔を知る者は嫌悪しているだろう。
「あの桐皇学園を倒したダークホースである
誠凛高校を最後まで苦しめた霧崎第一高校の影!
キセキの世代、幻の6人目!黒子テツヤ!」
視線が集まる。注目されている。
しかし、彼がやることは変わらない。
「洛山高校戦では無冠の五将の一人である
実渕君と互角以上に戦った陽泉高校一の
プレイボーイ!氷室辰也!」
今日の試合で彼のファンが何人増えるのだろうか。
あの爽やかな笑顔の裏に何を隠しているのか。
「キセキの世代と同じ帝光中学校出身で
その圧倒的な個人の力で桐皇さえ苦しめた怪物!
ウィンターカップでのリベンジを
果たすことができるのか!灰崎祥吾!」
右の親指を舌で舐める癖を見せながら、
獲物を見定めるように鋭い目線を浮かべている。
「桐皇学園の元キャプテンにして
あの青峰君を飼い慣らしていたという
高校バスケ界きってのキレ者!今吉翔一!」
今日の彼の役割はチームの隙を埋めること。
求められることは多いが、彼ならできるだろう。
さて、これで両チームのスタメンが出揃った。
それぞれのキャプテン同士が握手を交わす。
「随分と面白いメンバーを集めたようだが、
それだけでボクたちの勝ちは揺るがない。
お前たちがどれだけ抗うことができるのか
楽しみにしているよ」
「あまり調子に乗るなよクソガキ。
お前らが負ける無様な姿を
その目ん玉かっぴらいてよく見とけ」
不穏な空気が漂う司令塔同士。
しかし、火花が散っているのは
その二人の間だけではなかった。
「久しぶりだな、テツ。
相変わらず他人頼りのバスケやってるみてぇだが、
本気で俺たちに勝てると思ってんのか?」
「……お久しぶりです、青峰君。
言いたいはたくさんあるんですけど、
それはバスケで語ることにします」
元帝光中学校のバスケ部であり、
最も息の合った最強スコアラーコンビ。
帝光の光と影、青峰と黒子。
黒子が差し出した拳に青峰は応えず、
少しずつ彼らのバスケはおかしくなり始めた。
そして中学最後の試合で完全に決裂し、
黒子は彼らへの復讐を誓う。
「それではいよいよ、試合開始です!」
コートの中央に整列して挨拶をすると、
それぞれが最初のポジションにつく。
ジャンプボールは紫原と灰崎。
身長は圧倒的に紫原だが、
灰崎もキセキの世代に匹敵する身体能力がある。
審判の笛の合図と共にボールが放られて
落ちてくるボールに飛びつくが、
先にボールを掴んだのは紫原だった。
紫原はすぐにボールを赤司へパス。
その赤司もすぐにボールを手放すと、
すでに青峰は加速している。
「そんじゃ、まずは先制させてもらうわ」
圧倒的速さを誇る青峰のドライブ。
切り込み隊長である彼を止めるのは
同じキセキの世代であっても簡単ではない。
しかし、青峰の行く先に彼は現れる。
「おっと、お前は行かさへんで」
青峰のマークについたのは今吉だ。
本来の今吉のポジションはPGだが、
黒子が集めたメンバーに偏りがあったために
今日はFのポジションについている。
普段から青峰の動きを見ていた彼なら
他の者より青峰を止められるだろうと、
そういった理由もあってマークを任された。
「俺のマークはあんたか。
けど、あんたじゃ俺を止めらんねぇよ!」
青峰のドライブはまさに圧巻。
加速したかと思えば減速して、
減速したかと思えば加速してくる。
速度の切り替えと鮮やかさには
アメリカのプロも注目しているという。
なんとか今吉は喰らいつくが、
青峰のキレの前に抜かれてしまった。
(くそっ!やっぱ速いわこいつ!
……せやけど、そこは罠やで?)
「───っ!?」
今吉を抜いた青峰の眼前にいたのは、
すでにボールに触れた黒子であった。
直前まで今吉の後ろに隠れていたことで
本来の影の薄さも相まって気づかれず、
そして青峰と長い間コンビを組んでいたからこそ、
黒子には彼がどのタイミングで
抜いてくるか予想できたのだ。
「青峰君なら来てくれると思いました」
「テツ……!」
ボールを奪い形勢逆転。
このまま一気に攻めたいところだが、
ゴールの下に鎮座している紫原と
マークに来た黄瀬を突破する術を
今の黒子は持ち合わせていない。
「行かせないっスよ!黒子っち!
……ってあれ?ボールは??」
「黄瀬!何を呆けているのだよ!」
黒子が持っていたはずのボールは
すでに灰崎の手に渡っており、
他のディフェンスまで掻い潜って
インサイドに入り込んでいた。
「ひねり潰すよ、崎ちん」
「やれるもんならやってみな!」
紫原と灰崎による一騎討ち。
青峰ですら点を取るのは困難という
紫原のディフェンスと、黄瀬が入るまでは
帝光でベンチ入りしていた灰崎。
先制点が欲しい両者の戦い。
この勝負の結果次第でこの試合の
最初の流れを手にすることができる。
一騎討ちということは他のメンバーからの
助力がお互いにないということ。
つまり灰崎がどのようなシュートを
打つのかが鍵になる。
レイアップか、フックシュートか。
読まれれば紫原にブロックされてしまうが
灰崎が下した決断は───。
「パス!?あの灰崎が!?」
ゴール下まで切り込んだ灰崎が
どのシュートを選ぶのかが注目される中で、
灰崎はボールを自身の後ろに投げる。
そして、そのパスを受け取った氷室が
クイックモーションの3Pシュートを放った。
「入ったー!先制点はチーム花宮のSG氷室辰也!
鮮やかすぎるシュートモーションに
思わず私も魅入ってしまいました!」
誰もがチーム赤司の勝ちに賭け、
あの場面での紫原のディフェンスを
見ることが期待できると思っていた分、
予想を裏切られた会場は大いに盛り上がる。
「へぇ…まさか祥吾がパスを出すなんてね。
どうやって彼を丸め込んだのか、
参考までに聞かせてもらえるかな」
歓声の鳴り止まないコートの中で
赤司は花宮に問いを投げかける。
中学時代には灰崎を部から追い出し、
高校でも変わらぬ態度でバスケに
向き合っていた姿を見た赤司も
この会場にいる誰だって、
灰崎がパスをするとは思わなかった。
その彼が一瞬の迷いもなく
視界の外にいる人間にパスを出したことは、
驚愕以外の言葉が見つからない。
「丸め込んだってのは人聞きが悪いな。
今のはあいつ自身がそうするべきだって
判断したってだけのことだ」
不敵な笑みを浮かべて答える花宮に
赤司の表情が僅かに歪む。
無冠の五将に名を連ねる者の中で、
いや、全ての高校バスケプレイヤーの中で
赤司を前にしても怯まないのは、
キセキの世代を除けば火神くらいだ。
同じ無冠の五将で能天気なあの木吉だって、
赤司を前にした時は体が強ばっていた。
なのにこの花宮は怯むどころか笑っている。
それがホンの少しだけ、赤司には不快だった。
「紫原!ボールよこせ!」
ドライブを止められたばかりか
先制点を許したという現状に、
青峰の表情は怒りを含んでいる。
紫原からのボールを受け取ると、
トップギアさながらの速さで突っ込んでいく。
「行かさへんで!」
「同じ手を喰らうかよ!」
今吉と黒子のディフェンスを容易に躱し、
ヘルプに来た氷室まで抜いて
青峰はゴールにボールを叩きつける。
瞬く間に点を取り返し、歓声と拍手を浴びた。
「キセキの世代最強のスコアラーか。
その名は伊達じゃないみたいだ」
「せやから言うたやろ?
あいつらに勝とう思たら手ぇ焼く以上の
覚悟せなあかんってな」
氷室も青峰の速さには舌を巻いている。
ドライブの速さだけなら洛山の
葉山も相当レベルが高かったが、
今の一瞬だけで青峰の方が上だと理解した。
しかし、青峰はまだ誠凛の火神と
戦った時のようなゾーンに入っていない上、
キセキの世代には他の天才もいる。
……本当に彼らに勝てるのだろうかと、
不安が渦巻くのは仕方のないことであった。
「みなさん!まだ試合は始まったばかりですよ!
気を取り直してどんどん攻めましょう!」
しかし、花宮は手を叩いて注目を集めると
チームを鼓舞するように声をあげる。
キャプテンとしても司令塔としても、
こういった冷静さがあってこその
強さだと自己主張するように。
そしてその表面だけの鼓舞に応えるように、
チーム花宮は気合いを入れ直す。
黒子がサポートすることによって
花宮のパスカットも好調であり、
花宮と黒子の多彩なパス回しと
灰崎、氷室、今吉による攻撃で点を取る。
しかし、黙ってやられるキセキの世代ではない。
花宮と黒子が協力してパスを回すのに対し、
赤司はたった一人でそれを凌駕する。
青峰のドライブは止められず、
多彩な攻撃は黄瀬にコピーされ、
緑間のシュートは天を舞い、
ゴール下の攻撃は紫原に弾かれる。
たとえ黒子というパスに特化した
連携の要となる選手がいなくとも、
もう彼らは彼らの力だけで勝ててしまう。
アメリカのストリートバスケチームとの試合で
それは証明されており、
結果、第1Qは34対22というキセキの世代が
リードするような試合展開となった。
「……上手くいきすぎて笑えるくらいに順調だな。
それじゃあ予定通り、メンバーを変えるぞ」
それぞれがベンチで休憩しながら
メンバー交代や作戦の確認を行う。
しかし、ここまでの展開は花宮の頭の中で
すでに描かれていた内容だったため、
特別な何かを言うことはない。
彼が発するのは、ただ一言だけだ。
「まずはあいつを潰せ」
不穏な空気が漂うチーム花宮。
一方でチーム赤司は落ち着いていた。
やはり司令塔がしっかりしていると
チームもまとまりやすいのだろう。
「メンバーを変える。
真太郎、涼太を下げて大我、順平を出す」
どうやらチーム赤司もメンバーを変えるようだが、
その指示を聞いて不安を感じる者がいた。
「ほ、ホントに俺が出ていいのか…?
