ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」 作:笑嘲嗤
ヨークシンシティ。
世界有数の大都市を歩きながら、ドンは何度目か分からない感嘆の声を上げた。
「すごいなぁ( ˙ω˙ )」
「何がだ」
「店がちゃんと店だ」
「……どういう感想だよ」
「道端で銃売ってない」
「三百年前のヨークシンどうなってんだよ」
「弾は別の店だったぞ」
「そういう問題じゃねえ!!」
ジンが振り返る。
「そもそもお前、本当に昔ここに来たことあるのか?」
「あるぞ。流星街の外で拾ったものを売りに来てた」
「ここまで?」
「うん。鉄とか銅とか。壊れた機械も売れたな」
「三百年前から闇市があったのか」
「あったぞ」
ドンは即答した。
「結構大きかった」
「……ヨークシンの成立については諸説ある」
「そうなの?」
「交易拠点が発展したって説もあれば、昔からあった大規模な闇市が都市化したって説もある」
「ああ」
ドンが頷く。
「じゃあ闇市の方だな( ˙ω˙ )」
「歴史学上の論争を生き証人が雑に終わらせるな!!」
「でも闇市だったぞ?」
「お前が来る以前から街があった可能性もあるだろ!」
「あ」
ドンが止まった。
「そうだな」
「…………」
「俺が来た頃には大きな闇市があった。それより前は知らない( ˙ω˙ )」
「……そこはちゃんと分けんだな」
「見てないものは分からないからな」
ドンは周囲を見渡した。
三百年前にはなかった高層建築。
舗装された道路。
無数の店。
行き交う人々。
「でも、変わったな」
「三百年だぞ」
「昔はここでゴミ売って、その金でパン買ってた」
「例の会社か」
「うん。みんな貧乏だったからな。孤児と一緒に粗末なパンを分けてた」
ドンは笑った。
「何人かは死んで、何人かは大人になれた」
「…………」
「今は、そういう時代じゃないんだろ?」
「少なくとも、三百年前よりはな」
「そっか」
ドンは街を見上げた。
「いいことだね( ˙ω˙ )」
◇
「そういやジン」
「あ?」
「ハンター協会っていつできたの?」
「お前、そこから知らねえのか」
「俺が暗黒大陸に行った頃にはなかったぞ」
「…………」
ジンが足を止めた。
「何?」
「いや」
改めてドンを見る。
「お前、ハンター協会より古いんだな」
「人を建物みたいに言うな( ˙ω˙ )」
「そういう意味じゃねえよ」
ジンは歩きながら、ハンター制度について簡単に説明した。
ハンター試験。
ライセンス。
未知の探索。
珍獣。
財宝。
遺跡。
賞金首。
美食。
人によって追い求めるものは違う。
「へえ」
ドンは素直に感心した。
「いい制度だな」
「意外だな」
「なんで?」
「お前、資格とか嫌いそうだから」
「好きだぞ」
「そうなのか?」
「知らない場所に何も知らない人が大勢で入ったら危ないだろ。環境壊すかもしれないし、変なもの持って帰るかもしれない」
「…………」
「最低限、勉強してから行った方がいい」
「お前が言うと説得力あるような、ないような」
「俺みたいなのがいっぱい暗黒大陸に行ったら困るぞ( ˙ω˙ )」
「そこだけは全面的に同意する」
「失礼だな」
「で、お前自身は?」
「?」
「ハンターライセンス」
「持ってないぞ」
「知ってる」
「でもハンターの免許なら持ってた」
「は?」
「熊とか獲るやつ」
「そっちのハンターじゃねえ!!」
「銃も使えたぞ( ˙ω˙ )」
「三百年前の猟銃免許を現代のハンターライセンスみたいに言うな!!」
ドンは不思議そうに首を傾げた。
「でもハンターだろ?」
「……まあ、ハンターだけどよ」
「じゃあ俺、ハンターだな」
「ややこしい!!」
◇
二人は市場へ入った。
肉。
野菜。
果物。
香辛料。
世界各地から集められた食品が並んでいる。
「ヨークシン面白いな」
「さっきまで歴史の話してただろ」
「市場の方が面白い( ˙ω˙ )」
「お前そういう奴だったな」
ドンが一軒の店の前で止まった。
「蜂蜜」
「あ?」
「蜂蜜売ってる」
「そりゃ売ってるだろ」
「懐かしいな」
「三百年前にもあっただろ」
「いや」
ドンは瓶を眺めながら言った。
「暗黒大陸でよく飲んだ」
「…………」
ジンが嫌な予感を覚えた。
「何の蜜だ」
「キメラアント」
