ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」   作:笑嘲嗤

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第14話 ドン「俺の本はあいつが、俺を絶望させなかった証拠だよ」

暗黒大陸ビッグデータ解析プロジェクトが始まって、三週間が経った。

 ジンはシェルターの最深部にいた。

「ドン」

「ん?( ˙ω˙ )」

「お前、この仕組みについてどこまで知ってる?」

 ジンが指差したのは、一冊の野帳だった。

 正確には。

 野帳が収められていた箱だった。

「仕組み?」

「向こうで野帳を使い切る」

「うん」

「しばらくすると消える」

「うん」

「代わりに新しい野帳と鉛筆が来る」

「うん」

「使い切った野帳はこっちへ戻ってくる」

「そうだぞ( ˙ω˙ )」

「それを三百年繰り返した」

「便利だったぞ」

「便利で済ませんな」

 ジンは箱を裏返した。

 管理番号。

 年代。

 納入元。

 保存処理。

 何世代にもわたって更新されている。

「お前の能力じゃないな?」

「違う」

「誰が作った?」

「昔の友達」

「流星街で一緒にゴミ拾ってた奴か」

「うん」

「条件は?」

「条件?」

「念能力だ。こんな距離を越えて、物を双方向に送り続ける。しかも三百年だぞ。無条件で動くわけねえだろ」

「知らない( ˙ω˙ )」

「……やっぱりな」

「教えてくれなかった」

「何て言われた?」

「向こうでも紙と鉛筆くらい送ってやるって」

「それだけ?」

「それだけ」

 ジンが笑った。

「いい友達だったんだな」

「うん」

 ドンは即答した。

     ◇

 ジンは調べた。

 野帳が消える瞬間。

 新品が届く条件。

 残留する念。

 シェルター側に残された古い術式。

 会社の記録。

 財団へ引き継がれた規程。

 何度も社名が変わり。

 何度も担当者が変わり。

 ドンを知る人間が一人もいなくなっても。

 予算だけは残っていた。

『野外記録事業費』

『記録用野帳』

『筆記具』

『保存施設維持費』

『必要に応じ、同等品への更新を認める』

「なんだこれ( ˙ω˙ )」

「お前の鉛筆代だ」

「三百年間?」

「三百年間」

「すごいな」

「お前の友達がな」

 さらに古い文書が出てきた。

 紙は黄ばんでいた。

 手書きだった。

 たった一行。

『ドンが書く限り、送れ』

 ドンが黙った。

「……あいつの字だ」

「ああ」

「…………」

 ジンは別の資料を置いた。

「で、こっからが本題だ」

 ジンは野帳を一冊持ち上げた。

「これは単なる転送能力じゃない」

「違うの?」

「ああ。条件がある」

 ジンは指を一本立てた。

「まず、これはお前が暗黒大陸にいる時しか動かない」

「そうなの?」

「知らなかったのかよ」

「こっちで試したことないし( ˙ω˙ )」

「だろうな」

 二本目。

「次。送れる物が極端に限定されてる。野帳、鉛筆、それに準ずる記録用品。逆方向はお前が書いた記録」

「うん」

「ここまでは能力の仕様だ」

 三本目。

「問題はここからだ」

 ジンがドンを見る。

「お前が旅を続ける意思を失ってないこと」

「…………」

「もっと正確に言えば――暗黒大陸の冒険と、人間そのものに絶望していないこと」

 ドンの顔から笑みが消えた。

「それが制約だ」

「……なんで?」

「考えりゃ分かる」

 ジンは古い紙を叩いた。

「お前の友達は、薔薇を見てる」

「…………」

「人間に絶望しかけたこともある」

「うん」

「だからだろ」

 ジンは言った。

「お前が全部嫌になってんのに、紙だけ送り続けたらどうなる?」

「…………」

「旅を続けろって言ってるのと同じだ」

 ドンは答えなかった。

「だから止まる」

 ジンは静かに続けた。

「お前が世界を見たくなくなったら。人間について書きたくなくなったら。こいつは終わる」