緑間のままの方がいいんじゃ……」
誠凛のキャプテン、日向である。
彼は緑間も認めている実力派のシューターだが、
同じチームにいる顔触れを見て
恐れ慄かないはずがなかった。
キセキの世代と、彼らと肩を並べて
互角以上に戦える火神と同じチームの中で、
彼は自分を足手まといだと思っているのだ。
「これが最善だ。大人しく従え」
「お、おう……」
普段は態度の悪い後輩を見ると
スイッチが入る日向だが、
赤司相手ではそれもままならないようだ。
そして休憩時間が終わり、
メンバーを変えた両チームが出てくる。
緑間と黄瀬を火神と日向に変えたチーム赤司と、
氷室、黒子、花宮の三人を
高尾、笠松、小金井に変えたチーム花宮。
「第2Qに入る前に、交代したメンバー紹介です!
まずはチーム赤司!ウィンターカップ予選では
秀徳高校と引き分け、桐皇学園を倒すという
旋風を巻き起こした誠凛高校のエース!火神大我!」
青峰と互角以上の力を持つ新しいキセキの世代。
彼がゾーンに入った時、誰も止められない。
「新設校ながらチームをウィンターカップベスト4に
導いた誠凛高校のキャプテン!日向順平!」
まだスイッチは入っていないようだが、
彼が変わるとボールは落ちなくなる。
「続いてチーム花宮!
公式戦での結果こそ振るわなかったものの
その実力は高校バスケ界トップ!
海常高校の元キャプテン!笠松幸男!」
試合開始ギリギリまで集中する彼の姿は
感覚を研ぎ澄ませる狩人のようだった。
「日向君を支え続けた誠凛高校のムードメーカー!
桐皇学園との試合では集中状態にあった
青峰君を止めるシーンも光った小金井慎二!」
ムードメーカーという立ち位置はもう捨てた。
今は野生に落ちた一匹の獣だ。
「一年生ながら緑間君と並んで秀徳高校の
中核を担う、広い視野と正確さを持つ高尾和成!」
あの日の雪辱を忘れないために、
今日まで毎日あの時の映像を見返してきた。
「それでは第2Q、開始です!」
第2Qの最初はチーム花宮のボールからだ。
小金井から笠松へボールを渡し、
キレのあるドライブで切り込んでいく。
低く速い笠松のドライブは
青峰のドライブとは違った止めにくさがある。
笠松は日向のマークを簡単に突破し、
あっという間にゴールに接近した。
しかし、どれだけドライブが速かろうと
シュートを打つ時には隙ができる。
第2Q最初の得点を取るために
ゴール下で切り返してレイアップシュートを放つが、
紫原のブロックは容易にそれを防いでくる。
(ウソだろ…!灰崎のスクリーンもあって
今のシュートに届くのかよ……!)
驚いている暇はない。チーム花宮には
センターを本業としている選手がいない以上、
ゴール下に鎮座している紫原を抑えて
点を取ることはほぼ不可能だ。
第1Qでは灰崎のスクリーンと黒子花宮のパスで
なんとか得点を稼いだが、
いくらPGを本業としている選手が多くても
パスの中継がいなければ赤司にカットされてしまう。
しかし、チーム赤司にも穴はある。
「悪いが、お前らの中じゃお前が一番弱いぜ!」
「……っ!くそ!」
緑間の代わりにコートに出た日向。
その日向のマークについた笠松は
日向のシュートを軽々とブロックし、
逆に日向は笠松を止められない。
赤司からのパスを受けてシュートを放つが、
ボールがリングを潜る気配はない。
そうして日向の中に焦りと苛立ちが蓄積されて
点差が少しずつ小さくなっていくと、
その日向に苛立ちを覚えた彼が叫ぶ。
「おいこら!プッツンメガネ!
てめぇいつまで足引っ張るつもりだ!」
「ばかやろう青峰!
日向先輩にそれを言っちまったら……!」
キセキの世代で最も短気な男、青峰である。
いくらチームプレイをしないとはいえ、
それは全員が自分だけの力で
点を取ることができるから可能なのだ。
特に青峰はドライブもシュートも
ディフェンスさえも一人でできてしまうため、
足を引っ張る存在というのが容認できない。
その青峰の発言を聞いた火神は
慌てて止めようとするが、
いくら火神でも人の言葉までは止められない。
「……誰がプッツンメガネだって?
もう一回言ってみろ一年坊主!
キセキの世代だかなんだか知らねぇが、
歳上の敬い方ってやつを叩き込んでやらぁ!」
「ちょ、日向先輩!今は試合中だ!……ですよ!
おい青峰!お前どう責任取るつもりだ!」
「あ?んなもん知るかよ。
悔しかったらバスケで結果出してからにしろよ」
「上等だごらぁ!おい赤司!ボール寄越せ!」
「日向先輩!今日は木吉先輩もいないのに
どうするつもりだ!……ですよ!」
「ダアホ火神!あんなやついなくたって
今日は優秀なセンターがいるじゃねぇか!」
「そ、そうは言っても……。
おい赤司!どうすんだよこの状況!」
「好きにさせておけ。
周りが何を言っても逆効果になるだけだ」
「誰か俺を助けてくれー!」
火神が間に入って場を収めようとするが、
一度入ったスイッチは簡単には止められない。
本来仲裁を担うはずの赤司も
そこへ介入しようとはせず、
火神の悲鳴が会場に響き渡った。
「なんだか荒れてるみたいですね」
その光景を他人事のように
ベンチから眺める黒子と、
その横に座っている花宮。
そしてその時、花宮はニヤリと笑う。
木吉鉄平が嫌悪するあの笑顔で。
「なに、これも狙い通りだ。おい!マーク交代だ!」
試合再開の笛が鳴ると、
日向のところにボールがやってくる。
そこへディフェンスがつくのだが、
日向のマークについたのは
笠松から変わった小金井だった。
同じ誠凛の選手であり、
共に死力を尽くして戦ってきた。
互いの手のうちは全て分かっている。
「打たせないぜ!」
「止められるもんなら止めてみやがれ!コガ!」
今の日向はスイッチが入っている。
緑間、実渕、氷室と並んで高校シューターの中で
トップクラスの命中率を誇る状態だ。
純粋なシュートの精度もさることながら、
ボールを構えた体勢から
後ろに引いて投げる不可侵のシュートは
陽泉との試合でも力を発揮していた。
試合自体は陽泉の勝ちだったが、
この日向のシュートだけは
最後まで誠凛の貴重な得点源だった。
いくら同じ高校の選手で
毎日のように見ていたとしても、
日向のシュートは止められない。
日向自身もそれだけの自信を持っている上、
小金井も日向と自分との実力差を
身に染みて実感していた。
……だからこそ、という訳でもないが、
花宮はそこに勝機を見出した。
(悪いな日向……俺、負けらんねぇんだ)
「……っ!?」
構えた姿勢から下がって放つ日向のシュート。
不可侵という名に相応しいシュート。
日向の指を離れたボールは、
吸い込まれるように小金井の手に阻まれる。
「馬鹿な…あのシュートに追いつくというのか!?」
日向は何が起こったのかまるで分からない、
という表情を浮かべているが、
日向と同じSGのポジションにして
ベンチから一部始終を見ていた緑間には、
その異様さを理解することができた。
火神という天敵がいたために
直接対決をした回数は多くないが、
公式戦では今の誠凛と二度も戦い、
日向の実力を知った上でその強さを認めている。
普通のブロックでは止められないフォームで、
それを止めることは緑間でも苦労する。
……はずなのに、彼は最初のワンプレイで止めた。
「ふはっ!ふははは!
まさかいきなり止めてみせるなんてな!
どんだけ恋敵を潰したいんだよ!」
高笑いする花宮。
その笑い声など誰も気にしない。
小金井がボールを奪って点を取り、
会場が盛り上がる中で日向だけが静寂だった。
(止められたのか…?俺が?誰に?コガに……?)
「おいプッツンメガネ!」
「日向先輩!」
もはや誰の言葉も届かない。
やっと我に返ったところで、
日向の目はボールではなく人を探した。
チーム赤司のベンチの正面、観客席の最前列。
鉄の心を持つ彼の隣りに座っているのは、
日向が密かに想いを寄せる彼女。
この試合で活躍したら気持ちを伝えようと
心に決めたはずの彼女。
『俺、カントクのこと好きかも』
脳裏に蘇るのは小金井の言葉。
ウィンターカップでベスト4まで勝ち進み、
陽泉との準決勝を控えた前日の夜に
ポツリと呟かれた言葉だった。
(なんで、今更……!)
