ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」 作:笑嘲嗤
暗黒大陸ビッグデータ解析プロジェクトが始まって、三週間が経った。
ジンはシェルターの最深部にいた。
「ドン」
「ん?( ˙ω˙ )」
「お前、この仕組みについてどこまで知ってる?」
ジンが指差したのは、一冊の野帳だった。
正確には。
野帳が収められていた箱だった。
「仕組み?」
「向こうで野帳を使い切る」
「うん」
「しばらくすると消える」
「うん」
「代わりに新しい野帳と鉛筆が来る」
「うん」
「使い切った野帳はこっちへ戻ってくる」
「そうだぞ( ˙ω˙ )」
「それを三百年繰り返した」
「便利だったぞ」
「便利で済ませんな」
ジンは箱を裏返した。
管理番号。
年代。
納入元。
保存処理。
何世代にもわたって更新されている。
「お前の能力じゃないな?」
「違う」
「誰が作った?」
「昔の友達」
「流星街で一緒にゴミ拾ってた奴か」
「うん」
「条件は?」
「条件?」
「念能力だ。こんな距離を越えて、物を双方向に送り続ける。しかも三百年だぞ。無条件で動くわけねえだろ」
「知らない( ˙ω˙ )」
「……やっぱりな」
「教えてくれなかった」
「何て言われた?」
「向こうでも紙と鉛筆くらい送ってやるって」
「それだけ?」
「それだけ」
ジンが笑った。
「いい友達だったんだな」
「うん」
ドンは即答した。
◇
ジンは調べた。
野帳が消える瞬間。
新品が届く条件。
残留する念。
シェルター側に残された古い術式。
会社の記録。
財団へ引き継がれた規程。
何度も社名が変わり。
何度も担当者が変わり。
ドンを知る人間が一人もいなくなっても。
予算だけは残っていた。
『野外記録事業費』
『記録用野帳』
『筆記具』
『保存施設維持費』
『必要に応じ、同等品への更新を認める』
「なんだこれ( ˙ω˙ )」
「お前の鉛筆代だ」
「三百年間?」
「三百年間」
「すごいな」
「お前の友達がな」
さらに古い文書が出てきた。
紙は黄ばんでいた。
手書きだった。
たった一行。
『ドンが書く限り、送れ』
ドンが黙った。
「……あいつの字だ」
「ああ」
「…………」
ジンは別の資料を置いた。
「で、こっからが本題だ」
ジンは野帳を一冊持ち上げた。
「これは単なる転送能力じゃない」
「違うの?」
「ああ。条件がある」
ジンは指を一本立てた。
「まず、これはお前が暗黒大陸にいる時しか動かない」
「そうなの?」
「知らなかったのかよ」
「こっちで試したことないし( ˙ω˙ )」
「だろうな」
二本目。
「次。送れる物が極端に限定されてる。野帳、鉛筆、それに準ずる記録用品。逆方向はお前が書いた記録」
「うん」
「ここまでは能力の仕様だ」
三本目。
「問題はここからだ」
ジンがドンを見る。
「お前が旅を続ける意思を失ってないこと」
「…………」
「もっと正確に言えば――暗黒大陸の冒険と、人間そのものに絶望していないこと」
ドンの顔から笑みが消えた。
「それが制約だ」
「……なんで?」
「考えりゃ分かる」
ジンは古い紙を叩いた。
「お前の友達は、薔薇を見てる」
「…………」
「人間に絶望しかけたこともある」
「うん」
「だからだろ」
ジンは言った。
「お前が全部嫌になってんのに、紙だけ送り続けたらどうなる?」
「…………」
「旅を続けろって言ってるのと同じだ」
ドンは答えなかった。
「だから止まる」
ジンは静かに続けた。
「お前が世界を見たくなくなったら。人間について書きたくなくなったら。こいつは終わる」
「…………」
