ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」 作:笑嘲嗤
「ところでさ」
ドンが『新大陸紀行・西』の原稿を整理しながら言った。
「さっき五大厄災って言ってたよな( ˙ω˙ )」
「ああ」
ジンは嫌な予感がした。
昨日、この男から聞かされた五大厄災の一つ――ブリオンの真相は、
古代兵器ではなく球技のボールだった。
迷宮都市も都市ではなく、パルクールを取り入れた三次元球技の競技場である可能性が高いという。
おまけにドンはアイたちを誘って実際に試合までしていた。
ジンは一晩寝た。
寝たところで意味は分からなかった。
「他には何が入ってるんだ?」
「……お前、本当に知らないのか?」
「人間が何を五大厄災に指定したのかは知らない」
「ゾバエ病」
ジンが答えた。
ドンの手が止まった。
「ゾバエ?」
「ああ」
「病気の?」
「病気以外にあるのか?」
「いや」
ドンは首を傾げた。
「あれが厄災なの?( ˙ω˙ )」
ジンは額を押さえた。
まただ。
昨日と同じだ。
「……一応聞く」
「うん」
「知ってるのか?」
「罹ったことあるぞ」
「…………」
ジンは黙った。
ドンも黙った。
「…………は?」
「ゾバエ病」
「聞こえてるよ!!」
「じゃあなんで聞いたんだ?」
「お前があまりにも普通に言うからだよ!!」
ジンは立ち上がった。
「ゾバエ病だぞ!? 人間が暗黒大陸から持ち帰った五大厄災の一つだ! 感染者は食事をほとんど必要とせず、異常なほど長期間生存する!」
「うん。そんな感じだった」
「そんな感じで済ませるな!」
「辛かったぞ?」
「何があった!?」
「便秘」
「…………」
「ひどい便秘だった( ˙ω˙ )」
「…………」
ジンは椅子に座り直した。
「待て」
「うん」
「俺は五大厄災の話をしてる」
「俺もゾバエ病の話をしてる」
「便秘の話じゃない」
「だから、そのゾバエ病が便秘なんだって」
「五大厄災を便秘で片付けるな!!」
ドンは困った顔をした。
「でも出ないんだぞ」
「何が?」
「うんこ」
「言わせんな!!」
「三ヶ月くらい」
「…………」
ジンの顔から表情が消えた。
「三ヶ月?」
「たぶんそれくらい」
「死ぬだろ!?」
「だから普通の便秘とは違うんだろうな」
ドンは自分の腹を撫でた。
「食欲がほとんどなくなった。水もそんなに欲しくなくなった。動けるんだけど、身体が妙に省エネになった感じがしてな」
ジンの表情が変わる。
「……待て」
「うん」
「食事を摂らなくても動けた?」
「かなり少なくても平気だった」
「排泄は?」
「だから出なかった」
「尿は?」
「減った」
「体温は?」
「少し下がったと思う。測るものなかったけど」
ジンは考え込んだ。
笑い話ではない。
少なくとも、ドンの語る症状には既知のゾバエ病と重なる部分がある。
「……どうやって罹った?」
「ミミズ食べた」
「…………」
「たぶん」
「なんでミミズを食った!?」
「食べられるか気になった」
「食べられたのか!?」
「食べられたぞ」
「じゃあなんで――」
「不味かった」
「『食べられる』の意味が違う!!」
「ちゃんと焼いたぞ」
「加熱の有無を問題にしてるんじゃねえ!」
「塩も振った」
「調理法を詳しくするな!!」
ドンは少し考えた。
「もう食べない」
「当たり前だ!!」
「西編にもそう書いた」
「書いたのかよ!?」
ドンが原稿を探し、該当箇所を開く。
ジンは覗き込んだ。
――某環形動物を加熱して摂食。
――味は悪い。
――数日後よりゾバエ病と思われる症状を発症。
――因果関係は未確定。今後の調査を要する。
そして最後に。
――もう食べない。( ˙ω˙ )
「日記じゃねえんだぞ!!」
「旅行記だぞ?」
「そうだった!!」
ジンは頭を抱えた。
しかし。
一つ気になる。
「……それで、どうやって治した?」
「出した」
「…………」
「うんこ」
「それはもう分かった!」
「出たら少しずつ食欲が戻った」
「自然に?」
「いや。何日か頑張ったけど無理だったから、腹の調子を良くする草を試した」
「下剤みたいなものか」
「たぶんな」
「…………」
ジンは腕を組んだ。
