ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」 作:笑嘲嗤
「……次」
「寺院( ˙ω˙ )」
「フィロソフィアの次が寺院か」
「うん」
「もう普通に人を食う怪獣とか出てきてくれねえかな」
「いっぱいいたぞ」
「そいつらの話をしてくれ」
「面白くないぞ。近づかなきゃいいだけだし( ˙ω˙ )」
「暗黒大陸への感想じゃねえんだよそれ」
ジンは『新大陸紀行・西』をめくった。
そこには奇妙な建造物が描かれていた。
巨大ではない。
周囲に集落はない。
そこへ続く道もない。
墓地もない。
耕作地もない。
建築した文明が存在した痕跡すら、周辺からは発見できなかった。
ただ。
「床を見てくれ( ˙ω˙ )」
「……窪んでるな」
「いっぱい」
石造りの床に無数の摩耗痕がある。
膝。
掌。
額。
人間か、それに似た何かが繰り返し身体を押しつけたような跡。
「祈った跡か?」
「そう見える」
「何人だ?」
「分からない」
「何年間?」
「分からない」
「誰に?」
「知らない」
「何を願った?」
「知らない( ˙ω˙ )」
「何も分かってねえじゃねえか」
「だから調べたんだろ」
祈り耐え果てた負存在寺院《1=0》。
誰が。
何に。
何のために。
どれほどの時間をかけて祈ったのか。
何一つ分からない。
ただ床だけが。
そこに祈りがあったことを覚えていた。
◇
「一人で入ったのか?」
「いや。その頃、オチマ連邦の探検隊と一緒だった( ˙ω˙ )」
「正規の?」
「非公式」
「だろうな」
プロハンター。
学者。
医師。
現地作業員。
そして報酬を条件に参加した死刑囚。
暗黒大陸西部を調査するための混成探検隊だった。
国家の命令を受けて調査するプロフェッショナルたち。
未踏区域での命がけの調査を行う覚悟あるものたち。
だから寺院の存在を知っていたわけでもない。
たまたま発見した。
だから調べた。
ただそれだけだった。
「それで?」
「みんなで入った」
「何があった?」
「啓示を受けた( ˙ω˙ )」
ジンの指が止まった。
「……啓示?」
「他に言い方が思いつかない」
◇
声ではなかった。
文字でもなかった。
映像でもなかった。
匂いでもない。
痛みでもない。
感情ですらない。
何かを思い出した感覚とも違う。
それなのに。
寺院へ入った全員が、ほぼ同時に立ち止まった。
「…………」
ドンも止まった。
何かがあった。
何かを受け取った。
そうとしか表現できない。
「今の、何だ?( ˙ω˙ )」
誰も答えられなかった。
プロハンターも。
学者も。
医師も。
死刑囚も。
全員が顔を見合わせる。
「何か……」
一人が呟いた。
「何かを、受け取った」
「何を?」
「分からない」
「俺も分からない( ˙ω˙ )」
「だが」
男は自分の胸に手を当てた。
「受け取った」
それだけは。
全員が否定できなかった。
◇
「集団幻覚」
「かもしれない」
「未知の念能力」
「かもしれない」
「精神操作」
「かもしれない」
「薬物?」
「検出できなかった」
「じゃあ、本当に何かから啓示を受けた?」
「それも分からない( ˙ω˙ )」
「…………」
「でも」
ドンが自分の手帳を見た。
「何もなかった、とは思えないんだ」
「三百年経った今でも?」
「うん」
「何を受け取った?」
「分からない」
「誰から?」
「分からない」
「何のために?」
「分からない」
「なのに?」
「受け取ったことだけは否定できない」
ジンは黙った。
内容がない。
送り手もいない。
目的もない。
少なくとも認識できない。
なのに。
受け取ったという確信だけが残っている。
◇
「それから?」
「みんな帰った( ˙ω˙ )」
「寺院から?」
「人間界に」
「……急だな」
「急だったぞ」
変化は啓示の直後だった。
「帰還する」
隊長が言った。
「え? 西へ行くんじゃなかったのか?( ˙ω˙ )」
「帰る」
「なんで?」
「伝えなければならない」
「何を?」
「…………」
隊長は答えなかった。
いや。
答えられなかった。
「我々が受け取ったものを」
「だから何を受け取ったんだ?」
「分からない」
「分からないものを伝えるのか?( ˙ω˙ )」
「そうだ」
「どうやって?」