「…………」

「お前を縛るための能力じゃねえ」

 ジンが笑った。

「お前が旅をしたい間だけ、一緒に旅する能力だ」

 ドンは古い文字を見る。

『ドンが書く限り、送れ』

「……じゃあ誓約は?」

「そっちはもっと簡単だ」

 ジンが一冊の本を置いた。

『新大陸紀行・東』

「帰ってきたら、書くこと」

「…………」

「お前が見たものを、お前一人のものにしない」

 ドンが表紙を見る。

「本にして、人間に渡す」

「…………」

「お前、約束しただろ」

 遠い昔。

『帰ってきたら、本にしろ』

『お前一人が見て終わったら、もったいないだろ』

「したな( ˙ω˙ )」

「だから三百年間成立した」

 ジンが周囲を見る。

 数え切れない野帳。

 三百年間。

 一度も。

 供給は途切れなかった。

「つまりな」

 ジンが言った。

「これは三百年間、あんたが人間に絶望しなかった証拠だ」

 ドンはしばらく黙っていた。

 やがて首を振った。

「違うよ」

「ん?」

「あいつが」

 古い紙を撫でる。

「あいつが、俺を絶望させなかった証拠だよ( ˙ω˙ )」

 ジンは何も言わなかった。

 少しだけ笑った。

     ◇

 その一週間後。

 プロジェクトの解析班から、ジンへ一本の連絡が入った。

『人間との遭遇記録について、確認していただきたいものがあります』

 壁一面に地図が投影されていた。

「これがドン氏の記録にある、人間との遭遇地点です」

 点。

 点。

 点。

 無数の点。

「年代で絞れ」

「どの程度でしょう」

「百年」

 点が減る。

「五十年」

 さらに減る。

 ジンが目を細めた。

「サヘルタ関連だけ抜け」

「はい」

 数個の点が残った。

 約五十年前。

 メビウス湖西方。

 サヘルタ軍用規格と思われる装備。

 六名。

 長期行動装備。

 南西へ移動。

 そして。

『缶詰を一つもらった。美味しかった。( ˙ω˙ )』

「違う」

 ジンが点を繋いだ。

 一つ。

 二つ。

 三つ。

「これは探検隊じゃねえ」

「なぜです?」

「動きが綺麗すぎる」

 一定の間隔。

 補給可能距離。

 地形。

 水源。

 そして複数年代の遭遇記録。

「道だ」

 研究者が息を呑んだ。

「でも、ここには……」

「ああ」

 公式記録にはない。

 ハンター協会にもない。

 門番を経由した渡航記録にもない。

 ジンが笑った。

「見つけた」

     ◇

 サヘルタ合衆国。

 大統領執務室。

「ジン=フリークス君」

「ああ」

「トリプルハンター就任、おめでとう」

「どうも」

「それで?」

 大統領は穏やかだった。

「我が国の大統領に、直接会談を要求した理由を聞こうか」

「確認しに来た」

「何を?」

 ジンは一枚の地図を机へ置いた。

 大統領は地図を見る。

 表情は変わらなかった。

「五十年前」

 ジンが一点を指す。

「サヘルタの装備を持った六人がここにいた」

 次。

「その後も何度か人間が確認されてる」

 次。

 次。

 線になる。

「門番を通った記録はない」

「…………」

「ハンター協会の渡航記録にもない」

「…………」

「V5の公式探検隊とも一致しない」

「…………」

 ジンは椅子に深く座った。

「ずいぶん長いこと使ってんだな」

「何をかね?」

「裏道」

 沈黙。

「暗黒大陸への、あんたらの道だよ」

 大統領は地図を見つめた。

 否定しなかった。

 肯定もしなかった。

 ただ。

「それを知って、どうする?」

「別に」

「公表するのかね?」

「今のところ興味ねえな」

「取引材料に?」

「もっと興味ねえ」

「では、なぜここへ?」

 ジンが笑った。

「ハントしたからだよ」

「…………」

「獲物を見つけたら、本物かどうか確かめたくなるだろ?」

 大統領も。

 小さく笑った。

「なるほど」

 地図を持ち上げる。

「ならば、一つだけ聞こう」

「ああ」

「君はこの道を使いたいのかね?」