「待て」
「?」
「今なんつった」
「キメラアントの蜜( ˙ω˙ )」
「キメラアントは蜂蜜作らねえだろ!!」
「作ってたぞ」
「どこで!?」
「パプの花畑」
「…………」
「すごく広かった」
「ちょっと待て」
「?」
「情報を一個ずつ処理させろ」
「いいぞ」
「まずパプ」
「うん」
「人飼いの獣、パプだな?」
「そうだぞ」
「そいつが」
「うん」
「花畑を持ってる?」
「持ってた」
「そこで」
「キメラアントを養蜂してた( ˙ω˙ )」
「五大厄災がキメラアントで養蜂すんな!!」
市場の人間が振り返った。
ジンが咳払いする。
「……本当に養蜂なのか?」
「たぶん」
「根拠は?」
「花がいっぱい咲いてて、キメラアントが蜜を集めて巣に戻ってた」
「…………」
「パプが巣を管理してた」
「どうやって?」
「餌場を変えたり、巣を移したり、逃げた個体を追いかけたり」
「逃げた?」
「うん」
「どうしてた?」
「近ければ捕まえて戻してた」
「遠くまで逃げたやつは?」
「殺してた」
ジンの表情が変わった。
「……なんでだ」
「知らない」
「推測は?」
「キメラアントって食べたもので変わるだろ?」
「ああ」
「だから変なもの食べる前に止めてたのかなって思った」
「…………」
「花畑の個体は食べるものをかなり管理されてたぞ」
ジンが黙る。
しばらくして、小さく呟いた。
「人間世界に流れ着いた女王……」
「キメラアントだったんだろ?」
「ああ」
「じゃあ、逃げた個体だったのかもしれないな」
「証拠は?」
「ないぞ」
「だよな」
「俺が見たのは、逃げた個体を追いかけてたことだけだ。メビウスまで来た個体と同じ群れかも分からない」
「……それでいい」
「?」
「その区別は大事だ」
「そうだな( ˙ω˙ )」
ジンは考え込んだ。
管理された生物が逃走する。
管理者のいない土地へ侵入する。
そこで、本来なら与えられなかった餌を食う。
人間。
高い知能を持ち、念能力に目覚める可能性を持ち、際限なく欲望を膨らませる生物。
「……もしそうなら、とんでもねえ外来種事故だぞ」
「そりゃ人間なんか食わせちゃダメだろ( ˙ω˙ )」
「人間を危険飼料みたいに言うな!!」
「危険だろ?」
「否定しづれえ!!」
◇
「それで」
ジンが言った。
「なんでお前、その蜜飲んでんだ?」
「美味しそうだったから」
「…………」
「あと、パプに食われかかったから」
「待て」
「?」
「話が繋がってねえ」
「腹立ったんだよ( ˙ω˙ )」
「…………」
「やらかしてやろうと思って」
「お前、三百年以上生きてるよな?」
「今はな」
「その時でもいい歳だっただろ」
「うん」
「なんで報復方法が小学生なんだよ!!」
「一壺飲んだぞ」
「量の問題じゃねえ!!」
「美味かった」
「そこじゃねえ!!」
「花の匂いが強くて、ちょっと酸っぱくて、最後に舌が痺れる」
「毒入ってんじゃねえのか?」
「三日くらい舌が紫になった」
「毒だよ!!」
ドンは蜂蜜の瓶を眺めながら懐かしそうに笑った。
「でも、次に行ったら巣が高いところに移されてた」
「お前対策じゃねえか」
「だから木登りして取った」
「やめろ」
「その次に行ったら木に棘が生えてた」
「…………」
「手袋作った( ˙ω˙ )」
「やめろって」
「その次は見張りのキメラアントが増えた」
「お前のせいだろ!!」
「だから夜に行った」
「適応すんな!!」
「そしたら夜行性の見張りが出てきた」
「向こうも適応してんじゃねえか!!」
「面白かったぞ」
「面白くねえよ!!」
「最後の方、蜜の壺に蓋がついた」
「文明が一歩進んでんじゃねえか!!」
「俺も道具使ったぞ」
「何を!?」
「棒」
「小学生から進歩してねえ!!」
ドンは少し考えた。
「でも、パプも俺を食べようとしたからお互い様だろ( ˙ω˙ )」
「暗黒大陸で嫌な生存競争してんじゃねえ!!」
◇
「あ」
「今度はなんだ」
「思い出した」
「嫌な予感しかしねえ」
「パプ、その蜜をアイのところにも持っていってたぞ」
「…………」
ジンが止まった。
「誰が?」
「パプ」
「何を?」
「蜜」
「誰に?」
「アイ」
「…………」
「たぶんお裾分けだな( ˙ω˙ )」
「五大厄災同士でお裾分けすんな!!」
また市場の人間が振り返った。
