ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」 作:笑嘲嗤
そこはきっと未踏の地。
誰がそれを保証したんだ?
翌朝。
「ドン=フリークス!!」
扉が開いた。
朝食を食べていたドンが振り返る。
「ん?( ˙ω˙ )」
入ってきた大男を見て、ジンは露骨に嫌そうな顔をした。
「……朝からうるせえのが来た」
ビヨンド=ネテロ。
その手には『新大陸紀行・西』の原稿があった。
付箋だらけだった。
「読んだぞ!!」
「早いな」
「面白い!!」
ドンが嬉しそうに笑う。
「ありがとう( ˙ω˙ )」
「そこで聞きたい!」
ビヨンドは原稿を机へ叩きつけた。
「お前が行っていない場所はどこだ!?」
ドンが瞬きをする。
「いっぱいあるぞ」
ビヨンドの目が輝いた。
「どこだ!?」
「いっぱい」
「だから場所を教えろ!」
「地図ある?」
「ある!」
即座に広げられる。
メビウス湖。
人類の既知世界を内包する巨大な湖。
そして。
その外側。
暗黒大陸。
ビヨンドが笑った。
「俺はお前が見たものを見に行きたいんじゃない」
指を地図へ置く。
「お前が三百年歩いて、それでも見られなかったものを見たい」
「いいなぁ」
ドンも嬉しそうだった。
「そういうの俺も好きだぞ( ˙ω˙ )」
「だろう!」
「俺が行ってない場所ならいっぱいある」
「教えろ!」
「この辺も行ってない」
「ほう!」
「ここも」
「いいな!」
「この山脈の向こうも、ほとんど見てない」
「そこだ!!」
ビヨンドの指が地図へ落ちる。
「ここへ行く!」
「いいんじゃない?」
「お前が三百年かけても辿り着かなかった未踏地!」
「いや」
ドンはパンを齧った。
「そこは未踏地じゃないと思うぞ」
ビヨンドの指が止まった。
「……何?」
「俺が行ってないだけ」
「同じことだろう」
「全然違うよ」
「何が違う?」
ドンはコーヒーを飲む。
「俺が行ったことがない場所と、人間が行ったことがない場所は別だろ?( ˙ω˙ )」
ビヨンドが黙った。
ジンは。
昨夜からほとんど寝ていなかった。
机の横には、開いたままの野帳が置かれている。
「……ドン」
ジンが言った。
「昨日の話だな」
「昨日?」
「サヘルタ」
「ああ」
ビヨンドの目が動く。
「サヘルタがどうした?」
ジンは答えなかった。
代わりに訊いた。
「ドン」
「ん?」
「確認するぞ」
ジンは地図を広げ直した。
「お前自身が行ってない場所は、メビウス湖周辺にも大量にある」
「あるぞ」
「だが」
一拍。
「人間が一度も行ったことのない場所は?」
ドンは考えた。
ビヨンドも黙って答えを待つ。
十秒。
二十秒。
「うーん」
ドンが地図を見る。
「少なくとも」
指でメビウス湖周辺を大きく囲った。
「この辺には、もうないんじゃないかな( ˙ω˙ )」
沈黙。
ビヨンドの笑顔が消えた。
「……もう一度言え」
「メビウス湖周辺?」
「ああ」
「俺が行ってない場所はいっぱいあるよ」
ドンは言った。
「でも」
その指が。
地図の西側へ動く。
「俺以外の人間がいた」
別の地点。
「ここも」
南西。
「ここも」
北方。
「この辺は人間そのものは見てないけど、野営跡があった」
「…………」
「焚き火」
「…………」
「切った枝」
「…………」
「石を積んだ目印」
さらに。
「人間世界の包装紙が落ちてたところもある」
ジンが低い声で訊いた。
「年代は?」
「バラバラ」
「どのくらい?」
「古いのは分からない。新しいのなら数十年前くらいかな」
「国籍は?」
「分からないのも多い」
「所属は?」
「もっと分からない」
「公式の探検隊だった可能性は?」
「あるよ」
「公式記録と照合したか?」
「してない」
「俺はした」
ドンがジンを見る。
ビヨンドも。
「……ジン?」
「昨夜な」
ジンが野帳を持ち上げた。
「こいつの記録と、俺が把握してる渡航記録を照らし合わせた」
「それで?」
「合わねえ」
空気が変わった。
「全部ではない」
ジンは言った。
「一致する可能性のある記録もある。年代が曖昧で判断できないものもある」
ページをめくる。
「だが――」
止める。
「明らかに説明できない奴がいる」
昨日のページだった。
約五十年前。
メビウス湖西方。
統一された装備。
サヘルタの軍用規格と思われる刻印。
南西へ移動。
缶詰を一つもらった。
美味しかった。
「これだ」
ビヨンドが読む。
そして。
表情が変わった。
「五十年前?」
「ああ」
「西?」
「ああ」
ビヨンドがドンを見る。
「間違いないのか?」
