ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」 作:笑嘲嗤
ジンは困惑していた。
「球技の道具だった( ˙ω˙ )」
「…………は?」
ジンは目の前の男を見た。
ドン=フリークス。
三百年以上前に『新大陸紀行・東』を書き、そのまま暗黒大陸を歩き続け、つい先日『西』を書き終えて帰ってきた男。
その男が今、五大厄災の一つについて、とんでもないことを言った。
「待て」
「うん」
「ブリオンだぞ?」
「ブリオンだな」
「古代遺跡を守る正体不明の球体だぞ?」
「そう思ってた( ˙ω˙ )」
「思ってた?」
「俺も東編を書いた頃は古代兵器だと思ってたから」
ドンはテーブルの上に積まれた原稿から一冊を抜き取った。
ぱらぱらとページをめくる。
「でも、間違ってた」
「……何が?」
「前提が」
ドンは一枚の図をジンへ見せた。
複雑に入り組んだ巨大建造物。
壁。
柱。
吹き抜け。
不自然な位置に設けられた足場。
そして、建物のあちこちに描かれた輪。
「ブリオンはな。サッカーで言えばボールで」
「ああ」
「迷宮都市は……パルクールステージなんだ」
「…………」
ドンは図面を指差した。
「つまり――」
一拍置いた。
「三次元サッカーだ( ˙ω˙ )」
「…………」
ジンは図面を見た。
ドンを見た。
もう一度図面を見た。
「……お前、サッカー知ってんのか?」
「帰ってきてから動画で見た」
「最近じゃねえか!!」
「昔にも似た球技はあったけど、説明するならサッカーが一番近い」
「じゃあパルクールは?」
「昨日知った。すごいな、あれ」
「現代文明への適応が早すぎるだろ!!」
ドンは気にせず話を続けた。
「迷宮都市って呼ばれてるけど、あれ、たぶん都市ですらないぞ」
「何?」
「競技場だ」
「…………」
「少なくとも俺が調べた範囲ではな」
ドンが図面を指でなぞる。
「普通に歩こうとすると、意味不明な構造なんだ。階段が途中でなくなってたり、壁に足場があったり、何十メートルも上に輪っかがあったりする」
「それがゴール?」
「たぶん」
「たぶん?」
「作った奴に聞いたわけじゃないからな」
さらっと言った。
「七つ見つけた。高さも向きも全部違う。地面から狙えるものもあれば、壁を登らないと無理なものもある」
ジンは図面に顔を近づけた。
迷宮だと思えば、異常な構造だった。
だが――。
競技場。
そう考えれば。
「……この柱」
「足場になる」
「こっちの壁の出っ張りは?」
「走って登れる」
「この傾斜は?」
「ブリオンを蹴ると跳ね返る」
「…………」
ジンの表情が変わった。
「おい」
「ん?」
「まさかお前――」
「ああ」
ドンは嬉しそうに笑った。
「やったぞ( ˙ω˙ )」
「やったのかよ!!」
「面白かった」
「五大厄災で遊ぶな!!」
「遊ぶためのものなんだから遊んでいいだろ」
「そういう問題じゃねえ!!」
ジンは頭を抱えた。
そして、すぐに顔を上げる。
「待て」
「うん?」
「なら説明がつかねえ」
「何が?」
「あの遺跡には、ブリオンによって壊滅させられた調査隊がある」
「ああ」
「軍の特殊部隊だ。武装した精鋭が、ほとんど何もできずにやられた」
「そりゃそうだろ」
ドンは何を当たり前のことを、とでも言いたげだった。
「……なんで?」
「銃持ってたんだろ?」
「ああ」
「手に?」
「当たり前だろ」
「じゃあハンドじゃん( ˙ω˙ )」
「…………」
ジンの思考が止まった。
「……は?」
「ハンド」
「聞こえてるよ」
「反則だろ?」
「特殊部隊が壊滅した理由がハンド!?」
「たぶんな」
「判定が重すぎるだろ!!」
「昔の競技だからなぁ」
「昔のスポーツを何だと思ってんだ!!」
「しかも銃撃ったんだろ?」
「撃っただろうな!」
「危険行為」
「イエローカードで済ませろ!!」
「たぶんレッドだったんじゃない?」
「退場の意味が物理的すぎるんだよ!!」
ドンは首を傾げた。
「でも、競技中にボール撃ったら怒られるだろ」
「普通のボールは怒らねえんだよ!!」
「ブリオンは怒るぞ」
「だから五大厄災に指定されてんだよ!!」
「なるほど( ˙ω˙ )」
「今納得すんな!!」
