ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」 作:笑嘲嗤
「次はヘルベルだ」
ジンが資料を机の上に置いた。
ドンは『新大陸紀行・西』の原稿に何かを書き足していた。
「ヘルベル?」
「ああ」
「どんなのだっけ( ˙ω˙ )」
「お前、本当に三百年も暗黒大陸にいたのか?」
「名前が違うんだよ。俺が勝手につけた名前と」
「お前が勝手につけた名前?」
「うん」
ジンは嫌な予感がした。
ブリオン。
ゾバエ病。
この男と話していると、人類が命懸けで集めてきた暗黒大陸の情報が、次々と妙な方向へ転がっていく。
「双尾の蛇だ」
「ああ」
「知ってるな?」
「うん」
「人間の殺意に作用する。遭遇した調査隊は互いに殺し合い、壊滅した」
「そういうこともあるだろうなぁ」
ドンは頷いた。
ジンの目が細くなる。
「……ずいぶん軽いな」
「危ないぞ?」
「なら聞かせろ」
ジンが身を乗り出した。
「殺意を伝染する厄災――」
そして訊いた。
「どう攻略したんだ?」
ドンは鉛筆を置いた。
ジンを見る。
ほんの少し口角を上げた。
「逆に聞くよ♤」
「どこぞの奇術師の試験官ごっこやめろ!!」
「95点♧」
「やめろっつってんだろ!!」
「最近覚えたんだ( ˙ω˙ )」
「何を覚えてんだよ!」
「インターネットで見た」
「インターネットはお前に何を教えてんだ!!」
ドンは笑いながら鉛筆を持ち直した。
「じゃあ普通に聞くけどさ」
「最初からそうしろ」
「殺意って、誰に向けるの?」
「…………」
ジンが止まった。
「何?」
「だから」
ドンは首を傾げる。
「一人しかいなかったら、誰を殺したくなるんだ?( ˙ω˙ )」
「…………」
「…………」
「…………」
ジンは椅子へ座り直した。
「待て」
「うん」
「お前、ヘルベルの生息域を一人で通ったのか?」
「うん」
「それで?」
「普通に通れた」
「…………」
「しばらくついてきたぞ」
「ついてきた!?」
「何日か」
「五大厄災に尾行されるな!!」
「蛇だからな。尾はあるぞ。二本」
「そういう意味じゃねえ!!」
ドンは原稿をめくった。
「俺が最初に会った時は、小さい奴だった」
「小さい?」
「成体かどうかは分からない。双尾だったから同じ種類だとは思うけど」
「攻撃されたか?」
「されてない」
「殺意は?」
「特に」
「身体の異常は?」
「なかった」
「精神状態は?」
「普通」
「……本当に?」
「その日の野帳には『蛇がついてくる。かわいい』って書いてある」
「お前の普通を信用していいのか分からなくなってきた」
「失礼だな( ˙ω˙ )」
ジンは考える。
「じゃあ、お前の考えではヘルベルは人間に殺意を発生させるわけじゃない?」
「そこまでは言ってない」
即答だった。
「じゃあ何だ?」
「分からない」
「またか」
「分からないものを分かったって言ったらダメだろ」
ドンは指を一本立てた。
「俺が一人でいる時には、明確な異常は確認できなかった」
二本目。
「複数の人間がいる時には、異常が起きた」
「……複数?」
「うん」
「他の探検隊に会ったのか?」
「うん、途中まで一緒に歩いたことがある」
ジンの顔が変わった。
「どうなった?」
ドンは少し考えた。
「仲が悪くなった」
「…………」
「ものすごく」
◇ ◇ ◇
最初は普通の探検隊だった。
六人。
ドンが彼らと出会ったのは、森と湿地の境界だった。
目的地が途中まで同じだったため、数日だけ同行することになった。
「いい人たちだったぞ」
「どんな連中だ?」
「よく分からない」
「そこ覚えてないのかよ」
「三百年も歩いてたら全員の所属なんて覚えてられないよ」
「それはそうか……」
「でも料理が上手い人がいた」
「そこは覚えてんのか」
「飯は大事だぞ( ˙ω˙ )」
最初の二日間は、何も起きなかった。
三日目。
一人が言った。
自分の保存食が減っている。
「実際に減ってたのか?」
「分からない」
「調べなかった?」
「本人が食べた量を記録してなかったからな」
四日目。
別の一人が言った。
夜中、誰かに見られている気がする。
五日目。
隊長が自分たちを危険な道へ誘導していると、一人が言い始めた。
「……それで?」
「みんな喧嘩し始めた」
「どの程度だ」
「最初は口喧嘩」
ドンの表情が少しだけ変わった。
「そのうち、武器を触るようになった」
ジンは黙った。
「明らかに変だった?」
「うん」
「全員?」
「程度は違った。でも俺以外は」
「お前は?」
「腹減ったなぁって思ってた」
「お前だけ危機感の向いてる方向がおかしい!!」
「飯の時間だったから」
「そういう問題じゃねえ!」
ドンは続けた。
「それで思い出したんだ」
「何を?」
「例の蛇」
「ヘルベルか」
「うん」
「近くにいた?」
「いた」
「いつから?」
「たぶん最初から」
ジンの眉が動いた。
「お前についてきてた奴か?」
「同じ個体かは分からない」
「……そこは断定しないんだな」
「模様が少し違った気もするし」
「で、どうした?」
「全員の武器を預かった」
「よく預けたな」
「まだ話が通じるうちだったから」
「その後は?」
「テントを離した」
「…………」
「飯も別々にした」
「…………」
「見張りも一人ずつ」
「…………」
「三日くらい、なるべく顔を合わせないようにした」
