ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」 作:笑嘲嗤
戦争が終わった。
めでたいことである。
少なくとも、もう明日の朝まで生きているかを心配しながら眠らなくていい。
問題が一つだけあった。
「仕事がない( ˙ω˙ )」
「ないな」
ドンの隣で、親友が答えた。
二人とも復員したばかりだった。
正確には病院から放り出され、軍からも放り出され、自由になった。
自由にはなった。
金はなかった。
「平和って金かかるんだな」
「戦争中も金はかかったよ」
「じゃあずっと金かかるじゃん」
「今気づいたのか?」
そんな二人が流れ着いたのが、流星街だった。
街の中ではない。
外苑。
大量の廃棄物が積み上げられた、そのさらに外側。
住民でもない。
仲間でもない。
かといって敵でもない。
勝手に捨てられたものを拾い、住民のものには触れない。
街の中にも勝手に入らない。
そんな距離を守っているうちに、向こうも二人を放っておくようになった。
そして。
「我が社へようこそ( ˙ω˙ )」
「…………」
「…………」
「…………」
ドンが両手を広げた。
背後にあるのは段ボールだった。
段ボールの壁。
段ボールの屋根。
拾ってきた板で補強された段ボール。
入口には木炭で文字が書かれている。
『資源回収株式会社(仮)』
「会社?」
銀髪の青年が聞いた。
「会社( ˙ω˙ )」
「これが?」
「本社」
「段ボールだぞ」
「本社だぞ」
「雨降ったら?」
「休み」
「会社じゃねえよ」
親友が頭を抱えた。
新しく加わった二人も復員兵だった。
仕事がなかった。
金もなかった。
そのうち一人。
ネテロという姓を持つ男は、武術をやっていた。
「腕には自信がある」
「何ができる?( ˙ω˙ )」
「手刀」
「いらない」
「即答するな」
「ゴミ拾いに手刀いらないだろ」
「重いものも持てる」
「採用( ˙ω˙ )」
「基準そこなのか?」
もう一人は銀髪だった。
細身で、端正な顔立ちをしている。
猫を思わせる目。
後世、その血を引く一族を知る者が見れば、どこか見覚えを感じたかもしれない。
「得意なことは?( ˙ω˙ )」
「…………特にない」
「重いもの持てる?」
「まあ」
「採用」
「だから採用が軽いんだよ!!」
◇
事業内容は単純だった。
ゴミを拾う。
分ける。
使えるものを直す。
金属は売る。
布も売る。
瓶も売る。
銅は高く売れた。
これがよくなかった。
「あった!!( ˙ω˙ )」
ドンが廃材の奥へ手を伸ばす。
銅線。
その瞬間。
すっ。
「…………あれ?」
消えた。
さっきまでそこにあった銅線がない。
振り向く。
十メートルほど先に銀髪の青年がいた。
その手には銅線。
「お前!!」
「俺が拾った」
「俺が先に見つけた!」
「拾ったのは俺だ」
「返せ!」
「嫌だ」
翌日。
ドンは気づいた。
青年が歩く音がしない。
「なんで?( ˙ω˙ )」
「何が」
「足音」
「お前がうるさすぎる」
「普通だぞ」
「瓶を踏む。缶を蹴る。廃材を動かす。お前が来れば音で分かる」
「なるほど」
「…………」
「じゃあ俺も音出さなきゃいいのか( ˙ω˙ )」
「待て」
それから競争になった。
ガラスを踏まない。
缶を蹴らない。
砂利を鳴らさない。
体重移動を最小限にする。
ゴミ山の不安定な足場を、銀髪の青年は日に日に音もなく進むようになった。
親友はある日、とうとう聞いた。
「お前さ」
「何だ」
「なんでゴミ拾いにそこまで足捌き極めてんの?」
銀髪の青年は鼻で笑った。
「決まってる」
そして、少しだけ得意げに言った。
「癖になってんだ」
「何が?」
「音出さずにゴミ拾うの」
「そんな癖捨てろ!!」
◇
事件が起きたのは、その日の夜だった。
「ひぇっ!?」
男の声がした。
全員が飛び起きた。
「敵!?」
「襲撃か!?」
「どこ!?( ˙ω˙ )」
段ボール本社の隅。
ネテロが立っていた。
動かない。
顔だけが険しい。
「……いた」
「何が?」
指差す。
黒いものが走った。
「ゴキブリだ( ˙ω˙ )」
「…………」
「…………」
「…………」
銀髪の青年がネテロを見る。
「今の声、お前か?」
「違う」
「お前以外いないぞ」
「違う」
「『ひぇっ!?』って」
「言ってない」
「言ったぞ( ˙ω˙ )」
「言ってない」
ネテロは無言で作業用のゴム手袋を装着した。
さらに。
その上からビニール袋を被せた。
「…………」
ドンが首を傾げる。
「そこまでする?」
「汚いじゃろ」
「そこは普通なんだな( ˙ω˙ )」
ゴキブリが走った。
ネテロが消えた。
パァン!!