「…………」
それにも答えられなかった。
それでも。
「伝えなければならない」
一人が荷物をまとめ始めた。
「一刻も早く」
別の一人も。
「人類へ」
また一人。
つい先ほどまで西へ進もうとしていた探検隊が。
突然。
帰還を最優先にし始めた。
◇
「待て」
ジンが遮った。
「寺院へ入る前からそういう思想を持ってた奴は?」
「知らない。少なくとも布教しに来た人たちじゃないぞ( ˙ω˙ )」
「宗教団体でもない」
「探検隊だな」
「なのに啓示の直後に『人類へ伝える』?」
「うん」
「お前も?」
「いや」
「……なんで?」
「カカシがいた( ˙ω˙ )」
「…………」
「酒飲んでた」
「…………」
「喋るんだぞ」
「情報を一個ずつ出せ!!」
◇
寺院の裏手。
帰還準備を始めた探検隊から離れて、ドンは周囲を調べていた。
そこで。
「…………( ˙ω˙ )」
一体のカカシが座っていた。
その隣には藁人形。
カカシが瓶を持ち上げる。
飲む。
藁人形が瓶を受け取る。
飲む。
「…………( ˙ω˙ )」
「なんだよ」
カカシが言った。
「喋った!( ˙ω˙ )」
「喋るよ」
「お前カカシだよな?」
「そうだよ」
「なんで喋れるんだ?」
「知らねえよ」
藁人形がドンを見る。
「ジロジロ見るな」
「こっちも喋った!( ˙ω˙ )」
「うるせえな」
「すごいな!」
「飲む?」
「飲む( ˙ω˙ )」
ドンは座った。
◇
「お前さ」
「何?」
「啓示を受けた直後だよな?」
「うん」
「同行者が全員、謎の使命感に駆られて帰還準備してる」
「うん」
「その状況で」
「うん」
「喋るカカシと酒飲み始めた?」
「だって喋るんだぞ( ˙ω˙ )」
「お前の好奇心、強すぎねえ?」
「藁人形も喋る」
「増やすな」
◇
「ドン!」
探検隊員が寺院の裏へ走ってきた。
「出発するぞ!」
「どこに?( ˙ω˙ )」
「帰る!」
「もう?」
「一刻も早く伝えなければならない!」
「そうか」
「お前も急げ!」
「俺はもうちょっといる」
「なぜだ!?」
「カカシが酒飲んでるから」
「…………」
カカシが瓶を掲げた。
「兄ちゃんも飲む?」
「…………」
探検隊員の頬が引きつった。
「我々には使命がある!」
「そうか( ˙ω˙ )」
「この教えを人類へ広めなければならない!」
「気をつけてなー」
「本当に来ないのか!?」
「俺、西へ行くし」
「…………」
「あと今飲んでるし( ˙ω˙ )」
「好きにしろ!!」
探検隊は帰った。
ドンは残った。
置いていかれた。
本人は特に困らなかった。
◇
「……その連中、その後どうなった?」
「知らない( ˙ω˙ )」
「一人も?」
「俺、そのあと西へ行ったから」
「名前は?」
「書いてあるぞ」
ドンが一冊の野帳を引っ張り出した。
ジンへ渡す。
日付。
天候。
人数。
所属。
役割。
簡単な似顔絵。
同行者の名前。
ドンにとっては。
三百年前、一緒に旅をした人間の記録。
それだけだった。
「この人は料理上手かったぞ( ˙ω˙ )」
「…………」
「こっちは足速かった」
「…………」
「この人はよく喋ってたな」
「…………」
「ジン?」
返事がない。
ジンが最初の名前へ戻った。
読む。
次。
次。
ページをめくる。
年代を確認する。
所属を見る。
似顔絵を見る。
「……嘘だろ」
「何が?」
「お前、本当にこいつらのその後を知らねえのか?」
「だから知らないって( ˙ω˙ )」
「この男」
ジンが名前を指差した。
「世界最大級の宗教【聖縁教】の開祖だ」
「へえ( ˙ω˙ )」
「で、こいつ」
次の名前。
「最初期の指導者の一人だ」
「へえ」
「こいつも」
「うん」
「こいつもだ」
「みんな同じところにいたのか?」
「いたどころじゃねえ」
ジンが顔を上げた。
「こいつらが始めたんだよ」
「何を?」
「今じゃ世界人口のおよそ三割が信仰してる世界宗教をだ!!」
「三割?」
「そうだ!」
「いっぱい伝えたんだな( ˙ω˙ )」
「…………」
ジンが止まった。
『伝えなければならない』
『一刻も早く』
『人類へ』
三百年前。
啓示を受けた直後。
彼らはそう言って帰っていった。
そして。
三百年後。
世界人口のおよそ三割。
「……本当に伝えやがった」
「ちゃんと帰れたんだな。よかった( ˙ω˙ )」
