ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」 作:笑嘲嗤
ジンは野帳を読んでいた。
「…………」
ドンが暗黒大陸へ渡る以前の記録。
まだ若かった頃のものだ。
紙は複製された画像データだったが、そこに残された文字は今より少しだけ乱れている。
『今日は銅線がたくさん拾えた。』
『銀髪のやつに半分取られた。』
『最近あいつ、足音がしない。( ˙ω˙ )』
「…………」
ジンはページをめくった。
『外苑の人に、街の中へ勝手に入るなと言われた。』
『入らない。俺たちの街じゃないから。』
『捨てた物なら持っていっていいらしい。』
『鉄が高く売れた。』
『パンを買った。』
『子供が多いので、パンが足りなかった。』
次のページ。
『また子供が増えた。』
『どこから来たのか聞いたけど、分からないらしい。』
『名前がない子もいた。』
『友達が帳簿を見ながら頭を抱えていた。』
『パンを薄く切れば足りると言ったら怒られた。』
『でも薄く切った。( ˙ω˙ )』
「お前、三百年前から怒られてんな」
「何が?( ˙ω˙ )」
「なんでもねえ」
ジンがページをめくる。
しばらくして、その手が止まった。
『人攫いが来なくなった。』
『この前の人たちが酷い目に遭ったという噂が広がったかららしい。』
『街の人が、これでしばらく大丈夫だと言っていた。』
『怖いと思われるのも役に立つんだな。』
「…………」
「懐かしいな」
ドンが横から覗き込んだ。
「流星街か」
「うん」
「今でもあるぞ」
「知ってる。びっくりした」
「三百年ありゃ消えてると思ったか?」
「うん。昔、偉い人が何とかするって言ってたから」
「世の中、そんな簡単じゃねえよ」
「三百年は『簡単じゃない』で済ませちゃダメだと思うぞ( ˙ω˙ )」
「……まあな」
ドンはしばらく野帳を眺めていた。
「今はどうなってる?」
「昔より複雑だ」
「人を捨ててもいい場所なの?」
「表向きはそんなことになってねえ」
「そっか」
少しだけ安心したようだった。
「じゃあ、よかった」
「全部良くなったわけじゃねえぞ」
「全部良くならないと、良くなったって言っちゃダメなの?」
「…………」
「一個でも良くなったなら、それはいいことだろ( ˙ω˙ )」
「そうだな」
ジンはページをめくった。
「ただ――」
「?」
「流星街出身で、今じゃ世界中に名前が知られてる連中もいる」
「へえ」
「幻影旅団」
「げんえいりょだん?」
「蜘蛛とも呼ばれてる」
「サーカス?」
「違う」
「劇団?」
「もっと違う」
「旅行会社?」
「なんでそうなる」
「旅って入ってるから( ˙ω˙ )」
「犯罪集団だよ」
「…………」
ドンが瞬きをした。
「強盗、殺人。盗みもやる。かなりヤバい連中だ」
「流星街の人たちなの?」
「中心メンバーの何人かはな。街とも繋がりがある」
「ふうん」
ドンは少し考えた。
「街を守ってるの?」
「そう単純でもねえ」
「じゃあ何してるの?」
「欲しいものを盗む。邪魔なら殺す。本人たちなりの掟はあるみてえだがな」
「…………」
「どうした?」
「なんだかなぁ」
◇
「ジン」
「あ?」
「信用って、お金になるだろ」
「急になんだ」
「俺、昔ゴミ拾いしてたから」
「信用の話からゴミ拾いにつながる奴、初めて見たぞ」
「大事だぞ。こいつに鉄を渡せば金を払う、とか。こいつなら来週も買ってくれる、とか」
「まあな」
「友達がよく言ってた。商売で一番高いのは信用だって」
「まともな奴もいたんだな」
「いたぞ。俺の親友だ」
「お前以外が会社をデカくした理由が分かった」
「俺もゴミ拾ったぞ( ˙ω˙ )」
「そこは疑ってねえよ」
ドンが古い野帳を指した。
「流星街も同じだったと思う」
「信用が?」
「うん。ただし、嫌な信用」
「…………」
「『流星街に手を出したら、必ず報復される』」
ジンの表情が少し変わった。
「……なるほどな」
「警察が守ってくれるわけじゃなかった。国も守ってくれなかった。そもそも、そこにいる人間として数えてもらえてない人も多かった」
「…………」
「だったら、自分たちで守るしかない」
「報復を抑止力にしたってことか」
「たぶん」
ドンは頷いた。
「俺がいた頃もそうだった。人攫いが来て、酷い目に遭った。そのあと報復したら、しばらく別の人攫いも来なくなった」
「一人に報復することで、次の奴を止める」
「うん」
「合理的っちゃ合理的だな」
「悲しいけどな」
「…………」
「本当は、『子供を攫ったら酷い目に遭うからやめよう』じゃなくて、『子供を攫っちゃダメだからやめよう』で済めばいい」
「世の中そうはいかねえ」
「だから悲しいんだろ( ˙ω˙ )」
「……そうだな」
ドンは続けた。
「でも、そうやって何十年も、もしかしたら何百年も続けたら」
「流星街に手を出すな、って評判そのものが残る」
「うん」
「信用インフラってわけか」
「それ」
ドンが頷いた。
「嫌な信用だけど、街の人たちを守るための財産だ」
そして。
「じゃあさ」
「あ?」
「その蜘蛛って、その信用を使えるんだろ?」