「お前を縛るための能力じゃねえ」
ジンが笑った。
「お前が旅をしたい間だけ、一緒に旅する能力だ」
ドンは古い文字を見る。
『ドンが書く限り、送れ』
「……じゃあ誓約は?」
「そっちはもっと簡単だ」
ジンが一冊の本を置いた。
『新大陸紀行・東』
「帰ってきたら、書くこと」
「…………」
「お前が見たものを、お前一人のものにしない」
ドンが表紙を見る。
「本にして、人間に渡す」
「…………」
「お前、約束しただろ」
遠い昔。
『帰ってきたら、本にしろ』
『お前一人が見て終わったら、もったいないだろ』
「したな( ˙ω˙ )」
「だから三百年間成立した」
ジンが周囲を見る。
数え切れない野帳。
三百年間。
一度も。
供給は途切れなかった。
「つまりな」
ジンが言った。
「これは三百年間、あんたが人間に絶望しなかった証拠だ」
ドンはしばらく黙っていた。
やがて首を振った。
「違うよ」
「ん?」
「あいつが」
古い紙を撫でる。
「あいつが、俺を絶望させなかった証拠だよ( ˙ω˙ )」
ジンは何も言わなかった。
少しだけ笑った。
◇
その一週間後。
プロジェクトの解析班から、ジンへ一本の連絡が入った。
『人間との遭遇記録について、確認していただきたいものがあります』
壁一面に地図が投影されていた。
「これがドン氏の記録にある、人間との遭遇地点です」
点。
点。
点。
無数の点。
「年代で絞れ」
「どの程度でしょう」
「百年」
点が減る。
「五十年」
さらに減る。
ジンが目を細めた。
「サヘルタ関連だけ抜け」
「はい」
数個の点が残った。
約五十年前。
メビウス湖西方。
サヘルタ軍用規格と思われる装備。
六名。
長期行動装備。
南西へ移動。
そして。
『缶詰を一つもらった。美味しかった。( ˙ω˙ )』
「違う」
ジンが点を繋いだ。
一つ。
二つ。
三つ。
「これは探検隊じゃねえ」
「なぜです?」
「動きが綺麗すぎる」
一定の間隔。
補給可能距離。
地形。
水源。
そして複数年代の遭遇記録。
「道だ」
研究者が息を呑んだ。
「でも、ここには……」
「ああ」
公式記録にはない。
ハンター協会にもない。
門番を経由した渡航記録にもない。
ジンが笑った。
「見つけた」
◇
サヘルタ合衆国。
大統領執務室。
「ジン=フリークス君」
「ああ」
「トリプルハンター就任、おめでとう」
「どうも」
「それで?」
大統領は穏やかだった。
「我が国の大統領に、直接会談を要求した理由を聞こうか」
「確認しに来た」
「何を?」
ジンは一枚の地図を机へ置いた。
大統領は地図を見る。
表情は変わらなかった。
「五十年前」
ジンが一点を指す。
「サヘルタの装備を持った六人がここにいた」
次。
「その後も何度か人間が確認されてる」
次。
次。
線になる。
「門番を通った記録はない」
「…………」
「ハンター協会の渡航記録にもない」
「…………」
「V5の公式探検隊とも一致しない」
「…………」
ジンは椅子に深く座った。
「ずいぶん長いこと使ってんだな」
「何をかね?」
「裏道」
沈黙。
「暗黒大陸への、あんたらの道だよ」
大統領は地図を見つめた。
否定しなかった。
肯定もしなかった。
ただ。
「それを知って、どうする?」
「別に」
「公表するのかね?」
「今のところ興味ねえな」
「取引材料に?」
「もっと興味ねえ」
「では、なぜここへ?」
ジンが笑った。
「ハントしたからだよ」
「…………」
「獲物を見つけたら、本物かどうか確かめたくなるだろ?」
大統領も。
小さく笑った。
「なるほど」
地図を持ち上げる。
「ならば、一つだけ聞こう」
「ああ」