このままではマズイと思った。
だから、陽泉に勝って、決勝も勝って優勝したら
真っ先に想いを告げようとしていた。
しかし、陽泉に負けてしまったことや、
その後にアメリカのストバスチームとの
控え選手に呼ばれたことなどから、
例の全裸告白罰ゲームが先延ばしにされて
想いを伝える機会を失っていた。
ただ、罰ゲームではない本気の気持ちで
告白しようとしたから今日を待った。
今日活躍したら好きだと言おうと誓った。
「おーっと!チーム花宮の小金井君が
またも日向君のシュートを止めました!」
ダメだ、こんな体たらくでは。
しかし、小金井のブロックから逃げられない。
こんな惨めな姿を彼女に見せたくない。
「日向……やっぱ俺、カントクが好きだわ」
(やめろよコガ、それ以上…それ以上は言うな……)
確かに才能の片鱗はあった。
桐皇との試合で、小金井はゾーンに入っていた
青峰のドライブを一度だけ止めたのだ。
火神や青峰と同じ『野生』。
自らの意思で野生の勘を使えないことで
小金井は自分に自信を持てなかったが、
黒子に呼ばれて花宮の下で特訓を積んだ結果、
野生を引き出すことに成功した。
そして、今なら彼女も振り向いてくれると
自信を持つことができた。
「俺、リコに告白しようと思う」
彼女にとって日向はそういう相手ではない。
それは日向が最も理解していることだ。
だから彼女に意識してもらうために
今日までバスケに打ち込んできた。
「やめろ…それだけは……!」
走り去っていく小金井の背中に
精一杯手を伸ばす日向であったが、
その指先は何も掴むことができなかった。
そしてその瞬間、彼の中の何かが折れる音がした。
「ここでチーム赤司がタイムアウトを取りました!
今日の試合絶好調の小金井君をどのように
止めるのか期待しましょう!」
小金井の活躍もあって、
スコアは44対38と縮まった展開。
チーム赤司のベンチの雰囲気は最悪だった。
目の光を失った日向を
青峰が今にも殴り飛ばしそうだったが、
日向を止めている小金井には
青峰自身も止められた過去があるので、
強く出ることができなかった。
「真太郎、出番だ」
「……いいのか?こんな形で彼を下げて」
「ああ、どの道彼はもう使えないからね」
非情とも言える赤司の判断だったが、
それに異を唱える者はいなかった。
日向も甘んじてそれを受け入れ、
そしてもう何も見ないように、
いや、これ以上彼女に何も見せないように、
誰にも何も言わずにベンチから姿を消した。
「まずは一人……予定通りだ」
「つまり、次は俺の番ということかい?」
「あぁ、存分に暴れてくるといい」
タイムアウトが明けると、
会場の空気がまた少し変わる。
好調だった小金井が下げられ、
再び氷室がコートに現れたからだ。
「最初に手を出すなら彼だと思っていたよ。
次の獲物は大我かな?」
「さあ、なんのことだか分からねぇな」
花宮は不敵に笑う。
───────────────────
タイムアウト明け最初の得点は青峰だった。
まだゾーンに入っていないということは、
彼にとっての脅威となる存在が
チーム花宮にいないことを意味する。
一貫して今吉がマークについているが、
黒子のヘルプもない彼では
ボールに触れることすら難しい。
「ホンマ堪忍やで、止められへんわ」
「だから言ってんだろ。
あんたじゃ俺を止めらんねぇ。
……俺に勝てるのは俺だけだ」
桐皇と誠凛の試合は結果こそ
誠凛が勝利を掴んだものの、
それは試合直前に桐皇の桜井が
体調を崩したことが大きく影響している。
試合の途中で火神もゾーンに入ったとはいえ、
最初から最後まで青峰の方が上であった。
だからこそ青峰は火神や誠凛に
負けたと心から認めている訳ではない。
「大輝、お前はまだ本気を出すな。
ここからは大我に攻めさせる」
「あ?なんでだよ赤司。
あいつなんかより俺の方が点取れるっての」
「そんなことは関係ない。
先輩の敵討ちがしたいという彼の
意志を尊重したいだけだ」
「んだよ、お前がそんなことを気にするとか、
珍しいこともあるもんだな」
「なに、ただの気まぐれさ。
今日の試合は盛り上がらないと意味がない」
今日行われている試合は
あくまでも日本の高校バスケを
盛り上げるために企画されたものだ。
アメリカのストリートバスケチームに
キセキの世代チームが勝ったことで
多くの人間がバスケに関心を持っている今、
一気にバスケファンとして引き込もうと
それぞれの高校の監督陣も協力した。
故に実現した今日の試合は、
純粋な勝ち負けよりも試合の盛り上がりが
注視されている。
「大我、ここからはお前にボールを集める。
しっかり点を取って突き放せ」
「おう!なんだかよく分かんねぇけど、
とにかく点を取りまくればいいんだな!」
第2Qからコートに出てきた火神。
桐皇との試合で青峰に影響されたことで
ゾーンに入ることを許された誠凛のエース。
キセキならざるキセキとして
その実力は赤司も認めており、
今日はこの試合のためにアメリカから
わざわざ戻ってきていた。
「そう簡単に点は取らせないぜ!大我!」
その火神のマークについたのは、
小金井から変わった氷室である。
少年時代を共にアメリカで過ごし、
バスケを通じて兄弟と呼び合った二人。
ウィンターカップ準決勝で
互いの兄弟のリングを懸けており、
陽泉が勝利したことで二人の友情は
終わりを迎えたかのように思われたが、
二人の師であるアレックスに諭されて和解した。
ただ、氷室はずっとわだかまりを抱えている。
確かに試合自体は陽泉が勝った。
しかし、チームで勝利したところで
氷室と火神の純粋なワンオンワンでは
氷室は完全に負けていた。
ゾーンに入った火神の人間離れした跳躍力で
陽炎のシュートを攻略されたのだ。
しかも火神は紫原を相手にする必要もあり、
二人の勝負なんてほとんどできなかった。
だからこそ氷室は終わりにしたくなかった。
しかし今、そのリベンジを果たす時がきている。
「今度こそ勝たせてもらうぜ!辰也!」
オフェンス火神、ディフェンス氷室。
そして、火神はいきなりゾーンに入る。
火神とて氷室と似たような気持ちだった。
アメリカにいた頃と同じように
二人だけの勝負をしたかったのだ。
チームの勝利を優先してしまった結果、
お互いがぶつかることが少なかったが、
この試合では他のメンバーと
獲物を奪い合うようなことは起きない。
だからこそ今度は最初から全力で、
悔いの残らないようにぶつかるだけ。
それにたとえガス欠になったとしても、
赤司が揃えた選手たちはどれも優秀だ。
火神にとっては屈辱的だが、
青峰も黄瀬も緑間もいるチームなら
安心して後を任せられる。
「火神の野郎、いきなりゾーンかよ」
「氷室さん、大丈夫でしょうか」
「安心しろ。技は仕込んである」
ゾーンに入った火神のスピードは
青峰でも追いつくことができない程だ。
紫原が未だに攻めに参戦しない分、
灰崎も氷室と共に守りにつくが、
それでも火神を止められない。
止められないならと氷室が
シュートで点を取ろうとするが、
フェイクも陽炎のシュートも
火神の跳躍力の前では無力だった。
チーム赤司が連続得点を重ね、
再び点差が開いていく展開になる。
「強い!強いぞ火神大我!
チーム花宮は誰も火神君を止められません!」
(……これが俺が辿り着けなかった領域か)
氷室が思い返すのはアメリカ時代の記憶。
バスケのバの字も知らなかった火神に
一から教えていた氷室はすぐに悟った。
いずれ火神は自分を超えるだろうと。
努力では埋められない才能の差が
自分と火神を分ける時がくるだろうと。
だからウィンターカップで消化不良に終わり、
この試合の相手チームに火神がいると知った時、
氷室はチャンスだと思った。
試合に勝つだけでは意味がない。
ワンオンワンで勝ってこそ、
全ての因縁を終わらせることができる。
やはり、自分たちは兄弟ではいられないのだ。
「これで終わりだ……!」
火神の最大の武器である跳躍力を
最大限まで使った必殺技、流星のダンク。
ゴールの上から叩きつけるようにボールを放るが、
ベンチにいる花宮がパチンと指を鳴らすと、
それに合わせて氷室もブロックに飛んだ。
(やはり届かないか……けど、これでいい)
氷室の頭の上をボールが通る。
ゴールネットが揺れて、ボールが落ちる。
火神と氷室の足がほぼ同時に床に着く。
二人の体が密着して、足が交差するように。
そして着地の衝撃を和らげようと
両者が膝を屈折させた瞬間、
火神の膝が悲鳴をあげた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!!」
火神が右の膝を抑えながら倒れ、
あまりの苦痛に表情を歪める。
すぐに審判や医療班が駆けつけるが、
火神に何が起こったのかを理解できた者は多くない。
「今のってまさか……!?」
「ああ、そういやあんたは誠凛だったな」
ベンチで体を休めていた小金井は
氷室と火神の接触に見覚えがあった。
そう、去年のウィンターカップ予選で
木吉が負傷したあの接触だ。
膝を交錯させることによって、
着地した際に相手の膝の関節をねじ曲げる。
キセキに並ぶ才能こそないが、
努力の天才と言われる氷室は
花宮の指導によってその技を修得したのだ。
たった一人の兄弟を潰すために。
「触るな!俺は…!俺はまだやれる!」
しかし、まさか氷室が意図して
そのような接触を仕掛けてきたのだと、
真っ直ぐな火神には分からない。
駆けつけた医療班を押し退け、
無理に立ち上がろうとする。
「大我、お前はもう下がれ。涼太を出す」
「黙れ赤司!俺はまだやれるんだ!」
赤司の制止さえ振り払い、
かろうじて続いているゾーンの感覚の中で
痛みを感じないように立ち上がった。
周りにいる人間も観客席にいる人間も
同情と心配の眼差しを向けるが、
そこへあえてゆっくりと氷室は近づく。
そして、火神と氷室の間柄を
ここにいる者の多くも知っているので、
場にいる全ての者が彼に託した。
「大我、もういいだろう。
そんな足じゃケガをするだけだ」
「まだだ!まだ俺たちの決着はついてねぇ!」
「いいじゃないか、そんなことはどうだって。
俺の目的はもう果てしてしまったんだから」
「目的…?辰也、お前一体何を言って───」
氷室が火神の体を抱きしめて、
二人にしか聞こえない会話の最後に
氷室は小さく呟いた。
「あばよ、兄弟」
次の瞬間には火神はゾーンから抜けて、
我慢していた分の痛みが
濁流のように押し寄せてきた。
意識さえ保っていられないような激痛。
鉄の心を持つ木吉さえ倒れた痛みに
火神は耐えることができなかった。
いや、痛みを感じていたのは膝ではなく、
心の方だったかもしれない。
火神は麻酔を喰らった猛獣のように、
眠るように意識を手放した。
「誰か、大我を医療室に!」
今は敵でも彼は兄弟だから、と言わんばかりに
心配そうな顔と声で氷室は叫んだ。
誰もが息を飲む状況となり、
試合の雰囲気はお通夜のようになる。
しかし、この試合は盛り上がらなければならない。
その使命感だけで実況はマイクを握る。
「不慮の事故はありましたが、
まだまだ試合は第2Qの後半です!