「いや」

「なぜ?」

「他人が作った道だからな」

「…………」

「便利そうではあるけどな」

 大統領は地図を机へ戻した。

「君は一つ、勘違いしている」

「何を?」

「これは道ではない」

 ジンの目が細くなる。

「道とは、人を目的地へ届けるものだ」

「…………」

「国家が必要とするのは、常にそれとは限らない」

 ジンは答えなかった。

「探索」

 大統領が言う。

「観測。確保。封鎖」

 そして。

「破却」

 その言葉だけ。

 部屋の温度が少し下がったように感じた。

「我々は国家だ」

 大統領は言った。

「未知を愛する必要はない」

「…………」

「冒険する必要もない」

「…………」

「国民を守るため必要なら、外の世界であろうと対処する」

「破壊することも?」

「必要ならば」

「五十年前も?」

 大統領は答えなかった。

 それで充分だった。

「君は我々の道を見つけた」

「ああ」

「ならば」

 大統領はジンを見る。

「越えるかね?」

「何を?」

「我々を」

 静かな声だった。

「一つの国家が、何十年、あるいはそれ以上をかけて維持してきたものだ」

「…………」

「人員が変わろうと続く。政権が変わろうと残る。予算がつき、命令があり、必要ならば人が死ぬ」

「…………」

「君は優秀なハンターだ、ジン=フリークス」

 大統領が笑った。

「ならばハントしてみるかね?」

「サヘルタ合衆国そのものを」

 ジンは黙っていた。

 やがて。

「いいや」

 答えは軽かった。

 大統領が眉を上げる。

「怖いかね?」

「まさか」

 ジンが立ち上がった。

「興味がねえ」

「…………」

「あんたらの秘密を暴くために暗黒大陸へ行くんじゃねえ」

 地図を指で叩く。

「あんたらが何十年かけて作った道を攻略したいわけでもねえ」

「では?」

「もっと遠くへ行く」

「遠く?」

「ああ」

 ジンは笑った。

 未知を前にした。

 いつもの顔だった。

「俺達は、あんたたちとは違うところに行く」

「…………」

「そこにはまだ、道がない」

 大統領がジンを見つめる。

「危険だぞ」

「知ってる」

「何があるかも分からない」

「だから行く」

「何を持ち帰る?」

「さあな」

「利益は?」

「知らねえ」

「国家には、そのような行動はできんよ」

「ああ」

 ジンは頷いた。

「だから俺達が行くんだろ」

 大統領が。

 初めて少しだけ楽しそうに笑った。

「ハンター、か」

「ああ」

 ジンは扉へ向かう。

 そして一度だけ振り返った。

「あんたらの破却じゃない」

 大統領を見る。

「俺達の冒険だ」

     ◇

 部屋を出たジンは電話を取り出した。

「もしもし」

『どうだった?( ˙ω˙ )』

「当たりだ」

『裏道あった?』

「あった」

『使う?』

「使わねえ」

『なんで?』

「気に入らねえ」

『道が?』

「目的が」

『ふーん』

「それよりドン」

『ん?』

「お前が言ってた、もう一個の湖」

『うん』

「その先にあるかもしれねえ海」

『うん』

 ジンは笑った。

「そっち行こうぜ」

 電話の向こうが少しだけ静かになった。

 そして。

『いいぞ( ˙ω˙ )』

「即答かよ」

『だって』

 ドンも笑った。

『まだ行ったことないからな』

 ジンは窓の外を見る。

 国家が何十年もかけて作った道がある。

 人が死んでも。

 政権が変わっても。

 目的のために続く道。

 それもまた、人間が作ったものだった。

 だが。

 道があるから。

 そこを歩かなければならないわけではない。

「待ってろ」

『誰に言ってる?』

「まだ誰も見たことねえ場所にだよ」

『場所は待たないぞ( ˙ω˙ )』

「うるせえ」

 ハントは終わった。

 だから。

 次のハントへ行く。

 ジンはハンターなのだから。

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