ジンは息を吐いた。
頭が痛くなってきた。
「……じゃあ、お前はどうやってそれを調べた?」
「ああ、それな」
ドンが別のページを開いた。
そこには、壁画らしきものの精密な模写があった。
「最初は俺も逃げてたんだよ。ブリオンが追ってくるから」
「当然だ」
「でも、妙だった」
「何が?」
「追いかけてくるのに、殺せる時でも殺さないことがあった」
ジンの目が細くなった。
「……続けろ」
「特定の場所を通ると止まる。特定の行動をすると追撃してくる。逆に、こっちがある動きをすると、ブリオンも決まった動きをする」
「規則がある」
「そう」
ドンは壁画を指差した。
「それで壁画を見直した」
複数の人間らしき姿。
宙を舞う球体。
跳躍する者。
壁を駆ける者。
それを囲む大勢の人影。
「東編を書いた頃の俺は、これを戦争の記録だと思った」
「……武器を持ってないな」
「そうなんだよ」
「観客らしき連中もいる」
「そうなんだよ」
「…………」
「それで思った」
ドンは言った。
「これ、戦争じゃなくてスポーツじゃないかって」
ジンは黙った。
荒唐無稽な話だった。
だが。
観察から仮説を立て、行動の規則性を探し、過去の資料と照合する。
やっていること自体は、極めてまともだった。
「それで?」
「蹴ってみた」
「急に雑だな!!」
「仮説は検証しないと」
「命懸けでやるな!!」
「暗黒大陸だぞ?」
「その一言で全部済ませるな!!」
ドンは楽しそうだった。
「そしたら反応が変わった」
「どう変わった?」
「追ってこなくなった」
「……!」
「代わりに俺の前に転がってきた」
ジンの顔から笑いが消える。
「つまり……」
「たぶん『次、お前な』ってことだったんだろうな」
「…………」
「蹴り返した」
「どうなった?」
「返ってきた」
「…………」
「もう一回蹴った」
「返ってきた?」
「うん」
「…………」
「楽しくなった( ˙ω˙ )」
「お前の好奇心の沸点低すぎねえ!?」
「でも一人じゃ試せないことも多かったんだよ」
「そりゃチーム競技ならな」
「だからチームメイトを集めた」
ジンは嫌な予感がした。
三百年以上暗黒大陸を歩いた男が、あの場所で。
誰を。
「……誰を?」
「アイ」
「…………」
「近くにいたから」
「待て」
「うん?」
「今、なんて言った?」
「アイ」
「五大厄災の?」
「その呼び方なら、たぶんそう」
「たぶんで五大厄災を出すな!!」
ドンは不思議そうな顔をした。
「だって一人じゃチーム組めないだろ?」
「だからってアイを誘うな!!」
「他にいなかったんだよ」
「近所のガキを草サッカーに誘うノリで五大厄災を使うな!!」
「ちゃんとお願いしたぞ」
ジンの動きが止まった。
「…………お願い?」
「うん」
ドンは当時を思い出すように言った。
「『チームメイトになってよ!』って」
「…………」
「そしたら」
ドンは両手を少し上げて、何かを真似した。
「アイ」
「…………」
「って」
「それ返事だったのか!?」
「たぶん」
「お前さっきから『たぶん』多くないか!?」
「知らないことを知ってるって言っちゃダメだろ」
「そこだけ急に研究者として正しいこと言うな!!」
ドンによれば。
アイたちは来た。
一体。
二体。
三体。
ドンが人数を数えながらチームを分けた。
「君こっちな」
「アイ」
「君は向こう」
「アイ」
「そっち人数多いな。一人こっち来て」
「アイ」
「よし( ˙ω˙ )」
ジンは両手で顔を覆った。
「……なんだこの光景」
「楽しかったぞ」
「聞いてねえよ」
「アイたち、身体能力高いんだ」
「五大厄災をスポーツ強豪校みたいに評価するな」
「壁走るの上手いし」
「だろうな!」
「連携も覚えるの早い」
「だろうな!!」
「ただ最初、全員ボールに集まる」
「小学生のサッカーじゃねえか!!」
「だからポジション教えた」
「五大厄災に何を教えてるんだお前は!!」
ドンは少し誇らしそうだった。
「最終的にはかなりいい試合になったぞ」
「……ちなみに」
ジンはもう聞きたくないと思いながら聞いた。
「どっちが勝った?」
「アイ」
「お前負けたの!?」
「強いんだよ、あの子たち」
「そりゃ五大厄災だからな!!」