ここからチーム花宮が巻き返すのか、
それともチーム赤司が逃げ切るのか!」
審判も自分たちの仕事を思い出し、
ボールを灰崎に渡す。
抜けた火神の枠には黄瀬が戻り、
コートには再びキセキの世代が揃った。
「火神っち、大丈夫っスかねぇ」
キセキの世代の一人として最初に火神と戦い、
そして負かされた黄瀬は
誰よりも火神を認めている。
誠凛をベスト4に導いたのは間違いなく火神であり、
純粋な一人の力はキセキの世代そのもの。
黄瀬が完全無欠の模倣を可能とし、
ゾーンに入ることができたのも
火神という後発の存在に影響されたからだ。
「てめぇは自分の心配をするべきだぜ?黄瀬」
「あれ、俺のマッチアップは笠松先輩っスか。
お手柔らかに頼むっスよ」
「バカ言え。てめぇ相手に手ぇ抜ける程、
俺は自惚れちゃいねぇよ」
黄瀬の前に現れたのは笠松だ。
同じ海常高校の先輩後輩という関係にある二人だが、
才能と美貌を持ち合わせている黄瀬を
笠松はよく蹴り飛ばしていた。
しかし、今度は黄瀬が笠松を睨む番だ。
「誠凛の日向先輩に火神っち……。
笠松先輩、俺はどうにも二人が
ただの偶然で折れたとは思えないんス」
緑間と同様に黄瀬も全てをベンチから見ていた。
スイッチが入った状態の日向の
最初のシュートを狙い撃つように
小金井をマークにつかせたことや、
その直後に日向の戦意が喪失したこと、
そして何より火神の膝と心を折ったこと。
全てが偶然だと黄瀬には思えない。
しかし、笠松も表情を崩さない。
これから何をするつもりなのか
覚悟を決めている人間というのは、
少しのことでは動揺しないものだ。
「へえ?偶然じゃなかったらなんだ?
俺たちがわざと接触を起こしたって?」
「いえいえ、そう怖い顔しないでくださいよ。
たとえ霧崎第一の悪童がいるにしても、
あの黒子っちがあんな手段を
認めるはずがないんスから」
黄瀬が視線を向けるのはチーム花宮のベンチだ。
かつてのチームメイトである黒子と、
彼の横に座る悪童、花宮。
黄瀬とて相手チームの情報を
試合前に確認することだってある。
花宮が、霧崎第一がこれまでの試合で
何をしてきたのか、黄瀬は知っている。
それと同時に黒子のことも知っている彼は、
花宮と黒子の意見が食い違った時、
黒子の方が勝つだろうと確信している。
でなければ彼が黄瀬たちと並んで
キセキの世代、幻の6人目などと呼ばれはしない。
ただ特異な能力があるというだけで
名を連ねることができる程、
キセキの世代は甘くないのだから。
「……黄瀬、お前の先輩として、
最期に一つだけ助言をしておいてやる」
「お、なんスかなんスか?
バスケで絶対に勝てる方法とかっスか!?」
試合再開の笛と同時にボールを受け取る笠松。
正面には黄瀬。パスを出せる状況ではある。
しかし、笠松は一歩も逃げの姿勢を見せない。
高校バスケ界トップのドライブで
黄瀬との真っ向勝負を選んだ。
「人は変わるぞ」
「───っ!?」
黄瀬とて笠松の実力は把握していた。
海常に入ってからというもの、
一番多くワンオンワンをしてきたのは笠松だ。
ウィンターカップの初戦で秀徳と
ギリギリの試合をすることができたのも、
笠松の冷静な判断力や突破力があったからだ。
無冠の五将さえ圧倒できる程の
実力が笠松にはある。
そのことは黄瀬が身に染みて感じていた。
だからこそ油断などしていなかった。
……しかし、黄瀬の横を風のように
抜けていく笠松の横顔を初めて見た。
「抜いたー!チーム花宮の笠松君が
黄瀬君のマークを正面から抜きましたー!」
「何やってんだ黄瀬!!」
青峰を彷彿とさせるような笠松のドライブに
青峰本人も驚きを隠せない。
しかし、黄瀬のフォローに入ろうとした瞬間、
今吉の体がそれを阻む。
「邪魔すんな陰湿メガネ!」
「まぁまぁ青峰、よぉ見とけや」
第2Qが始まった最初の攻撃は
笠松がドライブで切り込んだ末に
紫原のブロックに捕まった。
今はその時と全く同じ構図だ。
依然として灰崎が紫原を抑えているものの、
ゴール付近は紫原の防御範囲内だと
感覚で理解させられている。
しかし、笠松はそれに臆することなく
突っ込んでいき、シュートモーションに入った。
「あ〜、もう、黄瀬ちんも峰ちんも何やってんだか。
これじゃ俺が止めるしかないじゃん」
「この馬鹿力が……!」
灰崎の存在を力づくで無視するように、
紫原の一歩が笠松に迫る。
地球さえ鷲掴みにできそうな手が伸びる。
そして次の瞬間には、ゴールネットが揺れていた。
「紫原の正面から決めたというのか……!?」
「鮮やかなシュートだったよ、笠松先輩」
紫原の手は確かに伸びていた。
もしあの場面で普通にシュートを打っていたなら、
間違いなく捕まっていただろう。
しかし、笠松が放ったシュートは
まるで氷室の陽炎のシュートのように
紫原の手をすり抜けてゴールに入っていた。
「何なの、今のシュート……!」
紫原は怒りの表情を浮かべている。
ここまでにいくらか点を取られているが、
それらはどれも紫原のディフェンスの
範囲外からのシュートだった。
青峰でさえ紫原の正面から
点を取るのは難しいというのに、
笠松は見事に決めてみせた。
「氷室直伝のシュートを俺なりにアレンジしたんだ。
まるで残像が残ってるみたいだったろ?」
氷室の陽炎のシュートは空中で二度の
リリースポイントを設けることで
相手のブロックをすり抜けるが、
今の笠松のシュートはそれをアレンジしたもの。
名付けて残像のシュート。
彼の速いドライブに意識を向けがちだが、
笠松が最も得意としているのは、
青峰のようなフルスピードからの
ターンアラウンドやフェイダウェイシュートだ。
これまでもそれは披露していたが、
今回のそれは今までのキレの比ではなかった。
感覚的には日向の不可侵のシュートに近いが、
ただ後ろに下がる日向とは違い、
高速のドライブで近づいてから下がるので
相手の目にはその残像が映るのだ。
「厄介な敵を作ってくれたね、室ちん」
「お褒めに預かり光栄だ。けど、本番はここからさ」
ここで第2Qの終わりを告げるブザーが鳴る。
スコアは依然としてチーム赤司がリードしているが、
決して挽回できない程の差はついていない。
それぞれがここまでの試合を振り返り、
ここからどう戦うのか改めて話し合う。
「笠松先輩のシュートには驚いたけど、
一度見てしまえばこっちのもんスよ。
あれならすぐに模倣できるっス」
「へっ、お前がいなくたって俺一人で
全員ぶっ飛ばしてやるよ」
「油断するなよ青峰。
今日のあいつらは何か違う気がするのだよ」
「あ?何かって何だよ」
「分からん…。分からんが、危険な気配だ」
「確かに火神が潰れたのにはビックリしたけどよ、
もし花宮の指示であんなことをやったんなら
他の奴に同じ手は通じねぇし、
なによりあのテツが黙ってるはずがねぇ。
プッツンメガネも火神も、ただの偶然だ」
「それもそうだが……」
「まあまあ、それは俺たちが警戒してれば
済む話じゃないか。それよりこれから点差を
縮められないようにどうするか話し合おうぜ」
第2Qだけで二人の心が折られたことで
神経質になっている緑間と、
黒子のことを信じている青峰の衝突。
その一触即発の雰囲気を和ませたのは、
赤司に呼ばれてわざわざアメリカから
来てくれた虹村修造である。
キセキの世代の先輩であり、
誰よりも早く彼らの才能を見抜いた虹村。
父親の病気の治療のためにアメリカに渡り、
今もまだ父親は入院しているが
今日の試合には行ってきなさいと背中を押された。
「……メンバーはこのままでいく。
涼太、第3Qに入ったら全力で点を取りにいけ」
「いいんスか?全力なんて出したら数分で
使い物にならなくなるっスよ?」
「構わない。控えはいる。
ただし、できるだけ差をつけろ」
「了解っス!」
チーム赤司は黄瀬に全力を出させて
流れを渡さないという小細工無しの真っ向勝負。
ストバスチームとの試合でも
大活躍を見せた黄瀬の全力は、
短時間ながら他のキセキの世代をも圧倒する。
それに対してチーム花宮がどうするかだが、
こちらは小細工てんこ盛りだ。
「日向に火神。少し予定より遅れちゃいるが、
概ね思い描いた通りの展開だ。
第2Qの終わり方的にも第3Qは
黄瀬か紫原に本気を出させるはずだからな、
そこを遠慮せずに叩きに行け。
いいか黒子、ここからはお前が鍵だ」
「はい、任せてください」
休憩時間を挟んだ第3Qが始まる。
チーム花宮は今吉を下げて黒子を出し、
黄瀬と紫原を注視する。
「やっと出てきたな、テツ」
「ここから少し本気を出すので、
覚悟しておいてください」
「へぇ…言うじゃねぇか。
……って、てめぇ何の真似だ!?」
第3Qのボールはチーム赤司から。