ジンが目を細めた。
「それで?」
「落ち着いた」
「…………」
「仲直りしたぞ( ˙ω˙ )」
「人間関係の冷却期間じゃねえか!!」
「大事だぞ?」
「五大厄災への対処法として聞いてんだよ!」
「だから対処したじゃん」
「やり方が夫婦喧嘩なんだよ!!」
ドンは首を傾げた。
「でも効いたぞ?」
「…………」
ジンは反論しようとして。
やめた。
効いた。
少なくとも、ドンの観察では。
「……その蛇は?」
「いつの間にかいなくなってた」
「殺したのか?」
「なんで?」
「危険だからだよ!」
「危険だからって何でも殺したら、生態分からなくなるだろ」
「…………」
「それに」
ドンは少し考えた。
「ヘルベルだけが悪いのか、分からなかったからな」
「どういう意味だ?」
「最初に保存食の話をした人」
「ああ」
「もともと隊長とちょっと仲悪かったらしい」
「…………」
「夜中に見られてるって言った人も、その前の日に見張りの交代で揉めてた」
「…………」
「別の二人は、歩く速度で喧嘩してた」
ジンの表情が変わる。
「つまり」
「あの蛇が、何もないところから殺意を作ったのか」
ドンは言った。
「それとも」
「…………」
「もともと人間の中にある嫌な気持ちを、大きくしただけなのか」
沈黙。
「俺には分からなかった」
「…………」
「だから『殺意を伝染させる蛇』っていう説明も、ちょっと気になってる」
「どこが?」
「伝染っていうと、一人の殺意が別の人に移ったみたいだろ?」
「ああ」
「でも全員、嫌いな相手も理由も違ったんだよ」
ジンが腕を組む。
「……増幅か」
「かもしれない」
「感情そのものに作用している?」
「かもしれない」
「集団内の敵意に反応する?」
「かもしれない」
「何らかのフェロモンや毒物は?」
「調べてない」
「念能力の可能性は?」
「当時、念って系統あることすら知らなかった( ˙ω˙ )」
「お前三百年間ほんと何してたんだよ!!」
「旅行」
「知ってるよ!!」
ドンは笑った。
「だから、今なら専門家に調べてもらった方がいいと思う」
「捕獲するのか?」
「できれば殺さずに」
「危険だぞ」
「うん」
「調査員同士が殺し合う可能性もある」
「だから最初から一人ずつ離しておけばいいんじゃない?」
「…………」
「通信も必要最低限」
「…………」
「武器も持たせない」
「…………」
「あと全員個室」
「ホテルじゃねえんだぞ」
「仲の悪い人は同じ班にしない」
「修学旅行の班決めじゃねえ!!」
「でも大事だろ?」
「……否定できねえのが腹立つ」
ドンは原稿に何か書き始めた。
「何書いてる?」
「西編の追記」
ジンが覗き込む。
そこには。
ヘルベル
殺意への作用:確認例あり。
作用機序:不明。
単独行動時の発症:自身では確認できず。ただし安全を意味しない。
複数人の場合、既存の対人感情を増幅する可能性あり。要検証。
ジンは頷いた。
「まともだな」
「あと」
ドンがさらに書く。
団体旅行には向かない。
「旅行ガイドに戻すな」
さらに。
仲の悪い友達とは絶対に行かない方がいい。( ˙ω˙ )
「仲のいい友達とも行くな!!」
「じゃあ一人旅?」
「それも安全だと確認できてねえんだろ!」
「難しいなぁ」
「五大厄災だからな!!」
ドンはしばらく考えた。
そして何かを思い出したように顔を上げる。
「そうだ」
「なんだ?」
「ジンにも苦手なやつがいるだろ?そいつとは暗黒大陸に行かない方がいい」
それで思い浮かんだのはパリストンのさわやかな笑顔。
ジンは眉を寄せて渋い顔をする。
そしてドンが目を細めた。
「合格♤」
「だから奇術師の試験官ごっこやめろ!!」
◇ ◇ ◇
その日の夜。
ジンはドンの昔の野帳を読んでいた。
ヘルベルと遭遇した時期の記録。
簡潔な文章だった。
――同行者六名。
――三日目より対人関係の悪化を確認。
――五日目、武器への接触頻度が明確に増加。
――全員の了承を得て武器を隔離。
――野営地点を分散。
――接触機会を減らす。
――三日後より改善。
その次のページ。
――双尾の蛇を再確認。
――因果関係は不明。
さらに次。
――同行者たちと別れる。
――全員生存。
ジンの指が止まった。
最後に一行。
――仲直りできてよかった。( ˙ω˙ )
「…………」
ジンは少しだけ笑った。
殺意を伝染させる。
そう呼ばれる厄災。
もし本当に。
人間の中に存在する小さな疑念や怒りを、大きくする生物なのだとしたら。
恐ろしい。
だが。
同時に妙なことでもある。
ヘルベルが去ったあと。
人間たちは。
また仲直りできた。
「……なあ、ドン」
「んー?」
隣の部屋から声がする。
「お前、あの時の六人がその後どうなったか知ってるか?」
「知らない」
「そうか」
「でも」
ドンが顔を出した。
「最後にみんなで飯食ったぞ」
「…………」
「料理上手い人がスープ作ってくれた」
「美味かった?」
「美味かった( ˙ω˙ )」
「そうか」
ドンは再び部屋へ戻ろうとして。
止まった。
「ジン」
「なんだ?」
「ヘルベルって、怖い蛇だと思うよ」
「ああ」
「でも」
少し考える。
「人間が仲直りできるところまでは、奪えなかったんだな」
「…………」
ジンは野帳を閉じた。
「そうかもな」
「うん」
そしてドンは言った。
「だから一人旅がおすすめだぞ♤」
「いい話で終われよ!!」