「でもな」
ドンの声が少し変わった。
ジンが顔を上げる。
「人間が言ってるアイの話を聞いて、ちょっと不思議だった」
「……何が?」
「お願いを叶える代わりに、とんでもないことが起きるんだろ?」
「そういう報告がある」
「俺の時は何もなかったぞ」
「…………」
「一緒に遊んでってお願いした」
「……ああ」
「一緒に遊んでくれた」
「…………」
「それだけ」
ジンは黙った。
ドンは原稿へ目を落とした。
「俺が会ったアイと、人間世界で確認されたものが全く同じなのかは分からない」
「…………」
「場所が違えば性質が違うかもしれない。俺が知らない条件があるかもしれない。だから断言はできない」
ジンは原稿を見る。
そこには観察結果と、その横に何度も同じ言葉が書かれていた。
――不明。
――要検証。
――推測。
三百年を生きた男の記録には、驚くほど「分からない」が多かった。
「たださ」
ドンが言った。
「もし、あの子たちがお願いされたことに必死に応えようとしてるだけなら」
ジンがドンを見る。
「人間が、とんでもなく難しいお願いばっかりしてる可能性もあるだろ?」
「…………」
「だから俺は、簡単なお願いから試した方がいいと思う」
「それが」
ジンは額を押さえた。
「『一緒にサッカーしよう』だったのか?」
「うん( ˙ω˙ )」
「もっと他になかったのかよ……」
「楽しかったぞ?」
「そういう問題じゃねえ」
ドンは笑った。
「まあ、アイについてはまだ分からないことが多いよ」
「ブリオンは?」
「こっちはかなり自信ある」
「三次元サッカー?」
「三次元サッカー」
「…………」
ジンは改めて原稿をめくった。
そこには『新大陸紀行・西』へ収録するための訂正文があった。
――『新大陸紀行・東』において、ブリオンを古代文明が残した兵器と記載した。
――長期間の追加観察の結果、この記述は誤りである可能性が極めて高い。
――ブリオンは、迷宮都市において行われていた球技に使用される競技用具と考えられる。
――東編における著者の観察不足を訂正し、お詫びする。
ジンはそこでページをめくる手を止めた。
「……ちゃんと謝るんだな」
「そりゃそうだろ」
「三百年前の本だぞ?」
「俺が書いたことに変わりないじゃん」
ドンは当然のように言った。
「未知について間違えるのは仕方ない」
そして。
「でも、既知になったあと訂正しないのはダメだよ( ˙ω˙ )」
「…………」
ジンはしばらく黙っていた。
この男が三百年間生きている理由は、まだ分からない。
念能力も。
暗黒大陸を生き抜いた方法も。
そもそも本当に自分と血が繋がっているのかさえ分からない。
だが。
一つだけ分かったことがある。
こいつは、三百年間ずっとこうしてきたのだ。
見て。
考えて。
間違えて。
訂正して。
そして、また知らないものを見つける。
「……なあ」
「ん?」
「その三次元サッカー」
「うん」
「…………面白いのか?」
ドンの顔が明るくなった。
「面白いぞ( ˙ω˙ )」
「…………」
「やりたい?」
「…………」
「ジンもやりたい?」
「…………やりてえ」
「だろ?」
「クソッ!! 五大厄災なのに!!」
ドンは嬉しそうに次のページを開いた。
「じゃあルール教えるよ」
「ルールまでまとめてあんのか!?」
「もちろん」
そこには細かな図解とともに、競技規則らしきものがびっしり書き込まれていた。
ジンは一番下まで目を通した。
そして。
「…………おい」
「ん?」
「なんだこれ」
ドンが覗き込む。
ページの末尾。
そこには本文とは明らかに違う形式の記述があった。
迷宮都市遺跡 ★★★★☆
景観 ★★★★★
競技性 ★★★★★
初心者はハンドに注意。
トイレがないので★-1。( ˙ω˙ )
「…………」
「…………」
「旅行サイトじゃねえんだぞ!!」
「でもトイレないの困るだろ?」
「そこじゃねえ!!」
ドン=フリークス。
伝説の『新大陸紀行』著者。
三百年ぶりの帰還者。
彼によって明かされた五大厄災の真実、その第一弾。
ブリオン。
古代兵器――ではなく。
ボールだった。
なお。
銃を持って競技場へ入るとハンドになるので、絶対にやめよう。
ジンがツッコミ役とか草