ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」   作:笑嘲嗤

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第6話 ドン「旅行先のものを勝手に持って帰っちゃダメだぞ」ジン「なんかまともなこと言いやがるの腹立つ?!」

「リスクリターン?」

ドンが聞き返した。

「ああ」

ジンは机の上に広げた資料を指で叩いた。

暗黒大陸。

人類が暮らす世界とは比較にならないほど広大な土地。

そこには、人類の常識では測れない危険が存在する。

ブリオン。

ゾバエ病。

ヘルベル。

パプ。

アイ。

人類が持ち帰ったものだけでも、その被害は計り知れない。

だが。

「人類が暗黒大陸を目指す理由は、危険だけじゃねえ」

「そりゃそうだろ。危険だから行く奴は変だぞ( ˙ω˙ )」

「お前にだけは言われたくねえよ」

ジンは続けた。

「人類が暗黒大陸で遭遇したものには、巨大なリスクがある。だが、それに見合うだけの――いや、それ以上のリターンも存在する」

「リターン」

「そうだ」

ドンはしばらく黙った。

そして。

「その言い方、ちょっと気になるな」

ジンが眉を上げた。

「何がだ?」

「それ」

「ん?」

「誰のもの?( ˙ω˙ )」

「…………」

ジンが止まった。

「暗黒大陸にあるんだろ?」

「ああ」

「人間が作ったものじゃないんだろ?」

「まあな」

「じゃあ」

ドンは当然のように言った。

「勝手に持って帰っちゃダメじゃん」

「…………」

「旅行先のもの勝手に取ったらダメだぞ」

「暗黒大陸の問題を修学旅行の注意事項みたいに言うな!!」

「でもダメだろ?」

「……まあ」

「石も植物も生き物も、そこにある理由があるんだから」

「研究用の採取まで否定する気か?」

「しないよ」

即答だった。

「写真じゃ分からないものもある。標本が必要なこともある。病気を調べるなら検体も必要だろ」

「じゃあ何が問題なんだ?」

「必要な分だけにしろって話」

ドンは資料を指差した。

「人間って、これが役に立つって分かったらいっぱい欲しがるだろ?」

「…………」

「でも、その植物が何年で育つのか調べた?」

「ものによる」

「何が受粉させてる?」

「…………」

「実を食べて種を運んでる生き物は?」

「…………」

「その植物がなくなったら困る生き物は?」

「…………」

「一本抜いたら来年生えてくるのか、百年かかるのか」

ドンは首を傾げる。

「分からないうちは、あんまり取らない方がいいぞ( ˙ω˙ )」

ジンは腕を組んだ。

「……ド正論だな」

「だろ?」

「お前からド正論が出てくると不安になる」

「失礼だな」

「ミミズ食ってゾバエ病になった奴が言ってんだぞ」

「あれは食べられるか調べただけだ」

「そういうところだよ!!」

◇ ◇ ◇

「じゃあ」

ドンが資料を引き寄せた。

「人間は何をリターンって呼んでるの?」

「いくつかある」

「見たい」

「お前、たぶん全部知ってるだろ」

「人間世界でどう評価されてるかは知らない」

「……それもそうか」

ジンは一枚の資料を取り出した。

「まずはこれだ」

「うん」

「究極の長寿食――ニトロ米」

「あー」

ドンの反応は早かった。

「食った食った( ˙ω˙ )」

「やっぱりか」

「しばらく食ってた」

ジンの目が光った。

「どうだった?」

「死ぬほど不味い」

「…………」

「…………」

「何?」

「究極の長寿食だぞ?」

「うん」

「人類が追い求めてるんだぞ?」

「うん」

「食えば寿命が延びるとされてる」

「そうらしいな」

「なのに不味い?」

「めちゃくちゃ不味い」

ドンは考えた。

「なんて言えばいいかな」

「そこまでか?」

「ゲロで炊いたシャリ飯の上に」

「待て」

「腐った刺身を乗せて」

「待て待て」

「わさびマシマシにした感じ」

「究極の長寿食に取り返しのつかない風評被害を与えるな!!」

「でも本当にそんな感じなんだよ」

「もっと他に表現あるだろ!」

「じゃあジンも食ってみればいいじゃん」

「食えるなら食うよ!!」

「一口目は大丈夫だぞ」

「じゃあいけるだろ」

「噛むとくる」

「何が来るんだよ!?」

「全部」

「何だよ全部って!!」

ドンは遠い目をした。

「あと匂いがなぁ」

「もういい! 人類の夢を守らせろ!!」

「夢ならもっと美味しく品種改良した方がいいぞ」

「そこまで行けてねえんだよ!」

ドンは資料を眺める。

「でも長生きするっていうのは、たぶん本当だと思う」

ジンが顔を上げた。

「根拠は?」

「長く食べてる生き物は寿命が長かった」

「お前自身は?」

「三百年以上生きてるな」

「……やっぱりそれじゃねえのか?」

「分からない」

「なんでだよ」

「変な泉の水も飲んだし」

「…………」

「世界樹の樹液も舐めた」

「…………」

「でかい蜂に刺されたこともある」

「…………」

「変な霧の中で半年くらい暮らした」

「交絡因子が多すぎる!!」

「健康って複合要因だからな( ˙ω˙ )」

「医学者が一番嫌がるサンプルだよお前!!」

「あとニトロ米、途中で食べるのやめたし」

「なんで?」

「不味いから」

「長寿より味を取ったのか!?」

「毎日食べるんだぞ?」

ドンは真顔だった。

「長生きして何するんだよ」

「……旅?」

「不味い飯食うために旅してるわけじゃないぞ」

「妙なところで人生観がまともだな……」

ドンは紙の端に何かを書いた。

「何だそれ?」

「評価」

そこには。

ニトロ米 ★☆☆☆☆

効能 ★★★★★

希少性 ★★★★★

味 ☆☆☆☆☆

食感 ★☆☆☆☆

また食べたい ☆☆☆☆☆

そして。

長生きしてまでこれを食べ続けたいかは、よく考えた方がいい。( ˙ω˙ )