「ゾバエ病そのものが、排泄機能に関係していると思ってるのか?」
「分からない」
即答だった。
ジンがドンを見る。
「分からないのか?」
「俺一人しか調べてないからな」
「…………」
「病原体なのか、寄生虫なのか、毒なのか、それ以外なのかも分からない。ミミズとの因果関係も確定してない」
ドンは指を一本立てた。
「ただ、俺自身の症状として、摂取量が極端に減った」
二本目。
「排泄も極端に減った」
三本目。
「それでも長期間動けた」
四本目。
「排便後、徐々に元へ戻った」
手を下ろす。
「ここまでは観察したこと」
「……その先は?」
「想像が混じる」
ジンは少し笑った。
「ちゃんと分けるんだな」
「当たり前だろ?」
ドンは原稿を閉じた。
「俺は、ゾバエ病って宿主をすぐ殺すものじゃないんじゃないかと思ってる」
「理由は?」
「宿主を長く生かすことに意味があるのかもしれない」
「……なるほど」
「暗黒大陸では、排泄物を別の生物が食べるのかもしれない。そこからまた別の生物へ移るのかもしれない。俺が食べたミミズも、本来の生活環の一部だった可能性はある」
「全部仮説か」
「うん」
「証拠は?」
「ない」
「清々しいな」
「ないものはないからな( ˙ω˙ )」
ジンはしばらく黙った。
そして思い出した。
「そういや……」
「ん?」
「いるぞ」
「何が?」
「ゾバエ病の患者」
ドンの顔から笑みが消えた。
「人間世界に?」
「ああ」
「生きてる?」
「生きてる。少なくとも俺が知ってる記録じゃな」
ドンが身を乗り出した。
「どこ?」
◇ ◇ ◇
厳重な管理区域だった。
未知の病原体。
未知の感染経路。
未知の危険性。
暗黒大陸から帰還した人間に対して最大限の警戒が行われることを、ドンは一切批判しなかった。
防護。
消毒。
隔離。
記録。
検査。
説明を受けるたび、むしろ感心していた。
「ちゃんとしてるなぁ( ˙ω˙ )」
「意外だな」
「何が?」
「嫌がるかと思った」
「なんで?」
「三百年前には、こんな規則なかっただろ」
「なかったからいいんじゃない?」
ジンがドンを見る。
「分からない病気なんだから警戒するのは当たり前だよ。人間世界に広げたら困るだろ」
「…………」
「ルールが悪用されることがあるのと、ルールがいらないのは別だぞ」
ジンは少し目を細めた。
「……お前、思ってたより面倒くさい爺さんだな」
「まだ爺さんって歳じゃないぞ( ˙ω˙ )」
「三百歳超えてんだろうが!!」
やがて二人は、患者の管理状況について説明を受けた。
直接の接触は許可されなかった。
それ自体にドンは何も言わない。
ただ。
監視映像を見た瞬間だった。
ドンの表情が変わった。
患者は一人だった。
痩せ細っている。
長期間、生きている。
そして。
常時監視されていた。
「……トイレは?」
ドンが訊いた。
担当者が答える。
排泄管理のため、監視下にある。
「個室?」
感染管理上、完全な意味でのプライバシーは確保されていない。
ドンはしばらく黙った。
「最後にうんこしたの、いつ?」
担当者が記録を確認する。
沈黙。
さらに確認する。
顔色が変わった。
「……長期間、確認されていません」
「だろうなぁ」
ドンは頭を掻いた。
「下剤飲ませて、個室のトイレに入れてあげなよ」
その場にいた全員が黙った。
ジンだけが額を押さえた。
来た。
「……ドン」
「なんだ?」
「お前、自分が何の治療について意見してるか分かってるか?」
「ゾバエ病」
「五大厄災だぞ」
「でも患者は人間だろ?」
「…………」
ドンは監視映像を見る。
「病気が怖いのは分かるよ」
声は穏やかだった。
「俺だって、感染するかもしれないなら隔離する」
「…………」
「でもさ」
ドンは言った。
「人間には尊厳があるんだぞ」
誰も何も言わなかった。
「病気になったからって、何もかも人前でやれるようになるわけじゃない」
そしてドンはジンを見る。
「ジン、誰かにずっと見られてるところでうんこできる?」
「いい話を台無しにすんな!!」
「いや大事だぞ?」
「分かってるけど言い方!!」
「三百年生きても恥ずかしいものは恥ずかしいぞ」
「そこは妙に普通なんだな!!」