紫原から黄瀬にボールが渡されて
笠松がマークにつくのだが、
黒子が青峰のマークについていた。
今吉がベンチに下がった以上、
その代わりとして他の誰かが
青峰のマークにつかなくてはならないのだが、
まさかそれが黒子だとは思わなかった。
なぜなら黒子という選手の都合上、
本来自分の姿は隠さなくてはならないのだから。
しかし、この試合展開においては
黒子のプレイには確かな意味がある。
「そんじゃ…行くっスよ!」
赤司の指示通り、黄瀬はゾーンに入る。
青峰のドライブや赤司の天帝の眼までも
模倣することができる完全無欠の模倣と
ゾーンの組み合わせはまさに最強。
笠松一人のマークでは当然止められず、
逆にチーム花宮からの攻撃は黄瀬一人で
止められてしまう状況となった。
あっという間に開いていく点差。
しかし、この状況も花宮の計算通り。
黄瀬のガス欠を待つという選択肢もあるが、
花宮は正面から黄瀬を叩き潰す道を選んだ。
「あの灰崎がダブルチームだと……!?」
試合が始まってからずっと紫原の
マークについていた灰崎が
笠松と共に黄瀬のマークにつく。
未だゴール下から動く気配のない紫原の
マークを捨てて黄瀬相手にダブルチームを組むが、
灰崎が誰かと足並みを揃えるという光景に
驚かない物は一人もいなかった。
「あの祥吾がここまで変わるとはね。
やはりお前たちの話を聞きたくなった」
「へっ、そりゃどうも。
けど、それは俺たちに勝ってからにしろよな」
花宮と変わった高尾は赤司と言葉を交わす。
そして今、黄瀬対笠松と灰崎の
熱い戦いが繰り広げられようとしている。
「涼太、悪ぃけどお前からもらうことにしたわ。
キセキの世代の座をよぉ」
「奪えるもんなら奪ってみろよ!」
ウィンターカップ初戦、福田総合と桐皇の試合で
灰崎は青峰に宣戦布告していた。
灰崎が帝光バスケ部から去ってから
キセキの世代という名前が広がり始め、
その名前欲しさに青峰に噛みついたのだ。
しかし、結果は桐皇の圧勝に終わり、
試合後に青峰から
「お前は黄瀬にも勝てねぇよ」
と言われたことで灰崎は心を折られた。
それでもバスケをやめる気にはなれず
一人ただ黙々とボールと触れ合っていた時、
彼の元へ黒子がやってきたのだ。
共にキセキの世代を潰しませんか、と。
黒子から今回の試合の話を聞いた灰崎は
これ好機と招集に応じるのだが、
元より粗暴な性格をしていたために
他のメンバーとの連携プレイができず、
チームの空気を悪くする一方だった。
しかし、そんな中で一人だけいたのだ。
味方へのパスすらカットしてしまう程に
自分勝手なバスケをする灰崎と
肩を並べてプレイすることができる選手が。
「灰崎、しっかりついてこいよ!」
「わーってるよ。お前こそケガしても知らねぇぞ?」
特に癖の強いメンバーばかりが集まっている
海常の元キャプテン、笠松だ。
元キャプテンなら今吉もいるが、
ただまとめる力があればいいということではなく、
灰崎と笠松にはある一点が共通していたのだ。
それが今、彼らと向かい合っている黄瀬である。
灰崎と入れ替わるように帝光バスケ部の
レギュラーになり、後にキセキの世代として
名を馳せることになった黄瀬。
ウィンターカップ初戦、修徳との試合で
完全無欠の模倣を覚醒させたものの、
自分一人で全てを担おうとした黄瀬。
灰崎と笠松が黄瀬に求めるのは一つ。
キセキの世代の地位を奪うことだ。
「退くっスよ!二人共!!」
ダブルチームに怯むことなく、
黄瀬は全速のドライブで切り込んでいく。
笠松と灰崎は全力で喰らいつくが、
やはり完全無欠の模倣とゾーンの両方を
覚醒させている黄瀬の前に圧倒される。
たとえチーム花宮5人で止めようとしても
止められない黄瀬の勢い。
しかし、そんな中で切れるカードが2枚、
チーム花宮には残っていた。
「灰崎君!」
コートのどこからか聞こえた声。
それが灰崎の耳に届いた瞬間、
彼の中に眠っていた『本能』が目を醒ます。
「灰崎がゾーン!?ありねぇだろ……!
テツ!てめぇら、あいつに何した!」
ゾーンとは、凡庸な才能ではなく
本物と呼べる才能を持つ者しか入れない領域だ。
それも前提として心の底からバスケを好きだという
感情を持っていなければならない。
確かに灰崎は他の者とは一線を画す
強奪という特別な才能を持っているが、
非凡であるだけでキセキの世代と同じステージに
立てている訳ではなかった。
実際、彼は本物の才能を持つ青峰相手に
手も足も出なかったのだから。
しかも中学時代には素行の悪さもあり、
彼がバスケを心から好きだなんて
誰も思っていなかった。
「僕は何もしてません。
ただ、僕らが思っていた以上に
灰崎君がバスケを好きだっただけです」
しかし、灰崎はゾーンに入っている。
帝光でレギュラーになれる実力は
ただ才能があるだけでは手に入らない。
もし、キセキの世代という言葉が
もう少し早い時期に登場していたなら、
きっとそこには灰崎の名前があっただろう。
「いーな、これ」
灰崎がボールを持つと、黄瀬が守りにつく。
すぐ近くに笠松も控えているが、
灰崎はパスを出さずに突っ込んでいく。
青峰と同じ速さ、赤司と同じキレ。
他を圧倒する灰崎のドライブ。
しかし、黄瀬を抜くことができない。
互いにゾーンに入った状態であれば
いい勝負ができただろうが、
今の黄瀬はゾーンに加えて完全無欠の模倣を
覚醒させている状態だ。
いくら灰崎がゾーンに入ったところで、
それだけで黄瀬を上回ることなどできない。
だが、灰崎は一人ではない。
「……っ!?」
「俺を忘れんなよ!」
灰崎がドライブで左右に揺さぶった瞬間、
黄瀬の右サイドを笠松が塞いだ。
そして、黄瀬を抜いた灰崎は勢いのままに
紫原のディフェンスも抜いてゴールを決める。
「へへ……そうこなっちゃ、面白くないっス!」
すぐに黄瀬は攻撃に意識を向ける。
灰崎と笠松がマークにつくが、
灰崎がゾーンに入ったことで
ディフェンスの厚みは全く違う。
それでも元より攻撃を得意とする黄瀬を
たった二人で止めることはできない。
そこで、チーム花宮はもう一枚のカードを切る。
「っ!?黒子っち!?」
黄瀬が灰崎と笠松を抜いた直後、
黒子のバックチップがボールを弾く。
この試合の最初に青峰のドライブを止めたように、
今度は黄瀬のドライブを止めた。
灰崎、笠松、黒子の三人がかりだが、
全開の黄瀬を確かに止めたのだ。
そしてその事実は、黄瀬の心に隙を生む。
ボールを拾った灰崎がゴールを決めて
再び黄瀬がボールを持つと、
もう一度道を切り開くために前進する。
「黄瀬!一旦戻すのだよ!」
緑間の制止も虚しく、黄瀬は突き進む。
灰崎を抜き、笠松を抜き、そして黒子の
スティールも躱してダンクのために飛ぶ黄瀬。
しかし、その後ろから伸びる手に気づかない。
「───奪うって言っただろ?」
灰崎の手がボールを弾くと、
黄瀬は空中でバランスを崩した。
ゴールは目の前にあるというのに、
自分の手からボールが離れていく。
そして倒れるようにコートに手を着くと、
雷にでも打たれたような激痛が走る。
「ぐっ……!!」
「黄瀬!しっかりするのだよ!黄瀬!」
コートに倒れたまま起き上がらない黄瀬。
すぐにたくさんの人が駆けつけるが、
右の肘を抑えながら呻き声をあげている。
倒れた時の衝撃の影響なのか
黄瀬のゾーンは切れており、
もはやバスケができる状態ではなかった。
「どう…して……!」
悲痛な声と共に涙を流す黄瀬。
会場にいる誰もが同情するが、
それでも試合をやめる訳にはいかない。
「涼太、あとはボクたちに任せて下がれ」
「でも…赤司っち……!」
「お前が活躍してくれたおかげで
十分な点差がついている。
だから大人しく休んでいろ」
ヘルプにきた医療班に連れられて、
黄瀬は泣きながらコートを去った。
しかし、日向、火神に続けてキセキの世代である
黄瀬までケガで退場となれば、
観客たちの間に不穏な空気が流れる。
ただ運命がそうしているだけであったなら
受け入れることもできるのだろうが、
それならどうしてチーム赤司の人間だけが
相次いでケガをしているのか。
それに加えて、ケガ人が出ながらも
一切動じないどころか毅然と振舞っている
チーム花宮のメンバーは普通ではないだろう。
そして、その疑念に怒りを帯びさせながら
チーム花宮の選手に向かう者がいた。
「おい灰崎!てめぇ、今のわざとだろ!」
キセキの世代のスコアラー、青峰である。
青峰は今にも殴りそうな勢いで
灰崎の胸ぐらを掴むと、鋭い眼光で睨みつける。
しかし、灰崎は表情を崩さない。
「言いがかりはやめろよ大輝。
俺がわざとぶつかったっていう証拠でもあんのか?」
「舐めたこと言ってんじゃねぇぞ!