「無事どころじゃねえよ……」
◇
「どんな教えなんだ?」
ドンが訊いた。
「お前知らねえのかよ」
「三百年いなかったからな」
「……そうだった」
ジンは説明しようとして。
止まった。
「いや」
「何?」
「今は教義を寺院と結びつけない方がいい」
「なんで?」
「順番を間違える」
現在の教義を知っている。
だから寺院で起きた現象を、その教義に当てはめて理解したくなる。
だが。
三百年前。
彼らは「何を受け取ったのか」説明できなかった。
現在の教義が啓示そのものなのか。
帰還後に言語化したものなのか。
時間をかけて体系化されたものなのか。
後世の人間が付け加えたものなのか。
そもそも寺院と教義に直接的な因果関係があるのか。
何一つ証明されていない。
「確実なのは」
ジンが野帳を見る。
「こいつらが寺院に入った」
「うん」
「全員、説明できない何かを受け取った」
「うん」
「直後に、人類へ伝えると言って帰った」
「うん」
「後に、同じ連中が世界宗教を始めた」
「そうらしいな( ˙ω˙ )」
「そこまでだ」
「そうだな」
「……お前、こういう時だけ妙に慎重だな」
「分からないことを分かったことにしちゃダメだろ( ˙ω˙ )」
それが。
三百年間。
ドンが野帳にやってきたことだった。
◇
「でも」
ジンは腕を組んだ。
「これ、リスクなのか?」
「知らない」
「死者はいない」
「うん」
「探検隊は帰還した」
「うん」
「その後に作られた宗教が、何億人もの人生を支えてきたのも事実だ」
「ならいいことなんじゃない?」
「そう簡単じゃねえ」
「なんで?」
「もし寺院の何かが意図的にやったなら?」
「証拠ある?」
「ない」
「じゃあ分からないな( ˙ω˙ )」
「だから怖えんだよ」
洗脳だったのか。
啓示だったのか。
人類が未知の真理を獲得したのか。
ただ彼ら自身が何かを見つけただけなのか。
もしかすると。
これはリスクではない。
人類が暗黒大陸から得た、途方もないリターンなのかもしれない。
その判断さえ。
人類にはできない。
◇
「で」
ジンがページをめくった。
「本来のリターンは?」
「これ( ˙ω˙ )」
寺院最奥部。
一体の偶像が描かれている。
非生命に魂を与える禁偶像《プレースホルダー》。
「……魂?」
「たぶん」
「たぶんで済ませていい単語じゃねえぞ」
「カカシと藁人形、たぶんこれで魂入れられたんだと思う」
「本人に聞いた?」
「聞いた」
「なんて?」
「知らねえって」
「自分がどうやって生まれたかも?」
「知らない」
「寺院については?」
「知らない」
「啓示は?」
「知らない」
「プレースホルダーは?」
「知らない」
「何を知ってるんだよ!?」
「酒の作り方( ˙ω˙ )」
「なんでだよ!!」
◇
「寺院を守ってたのか?」
「全然」
「偶像を守ってた?」
「全然」
「侵入者を襲う?」
「俺と飲んでたぞ」
「誰かの命令を受けてる?」
「聞いたことないって」
「主人は?」
「いないって」
「じゃあ何してる?」
「酒飲んでる( ˙ω˙ )」
「それ以外」
「酒作ってる」
「…………」
「あとカカシは鳥が嫌い」
「そこはカカシらしいな」
「追い払うの面倒だから嫌いなんだって」
「魂あるじゃねえか!!」
もし本当にプレースホルダーによって生まれたのなら。
命令を遂行する人形ではない。
所有者に従う道具でもない。
寺院を守る番人でもない。
酒を飲み。
愚痴を言い。
面倒臭がり。
嫌いなものまである。
それを魂と呼ばずに。
何と呼べばいいのか。
◇
「……そのプレースホルダー」
「うん?」
「どうやって守られてた?」
「守られてないぞ」
「警備は?」
「ない」
「罠」
「ない」
「封印」
「ない」
「鎖とか」
「ない」
「持ち上げられる?」
「たぶん普通に( ˙ω˙ )」
「…………」
ジンが黙った。
「どうした?」
「お前、なんで持って帰らなかった?」
「…………」
「いや、お前はいい。旅行先のものを勝手に持って帰らない奴だから」
「うん」
「探検隊」
「?」
「ハンターもいた」
「いた」
「学者もいた」
「いた」
「死刑囚までいた」
「いたぞ」
「誰一人」
ジンが偶像の絵を指した。
「これを持ち帰ろうとしなかったのか?」