ドンは担当者へ向き直った。
「感染対策はそのままでいい。排泄物も危険物として扱った方がいい。俺の仮説が外れてる可能性もある」
「…………」
「でも、本人から見えない方法で安全確認できない?」
現在の技術なら可能だった。
直接監視ではなく、異常時のみ対応できる仕組み。
感染管理を維持したままの完全個室。
医師たちの協議が始まった。
当然、ドンの一言だけで治療方針が決まることはなかった。
検査。
既往記録。
薬剤の選定。
感染対策。
倫理面。
そして本人への説明と同意。
それらを経て。
排便を促す処置が試みられることになった。
◇ ◇ ◇
数時間後。
ジンは廊下の椅子に座っていた。
隣ではドンが茶を飲んでいる。
「……なあ」
「ん?」
「本当にこれで治ったらどうする?」
「よかったなって言う」
「そうじゃねえ」
「?」
「世界中の研究者が何年も頭抱えてた病気だぞ」
「俺だって頭抱えたぞ」
「三ヶ月便秘だったからだろ!!」
「辛かったんだぞ( ˙ω˙ )」
「知らねえよ!!」
扉が開いた。
医師が出てきた。
ジンが立ち上がる。
ドンは茶を飲んでいる。
医師は何とも言えない表情をしていた。
「……排便が確認されました」
沈黙。
「患者の状態は?」
「まだ断定できません。ただ……」
医師が記録を見る。
「代謝に変化が出ています」
ジンの目が細くなる。
「意識状態にも改善が見られます。食欲を訴えています」
「…………」
「引き続き経過観察が必要です。これだけでゾバエ病が治癒したとは到底判断できません」
「そりゃそうだ」
ドンが頷いた。
「ちゃんと調べてあげて」
「はい」
医師が去っていく。
沈黙。
ジンがゆっくりドンを見る。
ドンもジンを見る。
「な?( ˙ω˙ )」
「『な?』じゃねえんだよ!!!!」
◇ ◇ ◇
数日後。
患者の状態はさらに改善していた。
原因はまだ分からない。
排便処置そのものが病態を改善したのか。
別の要因なのか。
一時的な変化なのか。
そもそもドンが三百年前に罹患したものと、現在ゾバエ病と呼ばれているものが完全に同一なのか。
分からない。
だから研究は続く。
ただ一つ。
患者は以前より明瞭に意思疎通できるようになっていた。
ドンは感染対策用の通信機越しに、その患者と話す機会を得た。
『……あの』
「うん?」
患者は少し躊躇した。
『トイレ……これからも、一人で使っていいんでしょうか』
ドンは一瞬、何を聞かれたのか分からないような顔をした。
そして。
「いいに決まってるだろ」
『…………』
「病気でも、人間なんだから( ˙ω˙ )」
患者は何も言わなかった。
ただ。
少しだけ笑った。
◇ ◇ ◇
後日。
ジンは一枚の研究計画書を読んでいた。
ゾバエ病の病態。
代謝機構。
消化管運動。
排泄物の感染性。
暗黒大陸における推定生活環。
検証すべきことは山ほどある。
その中に。
ドン=フリークスの症例を参考とした排便処置についての項目もあった。
ジンは書類を読み終えた。
「……おい」
「ん?」
ドンは『新大陸紀行・西』に何か書き足していた。
「研究者の間で、お前のやり方に仮称がついたらしいぞ」
「へえ」
「フリークス法」
「…………」
ドンが顔を上げた。
「便秘治療でよくない?」
「五大厄災なんだぞ!!」
「でも便秘だったぞ?」
「まだ確定してねえ!!」
「じゃあ」
ドンは原稿に一行書き加えた。
ジンが覗く。
そこには。
ゾバエ病 危険度:調査中
感染経路:不明
治療法:要検証
人間世界では患者のプライバシーにも配慮すること。
その下に、小さく。
あとミミズは食べない方がいい。( ˙ω˙ )
「最後の一文いるか!?」
「大事だぞ」
「普通は食わねえよ!!」
ドンは首を傾げた。
「食べられるか気にならない?」
「ならねえ!!」
三百年間、未知を追い続けた男によって提示された、五大厄災の新たな仮説。
ゾバエ病。
その正体はいまだ不明である。
ただし――。
患者にトイレくらい、一人で使わせてあげよう。
ドン「お前は人前でうんこが出来るか否か?答えろ」
クラピカ「答えは沈黙!」
ドン「そうか。三択目の漏らすを選択するのか……おむつあげるね」
クラピカ「(;´Д`)」