「……流星街との関係が知られてる相手には、そうだろうな」
「蜘蛛に手を出したら、流星街まで敵に回すかもしれない?」
「そう考える奴はいるだろう」
「逆も?」
「何がだ」
「蜘蛛が何かやったら、『流星街の連中は危険だ』って思われない?」
「…………」
ジンが黙った。
「旅団と流星街を区別しない奴はいるだろうな」
「じゃあ」
ドンは首を傾げた。
「それ、変じゃない?」
「どこが?」
「流星街の人たちは、自分たちが生きるために怖がられてきたんだろ?」
「ああ」
「子供を攫わせないため。仲間を殺させないため。自分たちをゴミみたいに扱わせないため」
「ああ」
「蜘蛛は?」
「…………」
「蜘蛛が盗みたいものを盗むために怖がられるのと、それ、同じなの?」
ジンは答えなかった。
ドンは少し考える。
「俺、蜘蛛の人たちに会ったことないから、決めつけちゃダメだけど」
「そこは大事だな」
「うん」
「街との間に、俺たちが知らねえ関係があるかもしれねえ。旅団がいること自体が流星街への抑止力を強めてる可能性だってある」
「うん」
「街に何か返してる可能性もある」
「うん」
「だから外から見て、ただ乗りだと断定するのは早え」
「そうだな」
ドンは素直に頷いた。
それから。
「でも、確認はしたくなるな」
「何を?」
「その怖さ」
「…………」
「誰を守るための怖さなんだろうって( ˙ω˙ )」
◇
ドンはスマートフォンを触っていた。
「幻影旅団……」
「何してんだ」
「検索」
「覚えるの早えな」
「便利だぞ、これ」
「知ってるよ」
「蜘蛛のマーク入れてるんだな」
「ああ」
「十三人」
「基本はな」
「団長が頭で、十二本の脚」
「そうだ」
「頭が死んでも誰かが継ぐ」
「らしいな」
「ふうん」
しばらく画面を眺める。
「会社みたいだな」
「どこがだよ」
「組織が個人より上なんだろ?」
「……まあ、そういう面はある」
「だったら余計に気になる」
「何が?」
「誰のための組織なんだ?」
「…………」
「蜘蛛のため?」
「本人たちはそう考えてるかもな」
「流星街のため?」
「同じとは限らねえ」
「だよな」
ドンがスマートフォンを置いた。
「じゃあ、やっぱり分けて考えた方がいい」
「何を?」
「流星街と蜘蛛」
ドンは古い野帳を開いた。
『パンが足りなかった。』
そんな一文がある。
次のページには。
『子供が一人、冬を越せなかった。』
さらに後には。
『人攫いが来なくなった。』
ドンはそこを指した。
「この人たちが怖がられたかったのは、強盗したかったからじゃない」
「…………」
「生きたかったからだ」
ジンは黙って聞いていた。
「それで作った信用を」
ドンは少し困ったような顔をした。
「別の人たちが、自分たちの好きなことをするためにも使ってるなら」
「フリーライダーか」
「そう。それ」
「経済用語まで覚えやがった」
「ネットに書いてあった( ˙ω˙ )」
「便利だなお前」
「便利なのはネットだぞ」
「分かってるよ」
ドンは笑った。
だが、すぐに古い野帳へ視線を戻した。
「……ただ乗りじゃないといいな」
「なんでだ?」
「だって」
少しだけ間を置く。
「俺が知ってた流星街の人たちは、そんなに余裕なかったから」
「…………」
「怖がられるのだって、タダじゃないんだよ」
ジンが目を細めた。
「人が死ぬ。恨まれる。もっと酷い報復が来るかもしれない。それでもやらなきゃ、次に子供が攫われる」
「…………」
「そうやって払った代金で作った信用なら」
ドンは言った。
「使う人は、ちゃんと街に返した方がいいと思う( ˙ω˙ )」
◇
「しかしお前」
「うん?」
「三百年前に流星街の外でゴミ拾ってただけだよな?」
「うん」
「なんで帰ってきて早々、幻影旅団のフリーライダー問題を論じてんだよ」
「気になったから」
「本人たちに言うなよ」
「なんで?」
「面倒だからだよ!」
「聞いてみないと分からないぞ」
「何を!?」
「ちゃんと街に利益返してるか」
「お前、幻影旅団に株主総会でも開かせる気か!?」
「会社じゃないの?」
「犯罪集団だっつってんだろ!!」
「じゃあ決算書ないのか」
「あるわけねえだろ!!」
「困ったな( ˙ω˙ )」
「何がだよ!!」
「フリーライダーか判断できない」
「判断しなくていい!!」
ドンは納得していない顔だった。
「じゃあ会ったら聞く」
「やめろ」
「『流星街の信用インフラに対する便益の還元状況を教えてください』」
「絶対やめろ!!」
「あと旅団って福利厚生あるのかな」
「知らねえよ!!」
「労災は?」
「犯罪中の怪我に労災が出てたまるか!!」
「労基署――」
「行くな!!」
「まだ何も言ってないぞ( ˙ω˙ )」
「お前が労基署って言い出す時は大体間違ってんだよ!!」
机の上には、三百年前の野帳が開かれていた。
そこに蜘蛛はいない。
幻影旅団もいない。
あるのは、名前も残らなかった人々が、自分たちを守るために積み重ねた記録だけだった。
怖がられることを望んだわけではない。
怖がられなければ、生きられなかった。
その違いだけは。
三百年経っても、ドンは忘れていなかった。