「…………」
ドンが止まった。
「どうした?」
「今言われて気づいた( ˙ω˙ )」
「何に」
「誰も持って帰ろうとしなかったな」
◇
警備はない。
罠もない。
封印もない。
番人もいない。
プレースホルダーは。
ただそこに置かれていた。
「価値が分からなかった?」
「カカシたち見たら普通は気になるだろ」
「危険だと思った?」
「そういう話もしてない」
「じゃあ、なぜ?」
「分からない( ˙ω˙ )」
ジンは野帳を見る。
啓示を受けた後。
探検隊は帰還した。
ドンは残った。
探検隊は教えを広めた。
ドンは広めなかった。
探検隊は人類へ戻った。
ドンはさらに西へ進んだ。
行動はまるで違う。
なのに。
「……一個だけ同じだ」
「何が?」
「プレースホルダーを持ち出さなかった」
「うん」
「全員」
「そうだな」
「お前も」
「うん」
「ドン」
「何?」
「今から考えろ」
「何を?」
「持って帰ればよかったと思うか?」
ドンは黙った。
少し考えた。
さらに考えた。
「…………」
「どうだ」
「思わないな( ˙ω˙ )」
「なんで?」
「分からない」
「危険だから?」
「分からない」
「盗むのが嫌だから?」
「それとは違う」
「価値がない?」
「すごいものだと思うぞ」
「だったらなんでだよ」
ドンは首を傾げた。
「あれは、あそこにあるものだろ?( ˙ω˙ )」
「…………」
「持って帰るものじゃない」
「誰が決めた?」
「…………」
「寺院?」
「分からない」
「啓示?」
「分からない」
「プレースホルダー?」
「分からない」
「じゃあなんでそう思う?」
「分からない( ˙ω˙ )」
ジンの背中に。
初めて冷たいものが走った。
◇
奪おうとした者を殺す必要がない。
盗人を追い払う必要もない。
番人を置く必要もない。
封印する必要もない。
持ち出すという選択肢が。
最初から。
訪問者の思考に浮かばなければいい。
「だから」
ジンが偶像の絵を見る。
「何百年経っても、そこにある」
「たぶんな( ˙ω˙ )」
「物理的な回収難度はほぼゼロ」
「持てればな」
「なのに回収実績ゼロ」
「俺が知ってる限りは」
「……最悪だ」
「そう?」
「しかもこれが防衛機構なのかすら分からねえ」
「うん」
「啓示の副作用かもしれない」
「うん」
「偶像自体の性質かもしれない」
「うん」
「単に全員が偶然そう思っただけかもしれない」
「あるな( ˙ω˙ )」
「その可能性が残るのが一番嫌なんだよ!!」
◇
寺院の最奥。
プレースホルダーの台座。
そこには同じ記号が繰り返し刻まれている。
1=0
一は零に等しい。
人間にはそう見える。
数式なのか。
言葉なのか。
名前なのか。
祈りなのか。
警告なのか。
それすら不明。
啓示との関係も。
プレースホルダーとの関係も。
魂を得たカカシたちとの関係も。
世界宗教との関係も。
何一つ証明されていない。
ドンの野帳には。
二行だけ。
この場所では、何かを信じたくなる。
何を信じればいいのかは、教えてくれない。
そして。
数行空けて。
別の筆圧で追記されていた。
カカシと藁人形に酒を与えないこと。
際限なく飲む。( ˙ω˙ )
「最後の二行いるか!?」
「重要だぞ」
「どこが!?」
「俺の酒ほとんど飲まれた」
「知らねえよ!!」
「藁人形の方が酒癖悪かった」
「生態調査みたいに書くな!!」
「酔うってことは魂だけじゃなくて生理作用も――」
「急に研究へ戻るな!!」
◇
ジンは野帳を閉じた。
しばらく黙る。
そして表紙を指で叩いた。
「……五大厄災に入れる」
「これ、厄災なのか?( ˙ω˙ )」
「分からねえ」
「リターンかもしれないぞ」
「それも分からねえ」
「誰も死んでない」
「分かってる」
「カカシたちは楽しそうだった」
「酒浸りだろうが」
「世界宗教もできた」
「それが人類にとって良かったのか悪かったのかも、一言じゃ決められねえ」
「じゃあなんで厄災?」
ジンは少し考えた。
「人間側に、リスクかリターンか判定する方法がねえからだ」
「変なの( ˙ω˙ )」
「お前にだけは言われたくねえ」
「ゴキブリの方が危ないぞ」
「次それかよ」
「絶対絶望だぞ( ˙ω˙ )」
「もう嫌な予感しかしねえ!!」
('ω')え?なにこれ?普通に怖いんだけど。