今のタイミングならてめぇでも
ぶつからずに止めれただろうが!!」
「だからその証拠があんのかって言ってんだよ。
誰でもお前みたいに思い通りに
体を動かせると思うなよ?」
「灰崎…!今ここで殺されてぇみてぇだな……!」
灰崎の飄々とした態度に青峰の感情は
怒りの割合が大きくなっていく。
固く拳を握りしめて、振りかぶる。
しかし、その拳が振り抜かれることはない。
「やめろ、大輝。お前までいなくなられたら
勝てる試合も勝てなくなる」
「だからってこのまま黙ってられっか!」
「───大輝」
「……っ!」
赤司がキセキの世代のキャプテンを
務めることになったのは、
彼にそうさせるだけの魅力があったからだ。
他を寄せつけず、付き従わせるカリスマ。
それが赤司にはある。
あれだけ怒りを露わにしていた青峰を
ただ名前を呼んだだけで黙らせるだけでなく、
ついでと言わんばかりに灰崎を睨む。
「……くそ!」
青峰は突き放すように灰崎から手を離し、
逃げるようにその場を後にする。
そして、ある男はただじっと黒子を見つめていた。
───────────────────────
黄瀬の枠には虹村が入り、
第3Qもそろそろ中盤に差し掛かる。
しかし、どちらに点が入ろうと
もう観客たちは拍手と歓声をあげない。
ただ一瞬でも早く試合が終わることを願い、
これ以上誰もケガをしないように祈る。
「全く、嫌な試合なのだよ」
「そうかい?俺は楽しいけどな」
「こんな試合のどこが楽しいのだよ……!」
観客の声が途切れようと、
コートの中にいる選手は一生懸命だ。
特に怒りの中でも冷静さを見失わない緑間は、
せめてこの試合を勝利に終わらせようと
誰よりも愚直にボールを追いかけ、
先程から連続で3Pシュートを決めている。
そしてそんな緑間の頑張りを見て、
赤司は一つの発想に至る。
「真太郎、あれをやる」
「正気なのか赤司。今の点差なら無理をせずとも
俺たちの勝利が揺らぐことなどないはずなのだよ」
「だからこそだ。ここから更に引き離して
奴らの戦意を削げば、これ以上のケガ人も出ない」
「それもそうだが……」
緑間は納得いかない表情をしていたが、
最終的には赤司の決断に従った。
すでに十分すぎる程に緑間の高弾道シュートは
脅威を発揮しているが、チーム花宮からの妨害を
これ以上広げないためにも、
勝負しなければならないことがある。
「まさか…あれをやる気か……!?」
その作戦に最も早く気がついたのは高尾だ。
誰よりも練習して、誰よりも彼との連携を
極めてきたと自負している分、
あの時の衝撃は大きかった。
シュートモーションを崩されない限り
100%の確率でシュートを決める緑間が
ボールを持っていない状態でモーションに入り、
空中でボールを受け取って放つ離れ技。
───空中装填式3Pシュート。
緑間のシュートが天を舞う。
「チーム花宮!ここでメンバー交代です!」
普通のフェイクも交える中で
あのようなシュートを打たれたら、
とても一人では止められない。
一貫して氷室がマークをしているが、
点差は開いていく一方だ。
それを止めるべく、第2Q以降控えに
回っていた花宮が氷室に代わって出てくる。
「皆さん!諦めてはいけません!
最後まで諦めなければ必ずチャンスはきます!」
いつものようにわざとらしい台詞を吐いて、
花宮が緑間のマークにつく。
「……俺までやられる訳にはいかない。
止めれるものなら止めてみるのだよ」
「何か勘違いしてるみてぇだが、
お前を潰すのは俺の役目じゃねぇ。
俺はただ、お前らの連携を崩すだけだ」
「ふんっ、舐められたものだな。
貴様如きに俺と赤司は上回れんのだよ」
火花を散らす緑間と花宮。
そして、この二人が揃う時を
今か今かと待ちわびていた男がいる。
「そんじゃ、いくぜ!」
緑間と同じ秀徳の一年生レギュラー、高尾だ。
ここまでの試合の中では
第2Qから花宮の代わりに赤司をマークし、
広い視野でパス回しの中心を担っていた。
緑間のとっておきであり最終手段である
空中装填式3Pシュートの産みの親であり、
緑間が初めて心から信頼した選手でもある。
……だがあの日、緑間と赤司の連携を
見せつけられたあの試合で、
高尾の中の何かが砕けたような気がした。
嫉妬さえ通り越した醜い感情に支配され、
いつかこの手で赤司を壊したいと思った。
高尾が今日ここにいるのは単に、
復讐とも言える逆襲をするためだ。
「花宮さん!黒子!」
PG同士の高尾と花宮の連携は凄まじく、
更にそこへ黒子の中継が入れば
たとえ赤司でもカットできない。
チーム赤司のディフェンスをすり抜けて、
息をする間に点が入る。
「少しくらい本気を出したところで、
ボクを超えるなど百年早い!」
取られたら取り返すまで。
ボールを受け取った赤司が青峰顔負けの
鋭いドライブで切り込んでいく。
高尾や灰崎がディフェンスにつくが、
天帝の眼を持つ赤司のドリブルの前に
膝を着くのが精一杯だった。
しかし、赤司がそのまま決めるかと思われた瞬間、
遥か後方で緑間がシュートモーションに入る。
全員の意識がゴール付近に向いた一瞬を突いて
3Pシュートを放つつもりだ。
そして、赤司のノールックパスが
緑間の手に吸い込まれていく。
「言っただろ、てめぇらの連携を崩すって」
赤司のパスを止めたのは花宮だ。
花宮は赤司がボールを投げたほぼ直後、
緑間の手という高い場所に届く前を狙って
パスをカットした。
「……っ!?」
赤司はただ未来が見えるだけではない。
高尾の鷹の目や伊月の鷲の目を凌駕する程の
PGとしての広い視野を持っている。
たとえ花宮の頭脳が他の人より
何倍も優れているからと言って、
赤司の裏をかくことなどできない。
しかし、そこへ他の人の介入があれば、
最初の一度くらいは赤司を出し抜けると踏んだ。
「赤司……!」
そして、赤司からのパスをカットされ、
赤司の動揺まで感じ取った緑間は、
着地した瞬間にホンの僅かに反応が遅れた。
「───待ってました、この時を」
「……っ!黒子…!?」
赤司のパスがカットされるなど、
選手も観客も誰も予想していなかった。
だからこそ、花宮がボールを掴んだ時、
審判も含めた会場にいる全ての人間の目が
花宮の次の行動に集まった。
花宮たちが全力で掴み取ったその一瞬。
黒子の手は緑間の左手に届く。
「緑間!おい!どうした!
何をボサっとしてやがる!」
花宮がドライブで反撃していくのを
止めようとする青峰や虹村。
しかし、またも現れた黒子と高尾の
連携によって得点を許す形となった。
そして、コートの中に呆然と立ち尽くす緑間は
痛みを堪えるように左手の指を握りしめている。
「やってくれたな…黒子……!」
黒子を睨みつける緑間。
すでに左手の中指と薬指は青くなっており、
割れた爪から血が滲んでいた。
会場の全ての目が花宮に向いた瞬間、
黒子はボールには目もくれずに
審判の死角に入り込むと、
叩きつけるように緑間の左手を狙った。
ボールへの爪のかかり具合を
何より大切にしている緑間にとって、
利き手の指をケガすることは骨折と同義だ。
明らかに意図的だった黒子のプレー。
審判に見られていたなら
間違いなくファウルを取られていただろうが、
黒子は霧崎第一に入学してからというもの、
審判の目を盗む練習を積んできたのだ。
全ては、キセキの世代を潰すために。
「黒子……これが、こんなものが、
お前のしたかったバスケなのか!?