「何が?」
「場所だ!」
「場所は間違えないよ。天体と川と山の位置も書いてある」
「年代は!?」
「その前後の野帳から確認できる」
ジンが付け加えた。
「少なくとも数年単位でズレるような話じゃねえ」
ビヨンドが黙る。
やがて。
「その頃」
と言った。
「俺は東にいた」
「ああ」
ジンが答えた。
「だから昨夜から俺の顔色が悪いんだよ」
「寝てないからじゃない?( ˙ω˙ )」
「原因はお前の野帳だ!!」
「寝た方がいいぞ」
「誰のせいだと思ってんだ!」
だが。
ジンは笑っていなかった。
ビヨンドも。
「……俺たちは」
ビヨンドが地図を見る。
「許可を求めた」
「ああ」
「門番を通る」
「ああ」
「案内人が必要になる」
「ああ」
「資格、手段、契約」
「それが俺たちの知っている暗黒大陸への道だ」
ジンが言った。
「だから俺も、それを前提に考えてた」
「…………」
「正規の渡航記録にねえなら、行ってねえ」
「…………」
「そう考えてた」
ドンがパンの残りを食べる。
「でもいたぞ?」
「それが問題なんだよ」
「そうなの?」
「お前はもうちょっと問題意識を持て!!」
「だって俺、その制度ができる前に行ったし」
「そうだった……!」
ビヨンドが地図を睨む。
「なら」
指を西へ。
「こいつらはどうやって入った?」
ジンは答えない。
ドンが答えた。
「別の道じゃない?」
二人が同時にドンを見る。
「……別の道?」
「うん」
「あるのか?」
「知らない」
「お前はどうやって――」
「俺の道は三百年前の古文書に書いてあった道だから、今使えるか分からないぞ」
「それとは別に?」
「だから知らないって」
ドンはコーヒーを飲んだ。
「でも」
地図を指差す。
「ここにいたんだろ?」
「…………」
「だったら、来る方法はあったんじゃない?」
あまりにも単純だった。
記録にない。
許可もない。
既知の経路とも一致しない。
それでも。
人間はそこにいた。
ならば。
どこかから来た。
「…………」
ジンが椅子へ深く座る。
「俺、ちょっと驕ってたな」
ビヨンドが見る。
「何がだ」
「仕組みを知ってるつもりだった」
「…………」
「許可、資格、手段、契約」
ジンは昨夜、自分が何度も読み返した言葉を口にする。
「全部本物だ」
「ああ」
「嘘じゃない」
「そうだ」
「だから疑わなかった」
ドンが首を傾げる。
「何を?」
ジンは地図を見る。
「その仕組みの外側だよ」
沈黙。
「表の仕組みが偽物なら、俺だって疑った」
「…………」
「でも本物なんだ」
門番はいる。
案内人もいる。
契約も必要だ。
危険も本物だ。
だから。
それが暗黒大陸へ至る唯一の方法だと。
いつの間にか思っていた。
「ドン」
ジンが訊いた。
「こいつら以外にもいるんだな?」
「いるぞ」
「軍人?」
「軍人っぽい人もいた」
「他は?」
「分からない」
「どの国だ?」
「分からない」
「何をしてた?」
「分からない」
「何を持って帰った?」
「知らない」
「何のために来た?」
「知らない」
ジンが苛立つ。
「何なら知ってんだよ!」
ドンは考えた。
「缶詰が美味しかった」
「それはもう聞いた!!」
ビヨンドが。
笑った。
小さく。
そして。
大きく。
「面白い」
ジンが睨む。
「おい」
「面白いじゃないか、ジン!」
「何がだ」
「俺は未踏地を探しに来た!」
地図を叩く。
「ドンが行っていない場所ならある!」
「あるぞ( ˙ω˙ )」
「だが人間が行っていない場所は、メビウス湖周辺にはもうない!」
「たぶんな」
「なら――」
ビヨンドの笑みが深くなる。
「こいつらが使った道を探せばいい!」
「やめとけ」
ドンが言った。
ビヨンドの動きが止まった。
ジンも。
ドンは。
さっきまでと同じ顔をしていた。
パンを食べ。
コーヒーを飲んで。
ニトロ米を死ぬほど不味いと笑っていた男。
その男が。
静かに。
もう一度言った。
「その道は、使わない方がいいぞ」
ビヨンドの笑みが消えた。
「なぜだ?」
ドンは少し考えた。
「それは」
テーブルの上の野帳を見る。
五十年前。
サヘルタ。
西方。
軍用装備。
南西へ向かった六人。
そして。
その先に続くページ。
「……ちょっと長い話になるな( ˙ω˙ )」
ジンは気づいた。
ドンが。
そのページを開こうとしない。
未知の話をするとき。
いつも楽しそうにページをめくる男が。
初めて。
続きを見せることを躊躇していた。
ドンがなぜ「裏道」を推奨しないのか?
ハンターなら裏の裏を読みな('ω')
真実はいつもお前の傍にいる。