「静かにしろよ」
「お前が言うな!!」
「野帳にも書いたぞ」
「出せ」
「今?」
「今すぐだ!!」
ドンは鞄を漁った。
「これかな」
「なんで三百年前の野帳を普通に持ち歩いてんだ」
「読んでたから」
「貸せ!」
ジンがページを開く。
『パプ、蜜の壺を三つ持って北へ移動。』
『ついていった。』
「お前なんでついていってんだよ」
「暇だったんだろ( ˙ω˙ )」
「過去の自分を他人みたいに言うな」
続ける。
『アイの群れがいる場所へ入った。』
『追い出されなかった。』
『蜜の壺を置いた。』
『アイが集まってきた。』
『しばらくしてパプが出てきた。』
『壺は空になっていた。』
『代わりに小さい何かを持っていた。遠くて見えなかった。』
『仲いいのかな。( ˙ω˙ )』
「…………」
「な?」
「最後の一行以外、とんでもねえ観察記録じゃねえか!!」
「最後も大事だぞ」
「なんでだよ!」
「仲悪かったら近づかないだろ」
「…………」
「観察だぞ( ˙ω˙ )」
「クソ……」
ジンはもう一度読み返した。
パプが物資を運ぶ。
アイ側は排除しない。
蜜らしきものを消費する。
パプは別の何かを持ち帰る。
「……交換か?」
「かもしれない」
「交易?」
「かもしれない」
「社会的関係があるのか?」
「かもしれない」
「共生?」
「かもしれない」
「お前はどう思う?」
「仲いいのかなって( ˙ω˙ )」
「三百年前から解釈だけ解像度低いな!!」
ジンは頭を掻いた。
「俺たちは五大厄災を、それぞれ独立した危険として分類してる」
「うん」
「だが当然なんだ。同じ大陸に生息してるなら、相互作用がある」
「そりゃあるだろ」
「…………」
「同じところに住んでるんだから( ˙ω˙ )」
「その当たり前を人類は知らねえんだよ!!」
ジンの頭の中で、五大厄災という言葉そのものが崩れていく。
人類がそう名付けただけだ。
人間にもたらした被害を基準に選び、分類した五つの存在。
だが暗黒大陸には暗黒大陸の生態系がある。
パプにはパプの生活がある。
アイにはアイの生活がある。
キメラアントにはキメラアントの生態がある。
それらが互いに関係していない理由など、最初からなかった。
「……なあ、ドン」
「うん?」
「その小さい何か、何だったと思う?」
「分からない」
「見に行かなかったのか?」
「行ったぞ」
「行ったのかよ!」
「パプに見つかった」
「それで?」
「追いかけられた」
「それで!?」
「逃げた」
「終わりかよ!!」
「命の賭けどころを間違えるな( ˙ω˙ )」
「お前が言うな!!」
◇
市場を出る頃には、ドンの手に蜂蜜の瓶が一本増えていた。
「買ったのか」
「うん」
「暗黒大陸で散々飲んだんだろ」
「これは違う蜂蜜だろ?」
「まあな」
「じゃあ知らない味かもしれない」
「…………」
ドンが瓶を眺める。
「現代も結構面白いな( ˙ω˙ )」
「ヨークシンの蜂蜜一本で満足できる奴が、よく三百年も暗黒大陸歩けたな」
「逆だぞ」
「何が」
「こういうのを面白がれるから、三百年歩けたんだ」
ジンが少しだけ笑った。
「……そうかよ」
「ところで」
「あ?」
「パプの蜜、商品化できないかな」
「やめろ」
「美味いぞ」
「やめろ」
「希少価値もある」
「やめろ」
「養蜂家と直接交渉すれば――」
「そいつ養蜂家じゃなくて五大厄災だ!!」
「でも養蜂してたぞ( ˙ω˙ )」
「だからって職業欄に養蜂家って書くんじゃねえ!!」
「パプさんちの蜂蜜」
「商品名考えんな!!」
「アイもおすすめ」
「勝手に推薦させるな!!」
「じゃあ俺がおすすめする」
「お前、盗み食いしただけだろ!!」
「味見だぞ( ˙ω˙ )」
「三百年越しに言い換えるな!!」
三百年前。
闇市だった街は、巨大な都市になった。
人を守る制度が生まれ、未知を追う者にはハンターという名前がついた。
その間にも。
人間が暗黒と呼んだ大陸では、パプが花畑を歩き、キメラアントが蜜を集め、アイのもとへ壺が運ばれていたのかもしれない。
交易だったのか。
共生だったのか。
まったく別の生態だったのか。
まだ分からない。
ドンが確かに知っているのは一つだけだった。
「やっぱ蜂蜜は美味いな( ˙ω˙ )」
「その結論で締めんのかよ」
そしてドンの旅は続く。