「人類の夢を食べログみたいに評価するな!!」

◇ ◇ ◇

それからしばらく。

人類が「希望」と呼ぶものを、ドンは次々に見ていった。

あるものには。

「便利そうだな」

と言った。

あるものには。

「これ、採りすぎたらまずいぞ」

と言った。

あるものには。

「知らない」

と言った。

そして。

ある巨大な植物の資料を見た時には。

「これの花、綺麗だぞ」

と言った。

ジンが食いついた。

「何か効能があるのか?」

「知らない」

「薬効は?」

「知らない」

「食える?」

「知らない」

「念に作用する可能性は?」

「知らない」

「……何を調べたんだ?」

「花見てた」

「…………」

「白っぽい花が咲くんだよ。すげえでかいんだけど、遠くから見ると普通の花みたいに見える」

「それだけ?」

「匂いもいいぞ」

「それだけ?」

「綺麗だぞ?」

「…………」

ドンは不思議そうだった。

「何でも役に立つか調べなくてもいいだろ( ˙ω˙ )」

「…………」

「花だぞ?」

「……花だな」

「綺麗だったぞ」

「それは三回聞いた」

「じゃあ充分じゃん」

ジンは黙った。

しばらくして。

「……まあな」

とだけ答えた。

◇ ◇ ◇

「リターンって言葉そのものが嫌なのか?」

ジンが訊いた。

「嫌いじゃないよ」

「じゃあ何が気になる?」

ドンは少し考えた。

「見つける前から」

「うん」

「自分たちの取り分みたいに聞こえるところかな」

ジンは黙って聞いていた。

「ニトロ米だって、人間から見れば長寿食だけど」

「現地じゃ?」

「普通に何かが食ってる」

「……あれを?」

「うん」

「美味そうに?」

「それは分からない」

「現地生物も我慢して食ってんじゃねえの?」

「それはちょっと気になってる( ˙ω˙ )」

「お前が言うと本当に不味いんだろうな……」

「人間にとって価値があるものでも、向こうじゃただの飯かもしれない」

「…………」

「巣かもしれない。繁殖に必要かもしれない。毒かもしれない」

「…………」

「だから調べるのはいいと思う」

ドンは言った。

「欲しいと思うのも普通だと思う」

「なら」

「でも」

ドンは指を立てた。

「欲しいから持って帰っていい、にはならないぞ」

「…………」

「そこは別の話」

ジンは少し笑った。

「お前、暗黒大陸に三百年いた割には旅行者なんだな」

「旅行者だよ」

「征服者でも研究者でもなく?」

「研究はするけど」

「ハンターでもなく?」

「ライセンス持ってないし」

「そういう意味じゃねえ」

ドンは笑った。

「旅行先なんだから、お行儀よくしないとな」

◇ ◇ ◇

「じゃあ聞くが」

ジンが言った。

「三百年だ」

「うん」

「それだけ暗黒大陸を歩いて、お前が持ち帰った一番のリターンは何だ?」

「リターン?」

「ああ」

「うーん」

ドンは考えた。

一分。

二分。

「そんなに難しいか?」

「いっぱい見たからなぁ」

そして。

ドンは部屋の隅に積まれた野帳を指差した。

「これかな」

「…………」

「野帳?」

「うん」

「金になるものじゃなく?」

「紙だって金になるぞ」

「そういう意味じゃねえよ」

「見たものが書いてある」

ドンは一冊を手に取った。

使い込まれた表紙。

角は丸くなり。

紙は変色していた。

「知らない生き物」

ページをめくる。

「知らない花」

めくる。

「知らない川」

