ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」 作:笑嘲嗤
ジンは、同じページを三度見返した。
「…………」
見間違いではない。
ドンの野帳に描かれた遺跡。
崩れた柱。石組み。壁面を走る幾何学模様。そして、ほとんど失われてはいたが、わずかに残された碑文。
「おい! このページ、画像に起こせ!」
解析室にジンの声が響いた。
「関連ページも全部だ! 遺跡、石造物、碑文、人工物! 同じ特徴があるものを拾え!」
「何か見つけたんですか?」
「ああ」
ジンは笑っていた。
「知ってるんだよ、これ」
別の資料を引っ張り出す。
かつてジン自身が発掘と修復に関わった王墓。
その記録写真を、ドンのスケッチの横へ置く。
「ここだ」
柱頭の形。
「それから、ここ」
石材の接合。
「この装飾もだ」
同心円と直線を組み合わせた奇妙な文様。
同じではない。
だが、似ている。
偶然と言うには、あまりにも。
「…………」
研究者たちも言葉を失っていた。
ジンは次々と資料を並べていく。
「同一文明とはまだ言えねえ。年代も確定してねえし、こっちが向こうを真似た可能性も、その逆もある」
「では――」
「ああ」
ジンの口角が上がった。
「少なくとも調べる価値はある」
既知世界で発掘された古代文明。
そして。
暗黒大陸西部に存在する、酷似した遺跡。
「繋がってやがる」
ジンは子供のように笑った。
「完全に別の世界じゃなかったんだ」
◇
「ドン!」
「なに?( ˙ω˙ )」
「お前、これ見つけた時になんで騒がなかった!?」
「騒いだぞ」
「どこに書いてある!」
「そこ」
ジンは野帳を見る。
『でかい遺跡を見つけた。すごい。( ˙ω˙ )』
「これを騒いだって言うんじゃねえ!!」
「三ページも描いたぞ」
「そういう問題じゃねえ!」
だが、ジンは楽しそうだった。
机の上には二つの遺跡。
一つは既知世界。
一つは暗黒大陸。
「お前が見つけたこっちの遺跡な。俺が昔発掘した文明と、かなりの共通点がある」
「へえ」
「『へえ』じゃねえよ! とんでもねえぞ!」
交易があったのかもしれない。
人の移動があったのかもしれない。
一つの文明が二つに分かれたのかもしれない。
あるいは――人類の歴史そのものについて、今までとは違う説明が必要になるかもしれない。
「こいつは面白え」
「…………」
「暗黒大陸と人間世界の間には、俺たちが思ってた以上の連続性が――」
「ジン」
「あ?」
そこで初めて。
ジンは気づいた。
ドンが笑っていなかった。
「どうした?」
「その遺跡なんだけど」
「ああ」
「続きがある」
「続き?」
ドンは一冊の野帳を差し出した。
「これも読んで」
◇
最初の数ページは、遺跡の記録だった。
周辺の地形。
植生。
水源。
建築物の分布。
ジンは高速でページをめくっていく。
やがて。
その手が止まった。
「…………なんだ、これ」
骨。
見開きいっぱいに描かれていた。
巨大な骨だった。
比較対象として描かれたドンの姿が、冗談みたいに小さい。
「一頭か?」
「違う」
「何頭いる」
「地上に出てたのだけで十以上」
ページをめくる。
また骨。
次も。
さらに次も。
頭骨の形が違う。
脊椎の数が違う。
四肢の構造も違う。
同一種ですらない。
「…………デカすぎる」
口にした瞬間。
ジンの脳裏に、一人の男が浮かんだ。
ネテロ。
あの男が求めたものは、個としての強敵だった。
己の全力をぶつけられる敵。
だが暗黒大陸にあったのは、そういう強さではなかった。
あまりにも巨大で。
あまりにも過酷で。
個人の勝敗などという尺度では測れない世界。
――ここはデカすぎる。
「…………」
ネテロですら、そう評した世界。
その生物たちの骨が並んでいる。
ジンはページをめくった。
「……ん?」
戻す。
目を細める。
「ドン」
「うん」
「この傷はなんだ?」
巨大な肋骨に、深い亀裂が走っていた。
「傷だと思う」
「死んだ後についたんじゃねえのか?」
「俺もそう思った」
次のページ。
傷の拡大図。
断面。
その周囲に生じた骨の変形。
ジンの表情が変わった。
「治ってる……?」
「うん」
「じゃあ、生きてる時につけられた傷か」
「たぶん」
さらにページをめくる。
別個体。
頭骨に残された陥没。
別個体。
何かに切断されかけた後、長い時間をかけて再生したらしい骨。
別個体。
巨大な骨を貫通した痕。
「同士討ちじゃねえのか?」
「分からない」
「捕食者か?」
