ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」 作:笑嘲嗤
「…………終わった」
ジンが最後の野帳を閉じた。
机の上には、読み終えた野帳が積み上がっている。
植物。
動物。
気候。
遺跡。
人間。
五大厄災。
そして、ドン自身の過去。
これだけでも研究者が一生を費やせる情報量だった。
「これで全部か」
「何が?( ˙ω˙ )」
「野帳だよ」
「ああ」
ドンが頷く。
「ここにあるのは全部だぞ」
「そうか」
ジンは大きく息を吐いた。
ようやく終わった。
「まだあるけど」
「…………」
「ん?」
「今なんつった?」
「まだあるぞ( ˙ω˙ )」
「…………何冊?」
「知らない」
「知らない?」
「数えたことないから」
「どこにある」
「シェルター」
「シェルター?」
「帰ってきてから『西』を書くために、そこに行って読んでた」
「…………待て」
ジンの表情が変わった。
「お前が持ってきた野帳を読んで『西』を書いたんじゃないのか?」
「違うぞ」
「じゃあこれは?」
「最近使ったやつとか、持って帰ってきたやつ」
「三百年分は?」
「シェルター」
「…………」
「見る?( ˙ω˙ )」
「今すぐ連れてけ」
◇
「ここ」
「…………」
ジンは巨大な扉を見上げた。
「なんで旅行記の保管場所が地下シェルターなんだよ」
「俺が作ったんじゃないぞ」
「じゃあ誰が」
「昔の友達の会社」
「…………」
「野帳送ってくれてたところ」
扉が開いた。
照明が点いた。
ジンは。
何も言わなかった。
言えなかった。
棚。
棚。
棚。
棚。
その向こうにも棚。
温度と湿度を管理された空間に、同じ規格の保存箱が並んでいる。
箱には年代。
地域。
回収番号。
管理番号。
「…………」
「いっぱいあるだろ( ˙ω˙ )」
「いっぱいで済ませるな」
ジンが近くの箱を開いた。
野帳。
次の箱。
野帳。
その次も。
野帳。
「お前」
「うん」
「これ全部」
「俺が書いた」
「…………」
「三百年分( ˙ω˙ )」
「なんで数えてねえんだよ!!」
「書く方が大事だったから」
ジンは一冊を抜いた。
開く。
『でかい鳥。昨日のとは違う。たぶん渡り。』
数ページ後。
『違った。渡りじゃないかも。』
さらに後。
『やっぱり渡りかもしれない。』
別の年代の野帳を探す。
『二十七年後追記。渡りだった。( ˙ω˙ )』
「…………」
「どうした?」
「最高だ」
「鳥が?」
「記録がだよ!!」
ジンの目が変わった。
「最初の観測がある。仮説がある。間違いがある。訂正がある。再観測がある。しかも年代が残ってる」
「そうだな」
「場所は?」
「だいたい書いてある」
「天気」
「書いてる」
「季節」
「書いてる」
「周囲の生物」
「気になったら」
「人間に会った記録は?」
「あるぞ」
「全部?」
「たぶん」
「遺跡」
「ある」
「病気」
「ある」
「食ったもの」
「いっぱいある( ˙ω˙ )」
「そこは少し減らせ!!」
ジンは周囲を見渡した。
もはや旅行記ではない。
一人の人間が三百年間、同じ世界を歩き続けた。
その観測記録。
同じ土地を何十年後かに再訪した記録さえある。
世界中の研究者が欲しがる。
いや。
欲しがるなんてものではない。
「ドン」
「ん?」
「この野帳、俺に預けろ」
「嫌だぞ」
「持ち出さねえよ」
「じゃあ何するの?」
「全部データ化する」
「全部?」
「全ページだ」
「大変じゃない?( ˙ω˙ )」
「だから人を集める」
◇
「トリプル?」
「申請する」
「ジンが?」
「ああ」
「なんで?」
「権限が足りねえ」
ドンは首を傾げた。
「今でも偉いんじゃないの?」
「これを扱うには足りねえんだよ」
生物学者がいる。
植物学者がいる。
地質学者がいる。
気象学者がいる。
医者がいる。
感染症の専門家がいる。
考古学者。
言語学者。
人類学者。
統計学者。
情報科学者。
念能力の研究者。
「全部いる」
「そんなに?( ˙ω˙ )」
「三百年分だぞ」
「俺一人で書いたぞ」
「読む方は一人じゃ無理なんだよ!!」
「ジンならできると思ってた」
「俺を何だと思ってやがる!!」
◇
申請は通った。
ジン=フリークス。
トリプルハンター。
本人は称号を手に入れたその日のうちに、称号そのものへの興味を失った。
欲しかったのは、その先だった。
研究機関との連携。
予算。
人員。
保存設備。
情報へのアクセス権。
そして。
三百年分の記録を、人類が読める形へ変換するための巨大な研究計画。
「計画名は?」
「暗黒大陸長期観測記録統合解析計画」
「長いな」
「正式名称だからな」
「暗黒大陸ビッグデータプロジェクトでよくない?( ˙ω˙ )」
「…………」
「だめ?」
「……通称はそれでいい」
◇
シェルターが騒がしくなった。
ただし原本には、可能な限り触れない。
全ページを撮影する。
文字をデータ化する。
年代を付ける。
位置を整理する。
記述された生物を分類する。
気象記録を抽出する。
病気を抽出する。
遺跡を抽出する。
人間との遭遇記録を抽出する。
そして、決してやってはいけないことをジンは最初に決めた。
「ドンの間違いを消すな」
「しかし、明らかな誤認もあります」
「だから残すんだよ」
「?」
「最初に何を見て、どう考えて、何年後に何を見て、どう訂正したか。それ自体がデータだ」
原文。
構造化された観測データ。
後日の訂正。
現在の確度。
専門家による注釈。
全部を分けて残す。
「勝手に綺麗なデータにするな。三百年間の観測過程そのものを保存しろ」
◇
「バックアップは?」
「三つ用意しました」
「足りねえ」
「……では五つ」
「国も分けろ」
「そこまで必要ですか?」
ジンがシェルターを見る。
「これ一個燃えたら」
研究者たちが振り返った。
「人類が三百年分の観測結果を、もう一回取りに行くことになるんだぞ」
「…………」
「俺は嫌だ」
◇
解析が始まった。
そして。
ドン自身さえ知らなかった暗黒大陸が、少しずつ姿を現し始めた。
「フリークスさん!」
「どっち?( ˙ω˙ )」
「ドンさんです!」
「なに?」
「この生物、約七十年周期で生息域を移動している可能性があります!」
「へえー!」
「あなたの記録ですよ!?」
別の研究者が走ってくる。
「この植物の開花周期、百年以上あります!」
「そうだったの?( ˙ω˙ )」
「あなたが三回観測してるんです!!」
「全然気づかなかった」
「なんで!?」
ジンが笑った。
「当たり前だ。一人の頭で三百年分を同時に比較できるわけねえだろ」
ドンは世界を歩いた。
点を残した。
ひたすら。
何万、何十万という点を。
そして今。
別の人間たちが。
その点を繋ぎ始めた。
ジンが巨大な地図を広げる。
「ドン」
「ん?」
「お前が三百年かけて集めた点を」
一本の線を引く。
「俺たちは、線にしてんだよ」
「…………」
ドンは地図を眺めた。
やがて。
笑った。
「面白いな( ˙ω˙ )」
「ああ」
「じゃあ俺、またデータ取ってくる」
「最高の研究員だなお前」
「旅行者だぞ」
「どっちでもいい」
「よくないぞ」
ジンは次の野帳を開いた。
まだ。
始まったばかりだった。