めくる。

「知らない人」

めくる。

「失敗したこと」

めくる。

「分からなかったこと」

めくる。

「間違えてたこと」

ドンは笑った。

「三百年分あるぞ」

「……それがリターンか」

「俺にとってはな」

「持ち帰ってるじゃねえか」

「記録はいいだろ?」

「まあな」

「写真みたいなもんだ」

「三百年分の一次資料を写真扱いするな」

ドンは野帳をジンへ放った。

「読む?」

「読む」

即答だった。

「いっぱいあるぞ」

「全部読む」

「三百年分だぞ?」

「だから読むんだよ」

ドンは肩をすくめた。

「好きだなぁ」

「お前に言われたくねえ」

◇ ◇ ◇

その夜。

ドンは寝た。

ジンは読んでいた。

ページをめくる。

まためくる。

地形。

気温。

天候。

動物。

植物。

食える。

食えない。

たぶん食える。

不味い。

二度と食わない。

「……食い物の記録多いな」

ページをめくる。

巨大な獣。

見たことのない昆虫。

奇妙な遺跡。

知らない文字。

遠くに見えた巨大な木。

川。

湖。

人。

「…………」

ジンの指が止まった。

戻る。

もう一度読む。

古い記録だった。

およそ五十年前。

場所は。

メビウス湖西方。

かなり西だ。

そこにドンの字で記されている。

人間六名を確認。

全員、統一された装備。

装備の一部にサヘルタの軍用規格と思われる刻印あり。

ジンの目が細くなった。

次の行。

長期行動用の装備と思われる。

南西方向へ移動。

さらに。

缶詰を一つもらった。

美味しかった。( ˙ω˙ )

「…………」

ジンは顔を上げた。

寝ているドンを見る。

「おい」

反応がない。

「ドン」

「んー……」

「起きろ」

「明日……」

「今だ」

「何……」

ドンが眠そうに顔を上げた。

ジンは野帳を見せた。

「これ」

「ん?」

「覚えてるか?」

ドンが目を細める。

「あー」

そして。

「その缶詰、美味かったぞ( ˙ω˙ )」

「缶詰の話じゃねえ」

「?」

ジンはページを指で叩いた。

「五十年前」

「うん」

「メビウス湖の真西」

「うん」

「サヘルタの軍用装備」

「たぶんな」

「…………」

ジンの声が低くなった。

「ドン」

「ん?」

「この頃――」

ページを見る。

年代を確認する。

間違いない。

「ビヨンド=ネテロは東側にいた」

「ビヨンド=ネテロ?あーハンター協会の前の会長さんの息子さんだっけ?テレビで見たよ。彼も暗黒大陸に渡航してたんだ?」

「ああ」

ドンは欠伸をした。

「じゃあ別の人たちだな」

「…………」

ジンは答えなかった。

公式の記録。

渡航経路。

門番。

案内人。

許可。

資格。

契約。

頭の中で。

いくつもの情報が繋がり始める。

そして。

一つだけ。

どうしても説明できないものが残った。

ジンはもう一度、野帳を見る。

メビウス湖西方。

サヘルタの軍用規格と思われる装備。

約五十年前。

「…………」

ジンは呟いた。

「なんで、ここにサヘルタ軍がいる?」

ドンは。

もう寝ていた。




新世界紀行に基づいて「東」に行ったはずのビヨンドを含む「公式」渡航

だが、ドンは確かに西でサヘルタ軍の部隊を見たのだった。

それが意味することは、その真実は?
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