何がお前を変えてしまったのだよ!
答えるのだよ!黒子!」
「すいません、緑間君。
僕は……バスケが嫌いなんです」
緑間の異変に気づいた虹村がタイムを取り、
それぞれのチームがベンチに戻る。
第3Q終了まであと40秒。
幸い、緑間のケガ自体は軽いものであるため、
応急処置をすれば出られそうだが、
もういつもと同じ精度のシュートは打てない。
控えの日向は姿を消している上、
火神も黄瀬ももう出られないとなれば、
もうチーム赤司に控えの選手は
秀徳の大坪しか残されていない。
ならば緑間を下げて大坪を出すしかないと
誰もがそう思った時、
ここまでほとんど発言のなかった彼が口を開く。
「あのさー、もういいんじゃない?
火神も黄瀬ちんもいなくて、
みどちんもこれじゃあ試合になんないでしょ」
家族用パックのポテトチップスを持ちながらも、
紫原の手はポテチを掴んでいない。
彼なりに緑間のことを案じているのだろうが、
覇気のない表情とオブラートに包まない言い分は
トゲのようにチーム赤司に突き刺さる。
「てめぇ、何言ってんだ紫原!
あんな奴ら、俺一人いれば十分だろうが!」
「そりゃあ、峰ちんが本気になれば
そうなんだろうけどさー、
黒ちんたちがやってるのはもうバスケじゃないよ?
これ以上やってもケガするだけでしょ」
「だからってこのまま引き下がれっか!
テツはあんなことやる奴じゃねぇよ!」
「青峰、俺も認めたくはないが、
黒子は確かに意図的に手を当ててきたのだよ。
丁寧に俺の左手を狙ってな」
「んなもん信じらんねぇよ!
いいから次からは全部俺にボールよこせ!」
チーム赤司のベンチの雰囲気は最悪だった。
ケガを負わされた緑間や諦めた紫原、
それでも黒子のことを信じたい青峰。
どちらの言い分が正しいということはない。
ただ、そこに正義もなかった。
「まあまあ、落ち着けよお前ら。
ここで言い争ったところで何も変わんねぇよ」
虹村のおかげでなんとか場は収まるが、
根本的な問題は何も解決していない。
タイムアウトもあっという間に終了してしまい、
結局テーピングで指を固定した緑間が
そのまま試合に出ることになった。
(ごめんよ真ちゃん、俺の復讐に巻き込んじまって。
この試合が終わったらいつものリアカーで
家まで送っていってやるからな)
表情に力の入っている緑間を見て、
高尾は心の中で謝罪する。
しかし、彼らの試合はまだ終わらない。
「来い……俺一人で相手してやるよ!」
ここで終わらせてなるものかと、
青峰はゾーンに入る。
第3Qももう終わるこのタイミングで入れば、
クールタイムを挟むことで
第4Qのほとんどをゾーンに入った状態で
プレイすることができる。
「……絶対は、ボクだ」
そして、青峰の気迫に触発されたのか、
赤司もまたゾーンに入った。
キセキの世代最強のスコアラー青峰と
絶対的司令塔の赤司の同時覚醒。
灰崎ももう一度ゾーンに入るが、
試合開始から出ずっぱりな上、
黄瀬との死闘を繰り広げていた灰崎では
二人に追いつくことすらできない。
結果、第3Qが終わる時には
82対58というスコアになっており、
もはや勝敗は決したと言ってもいい。
しかし、チーム花宮のベンチは
そんなことを気にしてはいなかった。
「黒子、お前も上手くなったな」
「ありがとうございます。
これも花宮先輩のおかげです」
「俺はホンの少し手助けしただけだ。
物にしたのは純粋なお前の努力さ」
20点以上のスコア差に加えて
赤司と青峰、紫原にはゾーンに入るだけの
体力が十分に残っているとなれば、
もはやチーム花宮に勝ち筋はないのだが、
そもそも最初からチーム花宮に
この試合で勝とうという意思などなかった。
「花宮、俺はもう出れねぇぞ」
「分かってるよ、むしろここまでよくやった。
もうお前は立派なキセキの世代だ」
「だけどよ花宮、まだ青峰も赤司も紫原も
ピンピンしてるんだぞ?
ここからどうするつもりだ?」
「そう心配しなくても大丈夫ですよ笠松先輩。
全部予定通りですから」
最後の第4Qに入る前の作戦会議で、
花宮はメンバーの選出と作戦を告げる。
これで本当の最後。
彼らが抱いていた負の感情全ての精算を行う。
それぞれのチームが再びコートに出てくるが、
そこには殺伐とした空気が漂っていた。
「黒ちんさー、1個だけ聞いていい?」
「何ですか、紫原君」
場を繋ぐような実況の声が会場に響く中、
黒子に話しかけてきた紫原は
何やら難しそうな顔をしている。
ここまでの試合を見ていて、
様々なことに無頓着な紫原でさえ
何か思うことがあったのだろう。
「黒ちん、バスケやってて楽しい?」
その質問は以前、黒子が紫原に聞いたことだ。
帝光時代、次々にその才能を開花させて
個人プレイだけでバスケをやっていた
彼らキセキの世代の中で、
特に紫原はバスケに対する物足りなさを感じていた。
バスケ人生において全く正反対の
道を歩いてきた黒子と紫原は、
決して人間性としての相性は悪くないのに
よくバスケにおいて口論をしていた。
そんな黒子からの質問に紫原は
いつも同じようなことを言っていたが、
今回はその立場が逆であった。
「別に楽しい楽しくないでバスケはやってません。
僕はただ、キセキの世代を倒すと決めただけです」
黒子がその答えを意図して言ったかどうかは
紫原には分からない。
しかし、紫原にとってその答えは
自分の気持ちに踏ん切りをつけるのに十分だった。
「そっか。答えてくれてありがとね」
紫原が黒子から去っていくと、
第4Qの開始を告げるブザーが鳴る。
チーム花宮からボールが始まり、
笠松を中心に攻めを展開する。
しかし、ゾーンに入った赤司の前では
ドライブもパスも意味をなさない。
赤司のゾーンの範囲外でボールを回したいが、
少しでも油断すれば青峰に捕まる。
「ボクを本気にさせたこと、後悔するといい」
「しまった……!」
笠松が手をこまねいていると、
一瞬の隙を突いた赤司にボールを奪われる。
攻めの形を展開していたチーム花宮は
赤司からの反撃に追いつかない。
第4Q最初のゴール、ここを取られて
会場がケガ人の続出しているチーム赤司を
応援する空気になってしまったら、
もうチーム花宮に流れを掴むチャンスはない。
そして、赤司が全てを置き去りにして
シュートを放った瞬間、
壁のように大きく高い手がそれを阻んだ。
審判さえ反応が遅れる程、
その光景は異様なものであった。
「……これは何の冗談かな、敦」
この場にいるほぼ全ての人間が
驚きのあまり言葉を失った。
赤司のシュートを防いだのが、
彼と同じチームであるはずの紫原だったから。
「ごめんね赤ちん、峰ちんたちも」
紫原は決して赤司と敵対しない。
それはキセキの世代以外の人間も
ある程度共通の認識としていることである。
帝光時代、青峰が変わってしまった次に
才能を開花させた紫原は赤司に負け、
それ以降、赤司にだけは逆らわないようになった。
今この瞬間までそれは継続しており、
紫原自身これからもそうだと思っていた。
「おい紫原!てめぇ一体何のまねだ!!」
緑間はあの時の光景を直接見ていた人間であり、
青峰も紫原と赤司の関係は理解している。
だからこそ余計と理解できない。
紫原がなぜ、赤司のシュートを止めたのか。
「俺、黒ちんに賭けてみるよ。
室ちんも黒ちんのこと気に入ってるみたいだし」
紫原はたったそれだけを口にする。
その言葉が一体、どんな意味を持つのか。
しかし、紫原の行動だけを注視すれば
少しだけ彼の心を紐解くことができるだろう。
赤司のシュートをブロックしたあの瞬間、
紫原は確かにゾーンに入っていたのだから。
「じゃあ俺はもう下がるから。
あとは勝手にやってよね」
「おい!待てよ紫原!どこ行く気だ!」
「ちゃんと説明するのだよ!」
「……真太郎、大輝、もういい。敦に構うな」
青峰と緑間の制止も無視して
紫原はコートから去っていく。
開始のざわめきも大きくなっていき、
控えにいた大坪も紫原を止めるが、
それも無駄に終わった。
ただ、多くの者が疑問を残す中で
氷室だけは紫原の胸中を察していた。
「敦…君はあの時からずっと、
黒子君に伝えたかったんだな……」
ウィンターカップ決勝、陽泉対洛山。
その試合でぶつかった紫原と赤司だったが、
陽泉が10点差を追う第4Qに入っても
紫原は一切オフェンスに参加しなかった。
紫原にとって赤司がトラウマと呼ぶべき
存在であるとはみんな知っており、
誰も無理強いすることはなかったのだが、
いつまでも本気を出さない紫原に
腹を立てた氷室が彼を殴った。
恵まれているお前が諦めるな、と。
情熱や根性といった言葉が他の何よりも
嫌いな紫原は最初呆然としていた。
そして、戦意を完全に喪失した紫原は下げられ、
結局始終洛山がリードを守る試合となったが、
表彰式の後のロッカー室で
氷室と二人きりになった時に紫原は語った。