「君はこの道を使いたいのかね?」
「いや」
「なぜ?」
「他人が作った道だからな」
「…………」
「便利そうではあるけどな」
大統領は地図を机へ戻した。
「君は一つ、勘違いしている」
「何を?」
「これは道ではない」
ジンの目が細くなる。
「道とは、人を目的地へ届けるものだ」
「…………」
「国家が必要とするのは、常にそれとは限らない」
ジンは答えなかった。
「探索」
大統領が言う。
「観測。確保。封鎖」
そして。
「破却」
その言葉だけ。
部屋の温度が少し下がったように感じた。
「我々は国家だ」
大統領は言った。
「未知を愛する必要はない」
「…………」
「冒険する必要もない」
「…………」
「国民を守るため必要なら、外の世界であろうと対処する」
「破壊することも?」
「必要ならば」
「五十年前も?」
大統領は答えなかった。
それで充分だった。
「君は我々の道を見つけた」
「ああ」
「ならば」
大統領はジンを見る。
「越えるかね?」
「何を?」
「我々を」
静かな声だった。
「一つの国家が、何十年、あるいはそれ以上をかけて維持してきたものだ」
「…………」
「人員が変わろうと続く。政権が変わろうと残る。予算がつき、命令があり、必要ならば人が死ぬ」
「…………」
「君は優秀なハンターだ、ジン=フリークス」
大統領が笑った。
「ならばハントしてみるかね?」
「サヘルタ合衆国そのものを」
ジンは黙っていた。
やがて。
「いいや」
答えは軽かった。
大統領が眉を上げる。
「怖いかね?」
「まさか」
ジンが立ち上がった。
「興味がねえ」
「…………」
「あんたらの秘密を暴くために暗黒大陸へ行くんじゃねえ」
地図を指で叩く。
「あんたらが何十年かけて作った道を攻略したいわけでもねえ」
「では?」
「もっと遠くへ行く」
「遠く?」
「ああ」
ジンは笑った。
未知を前にした。
いつもの顔だった。
「俺達は、あんたたちとは違うところに行く」
「…………」
「そこにはまだ、道がない」
大統領がジンを見つめる。
「危険だぞ」
「知ってる」
「何があるかも分からない」
「だから行く」
「何を持ち帰る?」
「さあな」
「利益は?」
「知らねえ」
「国家には、そのような行動はできんよ」
「ああ」
ジンは頷いた。
「だから俺達が行くんだろ」
大統領が。
初めて少しだけ楽しそうに笑った。
「ハンター、か」
「ああ」
ジンは扉へ向かう。
そして一度だけ振り返った。
「あんたらの破却じゃない」
大統領を見る。
「俺達の冒険だ」
◇
部屋を出たジンは電話を取り出した。
「もしもし」
『どうだった?( ˙ω˙ )』
「当たりだ」
『裏道あった?』
「あった」
『使う?』
「使わねえ」
『なんで?』
「気に入らねえ」
『道が?』
「目的が」
『ふーん』
「それよりドン」
『ん?』
「お前が言ってた、もう一個の湖」
『うん』
「その先にあるかもしれねえ海」
『うん』
ジンは笑った。
「そっち行こうぜ」
電話の向こうが少しだけ静かになった。
そして。
『いいぞ( ˙ω˙ )』
「即答かよ」
『だって』
ドンも笑った。
『まだ行ったことないからな』
ジンは窓の外を見る。
国家が何十年もかけて作った道がある。
人が死んでも。
政権が変わっても。
目的のために続く道。
それもまた、人間が作ったものだった。
だが。
道があるから。
そこを歩かなければならないわけではない。
「待ってろ」
『誰に言ってる?』
「まだ誰も見たことねえ場所にだよ」
『場所は待たないぞ( ˙ω˙ )』
「うるせえ」
ハントは終わった。
だから。
次のハントへ行く。
ジンはハンターなのだから。