「分からない」
「じゃあ、なんで――」
「これ」
ドンが指を置いた。
遺跡周辺の配置図だった。
骨。
石造物。
人工物。
そして、いくつかの骨に残された、奇妙に規則的な痕。
ジンは黙った。
「…………刃物?」
「似てると思った」
「この大きさに?」
「うん」
「人間が?」
「分からない」
ドンは首を振った。
「分からないから、『西』にもそう書いた」
「…………」
「ただ」
ドンが骨のスケッチを見る。
「この遺跡を使ってた人たちと、何か関係があった可能性はあると思う」
ジンはもう一度、二つの資料を見比べた。
人間世界の古代遺跡。
暗黒大陸の遺跡。
そして。
暗黒大陸の巨大生物に残された、生前の深い傷。
「…………」
興奮が消えていた。
代わりに。
何か冷たいものが、背中を這っていた。
「なあ、ジン」
「なんだ」
「俺、ずっと考えてたことがあるんだ」
「…………」
「人間って、暗黒大陸から来たって言われてるんだろ?」
「ああ」
「外は危険だった」
「ああ」
「だから祖先はメビウス湖まで逃げてきた」
「……そう考えるのが自然だ」
「俺もそう思ってた」
ドンが巨大な骨を撫でた。
紙の上の骨を。
「でもさ」
少しだけ。
暗い顔をした。
「本当に逃げてきたのかな」
ジンが顔を上げた。
「何が言いたい」
「逆だったら?」
「…………」
「俺たちが外から逃げてきたんじゃなくて」
ドンの指が、メビウス湖を指した。
「外から、ここに追いやられたんだったら?」
沈黙。
「誰に」
「分からない」
「なんで」
「分からない」
「この骨を人間が傷つけたからか?」
「それも分からない」
「人間が危険だった?」
「分からない」
「なら――」
「うん」
ドンは頷いた。
「分からないんだ」
そして。
しばらく考えてから言った。
「……俺たちが思ってた御伽噺が、本当とは限らないってことかな( ˙ω˙ )」
◇
ジンは何も言わなかった。
もう一度、野帳を見る。
巨大な骨。
深い傷。
人間と連続しているかもしれない文明。
そして、そのはるか内側。
メビウス湖のほとりに暮らす人類。
外には怪物がいる。
外には災厄がある。
外には、人間の尺度では測れない世界がある。
だから。
人間はそこから逃げてきた。
安全な場所まで逃げて。
そこで文明を築いた。
それが。
人類が自分自身に語ってきた御伽噺だった。
「…………暗黒大陸」
ジンが呟いた。
「うん」
「誰が最初にそう呼んだんだろうな」
「知らない( ˙ω˙ )」
「そうか」
外は暗黒だった。
危険で。
恐ろしく。
人間の生存を拒絶する場所だった。
だが。
そこに残された骨には。
その怪物たちが生きていた時につけられた傷がある。
そしてその傍らには。
人間世界と繋がっているかもしれない遺跡がある。
もし。
本当に、もしも。
人間が逃げてきたのではなかったとしたら。
外の世界から見た人間とは。
一体、何だったのか。
「ジン」
「あ?」
「外の世界は、本当に暗黒だったのかな」
「…………」
ドンは答えを求めなかった。
ただ、骨を見ていた。
「もしかしたら」
ほんの少しだけ間を置いて。
「人間の世界の方が、暗かったのかもしれないな( ˙ω˙ )」
「…………」
それ以上。
二人とも何も言わなかった。
◇
やがてジンが野帳を閉じた。
「調べるぞ」
ドンが顔を上げた。
「怖くない?」
「怖えよ」
即答だった。
「だから調べる」
「…………」
「お前の仮説が全部間違ってるかもしれねえ」
「うん」
「この傷をつけたのは人間じゃないかもしれねえ」
「うん」
「二つの文明だって、直接繋がってねえかもしれない」
「うん」
「人類が追いやられたなんて証拠は、どこにもねえ」
「そうだな」
「だったら」
ジンが笑った。
最初の笑顔とは違っていた。
恐怖を知った後の。
ハンターの顔だった。
「確かめに行くしかねえだろ」
ドンも笑った。
「うん( ˙ω˙ )」
「場所は?」
「書いてある」
「周辺の生態は?」
「書いた」
「水場は?」
「ある」
「よし」
「あとゴキブリがでかい」
「…………」
「手のひらくらいある( ˙ω˙ )」
「その情報は後でいい」
「大事だぞ」
「古代人類史より優先すんな!!」
ドンは首を傾げた。
「でも怖いぞ?」
「今もっと怖い話してただろうが!!」
机の上には。
巨大な骨と。
古代遺跡と。
三百年前の旅人が残した野帳があった。
答えは、まだない。
ただ一つ。
人類が信じてきた御伽噺に。
小さな亀裂だけが入っていた。