手刀が床へ突き刺さる。
沈黙。
「…………」
「…………」
「…………」
ネテロがゆっくり手を上げた。
一撃だった。
「すごい( ˙ω˙ )」
「床は?」
親友が聞いた。
「加減した」
「ゴキブリじゃなくて床の心配かよ」
銀髪の青年が鼻を鳴らした。
「無駄が多い」
「じゃあ次はお前やってよ( ˙ω˙ )」
「嫌だ」
「なんで?」
「触りたくない」
「同じじゃん」
「殺すことと触ることは別だ」
「お前たまに怖いこと言うな( ˙ω˙ )」
◇
その夜。
親友は目を覚ました。
段ボールの壁の向こうから音がする。
規則正しい。
風でもない。
何かを振る音。
外を見る。
ネテロがいた。
月明かりの下。
ただ一人。
手刀を振り下ろしていた。
一度。
また一度。
何度も。
何度も。
ゴキブリはいない。
敵もいない。
ただ、何かに感謝するように。
祈るように。
手刀を振り下ろしていた。
「…………」
親友はしばらく眺めた。
そして。
「……あいつ、昼間ゴキブリ見て『ひぇっ!?』って言ってたんだよな」
その事実だけは墓場まで持っていこうと思った。
◇
会社は少しずつ大きくなった。
最初は四人だった。
本社は段ボールだった。
雨の日は休業した。
主力商品は拾った銅線だった。
けれど。
拾うだけだった仕事に、分別が加わった。
修理が加わった。
再販売が加わった。
運搬が加わった。
仕事を頼む者が増えた。
働く者も増えた。
それでも四人は、流星街の住民にはならなかった。
流星街もまた、四人を仲間とは呼ばなかった。
ただ。
敵でもなかった。
互いの境界を越えない。
必要な時には取引する。
それだけだった。
やがて親友は言った。
「この事業、流星街に渡そう」
「なんで?( ˙ω˙ )」
「ここで出るものを、ここで働く奴らが回収して、ここで金に変える仕事だ」
「うん」
「だったら、俺たちがずっと持ってる理由がない」
「タダであげる?」
「それは駄目だ」
「なんで?」
「商売だからだ」
事業は売った。
対価を受け取った。
その金を元手に、四人が始めた会社は外の世界へ出た。
資源回収から物流へ。
物流から調達へ。
倉庫。
貿易。
製造者と販売者を繋ぎ。
必要なものを、必要な場所へ届ける。
やがて会社は、世界のどこかで何かが必要になれば、それを探し、買い、運ぶ商社へと変わっていった。
その頃には。
ネテロは自分の道へ進み。
銀髪の青年も去っていた。
親友は会社に残った。
そしてドンは。
「じゃ、ちょっと世界見てくる( ˙ω˙ )」
「仕事は!?」
「してるぞ。調査」
「誰に頼まれた!?」
「俺」
「それを仕事とは言わねえ!!」
最低限の金だけ受け取って。
世界中を歩き始めた。