中学時代を共に過ごした幻の6人目のことを。
才能というものにまるで恵まれず、
それでも特異な得意を伸ばす形で
自分たちキセキの世代と並んでいた彼。
当時から彼とバスケ論は全く合わなかったが、
試合に負け、氷室に気づかされた今なら分かる。
バスケとは本来、楽しいものであるべきなのだと。
霧崎第一での彼のバスケを観戦していた時、
紫原はまるで過去の自分を見ているようだった。
彼は中学時代、最後まで自分たちと
向き合おうとしてくれていた。
それなのに分かり合うことができず、
彼の心に影を落としてしまった。
しかし、起きたことを変えることはできない。
ならばせめて、彼が彼のしたいことをできるように
最後に背中を押してあげよう。
「紫原君……」
「ふはっ!まさかこのタイミングで裏切るとはな。
氷室、お前の言った通りだったじゃねぇか」
「キセキの世代や黒子君程じゃないけど、
俺もそれなりに敦と一緒にいるからね。
遅かれ早かれこうなるとは思っていたよ」
紫原がコートから去ったことで、
強制的に大坪がコートに出てくる。
紫原程ではないにしても、
大坪も高校生プレイヤーの中では上澄みだ。
むしろ紫原はここまでディフェンス一本だったため、
攻めにも参加する大坪の方が脅威かもしれない。
しかし、ここまできてしまえば
もうチーム花宮のターゲットは絞られた。
次にチーム花宮がメンバーを交代して
赤司が攻めてきた時、この試合は終了する。
「テツヤ、正直に言おう。甘く見ていたよ。
まさか敦まで裏切らせるなんてね」
「紫原君については僕も予想外でした。
けど、嬉しい誤算です。
僕にとって傷つけたくない人でしたから」
「へぇ……じゃあボクはどうなのかな」
赤司と青峰は変わらずゾーンに入っている。
紫原がいなくなったところで
攻撃力が衰えることはなく、
点の取り合いという形でなんとか試合になっている。
その間も色々な手を使って赤司や
青峰を潰そうとするが、
やはりゾーンに入っている二人には
追いつくこともやっとだった。
そして、第4Qも半分が過ぎ、
チーム赤司からボールが始まるタイミングで、
チーム花宮はメンバーを変えた。
笠松の代わりに今吉が出てくると、
それぞれがそれぞれの配置につく。
「何をしようと無駄だ」
赤司のドライブのキレは健在。
パスを回すこともなく一人で
ゴール下まで切り込んでしまうため、
パスカットを狙うこともできない。
だが、赤司がパスを出さないのなら、
その分狙いを絞りやすくなる。
まず高尾が赤司の前を塞ぐが
赤司のアンクルブレイクによって膝をつき、
高尾を抜いた瞬間を狙って今吉と花宮が手を出すが
それもスルリと躱されてしまう。
そして最後のダメ押しに
黒子がカットをしかけるが、
赤司の眼はそれさえもお見通しだ。
これであとはゴールに入れるだけ。
……だが、赤司の手元にボールはなかった。
「───っ!?」
今吉が笠松と交代してコートに入った時、
氷室の代わりに黛が入っていたのだ。
無意識のうちに、何か仕掛けてくるとするなら
黒子か花宮のどちらかだろうと思っていた。
その隙を突いた黛のバックチップ。
無論、赤司の眼の前にそのような小細工が
通用するなんて普通はありえないのだが、
ポイントは黛のバックチップが
黒子のカットの直後だったという点である。
幻の6人目という同じバスケスタイルの二人。
しかし、影の薄さは黒子の方が上だ。
だからこそ、黒子に存在感を上書きすることで
黛の影の薄さを赤司の認識の外に出したのだ。
高尾、今吉、花宮、黒子、そして黛。
カットのスペシャリストたちによる畳み掛けに、
さすがの赤司も対応しきれなかった。
「赤司を…止めただと……!?」
だが、チーム花宮の攻撃はここからだ。
黛がボールを持った瞬間に
高尾がゴールに向かって走り出すと、
黒子はあのパスの構えをする。
ただパスを通すだけではない、
黒子だけの加速するパス。
「そのパスは通らねぇよ!テツ!」
しかし、中学時代に最も黒子からの
パスを受け取ってきた青峰が
黒子の前を遮るように立つ。
「……いいえ、このパスは今までとは違います」
元々の影の薄さと視線誘導のテクニックを駆使して
黒子はこれまでパスの中継役を担っていた。
数々のパスを通していく中で
黒子独自の技を身に付け、
ただパスを回すだけではなく、
攻めの勢いを加速させるために
ボールの勢いまで加速させるようになる。
中学時代にはキセキの世代しか
取ることができなかった加速するパス。
しかし、中学時代とは違いそれぞれの
肉体や技が成長したことで、
黒子はそのパスを更に進化させた。
キセキの世代を倒すために改良した、
破壊衝動に駆られたようなパス。
「捕まえたぜ」
ただの加速するパスはボールを
掌底で横殴りにするパスであったが、
このパスは横殴りの瞬間に
腕の捻りを加えることで
銃弾のような推進力を産むことができる。
ただし、その最たる目的はパスを通すためではない。
黛から投げられたボールは
真っ直ぐに黒子に向かうのではなく、
パスコースに現れた花宮によって
その軌道を少しだけ逸らされる。
ボールの向かう先が黒子から
青峰へと変更された。
当然、青峰はボールを取ろうと手を伸ばす。
しかし、青峰がボールを取る直前、
加速するパスの構えをしたままの
黒子がその直線上に割り込んでくる。
青峰がボールを掴む前にカットしない。
黒子が狙うのはあくまでも、
青峰がボールを掴むその瞬間だった。
「───これで終わりです、青峰君」
黒子の掌底が捉えたのはボールではなく、
ボールに触れた青峰の指。
それもただ横殴りにするのではなく、
銃弾のような推進力を産むために
全身のバネと腕の捻りを加えてある。
「───っ!!」
ボールが変形する程の衝撃が
青峰の指先に突き刺さる。
緑間のように少し痛めただけではない。
完全に骨が砕けた音がした。
ボールを拾った高尾がゴールを決めると、
青峰はコートに膝を着く。
「ウソだろ…テツ……。
お前、どうしちまったんだ!」
青峰の頬を涙が伝う。
結局、最後まで黒子のことを信じていたのは
中学時代に真っ先に黒子を裏切った青峰という
皮肉な展開となったが、
光を失った黒子に答える意思はなかった。
そして、青峰の心が折れたのと同様に、
赤司もまた戦意を失っていた。
ゾーンに入った状態でありながら
ボールを奪われたばかりか、
全てを利用するように青峰まで折られたのだ。
これでキセキの世代全員が潰されてしまい、
今日まで一度の敗北もなかった赤司に
その事実は重くのしかかる。
「ボクが…負ける……?」
赤司征十郎は負けてはいけない。
赤司自身がかけたその呪いは
彼の精神を二つに分けた。
誰にも負けないように、彼が彼でいるために。
しかし、もうまともに戦える仲間はいない。
今更になって紫原が戻ってきてくれないかと
淡い期待を抱かずにいられない程だ。
そして、黒子は静かに口を開く。
「赤司君、青峰君。僕のバスケは帝光時代最後の
あの試合で既に終わっていたんです。
今日までやってきたのもバスケではなく、
ただ復讐心を燃やしていただけに過ぎません」
「テツ…お前、何言ってんだよ……?」
「すいません青峰君。
もう拳を合わせる機会もなくなってしまいました」
「ウソだよな……?ウソって言えよテツ!!」
「うるさいです」
黒子は青峰を殴った。口封じのように。
目的を果たし終えた以上、
もう試合という体裁を守る必要はない。
抵抗する意思のない青峰を
黒子はただ一方的に殴るだけ。
特に繊細なボールタッチの要である指を
徹底的に痛めつけて潰す。
完治などしないように、
全ての骨をすり潰すように。
青峰の血がコートに飛び散り、
観客の中には悲鳴をあげる者もいた。
あまり異様な光景に審判さえ
どう対応していいのか分からなくなる。
やがて、青峰は意識を失った。
最後の最後まで黒子に対する何かを
口の中で呟きながら。
「テツヤ、君も変わってしまったんだね……」
「赤司君程じゃないです」
「それもそうだね」
「……じゃあ、これでお別れです」
黒子の手がゆっくりと赤司に伸びる。
赤司は全てを知り、悟ってなお、
逃げようとも眼を閉じようともしない。
……黒子は赤司の眼を潰した。
眼球を潰す感触を味わうように、
赤司の内側に指を這わして掻き乱す。
真っ赤な血が滝のように流れ出すが、
赤司は呻き声一つあげることもない。
やがて黒子が手を引き抜くと、
赤司は力尽きたように倒れた。
「ふはっ!ふはははははは!
黒子!最高だぜお前は!!」
試合は強制終了の決定が下された。
黒子は審判や警備員に捕まる前に姿を消し、
花宮たちもそそくさと会場を後にする。
もはや会場にいる誰も口を開かず、
拍手も歓声もブーイングも起こらない。
ただ、その試合を見ていた者は後に
地獄を見ているようだった、と語った。
こうして、心を歪ませた一人の少年の
血みどろの復讐劇は終わりを告げた。