ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」 作:笑嘲嗤
ジン=フリークスは忙しかった。
「七十年前の記録と照合しろ! 同種だと決めつけんな、形態が似てるだけかもしれねえ!」
「ジンさん! 西部第三地域の降水量データですが!」
「年代別に分けろ!」
「遺跡班から追加です!」
「そこ置いとけ!」
「置く場所ありません!」
「作れ!」
「どうやって!?」
暗黒大陸ビッグデータ解析プロジェクト。
正式名称、暗黒大陸長期観測記録統合解析計画。
ドン=フリークスという一人の旅行者が、三百年以上にわたって書き続けた記録。
その全貌は、解析を始めてなお底が見えなかった。
「ジンさん!」
「今度はなんだ!」
「ドンさんの記録にある、この植物なんですが!」
「ああ」
「百十二年前と四年前で、分布が三百キロ以上移動してます!」
「気候データ重ねろ! 近くの動物もだ!」
「はい!」
「あと原文の訂正履歴消すなよ!」
「分かってます!」
別の研究者が顔を出した。
「ジンさん!」
「なんだ!」
「三十七年前の野帳に――」
「ちょっといい?( ˙ω˙ )」
「後にしろ!!」
「分かった」
「…………」
ジンの手が止まった。
振り返る。
ドンがいた。
「お前はいい」
「いいの?」
「今のは研究員に言ったんだよ!」
「俺も研究員みたいなもんじゃないの?」
「お前は研究対象兼データ生産者だ!」
「旅行者だぞ( ˙ω˙ )」
「なんでもいい! 何の用だ!」
「これ」
一冊の本が差し出された。
ジンが受け取る。
表紙を見る。
しばらく。
何も言わなかった。
『新大陸紀行・西』
著者。
ドン=フリークス。
「…………出たのか」
「出たぞ( ˙ω˙ )」
ドンは笑った。
「今度はちゃんと献本もらった」
「そこ重要か?」
「重要だぞ」
「三百年前の出版社への恨みまだ持ってんのかよ」
「恨んでない。覚えてるだけ」
「それを根に持ってるって言うんだよ」
「三冊もらった( ˙ω˙ )」
「よかったな」
「うん」
本当に嬉しそうだった。
ジンは表紙を撫でた。
三百年。
その時間が一冊に収まっている。
もちろん、本当は収まってなどいない。
この本に書かれなかったことが、地下のシェルターを埋め尽くしている。
間違えたこと。
分からなかったこと。
何十年も経って訂正したこと。
美味かったもの。
不味かったもの。
怖かったもの。
綺麗だったもの。
人間。
人間ではないもの。
そして。
まだ名前すらないもの。
「全部書いたのか?」
「無理だぞ」
「だろうな」
「分からないこともいっぱいあるし」
「それでいい」
「うん」
ドンが頷いた。
「俺もそう思う」
◇
その日の仕事が終わっても。
ジンは研究施設に残っていた。
新大陸紀行・西を机の横に置き。
また野帳を開く。
「…………」
ふと。
表紙を開いた。
献辞があった。
『三百年間、野帳と鉛筆を送ってくれた人たちへ。』
『ありがとう。』
『それと。』
『約束は守ったぞ。』
「…………」
ジンは笑った。
「遅えよ」
「俺もそう思う( ˙ω˙ )」
「うおっ!?」
振り向く。
またドンがいた。
「お前、いつからいた!?」
「今」
「足音しなかったぞ!」
「昔、ゴミ拾いで覚えた」
「そっちの家系じゃねえだろ!!」
「ちょっと練習した( ˙ω˙ )」
「三百年あったもんな……」
ジンは本を閉じた。
「で?」
「ん?」
「今度は何だ」
「挨拶」
「…………」
ジンがドンを見る。
荷物は少なかった。
背負えるだけの鞄。
野帳。
鉛筆。
そして。
小さな鉛筆削り。
「…………行くのか」
「うん」
「どこへ」
「向こう」
「広すぎるだろ」
「とりあえず西」
「その先は?」
「分からない」
「隣の湖は?」
「行ってみたい」
「海かもしれないやつは?」
「見たい」
「本当に海じゃなかったら?」
「湖だったって分かる( ˙ω˙ )」
「……そういう奴だったな、お前」
ドンは笑った。
ジンも笑った。
「次は何年だ?」
「分からない」
「三百年はやめろ」
「努力する」
「帰ってくるとは言わねえんだな」
「分からないからな」
「ああ」
ジンはそれ以上聞かなかった。
ドンも説明しなかった。
少しだけ。
静かな時間が流れた。
最初に会った時。
ジンは、この男が何者なのか知りたかった。
なぜ生きている。
何を見た。
何を知っている。
どうやって暗黒大陸を生き延びた。
五大厄災とは何なのか。
新大陸紀行とは何なのか。
三百年間、何をしていた。
答えは山ほど手に入った。
その結果。
分からないことは、もっと増えた。
「ジン」
「あ?」
「本を出せた」
「ああ」
ドンが笑った。
三百年前の約束を果たした男の顔だった。
「だから」
それだけだった。
「向こうで待ってる( ˙ω˙ )」
「…………」
ジンも笑った。
「ああ」
手を上げる。
ドンも上げた。
パンッ。
二人の掌が鳴った。
「先に全部見るなよ」
「無理だろ。広いぞ」
「じゃあ面白そうなところ残しとけ」
「早い者勝ちだな( ˙ω˙ )」
「上等だ」
それで終わりだった。
別れの言葉はなかった。
必要なかった。
ドンは歩き出した。
ジンは追わなかった。
まだやることがある。
地下には三百年分の野帳がある。
繋がっていない点がある。
読めていない文字がある。
誰も気づいていない規則がある。
ハントすべきものが。
山ほどある。
ドンも振り返らなかった。
まだ歩いていない場所がある。
見たことのない生き物がいる。
知らない人間がいるかもしれない。
隣の湖がある。
その向こうには。
本物の海だって、あるかもしれない。
二人は別々の方向へ歩いていった。
一人は。
三百年分の過去から、まだ誰も知らない意味を探すために。
一人は。
まだ誰も記録していない未来を、野帳へ書くために。
同じ道を歩く必要はなかった。
同じ場所にいる必要もなかった。
ハンターとは。
誰かの後を歩く者ではない。
自分が欲しいものを。
自分のやり方で追い続ける者なのだから。
◇
ドンは新しい野帳を開いた。
最初のページ。
日付を書く。
少し考えてから。
一行だけ記した。
『まだ分からないことが、たくさんある。』
その下に。
『よかった。( ˙ω˙ )』
野帳を閉じる。
そして。
ドン=フリークスは。
もう一度。
世界の外へ歩いていった。
ドンとジンの物語はこれにて完結。
だが、ドンの旅と、ジンのハントはまだ続く。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
出オチだったはずが、なんかドンのことがすっかり好きになってしまった。
ハンターハンターは本当に面白いですよね。
ではまた( ˙ω˙ )ノ
あ、番外編もありまーす。